認知学習論 第5回

言語と認識の関係:認識の言語・
文化依存性と普遍性
慶応義塾大学環境情報学部
今井むつみ
言語と認識の関係
• 言語はわれわれの認識にどの程度影響を
及ぼすのか
• 概念発達における役割ははかりしれない
• 言語の違いが認識の違いをもたらすのか
ワーフ仮説(Whorfian hypothesis)
• 習慣的思考および行動は言語によって形
成される
• 「時間」「空間」「質料」といった概念は同一
の経験を通じてすべての人間に与えられ
ているものではなく、大規模な「言語的パ
ターン」によって影響を受けるものである
ワーフ仮説の評価
• 数多くの支持、数多くの反証
• これまでの研究
→ワーフ仮説が正しいか、正しくないかと
いう観点
• 我々の思考、認識のどこまでが普遍的に
制約され、どの領域でどの程度の強さで言
語が影響を及ぼしうるか、という観点に欠
ける
名詞の文法カテゴリが事物の認識
に影響を与えるか
• 名詞の文法カテゴリのマーキング
– 可算・不可算の区別
– ジェンダー
– 助数詞
• これらの文法は世界の事物を名詞よりもよ
り抽象的なレベルで閉鎖カテゴリ(closed
class categories)にカテゴリ化する
可算・不可算文法対助数詞文法
• 可算・不可算文法と助数詞文法は世界の
事物を大きく異なる基準で分類
可算・不可算文法
• すべての名詞(抽象名詞も含む)を「個別
性」の基準にしたがって「個別性のある存
在」「個別性のない存在」のふたつの存在
論的クラスに分割
• 名詞の分類学的カテゴリーの上位にある。
助数詞
• 可算・不可算文法に比べ助数詞の数が多
い
• 形(次元性)、大きさ、固さ・柔軟さのような
知覚次元、機能性
• 一部は分類学的な上位カテゴリーと一致
するが、大部分は分類学的なカテゴリーと
クロスする
Research Question
• 可算・不可算文法や助数詞文法がわれわ
れの思考、概念構造に影響を与えるのだ
ろうか
– 「物体と物質の存在論的区分」
– 日常的な物体の間の関係性の認識
個別性に関する存在論的区別
• 世の中の「モノ」は「個別性のある存在」
「個別性のない存在」に大別される
• ふたつのクラスは「同一性」の基準が異な
る
– 物体→全体性が同一性の基準
– 物質→「全体」はなく粒子の同一性が基準
言語における物質と物体の
存在論的区別
• 英語→言語においてこの区別を必ず標示
– 可算名詞→物体
– 不可算名詞→物質
• 助数詞言語→言語においてこの区別はさ
れない
日本語の場合
• 日本語では文法的に可算・不可算の区別
をしない
• 助数詞言語である
助数詞言語の構造的特徴
• 英語における不可算名詞
* two waters(two glasses of water)
* two clays (two lumps of clay)
vs.
Two penciles, two apples
助数詞言語の構造的特徴(2)
• Lucy (1991)
• 英語の可算名詞→物体の形がユニットとし
て意味の中に含まれる
• 英語の不可算名詞→個別性のユニットは
名詞の意味の中に含まれない
助数詞言語の構造的特徴(3)
• 助数詞言語の名詞
→すべての名詞について数える時に数え
る単位を助数詞で明示する必要
一杯の水、 一塊の粘土
一本の鉛筆、一個のりんご
• Lucy→言語におけるすべての名詞は個別
性のユニットを意味の中に含まない、mass
nounである
Lucyの言語相対論
• 二つの言語タイプにおける名詞の意味構
造の違いは習慣的注意の違いをもたらす
(Whorf, 1956)
– 英語話者→物体の形に習慣的注意
– 助数詞言語話者→物質に習慣的注意
Quineの言語相対論
• Quine (1969)
• 物質と物体の間の存在論的区別は言語に
おける文法カテゴリーの学習を通じて始め
て可能になる。
• 文法で区別がない言語の話者は個別性に
関する存在論的区別を理解できない
ObjectとSubstance, 「物体」と「物質」
• そもそも日本語の「物体」「物質」は英語の
object, substanceと同じ意味ではない
• Object: もともと個別性のある存在
• Substance:個別性のない、「全体」という概
念のないMass
「物体」と「物質」
• しかし、日本語の「物体」と「物質」は個別
性が意味の核ではなく、対比的でもない
• 「物体」も「物質」も英語のMatterに近い意
味
• 物体は知覚可能なものだけを指し、物質
は粒子のような知覚できないものも含む
• 水や砂やホイップクリームも「物体」
• つまり日本語は個別性をめぐる存在論的
区別を文法的にしないだけではなく、
object-substanceに相当する語も存在しな
い
存在論的認識と言語の関係に
関する3つの考え方
• 言語相対論
– Quine:助数詞言語母語話者は存在論的区別
を学習できない
– Lucy:助数詞言語母語話者はすべての「モノ」
について物質の同一性に注目し形状に注意を
向けない
• 普遍的生得的存在論
– Soja,Carey & Spelke:助数詞言語母語話者も
英語母語話者も同じように存在論的認識を持
つ
存在論的認識の日米比較
• Imai & Gentner(1997)
• 日本語母語話者と英語母語話者の二つの
言語グループにおける、未知の名詞の意
味外延決定のパターンを調べる
• 対象年齢:2歳、2歳半、4歳、大人
実験パラダイム
• 2者択一の強制選択課題
• 3つの刺激タイプ
– complex objects
– simple objects
– substances
教示
• 英語:名詞が可算名詞か不可算名詞かわ
からないようにして未知の名詞を導入
“Look at this fep. Can you point to the tray
that also has the fep on it?”
• 日本語:「これを見て。これはフェップという
の。ではね、このふたつのお皿をみて。
フェップがあるのはどっちのお皿かな?」
3つの見地からの予測
• Quine
おとなも子どももランダム反応
• Lucy
– アメリカ人:complex objects, simple objects で
はshape choice, simple objectsではmaterial
choice
– 日本人:すべての刺激タイプでmaterial choice
• Soja 達
どちらのグループも2歳児グループから存
在的タイプにしたがってラベルを拡張
存在論的概念理解自体に言語の
影響があるのか
• 日本人幼児の「単純な形の物体」のランダム反
応
– 存在論的認識は持っているが、物体・物質の境界が
英語話者と異なる?
– 単に対象の知覚次元の顕現性に従って選んだだけ
• 複雑な物体→形が目立つから形刺激
• 物質→色、テクスチャが目立つから物質刺激
• 単純な物体→どちらも目立たないからチャンス反応
日本人幼児は存在論的認識を持っ
ているか
日本人幼児も存在論的区別を理解
している
3
2.5
2
1.5
1
0.5
0
Shape
Mat
3-year-olds
Dim
5-year-olds
Dist
• Shape反応と Material
反応がほぼ半分だが、
ShapeとMaterialを同
時には選択しない
→名詞が「この形の
物体あるいはこの物
質」のような存在論の
境界をまたぐカテゴ
リーは指示しないこと
を知っている
個別性の認識と言語:結論
• 個別性のステータスを文法的に区別する文法規
則が母語になくても、子どもはことばの学習の当
初から存在論的区分を理解している
• しかし、母語における文法カテゴリーの再は話者
が物体ー物質の連続体のどこで、どのような知
覚的側面に注目して2つの存在論クラスを区別
するかに影響を与える。
• 英語話者は個別性の判断に日本語話者よりも形
への注目が強い
• ベルト、鉛筆、論文、骨、コンピュータプロ
グラム、フォーク、バナナ、きゅうり
助数詞カテゴリーがモノの認識に及
ぼす影響
• 助数詞は名詞を限られた数の文法的なカ
テゴリーに分ける
• その意味では可算・不可算やジェンダーの
文法と同じだが、助数詞はカテゴリーの数
が非常に多く、日常的なモノのカテゴリーと
深くかかわっている
• 名詞におけるカテゴリーわけと一部重複す
るが、カテゴリーの基準は基本的に異なる
Zang & Schimitt (1998)
• 英語話者と中国語話者の比較
• オブジェクトのペアを見せ、類似性を判断
• 中国語話者は同じ助数詞クラスに属する
ペアの類似性を英語話者よりも高く評定
Zang & Schmittの研究から生まれ
る疑問
• 中国人が助数詞共有物体の類似性を英語話者
より高く評定
→ワーフ仮説の証拠?
• 中国語話者は英語話者と本質的に異なるものの
見方をしているのだろうか?
– Taxonomic relationと助数詞はどちらが強い概念の
オーガナイザなのだろうか?
• 日本語話者でも同じような助数詞効果が見られ
るのだろうか?
日本語助数詞と中国語助数詞の
違い
• 日本語は助数詞を数を数えるときしか使
わないが、中国語はdeterminer,
demonstrativeとして使う
日・独・中の比較実験:事物ペアの
類似性判断(Saalbach & Imai, 2005)
• Taxonomic relationと助数詞ではどちらが
より大きな影響を与えるか
–
–
–
–
–
–
Tax+JPCH Classifier
Tax (-JPCH Classifier)
JPCH Classifier (-Tax)
JP Classifier (-CH Classifier, -Tax)
CH Classifier (-JP Classifier, -Tax)
Control
類似性判断結果
6
5
China
Germany
Japan
4
3
2
1
CH/JP
CLS+TAX
TAX
CH/JP CLS
CH CLS
JP CLS
CONTROL
•Figure 3: Mean similarity ratings for each target type
in each culture in Experiment 2
類似性判断結果
• すべての言語においてすべてのペアタイプでコン
トロールより高い評定
→助数詞がないドイツ語話者でも助数詞共有ペ
アの類似性をある程度見出すことができる
• 中国語話者は中国語での助数詞共有ペアをドイ
ツ語話者、日本語話者より高く評定
• 日本語話者は日本語助数詞共有カテゴリーの評
定が中国語・ドイツ語話者よりも高いことはな
かった
属性の推論
• 概念構造を評価する上で大事なのはどの
程度の強さで属性の帰納的推論をサポー
トするか
• 「同じバクテリアが見つかる可能性」を判断
属性の推論:結果
China
Germany
Japan
6
5
4
3
2
1
CH/JP
TAX
CH/JP CLS
CH CLS
JP CLS
CONTROL
CLS+TAX
Figure 4: Mean likelihood ratings for each
target type in each culture in Experiment 2
• 助数詞共有ペアではJPCH Classifier (Tax) のみ3つの言語すべてでコントロール
より高い。
• 言語による差はどのペアタイプでも見られ
なかった
Saalbach & Imai まとめ
• 助数詞効果は類似性判断のみ、中国語話
者のみに見られた
• 属性の判断ではどのペアタイプでも言語に
よる違いはない
助数詞と認識
• 全体的には助数詞は概念構造のオーガナ
イザーとしてはとても弱い
– 属性の推論には使われない
– 類似性では中国語話者において助数詞効果
がみられたが、この効果は名詞の分類学的関
係を覆すほど強いものではない
• 助数詞効果はただ助数詞がある、ないで
はなく、助数詞が言語の中でどのように機
能しているかにも依存する
言語相対説に対する示唆
• 具体的な事物に関する概念、認識におい
ては言語普遍的な制約(特に事物がもつ
知覚的特性による制約)が強い
• 概念の構造は普遍的だが、事物の認識に
おいて、限られた言語相対性(言語の影
響)が見られる
参考文献
• 今井むつみ(2000)サピア・ワーフ仮説再考:思考形成
における言語の役割、その相対性と普遍性 心理学研究
• Imai, M. & Mazuka, R. (2003). Reevaluating linguistic
relativity: Language specific categories and the role of
universal ontological knowledge in the construal of
individuation. In D.Gentner & S. Goldin-Meadow
• Saalbach, H. & Imai, M. (in press). Do Classifier
Categories Structure our Concepts? To appear in the
Proceedings of the 27th Annual Meeting of the Cognitive
Science Society.
• Gentner, D. & Goldin-Meadow, S. (2003). Language in
Mind: Advances in the study of language and thought. MIT
Press
• B.L. Whorf 言語・思考・現実 (池上嘉彦訳) 講談社学術
文庫
• Quine, W.V. (1969) Ontological relativity and other essays.
New York: Columbia University Press.
• Boroditsky,L. (2001). Does Language Shape
Thought?:Mandarin and English Speakers’ Conceptions of
Time. Cognitive Psychology,43, 1-22
• Lucy, J.(1992). Language diversity and thought.
Cambridge University Press.
• Lucy (1992). Grammatical categories and cognition.
Cambridge University Press.