麻酔と脳とコンピュータ:2000年

麻酔と睡眠
脳とコンピュータもテーマに
諏訪邦夫
2000年1月帝京大学市原病院
導入: 麻酔薬による犯罪と
実用性
• 某大学の医師の例
• サクシニルコリンの例
• 推理小説の例
– コナンドイル:サセックスの吸血鬼
– 清水一行:動脈列島
• 仙台の某クリニック:筋弛緩薬(剤)
麻酔と睡眠:内容
1.気道閉塞
2.「意識」の差
3.意義:生物学的な
4.メカニズム
附:麻酔のコンピュータ的説明
– 麻酔と脳とコンピュータ
気道閉塞
• 「気道閉塞」とは
• 麻酔でも睡眠でも起こる
• 睡眠で起こるのが「鼾:いびき」と
「睡眠時無呼吸症候群」
• 麻酔ではいろいろに
– 実際的な意義はきわめて重要
睡眠と気道閉塞
•気道閉塞とは
•「鼾:いびき」と「睡眠時無呼吸」
•「鼾」の極型が「睡眠時無呼吸」
•睡眠時無呼吸では死なない?
睡眠時無呼吸では死なない?
• 睡眠時無呼吸で直接は死なない
• 苦しくなって目覚める
• そのままあの世にも?「突然死」?
• 間接的な影響は大きい
– 睡眠不足,高血圧,心障害,脳の障害?
– 人格の異常?
麻酔の気道閉塞
• いろいろなメカニズム
– 麻酔薬はとてもよく「効く薬」
• 目覚めない!
• 脊椎麻酔の話とその危険の話
• 安全基準
脊椎麻酔とその危険の話
• 脊椎麻酔とは
• 脊椎麻酔を使う手術の例
– 下肢の手術:切断アキレス腱の縫合
–
下肢静脈瘤
– 下腹部の手術:ヘルニア縫合術
–
虫垂切除
脊椎麻酔の危険
• 脊椎麻酔で事故が多い
– 現時点で裁判になっているものの70%
• 最大の原因は「だれもケアしていない」
• 脊椎麻酔で呼吸が止まる
–
–
–
–
脊椎麻酔で患者が眠る:メカニズム不明
睡眠時無呼吸が起こる
脊椎麻酔では目覚めにくい
渡辺淳一氏の「麻酔」も多分これ
麻酔の安全基準:世界で
1.麻酔中は麻酔担当者が常時その場に存在
2.血圧と脈拍を5分以内毎にチェック
3.心電図:常時
4.呼吸と循環の連続モニタ-:“連続”がミソ
呼吸:バッグの動き,気流,気道内炭酸ガス
循環:心音,動脈波形,プレティスモグラフ
5.回路の接続アラーム
6.回路の酸素濃度
7.体温のチェック
1986年にハーバードで決り,その後世界に広まった.
安全基準と脊椎麻酔と健康保険
• 脊椎麻酔は850点,全身麻酔は6000点
• 「麻酔担当者はなし」の考え方が前提
– 渡辺淳一氏の「麻酔」もこの状況
• 麻酔事故の半分以上がこれによる事故
– 麻酔全数・手術の内容の割りに比率断然大
• つまり脊椎麻酔は「けっこう危険!」
麻酔と気道閉塞:その他
•気管内チュ-ブとその異常
•喉頭痙攣と気管支痙攣(喘息)
•気道閉塞のチェックと防止法
麻酔と睡眠:内容
1.気道閉塞
2.「意識」の差
睡眠と麻酔: 「意識」の差
• 麻酔は眠りが「深い」
– 睡眠では手術不可能:いくら深くても
• 麻酔では「時間経過がわからない」
– 体内時計が止まる?
• 睡眠はそれ自体ダイナミック
麻酔は手術がダイナミック
「睡眠はダイナミック」とは
• 睡眠は明らかに「相」に分かれる
– 浅い眠り(I)からごく深い眠り(IV)
• それと別に「レム睡眠」
– 脳の睡眠でなくて身体の睡眠?
• ユメの意義
ユメの意義
• クリック(2重螺旋の発見者)の仮説
• 「ユメは記憶の整理?」
– 不要な記憶を「捨てる」プロセス?
– 「逆学習」(不要な学習効果を捨てる)
• するとレム睡眠も脳の睡眠?
– 両方あってもいいが
麻酔が睡眠と異なる点
• 相の差がない.レム睡眠もない
– 一様で平板な「意識喪失」
• 外界からの障害に対応できない
• 時間経過がわからない:体内時計が
止まる? これが麻酔の本体?
• 疲労が取れず,「眠った」満足感なし
麻酔と睡眠:内容
1.気道閉塞
2.「意識」の差
3.生物学的な意義
睡眠の生物学的意義
• 脳を休める
– ストレスからの回復,修復
• 身体を休める:重力場での疲労回復
• 故障の修復:修復反応は睡眠時に活発
• 成長は睡眠中に?(「眠る子は育つ!」)
麻酔の生物学的意義:
麻酔が「何故必要」か
• 意識をとる
– 脳へのストレスを防ぐ
• 痛みをとる
– ストレス反応の入力防止と出力の低下
• 全身麻酔単独より「全身麻酔+区域麻酔」
麻酔と睡眠:内容
1.気道閉塞
2.「意識」の差
3.意義:生物学的な
4.メカニズム
睡眠と麻酔のメカニズム
• メカニズムはいずれも不明だが
• 共通する点と異なる点
• 睡眠は「特異的」:物質も脳の部位も
• 麻酔は「非特異的」:物質も,多分部位も
薬物の「特異性」と所要量
• 大量に必要なものは「特異性が低い」
• 吸入麻酔薬は「非特異的」な薬物の代表
• 吸入麻酔薬とアルコール:「受容体」なし
• その代わり,作用の個人差が少ない
– (アルコールは代謝速度に個人差大)
• 吸入麻酔薬は「物理化学的に効く」?
– 化学結合ではない?
麻酔薬及び関連薬物の質量数
と有効血中濃度
•
•
•
•
•
•
•
分子量
イソフルレン(吸入) 184
サイオペンタル(静注)264
プロポフォル(静注) 178
ディアゼパム(静注) 284
ケタミン(静注)
238
モルフィン(静注) 375
フェンタニル(静注) 528
• パンクロニウム
• ベクロニウム
• トボクラリン
732
637
771
有効血中濃度(ng/dl)
100,000 麻酔薬
20,000
5,000
300
100
65
1
250
370
600
筋弛緩薬
睡眠のメカニズム
• 作用の中心:視床と視床下部
– 結果的には脳全体に及ぶが
– 睡眠時に逆に活発に働く部位があるらしい
• 司る物質は?
– 候補の一つ:プロスタグランディン?
結 論
• 睡眠と麻酔を対比して
• 気道閉塞・「意識」の差・生物学的意義・
メカニズムなどを検討
• 気道閉塞は麻酔ではきわめて重要だが,
睡眠でも「睡眠時無呼吸」を招く
• 「意識消失」は似ているが,相違点も多い
麻酔のコンピュータ的説明
• 麻酔とコンピュータの共通点
• 麻酔による逆行健忘
• 麻酔による時間経過感覚の喪失
– 睡眠との差
• 精神科の持続睡眠と電撃療法
• 脳波の異常・徐波化・平坦化
麻酔と脳とコンピュータ
• 「暴れ」への対応の類似性
– 電気ショックと「リセット」
• 記憶の類似性
– 電気と物質,RAMとハードディスク
• 多機能:プログラムの類似性
• 高性能コンピュータと「頭のいい奴」
– 天才は何故早死にするか
• 熱病とコンピュータの故障
• 連想と夢:夢に関する仮説
麻酔と脳で判明している点
• 「麻酔状態」:入出力と処理能力
• 麻酔薬の作用は非特異的:例外あり
– 受容体との結合「ではない」
• イオンチャンネル悪化?
– 細胞環境が障害を受ける?
• 神経伝達が悪化?
– 同時に発火する細胞数が減少
麻酔薬の非特異性:
とくに吸入麻酔薬
• 笑気(亜酸化窒素) N2O :現用
• ゼノン(キセノン),クリプトンも:高価
• 窒素は30気圧で麻酔薬
• 簡単な炭化水素(C2H4,C3H6):燃える
• ハロゲン化炭化水素(CHClCCl2,CH2CHCl,CHCl3)
• エーテル系:エチルエーテル,ビニルエーテル
• ふっ素化合物(CF3CClBrH,(CF3)2CHOCF3):現用
• アルコールは?(エチルアルコール,酒)
吸入麻酔薬の非特異性
• もう一つの問題:濃度と量!
• 吸入麻酔薬は「非常に大量に」必要
• 吸入麻酔薬の脳内濃度は1mM/L
• 麻薬は
1nM/L~1fM/L
– つまり,6桁から12桁低い.
– 低濃度で効くものほど特異性が高い!
麻酔の脳に対する作用は?
• 麻酔は脳を「混乱させる」
• 意識がなくなる
• 外界の事象を感知しない(入力なし)
• 外界に向けて行動しない(出力なし)
• 自分自身のケアもできない
– 各種の自己調節能が減退消滅
• 時計を遅くする? 止める?
麻酔薬の作用での判明点
• 麻酔薬の常用濃度で
• 「イオンチャンネルの働きを完全に止
める」とか,
• 「神経伝達を完全にブロックする」と
• いうことはない!
麻酔は細胞機能を直接抑制しない
• 心機能:心拍数も収縮性も正常に近い
• 神経筋伝達:正常に近い
• 肝機能と腎機能
• 脳が介在する機能は抑制される:
– 例:呼吸,意識,脳波,痛み刺激への反応
• 深い麻酔と脳死は鑑別不能
– 麻酔科医が脳死に積極的でない理由の一つ
麻酔が「脳にだけ効く」のは何故か
• 神経伝達の「確率計算」による仮説
– 脳は「複雑系」
• 一つの伝達が一寸悪くなると,伝達の
反復は極端に悪くなる
• 例:0.9の10乗は 0.35
– 図参照
Overall Probability
1.2
5 times
0.8
10 times
0.6
0.4
0.2
Single Probability
5
0.
55
0.
6
0.
65
0.
7
0.
75
0.
8
0.
85
0.
9
0.
0.
95
0
1
Accumulated
Probability
1
「単純系と複雑系」:仮説
• 単純系:細胞は多数だが,互いに情報
交換のない系:身体器官のほぼ全部
– 麻酔薬の作用を受けにくい
• 複雑系:多数の細胞が高密度に情報を
交換して作用を発揮する系:
例は,脳,それに身体全体
– 麻酔薬の作用を受けやすい
– 既述:確率計算から
麻酔薬の作用:仮説の系
• 単一ニューロンへの作用は弱い
• その代わり何でも効く,何にでも効く
• 伝達物質や受容体の性質に無関係?
• ドーパミン系,グルタメート系等々
麻酔と脳:もう一つの仮説
• 濃度と麻酔は比例する?
• 履歴効果は?
– 時間経過で深くなるなど
• 臨床的には「履歴効果がある」ようだ
– 麻酔薬の作用でなくて手術への反応?
麻酔と脳:もう一つの仮説
• イオンチャンネルへの作用?
• これなら蓄積効果?
• 「GABA系に効く」との意見は有力
– イオンチャンネルへの作用とは?
脳とコンピュータ:内容
• 脳とコンピュータの類似性
• 「暴れ」への対応の類似性
• 記憶の類似性:短期記憶と長期記憶
• 多機能:学習とプログラム
• 時計の内蔵:時間の判断
• 思考速度と記憶力:CPUとメモリ
• 天才はなぜ早死にするか
「暴れ」への対応の類似性
• コンピュータが暴走で“リセット”
• 患者が暴れると精神科で電気ショック
心臓が暴れるとカーディオバージョン
痛み治療に全脊麻を行うのも?
• リセットと電気ショックの相似性
記憶の類似性:短期と長期
短期記憶
長期記憶
脳
コンピュータ
電気
RAM
伝達物質
物質変化 ハードディスク
CDーROM
印刷物
多機能:プログラムの類似性
脳
計算
言語処理
音楽
計算
学習
コンピュータ
計算
ワープロ,翻訳
MIDI音楽
計算
プログラミング
「よい頭脳」と「高性能パソコン」
•
•
•
•
•
記銘力
記憶力
思考速度
反応速度
頭がいいと狂う
•
•
•
•
•
RAMが大
ハードディスクが大
CPUの速度と出来
バスの広さ
高性能機は不安定
連想と夢
• 天才は途方もないことを思いつく
– ふつうの人と異なる事柄に接続?
• 多機能OSや多機能ソフト
– 使わない機能を沢山持つ
• ユメのコンピュータ的解釈:クリック
– ユメは記憶の整理である!
夢に対する仮説(クリック)
• 夢は記憶の単純な想起ではない
• 記憶の整理である
• 系:だからレム睡眠を障害すると
精神異常になるー記憶系の障害
• 系:パソコンの記憶を全部メモリにお
くと,ソフトが混乱する
– メモリ不足のパソコンで多数のソフトを起
動すると暴走する
コンピュータの故障:実話
• パソコンが「熱病」に
–
–
–
–
–
冷却ファンが故障
はじめ「どうも具合が悪い,誤動作する」
フロッピィや本体が熱くなる
ファンの故障に気付いた
一寸使ってすぐに消せば問題ない
• 「高熱で頭が働かない」感じ
天才が早死する理由
• 人なら:夢中になりすぎる
– 一つの能力だけ使い過ぎる
• コンピュータの無理な用法,ケア不足
– CPUのクロックアップ
– 密度高く使う.
• つまり「使い過ぎ」「無理な使い方」
脳とコンピュータ:続き
• コンピュータソフトと脳の「学習」
• いろいろな学習といろいろなソフト
• 自動学習機能:脳にあってコンピュー
タには?
• 人とパソコンの得意不得意
麻酔とコンピュータの比較:基本
• 麻酔をコンピュータになぞらえると
駆動電圧が下がる,電源を切る
時計が遅くなる,時計が止まる
信号の流れが極端に遅くて悪い
メモリの一部にアクセス出来ない
麻酔とコンピュータの共通点
• 麻酔による逆行健忘
– 「手術の前日までは憶えているけれど」
• 体内時計の停止
– 時間経過がわからない「今眠ったのに」
– 系:脳の時計はいくつかの細胞群だ
• 精神科の持続睡眠 Dauerschlaf
• 脳波の異常・徐波化・平坦化
– 若者多数を部屋にとじ込めたら騒々しい
– 年寄りなら静か?
麻酔学でのコンピュータ使用
• 麻酔臨床でのコンピュータの応用
– コンピュータを使った麻酔制御?
– 「深度管理」は多分近い将来に可能
– 「深度管理」以外は人手が安い
» インターフェースが高価:プログラムも複雑
» 例:出血に麻酔薬を切り,昇圧薬を選び,輸血
• 麻酔研究でのコンピュータの応用
– 生理モデルのファーマコキネティックス
脳とコンピュータを近づける
• コンピュータが得意で,人間は苦手な事
– 脳は他人の学習結果を「丸写し」できない
– 「学校」は学習の大量生産装置の一種?
– 単純反復行為:「ひたすら計算」とか
• 人間が得意で,コンピュータは苦手な事
– 学習するコンピュータ
– 教えることはやさしいが,自ら学習は?
コンピュータで大切なこと
• 使う人間のほうの問題に注目
• ピアノ普及はピアノ愛好家を生んだ?
• カラオケは日本人を歌う民族にした!
• ワープロの普及:個人の文章を「読める」
– 文章執筆に努力が必要なのは同じだが
– でも努力しやすい?いい文章が増える?
• 脳のメカニズムに新しい眼を開いた
結
論
• 脳とコンピュータは,相互にいろいろ
関連が深い
• 「麻酔薬の脳への作用」は,コン
ピュータを仲介にして,従来と異なる
解釈が可能かも知れない