カニューレ

人工心肺を使用した開心術における
大動脈・橈骨動脈圧の圧較差発生に関する検討
仙台循環器病センター 臨床工学科
前田寿 早坂啓 鈴木信司
Sendai Cardiovascular Center
目的
当院では開心術中、大腿動脈圧と橈骨動脈圧を表示しているが
多くの症例で体外循環中あるいは体外循環後から橈骨動脈圧の
偽性低下が観察される。偽性低下とは中枢・末梢間に圧較差が生
じた状態のことであり他の報告では72%の症例において発生したと
されている。
原因については多くの報告があるが、末梢血管収縮、末梢血管
拡張、循環血液量減少、血管弾性率の変化、人工心肺中の再加
温によって、動脈シャントが発生し盗流現象を起こすため、など見
解は異なる。
今回、これらの報告の再考を目的に、患者背景、体外循環前後の
循環動態、体外循環条件、薬剤使用量などの検証を基に、偽性低
下(以下、圧較差)の発生要因について検討した。
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対象
人工心肺を使用した成人開心術36例
年齢 65±12
身長 162±8
性別♂30 ♀6
体重61.4±11.1
BSA1.65±0.17
・冠動脈バイパス術 20例
D_CABG(7),T_CABG(9) ,Q_CABG(4)
・弁置換術 9例
DVR(1), DVR+TAP(1),
AVR(3),AVR+S_CABG(2),AVR+D_CABG(1),AVR+DA closure(1)
・弁形成術 7例
MVP(2), MVP+TAP(3), MVP+TAP+MAZE(1), MVP+MAZE(1),
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方法 圧較差の算出
はじめに、体外循環前と体外循環後それぞれについて、収縮期橈骨動脈圧(RA圧)
から収縮期大腿動脈圧(FA圧)を引いて圧差を求めます。
次に、体外循環前の圧差から体外循環後の圧差を引いて圧較差を求める。
この場合、20mmHgの圧較差が生じたことになる。
体外循環前
体外循環後
RA - FA= 0
RA - FA= -20
systolic
100
systolic
systolic
100
100
systolic
80
RA圧
FA圧
RA圧
FA圧
(0) - (-20) = +20 (20mmHgの圧較差が発生!)
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方法 圧較差の算出
体外循環前にRA圧がFA圧より高く、体外循環後RA圧がFA圧より低い場合、圧較差
は大きくプラスとなる。
systolic
体外循環前
130
体外循環後
RA - FA= +30
systolic
RA - FA= -20
systolic
100
100
systolic
80
RA圧
FA圧
RA圧
FA圧
(+30) - (-20) = +50(50mmHgの圧較差が発生!)
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方法 圧較差の算出
体外循環前にRA圧がFA圧より低く、体外循環後RA圧がFA圧より高い場合は、値は
マイナスとなり、圧較差は生じていないことになる。
体外循環前
体外循環後
systolic
RA - FA= -10
systolic
90
RA圧
130
RA - FA= +30
systolic
systolic
100
FA圧
100
RA圧
FA圧
(-10) - (+30) = -40(圧較差は発生していない!)
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方法 圧較差発生症例の分類
体外循環後の橈骨動脈圧が大腿動脈圧に比べ、大きく低下することが問題
であるため、圧較差が5mmHg以下を圧較差非発生症例A群、5mmHg以上を圧
較差発生症例B群とした。
●圧較差 5mmHg以下 ・・・ A群(圧較差非発生症例)
●圧較差 5mmHg以上 ・・・ B群(圧較差発生症例)
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方法 検討因子
両群の患者背景、術式データ、体外循環前後の循環動態、体外循環条件、薬剤使用
量を検討因子とし、T検定、χ二乗検定を行い圧較差が発生する傾向を検証した。
患者背景
術式データ
体外循環前・中・後の循環動態
薬剤使用量
・height
・CPB time
・RABP(S/D/M)
・norepinephrine(maxγ)… ノルアドリナリン
・weight
・clamp time
・FABP(S/D/M)
・dopamin(maxγ)
・BSA
・術式
・CI/PI
・dobutamin(maxγ)
・BMI
※balance
・HT
・carperitide(maxγ)… ハンプ
・gender
・pre CPB
・SVRI
・alprostadil alfadex(maxγ)… PGE1
・age
・CPB
・BIS(bispectral index)
・nitroglycerin(maxγ)
※risk factors
・post CPB
・BT(膀胱温)
・nicorandil(maxγ)… シグマート
・HT
・total
・AT(送血温)
・diltiazem(maxγ)… ヘルベッサー
・HL
・VT(脱血温)
・fentanyl(volume mg/kg)… フェンタネスト
・HU
・RT(手温)
・vecuronium(volume mg/kg)… マスキュラックス
・SM
・ephedlin(volume mg/kg)… エフェドリン
・DM
・phenylephrine(volume μg/kg)… ネオシネジン
・OB
・nicardipine(volume mg/kg)… ペルジピン
・nitroglycerin(volume mg/kg)
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方法 検討因子の細分化
体外循環前後の循環動態、体外循環中の循環条件はカテゴリ1~4に
分け、各因子の平均値を求めた。
同様に薬剤使用量も4つのカテゴリに分け、持続使用される薬剤は
各カテゴリでの最大γ値を、ワンショットで使用される薬剤は各カテゴリ
での体重あたりの使用量を求めた。
体外循環開始
遮断解除
体外循環前
体外循環後
~遮断解除
~体外循環離脱
手術室
入室
ICU
カテゴリ1
(K1)
カテゴリ2
(K2)
カテゴリ3
(K3)
カテゴリ4
(K4)
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方法 解析の様子
体外循環前後の循環動態、体外循環中の循環条件についてカテゴリー別に平均値
を算出。
K1
K2
K3
K4
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方法 解析の様子
カテゴリー別の平均値を一覧化しAB群に分類。
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結果
●A群16症例、B群20症例、圧較差発生割合56%。
●検定項目の総数133。内7項目で有意差が認められた。
有意差が生じた項目(T検定)
A群
B群
P値
身長(cm)
165.5±6.7
158.4±8.2
0.010
体重(kg)
68.0±11.8
56.2±6.8
0.002
BSA(㎡)
1.75±0.17
1.56±0.12
0.001
BMI(kg/m2)
24.6±2.8
22.4±2.6
0.023
体外循環前の水分バランス(ml)
1249±383
952±439
0.046
0.002±0.003
0.009±0.009
0.004
A群
B群
P値
16 / 0
13 / 7
0.011
[K1] alprostadil alfadex(maxγ)… PGE1
有意差が生じた項目(χ二乗検定)
高血圧症(+) / 高血圧症(-)
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考察 末梢血管の収縮が圧較差発生原因か?
A群では、身長、体重、BSA、BMIの値が有意に高く、血管径が大きいことが
示唆される。
P < 0.01
P < 0.01
P < 0.01
2.20
100
180.0
30
2.00
80
170.0
P < 0.05
25
1.80
160.0
60
150.0
40
140.0
1.60
1.20
20
A
B
Height
20
1.40
A
B
Weight
15
A
B
BSA
A
B
BMI
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考察 末梢血管の収縮が圧較差発生原因か?
水分バランスの推移を示す。A群では水分バランスが多い傾向があり
血管が拡張していることが示唆される。
2000
A
B
* P<0.05
1000
0
pre CPB
cpb
post CPB
-1000
水分バランスの推移
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考察 末梢血管の収縮が圧較差発生原因か?
体外循環後ボスミン(epinephrine)を使用した症例の圧較差の推移を示す。ボスミンの使
用後圧較差が発生している。これは、α受容体刺激により末梢血管が収縮し血流遮断が
生じたためと考える。
140
120
100
FA圧
80
60
RA 圧
40
CPB
Ao clamp
33
0
30
0
27
0
24
0
21
0
18
0
15
0
12
0
20
90
60
30
5
pr
e
20
ボスミン0.1mg、0.03mg iv
15
10
5
ICU帰室
-15
90
12
0
15
0
18
0
21
0
24
0
27
0
30
0
33
0
60
30
-5
-10
5
0
pr
e
マイナスの振れが大きい程、多く
の圧較差が生じていることになる
CPB中・後圧較差はない
ボスミン使用後圧較差が発生
-20
圧較差発生には末梢血管の収縮が関与していると推測される。
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考察 血管拡張剤を多用しているのに圧較差が生じる?
血管拡張剤によって末梢血管を拡張していれば圧較差は生じないはずである。両群
の血管拡張剤使用量を示す。B群でPGE1使用量が有意に多く、また、HANP、ペルジ
ピンの使用量も多い傾向がある。
(mg/kg)
0 .0 2 5
A
B
0 .0 3 0
* P<0.01
0 .0 2 0
0 .0 2 0
0 .0 1 5
0 .0 1 0
0 .0 1 0
A
B
0 .0 2 5
0 .0 0 8
0 .0 0 6
0 .0 1 5
*
0 .0 0 4
0 .0 1 0
0 .0 0 5
0 .0 0 2
0 .0 0 5
0 .0 0 0
0 .0 0 0
K1
A
B
K2
K3
PGE1maxγの推移
K4
0 .0 0 0
K1
K2
K3
HANPmaxγの推移
K4
K1
K2
K3
K4
ペルジピン使用量の推移
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考察 血管拡張剤を多用しているのに圧較差が生じる?
~ 圧較差の発生パターン ~
圧較差が生じた症例の経過を示す。圧較差の度合いはそれぞれの症例で異なるが、発生パター
ン
は体外循環中から生じるものと、体外循環終了後から生じるものとの2つに分けられる。
いずれも圧較差は体外循環終了直後が最大となりその後次第に減少してゆくが、体外循環中か
ら
140
140
Ao clamp
生じた場合が圧較差は大きく長時間続く傾向がある。
120
120
CPB
100
FA圧
80
100
RA 圧
60
60
40
ICU帰室
20
40
-30
33
0
30
0
27
0
24
0
21
0
18
0
90
90
12
0
15
0
18
0
21
0
24
0
27
0
30
0
33
0
15
0
60
60
-10
12
0
30
30
pr
e
90
12
0
15
0
18
0
21
0
24
0
27
0
30
0
33
0
0
60
0
30
10
5
10
pr
e
20
CPB中圧較差はない
5
30
20
-20
5
pr
e
90
12
0
15
0
18
0
21
0
24
0
27
0
30
0
33
0
60
30
30
-10
ICU帰室
20
5
pr
e
80
-20
CPB直後圧較差は最大、その後減少
圧較差発生パターン1
-30
CPB中から圧較差が発生
圧較差発生パターン2
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考察 血管拡張剤を多用しているのに圧較差が生じる?
圧較差発生パターン別の薬剤使用量の経過である。 体外循環中から圧較差が生じる
症例は、血管拡張剤の使用量が多く、血管収縮作用のあるNAD(norepinephrine)の
使用量が少ない傾向がある。
0 .0 5 0
3B
2B
A
0 .0 4 0
0 .0 8 0
0 .0 3 0
0 .0 5 0
0 .0 4 0
0 .0 2 0
0 .0 3 0
0 .0 2 0
0 .0 1 0
0 .3 5 0
0 .0 7 0
0 .0 6 0
3B
2B
A
0 .2 5 0
0 .2 0 0
0 .1 5 0
0 .1 0 0
0 .0 5 0
0 .0 1 0
0 .0 0 0
0 .0 0 0
K1
K2
K3
PGE1maxγの推移
K4
3B
2B
A
0 .3 0 0
0 .0 0 0
K1
K2
K3
K4
HANPmaxγの推移
K1
K2
K3
K4
NADmaxγの推移
CPB中から圧較差が生じた症例
CPB直後から圧較差が生じた症例
圧較差が生じなかった症例
血管拡張剤を多用し、末梢血管は開いているはずなのに圧較差が
生じてしまう。圧較差の発生は、末梢血管収縮だけでは説明できない。
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考察 他の原因
~ 東海大学 金沢らの報告 ~
・ 動脈内血圧分布の測定結果。
・ 弾性率の異なるチュ-ブを組み合わせた血管モデル
による実験結果。
末梢血管の弾性率低下が圧較差発生原因
(弾性率の低下とは血管が柔らかくなること。例えば、金属管ならば弾性率は高くなる。)
弾性率 =
力
ひずみ
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考察
血管弾性率低下が関与することは、高血圧症の患者で
圧較差が生じない傾向から推測される。
両群における高血圧症患者数の比較
高血圧症(+)
高血圧症(-)
A群
16
0
B群
13
8
χ二乗値 : 0.0053
高血圧症の本態は動脈硬化症。血管が硬いのであるから
血管弾性率は高く、結果、圧較差が生じない。
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考察
血管弾性率の低下が圧較差発生原因の一つであり、血管拡張剤は弾性率を低下させ、
昇圧剤は弾性率を上昇させると考えると、弾性率を保つには、拡張剤と昇圧剤の使用量
のバランスが重要であり、拡張剤が多く昇圧剤が少なかったB群で圧較差が生じたのは
血管弾性率低下の方向にバランスが傾いたためと考えられた。
血管拡張剤の多用
α作用のある昇圧剤の多用
拡張剤
昇圧剤
昇圧剤
拡張剤
血管弾性率低下
血流遮断
圧較差発生
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結論
人工心肺を使用した開心術における大動脈・橈骨動脈圧の
圧較差発生について、患者背景、体外循環前後の循環動態、
体外循環条件、使用薬剤量などの検証を基に要因を検討した。
●圧較差の発生には、末梢血管収縮と血管弾性率低下が
関与すると考えられた。
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