2007.12.2 立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科 日本評価学会社会実験分科会共催セミナー 『評価研究の巨人ロッシ教授が残した影響といくつかの主要な論争』 刑事政策の評価における Rossi, Berk, and Lenihan 対 Zeiselの論争から 静岡県立大学 津 富 宏 1 刑事政策に関するPeter H. Rossiの主な業績 • 刑務所改革 – Rossi and Berk. 1977. Prison reform and state elites. Ballinger. • 量刑基準 – Rossi and Berk. 1997. Just punishments: Sentencing guidelines and public opinion compared. Aldine. 2 刑事政策に関するPeter H. Rossiの主な業績 • 銃と犯罪 – Rossi, Wright, Daly, and Weber-Burdin. 1982. Under the gun. Aldine. – Rossi, and Wright. 1986. Armed and considered dangerous: A survey of felons and their firearms. Aldine. • そして、 – Rossi を Academy of Experimental Criminology Fellowとした業績とは 3 TARP実験 (transitional aid research project) • 刑事政策における、最大・最良の無作為割付 実験 • 1976年から半年間 • テキサス州およびジョージア州の刑務所出所 者4000人が対象 • 6群への無作為割付け – 3群 実験群 3群 統制群 • アウトカム: 1年間追跡による再逮捕 4 6群の構成 実験群1 給付26週間 収入の100%減額 実験群2 給付13週間 収入の100%減額 実験群3 給付13週間 収入の75%減額 統制群1 就職支援のみ 統制群2 面接のみ 統制群3 面接なし 減額とは 収入の一定割合を、金銭的給付(テキサス 63ドル、ジョージア70ドル)から減額 5 論争の火種 • 刑務所出所者に対する金銭給付 – Rossi, Berk and Lenihan. 1980. Money, work and crime: Experimental evidence. Academic Press. – Berk, Lenihan、and Rossi. 1980. Crime and poverty. American Sociological Review 45(5): 766-786. • 結論 – 「金銭的援助は、25%から50%の再犯減少をもたらす」 • この結論に、 TARP実験のadvisory committee の 一員であった、Zeisel が反論 – 社会学の二大誌にわたる大論争が勃発 6 AJSにおけるheated debate • Zeisel. 1982. Disagreement over the Evaluation of a Controlled Experiment. American Journal of Sociology 88: 378-389. • Rossi, Berk, and Lenihan. 1982. Saying it Wrong with Figures: A Comment on Zeisel. American Journal of Sociology 88: 390-393. • Zeisel. 1982. Hans Zeisel Concludes the Debate. American Journal of Sociology 88: 394396. 7 実験結果 実験群 49% 逮捕率 非逮捕率 統制群 49% 0% 20% 40% 60% 80% 100% 実質的に何の効果もない 8 実験結果 実験群 49% 実験群 49% 逮捕率 非逮捕率 実験群 50% 統制群 49% 0% 20% 40% 60% 80% 100% 非常に、robust な知見といってよい なお、(不適切ともいえる)サブグループ分析によっても有効群なし 9 一方、実験はある効果をもった 実験群 45% 雇用 非雇用 統制群 58% 0% 20% 40% 60% 80% 100% 明確な、労働忌避効果。収入分を減額する制度のため 10 さらに、見出されたのは 実験に基づかず - 就労週数 再犯回 数 11 問題!?のRossiらの分析 • 構造方程式を用いて - 介入 - 実験によって支えら れたパス 再犯回数 就労週数 - 解釈によって支えら 12 得たパス Zeiselは、激怒 実験からいえるのは、下記だけ! 介入 - 就労週数 Null 再犯回数 13 そもそも、何が問題か • 相関関係には、因果の方向性はない • 実験のみが、因果の方向性を担保できる • 相関関係の因果関係としての解釈(方向性の 判断)には、理論的「思い込み」の反映 14 Zeisel による同一データの解釈 - 介入 就労週数 Null 再犯 - 犯罪性がすべてを決定するという考えが背後にある 15 2つのモデルの比較 Rossiら Zeisel 介入 - Null 就労週数 - 再犯 介入 - - 就労週数 - 再犯 「労働時間」と「再犯」を結ぶパスの向きが逆。これこそ、理論的「思い込み」の差。 その結果、「介入」→「再犯」の効果についてまったく異なる解釈が生まれた。 16 Rossiの論拠 • 解釈は、Ad hoc なものではない。 • 先行してBaltimoreで行われた、LIFE実験を もとに構築したモデルの検証である。 Zeiselの反論 • いったん、大規模な追試がなされたのなら、 先行して行われた実験は、その追試の結果 に照らしての意味しか持たない。 17 私なりの結論 • 実験デザインから得られたorthogonal effectsは、尊重されるべき。 • つまり、Zeiselの主張のほうが正しい。 次の謎 • なぜ、Rossiらは、あえて、内的妥当性の低い デザインで再解釈したのか • その背後にある「理論」は何か 18 謎を解く手がかり • Rossiの認識 – 有効な(社会)プログラムを設計することは容易ではなく、 なかなか達成できない – 無知、犯罪、依存、精神疾患といった社会問題を一掃で きる時機にはなく、これらの問題は、私たちとともにある • Rossiの問題意識 – なぜ、社会プログラムは無効なのかを答えるための評価 研究(Rossi and Wright, 1984) • Rossi. 1987. The Iron Law of Evaluation and Other Metallic Rules. Research in Social Problems and Public Policy. 4: 3-20. Cf. Rossi and Wright. 1984. Evaluation Research: An Assessment. Annual Review of Sociology 10: 331-52. 19 悲観論: 評価の金属法則 • 鉄の法則 – 大規模な社会プログラムの効果の期待値は「0」である。 • ステンレススチールの法則 – 評価デザインが優れているほど効果の推定値は「0」とな りやすい • 真鍮の法則 – 人間を変容させるプログラムほど効果の期待値は「0」で ある • 亜鉛の法則 – 失敗する可能性のあるプログラムだけが評価される 20 「複雑な社会」という認識 • 社会は複雑 – 社会問題は、非常に複雑な因果プロセスから生じており、 社会・コミュニティ・個人レベルのプロセスが複雑に絡まり あった相互作用を伴う – 問題を単純化しすぎて、TypeⅡエラーを犯しやすい • 社会科学は未発達 – 社会科学は発達した分野ではなく、社会科学者は、有効 である「可能性のある」政策やプログラムの設計に有用で ある「かもしれない」知識を持っているに過ぎない – よって、社会プログラムは、エディソン的な試行錯誤に よって、失敗から学ばなければならない • 構造方程式の利用 • 無効果を予期し、失敗から学ぼうという姿勢 21 犯罪問題=社会問題という認識 その解決の困難さの認識 • 心理決定論への反感 – 犯罪性とは人格障害であるという考え方は、民主主義に なじまず、犯罪率を減らしたり、犯罪対策の設計には役立 たない • 犯罪についての理解は困難 – 犯罪と犯罪者は、これまで評価されてきた範囲の政策・プ ログラムの変更にほとんど無反応であった。 – 私たちは、有効な犯罪政策・プログラムを開発するために 必要な知識基盤を欠いている • LIFE実験で見出された有効な結果への執着 • Zeiselの解釈への反発 22 「実施の困難さ」の認識 • 実施の困難さ – ヒューマン・サービスは、適切なクライアントに対して、適 切に実施することが極めて困難なことが知られている • 実施の専門性の不在 – ヒューマン・サービスの分野において、物理学に対する工 学、生物学に対する医学といった、社会工学の専門家は 存在しない • 大規模プログラムの実施の困難さ – 有用なプログラムであっても、規模が大きくなるにつれ、 有用な対象者以外にも適用されることになり、効果に疑 問が生じる • 無効化の理由を、(介入理論の問題ではなく)実施 の不備に求める 23 金銭支給実験についての認識 • 金銭支給実験は副作用を伴う – Income maintenance実験の目的は、支給が、 就労に対してどのようなマイナスのインセンティブ をもたらす効果の大きさの推定にある • 出所者への金銭給付を失業を条件として行う ことは、就労へのマイナスのインセンティブを 伴うという「思い込み」 24 なぜ、こうなったのか • 社会改革に対するRossiの熱意の強さ(社会改良家 としての信念) – Null effectsであっても、プログラム自体を救いたいという 信念 • TARP実験において、Null effectsが生じるメカニズ ムを知っているという「思い込み」 – 社会は複雑である: 構造方程式の利用 – プログラムは有効である: 《金銭給付(マイナス)→再犯》 – 実施の困難さ: 実施過程における問題探し(ハローワークによる実 施) – 金銭給付の副作用: 《金銭給付(マイナス)→就労》 25 教訓・論点 • 評価研究において、プログラム理論をどう位置づけ るのか – 介入の理論なのか、解釈の理論なのか • EBMの考え方こそ正しいのではないか – 社会病理学的理由付けは何であれ、RCT(ランダム化比 較試験)の結果を尊重 • 時代変化によって、評価研究に対する要求が異なっ ていく現われ – 社会改革から、行政改革へ – 有効なプログラムの探求から、無効なプログラムの切捨 てへ 26 最後に • 評価研究者にとっての、原体験 • Rossi : 金銭給付の再犯に対する効果研究 – 無効果 → Why の問いへ • Sherman: 逮捕のDVに対する効果研究 – 有効(そして追試により無効) → 追試の重要性 • McCord: サマーキャンプの非行に対する効果研究 – 逆効果 → 刑事政策介入の警鐘者として 27
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