工学の哲学と倫理 「なにゆえ今技術者倫理なのか? ー必要性と教育事例ー 化学工学会第67年会 関西大学 齊藤了文 目次 • 1.工学と哲学の出会い • 2.工学の倫理 • 3.未来に向けて はじめに • 哲学は、ものごとの本質を探ろうとする • たとえば、 – 科学の哲学 – 芸術の哲学 – 数学の哲学 • 公理や現実の条件の内部でものを考える のではない → 荒唐無稽な話に見えるor 新たな基礎概念を提示できる 物理を典型とした科学的世界観 • ガリレオ • ニュートン • 科学的な完全な知が得られたら、世界の すべてが予測でき、世界は事故もなく平和 で安全であろう! • 科学の哲学があれば十分で、(科学の応 用にすぎない)工学の哲学は必要ない? 現状認識① • 現実の科学技術の世界 • 気をつけても、事故が起こる • いわば、複雑な世界 • ↓ ↓ • 基礎科学の知識を増やすだけでは、事故をなく すことは実際上無理である • ☆クウォークの理解が進んでも、ジャガーのまだ ら模様の予測はできない 現状認識② • ものづくり • 実際に、ものづくりをする場合には、事故 を起こさない、人に迷惑をかけないための 「知」と「経験」が、集積している • 理学とは区別された工学の、一つの重要 な特徴は設計である。 • エンジニアという専門家が問題にされる次 元 工学の哲学 • 理学(大学の研究)とは区別された、工学 (現場のものづくり)特有の哲学が必要 • 設計は、技能の面を含んではいるが、合 理的な知性の働きを示している • 哲学の中心である認識論は、工学の知識 の特徴の解明を行う。 設計の知 • analysis分析、解析 →synthesis総合 • Know知る →do行う • つまり、知識の体系を作り上げるよりも、そ れらを総合し、世界に働きかける「行為の 知」が、設計の知、工学知である 作る行為 • 行為である(←→理論的、静的な知)ため に、ある程度の情報量の制約、情報処理 能力、時間や資金の制約の下で、できるだ け良い成果をあげなければならない • 例:木の性質を完全には分かっていないの に、昔から家が建てられてきた • ☆ここでの安全は、確実な知に依存するの と、少し違う 事故 • 科学技術が進歩しても、事故はなくならな い • ニュートンパラダイムからすると、おかしな ことだ • しかし、作る行為、設計の知からすると、当 然ともいえる • 複雑性に対する対処は、人間にとって常に たやすくはない 以上のまとめ • 科学の認識論と区別された工学の認識論 の中心は、設計の知にある • 設計の知は、世界に働きかける知である ために、動的であり、静的に確定できない • そのような知を使いつつ、エンジニアは行 為する • それでは、エンジニアの行為は、どのよう に評価できるのか エンジニアの倫理的問題 • 「人に迷惑をかける」ことが、倫理的に問題 である • エンジニアは、人工物を設計する場合に、 事故を起こしたりして、他人に被害を与え るようなことをしてはいけない(①人工物問 題) • (一人ではものづくりができない →組織と の関わり)(②組織問題) 配慮すべき他人 • 工学者は、人工物、CAD、試験管だけを相 手にしているように思えるが、製品をつくる ことによって、消費者、大衆との間接的、 かつ重要な関係に入る • (研究室内で、「盗作やデータの改ざんを するな」といった問題は、研究者倫理 research ethicsと呼ばれる。)(ここでの他人 は、他の研究者にあたる。) 工学の倫理 • エンジニアという専門家が、その行動で人 に迷惑をかけないこと • 現に生きている人に対しては、「安全性」の 問題 • 将来の人に対しては、「持続可能性」、及 び、「事故調査」(知識の伝承)の問題 要するに、工学倫理とは • 事故、故障を起こさないように、設計をする こと、しかも、新たなものを設計するとき に、リスクを理解すること • 安全性や環境に配慮した設計 • つまり、「正しい」設計をすることが、工 学倫理の中心になる 人工物をつくる倫理の新しさ • 一人ではものを作れない(組織、チーム) • 作った人と、それを使う人が、通常分離し ている(ミスは誰が犯したのか?) • 作ったモノに、責任を負うにしても、時間空 間的に離れている(複雑な因果関係) • ☆行為者の意図が人工物に媒介される 「正しい」設計の難しさ① • 様々な制約を考慮しないといけない • 制約の間にトレードオフがある(そのため、 単純な仕方で最適な設計は得られない) • 資源が限られている中での判断 • 結果の予測の技術と知識 • ↓ ↓ • 直線的に理論を深めるだけではいけない 「正しい」設計の難しさ② 分野による違い • 情報:コンピュータは汎用のため、ユーザ が重要、人間が情報を解釈する • 機械:出来上がった人工物を、他人が使う (自動車の運転) • 化学:人間に対する影響が問題だが、人 間という複雑系に対するリスク評価が難し い(計測、実験の不確実性が残る) 「正しい」設計の難しさ③ ライフサイクル • 環境は問題を難しくしている • 流体力学における一様流の速度といった、無限 遠点に仮定すべき境界条件を、これまでは近い ところに仮定していた。 • つまり、人工物の影響範囲を限られたものとみな していた。 • しかし、地球全体が工学の対象になり、エネル ギー、物質の影響をとことん追求しなければなら なくなった 設計の知と倫理 • もし、エンジニアが、「全知全能」ならば、事 故を起こすようなものを作るのは、テロ行 為のようなものだ • 実際上、エンジニアは、合理的であろうとし ても限界がある(限定合理性) • にもかかわらず、複雑性に対処しないとい けない 工学の確実性 • 詳細で大規模な実験(実物実験) • シミュレーション • • • • リスク・アセスメント フェイル・セーフ 安全率 安全側の外挿 多様な安全確保 • • • • 例:自動車の交通安全 衝突安全性、シートベルト(自動車内)、 ガードレール、交通信号(道路)、 自賠責保険、損害賠償制度(制度)まであ る • これによって、実際上、エンジニアの責任 は過大にはならなくなっている 社会技術による補完 • 科学技術を社会技術によって補完してい る • PL(製造物責任法) • 被害者に対する損害賠償の制度をつくるこ とによって、エンジニアに対する直接の刑 罰は少なくなる まとめ • 工学の認識論に基づいて、倫理的行動を 考える • 事故等の問題は、通常陰謀によって起こ るのではなく、思わぬ副作用によって起こ る エンジニアの倫理的責任 • 刑罰や非難によって、責任を問うことはあ まり意味がない • ヒューマン・エラーは統計的現象として起こ る • 問題は、過失をどのようにしてコントロール するかであって、過失を非難することでは ない 未来を見据えた倫理 • • • • • 非難→制度設計 事故調査(原因究明)に寄与する 失敗事例の収集 知識の伝承(毒性試験結果の公表) 安全性、持続可能性という設計の制約条 件を常に念頭に持つ 工学倫理教育の課題 • できるだけ、広い視野で設計が行えるよう なプロになるのが重要である(他人への配 慮) • 単純な理系の知識では十分ではない • ①工学という少し奇妙な知のあり方を自覚 すること • ②社会制度に関わる知識の理解 自己紹介 • • • • • • • • 齊藤了文 関西大学 社会学部 教授 〒564-8680 大阪府吹田市山手町3-3-35 ℡ 06-6368-1121(代)5426(内) E-mail: [email protected] URL: http://www2.ipcku.kansai-u.ac.jp/~saiton/ 著書:『〈ものづくり〉と複雑系』講談社 選書メチ エ • 共編著:『はじめての工学倫理』昭和堂
© Copyright 2024 ExpyDoc