Vol. 8, January 29, 2010 - 日本メイラード学会 - UMIN

JMARS News Letter Vol. 8, January 29, 2010
もくじ
1.第 19 回大会だより
・・・1 頁
2.若手奨励賞
・・1-3 頁
3.他学会だより
・・3-4 頁
4.第 8 回研究室紹介
・・4 頁
5.最近の文献紹介
・・・5-6 頁
6.学会事務局より
・・・6 頁
ランチョンセミナーでは、久留米大学・山岸昌一
教授より、
「心血管病阻止を目指した 2 型糖尿病患
者のリスク管理」と題して、ユーモアを交えなが
らのご講演を頂きました。様々な危険因子に対す
る集学的な治療の重要性を、再認識致しました。
学会員の皆様の研究について、益々のご発展を祈
願致します。なお、次回第 20 回日本メイラード学
会は、お茶の水大学の村田容常・大塚譲両先生が
世話人となられ、11 月 20 日(金)、21 日(土)
に開催されます。医学・薬学・食品・農学等の専
門分野の異なる研究者や、多くの産業界の技術者
などにお集まり頂き、これまで以上の有意義な議
論・情報交換がなされることを期待しております。
開催場所:
金沢エクセルホテル東急
世話人:
金沢大学大学院医学系研究科 山本
北陸大学薬学部 竹内 正義教授
1. 第 19 回日本メイラード学会だより
東北大学医学部腎高血圧内分泌科
中道 崇、森 建文
博教授
演題等は本学会のウェブサイトをご覧下さい。
日本メイラード学会:
http://www.maillard.umin.jp/
平成 21 年 11 月 20~21 日に石川県金沢市で行われ
ました学術集会では、一般演題 18 題(若手研究者
奨励賞応募演題 10 題を含む)
、パネルディスカッ
ション 7 題、ポスター演題 7 題、日本女子大学・
永井竜児先生による教育講演の各発表があり、い
ずれも活発な討議がなされました。1 日目には、ま
ず若手研究者奨励賞応募演題の発表が行われまし
た。昨年の倍を超える 10 名の若手研究者が、様々
な切り口から発表されました。今後の本領域での
益々のご活躍が期待されます。引き続いてパネル
ディスカッションが行われました。昨年に引き続
きカルボニルストレス性統合失調症に関する発表
が行われ、ビタミン B6 補充療法による治療の可能
性が示唆されました。また、久留米大学・深水圭
准教授より、糖尿病性腎症における AGEs-RAGE 系
とレニン・アンジオテンシン系のクロストークの
可能性が報告されました。ポスター演題発表の前
に行われた懇親会では、医・農・薬学および食品
各分野の研究者達が北陸の味や地酒を味わいなが
ら活発な情報交換を行い、有意義な時間をすごし
たものと思います。
2 日目に行われた教育講演では、
「AGEs/メラノイジ
ンの生体応答とそのメカニズム」と題し、永井竜
児先生より食品由来および生体内 AGEs が有する
AGE 受容体を介した生体への影響についての詳細
な報告が行われ、とても興味深く拝聴しました。
2. 第 19 回日本メイラード学会若手奨励賞
「Xylose-lysine 系のメイラード反応から生成す
る新規低分子色素化合物とその類縁体」
能見祐理(受賞者)1、坂本洵子 1、竹中真紀子 2、
村田容常 1
1
お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学
(独)農業・食品産業総合研究機構 食品総合研
究所
2
この度は第 19 回日本メイラード学会若手研究者
奨励賞を賜り、感謝申し上げます。大変光栄に存
-1-
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じております。
私がメイラード反応研究に携わるようになった
きっかけは、かつて在籍していた日本女子大学で
の研究室配属で、故グュエン・ヴァン・チュエン
先生のラボに入ったことです。その後、同研究室
の修士課程へ進学した年の秋に、同大学で第 16 回
日本メイラード学会が主催されました。当時は学
会スタッフとして参加していたのですが、諸先生
方の素晴らしい研究発表やディスカッションに触
れ、いつか私も一研究者としてメイラード反応研
究に貢献したいと強く心に誓ったことが今でも思
い出されます。
現在はお茶の水女子大学の村田容常先生の御指
導の下、植物性食品中におけるメイラード反応生
成物、その中でも特に褐変に寄与する低分子色素
化合物の探索に重点を置いて研究をしております。
AGEs を初めとする生体内メイラード反応研究が盛
んになる一方で、食品内メイラード反応研究もま
た、生体系の研究からフィードバックされる形で
研究が進展しており、食品中 AGEs の観点から重要
視されてきております。分析機器がより高度に発
達した現代において、食品系メイラード反応生成
物についても再検討されるべきだと常々考えてお
ります。今回の受賞対象となった、xylose-lysine
系から生成する新規低分子色素化合物
dipyrrolone 類は弱酸性条件下で特異的に生成す
る物質であり、改めてメイラード反応機構の複雑
かつユニークな一面を垣間見た次第です。今後は
本物質の生成機構の解明とともに、味覚等の生理
活性の検討を中心に研究を進めていきたいと考え
ております。食品学の立場からメイラード反応研
究へ少しでも貢献できたらと、微力ながら鋭意努
力していきたいと存じます。
最後になりましたが、本学会の運営に当たられ
ました金沢大学の山本先生、北陸大学の竹内先生、
ならびに本学会の運営メンバーの方々に心より御
礼申し上げます。また、本研究を行うにあたり、
終始ご協力を頂いたお茶の水女子大学食品貯蔵学
研究室のメンバーに感謝いたします。
にたずさわった多くの先生方、今日に至るまで温
かく御指導いただいた先生方に心より御礼申し上
げます。
私達の研究室では、膜リン脂質の一つであるホス
ファチジルエタノールアミン (PE)のグリケーシ
ョンに関する研究を行っています。脂質である PE
はグリケーションを受け、アマドリ化合物として
Amadori-PE を生じます。これまでの研究から、
Amadori-PE が膜脂質の過酸化を誘発したり、糖尿
病者血漿に多く存在していることを明らかにし、
糖尿病の増悪化にかかわることを示してきました。
一方で、脂質グリケーションが亢進すると、タン
パク質の場合と同様に最終糖化産物 (AGE-PE)の
形成が予想されます。AGE-PE としてはカルボキシ
メチル型 PE (CM-PE)やカルボキシエチル型 PE
(CE-PE)の可能性が報告されています。しかし、こ
れまで AGE-PE の分析法は確立されておらず生体内
の存在についても明らかになっていませんでした。
そこで、本受賞研究では AGE-PE の LC-MS/MS によ
る分析法を開発し、ヒト血中の AGE-PE の存在量を
分析しました。その結果、赤血球と血漿から CM-PE
と CE-PE が検出され、AGE-PE が生体内に存在する
ことが証明されました。また、健常者と糖尿病者
の間では CM-PE の濃度(赤血球 0.67 vs. 0.80
mmol/mol PE; 血漿 0.15 vs. 0.06 mmol/mol PE)
に差はみられないことが分かりました。一方、初
期糖化産物の Amadri-PE は健常者より糖尿病者で
有意に高値 (赤血球 0.9 vs. 3.4 mmol/mol PE; 血
漿 3.0 vs. 6.3 mmol/mol PE)を示しました。以上
のことから、AGE-PE よりも Amadori-PE のほうが、
糖尿病において生体により影響を与えるのではな
いかと考えられました。今後、AGE-PE や Amadori-PE
の生理作用についてさらに検討していきたいと考
えております。
「健常者と糖尿病患者血中の脂質グリケーション
産物の LC-MS/MS 分析」
橋浦彩(受賞者)1、丸子徹 1、庄子真樹 1,2、仲川
清隆 1、浅井明 3、及川眞一 3、宮澤陽夫 1
1
「AGEs 消去系亢進による腎臓および大動脈の老化
の抑制」
池田洋一郎(受賞者)1、南学正臣 1、宮田敏男 2、
藤田敏郎 1、稲城玲子 1
2
東京大学大学院医学系研究科
東北大学大学院医学系研究科
初めての日本メイラード学会への参加,とても楽
しく有意義に過ごさせていただきました。また若
手激励賞を賜りまして,諸先生方に感謝いたしま
す。世話人の山本博先生とは以前,腎臓関係の小
さな研究会にて岐阜にてお目にかかり,プライベ
ートな懇親会(?)にて夜遅くまでありがたいお
話をしていただいた記憶があります。まったくも
ってプライベートなことですが,山本先生は外見
も性格も話し方も妻の父親に非常に似ているのが
1
東北大学大学院農学研究科
宮城県産業技術センター
3
日本医科大学
2
このたびは第19回日本メイラード学会 (世話
人:山本博先生, 竹内正義先生; 金沢市)において
若手奨励賞をいただき大変光栄に存じます。選考
-2-
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印象的で,何か親しみを感じます。またもう一人
の世話人の竹内正義先生とは初めてでしたが,気
さくに話しかけていただき本当にありがたいと思
いました。そのほかの多くの評議員の先生方とは,
一足先にオーストラリアのケアンズにて行われた
IMARS にてお会いしてお話していたため,緊張せず
に 2 日を過ごすことができました。
さて,今回の学会にて私は腎臓の老化の評価する
方法と老化を抑制する方法についてお話しました。
腎臓の老化というのは,ほとんど研究されており
ません。血清のクレアチニンという老廃物により
計算される「腎機能」という値(GFR)は加齢とと
もに減少していくことが知られています。しかし,
これがどういう機序によるかわかっていません。
また形態学的な変化もあまり知られていません。
この腎臓の加齢による変化が AGEs 前駆体となる
methylglyoxal の分解酵素である glyoxalaseⅠを
overexpress することで軽減するということを示
しました。酸化ストレスがいろんな疾患・病態で
悪いと言われておりますが,酸化ストレスは必ず
しも悪者ではなく,細胞にとって必要なものでも
あります。これを除去する酵素(カタラーゼや SOD
など)を増やしても長寿にならないという報告も
あり(反対の結果もありますが),ポスト酸化スト
レスの研究が進みつつありますが,カルボニルス
トレスや AGEs はその代表選手と思っています。今
後は,具体的なタンパク分子の糖化修飾による機
能調節を追究していけたらと思っております。
この学会は毎年参加して常に情報を発信していけ
たらと思っております。今後ともよろしくお願い
します。
「RAGE を介した炎症惹起に対する cAMP による新
たな抗炎症作用メカニズム」
本吉創(受賞者)、棟居聖一、山本靖彦、渡邉琢
夫、山本博
金沢大学大学院医学系研究科血管分子生物学
このたび、第 19 回日本メイラード学会若手研究者
奨励賞を賜り、誠にありがとうございました。大
変光栄に存じております。この受賞を励みに、今
後の研究に一層精進して取り組んでいきたいと思
います。発表の機会を与えていただきました学会
運営メンバーの方々、関係各位の皆様に心より御
礼申し上げます。
私たちは AGE-RAGE 系と炎症との関連について、そ
の治療的応用を目的に研究しております。主とし
て RAGE ノックアウトマウスを用いた研究成果から、
AGE-RAGE 系は糖尿病合併症や自己免疫疾患の発
症・進展に深く関わることが示唆されていますが、
その詳細な機構については不明です。我々は炎症
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反応の実行部隊である単球・マクロファージに焦
点をしぼり、これら免疫担当細胞における
AGE-RAGE 系の機能と炎症抑制のメカニズムについ
て検討を行った結果、cAMP 上昇が RAGE の転写およ
び翻訳後修飾を制御して、一連の炎症性反応を抑
制することを明らかにしました。現在、病態モデ
ルを用いた in vivo 評価を行っており、臨床応用
につながる価値ある研究に仕上げていきたいと考
えております。
3. 他学会だより
The 1st International Conference on Lipid
Hydroperoxide Biology and Medicine Sendai 2009
(ICLH2009)
Joint Meeting of The 17th Annual Meeting of Japan
Society for Lipid Hydroperoxide Biology and
Medicine 2009
第1回国際生体パーオキサイド研究会に参加して
東北大学大学院農学研究科生物産業創成科学専攻
天然物生物機能化学講座
仲川清隆
過酸化脂質は食品油脂の酸化劣化として古くか
ら研究されてきましたが、その後、活性酸素や細
胞傷害、老化、各種疾病との関わりが知られるよ
うになり、生化学の分野にとどまらず医学臨床の
分野においても幅広く研究が行われるようになり
ました。
この分野の研究者が情報交換を行う目的で組織
されたのが「生体パーオキサイド研究会」で、年1
回、研究会が開かれてきました。今年度(第17回)
の研究会は、初めての国際会議(ICLH2009 11月4
~6日)として開催され、パーオキサイドの関連研
究領域において国際的に著名な先生方や新進気鋭
の若手の先生方から、下記のご講演を頂きました。
• Overview of lipid peroxidation in food and
biological systems
Teruo Miyazawa (Tohoku University, Japan)
• Novel chemical mechanisms for the formation of
reaction lipid electrophiles from
phospholipid hydroperoxides: detection
and biological implications
Huiyong Yin (Vanderbilt University, USA)
• Tandem mass spectrometry analysis of labeled
phosphatidylcholine hydroperoxides
Naomichi Baba (Okayama University, Japan)
• Sensitivity to lipid peroxidation: the only
other known link between oxidative stress
and animal maximum longevity in addition to
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the rate of mitochondrial ROS generation
Gustavo Barja (Complutense University,
Spain)
• Oxidative stress in induction of apoptosis and
senescence
Jin H Song (Medical University of South
Carolina, USA)
• Rancid smell of death: oxidative lipidomics of
apoptosis
Valerian E. Kagan (University of Pittsburgh,
USA)
• Mitochondrial function decline and oxidative
stress in aging
Yau-Huei Wei (Mackay Medical College, Taiwan)
• Protective effect of green tea polyphenols
against 6-OHDA induced apoptosis through
ROS-NO pathway in Parkinson's disease
Baolu Zhao (Institute of Biophysics, China)
• Behavior of oxidized LDL in plasma and in
arterial tissue during atherogenesis
Hiroyuki Itabe (Showa University, Japan)
• Lipid hydroperoxide and atherosclerosis
Shinichi Oikawa (Nippon Medical School,
Japan)
• Phenotype analysis of tissue specific
phospholipid
hydroperoxide
glutathione
peroxidase knockout mice
Hirotaka Imai (Kitasato University, Japan)
• Polyphenols modulation of angiogenesis and
obesity
Mohsen Meydani (Tufts University, USA)
• Can the liver maintain a normal brain DHA
content in the absence of dietary DHA?
Miki Igarashi (National Institutes of Health,
USA)
• Role of oxidized low-density lipoprotein in
the pathogenesis of atherosclerosis and its
prevention by Esculeogenin A
Ryoji Nagai (Japan Women's University, Japan)
ご講演は熱意にあふれ、研究者や学生など百数
十名の参加者の皆様は、メモを取るなどしながら
熱心に耳を傾け、質疑応答も活発に行われていま
した。印象的であったのは、ご講演や、その合間
に行われたポスターセッションにおいて、とても
アットホームな雰囲気で発表や討論がなされてい
たことです。
発表の中には、グリケーションの内容を含む演
題も幾つかあり、
“脂質過酸化とグリケーションの
関わり”がイメージされ、大変興味深く感じまし
た。今後に、このようなテーマを議論できる場が
あれば良いと思いますし、例えば、次回の日本メ
イラード学会の企画としはていかがでしょうか?
4. 第8回研究室紹介
日本女子大学食物学科生化学・食品機能科学
永井竜児
大学を中退しようと考え
ていた学部三年生の頃、色々
と相談に乗って下さってい
た帝京大学理工学部の恩
師・西村敏男教授が、ふと早
老症患者の写真を見せて下
さり、私は突如何かに取り憑
かれたように老化研究に興
味を抱きました。老化研究と
言っても様々であり、自分は何から手を付ければ
良いのか分からない状況でした。ある日、大学の
図書館で友人が持っていた全国大学院ガイドなる
ものを眺めてみると、静岡県立大学の木苗直秀教
授(現学長)のご研究室に、
「茶葉抽出物を用いた
アミノカルボニル反応の・・・老化に関する研究」
と掲載されておりました。理工学部出身の私は茶
葉への興味は微塵もなく、アミノカルボニル反応
も聞いたことがありませんでしたが、どうも老化
研究らしい・・・ということだけは理解でき、そ
の数分後には図書館の公衆電話から木苗先生に連
絡させて頂きました。もし西村教授が早老症の写
真を見せて下さらなかったら、もし木苗教授が他
大学の学生を快く受け入れて下さらなかったら、
もし英語ができなかった私を拾って下さらなかっ
たら、今の私はなかったように思います。その後
の博士課程進学では、日本育英会奨学金が取れる
ことを知り熊本大学に進学させて頂き、抗体を用
いた AGE の検出を学びました。免疫化学的な AGE
の検出は簡便・迅速・多検体分析にも有効ですが、
絶対的な定量は難しいものがあると実感し、機会
を待ち、2002 年春よりサウスカロライナ大学の Dr.
Baynes 教授の下、ガスクロマトグラフィー質量分
析器(GC/MS/MS)による AGE の定量法を学びました。
この頃、高血糖状態で培養すると血管内皮細胞の
「細胞内」で AGE 生成が進行することを報告した
Michael Brownlee らグループの論文(Nishikawa T
et al., Nature 404, 787-790, 2000)が話題にな
っておりました。今でこそ細胞内で AGE が生成す
ることが容易に受け入れられるようになりました
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が、ほんの7-8 年前までは、細胞外で生成した AGE
蛋白が AGE 受容体を介して細胞内に取り込まれる
経路が主流であったと思います。私の留学時最初
のミッションは、細胞内 AGE を抗 AGE 抗体で検出
した Brownlee らの報告を、GC/MS/MS 分析で再現す
ることでした。しかし、Chemistry のラボで CO2 イ
ンキュベーターを購入してもらい細胞培養系を立
ち上げ、一年半、血管内皮細胞、心筋細胞、マク
ロファージ等々、グルコース濃度を変たり酸化反
応を与えて様々な細胞内 AGE 含量の変化を測定し
ましたが、AGE 含量は微動だにせず、唯一 AGE 含量
が変化した細胞は解糖系が活発でメチルグリオキ
サール生成が高いと知られる赤血球のみでした。
そこで最後にと思い、CML は脂質の酸化反応からも
生成しますので、脂質を沢山溜め込む脂肪細胞で
は何らかの AGE が蓄積するのではと考え、脂肪細
胞の培養系を立ち上げました。しかし、脂肪細胞
でも CML、CEL などの既知 AGE 構造の含量はほとん
ど変化しませんでした。ところが、です。
S-(2-succinyl)cysteine (2SC)という期待しなか
った新規の翻訳後修飾構造が、なんと脂肪細胞の
分化に伴っておよそ 16 倍も増加することを見つけ
たのです。詳細は省略させて頂きますが、先の
Brownlee グループの論文では、高濃度グルコース
で培養した細胞内 AGE 含量はおよそ 1.5~2 倍増加
しておりましたので、
「16 倍は上がりすぎ、何かの
間違いに違いない、そもそも単なる脂質の貯蔵庫
である脂肪細胞に翻訳後修飾物が溜まって何が面
白い?」ラボセミナーで「So, what?」と議論され
たことを覚えております。当時の私はまだ脂肪細
胞がメタボリックシンドローム研究の要であるこ
とを把握しておらず、「So, what?」の質問に対し
て、「I don’t know…」しか答えられなかったの
です。この頃、母親の体調の都合で私は 2 年で留
学を切り上げることになりました。残る半年、突
貫工事で 2SC 研究の基礎データを取り、残りは私
から入れ替わりに入って来たポスドクの Frizzell
に任せ、2004 年に帰国いたしました。結果的に、
脂肪細胞での 2SC 生成はアディポネクチンに進行
し、アディポネクチンの分泌低下につながること
が分かって参りました(Nagai R et al., J. Biol.
Chem 282, 34219-34228, 2007) 、(Frizzell N et
al., J. Biol. Chem 284, 25772-25781, 2009)。
Dr. Baynes は大変ご多忙な方でしたが、私が質問
に行くといつも手を止め、一緒に Pubmed 検索を行
い、じっくりディスカッションをして頂き、今の
私の目標人物の一人となっております。また、Dr.
Baynes 自身も脂肪細胞における 2SC 研究に興奮冷
めやらぬご様子で、一度退官したものの、NIH のグ
ラントを再度取り同じ大学の違う学部に復職され、
今でも頻繁に連絡を取らせて頂いております。
さて、2004 年に帰国してからしばらくすると、
一研究室に教官は助手の私一人のみ、学生はゼロ
という状況になりましたが、熊本大学の薬学部か
ら学生が一人、また一人と出向という形で来てく
れるようになり、最終的には7名の学生が来てく
-5-
熊本のドリームチーム
れることになりました。この頃、薬学部の大学院
生や先生方に天然物の面白さを教わり、トマト由
来の新規化合物が動脈硬化を予防する作用を有す
ることも分かって参りました(Fujiwara Y et al.,
Arterioscler. Thromb. Vasc. Biol. 2400-2406,
2007)。一研究室に助手の私が一人しかいない環境
に来てくれた薬学部学生のド根性に驚くと共に、
大変感謝しております。帰国後、私は自暴自棄に
なっていた時期もありますが、彼ら 7 人の侍(?)
の存在が、私を研究者の道に思い留まらせてくれ
たのです。その頃、研究に限らず「自分が本当に
やりたいことって何だろう」と改めて思い悩んだ
時期でもあり、現在は「自分の健康維持に役立つ
ことをやりたい」という考えに定着致しました。
2009 年の 4 月、博士後期課程より約 14 年(うち
2 年は渡米)過ごした熊本より東京にある日本女子
大学に出て参りました。正直、女子大学に異動す
ることは全く自分の将来構想に入っておらず、熊
本で知り合った苦楽を共にした学生らと別れて東
京に移るのはどうしたものかと悩みました。しか
し、本大学に移ってみると、こちらの学生は私の
学生時代より優秀であり、うまく方向性を示せた
ら、社会で大いに活躍できる優秀な人材を輩出で
きるのではと期待しております。現在、食品およ
びコラーゲンに生成する AGE の研究、トマトの機
能解析、脂肪細胞の機能解析(2SC)を続けさせて
頂いております。私共の歩みはゆっくりですが、
学生らと面白い研究成果が残せたらと願っており
ます。今後ともご指導の程、宜しくお願い申し上
げ ま す 。
研 究 室 ホ ー ム ペ ー ジ :
http://mcm-www.jwu.ac.jp/~nagair/
研究室集合写真
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5. 最近の文献紹介
か に し た ( Kumagai T., et al., Glyoxalase I
overexpression
ameliorates
renal
ischemia-reperfusion injury in rats. Am J
Physiol Renal Physiol. 2009;296(4):F912-21)。
東京大学医学部腎臓内分泌内科
稲城玲子
C. elegans as model for the study of high
glucose- mediated life span reduction.
Schlotterer A, Kukudov G, Bozorgmehr F, Hutter
H, Du X, Oikonomou D, Ibrahim Y, Pfisterer F,
Rabbani N, Thornalley P, Sayed A, Fleming T,
Humpert P, Schwenger V, Zeier M, Hamann A, Stern
D, Brownlee M, Bierhaus A, Nawroth P, Morcos M.
Diabetes. 2009 Nov;58(11):2450-6.
医学領域においてメイラード研究は、蛋白の糖
化修飾がさまざまな疾患の引き金や増悪因子にな
ることや、老化の要因でもあることから幅広く注
目されている。なかでも糖化最終産物前駆体であ
る methylglyoxal によるメイラード反応の病因論
に関しては多くの報告がある。今回は、
methylglyoxal が糖尿病合併症や老化の原因の一
つで、その抑制に methylglyoxal 消去系酵素であ
る glyoxalase I が有効であることを示した論文を
抜粋して紹介する。
本論文では糖尿病(高血糖)で老化が進行する、
つまり寿命が短くなる機序の一つとして
methylglyoxal や glyoxalase I の関与する経路を
明らかにしている。高グルコース存在下で培養し
た線虫は対照群に比し寿命が短くなり、その際、
ミトコンドリアタンパク質の methylglyoxal 修飾
や活性酸素の産生が著しく亢進することが示され
ている。それに対し、glyoxalase I を高発現させ
た線虫では高グルコースによる methylglyoxal 修
飾タンパク質の蓄積、活性酸素産生、ひいては寿
命の短縮も有意に改善することが明らかにされて
いる。その逆に、glyoxalase I 発現を siRNA にて
低下させた線虫では、高グルコースによる寿命短
縮がさらに加速する。これらの成果から、糖尿病
(高血糖)では細胞内に増加した methylglyoxal
によって糖化修飾を受けたミトコンドリア蛋白が
機能異常を引き起こし、細胞ひいては生命体の老
化を促進すること、さらに methylglyoxal 消去系
は一連の糖毒性による老化を有意に抑制すること
を明らかにしている。
Hyperglycemia Impairs Proteasome Function by
Methylglyoxal.
Queisser MA, Yao D, Geisler S, Hammes HP,
Lochnit G, Schleicher ED, Brownlee M, Preissner
KT.
Diabetes. [Epub ahead of print]
ユビキチン-プロテアソームシステムは細胞内
の標的蛋白をユビキチンにより標識しプロテアソ
ームで分解する経路で、細胞周期やシグナル伝達
など細胞機能に重要な役割を司っている。本論文
では、methylglyoxal 添加培養血管内皮細胞や糖尿
病(高血糖により細胞内 methylglyoxal 濃度が亢
進した状態)モデルマウスにおいてはプロテアソ
ームが有意に糖化修飾され、それに伴って蛋白分
解能が低下することが明らかにされている。注目
すべき事に glyoxalase I 欠損マウスでは、糖尿病
を誘導しなくても恒常的な解糖系や糖酸化などで
生じる methylglyoxal を消去できないため、糖化
修飾プロテアソームの蓄積と蛋白分解能の低下が
生じることが示されている。これらの成果から、
糖 尿 病 患 者 に お い て 高 血 糖 で 細 胞 内
methylglyoxal 濃度が亢進すると、それによってプ
ロテアソームの病的な糖化修飾が生じ、ユビキチ
ン-プロテアソームシステムの破綻、ひいては細胞
機能の破綻を招くことが示唆され、その抑制に
methylglyoxal 消去系 glyoxalase I が重要である
ことが明らかにされた。ちなみに、正常血糖値で
あっても、酸化ストレスを伴う病変部(虚血性心
疾患、脳梗塞など)に methylglyoxal、ひいては糖
化修飾蛋白の蓄積が検出されることが近年明らか
にされた。こうした病態においても glyoxalase I
による病態改善が予測され、我々は、腎虚血再灌
流モデルラットにおいて、methylglyoxal 修飾蛋白
の蓄積が腎障害の程度に比例し、それを
glyoxalase I 過剰発現にて改善できることを明ら
Lipid peroxidation in relation to ageing and the
role of endogenous aldehydes in diabetes and
other age-related diseases.
Dmitriev LF, Titov VN.
Ageing Res Rev. 2009 Oct 1. [Epub ahead of print]
この総説は、老化によって発症頻度が高まる疾
患(糖尿病や高血圧)における methylglyoxal(糖
由来)や malonic dialdehyde(脂質由来)などの
細胞毒性の高いアルデヒド化合物の病因論や、そ
のアルデヒド消去因子の疾患抑制効果を総括して
いる。特にアルデヒド消去系 glyoxalase I が老化
や老化に伴う疾患を抑制することを示した最近の
論文の主旨がまとめられている。ちなみに、これ
までに glyoxalase I は高齢になるとその活性が著
しく低下することが報告されている。これは老化
や老年病発症が促進する一因となることが推測さ
-6-
JMARS News Letter Vol. 8, January 29, 2010
れる。
メイラード学会が一つの分野に偏らないように工
夫がなされております。入会希望者は①会費をお
振り込み頂いた後、②下記ウェブサイトより入会
申し込み用紙(MSワード)をダウンロードして
必要項目をご記入の上、e-mail あるいはFAXで
事務局へお送り下さい。
*会費:正会員 5,000 円、賛助会員 50,000 円
*振込先銀行・支店名:三井住友銀行
千里中央支店 口座番号:0744503
口座名:日本メイラード学会 代表者 宮澤陽夫
*日本メイラード学会ホームページ
近年、高血糖や酸化ストレスなどの要因によっ
て細胞内 methylglyoxal 濃度が亢進すると、細胞
機能に重要な蛋白が糖化修飾を受け、その機能に
異常が生じること、それが疾患の引き金になる可
能性が多く報告されている。たとえば高グルコー
スに暴露された内皮細胞では、血管新生を制御す
る分子群が異常糖化修飾(methylglyoxal 修飾)を
受け、正常な血管新生能を失うことが明らかにさ
れており、糖尿病における血管障害の原因の一つ
と考えられている。そうした一連の研究成果から
生体内に蓄積した methylglyoxal が広汎な細胞内
蛋白を修飾し、多岐にわたる細胞機能異常を誘導
するその詳細な分子機序が明らかになるにつれ、
glyoxalase I などの methylglyoxal 消去系酵素の
促進によって病因性のメイラード反応を制御する
ことの有用性が明らかになりつつある。どのよう
にして生体に不利益な過剰メイラード反応を抑え
るか、それに基づく糖尿病や老化関連疾患に対す
る新規治療・予防戦略の可能性はあるのかなど、
今後のさらなる研究の発展が期待される。少なく
とも筆者は glyoxalase I 研究にそうした展望を描
きつつ、日々研究を続けている。
http://www.maillard.umin.jp/
*送付先:日本メイラード学会事務局
兵庫医科大学生化学講座・鈴木敬一郎
E-mail: [email protected]
電話:0798-45-6357、FAX:0798-46-3164
II. その他:本ニュースレターに取り上げてほし
いトピックス、あるいはご意見等のある方は下記
へご連絡下さい。
*日本メイラード学会会報編集
日本女子大学家政学部食物学科生化学食品機能科
学講座
永井竜児
東北大学大学院農学研究科生物産業創成科学専攻
天然物生物機能化学講座
仲川清隆
札幌医科大学医学部医化学講座
高橋素子
6. 学会事務局だより
I. 新規入会について:日本メイラード学会では入
会を随時受け付けております。本学会は、医学・
薬学・食品・農学分野等に従事する日本メイラー
ド学会の世話人が毎年交代で当番幹事を担当し、
当番幹事によって毎年のトピックスが選定されて
おります。本方式を採用することによって、日本
E-mail: [email protected]
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