日英逐次通訳演習 通訳とは何か? 通訳教材データベース [DB003A] 通訳とは何か? [1/13] 今晩は。今日お集まりのみなさんは、将来、通訳者に なりたいと考えておられるわけです。 そこで、次のような質問で始めてみたいと思います。つま り、「通訳者とは一体どういうことをするのか」ということ であります。 この質問に答える前に、まず通訳と翻訳の違いについて 考えてみます。 通訳とは何か? [2/13] 表面的には、通訳と翻訳の違いは単なる手段の違い に過ぎないように見えます。つまり、通訳者は口頭で 翻訳をし、翻訳者は文字テキストを通訳するというわ けです。 もちろん、いずれの仕事も、言語というものに対するある 種の愛情があること、それから複数の言語に深く通じ ていることが前提となります。 通訳とは何か? [3/13] しかしながら、それぞれの仕事を行うために必要な訓練 や技能、あるいは才能という点では、両者の違いは かなり大きなものがあります。 翻訳者のキースキルは何かといえば、それは文章力、つ まり目標言語で自分を明瞭に表現できる力というこ とになります。したがって、プロの翻訳者は、ほとんど 常に一方向の作業、つまり自分の母語に翻訳すると いうのが普通です。バイリンガルの人でも、2カ国語を 同じように流暢に操れるということは、まず、ほとんどあ りません。 通訳とは何か? [4/13] 翻訳者の多くはいわゆるバイリンガルではなく、目標言 語で自由に会話ができるということはないかもしれま せん。しかし、その必要もないわけです。 翻訳者に必要なスキルは、目標言語とその言語の文 化的背景に対する理解、それから、与えられたテキス トを辞書や参考書をフルに活用して適切な目標言 語に変換する力、ということになります。 通訳とは何か? [5/13] これに対して通訳者は、双方向への変換を、辞書なし で、しかもその場でやらなければならないわけです。通 訳には2つの種類があります。 逐次通訳と同時通訳です。同時通訳の最も一般的 なスタイルは、通訳者がヘッドホンを付けてブースに座 り、マイクに向かってしゃべるというスタイルです。 通訳とは何か? [6/13] 厳密に言えば、「同時」というのは正確ではありません。 通訳者は、ある発話のおよその意味を理解した後で なければ通訳にかかれないわけです。 それから、あるセンテンスの中で、主語と動詞がどのくら い離れているかによって、文の最後まで聞いてからで ないとまったく通訳ができないということもあります。 通訳とは何か? [7/13] この例によっても、同時通訳という仕事がいかに困難を 伴うものであるか、明らかだと思います。あるセンテン スを目標言語に変換しながら、同時に、その次の文 を聞き、理解していかなければならないわけです。 バイリンガルの人でなくても、この作業の難しさを体験す ることは可能です。誰かの発言を、センテンスの半分 ぐらいずつ遅れながらパラフレーズしてみてください。も ちろん、次のセンテンスの内容を理解しながら、前の 文をパラフレーズするわけです。 通訳とは何か? [8/13] 同時通訳者にとっての最も重要なスキルのひとつは決 断力です。あれこれの訳を吟味したり、適切なイディ オムを考えている暇はありません。 少しでも遅れれば、話し手の発話の一部を、あるいは まとまった思考ユニットを、まるごと聞き損ってしまいま す。話し手は自分から離れたところにいて、場合に よっては別室にいるということもありますので、いったん 聞き漏らしたことは、いわば永久に回復できないわけ です。 通訳とは何か? [9/13] 逐次通訳では、話し手はだいたい 1 分から 5 分ぐらい の間隔でポーズを置きます。普通はパラグラフ単位、 あるいはひとつのまとまった思考ユニットごとに発話を 中断しますが、通訳者はこの間に通訳を行うことにな ります。 逐次通訳におけるキースキルのひとつはノートテイキング です。ひとつのパラグラフを、細部まできちんと記憶し ておくなんてことはできないわけです。 通訳とは何か? [10-1/13] しかし、通訳者のノートはいわゆる「速記」とはかなり違 います。通訳のためには、相手の発話内容をその言 語のままノートすることは、むしろ事態をいっそう複雑 にすることがあります。 通訳とは何か? [10-2/13] したがって、プロの通訳者の多くは、自分なりの「記号 文字」を作って、これを活用しています。 相手の言葉をそのまま書き取るのではなく、話し手の言 わんとすることを、言葉から離れた形で記号的にメモ するわけです。 これによって、通訳者のアウトプットは、起点言語にとら われない、よりこなれたものになります。 通訳とは何か? [11-1/13] 翻訳者と通訳者に必要なスキルはこのようにかなり大き く違うわけですが、いずれも両方の言語に深く通じて いること以外に、ひとつだけ共通点があります。 つまり、両者とも、通訳・翻訳の対象となるテキストやス ピーチの主題について、きちんと理解していなければ ならないという点です。 通訳とは何か? [11-2/13] 1950年代から盛んに行われた自動翻訳のプロジェクト が失敗に終わった大きな理由のひとつは、まさにこの 点にあります。 翻訳というのは、単にある言語を別の言語に置き換え ることではなく、ある言語で表現された思考内容を理 解し、これを別の言語を使って説明するという作業で す。 通訳とは何か? [12-1/13] 言い換えれば、通訳者の仕事は、まず「言葉」を「意 味」に転換し、次にその「意味」を、別の言語を使っ て再び「言葉」に戻すという作業なのです。 したがって、通訳とは基本的に「パラフレーズイング」であ ると言うことができます。 通訳とは何か? [12-2/13] そして、ある思考内容を第3者に伝えるためには、まず 自分がそれをきちんと理解する必要があるように、自 分が通訳者として参加する会議やワークショップにお いて、通訳者としての仕事をまっとうするためには、話 題となっている事柄についての十分な予備知識があ ることが大前提となります。 通訳とは何か? [13/13] 以上要約すれば、よい通訳者に求められる資質とは、 およそ次のようなものです。 1) 通訳対象となるスピーチの主題についての知識 2) 双方の文化についての広範かつ深い知識 3) 双方の言語における幅広い語彙力 4) 双方の言語による簡潔・明瞭な表現力、および 5) 逐次通訳のための高度なノートテイキング力。 以上です。どうもありがとうございました。みなさんのご健 闘を祈ります。
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