対人関係とケア 橋本 剛 (静岡大学人文学部社会学科) 自己紹介。 人文学部社会学科所属 専門は「社会心理学」 主な研究テーマは「ストレ スと対人関係」。 個人の心身の健康に対して プラスに働く対人関係(ソー シャル・サポート)と、マイナ スに働く対人関係(対人スト レス)の両側面について。 1.はじめに ―ケアとソーシャル・サポート― 他者との関わりとウェル・ビーイング 当為的な「ケア」 帰納的な「ソーシャル・サポート」 Cobb(1976)によるソーシャル・サポートの定義 「ソーシャル・サポートとは、ケアされ愛されている、尊 敬されている、そして互いに義務を分かち合うネット ワークのメンバーである、と信じさせるような情報とし て定義される。」 この定義は、実は循環論的。 同時に、「ケア」と「ソーシャル・サポート」がかなり類 似していることを意味している(?) サポートとケアに共通する問題 「サポート/ケアとはそもそも何なのか」 「サポート/ケアが人々に何をもたらすのか」 「サポート/ケアのあり方は個人によるのか,社会に よるのか」 「サポート/ケアというコンセンサスが得られやすい /得られにくいのはどのような状況なのか」 「コンセンサスが得られない状況にどう対峙すればよ いのか」 2.対人関係は心身の健康を維持・ 促進する (1)ソーシャル・サポートとは? 「特定個人が,特定時点で,彼/彼女と関係を有してい る他者から得ている,有形/無形の諸種の援助」(南・ 稲葉・浦,1988) 「狭義には、個人が取り結ぶネットワークの成員間で、個人の ウェル・ビーイングを増進させる意図で交換される心理的・物質 的資源をいう。社会的支援と訳す。広義の概念には、社会的統 合や社会的ネットワークも含まれる。」(田中, 1997) 「最近の多くのソーシャル・サポート研究は、それを操作的概念 として使用せず、対人関係と人の心身の健康との関連につい てのさまざまな研究をソーシャル・サポート研究と総称しようと いう立場にたつ。」(浦, 1999) サポートのとらえ方 構造的測度 配偶者の有無 親族や友人の人数 密度 機能的測度 知覚されたサポート/実行されたサポート 道具的サポート/情緒的サポート ソーシャル・サポートの重要性 Berkman & Syme(1979) 男女各2千人を対象とした縦断調査 1回目に対人関係について調査。 1.結婚状態(結婚しているか否か) 2.家族や友人との接触(親友が何人いるか、親し い親類が何人いるか、それらの人と毎月どのくらい 会うか) 3.教会や寺院への参加 4.その他の組織への参加結果 9年後,再調査。 性別・年齢・配偶者有無による死亡率 35 30 25 男性(配偶者あり) 男性(配偶者なし) 女性(配偶者あり) 女性(配偶者なし) 20 15 10 5 0 30-49歳 50-59歳 60-69歳 年齢・性別・社会的ネットワークに よる死亡率(テキストp.129) 40 35 30 25 Ⅰ(最多群) Ⅱ Ⅲ Ⅳ(最少群) 20 15 10 5 0 30-49歳 男性 30-49歳 女性 50-59歳 男性 50-59歳 女性 60-69歳 男性 60-69歳 女性 (2)なぜサポートは健康を促すのか サポートはさまざまな水準でストレスを抑制する ストレッサーの生起の抑制 ストレッサーの評価の抑制 ストレスとストレス反応の関連抑制 (3)サポートと健康の関連について の2つの論点 1.因果関係の妥当性 「対人関係が良好であるほど健康」ということの意味 1.対人関係によって健康状態が左右される? 2.健康状態によって対人関係が左右される? 3.他の要因によって対人関係と健康が左右される? 2.対人関係は常に好ましいとは限らない サポートが無力,逆効果になることもあるのでは? 対人関係の好影響は,その悪影響を上回る? 3.サポートは本当に健康を維持・促進し ているのか? (1)サポートと健康の因果の解釈は難しい 「サポートが多いほど健康状態が良くない」ことも ある。 A.「サポートが原因で健康が損なわれる(サポートを 提供されることによって自身の無力感を認識し,それ によって抑うつ症状が生じる)」 B.「不健康が原因でサポートが生じた(心身の調子 が悪かったからこそ,それを見かねた周囲の人がサ ポートを提供した)」 (2)サポートは結局その人の性格に 依るのか? サポートはさまざまなパーソナリティと関連する。 外向性が高いほど,サポートを高く評価しがち。 神経症傾向が高いほど,サポートを低く評価しがち。 ↓ 「パーソナリティが対人関係に影響している?」 「サポート評価は,実際の対人関係に関わらず, その人のパーソナリティによって決まる?」 しかし, 1.対人関係なしにはサポートもあり得ない。 2.サポートは社会環境的要因にも少なからず 左右される。 たとえば社会経済的地位,居住環境(都会か田舎か) 3.他者評価によるサポートも,個人の心身の健 康と関連する。 したがって,「サポートはパーソナリティ次第」とは 言い切れない。 このことは「ケア」についても共通するのでは? 何をケアと見なすか,どのようなケアが効果的なのか は,ケアを受ける人の要因に依るところも大きい。 しかし,その人を取り巻く社会文化的状況もまた,ケ アのあり方やその効果を左右する。 ケアの専門家が手を尽くしても,社会(家族・職場・地 域・世間)のあり方が不健全なものであれば,そこに は自ずと限界が生じるのではないだろうか。 「ケアの必要性」が叫ばれる時代とは、「ケアが身近 なものでなくなった」時代なのかも知れない。 (3)サポートに対する社会文化的要 因の重要性 社会規範や風潮が,サポートやケアのあり方に 影響していることもあるだろう。 ex.サポートの性差 男性は女性に比して,サポートの授受が少ない。 男性は女性に比して,サポートと身体的健康(罹患 率・死亡率)との関連が明確に示されやすい。 ↑ 伝統的性役割観の影響? Q.その他にどのような社会的・制度的・文化的要因 が,サポート/ケアのあり方を左右しうるだろうか? 4.サポートの限界と問題 (1)サポートには限界がある 極めて重大なストレッサーに直面した場合 災害などのコミュニティが危機に直面した場合 重大な事故や犯罪に巻き込まれた場合 配偶者や恋人など大切な人を喪失した場合 サポート・ネットワークそのものが崩壊しているので, サポートを授受することが一層困難。 問題が重大・深刻であるほど,周囲の人々がサ ポート提供を躊躇することもある。 ガン患者の例(テキスト参照) Q.他にはどんな場合に,サポート提供が難しい? (2)サポートにおける文脈の重要性 サポートの「マッチング」:サポートの有効性は, サポートを受ける側がどのような問題を抱えてい るのかによるところが大きい。 どのようなサポートを?(道具的/情緒的) 誰が?(家族/友人/専門家) サポートはただ提供すればよいというものではな く,必要なサポートを,適切な人が提供すること が重要。 (3)サポートの返報性 サポートには「返報性(互恵性)」規範がある。 受容<提供→負担感 提供<受容→負債感 “GIVE AND TAKE”を越えることも必要? 孫―祖父母関係における世代継承性(Being:その人 がいること,それ自体がサポートである,という観点) サポート提供=サポート受容一体である,という観点 近視眼的な実利志向や刹那主義を脱却するような価 値観の構築(復活?)が,社会全体としても必要では ないだろうか。 (4)サポートはときに「余計なお世 話」になる サポート行動が,かえってネガティブに解釈され ることもある。 不要なサポート提供は,受け手を過小評価しているこ とにもなる。 短期的にはサポートのようにみえるが,長期的には かえってサポートにならないようなこともある。 「意図と行動の食い違い」は,「ケア」に関する議 論にも共通するだろう。 「ケアという言葉には,介護,世話,看護,養護,介助 といった『援助行動』を表す意味と,注意,用心,留意, 心づかいといった『心のあり方』を表す意味がありま す」(渡辺,2001) ケアという概念には,心理的側面(ケアする心) と行動的側面(ケア行動)がある。 「ケア・マインド」と「ケア行動に関する技能」の両 面を高めていくことが重要であり,そのいずれが 欠けても,ケアは独善的なものになってしまう危 険がある。 文献紹介 浦 光博 『支えあう人と人』 サイエンス社, 1992 西川正之(編) 『援助とサポートの社会心理学』 北大 路書房, 2000 松井 豊・浦 光博(編) 『人を支える心の科学』 誠信 書房, 1998 橋本 剛 『ストレスと対人関係』 ナカニシヤ出版, 2005 谷口弘一・福岡欣治(編著) 『対人関係と適応の心理 学』 北大路書房,2006
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