第二言語習得ストラテジー

第二言語学習ストラテジーの
研究方法と研究例
―ハンガリー人日本語学習者の語彙学習ストラ
テジー研究―
東京外国語大学大学院地域文化研究科博士後期課程
橋本ゆかり
1. 第二言語学習ストラテジーの定義
「学習者によって意識的に選択され、
その言語についての記憶の保管、
持続、リコール、適用を通して、第二
言語または外国語の使用や学習を
促進するために取られる一連の行
動の過程」
(Cohen1998, 海野ほか2004訳)
2. 学習ストラテジー研究の背景
学習ストラテジーの分類
 Oxford(1990)
 O’Malley
& Chamot(1990)
学習ストラテジーに関する実証的研究
 読解、聴解ストラテジー
 文法、語彙学習ストラテジー
 漢字学習ストラテジー
 ストラテジートレーニング
 学習者特性別の研究
Oxford(1990)の分類
直接ストラテジー
記憶ストラテジー
認知ストラテジー
補償ストラテジー
間接ストラテジー
メタ認知ストラテジー
情意ストラテジー 社会的ストラテジー
Direct strategies(直接ストラテジー)

Memory strategies(記憶ストラテジー):
いわゆる記憶術と呼ばれる,効率よく記憶するためのストラテジー
知的連鎖を作る、イメージと音声を結びつける、繰り返し復習する、動作に
移す

Cognitive strategies(認知ストラテジー):
学習者による目標言語の操作と変換
練習する、情報内容を受け取ったり送ったりする、分析したり推論したりす
る、インプットとアウトプットのための構造を作る

Compensation strategies(補償ストラテジー):
学習者が目標言語を理解したり,発話したりするときに足りない部分を補う
ために用いるストラテジー
知的に推測する、話すことの限界を克服する(母語に変換する、ジェスチュ
アを使うなど)
Indirect strategies(間接ストラテジー)

Metacognitive strategies(メタ認知ストラテジー):
認知作用を伴って機能し学習者が自己の学習過程を調整するのに役立つ
ストラテジー
自分の学習を正しく位置づける、自分の学習を順序立て,計画する、自分
の学習をきちんと評価する

Affective strategies(情意ストラテジー):
感情,態度,動機,価値などの情意的要素をコントロールするストラテジー
自分の不安を軽くする、自分を勇気づける

Social strategies(社会的ストラテジー):
社会的インタラクションを通して目標言語の学習を促進するストラテジー
質問をする、他の人々と協力する、他の人々への感情移入をする
3. 学習ストラテジー研究の
データ収集方法
3.1
3.2
3.3
3.4
3.5
3.6
アンケート
インタビュー
観察研究
発話思考法
学習ダイアリー
回想
3.1 アンケート(質問紙調査)
最も広く用いられているデータ収集方法
questions)
 多肢選択式(closed questions)
 自由記述形式(open
3.1.1 アンケートの長所と短所
(長所)
 一度に多数の回答者からの資料を回収できる。
 時間および経費の面で能率よく資料を集められる。
 大勢の人から資料を集められるので,そこから得ら
れた意見を一般化しやすい。
(短所)
 意見を論述してもらうような場合は,それなりの時間
や労力が必要なため,回答が面倒になり,十分に
書いてもらえない場合がある。
 応答する場面が観察できない。
 回答の意味を問い直すことができない場合がある。
3.1.2 自由記述式の長所と短所
自由記述式
(長所)
回答者の意見や態度について,具体的に確
認することができる
(短所)
 回答時間や回答の整理に時間がかかる
 回答を数量的に処理しにくい

3.1.3 多肢選択式の長所と短所
(長所)
 選択肢の記号を選ぶだけであり,回答しやす
く,たくさんの項目に対する回答が得られる。
 数量化しやすいため,客観的なデータの比較
ができる。
 回答の整理がしやすい。
(短所)
 適切な選択肢を作ることが難しい。
 自由記述式ほどのきめ細かい調査結果が得
られない。
3.1.4 SILLの問題点
 SILL (Strategy Inventory for Language Learning)
Oxford(1990)によって開発された,学習ストラテ
ジー調査のための質問紙で,学習ストラテジー
について網羅的に質問項目が立てられている。
回答方法は,5段階の尺度法による多肢選択
式。
3.1.4 SILLの問題点




「意識調査を基にしているので,結果が解釈
しにくい」村岡(2002)
SILLの目録の配列には類似したストラテジー
が重複している。村野(1996)
SILLが,学習者の年齢や,外国語習得環境
か第二言語習得環境かなどを含めた,あらゆ
る学習者に汎用性のある内容となっているか
宮崎(2003)
学習のどの側面について回答するか(授業内
か、授業外か)
3.2 インタビュー
インタビューは,調査者による質問と被験者の応答
がどの程度コントロールがされているかによって3種
類に分けられる。



構造化インタビュー(structured interview)
半構造化インタビュー(semi-structured interview)
非構造化インタビュー(unstructured interview)
3.2 インタビュー



構造化インタビュー:
あらかじめ用意された質問項目を,被験者全員に同じ順番で
質問して回答を得るもの
半構造化インタビュー:
構造化インタビューと非構造化インタビューの中間で,調査
者があらかじめ質問項目を準備しているが,対象者の意識
の流れや内省を重視して,柔軟に対応していくもの。
非構造化インタビュー:
型を設定せず探索的に行なうインタビュー。対象者のライフヒ
ストリーや経験談などの,具体的なエピソードを語ってもらう
ことにより,被験者の情緒的な面までも理解しようとする質的
調査に用いられる。
3.3 観察研究
日本語教育の学習ストラテジー研究→参与観察
参与観察:
対象となる学習者の言語行動を,観察者がそ
の場に参加して観察する方法。
(長所)
 はっきりと観察できる学習ストラテジーの分析
には有効な手段。
(短所)
 表層に現れない部分の分析は難しい。
 活発で発言の機会が多い被験者からのデータ
に偏ってしまう傾向などもある。
3.4 内省によるもの


内省(introspection):
ある行動について,行動した人自身にその
時の思考を説明記述させることによりデータ
を集める方法。
この方法によって集められたデータをプロト
コール(protocol)という場合もある。
→発話思考法、学習日記、回想など
3.4 内省
(長所)
 被験者の行動の解釈が研究者によって
ではなく,被験者自身が行うことから,そ
の記述に信憑性が高い。
(欠点)
 被験者が自分自身の行動を正確に説明
しているということが前提となる。
 意識されない行動では,このデータ収集
方法を使用することができない。
3.4.1 発話思考法(think aloud protocol)
(方法)
被験者がタスクを行いながら,なぜ自分
がその解決方法をとるのかなど,思い浮
かんだことを発話する。
3.4.1 発話思考法
(長所)
 タスクを行なっている時点での学習者の意識や思考
過程が捉えられる。(インタビューやダイアリーのよ
うに,行動から内省までの時間に差が出ることがな
くデータを収集できる。)
 観察者の恣意的な解釈に頼らずに,被験者の行動
基準が分析できる。
(欠点)
 被験者がthink-aloudにどれくらい熟達しているかに
よって,報告される情報量が違ってくる
 複雑な行動や,記憶容量を超える場合には,報告
が難しくなる。
3.4.2 学習ダイアリー
(方法)
学習者に学習中に考えたことや感じたことを
一定期間日記として記録させ,その記録を
分析し,学習者の中でどのような心理的メカ
ニズムが働いているかを解明しようとするも
の。また,教師が授業記録として日記をつ
け,それを研究する場合もある。
3.4.2 学習ダイアリー
(長所)
 学習者の立場から学習を捉えることができる。
(短所)

日記から得られるデータは主観的なものであ
り,記憶に残ったものしか表現されない。

その行動から内省して日記を書くまでに時間
差があるため,報告が正確に行われない可
能性がある。
3.4.3 回想(retrospection)
(方法)
研究者が被験者の行動に関するデータを
観察・収集した後で,被験者になぜそのよう
な行動をとったのかを聞く方法。被験者は
自らのストラテジーの選択について報告す
るだけでなく,そのときの心理的プロセスや
出来事にも言及する。
3.4.3 回想
(長所)
 被験者の行動を研究者が恣意的に解釈する危険性
が避けられるという点である。
(短所)
 学習ダイアリーと同様,行動から報告までの間に時
間差があり,被験者がその行動をとった理由を正確
に覚えているかどうか定かではない。
※ 再生刺激法(stimulus recall method)
日本語教育で西村(1993,1994)がこれを使用。
授業を録画し,授業終了後に再生しながら被験者が
観察者によるインタビューを受けるという方法をとっ
た。
4.学習ストラテジーの研究例
修士論文:
「受容語彙・発表語彙と語彙学習ストラテジーと
の関わり」(橋本2006)
研究目的:
受容語彙と発表語彙という段階に分けて
語彙習得をみた場合,それらと学習ストラ
テジーとはどのようにか関わっているのか
を明らかにする。
4.1 研究設問
1. ハンガリー人日本語学習者は語彙学習にお
いてどのようなビリーフを持ち、ストラテジー
を選択する傾向があるのか。
2. ビリーフおよびストラテジーと受容語彙・発表
語彙はどのように関わっているのか。
3. ハンガリー人日本語学習者の語彙学習はど
のようなアプローチのタイプに分類できるか。
4.2 語彙学習ストラテジー研究の背景

初期はキーワード法など個々の学習方
法の効果について検証

学習者は個々のストラテジーを単独で
使用するのではなく、効果的に組み合
わせて使用し、それが学習上の成功と
関係している。
(横須賀1995、Sanaoui1995, Gu and Johnson1996など)。
4.3 受容語彙と発表語彙の定義

受容語彙(receptive vocabulary)


「聞いたり読んだりして意味を理解することはできるが、話し
たり書いたりすることのできない語の集合」
発表語彙(productive vocabulary)

「意味を理解することができ、話したり書いたりすることもで
きる語の集合」
(投野1997)
4.4 調査方法

調査方法

質問紙調査


語彙テスト


語彙学習ストラテジーアンケートVLQ (Gu and Johnson1996)
に基づいた質問項目を7段階評価で回答
(Vocabulary Test by Nation)
受容語彙テスト、発表語彙テストの2種類
調査対象

ハンガリーで日本語を学習する大学生101名
語彙学習ストラテジーアンケート(VLQ)の構成
(Gu and Johnson1996 )
1.
2.
3.
4.
5.
6.
7.
8.
ビリーフ
メタ認知規則
推測ストラテジー
辞書ストラテジー
ノートテイキングストラテジー
記憶ストラテジー(リハーサル)
記憶ストラテジー(エンコーディング)
活性化のストラテジー
8Blockは23の下位カテゴリーから成る。質問数121項目
受容語彙テストの例
Melyik a megfelelő jelentés a japán szavakra? Írd be a számokat (1től 6ig) az
üres helyekre!
1 おとうと
(弟)
2 いもうと
(妹)
3
család
3 かぞく
(家族)
5
unokatestvér
4 しんせき
(親戚)
1
öccs
5 いとこ
(従兄弟)
6 おにいさん
(お兄さん)
発表語彙テストの例
ハンガリーの こっき(zászló)のいろは、あかと、しろと、み
です。
(
)
4.5 結果と考察
4.5.1 研究設問1について
語彙学習ストラテジー使用傾向
↓
(記述統計)




トップダウン型とボトムアップ型のビリーフを
併せ持ち、 、辞書ストラテジー、推測ストラテ
ジーをよく使う
route learningはあまり重視しない
記憶ストラテジーには個人差
日本語学習は視覚的?
4.5 結果と考察
4.5.2 研究設問2について
受容語彙、発表語彙と学習ストラテ
ジーとの関わりを考察。(相関係数、
重回帰分析)
↓
表2 有意な相関係数が示されたカテゴリー
受容語彙
発表語彙
4級レベル
CONTEXT
ACQUIRE CONTEXT
ACTIVAT
3級レベル
ATTEND CONTEXT
ATTEND CONTEXT
2級レベル
SELFINI
AUDICOD WDFORM
重相関分析の結果のまとめ
(有意な予測力を持つ独立変数)
受容語彙能力
4級レベル 記憶ストラテジー
(エンコーディング)
発表語彙能力
記憶ストラテジー
(エンコーディング)
活性化のストラテジー
3級レベル メタ認知規則
―
2級レベル メタ認知規則
メタ認知規則
記憶ストラテジー
(エンコーディング)
4.5 結果と考察
4.5.3 研究設問3について
学習ストラテジーの使用傾向別に学習者タイ
プを分類。(クラスター分析)
↓



語彙力が高い学習者:積極的ストラテジーユーザー
(Active strategy users)
語彙力が低い学習者:消極的ストラテジーユーザー
(Passive strategy users)
語彙力が高く、発表語彙が特に高い学習者:エンコー
ダー(Encoders)
4.6 今後の課題



質問数が多すぎる(121項目)。
アンケートは学習者の主観による意識調査。
VLQの内容の問題点。

カテゴリーごとの質問数が統一されていない

被験者の条件統制が不十分

学習者がいつ、どのように、学習ストラテジー
を使用しているかが把握できない。
第二言語学習ストラテジーの
研究方法と研究例
―ハンガリー人日本語学習者の語彙学習ストラ
テジー研究―
東京外国語大学大学院地域文化研究科博士後期課程
橋本ゆかり