加藤鉱三 ・ 黒田 航 信州大学 ・ NICT Morphology & Lexicon Forum 2007 神戸大学 2007/6/30 1 「私はピアノを始めた」で, ○“ピアノを 習い/?教え 始めた” דピアノを弾き始めた” ← ダメなのはなぜ? 2 「私は{*結婚; 結婚生活}を始めた」 ← 「結婚」は事態を表わすのにダメなのは なぜ? 「私の病気が始まりそうだ」 ←“悪いクセ”の読みしかないのは なぜ? 3 「Nを始める」には「その場読み」と,「総称時制読み」 がある 1. 「その場読み」の成立条件は,事態性ではなく 2. それより特殊な進行性の有無である 1. 3. 4. 5. すべての事態が進行性/進展性をもつわけではない 「その場読み」で自他交替があるのはNが<進行>を 意味するから 「総称時制読み」の解釈は動詞補完を要する 「総称時制読み」で自他交替がないのは,「始める」が要求する<進行 >性が,Nではなく補完される動詞のものだからである 4 その場の一回の行為 を始める その場読み [いつも/習慣としてVする] こと を始 める 総称時制読み 商品・サービスとして取り扱いを始める 収集を始める,とか 5 (6) 私は散歩を始めた cf. 散歩(を)する [サ変名詞=Verbal Noun] その場読み ○今,歩きだした 総称時制読み ○散歩を習慣とするようになった ○医師として,散歩を手段とする治療法を使うように なった 6 (7)私はダンスを始めた cf. ダンス(を)する [サ変名詞] その場読み ○今,踊りだした 総称時制読み ○ダンスを習うようになった ○写真家として,ダンスをテーマとするようになっ た 7 (8)私はピアノを始めた cf. *ピアノする [非サ変名詞] その場読み ×今ピアノを弾き出した 総称時制読み ○ピアノを習うようになった ○ピアノを収集の対象にするようになった 8 (9) 私は前進を始めた cf. 前進(を)する [事態を表わすサ変名詞;モノではない] その場読み ○今,前進をし出した 総称時制読み ×前進を習うようになった ×前進をテーマとするようになった 9 (10) 最初の一般化 その場読みはサ変名詞(=デ キゴト名詞)でないとできない cf. 影山(2002): 「着手」の読みはデキゴト名詞(i.e.,N(を)する)のみ 10 (11) 自他交替に関する影山の一般化 (p.103) 「着手」の読みは自動詞が可能だが, ≒その場読み 「活動の発生」の読みは自動詞が不可 ≒総称時制読み 11 (12)a. 芝居を始める 芝居が始まる b. 冷やし中華を始める ?*冷やし中華が始まる 12 (13) a. *映画(を)する b. 私は映画を始めた ○今映画の放映を始めた ○映画の収集を始めた ←その場読み (14) a. *番組(を)する b. 私は番組を始めた ○今番組の進行を開始した ←その場読み ○番組の制作を始めた 13 (15) a. *小言(を)する b. 私は小言を始めた ○今小言を言い始めた ○小言の研究を始めた ←その場読み 動詞性に基づく(10)は誤り ← 「映画/番組/小言」は サ変名詞ではない 14 問題: サ変名詞 と「映画, 番組, 小言」との共通 要素は何か? サ変名詞は一般に事態性をもつ & 非サ変名詞の一部は進行性をもつ何か(事態?) を表わす 例えば,「映画/番組/小言」は<進行>性のある何かを 表わす 「映画/番組/小言が始まって15分経過した」 15 (16) 提案する一般化 その場読みは Nに<進行性>がないとできない 品詞的区別とは相関があるだけ 16 Q: 「本」に<進行性>はありそうに思えるが,しかし 「本を始める」はその場読みができない。それはな ぜか? A: 「本」自体には<進行性>はない。 「私の本を止めてくれ」は,物理的移動の意味しかな い。 「本」に<進行>があるのではない。 <進行性>は<本>のではなく,<本の内容>の属性 17 Q: Nに<進行性>があるかはどう判定する? A: 「Nがこうして進行する」で判定できる。 (17) a. 私は本を始めた ≠“読み始めた/書き始めた” b. *本はこうして進行する 18 (18) a. 私はピアノを始めた ≠ “弾き始めた” b. *ピアノはこうして進行する cf. 私のピアノはこうして進行する cf. 私のピアノにケチつけるんか? (19) a. b. (20) a. b. 私は発表を始めた = “発表し始めた” 発表はこうして進行する 私は食事を始めた = “食事し始めた” 食事はこうして進行する 19 (21) a. *私は狼狽を始めた cf. 狼狽し始めた b. *狼狽はこうして進行する (22) a. *私は結婚を始めた b. ??結婚はこうして進行する cf. 結婚話は~,結婚の手続きは~ (23) a. 私は結婚生活を始めた b. 結婚生活はこうして進行する 20 Q: <進行性>があることは,その場読みの必要十分条 件か? A: 必要条件だが十分条件ではないとは考える。 (24) a. *{冬,雨期,氷河期} (を)する ↑ サ変名詞ではない b. *{冬,雨期,氷河期} を始める ↑その場読みの他動詞用法が不可 c. ok{冬,雨期,氷河期} が始まる ↑自動詞用法は可 & <進行性>アリ 21 ■ その場読みとは? 「Nが始まる」は,「Nの<進行>が始まる」 「XがNを始める」のその場読みとは, 「XがNの<進行>を始める」 22 (11)自他交替に関する影山の一般化 (p. 103) 「着手」の読みは自動詞が可能だが, ≒その場読み 「活動の発生」の読みは自動詞が不可 ≒総称時制読み 23 (25) a. 散歩が始まった b. ダンスが始まった c. *ピアノが始まった ← 「ピアノ」や「本」には<進行性>がない cf. 彼のピアノが始まった d. {映画, 番組, 小言} が始まった 24 (25) a. 散歩が始まった b. ダンスが始まった c. *ピアノが始まった ← 「ピアノ」や「本」には<進行性>がない cf. 彼のピアノが始まった d. {映画, 番組, 小言} が始まった 25 問題: その場読みで自動詞が可能である理由は何 か? (26) その場読みに関する主張 XがNを始める = XがNの<進行>を始める Nが始まる つまり, = Nの<進行>が始まる Nという事態が始まる は過剰般化 26 解説: 動作で考えると, (i) 非サ変名詞が扱えないだけでなく (ii) 自動詞では 動作主体がいない から, 動作が生じ得ないはず <進行>で考えると,どちらも困らない (i)サ変・非サ変の区別は使わないから (ii)事態を始める/事態が始まる とは考えないか ら 27 (1) 「Nを始める」には「その場読み」と,「総 称時制読み」がある 28 (2) 「その場読み」の成立条件は, 動詞性でも事態性でもなく進行性の有無である ⇒ 「話を始める」 サ変・動詞由来Nだからその場読みがあるのではない 可能性1: サ変・動詞由来Nだから事態性がある その動作に進行性がある 可能性2:「話」に進行性がある ←「話はこうして進行する」 29 (3) 「その場読み」で自他交替があるのは<進行>だからである 「Nを始める」で,「始まる」のはNの<進行> むしろ自動詞「Nが始まる」が基本である (27) a. {吹雪,夏,ヒステリー}が始まった b. {吹雪,夏,ヒステリー}がこうして進行する c. *{吹雪,夏,ヒステリー}を始めた 自動詞用法の可否は,「N(を)する」の可否には依存していない ことに注意 30 (28) a. 私はピアノを始めた b. *ピアノが始まった “趣味として” “趣味として” (29) a. 冷やし中華,始めました “新メニューとして” b. ?*冷やし中華,始まりました “新メニューとして” 問題: 他動詞が可能なのはなぜか? 自動詞用法の容認度が低いのはなぜか? 31 自動詞用法が不可である理由: Nに<進行>がないから ならば,他動詞用法が可能である理由は何か? ⇒ 他動詞用法には<進行>があるから ↓ その場読みにはない<進行>が,総称時制読みではある それはなぜか? ⇒ その場読みと総称時制読みではNの指すも のが違うから 32 (30) a. 冷やし中華を(食べ)始めた b. その場読みで要求される意味: 料理名 (31) a. 冷やし中華,始めました b. 総称時制読みで要求される意味: メニュー名+サービス課程 ↑ <進行> 33 (32) 影山の観察と一般化 (pp. 107-108) a. *市長を始める, *校長を始める b. *いい腕を始める, *きれいな瞳を始める c. *トヨタのアメリカ工場が小型車を始めた 「モノ名詞を始める」という構文が成り立つためには,モノ 名詞の発生(主体役割)と目的・機能(目的役割) の両方が主語の意志によって同時的にコントロールで きるものでなければならない 34 (32d)の可能な解釈: 発生と出口に渡る 動作主の関与 を要する ↓ ↓ <進行>が 動作主が必要 ↓ 動作主のない自動詞文は不可 35 (33) (また)隣がピアノを始めた NLP2007での緒方典裕氏(大坂大学)の指摘による (33) 「弾き始めた」の意味のはず しかし<進行>がないから, その場読みはないはず 36 (34) (35) *ピアノがこうして進行する 隣のピアノがこうして進行する ■(34)と(35)の「ピアノ」は 同じものを指していない (34)の「ピアノ」: 楽器 (35)の「ピアノ」: 演奏 cf. 「オレのピアノにケチつけるんか,ワレ?」 37 (36) 他動詞文(33)に関する事実 a. 「また」がないと容認度が下がる b. 自動詞文(c)よりは悪い c. 「隣のピアノが始まった」 (36a)の可能な解釈: 迷惑感が(33)の容認性を上げている (36b)の可能な解釈: 他動詞文(33)は自動詞文の異形ではないのか 38 [隣のピアノ] が始まった ピアノ = 楽器→演奏 隣 = 演奏者 = 文句を言う対象になり得る 他動詞文の主語にすれば, 統語的にノ格より際立つ? 39 [オレの ピアノ] にケチつけるんか,ワレ? オレ: 人間,可能な演奏者 呼応により, 楽器 ピアノ: → 演奏 楽器,演奏可能 40
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