次世代のリチウムイオン電池

次世代のリチウムイオン電池
市村雅弘
バッテリー技術部長
コバルト酸リチウムLiCoO2を正極に,カーボンCを負
1,000
極に用いたリチウムイオン電池は1994年に使用され始め
900
製造実績(百万個)
電池は高エネルギー密度を有することから携帯電話,ノ
ートパソコン,ハンディカメラを中心に,飛躍的に使用
実績を伸ばし,情報化社会における携帯機器用電源のキ
ーデバイスになっている。現在使用されているリチウム
イオン電池の正極材料は,ほとんどがコバルト酸リチウ
80
700
70
600
60
500
50
400
40
300
30
200
20
100
10
0
ムといっても過言ではなく,一時期スピネル型マンガン
酸リチウムの電池を使用した携帯電話も見られたが,高
90
二次電池生産総量に対する割合
800
て以来,はや10年が経過した。この間,リチウムイオン
100
製造実績
1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003
(年)
0
二次電池総生産量に対する割合(%)
1.はじめに
1)
図1.1 リチウムイオン電池の製造実績(出典:経産省機械統計)
機能最優先の携帯電話市場にとって,エネルギー密度が
やや劣るマンガン酸リチウムを使用した電池は低価格と
いうメリットを活かせきれずにいる。しかし,マンガン
※あくまで参考例であり, 各端末で異なる。
系リチウムイオン電池はコバルト系に比べて安全性の点
待受け中の電力
通話中電力
パケット
(メール, iモード)通信中電力
(LCD(バックライト)作動中含む)
で優れており,ローエンドユーザー向け電池,産業用大
形電池としての実用化に力が注がれている。
図1.1にリチウムイオン電池の製造実績の推移を示
す1)。生産量の増加につれて,二次電池総生産量に対す
がリチウムイオン電池となっている。前述の機器をはじ
えるユビキタスネットワーク社会を迎えて,搭載する電
池に対する高エネルギー密度化,大容量化の要求は一層
非通信
(データ通信)の
増加が顕著
70%
80%
通話
30%
50%
50%
1999
2005
2005年以降は
2000年レベルより
2倍の電力を使用
∼
め各種携帯用端末は,いつでも,どこでも,だれでも使
非通話
(画像, データ)
∼
る割合も増加し,今日では製造される二次電池の約半数
携
帯
電
話
の
通
信
量
︵
ト
ラ
フ
ィ
ッ
ク
︶
予
測
:約3mW前後
:約0.6W前後
:約0.7W前後
20%
2010(年)
●
●
電池容量の増加(2倍)が必要
端末のいっそうの省電力化が必要
図1.2 NTTドコモにおける携帯電話の消費電力の推移2)
強まりつつある。
図1.2にNTTドコモにおける携帯電話の消費電力の
ータ通信量が急速に増え,現在では通話とデータ通信は
ほぼ半分ずつを占めている。2005年以降は2000年レベル
の2倍の電力を使用すると予測されている。
図1.3にノートパソコンなどで広く用いられている
18650タイプ(直径18mm,長さ65mm,円筒形)のリチ
ウムイオン電池のエネルギー密度推移の例を示す3)。実
用に供されて以来,約10年で2倍のエネルギー密度の向
上が図られたが,ここ数年その伸びの鈍化傾向が見られ
始めている。
質量エネルギー密度(Wh/kg)
推移を示す2)。2000年頃からメール,iモードによるデ
最小容量基準による計算
200
2003年
2003
175
150
2,300mAh
2002
2002年
2001年
2001
(Typ.2,400mAh)
(Typ.2400mAh
Typ.2400mAh)
2,100mAh
2000
2000年
(Typ.2,200mAh)
(Typ.2200mAh
Typ.2200mAh)
1,900mAh
1998
1998年
1,800mAh
1,600mAh
1995年
1995
1995年
1995
1,350mAh
1994
1994年
1,300mAh
1,200mAh
100
250
300
350
400
450
500
体積エネルギー密度(Wh/kl)
125
550
図1.3 18650タイプ円筒形リチウムイオン電池のエネルギー密度
の推移3)
狡 NTT Building Technology Institute 2004
1
要課題である。特に,第三世代携帯電話では,前述した
体積エネルギー密度(Wh/I)
400
約5%増加
約15%増加
300
ように,急激なデータ通信量の増加により2倍のエネル
数%増加
ギー密度を持つ電池が要求されている。電池にとってこ
約20
約20%増加
20%増加
%増加
200
の要求は至難の技であり,現在のカーボン負極・コバル
ト酸リチウム正極の延長線上では考えにくく,また,コ
100
4.1V→4.2V化
0
1998
1999
バルトの価格上昇傾向も加わり,新材料の開発が不可欠
電極材料, 充填方法の改良
2000
2001
2002
であると考えられる。
2003(年)
しかし,新規サービス早期提供の次善の策(サービス
図1.4 携帯電話に使用された角形リチウムイオン電池のエネルギ
ー密度の推移2)
内容の充実は重視するが,携帯機の大きさ・デザインを
犠牲にする)としては,コバルト系リチウムイオン電池
の漓並列接続,滷大容量電池の採用,が考えられる。漓
◆ニッケル(4,600万t)
オースト ロシア カナダ
ラリア 14.3 13.7
19.8%
◆クロム(115,000万t)
その他
30.4
ニューカレドニア9.8
キューバ12.0
◆マンガン(68,000万t)
南アフリカ
54.4%
ウクラ
イナ
19.9
ガボン6.6
については,以前の携帯電話用L電池(以前は容量の違
南アフリカ
83.3%
いによりS,L,2種類の電池があった)で経験がある。
カザフスタン8.9
ジンバブエ3.9
その他2.0
インド0.8
フィンランド1.1
◆コバルト
(960万t)
コンゴ
44.4%
わち,安全性(特に熱安定性)は電池の容量とトレード
オフの関係にあるので,現状のコバルト正極では,ブレ
キューバ オースト
22.2 ラリア
15.1
その他9.1
オーストラリア4.1
中国5.9
滷については,安全性の確保が最大の課題である。すな
ークスルーがない限り難しい。
その他5.2
ニューカレドニア5.1
ザンビア8.0
図1.5 主なレアメタル(希少金属)の埋蔵量5)
また,携帯電話では瞬時に大電流を流すことが要求さ
れており,(特に放電末期においても)十分な高率放電
特性を備えることはもちろん,この特性を盛り込んだ寿
命評価により新材料開発を行う必要がある。
また,図1.4には携帯電話に使用されている角形リ
2)
2)通信用大形電池
チウムイオン電池のエネルギー密度の推移を示す 。円
通信用としては,大きく分けると停電バックアップ用
筒形電池と同様のエネルギー密度の増加に頭打ちの傾向
とサイクル用(電力貯蔵・負荷平準化)が考えられ,そ
が見られる。このようなことから,コバルト系リチウム
れぞれ用途に応じてトリクル,フロートあるいはサイク
イオン電池に代わる新しい電池の実用化が望まれてい
ル使用における寿命,充放電特性が要求される。しかし,
る。
携帯電話に比べて桁違いの大容量の電池を設置・使用す
さらに,最近ではコバルトの資源問題がにわかにクロ
るため,最重要課題は安全性の確保である。また,現状
ーズアップされてきた。コバルトの国際指標となるロン
のシステムが鉛蓄電池,NiCd電池・NiMH電池を使用し
ドン市場のスポット価格は,2003年9月から一貫して上
ていることから考えると,携帯電話に比べれば高エネル
4)
ギー密度化への要求はそれほど緊急性を要しておらず,
コバルトはレアメタル(希少金属)の一種で,コンゴ
それよりもむしろ低価格化である。これらの観点から,
(19%)
,ザンビア(19%)およびオーストラリア(18%)
安価で資源が豊富で,比較的安全性が高いマンガン系電
の3ヵ国で世界の生産量の56%を占めている。また,埋
池の開発が中心に進められている。なお,バックアップ
昇を続けており,この間の上げ幅は2.9倍に達した
。
5)
蔵量もコンゴなど少数の国に集中している(図1.5) 。
2004年2月には三洋電機,ソニーをはじめ海外メーカ
用電池では,マンガン系電池の保存劣化の克服が大きな
課題の一つである。
ーも含め,史上初めてリチウムイオン電池を値上げして
いる。
これらの理由が重なり,脱コバルト正極を目指したさ
まざまな開発が進められている。
2.次世代電池に求められる事項
当然のことながら,電池に求められる要求は用途によ
以上のような背景,さらには,温室効果ガス削減をね
らいとして採択された京都議定書の目標実現に向けた電
気系クリーンエネルギー自動車の開発に拍車がかかった
こともあり,次世代向けリチウムイオン電池の開発が精
力的に進められている。新電池開発に当たっては,当面,
電池の特性を大きく左右する正極および負極材料の開発
って異なる。ここでは,通信用に絞って述べる。
が中心であると考えられるが,最終的には安全な電池実
1)携帯電話・情報端末用電池
現のための新電解液(質)の開発も必須である。本稿で
携帯電話は,ユーザーの一番身近な場所で使用される
ことや,限られたスペースで高度なサービスを提供する
点を考えると,安全性確保と高エネルギー密度化は最重
2
狡 NTT Building Technology Institute 2004
は,次世代向け正極および負極の動向について,いくつ
かの代表例を説明する。
8
3.正極材料
3.1 結晶構造の基礎
現在,小形リチウムイオン電池に使用されているコバ
7
5
6
ルト酸リチウム(LiCoO2)の構造を図3.1に示す。
いわゆる層状構造を有しており,酸素と酸素との層の
間にリチウムとコバルトが一層ずつ互い違いに積層され
2
ている。後述する新正極材料はこの層状構造を含め種々
4
3
Li:
Co:
の結晶構造に関連するので,はじめに結晶構造について
b c
a
O:
解説する。
1
まず,この構造を理解するため,結晶中の各原子のパ
図3.1 LiCoO2の層状構造
ッキング(詰まり方)について述べる。
平面上にパチンコ玉のような球を一層だけつめて(最
A A A A A A A A A A
A A A A AC A CA A A A
B B
A A A A CA CA A A A A
B B
A A A A A A CA CA CA A
AB AB AB A AC AC AC AC A A
B
A A B A B AB A A A A A A
密に)並べると六角形の模様が浮かんでくる。その上に
もう一層,できるだけ密に並べると同じような六角模様
の層ができる。この時,第1層目の球の位置をAと呼ぶ
と,第2層の重なり方は図3.2に示すようにBかCの2
上からの図
種類となる。
C CC CC CC
B BB BB BB
AA AA AA AA AA AA AA AA AA AA
この並び方の違いを考慮して,さらに上へ上へと最密
に並べていくと,いろいろな充填構造ができるが,基本
横からの図
的にはABCABC……と重なる立方最密(稠密)充填構造
図3.2 球の最密充填構造
(cubic closed packing)とABAB……と重なる六方最密
特に立方最蜜充填は特異的で,その対称性から図3.3
面心立方構造
のように面心立方構造になっている(層の重なり方向は
立方体の体対角線方向である)。
B B B B
A A A A A
B B B B
A AAAAA AAA
次にこれら最密に充填された球と球の間の隙間につい
て述べる。図3.4に示すように,第1層目の3つの隣
tetragonal site)。また,3つの隣り合った球でふたをす
A A A A
C C C C
B B B
AA AA AA AAA
横からの図
り合った球の真上に1つの球を置くと,4つの球に配位
された小さな四面体の隙間ができる(四面体サイト:
AC CC
B
C
C B BBBBA
充填構造(hexagonal closed packing)の2種類がある。
六方最密充填構造
立方最密充填構造
図3.3 六方最密充填構造と立方最密充填構造と面心立体構造
れば,6つの球に配位された少し大きな八面体の隙間が
できる(八面体サイト:octahedral site)
。
正極材料も含め多くの酸化物は,酸素がこれらの最密
充填構造か少し歪んだ構造をしており,酸素の相手とな
る陽イオン(原子)が,その大きさに応じて上記の大小
の隙間に入った構造をとっている。ちなみに前述のコバ
ルト酸リチウムは酸素の立方最密充填構造の各層間の八
四面体サイト
八面体サイト
図3.4 四面体サイト(四配位)と八面体サイト(六配位)
面体サイトをリチウムとコバルトが交互に占有してお
4.5
り,四面体サイトは空になっている。
1)大容量正極
東芝は,図3.5に示すように従来のコバルト酸リチ
ウムのCoの一部をNiに変えた正極により,20%置換品
で8%,50%置換品で15%(ただし放電電圧は下がる)
,
容量が増加することを明らかにした6)。
牧村(大阪市立大)らは,コバルト酸リチウムと同じ
放電電圧(V)
3.2 層状正極
4.25
4.0
Ni:20%
3.75
Ni:50%
3.5
Ni:100%
3.25
3.0
Ni0%,
Ni
:0%, Co
:100%
Co100%
(従来品)
2.75
2.5
0
100
200
300
400 500 600 700
放電容量(mAh)
800 900 1,000
図3.5 LiCo1-xNixO2の放電特性6)
狡 NTT Building Technology Institute 2004
3
6
電圧(V)
5
層状構造を持つマンガン酸リチウムLiMnO2のMnの一部
4
をNiに置換した正極が,従来のコバルト酸リチウム正極
LiNiO2
3
2
LiCO1/3Ni1/3Mn1/3O2
に比べて1.5倍の大容量(約200mAh/g)の電極エネルギ
LiNi1/2Mn1/2O2
ー密度を持つことを明らかにした7)。図3.6に0.17mA/cm2
LiMn1/4Ni3/4O2
1
の充放電レートで2.5V∼4.6Vの電圧範囲で試験した結果
LiMn1/3Ni2/3O2
0
0
50
100
150
容量(mAh/g)
を示す。なお,この値は後述するLiCo1/3Ni1/3Mn1/3O2と
200
同程度である。
図3.6 LiNi1-x-yMnxCoyO2の放電特性7)
2)LiNi1/3Mn1/3Co1/3O2
2001年,牧村(大阪市立大)
,Dahn(カナダ)らが,
6
Ni,Mn,Co共沈物を用いて約200mAh/gの大容量を有
電圧(V)
5
するLiNi1/2Mn1/2O2,LiNi1/3Mn1/3Co1/3O2などを合成し,
4
8)
有望な材料であることを示した(図3.7)
。しかし,
3
放電特性が悪く,改良がなされていた。また,三洋電機
2
1
0
0
50
LiNi1/2Mn1/2O2
もこの組成の正極を用いた電池を開発中であることを発
LiCO1/3Ni1/3Mn1/3O2
表した6)。図3.8に示すように4.3Vまでの充電では従来
100
150
容量(mAh/g)
のコバルト酸リチウム正極と比べて比容量は変らないば
200
かりか放電電圧も低いため,この電池の高安全性を利用
図3.7 LiNi1/2Mn1/2O2およびLiCo1/2Ni1/2Mn1/2O2の放電特性8)
4.8
電終止電圧を2.5Vまで下げないと十分な性能が得られな
4.6
放電電圧(V)
4.4
LiNi1/3Mn1/3Co1/3O2
+4.60V
+4.60Vま
4.60Vま
まで充電
4.2
いとしている。高電圧充電品での安全性の確認,搭載す
4.0
LiCoO(従来品)
2
+4.30V
4.30Vま
まで充電
+4.30Vま
3.8
3.6
LiNi
LiNi1/3
1/3Mn1/3
1/3CO1/3O2
+4.30Vま
+4.30V
4.30Vま
まで充電
3.4
3.2
る機器での対応(使用入力範囲の増大対策)次第では
2005年を待たずに出荷される可能性があるといわれてい
る。
一方,日立も同じ材料組成を含んだ新正極材料を,
3.0
「スーパーラティス・オキサイド」の名で発表している9,10)。
2.8
2.6
して,充電電圧を4.6Vに高くして平均放電電圧を従来と
同じ3.7Vとすることを考えている。さらに,低温では放
0
20
40
60
80
100 120 140 160 180 200 220
比容量(mAh/g)
ARC(Accelerating Rate Calorimeter)で測定した発熱特
図3.8 LiNi1/3 Mn1/3 Co1/3O2の放電特性6)
性を示す。本正極は急激な発熱開始までの時間が従来正
極に比べて2倍以上遅く,熱に対して安定性に優れた材
250
料であることを示している。
LiNi1/3Mn1/3Co1/3O2
200
本正極の結晶構造を図3. 10に示す。基本的にはコバ
LiCoO2
温度(℃)
図3.9に従来正極(コバルト酸リチウム)と比較した
150
ルト酸リチウムと同じ層状構造で,酸素層に挟まれた,
100
Co3+の層をちょうどMn4+とNi2+を同量ずつ加えることに
50
よりCoと置換している。この材料の理論容量は,スピ
0
0
ネル型マンガン酸化物の2倍の高容量を有しており,リ
500
1,000
1,500
2,000
チウムコバルト酸化物とほぼ同じ容量を得る。コバルト
時間(分)
図3.9 LiNi1/3 Mn1/3 Co1/3 O2とLiCoO2の発熱特性(ARC試験)9,10)
含有量がゼロでも,リチウムコバルト酸化物とほぼ同じ
容量を得ることが可能であるとしている。
Li: M:
O:
Li:
M:
O:
なお,リチウムコバルト酸化物は充電時に結晶が膨張
するため,充電時の負極カーボンの膨張現象と合わせて
電池内での正負極の体積膨張が大きくなるが,本材料は
充電時に結晶が収縮することで正極と負極の体積変化が
相殺され,サイクル特性が向上する。
LiMO2
(M:Mn, Ni, Coが秩序正しく配列)
Li/M=0.5
図3.10 LiNi1/3 Mn1/3 Co1/3O2の結
晶構造9)
4
LiM2O(=Li
4
1/2MO2)
(M:ここではMn)
Li/M=1.0
図3.11 LiMn2O4の結晶構造9)
狡 NTT Building Technology Institute 2004
3.3 スピネル型正極
LiMn 2 O 4 の組成を持つマンガン酸リチウムは ,図
3. 11に示すようなスピネル構造を持つ。正極材料とし
ては,漓充電状態における熱安定性が高い,滷資源が豊
元素で置換した材料は,5V付近で動作可能であること
富で材料が安価である,などの利点がある。一方,課題
が知られており,実用化が期待されている材料のひとつ
として,漓容量が低い,滷高温での充放電サイクル特性
である。
が低下する,澆高温保存特性が悪い,ことが挙げられ,
これらのうち,Niで置換したLiNi0.5Mn1.5O4は5V付近
これらを解決すべく多くの研究がなされている。
でのみ充放電するので,高電圧5V正極材料として有望
1)混合正極
な材料である。金村(都立大)らは,電極材料の合成方
井町(三洋電機)らはマンガン酸リチウムのMnの一
法,電極の作成方法,新規電解液の開発に取り組み,図
部をMgで置換し放電中の結晶の相転移を抑制し,さら
3. 13に示したようなコイン形電池において,これまで
に高容量化を図ったスピネル型マンガン酸リチウムをベ
にはない高い充放電の可逆性を示し,従来のリチウム二
ースに,層状構造を持つコバルト酸リチウム,あるいは
次電池用正極活物質の1.5倍程度のエネルギー密度を有
コバルトで一部置換したニッケル酸リチウム
することを明らかにしており12),大容量電池開発に期待
(LiNi0.8Co0.2O2)を20%混合した正極を試験した11)。図
が持たれる。
3. 12に示すように,放電曲線を見るとNi混合正極では
電池電圧が低下したが,Co混合ではMn単独とほぼ同様
3.4 オリビン型正極
の平坦性を有し,コバルト酸リチウムの混合が高容量化
リチウムリン酸鉄LiFePO4に代表されるオリビン型化
に有効で,容量増加は混合量に比例関係にあることがわ
合物の研究は,高価な遷移金属を一切使わない安価な電
かった。
池が作れる可能性があることから,携帯機器・大形電池
しかし,保存性能向上に対してリチウム酸コバルト添
向けに開発が進められている。
加は有効であったが,充電状態でのニッケル酸リチウム
オリビン型構造では図3. 14のように,酸素は六方最
の結晶安定性が低いため著しいガス発生・膨れを招いた
密充填構造で,LiとFeは六配位八面体,Pは四配位四面
(表3.1)。コバルト酸リチウムの混合量50%では,純
体を占有している。
粋なコバルト酸リチウムに匹敵する体膨れ特性と,マン
Valence technology(米国)は,2002年「Saphion」と
ガン溶解の大幅な改善が図られた。なお,混合による特
いうリチウムイオン電池技術を発表した 1 3 )。円筒形
性の改善の理由は不明である。
18650タイプで平均電圧3.7V,1,450mAhの容量があるが,
2)高電圧系正極材料
容量は従来のコバルト系電池の2/3である。パック状態
エネルギー密度を向上させる有効な手段として,電池
でのコストは約45%の削減となると報告されている。
の高電圧化が挙げられる。スピネル構造を持つマンガン
DSC(示差走査熱量計)による熱安定性評価ではオリビ
酸リチウム(LiMn 2 O 4 )のMnの一部を,他の遷移金属
ン系>マンガン系>コバルト系>ニッケル系の順で安定
5.0
o44/LiCoO
LiMn22O
/LiCoO22=5/5
=5/5
4.0
3.8
LiMn
LiMn22oO4/LiCoO
4/LiCoO
2=8/2
2=8/2
3.6
LiMn2O4
4.0
140
130
120
110
100
90
80
0
放電容量(mAh/g)
4.2
LiNi0.5Mn1.5O4
4.5
電圧(V)
電極電位(V vs.Li/Li+)
充電:定電流/定電圧:0.25mA/cm2/4.3V(終止電流0.5mA)
2
放電:定電流:0.25mA/cm(終止電圧3.1V)
測定温度:25℃
4.4
3.5
3.0
LiMn
LiMn2O
2o44
3.4
2.5
LiMn
LiMn
2O
2o
4/LiNi
4/LiNi
0.8
0.8
Co
CoO
0.2O
0.2
2=8/2
3.2
3.0
0
2.0
30
60
90
放電容量(mAh/g)
120
150
0
LiNi0.5Mn1.5O4
コイン電池
LiMn2O4
5
20
10
サイクル数
40
60
15
20
80
100
120
140
容量(mAh/g)
図3.12 各種スピネル形正極の放電特性11)
図3.13 LiNi0.5 Mn1.5 O4の放電特性と評価用コインセル12)
表3.1 層状・スピネル混合正極の膨れ11)
正樹活物質
充電保存
放電保存
膨れ率(%) 膨れ率(%)
Mg置換LiMn2O4
10
17
LiCoO2
2
2
LiNi0.8Co0.2O2
51
2
Mg置換LiMn2O4/LiCoO2 = 8/2
5
4
Mg置換LiMn2O4/LiNi0.8Co0.2O2 = 8/2
26
4
※60℃,20日間の保存特性
FeO6 八面体
Li 八面体サイト
b
a
PO4 四面体
c
図3.14 オリビン化合物の結晶構造
狡 NTT Building Technology Institute 2004
5
年度
5.0
1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000
電池容量*
(Ah)
1.0∼1.2
*18650タイプ
1.5∼1.6
1.3∼1.4
1,200Wh/g
4.0
LiCoO2→
LiMn2O4→
LiNiO2→
LiCoVO4↑
2.5
0
100Wh/g 200Wh/g
50
↑
LiFePO4
(九州大学)
300Wh/g 400Wh/g
100
2.0
320∼330
340
メソフェーズ系
球状・繊維状黒船
負極材
非晶質炭素
人造黒船
800Wh/g
図4.1 リチウムイオン電池用負極カーボンの変遷15)
500Wh/g 600Wh/g 700Wh/g
150
1.7∼1.8
天然黒船
蝓LiFePO(理論値)
4
900Wh/g
Olivine
Normal spinel
Inverse spinel
Layered rocksalt
300∼310
280∼290
1,000Wh/g
3.5
3.0
負極材
実用容量
(Ah/Kg) 260∼270
1,100Wh/g
200
250
300
比容量(mAh/g)
4.0
100
図3.15 各種新正極材料の比容量と平均放電電圧
であることを明らかにしている。この熱安定性,化学的
安定性,経済性,環境負荷の観点から大形電池市場で最
有力視されている。
電池電圧(V)
14)
充電
3.5
3.0
2.5
0
1
2
3
4
5
容量(mAh)
岡田(九大)らは5V級の高電圧を示し,LiCoO2と同
のLiCoPO4,Li2CoPO4Fを発表している(図3. 15)14)。
80
60
40
20
放電
2.0
等の高エネルギー密度を有するオリビンおよび類縁構造
容量維持率(%)
平均放電電圧(V)
LiMnCoO4→
↓LiCoPO(理論値)
4
LiMnCrO4→
LiMn1.5Ni0.5O4→ ↑LiCoPO4
Li2CoPO4F↑
(九州大学)
4.5 LiNiVO4↑
(理論値)
6
0
0
5
10 15 20
サイクル数
25
30
図4.2 スズめっき銅箔を負極に用いたリチウムイオン電池の充
放電特性および初期サイクル特性16)
5V以上の充電に耐える電解液が開発されればこれも有
望な電池であると言える。
4.1 カーボン負極
リチウムイオン電池に使用されている負極用カーボン
の変遷を図4.1に示す
放電容量(mAh/g)
4.負極材料
15)
1,200
1,000
800
Si/黒鉛/炭素複合材
Si/
Si/黒鉛
黒鉛/炭素複合材
炭素複合材
炭素皮膜
Si粒子
Si粒子
空孔
黒鉛マトリックス
600
400
200
。初期の非晶質炭素から黒鉛
0
系へと変わり電圧平坦性が改善された。負極容量も約10
年で260mAh/gから340mAh/gへと改善されたが,この
(Si:33.5%+黒鉛)+炭素n/CVD
充電80mV, 放電1,500mV
1,400
0
5
10
15
サイクル数
20
25
図4.3 Si/黒鉛/炭素複合材電極のサイクル特性17)
値は負極をC6Liとした場合の理論容量に達しており,今
後の容量増加には新たなブレークスルーが必要である。
に掲げているのは,スズ(Sn)合金およびシリコン(Si)
合金である。C原子6個でLi1個を取り込めるカーボン
負極に比べてこれらの負極はLi22Pb5型結晶構造をとり,
1金属原子でLiを最大4.4個取り込めるため,飛躍的に容
量が増加する可能性があるが,最大の課題は充放電サイ
電位(V vs. Li/Li )
カーボンに代わる負極材候補として,最近各社が候補
+
4.2 合金負極
2.0
黒鉛(理論容量)
1.5
初回放電
1.0
2回目放電
初回充電
0.5
0.0
0
20
40
60
80
容量(mA/g)
+ 電流密度:075mA/cm2
電位範囲:0.1∼1.4V vs. Li/Li
図4.4 Li2.6Co0.4Nの単極特性18)
クルに伴う体積の急激な変化による劣化である。
田村(三洋電機)らは,銅箔にスズめっきした負極を
使用した6mAh級電池により,理論容量に近い負極容量
特性を測定した17)。初期の負極容量はカーボンの4倍程
と安定した初期サイクル特性確認している16)(図4.2)。
度と大きいが,実用化にはさらなる改良が必要である。
この図から,従来電池に比べて電池電圧が0.3V∼0.4V低
いこと,充放電による容量低下速度が大きいこと,がわ
かり,実用化にはさらなる改善が必要と考えられる。
4.3 窒化物負極
正代(NTT)らは図4.4に示すように電位範囲0.1∼
福田(三井鉱山)らはシリコン粒子を空隙とともに黒
1 . 4 V で ,黒 鉛 の 約 2 倍 の 電 極 容 量 密 度 を 有 す る
鉛マトリックスに分散させ,CVD法で黒鉛を表面に被覆
Li2.6Co0.4Nを開発した18)。現在では未だこの例で示すよ
した複合材料を開発し,図4.3に示す負極のサイクル
うな低電圧大容量電池のニーズは顕在化していないが,
6
狡 NTT Building Technology Institute 2004
の電池特性,スイッチング電源・バッテリーシステムシ
将来省エネルギーのための機器の低電圧化が進展すれば
ンポジウム予稿集,F-5-1-1∼F-5-1-8,2004. 4
有望な技術である。
11)井町直希ほか:リチウムイオン電池用スピネルマンガン
5.おわりに
酸リチウム系正極,SANYO TECHNICAL REVIEW,
以上,次世代電池に向けた正極および負極の開発動向
を述べたが,単独で電池容量を2倍にする実力のある新
Vol. 34,No.1,pp.79-86, 2002. 6
12)金村聖志:環境適合型高電圧系リチウム二次電池に関す
る研究,都立大学平成12年度『特定研究』及び『特別研
正極は現在のところ見当たらない。この命題をクリアす
究奨励』研究報告(2001)
るには,潜在的に高いエネルギー密度を有する新負極投
あるいは,都立大ホームページ 2004. 5. 11
入までさらなる時間が必要であると考えられる。その後
http://www.metro-u.ac.jp/toku_kenkyu/2000/kanamura/
は,また,正極の探索に戻るが,CuS,活性化カーボン
kana.htm
と硫黄とを混合したナノコンポジット電極等,現時点で
13)Valence Technology ホームページ 2004. 5. 11
http://www.valence.com/
は可逆性に問題のある硫黄系正極も視野に入れておく必
14)岡田重人ほか:Structure and Cathode Properties of
要がある。
LiCoPO4 and Li2CoPO4F for High-voltage Li-ion Batteries,
Proceedings of INTELEC ’03, 3. 3,pp.66-71,2003. 10
〔参考文献〕
15)西田達也:リチウムイオン電池負極材の最新動向,電気
1)社団法人電池工業会ホームページ 2004. 5. 10
化学セミナー予稿集,pp.125-132,2004. 1
http://www.baj.or.jp/total/index.html
2)竹野和彦:第三世代携帯電話の電池への課題および要望,
16)田村宣之ほか:リチウム二次電池用高容量スズ負極材料
電気化学特性,SANYO TECHNICAL REVIEW,Vol. 34,
電気化学セミナー1,pp.183-198,2004. 1
3)高橋昌利:リチウムイオン電池の高性能化,信学技報
Vol. 103, No. 595,pp.49-52,2004. 1
No. 1,pp.87-93,2002. 6
17)福田憲二:表面改質によるリチウムイオン負極材料の高
機能化,スイッチング電源・バッテリーシステムシンポ
4)日経ネット,WEB記事 2004. 5. 10
http://www.nikkei.co.jp/news/kakaku/20040116d1j1600g
16.html
ジウム予稿集,F-5-3-1∼F-5-3-12, 2004.4
18)正代尊久ほか:Reaction Mechanisms of Li2.6 Co 0.4 N
Anode Material, Solid State Ionics,No. 122,pp.85-93,
5)金属鉱業事業団ホームページ 2004. 5. 10
1999. 7
http://www.mmaj.go.jp/page/html/gaiyou/yaku2.html
6)日経エレクトロニクス 2003年12月8日号,No. 869,
p.118,2003. 12
7)Y. Makimura, et al.,:第43回電池討論会講演予稿集,
2I02,pp.36-37,2002. 10
8)Y. Makimura, et. al.,:第42回電池討論会講演予稿集,
2I19,pp.52-53,2001. 11
9)日立マクセルホームページ 2004. 5. 11
http://www.maxell.co.jp/company/news/2004/040401.html
10)上田篤司:リチウムイオン電池用層状MnNi酸化物とそ
いちむら
まさひろ
市村 雅弘
バッテリー技術部長
現在,リチウムイオン電池の安全性評価をはじめ
とする各種通信用電池,新エネルギー関連技術の
評価・調査,電池関連評価装置の開発に従事。
電子情報通信学会,電気化学会会員
Synopsis
Next-Generation Lithium Ion Batteries
Masahiro ICHIMURA
While existing cobalt-based lithium ion batteries have found widespread ues, their energy density can only be increased so far, and the
development of a new type of lithium ion battery as a successor to the cobalt-based type is greatly anticipated. This paper describes new developments in positive- and negative-electrode materials for next-generation lithium-ion batteries focusing on composite oxides having a layeredsalt structure and on olivine compounds for the former and on Si-alloy systems for the latter.
狡 NTT Building Technology Institute 2004
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