第17回 (社)日本醸友会関東信越支部講演会 プログラム

第17回
(社)日本醸友会関東信越支部講演会
プログラム
平成23年9月6日(火)
さいたま市大宮ソニック市民ホール
(さいたま市大宮区桜木町 1-7-5)
(社)日本醸友会関東信越支部講演会埼玉県実行委員会
第17回 (社)日本醸友会関東信越支部講演会
開会
13:00
一般講演
13:10~15:30
「清酒酵母の開発」
次第
埼玉県産業技術総合センター北部研究所
「新しい蔵での酒造り」
「冷蔵庫の間欠運転による節電への取り組み」
(株)文楽
吉乃川(株)
「チューリップを用いた清酒リキュールの試作」
新潟県醸造試験場
横堀正敏
古川雅文
畠山
明
佐藤圭吾
休 憩
「消費者にわかりやすいラベルの開発」
宇都宮酒造(株)
玉山和良
「真夏の酒造り」
(株)角口酒造店
村松裕也
「吟醸上槽酒の斗瓶区分と成分変動の相関に関する調査(第2報)」
群馬県醸衆会、新潟清酒研究会
群馬県立群馬産業技術センター 増渕
隆
休 憩
特別講演
15:40~16:40
「お酒による肝障害の分子機構:原因解明と対策の試み」
講師 独立行政法人理化学研究所
分子リガンド生物研究チーム
チームリーダー
閉会
16:50
小嶋聡一
清酒酵母の開発
横堀正敏(埼玉県産業技術総合センター北部研究所)
独立行政法人理化学研究所、埼玉県酒造組合
1
目的
炭素イオンは、一晩振とう培養後水洗した菌体
埼玉酵母を親株とし、人工変異により新たに特
徴的な酵母を取得する。
を水に懸濁させてマイクロチューブに分注し て
400Gy を 10 分間照射後、平板培地に塗布し、28
℃で 1 週間以上培養した。
2
実験方法
2.4 薬剤処理
2.1 供試酵母
YPG 培地 5mL で一晩 30℃で振とう培養し、2
埼 玉 酵 母 ( A01、 BK2、 C、 D、 E、 F、 YY、
回水洗した菌体を 2%グルコース含有 0.2M リン酸
MR)を使用した。各酵母でアンプル酒母とし、
緩衝液(pH8)5mL に懸濁し、エチルメタンスル
平板培地により単独コロニーを形成させ、発酵試
ホン酸 0.3mL を加えて 30℃で 1 時間振とうし
験を行い、香気生成、生酸性、発酵能より優秀な
た。その後 3 回水洗し、平板培地に塗布し、28℃
ものを親株とした。
で 1 週間以上培養した。
2.2 使用培地
2.5 発酵試験
( 1 ) YPG 培 地 : グ ル コ ー ス 1% 、 ペ プ ト ン
ヘッドスペースサンプラー用 20mL 容バイアル
0.2%、酵母エキス 0.3%、リン酸二水素カリウム
に麹エキス 12mL と乾燥麹 2g を入れ、酵母(対
0.1%、硫酸マグネシウム 0.04%
照は埼玉E酵母)を添加し、15℃で培養した。培
(2)YPG 寒天培地:YPG 培地に寒天 1.8%を加
養中は経時的に重量を測定した。2 週間後、培養
える。
液から 5mL を分取して酸度を測定し、残りに内
(3)セルレニン耐性選択培地
1)
(以下 CER 培
部標準液 1mL を加え、ヘッドスペースガスクロ
地):セルレニン 0.558mg/100mL、アミノ酸不含
マトグラフィー(カラム:DB-WAX 長さ 30m×内
イーストナイトロジェンベース 0.67%、グルコー
径 0.53mm×膜厚 1μm、カラムオーブン:85℃、キ
ス 2%、寒天 2%
ャリアガス:He 5mL/分、注入口:250℃、スプリ
(4)シクロヘキシミド耐性選択培地
2)
(以下
ット比:5、検出器:FID 250℃、ヘッドスペース
CYH 培地):シクロヘキシミド 0.1mg/100mL 含
サンプラー加熱温度:50℃、加熱時間:30 分)に
有 YPG 寒天培地
より香気成分を測定した。
(5)麹エキス:乾燥麹に 3 倍程度の湯を加え、
2.6 小仕込み試験
55℃で 8~16 時間糖化後ろ過し、ろ液と同量のブ
総米 55g の小仕込み試験は、乾燥麹 10g、α 米
ドウ糖を加え、水で Brix6 に調製した(リン酸 1
45g、水 100mL、乳酸 0.04mL に酵母培養液 1mL
カリウム 0.3%、リン酸 2 カリウム 0.3%、グルタ
を加え、15℃で 2 週間経過後、3000rpm10 分間の
ミン酸ナトリウム 1%含有)。
遠心分離により上槽とした。
2.3 重イオンビーム照射
総米 1kg の試験は、表1に示す仕込配合によ
鉄イオンは、培養液を平板培地に塗布し、蓋を
り、二段の酵母仕込みと三段のアンプル仕込みで
したシャーレの上から 400Gy を 10 分間照射し
行った。留添を 10℃とし、1 日 1℃温度を上げ、
た。その後 28℃で 1 週間以上培養した。
最高温度を 15℃とした。
表1
小仕込み試験(総米 1kg)仕込配合
酒母
二段
酵母
仕込
三段
アン
プル
仕込
蒸米(g)
乾燥麹(g)
汲水(mL)
乳酸(mL)
蒸米(g)
乾燥麹(g)
汲水(mL)
乳酸(mL)
初添
160
66
395
1
110
34
190
0.4
22
105
0.6
仲添
留添
610
132
990
セルレニン耐性株 260 株、シクロヘキシミド耐
性株 305 株を取得し、発酵試験を行った。
(1)炭酸ガス減量が対照の 8 割未満
235
56
310
425
86
780
(2)酢酸エチルが 100ppm 以上
のものを除き、
(3)カプロン酸エチルが対照の倍以上
(4)酸度が対照の 8 割未満
2.7 試験製造
精米歩合 60%の白米を使用し、表2の仕込配合
により、総米 60kg のアンプル仕込を行った。も
ろみの香気成分は、凍結保存したろ液を解凍し、
測定した。
表2
総米(kg)
蒸米(kg)
麹米(kg)
汲水(L)
乳酸(mL)
3.2 発酵試験
(5)酸度が対照の 5 割増以上
(6)炭酸ガス減量が対照の 2 割増以上
のものを残すなどして、最終的に表4に示す 20
株を選抜した。高発酵性株は得られなかった。
表4
試験製造仕込配合
酒母
1.5
1.5
6.0
36
初添
9.0
6.5
2.5
11.0
24
仲添
18.0
14.0
4.0
18.0
留添
31.5
25.5
6.0
46.0
計
60
46
14
81
60
発酵試験で選抜された株
対照(埼玉E酵母)比
選抜基準
株
数
カプロン酸エチル
酸度
発酵能
カプロン酸エ
チル高生産
10
2.6~9.8
0.7~1.1
1.0
少酸
7
0.6~2.2
0.7~0.8
1.0~1.1
多酸
3
0.8~1.7
1.3~1.7
0.8~1.0
高発酵性
0
-
-
-
2.8 実地試験
清酒製造試験により選抜された FFC6 株につい
3.3 小仕込み試験
て、県内酒造工場において、実地での製造試験を
総米 55g の小仕込み試験の結果、発酵性や粕歩
行った(総米 300~600kg、精米歩合 50~60%、純
合、成分値などで判断し、表5に示す 4 株を選抜
米酒あるいは純米大吟醸酒)。
し、総米 1kg の小仕込み試験に供した。
3
表5
結果及び考察
3.1 薬剤耐性株の取得
たものではセルレニン耐性株は得ることができな
かった。
表3
変異処理後酵母の生存率(%)
培地
処理
鉄イオ ンビ
ーム照射
炭素イ オン
ビーム照射
薬剤
YPG
CER
CYH
0~81
0~0.003
15~100
0~23
0.001 ~
0.5
0~0.01
0.009 ~
0.06
0.002 ~
68
0~0.003
鉄イオン照射では平板への塗布量が多すぎ測定できな
いものがあり、それを除いた結果。
0.4
カプロン
酸エチル
(ppm)
1.6
粕
歩合
(%)
118.6
3.7
0.3
2.4
117.7
-8
2.7
0.5
4.0
120.8
15.6
-2.3
2.1
0.3
5.8
113.0
15.8
±0
2.8
0.3
1.5
116.2
株
アルコー
ル分
日本
酒度
酸
度
アミノ
酸度
AFH10
16.6
-3
2.3
CEC33
15.8
-8.5
FFC6
15.1
F0C4
対照
処理後の各培地での生存率を表3に示した。親
株ごとに生存率には差があり、特に A01 を親とし
総米 55g の小仕込み試験結果
総米 1kg の小仕込み試験結果を表6に示す。特
に発酵性の鈍い CEC33 株を除き、 AFH10 株、
FFC6 株、F0C4 株の 3 株を清酒製造試験に供し
た。
表6
総米 1kg の小仕込み試験結果
株
アルコー
ル分
AFH10
CEC33
官能的に、AFH10 は軽快でなめらかで、日本酒
粕
歩合
(%)
85.0
ら し い 風 味 で あ っ た 。 FFC6 は 香 り 高 く 華 や か
2.6
カプロン
酸エチル
(ppm)
2.3
2.3
2.8
90.5
以上の結果より、特徴がはっきり現れ、酒化率
2.1
2.6
3.4
85.3
も悪くない FFC6 株を選抜し、県内酒造場におい
-12
1.7
2.8
5.1
90.0
2.5
2.3
2.5
2.4
73.3
日本
酒度
酸
度
アミノ
酸度
17.1
-6
2.1
15.8
-18
2.7
FFC6
17.1
-9
F0C4
16.6
対照
18.3
で、味も軽快だった。F0C4 も香りは高いが、ア
ミノ酸が高いためか少々雑味が感じられた。
て実地規模での製造試験に供した。なお FFC6 株
は、埼玉F酵母に鉄イオンビームを照射して得ら
れた、セルレニン耐性株である。
3.4 清酒製造試験
もろみ経過を図1に示した。日本酒度の切 れ
3.5 実地試験
は、どれも対照より順調なほどであった。アルコ
試験結果の平均値を表6に示した。カプロン酸
ー ル の 生 成 は 、 F0C4 の み 、 も ろ み 後 半 で 遅 れ
エチルは多かったが、もろみの最高温度を低 め
た。酸度はどれも対照より低く、特に AFH10 と
(約 11~12℃)にしたためか、もろみ後半で切れ
F0C4 で小さかった。アミノ酸度はどれも対照よ
が鈍る傾向が見られ、もろみ日数が長くなった。
り高く、特に F0C4 が高かった。もろみ液部の酵
また、アルコールや酒化率も低めで、アミノ酸度
母密度は F0C4 が小さめで、死滅率は FFC6 が特
は高かった。これらについては今後、製造方法な
に小さかった。香気成分は FFC6 と F0C4 が同様
どを検討して改善する必要があると思われる。
の傾向で、カプロン酸エチルの生成が多かった。
試験結果を表7に示した。F0C4 はカプロン酸
官能的には、香り高く華やかな特徴が見ら れ
た。
エチルの生成が多く、酸が少ないという特徴は見
表6
られたが、アルコールが少なく粕歩合が多く、酒
アルコール分(%)
日本酒度
酸度
アミノ酸度
酢酸エチル
イソブタノール
酢酸イソアミル
イソアミルアルコール
ppm
カプロン酸エチル
E/A比(%)
クエン酸
リンゴ酸
コハク酸
乳酸
ppm
酢酸
ピログルタミン酸
粕歩合(%)
純アル収得(L/白米t)
もろみ日数(日)
化率も悪かった。アミノ酸度も高いため、製成酒
の劣化が早くなることが懸念される。
香 気 成分
表7
清酒製造試験結果
)
有 機 酸(
)
対照
17.1
+0.5
1.9
1.05
86.1
101
5.0
213
1.9
2.3
123
43
390
665
7
19
43.0
312
28
有 機 酸(
)
F0C4
15.8
+1
1.4
1.6
23.3
29
0.8
128
6.2
0.6
40
79
262
516
33
103
49.9
284
26
)
(
FFC6
16.75
+1.5
1.7
1.4
38.2
43
1.3
154
5.9
0.8
79
106
364
560
53
72
44.2
306
27
(
香 気 成分
AFH10
株
16.55
アルコール分(%)
+0.5
日本酒度
1.5
酸度
1.45
アミノ酸度
77.3
酢酸エチル
88
イソブタノール
3.3
酢酸イソアミル
198
イソアミルアルコール
ppm カプロン酸エチル
0.8
1.7
E/A 比(%)
102
クエン酸
101
リンゴ酸
346
コハク酸
785
乳酸
ppm
23
酢酸
120
ピログルタミン酸
42.3
粕歩合(%)
312
純アル収得(L/白米 t)
25
もろみ日数(日)
実地試験結果(平均)
4
17.05
+2.5
1.35
1.75
36.9
39.4
1.6
143
11.7
1.0
110
197
261
633
46
63
51.6
317.3
38
まとめ
埼玉酵母を親とし、薬剤処理や重イオンビーム
照射により、変異株 565 株を得た。発酵試験や小
仕込み試験により 3 株を選抜し、清酒製造試験に
供した。その結果、香りが高く酒化率も悪くない
参考文献
FFC6 株を選抜し、実地規模での清酒製造試験に
1) 市川英治:カプロン酸エチル高生産酵母,日
供した。香り高く華やかな清酒が製造できたが、
本醸造協会誌,88,2(1993)101
もろみ日数が長い、アルコールや酒化率が低め、
2) 吉田清,稲橋正明,中村欽一,野白喜久雄:
アミノ酸度が高い、などの検討課題が残された。
Cycloheximide 耐性株から得られたリンゴ酸高生産
性酵母,日本醸造協会誌,88,8(1993)645
0 .6
0 .4
0 .2
0
日順
120
AFH 1 0
FFC6
F0 C4
E( 対照)
100
80
60
40
20
酢 酸イソア ミル ( ppm)
日順
(13)イソアミルアルコール
20
15
25
25
20
25
20
25
20
15
10
2
5
留添
初添
20
15
25
E / A 比( % )
AFH 1 0
FFC6
F0 C4
E( 対照)
1 .5
1
0 .5
日順
(14)カプロン酸エチル
図1 もろみ経過
25
20
15
10
2
5
留添
踊り
仲添
初添
25
20
0
15
25
20
15
0
10
50
2
5
100
2
AFH 1 0
FFC6
F0 C4
E( 対照)
留添
150
(12)酢酸イソアミル
2 .5
踊り
仲添
AFH 1 0
FFC6
F0 C4
E( 対照 )
200
カプロン 酸 エチ ル (ppm)
250
15
1
日順
9
8
7
6
5
4
3
2
1
0
初添
300
10
2
5
留添
2
(11)イソブタノール
350
10
AFH 1 0
FFC6
F0 C4
E( 対照 )
3
日順
(10)酢酸エチル
2
5
10
2
5
留添
踊り
仲添
初添
25
20
15
10
2
5
留添
4
0
日順
留添
5
踊り
仲添
イソ ブタ ノ ール ( ppm )
6
140
0
踊り
仲添
踊り
仲添
初添
(9)グルコース
160
AFH 1 0
FFC6
F0 C4
E( 対照 )
10
初添
25
日順
(8)pH
90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
初添
AFH 1 0
FFC6
F0 C4
E( 対 照)
日順
(7)死滅率
踊り
仲添
5
4 .5
4
3 .5
3
2 .5
2
1 .5
1
0 .5
0
25
20
15
10
初添
25
20
15
10
2
5
0
2
5
10
5
(6)酵母密度
AFH 1 0
FFC6
F0 C4
E( 対 照)
留添
20
15
4 .8
4 .6
4 .4
4 .2
4
3 .8
3 .6
3 .4
3 .2
3
踊り
仲添
AFH1 0
FFC6
F0 C4
E( 対照 )
25
pH
35
30
留添
20
(5)アミノ酸度
40
踊り
仲添
日順
グル コース ( % )
(4)酸度
初添
15
日順
15
日順
10
2
5
留添
踊り
仲添
1 .E+ 0 8
初添
25
20
15
10
2
5
留添
踊り
仲添
初添
0
AFH1 0
FFC6
F0 C4
E( 対照 )
2
5
1
0 .5
AFH 1 0
FFC6
F0 C4
E( 対照 )
1
0 .8
留添
AFH1 0
FFC 6
F0 C 4
E( 対 照 )
1 .5
1 .E+ 0 9
踊り
仲添
1 .4
1 .2
(3)アルコール分
酵 母 密 度 ( / mL)
1 .6
ア ミノ 酸度
3
10
日順
(2)日本酒度
2 .5
初添
2
5
25
日順
2
酸度
20
-1 20
(1)温度
死滅率(%)
AFH1 0
FFC 6
F0 C 4
E( 対照)
初添
25
20
15
10
2
5
留添
踊り
仲添
初添
-1 00
日順
酢 酸 エチ ル (ppm )
15
- 80
0
イソア ミル ア ルコール (ppm)
10
2
5
留添
踊り
仲添
- 60
20
18
16
14
12
10
8
6
4
2
0
留添
5
AFH 10
FFC6
F0 C4
E( 対照)
- 40
ア ル コ ール 分
10
- 20
日本酒度
温度(℃)
AFH 10
FFC6
F0 C4
E( 対 照 )
室温
15
初添
0
20
踊り
仲添
20
25
日順
(15)E/A比
新しい蔵での酒造り
株式会社文楽 古川 雅文
1.概要
当社は 1894 年(明治 27 年)創業、埼玉県上尾市というところで酒造りを行っておりま
す。
平成 17 年にこれまでの酒蔵、工場、事務所を新しくするとの社長の号令の元、計画がスタ
ートした。平成 18 年に新築工事が始まり、平成 19 年に酒造りが終了したところで、新蔵
で使用するものの移設を行い、旧工場を解体し、びん詰は 8 月から、酒造りは 11 月から、
それぞれ新しい蔵・工場が稼働した。
4 年が経過したところでの現状について報告致します。
2.酒造
従来の酒蔵は昭和 30 年代に建てた鉄筋の蔵で 5,000 石製造可能の設備であった。
新蔵では、より効率的でコンパクト化を目的とした。また、平成 8 年から社員による酒造
りを行っているので三季醸造のできる設備を導入した。
製麹は通常天幕式(大吟醸は蓋麹)。酒母は速醸酛で行い、週 2 本の 3 トン仕込みで 9 月
下旬から 5 月中旬まで製造を行っている。
皆造は 6 月上旬となるが、その後は設備機械のメンテナンス、梅酒や杏酒などのリキュー
ル製造を行っている。
3.詰め口
以前のびん詰工場は昭和 50 年代半ばに建てたもので、1.8ℓ専用ライン、小びんライン、
アルミ缶の充填ラインの 3 本を有していた。
当初は洗瓶機を新設し、後の工程については従来の設備を移設しラインを 1 本に集約しス
タートした。ところが衛生面、異物混入対策に対する考え方が甘く、見た目にもあまりに
お粗末ということで、1 年後、夏の 1 か月半を利用して全面改修工事を施した。
火入れ装置、充填機、キャップ供給機、キャッパーを新規のものにし、充填室内はクリー
ンブースとした。改修したことにより、異物混入によるクレームは今のところなくなった。
ただし、多額の費用を要してしまい猛省するところである。
1 時間当たり 2,000 本の能力で、日々、小びんから 1.8ℓびんまで各種詰め口を行っている。
4.震災
3 月 11 日の地震では震度 5 弱であったが、幸い詰口製品 1.8ℓ3 本と小びん数本が破損し
ただけであった。建物、設備の損害、タンクからの亡失もなく電気の復旧した翌日から仕
込みを行うことができた。また、仕込み水(井水)のにごりもなかった。
耐震の建物と大宮台地の堅固な地盤のおかげであると思われる。
5.今後の課題
設備がいくら良くなっても、人間が変わらなければ良い酒はできないと日頃から口すっ
ぱく言われております。普段の生産、心構えからしっかりしていかなければと思います。
今後は酒造りから出荷までスタッフ全員で取り組んでいくシステムを作りたいと思います。
若いスタッフが多くいます。一日も早くプロの集団になり、今以上にお客様に満足して頂
けるお酒を造り続けて行きたいと思います。
6.最後に
新蔵を建てるに当たり、見学させて頂いた各地の蔵元の皆様、ご指導頂きました先生方、
関係各位の皆様に深謝申し上げます。
以上
冷蔵庫の間欠運転による節電への取り組み
畠山明(吉乃川株式会社)
【はじめに】
今年の 3 月 11 に起こった東日本大震災による電力不足により、省エネや節電が取り立た
されている昨今であるが、当社では平成 21 年に ISO14001 を取得し、自社内の節電に取り
組んできた。
その節電の取り組みの一環として、冷蔵庫の間欠運転を行っている。そこで、冷蔵庫の
間欠運転が冷蔵庫内温度、タンク内液温に与える影響を調査し、間欠運転における貯蔵環
境の変化について検討を行った。
【方法】
冷蔵庫にオンオフタイマーを取り付け 7:00~19:00 まで稼動を停止、夜間 19:00~
翌 7:00 まで冷蔵庫を稼動させた。冷蔵庫内温度はデーターロガーにより測定、タンク内
液温は冷蔵庫内の 10000L タンクに水を張り朝夕の温度をデジタル温度計により測定した。
外気温については気象庁 HP(http://www.jma.go.jp/jma/index.html)より必要データを
抜粋した。
【結果】
図 1.冷蔵庫内温度とタンク内液温
冷蔵庫温度
図 2.冷蔵庫停止時の温度上昇と外気温の関係
タンク液温
4
稼動停止時温度上昇
10.0
温度
8.0
6.0
4.0
2.0
3.5
3
2.5
2
1.5
1
y = 0.1002x + 0.2366
0.5
0
0.0
1 3 5 7
8/17~8/21
9 11
13 15 17 19 219/7~9/11
23 25 27
8/31~9/4
0
5
10
15
20
25
外気温
間欠運転時の冷蔵庫内室温は朝夕ごとに上下の繰り返しであるが、タンク内液温は経日
的に日々増加傾向にあった。しかし、液温が室温を上回ることはないので、冷蔵庫を停止
した状態での冷蔵庫内温度を管理指標とした。冷蔵庫停止時の温度上昇値は外気温と高い
正の相関関係にあり、データより与えられた近似式により、温度管理の目安を得ることが
できた。
30
35
表 1.冷蔵庫内タンクの本年度呑み切り時の熟度評価(H23.7.13)
タンク No
405
407
411
421
408
418
評価者A
1
1
1
1
1
1
評価者B
2
2
2
2
2
1
評価者C
2
1
1
1
1
1
平均値
1.7
1.3
1.3
1.3
1.3
1.0
※1:若い、2:適熟、3:過熟
本年度の呑み切り時に前記稼動条件により貯蔵した 22BY 清酒の熟度評価を行った。そ
の結果、どの清酒においても熟度は若い~適熟の評価であり、冷蔵庫を間欠運転したこと
による熟度への影響は現時点では少なかったと評価している。
しかし、最も暑い時期を越していない時の評価であるため、今後秋口での熟度評価も必
要である。
【まとめ】
・ 稼動停止時の冷蔵庫内の温度上昇は外気温と強い正の相関関係にあった。
・ 冷蔵庫稼動停止時の温度上昇データから得られた近似式により、冷蔵庫停止時の
温度管理の目安を得ることができた。
・ 今回の稼動条件で貯蔵した酒の熟度は、呑み切り時で若い~適熟の評価であり、
冷蔵庫を間欠運転したことによる熟度への影響は現時点では少ないと考えられた。
・ 冷蔵庫を間欠運転することにより、年間約 3500kwh の電力を削減することができ
た。
チューリップを用いた清酒リキュールの試作
新潟県醸造試験場
主任研究員
佐藤圭吾
・目的
清酒を用いた新しいアルコール飲料として、清酒ベースリキュールの開発、販売に関心が集
まっている。新潟県内の酒造場においても清酒ベースリキュールに対する関心が高いことから、
新潟をイメージしたリキュールの開発を目的に、新潟県の花に指定されているチューリップを
用いたリキュールの試作を試みた。
・実験方法
チューリップ花弁は、当試験場で、エルデフランス(赤色)、クイーンオブザナイト(濃紫色)
を栽培し、これより採取した。採取した花弁は水蒸気を用いて1~2分加熱した。これを冷却、
自然乾燥し、-20℃で保存した。
原料清酒として市販の吟醸酒を用い、その成分を表1に示した。原料糖類、および有機酸は
食品添加物規格の物を使用した。表2に試作リキュールの配合割合を示した。
表1
原料清酒の一般成分
日本酒度
+5.5
アルコール分(%)
15.5
酸度
1.1
アミノ酸度
pH
表2
0.95
4.5
試作リキュールの配合
チューリップ花弁(g)
10
清酒(ml)
500
水
500
(ml)
ブドウ糖(g)
70
リンゴ酸(g)
2.75
pH
3.2
・結果および考察
露地チューリップの栽培は年1回のみであることから、その花弁の調達も期間が限られる。
原料の調達が限定されることは、安定した製品供給の観点から問題である。そこで、採取した
花弁の長期保存法について検討をした。その結果、水蒸気による加熱処理を行ったのち、自然
乾燥することにより保存性が増した。
次に保存処理したチューリップの清酒への浸漬時間について検討した。表2に示した配合の
混合物を室温(約 20℃)で静置した。その結果、2~3日抽出を行うとチューリップ由来と思
われる不快臭が感じられた。一方、浸漬時間を約20時間とすることで、不快臭の軽減が可能
であった。このことから、抽出時間は短時間とする必要があった。
チューリップの色素はアントシアン系であることから、溶液の pH によって、その色調の変
化が期待された。そこで各 pH における溶液の色調について検討した。その結果、酸性側では
赤、アルカリ性側では緑~黄土色を呈した。また、図1に示した溶液の吸収スペクトルから、
pH3.0 において 510 nm 付近にあった吸収ピークが pH4.0 では、大きく減少していることが明
らかとなった。
吸光度
1.0
pH3.0
0.5
pH4.0
0
350
600
500
700
波長 (nm)
図1
試作リキュールのpH 変化におけるスペクトル変化
pH3、および pH4 におけるリキュールの吸収スペクトルを図2に示した。以上の結果より色
調は酸性側で良好な発色をし、pH3.0 では非常に鮮やかな赤色を呈することがわかった。
0.8
吸光度
吸光度
0.8
0.4
0.4
0
0
350
図2
450
550
波長 (nm)
650
350
450
波長
550
(nm)
650
pH3.0(左)pH4.0(右)における試作リキュールの吸収スペクトル
実際に飲用する場合には pH3.0 では酸味が強すぎるため、糖を補うことで味のバランスを整
えた。また、有機酸の種類により飲用時の感覚が変化するため、有機酸の種類についても検討
を行った。その結果、表2に示した配合が、色調および味のバランスが適当と判断された。
試作されたリキュールは鮮やかな赤色をした飲料に仕上がった。
(新潟県所有特許・特許番号:3515716)
消費者にわかりやすいラベルの開発
宇都宮酒造株式会社
玉山和良
【背景および目的】
商品ラベルは消費者へ正確な情報を伝えなければならない物です。しかし清
酒ラベルの現状は、他の食品に比べて情報量が少なく、表示内容が専門的で消
費者に伝わりにくくなっております。そこで本研究では消費者にわかりやすい
ラベルの開発を目的とし、四季桜生酛純米酒を対象に消費者に伝わりやすい品
質評価指標の開発を行いました。
【方法および結果】
まずラベルに記載する酒の評価項目の検討を行い、醸造技術者による生酛の
官能評価を行いました。その結果、四季桜の生酛はスッキリとしていて生酛特
有の香りが低く初めて飲む人でも飲みやすいような酒であることがわかりまし
た。
次に栃木県酒造組合のアンテナショップである酒々楽でアンケート調査を行
いました。口頭アンケートでは従来のラベルと新しいラベルの感想、記述アン
ケートでは試飲後の感想を聞き、調査に基づいたラベルの作成を行いました。
完成したラベルには一般成分のほかに生酛造りの説明や醸造技術者による官
能評価のチャート、酒の特徴や国内では初となる ORAC 値を記載しました。ま
た、生酛純米酒の特設ホームページも開設し生酛純米酒の誕生の経緯やラベル
について、造り手の思いやお客様の声などのコンテンツを盛りこみ、消費者に
分かりやすいラベルの開発を行いました。
真夏の酒造り
株式会社角口酒造店
村松裕也
【はじめに】
清酒のみの製造免許しか持たない弊社にとって、夏場の酒粕商戦終了後は人手・時間ともに余
裕のある状態であった。また平成 21 年に特定名称酒の品質の底上げと増産を図るためコンテナ
冷蔵庫を増設、それに伴いそれまで使用していた小型のコンテナ冷蔵庫が完全に空の状態となっ
た。 そこでこの小型コンテナ冷蔵庫を利用して、夏場の閑散期に清酒を製造し 10 月 1 日の「日本
酒の日」に新酒として発売する取り組みを平成 21BY より開始した。
冬季の酒造りでは試験的要素が大きすぎて実践がためらわれるような技術を取り入れ、自身の
スキルアップの場としても活用している。条件的には冬季と変わらない酒造りとなるよう、なるべく
すべての工程を冷蔵庫内で完結できるように努めている。
【仕込方法】
酒品目は純米吟醸、総米 150kg 仕込。使用米は前年度冬季に購入し冷蔵庫で保管。麹は前年
度冬季仕込中につくっておき、急速冷凍庫にて-40℃で凍結させた後、冷凍ストッカー(-40℃)
で使用するまで保存しておく。その他設備の制約はあるが基本的には冬季の酒造りと同様に仕
込んでいく。
上槽は槽(小型のオリ搾り機)で行うことでほぼすべての工程を冷蔵庫内で完結できる。
【これまで成果と今後の取り組み】
仕込量が非常に小さいため会社の経営的に大きな意味のあるものではないが、まだ新酒の出
回らないような時期にフレッシュな酒を提供できるので話題性はある。さらに必要人員が非常に少
なくてすみ、麹室をはじめ蔵内の大部分を使用しないので局地的な清掃のみで清潔に保つことが
できるため製造前後の清掃が簡単である。また最悪腐造等が起こったとしてもコンテナ内に隔離
してあるので、蔵そのものへのダメージは最小限に抑えることができる。
今後はよりコンスタントに新酒を製造できるように体制を整えていきたい。年間を通じて製造でき
るようになれば海外へ空輸し現地の方々にフレッシュな状態の新酒を提供、という販売方法も選
択肢に入ってくるので現在交渉を進めている最中である。
吟醸上槽酒の斗瓶区分と成分変動の相関に関する調査(第 2 報)
○増渕
隆*(群馬県立群馬産業技術センター*)、
群馬県醸衆会、新潟清酒研究会、
【はじめに】
吟醸酒を出品する際、どの斗瓶のものを選択するかは経験と官能に頼る部分が大きく、
一般には中間部分が好ましいとされているが、それを裏付けるデータは少ない。昨年度は
群馬県内 12 場の吟醸酒について調査を試みたが、今回は変動項目と採取時間との相関に注
目して調査する酒造蔵を絞り込むと共に、新潟県と群馬県の双方でデータの収集を行い、
今後の出品に役立つ傾向が見出せないか試みた。
【実験方法】
平成 22 酒造年度全国新酒鑑評会出品用に製造した吟醸酒について、火入れ済みの斗瓶試
料を収集し分析を行った。今回は 4 場 7 系統の斗瓶区分を調査した。分析項目は酸度・ア
ミノ酸度(国税庁所定分析法)、アルコール度・日本酒度(清酒メータ)、糖濃度(高速液
体クロマトグラフ)
、香気成分(ヘッドスペースガスクロマトグラフ)とした。併せて上槽
に要した時間等を調査し、分析結果と照合して解析を行った。
【結果】
図1に斗瓶採取までの時間と日本酒度との関係を、図2にカプロン酸エチルとの関係を
示す。実線は袋吊り、破線は槽搾りによる上槽である。
日本酒度は A 社(袋吊り)と C 社(槽搾り)で時間と共に減少傾向にあった。カプロン酸エチ
ル濃度は A 社の全系統で、時間と共に減少傾向にあった。その他、A 社ではアルコール度、
酢酸エチルが時間と共に減少傾向にあった。
小嶋
聡一
(Soichi Kojima, Ph.D.)
独立行政法人理化学研究所・ケミカルバイオロジー研究領域・
分子リガンド生物研究チーム
1990年3月
チームリーダー
東京工業大学大学院理工学研究科化学専攻博士課程修了(理学博士)
1990年4月 米国ニューヨーク大学医療センターポスドク
1993年4月 理化学研究所入所 分子細胞病態学研究ユニットリーダーを経て
2008年より現職に至る。
(この間、2005年~ 東京医科歯科大学大学院客員准教授、2007年~ 東京工業大学大学院
生命理工学研究科連携教授、2007年 仏国ルイパスツール大学客員教授)
演題
「お酒による肝障害の分子機構:原因解明と対策の試み」
内容
アルコール性肝障害は、肝細胞死、脂肪肝、肝炎を伴い、肝硬変や肝がんにつながる生活習慣病です。
我々は、アルコールの代謝産物であるアセトアルデヒドが肝細胞に働くと、通常細胞質に存在するトラ
ンスグルタミナーゼ(TG2)※1 が細胞核に移動し、肝細胞増殖因子受容体c-Met※2 の遺伝子発現を
つかさどる転写因子Sp1※3 が過度に架橋結合※4 し、その機能が失われることでc-Met 発現量が低下
し、肝細胞が死に至ることを見いだしました。TG2遺伝子欠損マウスやTG2 阻害剤を投与したマウス
では、肝障害が起こりにくく、機能を失ったSp1 の生成やc-Met 発現低下は見られませんでした。
アルコール性脂肪性肝炎マウスモデルやアルコール性脂肪性肝炎の患者の肝細胞では、機能を失った
Sp1 が多量に生成していることが分かりました。この細胞死誘導経路は、従来よく知られているカス
パーゼ※5 を介する細胞死誘導経路とは独立していることを見いだしました。今後は、アルコール性肝
障害の発症メカニズムの理解や、新しい診断法、治療・予防法の開発に大きく寄与することが期待でき
ます。本研究成果は、米国の科学雑誌『Gastroenterology』(2009年5 月号)に掲載されました。
1.背 景
トランスグルタミナーゼ(TG2)は、タンパク質のグルタミン-リシン残基間に共有結合を形成す
る翻訳後架橋修飾酵素です。生体構造の構築や安定化を行う一方、細胞の増殖・分化、アポトーシス
(細胞死)に働き、多様な生命現象、ならびに動脈硬化、肝疾患、神経変性疾患、魚りんせんなど、
さまざまな病態形成に深く関係しています。TG2 の細胞死誘導への関与を報告している論文は数多
く見受けられますが、その誘導機構については、ほとんど報告がありませんでした。TG2 は、細胞
死誘導時に、通常存在している細胞質から細胞核へ移動しますが、核内でのTG2 の働きについて
はまったく分かっていませんでした。
2.研究手法と成果
(1)TG2 による転写因子の架橋反応
初めに、野生型マウスとTG2 遺伝子欠損マウスから肝細胞を単離し、アルコール処理を行い、細
胞死に至る様子を観察しました。野生型の肝細胞では、アルコール処理による細胞死の誘導を確認し
ましたが、TG2 遺伝子欠損マウスでは、細胞死を確認することができませんでした。次に、アルコ
ール処理によって、TG2 の活性上昇や、TG2 が細胞核に集まる様子が観察されることから、TG2
の基質について検討したところ、グルタミン残基を多く持つ転写因子Sp1 が標的になっていること
が分かりました。TG2 とSp1 とを試験管内で37 ℃で保温すると、Sp1 はTG2 の作用で架橋さ
れ、高分子量の不活性型Sp1 を産生しました。そこで研究チームでは、この機能を失ったSp1 架橋
体を特異的に認識する抗体を作製し、その様子を観測しました。その結果、アルコール処理した肝細
胞ではSp1 架橋体が生成し、Sp1 の活性・不活性が肝細胞の生死を決定する重要な因子であること
が分かりました。
(2)肝細胞増殖因子受容体c-Met の発現低下による肝細胞死
さらに、アルコール処理した肝細胞を用いて、どの遺伝子が影響を受けて変化しているのかを網羅
的に調べました。その結果、細胞死や肝機能障害に関連する遺伝子の発現が変化していることが分か
り、中でも肝細胞増殖因子受容体c-Met の発現が最も低下していました。c-Met は、Sp1 により
その遺伝子発現が調節されており、アルコール処理した肝細胞では、Sp1 の活性喪失と相関して
c-Met の発現が低下することが分かりました。このため、c-Met に結合するタンパク質リガンドで
ある肝細胞増殖因子を過剰に添加すると、c-Met 下流の生存シグナル量が上昇し、アルコール処理
をしても肝細胞は死にませんでした。このことは、肝細胞増殖因子とその受容体のシグナルが、肝細
胞の生存に必要であるということを示しています。
(3)生体内での検証
TG2 によりSp1 が架橋し、その活性が消失することで、Sp1 が調節しているc-Metの発現が低
下し、肝細胞死が起こるという一連の過程(図1)が、実際に生体内で起きているのかどうかを、劇症
肝炎モデルマウスおよびアルコール性脂肪性肝炎モデルマウス(図2 左)、アルコール性脂肪性肝炎患
者(図2 右)の肝組織を用いて検討しました。その結果、病気になった肝臓では、TG2 が細胞核に
存在することや、Sp1 架橋体の生成が検出されました。さらに、TG2 の阻害剤を投与したマウス
や、TG2 遺伝子欠損マウスでは、肝障害になりにくいという結果を得ました。こうして細胞レベル
で見られた一連の現象が、生体内でも起こっていることを示唆する結果を得ました。
3.今後の期待
本研究の成果は、TG2 により転写因子Sp1 が架橋修飾反応を起こし、細胞増殖因子受容体の発
現が低下することにより引き起こされるという、新しい細胞死経路の解明に貢献しました。最近、ア
ルコール性脂肪性肝炎(ASH)の肝細胞死以外にも、メタボリックシンドロームの肝での発現系で
ある、非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)における肝細胞死でもこの経路が働いていること、ASH
とNASHでは核TG2誘導に至る詳細な分子機序が異なることを見いだしました。(J. Cell Physiol
印刷中)
架橋酵素TG2 の阻害剤やTG2 遺伝子の欠損により肝障害を改善できることは、アルコール性肝
障害の発症メカニズムの理解につながり、今回明らかにした新しい標的の検出や制御が、肝疾患の新
しい診断法、治療・予防法の開発に大きく寄与することが期待されます。
<補足説明>
※1 トランスグルタミナーゼ(TG2)
酵素の1 種で、タンパク質同士を共有結合で結びつける(架橋する)作用を示す。タンパク質のグ
ルタミン-リシン残基間に共有結合を形成し、生体構造の構築や安定化を行う一方、細胞の増殖・分化、
アポトーシス(細胞死)に働く。
※2 肝細胞増殖因子受容体c-Met
増殖因子とは生体内において特定の細胞の増殖や分化を促進するタンパク質の総称。さまざまな細
胞学的・生理学的過程の調節を行い、細胞表面に存在する受容体タンパク質に特異的に結合すること
で、生命の維持に必要なシグナルを伝える細胞間の信号物質として働く。この受容体が増殖因子受容
体である。肝細胞増殖因子の最も主要な受容体がc-Metである。
※3 転写因子Sp1
転写因子はDNA の転写を制御する領域に特異的に結合するタンパク質の仲間で、転写を活性化し
たり、逆に不活性化したりする。Sp1 は発生や分化の過程で重要な役割を担っており、生命の維持
に欠かせない代表的転写因子の1 つである。
※4 架橋結合
化学反応において、複数の分子が橋を架けたように結合すること。この結合により、生体構造の安定
化やタンパク質の機能変換が行われる。
※5 カスパーゼ
アポトーシスの実行部隊となるタンパク質分解酵素。タンパク質を切断する「はさみ」のような役割
を持ち、細胞の生死にかかわる多くのタンパク質を切断することによって、アポトーシスを実行する。
図1 転写因子Sp1 の架橋・不活性化を伴うアルコールによる肝細胞死(アポトーシス)
アルコールによる肝細胞死は、架橋酵素TG2 により転写因子Sp1 が架橋修飾反応を受け、失活
する結果、細胞増殖因子受容体c-Met の発現が低下するために起こる、という新しい細胞死経路を
解明した。アポトーシスを引き起こすタンパク質であるカスパーゼとは、別の経路で働いていること
が分かった。
図2 アルコール性脂肪性肝炎のモデルマウスと患者の肝組織
(左)アルコール性脂肪性肝炎のモデルマウスアルコール性脂肪性肝炎に陥ったマウスの肝臓を厚さ
5μm でスライスして染色を行った。細胞核は青色で、それぞれのタンパク質(不活性型Sp1、Sp1、
TG2)の量は茶色のシグナル(濃淡)で示した。アルコール投与マウス(アルコール性脂肪性肝炎を
発症したマウス)では、Sp1 総量の変化は見られないが、不活性型Sp1 の量は顕著に増加した。
また、TG2 が核に多量に存在することを検出した。
(右)アルコール性脂肪性肝炎の患者
アルコール性脂肪性肝炎の患者の肝臓を厚さ5μm でスライスし染色を行った。核における不活性型
Sp1 とTG2 の蓄積が観察できた。