東京湾航行に関する注意事例と活用

第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
東京湾航行に関する注意事例と活用
正会員○國枝 佳明(東京海洋大学) 正会員 鹿島 英之(東京海洋大学)
正会員 岩崎 裕行(航海訓練所)
正会員 熊田 公信(航海訓練所)
要旨
東京湾は、世界でも有数の船舶交通の輻輳する海域であり、大小さまざまな船舶が 1 日に約 1,000 隻近く
航行している。東京湾航行中に筆者らが注意を要すると感じた事例について、各種分析を試みた。分析した
事例では、人的要因による「錯誤」が発生しており、
「当事者と環境」及び「当事者とハードウェア」の接点
にも問題が生じていた。教育・訓練の観点から「見張り」、「計器取扱」、「法令遵守」に問題があるとの事例
であった。東京湾航行に関する注意事例を示すとともに、航行中における一般的な注意事例へと展開した。
さらに、これらの分析結果から、対策の一つとしてより効果的な教育・訓練の方法を示した。
キーワード:人的要因、錯誤、要素技術、4M4E 分析
1.はじめに
ダ航空の Hawkins が改良した要因分析方法である。
当事者である人間(中心の L:Liveware)の行動は、
東京湾は、世界でも有数の船舶交通の輻輳する海
域であり、内航外航を問わず大小さまざまな航行船
人間自身の特性と4つの要因(「S:ソフトウエア」
舶は、1 日に約 1,000 隻近くに上る。このような状
「H:ハードウェア」「E:環境」「L:関係者」)が、
況で船舶交通の安全のため、東京湾には航路が定め
お互いに影響して決まることを示している。当事者
られ、灯浮標や灯標が設置されているとともに、特
を含めた5つの要因から分析する方法である(1)。こ
別な交通ルールが定められている。また、東京湾海
の SHEL モデルを利用し、
発生した事例のどの要因に
上交通センターによる航路管制や情報提供など多く
エラーがあったのか、要因間のどの接点にエラーが
の安全への対応がなされている。しかし、大事故に
あったのか分析することができる。
至らないまでも、一歩間違えれば大事故につながる
2.2
ヒューマンエラーの分析
ような事例も散見されている。そこで、東京湾航行
ヒューマンエラーについては「原因からみたエラ
中に遭遇した注意を要する事項について各種分析を
ー」として捉え、下のように分けることができる(2)。
試み、分析結果を元に対策を検討した。これらの結
(1) 能力超え:人間能力的にできない、無理な相談
果を元に東京湾の航行上の注意を整理するとともに、
(2) 錯誤:思い込み、取り違い、思い違いなど
東京湾に限らず他の海域においても注意すべき事項
(3) 失念:やり忘れ
をまとめた。また、重要な対策として教育・訓練に
(4) 能力不足:作業に対する遂行能力、技量不足
焦点をあて、より効果的な教育・訓練方法について
(5) 知識不足:やるべきことを知らない
検討した。
(6) 違反:手抜き、怠慢
ヒューマンエラーの原因の観点から事例を分析し、
2.原因分析
対応を考えることができる。
事故・事例には多種多様な原因が考えられるが、
人的要因(ヒューマンファクター)によるものが圧
情報収集
倒的に多く、全体の 80%を超えると言われている。
状況認識
個々の注意を要する事例について、色々な角度から
原因を分析する。
2.1
意思決定
SHEL 分析
動作実行
SHEL モデルはヒューマン・ファクター工学の説明
モデルであり、航空機業界で広く活用されたモデル
図1
である。Edwards が基本モデルを提案し、KLM オラン
1
行動手順
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一方、当直や操船の場面における当直者の行動は、
なり、さらに方位は後方(左)に変わるようになっ
図 1 に示すように、まずは見張りなどにより「情報
た。AIS で他船情報を確認したところ、千葉県の姉
収集」を行い、収集した情報から「状況認識」が行
ヶ崎港向けであり、当該他船が最短距離を航行した
われる。さらに、状況を認識した上で個々の知識等
場合は TTB 東水路を横切ることになる。
本事例は当直中の航海士が、横切りの当該他船が
により「意思決定」が行われ、決定された「動作実
TTB 東水路の北側を横切り千葉航路を通って千葉港
行」を行う。
これらの行動手順の中でどの段階で、どのような
へ向かうものといった思い込みがあったために予想
エラーが発生しているかを分析することができる。
外の場所を横切ったと感じたものである。TTB 東水
2.3
路は海上交通安全法で定められた航路のように横断
要素技術分類
教育・訓練の観点から操船技術を(1)見張り、(2)
禁止が定められているわけでなく、横断する船舶は
船位測定、(3)計器取扱、(4)操縦、(5)法令遵守、(6)
いないだろうということは、根拠のない思い込みで
計画、(7)情報交換、(8)管理、(9)非常事態の 9 つの
ある。本事例は左舷からの横切りであり、本船は保
(3)
に分けることができる。航行中の注意
持船となるため、当該他船が避航することとなる。
を要する事例において、問題となる要素技術の何が
一方、同様な状況が南航時に生じた場合、たとえ TTB
問題であるかを分析することができる。また、その
東水路を航行中であっても本船に避航義務が発生す
要素技術を重点的に教育・訓練できる。
る。
要素技術
2.4
4M4E 分析
東京港方面
4M4E 分析手法は、発生した事故原因を 4M、すなわ
千葉港方面
ち Man(人間)
、Machine(設備・機器・器具)、Media
(環境)、Management(管理)の観点から調査・検討す
る。そしてこれらの 4M の対策として、Education(教
風の塔
育・訓練)
、Engineering(技術・工学)、Enforcement
(強化・徹底)、Example(模範・事例)の 4E の観点か
ら検討する手法である(4)。
姉ヶ崎港
方面
航行中に注意を要すると感じた事例についても、
海ほたる
この 4M の観点から原因を分析することができる。
横浜港
方面
3.注意を要する事例分析
東京湾アクアライン東水路
東京湾航行中に筆者らが経験した注意を要する事
図2
例を個々に分析する。
3.1
TTB 東水路付近
TTB 東水路横断の事例
東京湾を東京湾アクアライン(Trans-Tokyo Bay、
図 2 に TTB 東水路付近を示す。図中の黒色実線矢
以下「TTB」という)東水路に向け北上中に横切りの
印で示すとおり、姉ヶ崎港へ向かう船舶は風の塔の
内航タンカー船が予想外の場所を横切った。詳細を
南側を通過後、TTB 東水路を横切る針路となる。一
以下に示す。
方、千葉航路を通って千葉港に向かう船舶は、青色
(日時)平成 27 年 1 月 22 日 1230 頃
破線矢印のように風の塔及び TTB 東水路の北側を航
(場所)東京湾北部 TTB 東水路付近
行する。
本事例は本船航海当直者の「思い込み」といった
(対象者)当直航海士(二等航海士)
(自船状況)東京湾を北上中、中ノ瀬航路を出た後、
錯誤が主たる原因であり、当事者である人間(中心
TTB 東水路を目指して航行中
の L)に問題があった。また、環境としての TTB 東
(注意要する事項)横浜方面から千葉方面に横切る
水路付近の航行の理解が不十分であった点では当事
内航タンカー船があり、当該他船の方位はゆっくり
者と環境の接点にエラーがあったと言える。
さらに、
前方(右)に変化していた。TTB 東水路の北側を横
航海計器を十分に使いこなしておらず、思い込みに
切るものと考え、TTB 東水路に向けて針路速力を維
至ったという点では、当事者とハードウェアの接点
持して航行を続けた。やがて他船方位が変わらなく
にエラーがあったと言える。
2
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表1
原因
Education
(教育・訓練)
Engineering
(技術・工学)
Enforcement
(強化・徹底)
Example
(模範・事例)
Man
(人間)
・横切り船が TTB 東水路の北側を
航行すると思いこんだ。(想定:慣
れ、状況認識エラー)
・レーダ/ARPA を十分に活用してい
なかった。(情報収集エラー)
・TTB 東水路を横切る船舶はいな
いとの思い込み(状況認識エラー)
・見張りの方法や当直業務につい
て、再度教育・訓練をする。(あらゆ
る手段による見張り、航海計器の
利用、海上交通法規など)
・レーダや ECDIS の他船情報を、さ
らに分かり易い表示にする。
・AIS 表示がすぐに分かるように改
善する。
・見張りの強化・徹底を実施する。
特にあらゆる手段による継続的な
見張りについて、注意喚起する。
・慣れや期待感による思い込みを
排除するように注意喚起する。
・事例を紹介して見張りの重要性を
示すとともに、思い込みについても
紹介する。
4M4E マトリックス
Machine
(設備・機械・器具)
・レーダ/ARPA の表
示が分かりにくい(想
定:情報収集エラー)
・レーダ等の航海計
器が使い辛い。(想
定:情報収集エラー)
Media
(環境)
・航行環境がある意
味で特殊(状況認識
エラー)
・労働条件が過酷で
疲労していた。(想
定)
Management
(管理)
・教育体制の不十分
(想定)
・当直体制が過重労
働となっているため
疲労が蓄積していた
(想定)
・レーダ使用の最適
な教示を教育する。
・航海計器の使用方
法を教育する。
・レーダ、AIS 等の航
海計器の表示を改善
・使いやすい航海計
器の開発
・レーダ等のより良い
表示方法を表示
・ 航 海 計器 の 正 しい
使用の強化・徹底
・航路や水路設定海
域の航法を再教育
・当直中の体調維持
について再教育
・レーダや ECDIS 情
報表示の改善
・過重労働防止機器
の導入
・本事例のような航行
環境における見張り
について、強化する。
・教育体制、就労体
制についての研修。
・その他、特別研修
の実施
・効果的な教育機材
の導入
・就労体制の改善の
ための機器導入
・教育体制整備と確
実な実施の強化
・過重労働とならな
いシステム作り
・レーダの分かり易い
表示方法の紹介
・航海計器の使い方
の紹介
・本事例のような航行
環境の事例を紹介す
る。
・適切な教育体制及
び就労体制の紹介
による周知
当直者の行動において、見張りは行われていた
を使用していれば、思い込みに至る前に他船の針
が、航海計器を適切に利用していれば、思い込む
路から気づくことができたと思われる。また、「法
前に気づいていたと考えられるので、情報収集エ
令順守」としては海上衝突予防法第 5 条(見張り)
ラーがあったと言える。また、TTB 東水路の北側
に定められている「すべての手段を活用し、常時
を横切ると考えたことは、状況認識エラーと言え
適切な見張り」をしていると言えない。さらに、
る。航海当直者の行動手順として、以後の意思決
TTB 東水路を横切ることはないとの思い込みも、
定、動作実行は行われていない。
法令の理解不足が一因と考えられる。
表 1 に本事例についての 4M4E マトリックスを示
そこで、本事例に対しては「見張り」、「計器取
す。本事例の原因については、より多くの対策を
扱」及び「法令遵守」の 3 要素技術の教育・訓練
検討するとの観点から想定として記載している内
を実施する必要があり、その中で環境との接点及
容もある。表中の原因の後に(想定)と記載して
びハードウェアとの接点について学ぶとともに、
いる。これにより、多くの対策を検討でき、東京
情報収集及び状況認識が適切にできるような教
湾の限られた場所のみではない他の海域でも、あ
育・訓練が必要である。これらに対応した訓練と
るいは異なる場面でも利用もできると考える。
して図 3 に示すような組合せによる教育・訓練を
提案する。ここで目的に合わせたシナリオを提供
4.教育・訓練
できるという観点から、操船シミュレータを活用
した組合せが効果的であると考える。
教育・訓練の観点から各事例の操船技術におけ
3 段階の組合せの訓練であるが、内容によって
る要素技術習得の問題点を検討する。
本事例では、「見張り」、
「計器取扱」及び「法令
は定期訓練を定着訓練として 1 回で済ませ、フィ
遵守」の要素技術に問題があったと考えられる。
ードバックと評価を同時に実施してもよいと考え
すなわち、
「見張り」では、航海計器を含めたあら
る。
ゆる手段を用いて見張りを実施しているとは言い
導入訓練では事例から得られる一般的な操船技
難い。「計器取扱」としては、適切にレーダ/ARPA
術を説明するとともに、具体的な内容、注意点や
3
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ある。訓練効果を上げるため、訓練評価はデブリ
事例を紹介する。
ーフィングに反映させる必要があるので、明確で
容易な指標を設定するべきである。例えば、見張
導入訓練(講義・説明・演習)
りに関する評価では、対象となる船舶を発見した
「距離」、は指標となり得ると考える。今後、航行
中に経験する注意を要する事例から訓練内容を検
定期訓練とフィードバック(シミュレータ訓練)
討する際には、適切な訓練評価指標を設定すると
ともに、評価指標の妥当性を調査することとした
定着訓練と評価(シミュレータ訓練)
い。
図3
6.まとめ
組合せによる教育・訓練の構成
東京湾航行中に遭遇した注意を要する事例につ
定期訓練や定着訓練は操船シミュレータを使っ
いて、分析した結果の一例を示した。人的要因に
て訓練目的にあったシナリオで実施し、フィード
よる思い込みなどの錯誤による事例であったが、
バックにより訓練効果を高めるべきであると考え
当事者のエラーの他に環境との接点、ハードウェ
る。また、訓練の評価は個人の能力向上と訓練プ
アとの接点の問題を示すとともに、行動手順のど
ログラムの改善に欠かせない。
の段階に問題があったかを示すことができた。
本事例は TTB 東水路付近での事例であり、この
また、注意を要する事例に対する 4M4E 分析は、
付近での航行方法、注意事項を整理することがで
効果的な対応・対策を検討する上で有効であるこ
きる。例えば、東京や千葉方面から南下して TTB
とが判った。
東水路を航行する船舶の注意事項としては、TTB
さらに、事例を分析し対策を検討することは、
東水路の北側及び同水路を横切る船舶が相当数存
東京湾における航行方法及び注意事項を整理する
在することなどである。
とともに、東京湾以外でも適用できる一般的な対
一方、東京湾に限らず同様な航路や水路付近の
策として活用できると考える。
航行時においても適用できると考える。例えば明
対策の一環として効果的な教育・訓練方法作成
石海峡航路には東方及び西方灯浮標があり、船舶
の可能性を示した。今後、具体的な訓練方法や内
交通の整流を行っているが、小型の船舶には適用
容及び評価指標を作成することとしたい。
されないので、最短コースを航行する船舶が存在
することを認識する必要があり、それに見合った
7.参考文献
航行方法が必要となる。このように自船が適用さ
(1) F.H.ホーキンズ:ヒューマン・ファクター, 成
れる航行方法が他の全ての船舶に適用される、と
山堂書店
の思い込み「錯誤」への対策、情報収集エラーや
(2) 中田亨:ヒューマンエラーを防ぐ知恵, 朝日
状況認識エラーへの対策などはあらゆる場面で活
文庫など
用できると考える。
(3) 小林弘明他:操船技術の要素技術展開につい
一例を示したが、東京湾では多くの注意を要す
て,日本航海学会論文集,第 96 号,pp.119-125,
る事例が経験されている。これらの原因を分析し、
1997.3.
多くの対策を検討するとともに、対応として効果
(4) 千葉武史他:4M4E を用いたヒューマンエラー
的な教育・訓練内容を検討することができる。
分析手法の研究、JR EAST Technical Review,
No.9, pp30-35, 2004
5.訓練評価
訓練評価は、個々の訓練内容によって定めるべ
きと考えるが、明確な指標の下、評価者の観察に
よる評価が容易で一般的である。
訓練内容を検討する際には、訓練内容や目的に
あった評価のための指標を併せて検討する必要が
4
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東京湾における AIS データを用いた
衝突危険性の評価について
正会員○南 真紀子(海上技術安全研究所(研究時 、運輸安全委員会))
東京海洋大学)
正会員 庄司 るり(東京海洋大学)
要旨
船舶事故、特に衝突事故の再発防止には、対象海域の事故
対象海域の事故に対する危険性をあらかじめ把握して航行する
に対する危険性をあらかじめ把握して航行する
ことが有効である。そのため、運輸安全委員会では事故発生地点を地図上に示し、衝突事故等の発生状況か
ら海域の危険度を表す船舶事故ハザードマップを作成しインターネット上に公開した。 また、東京湾の衝突
事故の発生傾向を分析し、航海計画を作成する際 の事故発生地点情報の活用方法について検討を行ってきた
事故発生地点情報の活用方法について検討を行ってきた。
。
事故データのみを解析の対象とし
解析の対象としたが、
たが、事故に至っていないニアミス等の
に至っていないニアミス等の危険な遭遇
危険な遭遇は、事故件
これまでは事故データのみを
数多く発生していることから、対象海域の特徴を示すもの
ていることから、対象海域の特徴を示すもの
ていることから、対象海域の特徴を示すものとして重要
として重要な要素
な要素であると考えられる。
であると考えられる。
数よりも数多く発生し
データを用いることにより 、過去に衝突事故は発
衝突事故は発
そこで、本研究では、事故発生地点情報だけでなく、 AIS データを用いることにより
生していないが、衝突の危険度の高い海域を表すことを
衝突の危険度の高い海域を表すことを試みた
試みた。
キーワード:
キーワード:衝突回避、船舶事故ハザードマップ、カーネル密度分布
衝突回避、船舶事故ハザードマップ、カーネル密度分布
衝突回避、船舶事故ハザードマップ、カーネル密度分布、
、AIS
1.はじめに
である。本デー
日の 3 日間の東京湾における データである。本デー
運輸安全委員会では、
運輸安全委員会では、過去の事故
過去の事故発生地点情報
発生地点情報を
タに含まれている船舶のうち、船速が
タに含まれている船舶のうち、船速が 0.5kt 以上の
船舶事故ハザードマップを作成し
ハザードマップを作成し、予定航路
ハザードマップを作成し、予定航路
基に、船舶事故
もの対象とした。対象船舶数は、17 日が 486 隻、18
や操業場所等の
や操業場所等の対象海域
対象海域の危険性を
の危険性をより分かりやす
より分かりやす
日が 522 隻、19 日が 529 隻であった。
隻であった。図
図 1 は、時刻
く示すこと検討してきた
(1)(2)
。また、事故発生地点
別の対象船舶数と、200m 以下となった遭遇件数を示
情報から得られる
情報から得られる事故発生密度を用いて、航海計画
事故発生密度を用いて、航海計画
したものである。横軸は、時刻であり、縦軸は隻数、
作成時に予定航路の危険性を推定し、注意の必要な
又は件数を示している。なお、
又は件数を示している。なお、ここに示した値は、
ここに示した値は、33
(3)
エリアや時間帯を示すことを試みた 。しかし、 事
日間の合計である。21 時以降、 5 時までの夜間は、
陰には、何倍もの事故
何倍もの事故にはならなかった が
故発生の陰には、
航行船舶数、遭遇件数ともに少ないが、 5 時から 9
(4)
あるといわれている 。そこで、
危険であった事象があるといわれている
時は、航行船舶数や遭遇件数の多
遭遇件数の多いだけでなく、他
いだけでなく、他
本研究では、入手が比較的容易になった AIS 情報 を
の時間帯と比較し船舶数に対する遭遇件数の割合が
の時間帯と比較し船舶数に対する遭遇件数の割合が
船舶同士が接近した記録を抽出し、 東京湾
用いて、船舶同士が接近した記録を抽出し、東京湾
大きく、湾内が混雑した状況であること
大きく、湾内が混雑した状況であること
湾内が混雑した状況であることを示してい
を示してい
潜在的な衝突の
衝突の危険性を示すことができる
危険性を示すことができる
について潜在的な
る。
か検討した。
図 2 は、1:00~3:00、7:00 ~9:00、13:00~15:00
及び 17:00~19:00 の結果を 地図上に示したもので
データを用いた衝突危険性の評価
衝突危険性の評価
2.AIS データを用いた
データのうち、船舶位置と
、船舶位置と Heading の情報を
AIS データのうち
した。操船者が衝突の
用いて、衝突の危険性を評価した。操船者が衝突の
避航を判断する距離は、自船の大きさや
距離は、自船の大きさや
危険を感じ避航を判断する
船速等により異なる(5)(6)が、本研究では、200m とし
た。解析では、まず AIS データを 2 時間ごとに区切
り、それから 5 秒毎の船舶位置を求め、船舶間の距
離を計算した。そして、200m 以下となるところを求
めた。
使用したデータは、東京海洋大学の先端ナビゲー
使用したデータは、東京海洋大学 の先端ナビゲー
対象船舶数及び
及び
図 1 時刻別対象船舶数
200m 以下 の遭遇件数
トシステムにおいて
トシステムにおいて得られた
得られた 2014 年 11 月 17 日~ 19
5
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図 4 200m 以下の遭遇 地点と 2 船間の距離
15:00 で、図 2 より主に横浜
横浜港内で出入港の船舶の
港内で出入港の船舶の
遭遇によるものと考えられる。 そして、久里浜沖で
、久里浜沖で
は、東京湾を横切る船舶と浦賀水道航路が交 差する
ため、横切りの遭遇が
ため、横切りの遭遇がどの時間帯でも
どの時間帯でも見られた
見られた。次
に、
図 4 に 7:00~9:00 の結果を 2 船間の距離で丸印
を色づけして示す。図 2 及び図 4 より中ノ瀬航路内
図2
0%
01:00 03:00
の丸印は、2 船間の距離が 200m 近くある同航の状態
以下の遭遇地点と出会い角
200m 以下の遭遇地点と
40%
20%
0.0-22.5(deg.)
60%
22.5-67.5(deg.)
を示しており、衝突の危険は 低いと考えられる。一
考えられる。一
方、市原航路や千葉航路や中ノ瀬航路
中ノ瀬航路から富津航
から富津航路
路
100%
112.5-157.5(deg.)
67.5 112.5(deg.)
80%
につながる海域では、同航ではあるが
につながる海域 では、同航ではあるが 2 船間の距離
が 20m 前後のかなり接近している状況がみられる。
157.5180.0
(deg.)
07:00 09:00
また、久里浜沖の横切りの遭遇が多い海域で
また、久里浜沖の横切りの遭遇が多い海域で、100m
以下の接近も見られ、注意が必要だと考えられる。
以下の接近も見られ、注意が必要だと考えられる。
13:00 15:00
17:00 19:00
図3
事故発生地点情報から求めた事故発生
事故発生
3. 事故発生地点情報から求めた
密度との比較
密度との比較
遭遇時の出会い角の割合
遭遇時の出会い角の割合
図 5 は、7:00~9:00 と 17:00 ~19:00 の時間帯に
(3)
ついて先行研究で示した
ついて先行研究で示した(2)(3)
カーネル密度推定法を
ある。灰色の実線で
ある。灰色の実線で解析の対象となった
解析の対象となった AIS による
用いて、事故発生地点情報から海域の事故発生密度
丸印で 200m 以下となった遭遇位置を示
航跡を示し、
を求めたものと
を求めたものと 200m 以下と
となった遭遇場所を重ね
なった遭遇場所を重ね
また、
丸印の色は出会い角を示している。
している。
て示したものである。カーネル密度推定法とは、
て示したものである。カーネル密度推定法とは、事
カーネル密度推定法とは、事
また、図 3 は、図 2 で示した時間帯の遭遇時の出会
故地点のような点分布を確率密度で表わされる
確率密度で表わされる連続
連続
い角の割合を示している。どの時間帯においても、
分布へと変換する方法である。
分布へと変換する方法である。図 5 では、カラーバ
ほぼ同航といえる 0~22.5deg の割合が最も多くな
ーで示す通り発生密度を
ーで示す通り発生密度を 10 段階のクラスに分けて
、行き合いの割合が大きい
の割合が大きいのは 13:00 ~
った。また、行き合い
表示した。また、200m 以下となった遭遇場所を赤い
6
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
http://jtsb.mlit.go.jp/hazardmap/,2015. 3.
(2) 南 真紀子・菊池
俊方・伊藤 博子:海難事
故減少に果たす船舶事故ハザードマップの役
割,日本航海学会論文集,Vol.131,pp100-105,
2014.12.
(3) 南 真紀子・庄司 るり:衝突事故再発防止の
ための事故発生地点情報の活用について,第
131 回講演会,日本航海学会講演予稿集 ,2 巻 2
号,pp.93-95,2014.9.
(4) H.W.ハインリッヒ・D.ピーターセン・ N.ルース
(井上威恭監修)
:ハインリッヒ災害防止論 ,海
文堂,1982.
(5) 山崎祐介・村山義夫:未然事故調査法の開発と
図5
応 用 ‐ Ⅳ , 日 本 航 海 学 会 論 文 集 , Vol.109,
以下の遭遇地点と
200m 以下の遭遇地点と
衝突事故発生密度の比較
pp.97-pp.103, 2003.12.
(6) 瀧本忠教:海上交通流シミュレーションを用い
た安全対策の評価例 , 海上技術安全研究所報
丸印で示しており、
丸印で示しており、東京港、羽田沖、横浜港及び横
東京港、羽田沖、横浜港及び横
告,第 12 巻第 2 号, pp.35 -49, 2012.
浜沖では、密度が高くなっている海域と丸印の集中
(7) 汪 建・稲石 正明・庄司 るり・柳沼 匠:
している海域の一致が見られる。一方、久里浜沖で
している海域の一致が見られる。一方、 久里浜沖で
AIS 航跡情報を用いた船舶の航行状況の評価に
は、2 章で示したように注意が必要な海域と考えら
,日本 航海学会論文集,第
論文集,第 130 号,
ついて ,日本航海学会
れるが、事故発生密度は低くなっている。このよう
れるが、事故発生密度は低くなっている 。このよう
pp.148-156,2014.6
に、過去の事故発生地点の情報だけでは、表われて
こなかった衝突の危険性のあるエリアが、AIS デー
タを用いて評価することで示せることが分かった 。
4. まとめ
データを用いて東京湾
東京湾の衝突の危険度を評価
の衝突の危険度を評価
AIS データを用いて
した結果、事故発生密度では示すことができなかっ
た海域でも、衝突の危険度を表すことができた。
事故発生地点情報は過去の情報でありそれに現在
の情報である AIS を組み合わせることにより、より
現実的な危険度を示すことができると考えている。
また、前報 (3)と同様に航海計画作成時に予定航路
上の危険度推定する際に
上の危険度推定する際に用いるためには
用いるためには、事故発生
密度から得られる危険度に対し、今回得られた結果
をどのように
をどのように評価するのか
評価するのかさらに検討する必要があ
、本研究では
本研究では、衝突の危険を船舶間の接
危険を船舶間の接
る。そして、
近距離により
近距離により評価したが、交通流から衝突の危険を
評価したが、交通流から衝突の危険を
評価する方法は各種提案されている(6)(7)。今後、 操
直感的に危険を認知できるような 評価方法に
船者が直感的に危険を認知できるような評価方法に
検討をすすめたい。
をすすめたい。
ついても検討
参考文献
(1) 運輸安全委員会:船舶事故ハザードマップ,
7
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
船舶交通環境の新たな危険度評価に関する基礎的研究-Ⅰ.
正会員○月坂明広(中電技術コンサルタント株式会社) 正会員 水井真治(広島商船高等専門学校)
正会員 庄司るり(東京海洋大学) 正会員 山田多津人(海上保安大学校)
要旨
近年の船舶交通環境は、船舶自動識別装置(以下、
「AIS」という。)の普及と共に、当該情報のレーダ等へ
の表示環境が向上している。このことは船舶交通の安全性の向上に繋がっているが、従来型航海計器による
運航船舶が相当数あるため、AIS 搭載船と非搭載船の混在する状況(情報量等に差がある船舶交通環境)に
よる潜在的な危険の存在が危惧される。
本研究はこのような船舶交通環境を前提に、特に小型船舶の多い瀬戸内海において、順中逆西という特殊
な航法を採用する来島海峡航路の西口に着目し、転流時における複雑な交通流や危険な見合い関係を抽出・
解析することにより、情報量が異なる AIS 搭載船と非搭載船の危険度評価手法の開発に向けて、まずは航過
距離の特性に関する簡易的なモデル化を試みたので報告する。
キーワード:交通、海上交通、船舶用レーダによる解析、危険度評価
表1
1.はじめに
空中線部
AIS によるデータ取得・処理が容易であるが故に、
AIS データのみを使用した船舶交通環境の評価・解
析が行われることもあるが、この場合、500 トン未
指示機
満の AIS 非搭載船(今回調査から来島海峡航路西口
では約 7 割が 500 トン未満)
は評価対象にならない。
また、AIS 搭載船と非搭載船では操船者が把握可能
な情報量に差異があることや AIS はレーダ及び目視
使用したレーダの概要
輻射器
水平ビーム幅
垂直ビーム幅
パルス幅
送信出力
表示器
表示解像度
距離精度
レンジ
195cm(回転数 24rpm)
1.2゜
22゜
0.3μs(STC・FTC 断)
12kW
15"カラーLCD
1024×768 ドット
8m またはレンジの 1%
3NM
※STC:海面反射雑音除去、FTC:雨雪反射雑音除去
よりも比較的遠方から他船の探知が可能なため、操
●空中線部
船者の(避航)行動特性が異なることも推測される。
以上から、現在の実海域における船舶交通環境を適
●指示機
レーダ信号
出力
切に評価するためには、レーダによる観測データを
使った評価・解析と共に、AIS 搭載船と非搭載船の
情報環境の差を考慮することも必要であると考える。
本研究では、以上のような情報環境の異なる船舶
●ビデオ信号
が混在する船舶交通環境の危険度評価手法の開発に
図1
向けて、レーダ観測データを基に航過距離特性につ
いて報告する。
2.2
コンバーター
観測システムの構成概要
解析対象海域
対象とした海域は、次の理由から図 2 に示す来島
2. 観測システムの概要等
2.1
●A/D
●ノート PC
JPG 画像
船位情報
海峡航路西口周辺とした。
観測システム
(1) 来島海峡航路西口は、南流時は東航する船舶が
本研究を実施するために X バンドレーダによる船
中水道へ向かうため進路交差が生じ易い。
舶交通の観測システムを新たに開発した。使用した
(2) 宮ノ窪瀬戸等の入出航船もあり、複雑な交通流
X バンドレーダの主要スペック及びシステム概要を
が形成されている。
それぞれ表 1 及び図 1 に示す。本システムは、レー
2.3
ダ映像を JPG 画像として出力・記録するモードと共
解析対象船舶
前節の海域において実施した今回調査(平成 26
に、信号強度に対応するビデオ信号を出力・記録で
年 5 月 28 日 18:00~同年同月 29 日 18:00 までの 24
きる 2 つの異なるモードを持つことに特徴がある。
8
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
時間連続観測)結果のうち、主として AIS の搭載義
種々の調査結果の成果を踏まえたモデルである。
務のない 500 トン未満の船舶を解析対象とした。
4. 考察の概要
対象となる船舶群の内、小さい角度で進路交差す
る 2 船は、反航か横切りかで航法が異なり、相対速
航過距離を規格化し(次式による「規格化した船
力も大きく操船余裕時間が少なくなることから、操
の長さ(Lg)」で割った値の絶対値)
、交差角((180°
船者にとっては困難な状況であると推測できる。
-進路交差角)の絶対値をとり「交差角」とした)
と比較した。この結果を図 3 に示す。
1/2
(𝐿𝑜 2 +𝐿𝑡 2 )
𝐿𝑔 = �
� ・・・・・・(1)
2
ここに、Lo:自船の長さ、Lt:他船の長さ
このため、解析対象船舶のうち、比較的小さな角
度で、かつ、近距離で進路交差した 2 船を抽出し、
航過距離の特性について検討した。
解析対象海域
この結果から、図 3 中の近似式に示すとおり、簡
易的なモデル化が可能と考えられる。
なお、
「港湾投資の評価に関する解説書」(1) には、
行会い船は左右 15°の進路交差角で判断されている
ことから、交差角 15°以上のデータの取り扱い方等、
条件を整理したデータ解析を更に進める必要がある
と考えている。
図2
解析対象海域
3. 解析手法の概要
3.1
進路交差角と航過距離の計算
「港湾投資の評価に関する解説書」(1)によると、5
分以内での進路交差を「出会い」とする考え方もあ
図3
ることから、今回、解析対象船舶の内、2 船の相対
交差角と航過距離の関係
速力との関係から 4,000m 以内(ほぼ、5 分以内で進
5.おわりに
路交差する)で、比較的小さい角度(30°未満)で
進路交差するケースを抽出した。次に、この2 船の
本研究は、情報環境(AIS 利用環境)の異なる船
位置座標から、それぞれ平均進路(deg)及び速力(m/s)
舶が混在する船舶交通環境の危険度評価(または、
を計算し、この平均した進路の差を「進路交差角」
安全性評価)手法の開発に向けて、まずは、レーダ
とした。次に、基準船の平均進路を y 軸、右正横を
観測を実施し、AIS では把握できない小型船舶を含
x 軸とする相対座標に他船の座標位置を変換し、相
む交通流データを収集すると共に、当該データから
手船の相対航跡が x 軸を横切る箇所(y=0)での x
危険度の高い見合い関係にあると推定される 2 船群
座標を求め、「航過距離」とした。
のデータを抽出し解析対象とした。今後、分析デー
3.2
タを増やし、評価モデルの検証を行うと共に、評価
既往研究結果との比較
指標の開発・深化を図る必要があると考えている。
前節で述べた航過距離について、既往研究にある
(2)
(2)
限界航過左右距離 と十分航過左右距離 モデル、
また、衝突危険度算定モデルにおける楕円の短半径
参考文献
を各ケースの状況に合わせて計算し、今回求めた航
(1) 港湾事業評価手法に関する研究委員会編:港湾
過距離と比較評価を行ったが、明確な相関関係は見
投資の評価に関する解説書 2011,p2-16-29,み
出せなかった。ちなみに、前者のモデルは港内操船
なと総合研究財団,2011.7.
環境を想定し、経験豊富な水先人や船長を対象とし
(2) 井上欣三ほか:制限水域における航過距離と隔
たアンケートにより操船者意識をモデル化したもの
離距離に関する操船者意識のモデル化,日本航
であり、後者は前者よりも広い海域を対象とした
海学会論文集,第 90 号,pp.297-306,1994.3.
9
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
我が国の小麦輸入における輸送パターンに関する研究
正会員
正会員
○鈴木 理沙
(広島商船高等専門学校) 正会員
永岩 健一郎 (広島商船高等専門学校)
黒川
久幸(東京海洋大学)
要旨
本研究では我が国の小麦輸入を例に、国際バルク戦略港湾政策で検討されている大型船の投入に向けた港
の集約や連携港湾を活用する際の、具体的な連携の仕方について基礎的な検討を行った。現状では海外から
の穀物輸送船の国内港への輸送パターンは二港揚げが最も多い。よって検討内容を小麦輸入における二港揚
げを対象に、穀物輸送船の代表的な船型に大型化した場合の CO2 排出量の削減効果について検討する。ここ
で、二港揚げについては国内全体で輸入する際のファーストポートを一つに集約する場合と、国内を東・西
二つのエリア別にファーストポートを二つに集約する場合について検討を行う。その結果、より大きな削減
のための対策として初めに大型船の投入を優先させて、その後に輸送パターンの対策として国内港の集約を
エリア別に分けて検討する必要がある事が分かった。
キーワード:物流・海運、CO2 排出量、ドライバルク貨物輸送
1.はじめに
船に関する既存研究は、特定の港湾の航路水深やバ
ース水深に関するものがある(4)(5)。また、国際バル
現在、地球温暖化が問題となっているが、外航海
運による CO2 排出量は IMO の推計によると、約 9 億
トンと言われている
ク戦略港湾政策に関するものとして、鉄鉱石輸送船
(1)(2)
。さらに今後も世界の海上
を対象とした大型船の投入による連携港湾の活用が、
(3)
荷動き量の増加に伴い 、外航海運による CO2 排出
CO2 排出量と物流コストに与える影響について明ら
量はさらに増加し続けると予測されている。よって
かにしたものがある(6)。
外航海運による CO2 排出量の削減は重要である。
しかし、既存研究ではドライバルク船の具体的な
一方、国際バルク戦略港湾政策では物流コスト削
港の集約による輸送パターンの検討はされておらず、
減や CO2 排出量削減のために、船舶の大型化を図る
従って望ましい輸送パターンについての検討はされ
事が目的とされている。そのため、従来産出国の輸
ていない。そこで、本研究では小麦輸入を例に、輸
出港から国内の各港に個別に輸入されていた貨物に
入する際のファーストポートとなる国内港を国内全
ついて、政策では指定する港湾を経由して輸入する
体で一つに集約して二港揚げを行う場合と、ファー
輸送パターンの検討が進められている。しかし、現
ストポートとなる国内港を東・西エリア別に二つに
状では具体的な輸送パターンや船型については十分
集約して二港揚げを行う場合を対象に、大型船を投
な検討が行われてない。
入した際の CO2 排出量削減効果の検討を行う。
そこで本研究では港の集約について基礎的な検
討を行う。具体的には我が国が 9 割以上を輸入に依
3.我が国の小麦輸入の概要
存する小麦輸入を対象とする。我が国に寄港する穀
3.1
我が国の小麦輸入の現状
物輸送船は、国内港への二港揚げという輸送パター
2010 年度の我が国の外国産食糧用小麦の輸入量
ンが最も多い。従って、小麦輸入の二港揚げを例に、
は 4,959,000 トンである(7)。図 1 より輸入相手国別
国内全体の場合と国内を東・西エリア別に分けた場
の輸入量の割合で見ると、アメリカが 58.3%、オー
合を対象として、大型船の投入による CO2 排出量の
ストラリアが 22.1%、カナダが 19.5%である、
削減効果について検討を行う。
続いて、本研究で対象とする小麦の輸出入港につ
いて説明する。海外産出国の輸出港については、農
2.既存研究
林水産省へのヒアリングより、America が Portland
外航海運における CO2 排出量に関する既存研究は、 港、Australia が Fremantle 港、Canada が Vancouver
定期船(コンテナ船)が中心であり、ドライバルク船
港、France が Le Havre 港とした。輸入港について
等の不定期船に関するものは少ない。ドライバルク
は参考文献(8)と国土交通省の港湾調査(2010 年度)
10
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
3.2
より麦の輸入実績のあった 19 港を対象として、下記
我が国の小麦輸入の流通経路
の表 1 に示した。続いて、港湾調査より輸出相手国
外国産食糧用小麦の流通経路は、図 2 に示すよう
別の各輸入港への麦輸入量のデータが得られる。こ
に、政府が国家貿易により一元的に輸入し、需要者
れより、2010 年度の小麦の輸入量推計に、港湾調査
に売り渡している(7)。
また、図 2 より小麦は最終的にパンやめんとして
における麦の各国内港の輸出相手国からの輸入量の
比を乗じて、
本研究で対象とする 4 つの輸出港から、
消費されるために、流通過程において製粉工場をは
各国内港への小麦輸入量とした。これらの推計結果
じめとした各種の加工工程を経ている。主に製粉工
を下記の表 1 に示す。
また、
港湾調査より推計した、
場では小麦粉が製造され、その小麦粉を原料として
海外輸出港別の輸出量を表 2 に示す。
二次加工工場でパン、
めんや菓子が製造されている。
その他
0.1%
カナダ
19.5%
アメリカ
58.3%
オーストラリア
22.1%
出典)参考文献(7)より作成
出典)参考文献(7)より引用
図1
我が国の食糧用小麦の輸出国別輸入量の割合
図2
我が国の食糧用小麦の流通経路
表1
小麦の国内港別輸入量の推計結果
3.3
て
我が国の小麦輸入の輸送パターンについ
港名
輸入量推計(トン)
割合
千葉
神戸
918,091
677,586
18.5%
13.7%
博多
名古屋
596,910
584,519
416,531
12.0%
11.8%
川崎
鹿島
407,379
306,941
横浜
東京
264,452
211,600
大阪
清水
水島
我が国のドライバルク貨物輸入について、
LMIU(Lloyd’s
Marine Intelligence Unit)の船舶
動静データ(2010)より、一般バルカーが海外輸出港
8.4%
8.2%
から日本のどの港に寄港しているかのかについて分
6.2%
5.3%
析した。具体的には、表 1 と表 2 に示した小麦輸入
における輸出港から、国内輸入港に連続で寄港する
130,611
122,684
4.3%
2.6%
2.5%
坂出
小樽
114,979
73,751
2.3%
1.5%
二港揚げや三港揚げが最も多い事が分かった。さら
広島
函館
36,642
36,146
21,070
0.7%
0.7%
に、一部四港揚げや五港揚げも見られた。複数港揚
四日市
仙台塩釜
姫路
新潟
その結果、
一港揚げが必ずしも多いわけではなく、
げにおける輸送パターンの国内港の組み合わせとし
0.4%
0.4%
て、千葉港や神戸港への寄港が多いものの、基本的
0.2%
0.1%
に寄港の輸送パターンが決まっていないことが分か
7,067
4,959,000 100.0%
合計
表2
20,865
11,178
船舶のデータを抽出した。
った。
4. CO2 排出量の推計方法
小麦の輸出港別輸入量の推計結果
港名
輸出量推計(トン)
参考文献(9)より、一つの航路における CO2 排出量
割合
Portland(OR USA)
Fremantle
2,630,327
1,246,874
53%
25%
Vancouver(CAN)
Le Havre
1,080,269
1,530
4,959,000
22%
0%
100%
合計
の算出式を下記の式(1)に示す。式(1)より CO2 排出
量は年間航海日数に 1 日当たりの CO2 排出原単位を
乗じて算出する。
11
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
検討を行った。
(1)
これより、現状の CO2 排出量は、291,080 トンとな
CO2: CO2 排出量[kg-CO2]
った。続いて、船舶の大型化による削減量の検討結
c4: CO2 排出原単位[kg-CO2/年]
果を図 3 に示す。
DST:航海距離[海里]
V:航海速力[海里/年]
1,800
1,600
5. 小麦輸入における輸送パターンの検討
1,400
5.1
1,200
検討の内容
1,000
2007 年における各穀物輸送船の国内での平均寄
800
港回数は、
参考文献(10)より 2.56 回である。そこで、
600
小麦輸入における二港揚げの輸送パターンを対象と
400
する。具体的には、次の二つの場合を対象として、
200
大型船を投入した場合の影響についてそれぞれ検討
0
現状 Handymax
を行う。①国内全体のファーストポートとして輸入
量の最も多い千葉港へ荷揚げした後、その他の 18
図3
の港いずれかで荷揚げを行う二港揚げ②国内を東・
計算結果
Panamax
New Panamax
Capesize
千葉港との二港揚げによる CO2 排出量(トン)
西エリアの二つに分けてそれぞれのエリア別にファ
ーストポートとなる国内港を一つに集約して行う二
図 3 より、千葉港との二港揚げの場合、船型を大
港揚げ (ファーストポート:東エリア・千葉港、西
型化していくにつれて CO2 排出量が減少していく事
エリア・神戸港)について検討する。続いて、大型船
が分かった。具体的には、現状の Handymax から
の投入について説明する。まず、現状の船型と速度
Panamax に大型化した場合は 91,946 トンの CO2 排出
については船舶動静データより、一般バルカーの平
量の削減効果が見込め、New Panamax に大型化した
均船型 36,843DWT、平均速度 15.6 ノットとした。そ
場合は 101,565 トン、Capesize に大型化した場合は
して、大型化については参考文献(10)より、表 3 に
143,741 トンの削減効果が見込める事が分かった。
示す穀物輸送船の平均船型まで大型化をした際の、
(10) よ り 、 Handymax サ イ ズ の 船 型 を 35,000 -
5.3 ファーストポートをエリア別に集約する
場合
54,999DWT としている。これより、現状の船型の
次に、本節では表 4 に示すように、国内を東・西
CO2 排出量の削減効果を検討する。また、同参考文献
36,843DWT を Handymax サイズの基準の大きさとして、 エリアに分けて、エリア別にファーストポートとな
る集約港を分ける。ファーストポートは、東エリア
ここから大型化した場合の検討を行うこととする。
では千葉港、西エリアでは神戸港として、各エリア
表3
における二港揚げを対象に、大型船を投入した場合
穀物輸送船の平均船型
船型Type
Mini
Handy
Handymax
Panamax
New Panamax
Capesize
の CO2 排出量の削減効果について検討を行った。
平均船型(DWT)
14,477
27,957
46,095
70,765
78,308
147,020
表4
東西エリアの対象港
東エリア
集中港
出典)参考文献(10)より作成
5.2
場合
ファーストポートを千葉港に集約する
千葉港
本節では、国内全体のファーストポートとして千
その他の港
川崎港
船を投入した場合の CO2 排出量の削減効果について
12
その他の港
名古屋港
東京港
博多港
横浜港
大阪港
鹿島港
小樽港
神戸港
水島港
清水港
函館港
坂出港
仙台塩釜港
広島港
四日市港
新潟港
葉港を集約港とした場合の二港揚げを対象に、大型
西エリア
集中港
姫路港
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
6. おわりに
まず、現状の CO2 排出量について 5.2 と同様に
本研究では我が国の小麦輸入を例に港の集約に
推計した結果、291,080 トン(東エリア 140,923 トン、
ついて基礎的な検討を行った。その結果、エリア別
西エリア 150,003 トン)となった。
に分けるよりも大型船の投入の方が CO2 排出量の削
続いて、大型船の投入による検討結果を下記の図
減効果が一桁大きいことが分かった。
4 に示す。
従って、CO2 排出量の削減に向けた取組みでは、ま
ず大型船の投入を行い、次に港の集約に関してエリ
350,000
ア別に分けた輸送パターンにする事が有効である事
300,000
が分かった。
250,000
200,000
150,000
参考文献
100,000
(1) International Maritime Organization(IMO):
Second IMO GHG Study 2009, 2009.4
50,000
(2) IMO: PREVENTION OF AIR POLLUTION FROM
0
現状(Handymax)
CO2排出量(トン)合計
Panamax
New Panamax
東エリア CO2排出量(トン)
Capesize
SHIPS ,http://www.imo.org/inCludes/blastD
西エリア CO2排出量(トン)
ataOnly.asp/data_id%3D26047/INF-10.pdf,20
図4
東・西エリア別の二港揚げによる計算結果
09
(3) 公益社団法人
図 4 より 5.2 の結果と同様に船型を大型化してい
荷動き量(出典
日本海事センター:世界の海上
IHS 社),
くにつれて CO2 排出量が減少していく事が分かった。
http://www.jpmac.or.jp/relation/transport
具体的には、
現状の Handymax から Panamax に大型化
_graph/1_1.pdf
した場合は 91,445 トンの CO2 排出量の削減効果が見
(4) 高橋宏直,竹村慎治:国土技術政策総合研究所
込め、New Panamax に大型化した場合は 101,012 ト
資料 No.549 , NILIM-AIS による大型バルク船
ン、Capesize に大型化した場合は 142,959 トンの削
の複数寄港実績に関する分析,2009.12
(5) 高橋宏直,竹村慎治:国土技術政策総合研究所
減効果が見込める事が分かった。
次に、千葉港との二港揚げと比較すると下記の表
資料 No.588, NILIM-AIS によるバルク船(トウ
5 よりエリア別の港の集約のほうがより大きな削減
モロコシ、石炭、鉄鉱石)入港時の喫水実態に
効果がある事が分かった。
関する分析,2010.3
(6) 鈴木理沙,黒川久幸,鶴田三郎:我が国のドライ
表 5 千葉港との二港揚げと東・西エリア別の二港
バルク港湾における政策効果の検証に関する
揚げの CO2 排出量の差(トン)
研
現状 Handymax
Panamax
New Panamax
Capesize
究
,
日
本
航
海
学
会
論
文
集,Vol.127,pp.181-188,2012.9
千葉との 東・西エリア 千葉との二港揚げとエ
二港揚げ 別の二港揚げ リア別の二港揚げの差
292,751
291,080
1,672
200,806
199,634
1,172
191,187
190,067
1,119
149,011
148,121
890
(7) 農林水産省:麦の需給に関する見通し,平成 24
年 3 月,
http://www.maff.go.jp/j/seisan/boueki/mug
i_zyukyuu/pdf/24_mitoushi.pdf
5.4
考察
(8) 農林水産省総合食料局:図解
5.2 と 5.3 より、輸送パターンの決め方よりも船
今後の麦政策の
あり方,平成 18 年 3 月発行
舶の大型化の方が CO2 排出量の削減に大きな効果が
(9) 赤倉康寛,瀬間基広:国土技術政策総合研究所
ある事が分かった。さらに二港揚げについては、エ
資料 No.560,我が国へのドライバルク貨物輸送
リアを分けた方がより CO2 排出量削減に効果がある
の効率化に向けた一考察,2009.12
事が分かった。
(10) 赤倉康寛,二田義規,渡部富博:国土技術政策総
よって、CO2 排出量削減のためには大型船の投入を
合研究所資料 No.525 , 北東アジアにおける三
優先させて、その後に輸送パターンについてエリア
大バルク貨物の輸送動向の分析,2009.3
を分けて港を集約する必要がある事が分かった。
13
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
中国の原油輸入における船隊及び港の整備に関する研究
学生会員○咸 暁黎(東京海洋大学大学院) 正会員 黒川 久幸(東京海洋大学)
要旨
中国の原油輸入は、高度経済成長の波に乗って急激な伸びを示し、2004 年から 2014 年の 10 年間で約 2 億
トンも増加した。原油輸入量が大幅に増加している一方、中国籍のタンカーは小型老朽船が多く、安定した
原油輸入を担えるだけの十分な船隊規模が確保されていない。そこで中国政府は、
「国油国運」という方針を
提唱し、原油輸送の国際競争力を高めるために、2015 年までに原油輸入量の 85%を中国自らのタンカーを用
いて輸送する目標を掲げた。しかし、具体的な整備すべき船型や隻数について示しておらず、船社と荷主(石
油企業)はバラバラで新造船の建造を行っており、需給のバランスが崩れている。さらには、自国籍のタン
カーに乗船する中国人船員の確保も必要であるが、船員供給は厳しい現状となっている。
そこで本研究では、中国の原油輸入における必要な船隊及び船員数を明らかにすることを目的とする。具
体的には、港湾の水深から就航可能な船型を考慮して原油輸入に必要な隻数を検討する。検討の結果、現状
の原油輸入において必要な隻数が 144 隻、船員数が 8,640 人となることが分かった。
キーワード:物流・海運、原油輸入、船隊規模、港湾整備
1.はじめに
2.中国の原油輸入の現状
2.1
原油は国民生活と経済活動の基盤となる資源で
中国の原油輸入量
あり、中国の経済発展に伴って輸入量が急増してい
近年、中国経済の発展に伴い中国の原油輸入量が
る。中国海関の原油輸入の統計データによれば、2004
増加している。中国海関の原油輸入の統計データよ
年から 2014 年の 10 年間で約 2 億トンも増加した。
り、2003 年以降、中国の原油輸入量が年々伸びてお
一方で、中国籍のタンカーは小型老朽船が多く、安
り、2003 年に 9,000 万トンであった輸入量は、2014
定した原油輸入を担えるだけの十分な船隊規模が確
年には 3.1 億トンに達し、約 2 億トンも増加した。
保されていない。そこで中国政府は、
「国油国運」と
中国における原油の輸入依存率は 2003 年の約 40%
いう方針を提唱し、原油輸送の国際競争力を高める
から増加し続け、2014 年は約 60%に達した。この巨
ために、2015 年までに原油輸入量の 85%
(1)
大な原油需要が今後数年間で更に増加する見通しで
を中国
ある。なお、2014 年においては、中東からの輸入量
自らのタンカーを用いて輸送する目標を掲げた。
が一番多く、全体の輸入量の約 52%を占めており、
しかし、具体的な整備すべき船型や隻数について
中国政府は示しておらず、船社と荷主(石油企業)
アフリカと南アメリカからの輸入量は全体の 22%
はバラバラで新造船の建造を行っており、需給のバ
と 11%を占めている。
2.2
(2)
ランスが崩れている 。これにより、船腹過剰の状
(2)
中国の原油輸入における輸送方法
態となり、船会社の収益は悪化している 。そのた
中国の原油輸入においては、海上輸送、鉄道輸送
め、中国船主協会は荷主が船隊を編成することに反
及びパイプラインの 3 つの輸送方法がある(4)。この
対を表明しているが、この件について中国政府は特
うち、中東やアフリカなどからの海上輸送による輸
(2)
に意見を発表していない 。さらには、自国籍のタ
入量が最も多く、全体の 90%以上を占めている。そ
ンカーに乗船する中国人船員の確保も必要であるが、
して、残りの大部分がロシアやカザフスタンなどの
船員供給は厳しい現状となっている
(3)
隣国からパイプラインによる輸送で、鉄道輸送は殆
。
ど無い(4)。
そこで本研究では、中国の原油輸入における必要
な船隊及び船員数を明らかにすることを目的とする。
なお、海上輸送における主な原油輸入の航路は、
具体的には、就航するタンカーの喫水と港湾の水深
中東航路、東南アジア航路、アフリカ航路、そして
から就航可能な船型を考慮して原油輸入に必要な隻
南アメリカ航路の 4 つの航路である(5)。
数及び船員数を検討する。また、就航するタンカー
2.3
の船型から港湾の浚渫についても考察を行う。
輸出入港と入港可能船型
各港湾のホームページから入港可能な船型を調
14
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
2.5
査した。その結果、中国の主な輸入港は 11 港あり、
すべて VLCC の大型船の入港が可能である。
これに対
船員の供給能力
現在、中国においては船員不足が懸念されており、
して輸出港の入港可能な船型は地域によって異なっ
原油を自国のタンカーで輸入するための中国人船員
ている。中東は主な輸出港が 6 港あり、すべて大型
の確保が必要となっている。
の ULCC が入港可能で、アフリカは 1 港が ULCC、2
船員数に関する統計データが存在しないため、参
港が VLCC、1 港が Suezmax である。南アメリカは 1
考として『2013 年度の中国船員信息公告』より船員
港が ULCC で、1 港が Suezmax である。そして、東南
免許の保有者数でみると、2013 年の中国における免
アジアは水深が浅く、2 港が Suezmax の船舶の入港
許保有者数は 57 万人で、その内、内航が 15 万人、
となっている。
外航が 42 万人である。また、タンカーに乗船が可能
2.4
な免許保有者数は、内航が 3.7 万人、外航が 4.5 万
中国の原油輸送能力
人となっている。
原油輸入量が大幅に増加している一方で、中国籍
船による原油の輸入量は極僅かとなっている。2006
中国において、船員の教育機関は 74 ヶ所あり、
年の中国籍のタンカーの輸送量は 600〜700 万トン
毎年の卒業生は約 6,450 人で、この内の 85%の卒業
で、中国に輸入される輸送量の僅か 2.6%に留まっ
生が海運界に就職している(8)。しかし、『2015 年交
ている(6)。したがって、中国は原油輸入のその殆ど
通専門人材需求予測及び交通教育発展戦略研究』に
を外国籍船に依存している。一方で、日本やアメリ
おいて、毎年、高級船員数を 1 万人補充しなければ
カなどの先進国においては、原油輸入量の約 80%以
ならないと指摘されており、船員が不足している。
上を自国の船社のタンカーで輸送している(7)。
今後の輸入量の増大を考慮すると、船員の供給は
厳しい現状である。
このため中国政府は、「国油国運」という方針を
提唱し、自国籍船による安定した原油輸入を行うた
めに、自国籍タンカー船隊の拡大を掲げた(1)。これ
3.必要な隻数と船員数の算出式
により、中国船会社は VLCC を大量に発注して市場に
3.1
投入し、2010 年には原油輸入量の 40%を輸送できる
原油を輸送するために必要な船舶の就航隻数を
(7)
ようになった
必要隻数の算出式
。そして中国政府は、2015 年までに
次のように算出する。なお、1 サイクルの航海日数
原油輸入量の 85%を中国自らのタンカーで輸送す
とは、輸出港から原油を輸入し、輸入港で原油を荷
るという目標を設定している。
揚げした後、また、輸出港に戻るまでの航海と停泊
に要する日数の合計である。
さらに、2014 年 9 月には中国の国務院が『海運業
界における健康発展の促進の若干意見』を発表した。
D
f×w
f = Q/CT
これにより、中国の海運業界においては、原油輸送
N=
の船隊規模を合理的に拡張し、船型構造を合理的に
最適化することが求められている。また、中遠グル
ープ(大連遠洋)
、中海グループ、招商グループと長
航グループという四つの国営船社が「国油国運」の
N:必要隻数(隻)
輸送対象として選ばれた。
D:原油の輸送量(トン/年)
表 1 に 2015 年 2 月の時点までの中国の主要船社
f:年間の最大輸送回数(1/年)
のタンカー船隊の構成を示す。表より、中国の主要
W:輸送能力(トン/隻)
船社が保有する 4 種類の船型の合計隻数は 117 隻で
Q:年間の就航可能日数(日/年)
ある。その内、VLCC の隻数が一番多く、全体の約 61%
CT:1 サイクルの航海日数(日)
を占めている。
3.2
表1
中国における主要船社のタンカー船隊の構成
船型
大連遠洋 中海油輪 長航油輪 招商能源 大連海昌
VLCC
23
16
28
4
Suezmax
3
Aframax
3
7
1
6
Panamax
10
14
2
合計
39
37
3
34
4
合計
71
3
17
26
117
必要船員数の算出式
必要な船員数を次のように算出する。なお、参考
文献(9)より、船型により船員数があまり変わらな
比率
61%
3%
15%
22%
100%
いため、1 隻あたりの乗船する船員数を 30 人とした。
また、船員は休暇があるため、余裕船員数を持って
いなければならない。中国においては年間 6 ヶ月乗
出典:各船社のホームページとヒアリングより作成
15
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
船、6 ヶ月の休暇となっている場合が多いため、1
能日数を 340(日/年)とした。また、
『New Worldwide
隻あたりの必要船員数は 2 倍となる。したがって、1
Tanker Nominal Freight Scale』により、1 港揚の
隻あたりの船員数を 60 人とした。
場合の停泊日数を往復で 3 日とした。
P=N×S
5.必要隻数及び必要船員数の検討
N:必要隻数(隻)
隻数と船員数を推計する。そして、中国の船社が保
S:1 隻あたりの船員数(人/隻)
有している現状の隻数と比較し、今後の船隊の整備
5.1
P:必要船員数(人)
検討内容
輸出入港の水深制約を考慮した船型毎の必要な
について検討を行う。
4.検討で用いるデータ
4.1
また、原油を安価に輸入するための手段の一つと
対象航路
して船舶の大型化が考えられる。そこで、船舶の大
中国においては、原油を中東、アフリカ、南アフ
型化の検討として、船型を ULCC、VLCC と Suezmax
リカと東南アジアの 4 つの地域から輸入している。
の 3 種類とした場合の必要隻数及び必要船員数を推
したがって本研究では、これら 4 つの地域の中で輸
計する。
さらに、船舶の大型化に対応するための港湾の浚
出量が多い 5 つの国を対象とし、各国からの原油輸
渫についても検討を行う。
入で用いられる航路を対象航路とする。
5.2
対象とした各航路の航海距離と輸送量を表 2 に示
す。航海距離は BLM-Shipping により求めた。また、
必要隻数と必要船員数の算出結果
対象とする輸出入港はそれぞれ水深が異なって
輸出港と輸入港を結ぶ各航路上の輸送量を示すデー
おり、入港可能な船型が異なっている。そこでこの
タは存在しない。そこで、中国海関の原油輸入デー
水深の制約を考慮し、各航路において就航可能な最
タから、2014 年の各輸出国からの原油輸入量の合計
大船型とした場合の必要隻数を表 4 に示す。
を算出し、各航路における輸送量を推計した。
表 4 より、必要隻数は 144 隻で、その内訳は、VLCC
また、中国政府が掲げる原油輸入量の 85%を自国
が最も多く 109 隻、次に Suezmax が 35 隻となってい
籍船で輸送する目標を達成するための必要隻数を算
る。これに対して現状の中国船会社が保有するタン
出するために、上記で求めた輸送量にさらに 85%を
カーは、VLCC が 71 隻、Suezmax が 3 隻、Aframax が
乗じた値を用いることとした(表 2)
。
17 隻、Panamax が 26 隻となっている。
したがって、現状は小型のタンカーが多く、これ
表2
航路毎の航海距離と推計した需要量
輸出国
サウジアラビア
アンゴラ
インドネシア
ベネズエラ
イラン
輸出港
RAS TANNURAH
CABINDA
DUMAI
PUERTO CABELLO
KHARG ISLAND
らの船舶を大型化していくことが必要であることが
分かった。隻数の差からは、VLCC と Suezmax を合計
輸入港
距離(海里) 輸送量(万トン)
QINGDAO
6,200
10,270
DALIAN
9,850
6,757
NINGBO
1,500
214
NINGBO
9,400
3,293
MAOMING
5,100
5,679
で 70 隻増やす必要がある。
なお、近年アフリカからの原油輸入量が増加し続
けている。多くの輸出港に大型船が入港できるが、
例えば、中国への原油輸出量が最も多いアンゴラの
4.2
対象船舶
Cabinda 港に入港できる最大船型は Suezmax である。
このことから、Suezmax のタンカーをより多く保有
対象とするタンカーの概要を表 3 に示す。
する必要があると言える。
表3
対象とするタンカーの概要
船型
ULCC
VLCC
Suezmax
Aframax
Panamax
4.3
表4
積載量の範囲(万DWT) 速力(kn) 燃料消費量(t/d) 喫水(m)
3215.4
206.1
23.2
20-32
15.4
112
20.4
12-20
15.2
76.5
16.5
8-12
14.9
53.8
13.9
6-8
15.2
49.6
12.9
必要隻数と現状の隻数の比較
船型
ULCC
VLCC
Suezmax
Aframax
Panamax
合計
就航可能日数と停泊日数
参考文献(10)により、タンカーの年間の就航可
16
必要隻数
0
109
35
0
0
144
現状の隻数
0
71
3
17
26
117
差
0
38
32
-17
-26
27
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
表5
なお、必要隻数に対する必要船員数は、1 隻あた
り 60 人必要なことから 3.2 節の算出式より 8,640
船舶を大型化した場合の必要な隻数と船員数
船型
必要隻数(隻)
必要船員数(人)
人となっている。この内、毎年退職や死亡などによ
り 2%、さらに、転職などにより 3%の船員が減少し、
制約あり
144
8,640
Suezmax
213
12,780
VLCC
113
6,780
ULCC
87
5,220
合計で 5%となっている(3)。したがって、毎年補充
6.おわりに
が必要となる船員数は、432 人となる。
これは毎年船会社に就職する船員数(約 5,480 人)
本研究では、中国の原油輸入を対象に輸入に必要
の約 1 割に相当する。鉄鉱石等の原油以外の貨物の
な隻数と船員数を推計した。そして、安定的な自国
輸入量も急増している状況からすると船員の不足が
籍船による原油輸入を実現するために必要な隻数と
懸念される。
して、144 隻必要であることを求めた。その結果、
5.3 船舶の大型化が必要隻数と必要船員数に
与える影響
VLCC と Suezmax を中心に 70 隻増やす必要があるこ
とを示した。また、必要な船員数として、8,640 人
表 5 に、就航するタンカーの船型を全て Suezmax、
必要であることを求めた。これより、離職者などを
VLCC、ULCC とした場合の必要隻数と必要船員数の算
補充するために、毎年 432 人を補充しなければなら
出結果を示す。
ず、現状の船員教育では船員が不足する懸念がある
ことを指摘した。
表 5 より、必要隻数は、Suezmax が 213 隻、VLCC
が 113 隻、
そして ULCC が 87 隻となっている。また、
必要船員数は、Suezmax が 12,780 人、VLCC が 6,780
参考文献
人、ULCC が 5,220 人となっていることが分かる。当
(1) 中国海事服務网:国油国運的囲城と突囲,
然の結果であるが、船舶が大型化するに従って、必
http://www.cnss.com.cn/html/2013/hysczhgc
要隻数及び必要船員数ともに少なくなっている。こ
_0319/96795.html,2015.03.31
れが大型化によるコスト削減の理由の一つとなって
(2) 网易財経:航運会社発力‘国油国運',
いる。
http://money.163.com/special/view270/,
しかし、船舶の大型化を実現するためには港湾の
2015.02.09
浚渫等が必要となる。特に、浚渫が必要な輸出港に
(3) 李勇,趙玉良:中国船員現状分析及び発展対策,
ついては、他国に関する事項であり実現させること
航海教育研究,Vol.25,No.4,2008
が難しい。そのため今後の課題であるが、アフリカ
(4) 馬桂瑛:中国石油輸入海運路径安全的思考,東
や南アメリカの一部の大型船が入港できない港は、
南亜縦横,NO.8,2007
船舶間貨物油積替や他の大水深港を中継の備蓄港と
(5) 王晶,唐麗敏:海運経済地理,大連海事大学出
して利用し、この大水深港と中国の輸入港の間を大
版社,1999:1-19.
型船で輸送することなどを検討する必要がある。
(6) 国内能源:中国輸入石油海運之憂,
さらに、ULCC まで大型化すると、東南アジア以外
http://www.360doc.com/content/12/0617/14/
の輸出地域において、ULCC が入港できる一方、中国
7816608_218686451.shtml,2015.03.31
の輸入港は浚渫する必要がある。VLCC と比較すると、
(7) Marine Circle:油輪行業研究之国油国運,
ULCC の喫水は 3m深くなる。しかし、幸いにも中国
http://www.marinecircle.com/news/detail.j
の原油輸入港は天然の大水深の沿海に配置されおり、
sp,2015.02.16
自然条件が良く、浚渫は可能と考えられる。
(8) 中国水運報:健全船員権益保障機制勢在必行,
最後に、必要船員数は大型化に伴って少人数化が
http://epaper.zgsyb.com/html/2012-03/12/c
図られ、少ない人数となっている。例えば、先に述
ontent_34289.htm
べたように VLCC を用いた場合の必要船員数は 6,780
(9) 謝新連,藤亜輝,高峰,吴子恒,吴金平,鄧華:
人、ULCC は 5,220 人である。したがって、毎年の補
輸入原油運輸船型経済性分析,中国航海,No.48,
充すべき船員数は 339 人と 261 人となる。これによ
June,2001
り、船舶の大型化は船員数不足の綬和策としても有
(10) 謝新連,桑惠雲,楊秋平,趙家保:中国輸入原
効といえる。
油運輸船隊規模案例,系統工程理論及び実践,
Vol.33,No.6,June,2013
17
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
本船荷役のパターン区分を考慮した
ヤードトレーラー動的運用の効果
正会員 〇西村 悦子(神戸大学)
非会員 山下 太郎(神戸大学海事科学部)
要旨
コンテナ船の大型化に伴い、コンテナターミナルではさらなる高度な運用方法が求められている。本研究
では、ヤードトレーラーの運用方法に着目し、これをコントロールする方法について提案する。特に同時期
に本船荷役を行う岸壁クレーン間で各々の作業状態の組合せが作業効率にどのように影響するかを調べる。
計算結果より、稼働中の QC 数や配置場所の組合せによって効果は異なり、特に陸揚げ作業と船積み作業が
隣り合うケースで提案する方法の効果が高いことがわかった。
キーワード:物流・海運、コンテナターミナル、ヤードトレーラー
1. はじめに
そこでより精緻な分析を行うことを目的とする。
2006 年に 10,000TEU 超のコンテナ船が登場して
2. 関連研究における本研究の位置づけ
から、ますます巨大化しており、2014 年 12 月には
CSCL Globe(19100TEU 積み)、2015 年 1 月には MSC
コンテナターミナルを対象に、ビークルスケジュ
(1)
Oscar (19224TEU 積み)が運用を開始している 。
ーリングに関する研究で最も多く研究者が取り扱っ
この大型化の効果を発揮するためにも、寄港地で
ているのは、Automated Guided Vehicle(AGV)であ
一度にやって来る膨大なコンテナを、スムーズに 2
る。また荷役機器であるストラドルキャリアは、荷
次輸送網への接続できることが重要となる。このよ
役作業と搬送作業の両方が行えること、Rubber Tyred
うな超大型船が寄港するハブ港湾では、当該船が優
Gantry crane(RTG)や Rail Mounted Gantry crane
先度をもって船の係留位置は決定されるが、不在の
(RMG)においては搬送作業をヤードトレーラーに
時期には他船や接続のためのフィーダー船が利用す
任せ、荷役の部分を担当することから、可動範囲が
ることがあり、マルチユーザターミナル(MUT)と
異なる。そこで、各荷役機器の特徴を生かしながら
しての利用が必要となる。
モデル化するケースは多い。
実際の現場で、ドライバー・オペレータが常駐す
また国内の動きとして、国土交通省の施策には
(2)
「国際コンテナ戦略港湾」政策 がある。ここでは
る場合には、彼らの経験的な判断に依存するが、自
民間の視点を取り入れて、戦略的に一体運営の実現
動化を想定する場合、荷役の作業手順をスケジュー
を図っており、具体的には従来 1~2 バースを船会社
リング・ソフトウェアに頼ることも期待されている
が専用ターミナルとして借り受け運用を行ってきた
ことから、AGV やその他の荷役機器の場合も自動化
が、3 バース以上の複数バースを複数の船会社で利
(無人化)を目標として、各種スケジューリング・
用する MUT としての利用を考え、低廉化と取扱い
アルゴリズムが提案されている。
本研究では、有人であり、従来から RTG や RMG
貨物量の増加を期待している。
MUT として利用する場合、必ずしも船の係留位置
で使用されている、ヤードトレーラーの最適スケジ
がコンテナの保管場所の背後である必要がないとい
ューリングを考え、車載端末を利用した作業指示を
うのが特徴である。したがって、なるべく両者を近
効果的に行うことを目標とする。以下では、既往の
くなるように配置するか、そうならない場合、他の
関連研究のうち、ヤードトレーラーに関するものを
方法で荷役時間延長を抑える工夫が必要となる。
紹介する。
Nishimura ら(3)は、従来運用では岸壁クレーン(QC)
そこで本研究では、ヤードトレーラーの運用方法
に着目する。すでに先行研究(3)において、効果的に
1 基に対し、ヤードトレーラーが複数台割り当てら
コントロールする方法を提案しているが、どのよう
れ、QC 下~ヤードクレーン下をピストン輸送され
な状況下で効果があるのかについて検討していない。
ており、船社専用ターミナルのように、船の係留位
18
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
置の背後にコンテナが必ず保管されることが保障さ
れる場合には、十分対応可能である。しかし、MUT
を前提にすると、必ずしも船の係留位置とコンテナ
の保管場所が近いとは限らない。従来運用を前提と
してこの問題に対処するには、移動距離が離れた場
合には単純に各 QC に割当てるヤードトレーラー数
を増やせば済む。しかし、ヤード内の交通混雑が発
生することが想定されること、ドライバー数も増え
(a) 従来の運用方法
るためコスト増につながると考えられる。そこで、
複数の QC に対し、複数のヤードトレーラーを動的
に割当て、柔軟に運用する方法を提案している。な
お QC 下、またはヤードクレーン下でのコンテナ受
け渡しにかかる時間のずれ(遅れ)は考慮せず、両
クレーン下に到着するとすぐに次の地点に移動でき
ると仮定されている。
また Lee ら(4)は、ヤード内でのコンテナ受け渡し
にかかる荷役時間のずれを考慮しているのが特徴で
図1
(b) 動的運用
本問題の考え方
ある。Nishimura ら(3)と同様に、ヤードトレーラーを
QC に動的に割当てて効率的な運用方法を提案して
運用を示すが、例えば QC1 で船積みするコンテナは
いる。荷役すべきコンテナ数を所与とし、すべての
ヤード内の“地点□”に保管されると仮定する。QC
荷役が完了する時刻を最小化している。複数の解法
下から空車の状態で点線に沿ってヤード内の“地点
アルゴリズムを提案し、解の精度を比較している。
□”まで移動し、コンテナを受け取って、QC 下ま
Tang ら
(5)
で実線に沿ってコンテナを搬送する。QC2 のように
では、QC のスケジュールに合わせて、
トラックのスケジュール立案を効果的に行っている。
陸揚げ作業の場合は、QC 下でコンテナを受け取り、
QC の割当と各 QC の作業スケジュールの立案を行
ヤード内の“地点●”まで実線に沿ってコンテナを
い、同時にトラックの割当と各トラックの作業スケ
搬送し、ヤード内でヤードクレーンがコンテナを取
ジュールの立案を行っている。それぞれにタイムラ
り上げた後、空車で点線に沿って同じ QC2 に戻る。
グが生じると待ち時間が発生するため、この時間も
QC3 と QC4 も同様である。
図 1(a)からわかるように、QC 下とヤード内の保管
抑えるために、全対象コンテナの作業完了時刻を最
場所間でヤードトレーラーがコンテナを往復輸送す
小化している。
本研究においては、Nishimura ら と同様にヤード
るが、往路もしくは復路のいずれかは空車となる。
トレーラーを動的に運用する方法を考え、特に QC
そこで空車での移動を抑えるために図 1(b)のような
の荷役状況(陸揚げ荷役、船積み荷役)に着目し、
動的運用を考える。QC1 と QC2 のヤードトレーラ
稼働 QC 数におけるそれぞれの割合や隣り合う QC
ーの空車移動を黒色点線のようにリンクすることで、
の作業の組合せにおける傾向を明らかにする。
従来運用よりも移動距離が短くなっているのがわか
(3)
る。本問題では図 1(b)のように、複数の QC にヤー
3. 問題の概要
ドトレーラーを割当て、運用することを考える。
3.1
3.2
本問題の考え方
目的関数と制約条件
本問題の考え方について説明する。図 1 に QC4
目的関数は、ヤードトレーラーの総走行距離の最
基が荷役中であり、図の左から順に、船積み、陸揚
小化とする。制約条件は、各 QC 下地点とヤードク
げ、陸揚げ、陸揚げ作業中である状況を示している。
レーン下の地点には 1 回のみ訪問できることにする。
各 QC で陸揚げもしくは船積みされるコンテナはそ
当該ヤードトレーラーがある地点を訪問するとき、
れぞれヤード内にある QC 地点と同じマーカーの地
ヤードトレーラー上の容量を越えないことを条件と
点に保管され、地点間の実線はコンテナ搬送を、点
する。また各地点に訪問するヤードトレーラーは 1
線は空車での移動を意味している。図 1(a)には従来
台のみとし、当該 QC 下の地点と、そのコンテナを
19
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
保管するヤード内の地点とは同一のヤードトレーラ
初期設定:T=初期温度、M=パラメータ更新回数
α=冷却率、β=定数、TIME=0
ーが担当する。陸揚げ作業では QC 下が先、船積み
初期解の生成、目的関数値の計算
作業ではヤード内地点を先に訪問するという訪問順
現在の解=初期解、最良解=現在の解
の先行制約も必要となる。
Iter=1
4. 解法
近似解(新しい解)の生成、目的関数値の計算
本研究では、焼きなまし法(SA)(6)を利用して近
Δcost=新しい解の値-現在の解の値
似解を求めることとした。ここでは、SA の処理と
解の表現方法について述べる。
4.1
No
Δcost < 0
SA 全体の処理手順
Yes
Yes
SA の代表的な特徴の一つは、評価値が改善され
現在の解=新しい解、目的関数値の計算
る解を採択することに加えて、ある制限のもとで評
価値が悪化する解も採択することである。SA の大
Yes
新しい解の値
< 最良解
No
きな特徴は、それが効率的で頑健であることにある。
また SA は、初期の構成には依らず、高品質な解を
最良解=新しい解、
最良解の値を更新
Iter=Iter+1
求めることができる。さらに、プログラム化も比較
No
Iter > M
的容易であることも当該研究で採択した理由の一つ
Yes
である。図 2 にフローを示す。
4.2
No
0-1乱数 <
exp(-Δcost/T)
Time=Time+M、T=αT、M=βM
解の表現方法
No
図 3 は、トレーラー容量 3 とする場合における解
Time≧総処理時間
Yes
の表現方法の例である。地点番号下の貨物量は、そ
停止
の地点を訪問した際のコンテナの増減個数を表す。
図2
解の表現方法は、地点をランダムに並べ、左から順
SA のフロー
に訪問順と解釈する。ただし容量制約、先行順序制
揚げ荷役
積み荷役
積み荷役
約等満足しない地点はとばして訪問する。ここでの
岸壁クレーンA
岸壁クレーンB
岸壁クレーンC
先行順序制約は、揚げ荷役を行う岸壁クレーン A に
地点
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10 11 12
対応する地点では、地点 2、3 と 4 より先に地点 1
増減貨物量
3
-1
-1
-1
-3
1
1
1
-3
1
訪問順
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10 11 12
1
1
を、積み荷役を行う岸壁クレーン B と C に対応する
地点では、地点 5 より先に地点 6、7 と 8 を、地点 9
より先に地点 10、11 と 12 を先に訪問しなければな
個体表現
1
8
3
10
7
4
2
12 11
9
6
5
貨物量
3
1
-1
1
1
-1
-1
1
1
-3
1
-3
(積載量の変化)
3
4×
2
3
4×
1 -2×
巡回路1
1
3
10
(積載量の変化)
-
-
-
らない。これらの判別を解の左端から右端の地点ま
で行い、それを 1 つの巡回路とする。このように解
表現の 1 つ目の巡回路作成し、1 つ目でとばされた
地点の中から、同様に新たな巡回路を作成する。本
巡回路2
1
8
2
2
1
2
3
0
4
2
12 11
9
-
-
-
-
7
-
3
0
6
5
事例では、順路 1 と 2 が形成されると解釈する。
4.3
近傍解の生成方法
図3
解の表現方法と解釈
現在の解の中からランダムに異なる 2 地点を選択
する。また選択した 2 地点が特定の QC に対応する
に用意し、QC の作業状況を 5 パターン、各々に対
QC 下の地点とヤード内の地点であるときは、一方
して保管場所を 5 パターン、合計 25 ケースの荷役状
を再度選択する。このような制約を満たしつつ、選
況を用意して数値実験を行う。
択された 2 地点を入れ替えることで近傍解を得る。
(1) トレーラーの容量
トレーラー容量は、一度にコンテナを 1 個のみ積
5. 数値実験
載できるケースと、3 個まで積載できるケースの 2
5.1
ケースを想定する。
使用データの概要
(2) 稼働 QC 数
問題の規模等に関係する項目を、以下に示すよう
20
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
0
移動距離短縮率(%)
10
20
た最良解が必ずしも従来運用と比較し、改善されて
30
いないケースも考えられる。そこで、初期解をラン
揚げ積み組合せ
●●●●
○○○○
○○●○
○○○●
●○●●
○●●●
○●○●
○○●●
ダムに生成する場合だけでなく、従来運用を初期解
とする場合も検討する。
5.2
図 4 に容量 1 の場合での移動距離短縮率(%)を
示す。QC4 基の場合、陸揚げ荷役と船積み荷役が交
初期解=従来運用
初期解=ランダム
互に配置される場合に効果が大きく、5~8%程度で
(a) QC4 基稼働する場合
揚げ積み組合せ
0
あるのがわかる。QC6 基の場合、4 基の場合と比べ、
移動距離短縮率(%)
10
20
組合せが多くなるが同様の傾向があり、8~12%程度
30
で、特に 1 基ずつ交互に配置されるときに効果が大
●●●●●●
○○○○○○
○○●○○●
○○●●○○
○○○○●●
○●●○●●
●●○○●●
○○●●●●
○●○●○●
○○●○●●
○○○●●●
きい。QC8 基には、QC 数が多いせいか、全てが陸
揚げもしくは船積みであるケース以外は、9~16%の
短縮効果があることがわかる。また初期解の違いで
は大差がないことが分かった。
6. おわりに
初期解=従来運用
初期解=ランダム
コンテナ船の巨大化と近隣諸国のコンテナ港湾
(b) QC6 基稼働する場合
の発展が著しい中で、国土交通省は日本のコンテナ
移動距離短縮率(%)
揚げ積み組合せ
0
10
20
港湾の競争力向上を目的に国際戦略コンテナ港湾を
30
指定している。その一方策として、複数バースを一
●●●●●●●●
○○○○○○○○
○○○●○○○●
○○●●○○○○
○○○○○○●●
○●●●○●●●
●●○○●●●●
○○●●●●●●
○●○●○●○●
○○●●○○●●
○○○○●●●●
初期解=従来運用
括管理するマルチユーザターミナル(MUT)の重要
性が指摘されている。そこで MUT を前提とした、
ヤードトレーラーの効果的な運用方法を検討した。
計算結果より、稼働 QC 数やその荷役状況の組合せ
で、提案する方法の効果が異なることがわかった。
初期解=ランダム
参考文献
(c) QC8 基稼働する場合
〇陸揚げ荷役
図4
計算結果
(1) Lloyd’s List の Web サイト(http://www.lloydslist.
●船積み荷役
com/ll/news/article453843.ece
(2015 年 3 月 13 日))
(2) 国土交通省の Web サイト(http://www.mlit.co.jp/
容量 1 個の場合での距離短縮効果
kowan_tk2_000002.html(2015 年 3 月 13 日)
)
作業状態の変化に応じて、ある時点でのターミナ
(3) Nishimura, E., Imai, A., Papadimitriou, S., 2005.
ル内の荷役中の QC 数は異なる。そこであらかじめ、
Yard trailer routing at a maritime container terminal,
全 QC 中の 4 基、6 基、または 8 基が同時に稼働し
Transportation Research Part E, Vol.41, 53-76.
ていることを仮定し、稼働 QC 数やその作業組合せ
(4) Lee, L., Chew, E., Tan, K., Wang, Y., 2010. Vehicle
によって計算結果にどのように影響するかを検討す
dispatching algorithms for container transshipment
る。稼働 QC4 基の時には 8 パターン、6 基と 8 基の
hubs, OR Spectrum, Vol.32 (3), 663-685.
ときには、それぞれ 11 パターンの計 30 パターンを
(5) Tang, L., Zhao, J., Liu, J., 2014. Modelling and
用意する。
solution of the joint quay crane and truck
(3) 初期解の生成方法
scheduling
初期解の生成方法をランダムに生成する場合と、
problem,
European
Journal
of
Operational Research, Vol.236, 978-990.
従来運用に指定してから解の探索を行う 2 ケースを
(6) Sait, S.M., Youssef, H. (白石洋一訳), 組合せ最
想定する。コンテナを QC の背後スペースに保管す
適化アルゴリズムの最新手法-基礎から工学
る際など荷役状況によっては、探索によって得られ
応用まで-, 丸善, 2002, 43-67.
21
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
燃料油価格高騰下における内航コンテナ船
大型化の経済性に関する一考察
正会員○新谷 浩一 (東海大学)
非会員 田中 康仁 (流通科学大学)
正会員 永岩 健一郎 (広島商船高専)
正会員 松尾 俊彦 (大阪商業大学)
要旨
近年、日本港湾の国際競争力を高めるために、京浜港と阪神港は国際コンテナ戦略港湾として集中的に整
備されている。国内フィーダー輸送増強の一方策として、内航コンテナ船の大型化が考えられる。本研究で
は、西日本における内航コンテナ船大型化の経済性について、地方港湾と戦略港湾間の連携と、燃料油価格
高騰下での対応の観点から検証することを目的とする。具体的には、内航コンテナ船の航路計画問題を数理
計画モデルとして表現し、数値実験を行った。その結果、投入隻数を減ずる目的で大型化を行う場合、燃料
油価格高騰下において経済的メリットを享受できる可能性が示唆された。
キーワード: 物流・海運、内航コンテナ船、フィーダー輸送、燃料油価格高騰
1. はじめに
政策との間に乖離が生じている状況にある。その中
近年、アジア主要港湾の中で日本の主要港湾の相
で戦略港湾政策は推進されている。ここで重要な課
対的地位低下が懸念されてきた。そこで国土交通省
題の 1 つとなるのが、内航コンテナ船をどのように
は 2010 年、国際コンテナ戦略港湾として京浜港と阪
使い、集荷を行うのかということである。戦略港湾
神港(以下、これらをまとめて戦略港湾と呼び、この
政策を推進するためには、その主要な集荷手段の 1
政策を戦略港湾政策と呼ぶ)を選定した。その政策の
つである内航フィーダー輸送に対してさらなる生産
目的は、日本港湾の国際競争力を高めるために、戦
性向上、効率化が求められる。その具体的な方策と
略港湾に対して集中投資・整備を行って、基幹航路
して、内航コンテナ船の大型化が考えられる。さら
のコンテナ船の大型化に対応した整備を行い、アジ
に近年の燃料油価格高騰への対応も求められる。
ア主要国と遜色のないコスト・サービスの実現を目
そこで本研究では、燃料油価格高騰下における内
指すことである。それには貨物集荷の担い手である
航コンテナ船の大型化の経済性について、数理計画
国内フィーダーサービス網の増強が求められる。し
的手法を用いて検証する。
(1)
かし、津守 の指摘にあるように、近年の日本の港
2. 既存研究と本研究の特徴
湾政策は、港湾空間に限定した政策であり、後背地
産業と港湾地域を結ぶ物流ネットワークとの連携に
これまで、内航フィーダー輸送の経済性に関する
ついてさほど議論されていない。
研究は多数蓄積されてきた。その大半がコンテナ貨
さて 20 年程前より推進されてきた、日本の地方港
物の本船積み港湾の選択あるいは経路選択における
1 つの輸送手段として扱われている(2)–(6).
湾整備政策によって、多数の国内地方港湾と近隣諸
国主要港湾との間に外航フィーダー航路が開設され
内航コンテナ船のコストについて論じている研
た。これは、日本の地方都市を発着地とする貨物が
究には、松尾ら (7)、池田 (8)、関西交通経済研究セン
国内主要港湾を経由せず、釜山港や上海港を経由し
ター(9)、日本内航海運組合総連合会(10), (11)がある。し
て輸出入されることを意味する。この状況は、地方
かし、それらは内航コンテナ船のコスト構造につい
企業にとって、貿易に要する国内物流コストの削減
て議論しているものの、コンテナ船のルーティング
に好都合である。
また、地方港湾管理者にとっても、
については分析の対象外としている。これまで、内
外国船社に対して自身が管理する港のポートセール
航コンテナ船のルーティング問題がほとんど扱われ
スに熱心に取り組んできた成果である。
てこなかったのは、内航フィーダー航路が特定の主
上述のとおり、日本政府主体で進める戦略港湾政
要港湾と地方港湾を結ぶ、単純な形状であったこと
がその理由の 1 つとして考えられる。
策と、地方港湾管理者および地方企業が求める港湾
22
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
ク i − j にコンテナ船が就航するとき 1、そうでない
さて、燃料油価格高騰とコンテナ船の航路ネット
ワークとの関係を明示的に扱った既存研究はそれほ
とき 0 の値をとる決定変数。式(1)は目的関数であり、
ど多くない。ここに代表的なものを 2 つあげる。
船舶関連コスト、空コンテナ回送コストとコンテナ
Notteboom ら(12)は、極東-欧州間の特定の航路を対
リースコストを合算した総コストの最小化を表す。
象とし、船型サイズや速力を段階的に変化させて、
コンテナ船の運航費の感度分析を行っている。しか
式 (2) はある港に入港したコンテナ船はその港から
し船社は、燃料油価格の高騰時に利益を確保するた
必ず他の港へ向かうことを保証する制約である。式
め、寄港地を増やすべきか減ずるべきかに関心があ
(3) は航路がサブツアー (sub-tour) に分割されないこ
る。彼らの研究ではその分析が行われていない。新
とを保証するものである。式(5)はコンテナ船の就航
(13)
谷ら
は、単独船社による単一航路の運航を仮定し
を意味する yij からなるベクトル y を定義する。
た航路計画モデルを用いて、燃料油価格の高騰が船
4. 数値実験
社の利益とその航路パターンに与える影響について
分析している。しかし、内航コンテナ船を対象とし
数値実験の対象航路として、阪神港と西日本の地
ていない。
方港湾からなる内航フィーダー航路を取り上げる。
そこで本研究では、内航フィーダー輸送の増強お
数値実験では、大別して 2 つの総コストを算出し、
よび燃料油費高騰への対応という観点から、内航コ
それらを比較する。すなわち次節に示す(a)航路 1~3
ンテナ船の大型化および減速運航の経済性について
のそれぞれの航路について求めた総コストを合計し
たものと、(b)航路 1~3 を統合して航路 4 とした航
検討する。具体的には、それをルーティング問題と
して捉え、
数理計画的手法を用いて数値実験を行い、
路の総コストである。
航路全体の総コストによって評価する。
既存の研究における寄港地間の船舶コストは、航
路パターンの代替案に対して依存しないものとして
3. モデル
扱われることが多い。しかし本来、船舶コストは航
本研究で扱う航路計画モデルは、文献 14 で構築し
路パターンの代替案毎に変動し、航路の地理的条件
たものを本問題に対応させるために一部変更する。
や貨物需要の条件等が絡み合った中で相対的に決ま
具体的には、研究対象とする全ての港への寄港を前
るものである。本研究では、通常のコンテナ船のル
提とするので、寄港地選択の部分(上位問題)を取り
ーティング問題とは異なり、本船による空コンテナ
去った形式となる。また、寄港地の全ての実入りコ
の回送も考慮することから、目的関数の定式化は複
ンテナ貨物需要を満たすことからコスト最小化問題
雑となる。したがって、一般的な数理計画パッケー
となる。本モデルは、フロー問題の一類型として定
ジソルバを用いた求解は困難となることから、
FORTRAN77 を用いた専用プログラムを開発した。
式化される。紙幅の関係から、定式化の主要な部分
のみを以下に示す。
4.1 データ設定
Minimize
Z = C (y ) + R (y ) + L(y )
(1)
subject to
∑
(2)
yij =
j∈ N
∑
y ji
j∈ N
∑∑
yij ≥ 1
i∈ S j∉ S
yij ∈ {0, 1}
{
∀i ∈ N ,
紙幅の関係から、主要なパラメータのみを以下に
示す。
(i)
∀S ⊂ N ,
対象航路 (4 航路):
航路 1 (4 港): 神戸、大阪、広島、三田尻中関
(3)
航路 2 (7 港): 神戸、大阪、姫路、水島、松山、岩国、
∀i, j ∈ N ,
y = yij i ∈ 1,..., N ; j ∈ 1,..., N
}
(4)
徳山下松
航路 3 (7 港): 神戸、大阪、博多、門司、大分、細島、
(5)
志布志
航路 4 (14 港): 神戸、大阪、姫路、水島、松山、広
ここで、 N : 寄港地の集合、 S : N の空でない部
島、岩国、徳山下松、三田尻中関、門司、博多、
分集合、 C (⋅) : 船舶関連コスト、 R(⋅) : 空コンテナ回
大分、細島、志布志
送コスト、 L(⋅) : コンテナリースコスト、 yij : リン
(ii) 計画期間: 52 (週)
23
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
表 1 航路 4 における各寄港地の貨物需要
移出
移入
神戸
大阪
姫路
水島
松山
広島
岩国
251
360
57
46
43
0
20
30
21
10
110
126
5
11
(iii) 年間寄港頻度: 52 (回)
徳山
下松
29
10
三田尻
中関
22
0
門司
博多
大分
細島
36
12
39
53
55
0
16
5
志布志
7
20
単位: TEU
近年の燃料油価格高騰に鑑み、燃料油価格の水準
(iv) 1 航海の所要日数: 7、14 (日)
を 4 段階(基準値: 24,000 円/トン、2 倍: 48,000 円/ト
(v) 投入船の船型サイズ: 130 (TEU)、390 (TEU)
ン、3 倍: 72,000 円/トン、4 倍: 96,000 円/トン)に設定
(vi) 港での荷役費: 10,000 (円/TEU)
して数値実験を行う。文献 15 によると、C 重油価格
(vii) 港での蔵置コスト: 50 (円/TEU・日)
は、2000 年時点で 24,000 円(円/トン)であったものが、
(viii) 港での短期リースコスト: 30,000 (円/TEU)
2014 年現在で 72,000(円/トン)に高騰し、約 3 倍とな
(ix) 燃料油価格: 24,000、48,000、72,000、96,000 (円
った(単位を円/kl から円/トンに変換)。ここで燃料油
/トン)
価格を段階的に設定するのは、その大小が総コスト
(x) 潤滑油価格: 240,000、480,000、720,000、960,000
に対してどのように影響を与えるのかを観察するた
(円/トン)
めである。なお、一般的に潤滑油価格は燃料油価格
(xi) 港での入港費: 0~2.5 (円/総トン数)
の変動に付随することから、燃料費価格と潤滑油価
(xii) 各港における荷役時間: 0.033 (時間/TEU)
格の変動を同様に 4 段階に設定する。本研究では、
(xiii) 船舶関連固定費(130TEU 船、390TEU 船): 14.9
次の 2 つの観点について検証することにする。
~25.0 (万円/隻・日)、74.7 (万円/隻・日)
1 つ目は、内航コンテナ船の大型化である。小型
(xiii)で設定する値は、主に船舶保有コストと人件
船が就航している複数の既存航路(航路 1~3)がある
費が占める。航路 1~3 と類似する現実の航路では、
とし、それらを 1 つの航路(航路 4)に集約することを
投入される船が当該航路外の港へスポット的に寄港
想定する。各寄港地のコンテナ貨物需要を全て満た
することや、他航路で運航される可能性が確認され
すことのできる船型サイズの船の投入が、総コスト
た。したがって、当該航路で運航される日数と、そ
の削減につながるか否かを検証する。具体的には、
れ以外で運航される日数との比率を、AIS 情報をも
130TEU 船がそれぞれ 1 隻ずつ運航されている 3 航
とに算出し、航海日数を按分して、船舶固定費を配
路を統合し、代わりに 390TEU 船を 1 隻投入すると
分することにする。なお、航路 4 についてはその配
した場合の航路統合による総コストを比較する。
2 つ目は、減速運航による燃料油費削減効果を確
分を行わないこととする。
表 1 は対象航路の各寄港地における 1 週間あたり
認する。具体的には、3 航路の統合後、航海日数を
の移出入コンテナ数を示している。この貨物量は文
基準である 7 日から 2 倍の 14 日として減速運航を行
献 10 に記載されているデータをもとに、フレーター
う。コンテナ船の減速運航には、定期的な運航スケ
法を用いて調整し、設定した。実入りコンテナ数は、
ジュール(ウィークリーサービス)の維持を前提とし
計算上生成される航路パターンの各リンクにおいて、
た対応が求められる。なぜなら、減速運航によって
コンテナ船の平均消席率が概ね 70~100%となるよ
1 ラウンドの航海日数が長くなるからである。そこ
うに調整した。この消席率は、同研究分野で一般的
で、減速運航を行いつつウィークリーサービスを維
に用いられている値である。
持するためには、投入隻数を増やす必要がある。そ
の結果、船舶関係固定費増を招くことになる。した
4.2 分析の観点
がって定期航路では、燃料油費等の変動費と船舶関
連固定費との間にトレードオフの関係が存在すると
外航コンテナ船においては、規模の経済を享受す
考えられる。
るために大型化が進んでいる。内航フィーダー航路
は、外航航路と比較して、航路距離が大幅に短いた
4.3 実験結果
め、大型化はあまり進んでいない。そのため、総コ
ストに占める燃料油費の割合が小さいことを意味し、
図 1 は、
3 ケースの総コストの比較を示している。
場合によっては大型化のメリットが得られない可能
棒グラフの青と赤、緑は、それぞれ固定費と燃料油
性も考えられる。
費以外の変動費および燃料油費を示している。燃料
24
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
16
14
参考文献
燃料油費
その他変動費
固定費
総コスト (億円
億円
億円)
12
10
8
6
4
2
0
x1
x2
x3
x4
航路1-3の合計
x1
x2
x3
x4
航路4 (7日間)
x1
x2
x3
x4
航路4 (14日間)
図 1 燃料油価格の上昇に対する各ケースの総コ
スト
油と潤滑油の価格を基準値(x1)から 4 倍(x4)まで段
階的に与えて数値計算を行った。左は航路 1~3 の総
コストの合計である。真中は航路 4 に関するもので、
航路 1~3 と同様に 1 航海日数を 7 日としたものであ
る。右は、航路 4 の基準である 7 日から 2 倍の 14
日(減速運航)としたものである。
航路 1~3 は、燃料油価格が基準値の場合は有利で
あるが、その価格が上昇するにつれて、総コストが
急増する。航路 4(7 日間)は、燃料油価格が基準値の
場合には航路 1~3 よりコストが大きいが、2 倍以上
になると、総コストが 3 ケースの中で最も小さくな
る。航路 4(14 日間)は、総コストに燃料油費が占め
る割合は小さいものの、投入隻数が増えたことによ
って固定費が倍増した。そのため、他ケースと比較
して総コストが大きくなった。
5. おわりに
本研究では、内航コンテナ船大型化の経済性につ
いて、地方港湾と戦略港湾間のルーティングと燃料
油価格高騰下での対応の観点から考察した。西日本
の内航フィーダー航路を対象とした数値実験の結果、
投入隻数を減ずる目的で大型化を行うと、燃料油価
格高騰下において、総コストの低減につながること
がわかった。これより、内航コンテナ船の大型化は、
燃料油価格が高水準の場合に経済的メリットを享受
できる可能性が示唆された。
な お 、 本 研 究 の 一 部 は 科 研 費 ( 基 盤 (C) No.
25420875)によったことをここに付記する。
25
(1) 津守貴之 : 日本のコンテナ港湾の競争力再考 ,
岡山大学経済学会雑誌 , No.42(4), pp.243–264,
2011.
(2) 稲村肇・中村匡宏・具滋永: 海上フィーダー輸
送を考慮した外貿コンテナ貨物の需要予測, 土
木学会論文集, No.562(IV-35), pp.133–140, 1997.
(3) 黒田勝彦・楊賛・竹林幹雄: フィーダーサービ
スによるコンテナ貨物流動分析, 土木計画学研
究・論文集, No.14, pp.551–558, 1997.
(4) 家田仁・柴崎隆一 , 内藤智樹 : 日本の国内輸送
も組み込んだアジア圏国際コンテナ貨物流動
モ デ ル , 土 木 計 画 学 研 究 ・ 論 文 集 , No.16,
pp.731–741, 1999.
(5) 古市正彦 : スーパー中枢港湾育成に向けた内
航・外航連続型フィーダー航路の提案, 運輸政
策研究, Vol.8(4), pp.2–11, 2006.
(6) 永岩健一郎: モーダルシフトによる内航フィー
ダー輸送の拡大に関する研究 , 内航海運研究 ,
第 3 号, pp.53–63, 2014.
(7) 松尾俊彦・三木楯彦: 純流動から見た内航海運
の 戦 略 的 対 応 , 海 事 産 業 研 究 所 報 , No.282,
pp.45–59, 1989.
(8) 池田敏郎: 内航コンテナフィーダー輸送の現状
と課題 , 海事産業研究所報 , No.396, pp.39–67,
1999.
(9) 関西交通経済研究センター: 神戸港における内
航フィーダー貨物の誘致に関する調査研究報
告書, 2000.
(10) 日本内航海運組合総連合会: 新規物流に関する
研究, 2005.
(11) 日本内航海運組合総連合会: 国内コンテナ・フ
ィーダーに関する研究, 2011.
(12) Notteboom, T. E., Vernimmen, B.: The effect of
high fuel costs on liner service configuration in
container shipping, Journal of Transport Geography,
Vol.17, pp.325–337, 2009.
(13) 新谷浩一・今井昭夫: 燃料油費の高騰がコンテ
ナ航路ネットワークへ与える影響とその対応 ,
土木学会論文集 D3, Vol.67(3), pp.367–375, 2011.
(14) Shintani, K., Imai, A., Nishimura, E., Papadimitriou,
S.: The container shipping network design problem
with empty container repositioning, Transportation
Research Part E, Vol.43(1), pp.39–59, 2007.
(15) 日本内航海運組合総連合会: 平成 26 年度 10/12
月期の内航燃料油価格,
http://www.e-naiko.com/kaiun_data/oil201412.pdf,
2015.1.
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
コンテナターミナルにおけるリーファー・コンテナの
蔵置時のルーフ・シェードの省エネ効果に関する研究
正会員 篠田 岳思(九州大学大学院) 学生会員 ○ M. Arif Budiyanto
(九州大学大学院工学府)
要旨
2005 年の京都議定書が発効し温室効果ガス削減目標が課され、温暖化防止に対する対策への取組が求めら
れている。このうち、港湾からは、本船の停泊時や荷役オペレーションや港湾を経てなされる物流活動によ
り温室効果ガスの排出がある。温室効果ガスの排出削減への取組として、博多港ふ頭の香椎およびアイラン
ドシティ・コンテナターミナルでは、RTG の電動化の設備への推進や、ハイブリッド型ストラドルキャリア
の試験的導入、リーファー・コンセントでの日除けのためのルーフ・シェードの試験的設置等が行われており、
温室効果ガスの排出削減技術への期待が高まっている。 本研究では、リーファー・コンテナの蔵置場所にルー
フ・シェードを設置した際に期待される電力削減効果について検討した。
キーワード:物流・海運、温室効果ガス、リーファー・コンテナ、省エネ、ルーフ・シェード
1.緒言
3.温熱シミュレーションによるリーフ
リーファー・コンテナは冷媒であるフロンを圧縮、 ァー・コンテナの温熱環境の性能評価
リーファー・コンテナの熱影響要因には、主に日
凝縮、膨張、蒸発させてリーファー・コンテナ内の
冷蔵・冷凍を行っている。このときの消費電力は、 射による輻射熱伝達、暖められた空気による熱伝達、
主に冷媒の圧縮を行うコンプレッサーによるものが
リーファー・コンテナの断熱材の熱伝導、コンテナ
大きい。冷凍コンテナの省エネ化には、冷凍機の改
庫内の熱伝達が主にある。また、ルーフ・シェード
良、運転方法の効率化、コンテナ外部から内部への
を検討する際にはルーフ・シェードからの再輻射に
熱侵入を抑制する必要がある。ここでは、コンテナ
る熱影響を考慮する必要もある。ここでは、これら
ターミナルでの蔵置場所での省エネ性向上の見地か
の熱影響要因を考慮した流体固体熱連成モデルとし
ら、主に内部への熱侵入の抑制対策の検討として、 てリーファー・コンテナの温熱シミュレーションモ
デルを構築して、リーファー・コンテナの温熱環境
ルーフ・シェードによる効果の検証を行う。
についてシミュレーションを実施した。なお、温熱
シミュレーションには熱影響要因を主に検討するた
2.環境要因によるリーファー・コンテナ
への温熱影響調査
めに、リーファーコンテナの代表面として中央断面
リーファー・コンテナの暑熱環境下での蔵置には、 をとり2次元モデルとして検討した。また、先に述
日射や気温上昇、路面輻射、排熱部周りの温度上昇
べたリーファー・コンテナへの温熱影響調査の結果
からリーファー・コンテナに大きな省エネ阻害要因
とシミュレーション計算の比較を行い、シミュレー
が起こりうる。このため、コンテナへの電力計の設
ションの有効性を確認した。
置と、環境要因として各方位の日射計測計の設置、
リーファー・コンテナの内外の代表温度 19 点の温
4.結言
熱モニタリングから、暑熱環境下での冷凍機の作動
コンテナターミナルでのリーファー・コンテナの
状況について計測調査を行う。ここでは6本の製造
日射下での蔵置について、リーファー・シェードの
年月の似たリーファー・コンテナを用いて、2組の
遮熱効果について計測調査により検討したところ、
3段積みの組合せを作り、一方にはルーフ・シェー
12% 程度の省エネ効果があることを確認した。また、
ドを施した状態、一方には通常の使用状態として屋
温熱シミュレーションによるリーファー・コンテナ
外の環境に曝された状態として蔵置を行い、これら
の温熱環境の性能評価の有効性を確認した。
の 2 組みのリーファー・コンテナの作動状態の比較
から計測により省エネ効果を把握した。今回の省エ
謝辞
ネ効果の比較方法の検討によると、12% 程度の省エ
本研究は九州大学と博多港ふ頭株式会社の共同研
ネ効果があるものと推定した。
究により実施された。
26
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
民間六級航海養成講習における社船実習の課題
学生会員○畑本 郁彦(神戸大学) 正会員 廣野 康平(神戸大学)
正会員 渕 真輝(神戸大学) 正会員 古莊 雅生(神戸大学)
要旨
小型内航船員の高齢化と急速な人員不足という船員問題は、以前より業界内外で問題視されている。国土
交通省海事局は、小型内航船を所有又は管理する事業者が個別に船員問題を解決できないとの考えから、事
業者のグループ化と船舶管理会社の活用を推奨している。一方で、事業者が新卒者等の採用を行わない理由
として船員育成上の課題が挙げられている。船員問題解決のためには、事業者のグループ化等を勧めるだけ
でなく、新卒者等の採用後に必要な船員育成の在り方を示す必要があると考えられる。本研究は、小型内航
船における船員育成の在り方を研究するため、内航船を使用して行われている六級海技士(航海)短期養成
講習の社船実習実施上の課題を明らかにすることを目的とする。
キーワード:教育・訓練,船員政策,海運政策,労働環境,人間工学
1.はじめに
が認定された。講習は内航船を練習船として登録し
(1)
内航海運業界で使用される船舶は、約 8 割 が総
使用する初めての試みである。対象とする練習船の
トン数 500 トン未満の小型内航船である。このため、
総トン数は 200 トン以上で、小型内航船も含まれる。
内航海運業界の問題は、小型内航船の問題と言える
講習は、あくまで海技士の資格を得て免許を取得す
(2)
。小型内航船員の高齢化と急速な人員不足という
るための講習であり、社船を提供する事業者と受講
船員問題は、以前から業界内外で問題視されている
者(以下、社船実習中の受講者を実習生という)と
(3)
。
の間に雇用関係はない。このため受講者は、講習修
2005 年 4 月、船員法が改正され、航海当直に従事
了後に海運会社に就職し、6 か月の乗船履歴をつけ
する者に六級海技士(航海)以上の資格所有が義務
て初めて六級海技士(航海)の国家試験受験資格を
(2)
付けられた 。その船員法改正後から内航船員の有
得る(但し、筆記試験免除)。2009 年 9 月、前述の
効求人倍率(有効求人者数を有効求職者数で除した
共同型船員育成を行う事業者が、講習に社船を提供
割合)が上昇し始めた。
するための海洋共育船団を設立した。
2006 年 12 月、国土交通省海事局は事業者が個別
2.目的
に船員問題を解決できないとの考えから、事業者の
(3)
グループ化と船舶管理会社の活用を推奨 している。
内航海運における船員問題の原因は、高齢船員の
また、2008 年 4 月からは、新人船員雇用促進のため
退職に合わせて適切な時期に必要な人数の新卒者や
の助成金が給付されている。
転職者等の未経験者(以下、新卒者等)を事業者が
2007 年、16 年ぶりに有効求人倍率(年平均)が 1
採用しなかったためと考えられる。事業者が新卒者
倍を超え、船員不足の兆候が現れた。危機感を抱い
等を採用しない理由は、以下の 3 点が示されている
た小型内航船の事業者は、事業拠点の多い中国地方
(6)
(4)
。
(5)
① 経済的・人的に育成する余裕がない。
を中心に、共同で船員育成を行う動きを始めた 。
この事業者が共同で船員育成を行うことを「共同型
② 予備船員室が確保できない。
船員育成」と定義する。共同型船員育成は、船員育
③ 新卒者等を採用しても長続きしない。
成を目的としたひとつのグループ化と見ることがで
いずれも採用後の理由であり、特に①及び②は船
きる。2009 年 7 月、船舶職員及び小型船舶操縦者法
員育成上の課題と判断される。共同型船員育成は、
施行規則が改正され、民間の船員養成施設での座学
これらの課題を解決するために取り組む活動である。
2.5 か月と民間商船を使用した社船実習 2 か月を組
船員問題及び船舶管理に関する先行研究は、事業者
み合わせた 4.5 か月の六級海技士(航海)短期養成
のグループ化が船員問題の解決に有効であることを
課程として、民間六級航海養成講習(以下、講習)
示している(2)。しかし、現在のところ事業者がグル
27
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
ープ化した後に行われる船員育成に関する研究は少
4.結果
ない。事業者が新卒者等を採用しない理由は、船員
4.1
育成の実施に関する①や②の課題を挙げていること
回答事業者について
表 1 は、回答事業者の管理している船舶の隻数を
から、事業者のグループ化を推奨するだけではなく、
示す。2 隻を管理している事業者が 7 社で最も多い。
新卒者等の採用後に必要な船員育成の在り方を示す
表1
必要がある。
管理隻数
回答社数
そこで、本研究の目的は、小型内航船における船
1
3
回答事業者の管理隻数
2
7
3
3
4
4
5
1
6~10 11~20 未回答 計
2
3
1
24
員育成の在り方を研究するため、内航船を練習船と
表 2 は、回答事業者の雇用船員数と年齢を示す。
して実施する講習に関する社船実習の実態調査を行
回答事業者の雇用船員数の合計は、996 人である。
い、実施上の課題を明らかにすることである。
雇用船員の中で、最高齢の船員は 75 歳、最年少の船
員は 18 歳である。
3.調査方法
3.1
調査概要
表2
回答事業者の雇用船員数と年齢
調査対象:講習に社船を提供している団体(海洋
共育船団)
の全参加事業者 28 社(100%)
回答社数
雇用船員数 合計
最高齢者 年齢
最年少者 年齢
平均 年齢
回収数:24 社/28 社中(回答率 86%)
実習生受け入れ実績がある事業者
12 社
実習生受け入れ実績のない事業者
12 社
計 24 社
実習生の受け入れ
実績のある事業者
実績のない事業者
12 社
11 社
679 人
317 人
75 歳
71 歳
18 歳
19 歳
47.3 歳
49.8 歳
※ 1 社、回答なし。
調査期間:2013 年 2 月~6 月末
表 3 は、海洋共育船団に登録されいている練習船
調査方法:アンケート送付(郵送又は E-mail)
の仕様と実習生受け入れ実績である。
3.2 質問項目
3.2.1 フェイスシート
表3
練習船の仕様、実習生受け入れ実績
練習船
総トン数
区分
事業者の情報として次の項目を質問する。
(1) 船舶管理隻数
実習生受け入れ実績あり
(2) 事業者の雇用船員数と年齢
(3) 練習船の仕様と実習生受け入れ実績
3.2.2
社船実習の実施
自由記述式により以下について質問する。
(1) 実習生受け入れ上の注意点
(2) 実習生受け入れのメリット
500 トン未満
500 トン以上
750 トン未満
750 トン以上
1,000 トン未満
1,000 トン以上
(3) 実習生受け入れのデメリット
(4) 練習船の提供に関する障壁
船種
一般貨物
コンテナ
ケミカル
ガット
コンテナ
特殊タンク
アンモニア
PCC・RORO
一般貨物
タンカー
セメント
石灰石
隻数
5
1
1
1
1
1
1
2
1
1
2
1
ガット
2
18
2
1
1
1
1
2
1
1
1~2
1
1
1~2
1
13~15
1
ケミカル
1
1
1~2
タンカー
1
1
1
3
小計
500 トン未満
500 トン以上
750 トン未満
実績なし
(5) 実習生受け入れに関する課題
自由記述回答からの意見抽出には、KJ 法(7)を用い
る。この際、個人の主観が入らないよう、商船の運
1,000 トン以上 石灰石
航に詳しい 3 名の意見を集約する。
セメント
海洋共育船団に参加している事業者は、練習船を
小計
合計
登録している事業者と登録していない事業者がある。
一回の
受け入れ
可能人数
7
2
2
7
6
24
受け入れ
実績
(人)
9
4
1
2
9
3
2
12
2
4
8
3
14
11
5
29
59
1
1
1
5~6
18~21
また、練習船を登録している事業者は、実際に実習
4.2
生の受け入れ実績のある事業者と実績のない事業者
社船実習の実施
がある。両者の意見を比較するため、それぞれの意
自由記述回答の内容から、短文で意見を抽出した。
見を分けて集計する。
表 4 は、各質問に対する回答事業者数及び意見の
総数を示す。
28
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
表4
(1)
(2)
(3)
(4)
(5)
4.3
各質問に対する回答社数及び意見数
質問
実習生受け入れ上の注意点
実習生受け入れのメリット
実習生受け入れのデメリット
練習船の提供に関する障壁
実習生受け入れに関する課題
計
回答社数
14 社
17 社
14 社
15 社
15 社
延べ 75 社
「実習生のやる気が見られない場合」という意
意見数(N)
25
43
21
21
30
140
見がそれぞれ 33.3%と多い。
「乗組員の負担が増
す」では、7 分の 6 が A の意見である。
表7
実習生受け入れのデメリット(N=21)
意見
1
2
3
4
KJ 法による意見分類
以下、実習生の受け入れ実績のある事業者を「A」、
実績のない事業者を「B」とする。
乗組員の負担が増す
実習生のやる気が見られない場合
配乗に支障を生じる
事故等が発生した場合の荷主・オ
ペレーターからの責任追及
計
意見数
A
B
6
1
4
3
4
1
計(%)
7 (33.3)
7 (33.3)
5 (23.9)
2
0
2 ( 9.5)
16
5
21(100.0)
(1) 表 5 は、実習生受け入れ上の注意点について事
業者の意見を示す。「実習生に怪我をさせない
(4) 表 8 は、練習船の提供に関する障壁について事
こと」という意見が 32%で最も多い。その内、8
業者の意見を示す。「荷主・オペレーターへの
分の 7 が A の意見である。
対応」という意見が最も多い(28.7%)。
表5
表8
実習生受け入れ上の注意点(N=25)
意見
1 実習生に怪我をさせないこと
2 実習生が船内生活へ適合できるか
3 実習生が船員という労働環境へ適
合できるか
4 実習生のやる気
5 オペレーターへの対応
6 その他
計
意見数
A
B
7
1
3
1
意見
計(%)
1
2
3
4
5
6
8 (32.0)
4 (16.0)
3
0
3 (12.0)
3
3
3
22
0
0
1
3
3 (12.0)
3 (12.0)
4 (16.0)
25(100.0)
練習船の提供に関する障壁(N=21)
荷主・オペレーターへの対応
乗組員が指導できるか
予備船室の確保
実習生へのケアが必要
実習実施上の手当の問題
その他
計
意見数
A
B
3
3
3
2
2
2
2
0
1
1
2
0
13
8
計(%)
6 (28.7)
5 (23.8)
4 (19.0)
2 ( 9.5)
2 ( 9.5)
2 ( 9.5)
21(100.0)
(5) 表 9 は、実習生受け入れに関する課題について
(2) 表 6 は、実習生受け入れのメリットについて事
事業者の意見を示す。「荷主・オペレーターへ
業者の意見を示す。「実習生を雇用する際のト
の対応」が「乗組員が指導できるか」という意
ライアル雇用の役割になる」という意見が
見と並び最も多い(16.6%)
。
25.5%で最も多い。B の意見で多いのは「実習生
表9
を教えることで乗組員が技術の再確認するこ
意見
とに繋がる」である。
表6
1
2
3
4
5
6
7
8
9
実習生受け入れのメリット(N=43)
意見
1 実習生を雇用する際のトライアル
雇用の役割になる
2 船員確保ができる
3 船内が活気づく
4 実習生を教えることで乗組員が技
術の再確認することに繋がる
5 船員の意識改革に繋がる
6 人数が増えて船員の負担が減ると
ころもある
7 乗組員が若者への接し方を考える
ようになる
8 乗組員の安全に対する意識が高ま
る
9 外部から好印象を受ける
10 その他
計
実習生受け入れに関する課題(N=30)
意見数
A
B
計(%)
9
2
11 (25.5)
4
3
2
2
6 (13.9)
5 (11.6)
1
4
5 (11.6)
2
3
5 (11.6)
2
1
3 ( 7.0)
2
0
2 ( 4.7)
1
1
2 ( 4.7)
1
1
26
1
1
17
2 ( 4.7)
2 ( 4.7)
43(100.0)
荷主・オペレーターへの対応
乗組員が指導できるか
練習船の増加
費用の負担
実習生の船内生活への適合
実習生のやる気
小型船への動機づけ
予備員船室の確保
その他
計
意見数
A
B
2
3
2
3
3
0
3
0
2
1
2
0
1
1
1
1
3
2
19
11
計(%)
5 (16.6)
5 (16.6)
3 (10.0)
3 (10.0)
3 (10.0)
2 ( 6.7)
2 ( 6.7)
2 ( 6.7)
5 (16.7)
30(100.0)
5.考察
表 5 は、事業者の実習生受け入れに際しての注意
点を示し、怪我をさせないように実習生の安全を第
一に考えた実習に配慮している。表 6 は、実習生を
受け入れるメリットが社船実習の場面が雇用のトラ
イアルとして利用できることを示している。また、B
(実績のない事業者)の「実習生を教えることで乗
(3) 表 7 は、実習生の受け入れのデメリットについ
て事業者の意見を示す。
「乗組員の負担が増す」、
29
組員が技術の再確認することに繋がる」という意見
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
は、技術的な指導内容を乗組員が再確認し乗組員自
並びに実習生の安全確保を含めたものであり、陸上
身の技術向上に繋がることを期待している。
表 7 は、
支援を含めて実習現場を総合的に支援する仕組みが
実習生受け入れのデメリットを示し、
「乗組員の負担
必要であるといえる。
が増す」ことが指摘され、
「実習生のやる気が見られ
謝辞
ない場合」も多くなっていることから、実習生の指
導方法に悩むような乗組員の精神的な負担も増加し
本研究においてアンケート調査にご協力頂いた
ていることが伺える。表 8 は練習船の提供に関する
海洋共育船団の皆様に感謝します。
障壁を示し、
「荷主・オペレーターへの対応」という
意見が最もが多く、練習船を乗船実習に提供するこ
参考文献
とに対する荷主やオペレーターの理解を得ることが
(1) 日本内航海運組合総連合会:内航の活動,平成
実習を行う前の問題としてクロースアップされる。
26 年度版,p.8,2014.7.
表 9 は実習生受け入れに関する課題を示し、「乗組
(2) 松 尾 俊 彦 ・ 森 隆 行 : 内 航 海 運 , 晃 洋 書 房 ,
員が指導できるか」と事業者が疑問を感じている実
pp.135-178,2014.6.
態がある。
(3) 内航海運ビジネスモデル検討会:これからの内
このように、社船実習実施上の最も大きな課題は、
「乗組員の負担が増す」
(表 7)ことである。運航業
航 海 運 の ビ ジ ネ ス モ デ ル に つ い て , p.1 ,
2006.12.
務に加えて実習指導業務が増えるため、乗組員の負
(4) 鈴木暁・古賀昭弘:現代の内航海運,p.78,p.109,
担が増えるのは当然であるが、表 5 及び表 7 並びに
成山堂書店,2007.3.
表 9 の結果が示すように「実習生のやる気」が見ら
(5) 日本人船員確保・育成に関する学術機関との共
れない場合の弊害、「実習生が船内生活へ適合でき
同調査研究会:日本人船員確保・育成に関する
るか」、「実習生が船員という労働環境へ適合できる
学術機関との共同調査研究会研究結果報告書,
か」
(表 5)という実習以外のことにより乗組員の負
pp.5-12,2012.5.
担が増えている状況がわかる。
(6) (財)日本海事センター:内航船舶管理の効率
一方、表 6 で B(実績のない事業者)がメリット
化及び安全性の向上に関する調査研究報告書,
として期待している「実習生を教えることで乗組員
p.97,2010.3.
が技術の再確認することに繋がる」に対し、
「乗組員
(7) 川喜田二郎:発想法,pp.65-81,中央公論社,
が指導できるか」という乗組員の指導能力を雇用主
1967.6.
である事業者自身が疑問視する意見が多い。この疑
問は乗組員の実習に関する指導能力だけではなく、
乗組員の負担が増えている状況を考慮すれば、実習
生に対する生活サポート及びメンタルケア並びに実
習生の安全確保を含めたものである。表 8 で事業者
が、「実習生へのケアが必要」とすることからも実習
現場を支援する仕組みが必要であると判断する。
6.結論
本研究では、内航船を練習船として実施している
民間六級航海養成講習の社船実習の課題を明らかに
するため、練習船を提供している団体の事業者に対
してアンケート調査を行い、KJ 法による意見分類に
基づいて検討した。
その結果、「乗組員の負担軽減」が最も大きな課
題であると指摘できる。
これは、乗組員の負担が実習指導だけにとどまら
ず、実習生に対する生活サポート及びメンタルケア
30
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
輻輳海域における国際 VHF 無線電話を用いた
船舶間コミュニケーションの特徴について
学生会員○田崎 佑一(東京海洋大学)
正会員 國枝 佳明(東京海洋大学)
正会員 鹿島 英之(東京海洋大学)
正会員 竹本 孝弘(東京海洋大学)
要旨
船舶自動識別装置(以下、AIS とする)を搭載する船舶の増加により、国際 VHF 無線電話(以下、国際 VHF と
する)を用いて操船意図を確認するなど船舶間コミュニケーションを行う場面が増加した。しかし、衝突回避
において国際 VHF を用いることについて明確なルールは規定されておらず、また、衝突を予防する上で、国
際 VHF を用いることの是非については、各国により見解がさまざまである。
本研究では、輻輳海域において、国際 VHF を用いた有効かつ適切な船舶間コミュニケーションを提案する
ことを目的とし、船舶交通の輻輳する東京湾における国際 VHF を用いた船舶間コミュニケーションの実態に
ついて調査するとともに、その特徴を明らかにした。
キーワード:航海計器・計測、交通、国際 VHF 無線電話、船舶間コミュニケーション、衝突回避
1. はじめに
近年、AIS を搭載する船舶の増加により、衝突を
2. 衝突回避における国際 VHF を用いた船
舶間コミュニケーションの役割
予防する場合において意思確認などで国際 VHF を使
国際 VHF は二船の操船者が意思疎通を取ることが
われることが多くなった。国際 VHF は操船者同士が
できる有効なツールであるが、避航行動において国
直接会話し意思疎通を行うことができるツールとし
際 VHF を使うことについての明確な規定はない。
脇田らの調査(2)では COLREGs(Convention on the
て非常に便利なものであるが、過去の事故において
は、国際 VHF を用いたにもかかわらず、思い込みや
International
過度な安心により適切な意思疎通が図れず、結果的
Collisions at Sea)と国際 VHF を用いて操船決定を
(1)
に衝突海難に至ったケース も見られる。
Regulations
for
Preventing
することの是非については、3 氏により論評がなさ
(2)
れたことを紹介している。
脇田らの調査 によれば、アメリカの船橋間無線
通信法では航行船舶の安全のために意志交換を実施
Harding は国際 VHF を操船決定に役立てるべきで
しており、裁判では、事故を防ぐために国際 VHF を
あると述べる一方、Stitt は、操船決定は COLREGs
役立てなかったことに責任を求めている。一方、イ
にのみ従い行われるべきであり、国際 VHF を使用す
ギリスの通達では衝突回避に国際 VHF を使用する危
べきではないとこれに反論している。Cockcroft は
険を警告しており、裁判では国際 VHF の誤用を非難
Harding の 論 文 に 対 し て ア メ リ カ 、 イ ギ リ ス 、
している。
IMO(International Maritime Organization)の見解
日本においては、衝突回避に国際 VHF を用いるこ
の違いを示した上で、国際 VHF は COLREGs と矛盾す
とについて、現在は明確な規定はなく、用いること
る行動をとることに同意するために使用すべきでな
の是非も検討されていない。このように衝突を回避
いとしている。
しかしながら、特に輻輳する海域や航路が定めら
する上での国際 VHF の使用については、各国の見解
れている場合においては、航法規定に従った避航行
は様々である。
本研究では、輻輳海域において国際 VHF を用いた
動ができない場合がある。航路の出入り口付近にお
船舶間コミュニケーションを研究する上で、世界的
いて衝突のおそれが発生した場合はお互いに衝突を
に見ても有数の輻輳海域である東京湾で行われてい
避ける必要があり、このような場合においては国際
る船舶間コミュニケーションの実態を調査し、その
VHF を用いて操船意図の確認を行うことが有効であ
特徴を明らかにすることを目的とする。
る。また、見合い関係が発生する前にあらかじめ接
近することを避ける、いわゆる先行避航を行う場合
31
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
に操船意図を伝えることも有効であると考えられる。
(3)
瀬田らが伊勢湾で行った調査 によれば、二船が
4.東京湾における船舶間コミュニケーショ
ンの特徴
4.1 通信を行う船舶の特徴
国際 VHF で通信を行った場合、行わなかった場合に
比べて衝突危険度が高い状態で避航動作が行われて
呼び出した側の半数はタグボート、エスコートボ
いたことがわかっている。よって、通常よりも危険
ートであった。大型船をエスコートする船舶から、
と感じる場合に国際 VHF を用いてお互いの操船意図
相手の行先の確認、操船意図の確認及び再確認が行
を確認することで、危険への対処を行っていたと考
われた。また、大型船の付近の船舶との二船間距離
えられる。
を維持するよう促す通信も見られた。
規則上の様々な解釈があるとしても、国際 VHF を
4.2 海域による通信の特徴
使った船舶間コミュニケーションは、船舶の通常の
運航において、現に実態として行われており、衝突
航法に基づいて避航行動が行われる海域と航路等
海難の防止を最優先とする上で、今後、有効な船舶
により避航行動に制限を受けるため、航法に基づい
間コミュニケーション技術を構築する必要がある。
た避航行動を行うことが難しい海域において会話内
容に違いが見られた。
3.国際 VHF を用いた通信の実態調査
避航行動に制限がないような海域においては、
2013 年 7 月 8 日、9 日に富津岬において国際 VHF
「右舷対右舷」や「おもて側、とも側をかわす」な
を用いた通信を聴取し、
併せて AIS 情報を受信した。
どといった簡略な通信が多く見られ、一方二船が同
図 1 に富津岬及び東京湾の概要を示す。実態調査の
じ航路に入航しようとする場合において、並走、追
結果、二船の避航行動について通信のタイミング、
い越しまたは前後に一列をなして航行している場合
海域、二船間距離を把握した。得られた通信は 41
には二船間の相対的な位置関係について交信を行う
件であった。図 2 は 15 分毎の通信回数をグラフに表
場合が見られた。
特に、中ノ瀬西方海域において速力制限のある浦
したものである。
それぞれの通信は船の長さや船種、場所ごとに分
賀水道航路に入る船舶には、後続の船舶に自船の速
類し、会話内容から速力、変針、行先、操船意図等
力や減速する旨を伝え、二船間の相対的な位置関係
に分けて分析した。
を維持するよう促す通信が見られた。
4.3 通信内容
図 3 は最初に通信を開始した船舶が他船に向けて
発信した情報を「速力」
「変針」「行先」「意図」に分
類し、図 4 では通信を開始した船舶が他船に質問し
6
通信回数
5
4
3
2
1
0
通信時刻
図1
図2 通信時刻と回数(7月8日,9日)
調査場所
32
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
25
25
15
1
2
10
5
0
2
11
5
20
2
タンカー
7
1
2
2
0
2
12
4
通信回数
通信回数
20
6
貨物船
PCC
10
15
タグボート
5
010
10
0
図3
その他
15
通信内容(自船情報の発信)
図4
101
2
11
1
4
タンカー
貨物船
タグボート
通信内容(相手船情報の質問)
た内容を同様に4項目に分類した。船舶間コミュニ
なわち、予め接近することがわかっていても、接近
ケーションの内容は「行先を聞く」、
「行先の提示」
を避けるための針路の変更が難しい海域においては、
が最も多く、さらにその半分以上は大型船の進路警
最接近から 15~20 分前に通信を行うケースも見ら
戒を行うタグボート、エスコートボートによるもの
れた。
であった。これらの通信には、行先を聞いた後に、
追越しを行う場合、相対速度が小さいことが多い
どういった行動をとるのかという内容が含まれてお
ことから、通信を行ってから実際に追い越しを行い
り、相手船の操船意図を把握するためであると考え
最接近となる時間は様々であり、また通信を行った
られる。
時点で最接近となった場合も見られた。
通信を行うタイミングについて、船舶の大きさと
また、航路内で追い越しを行うために、追い越さ
最接近までの時間には相関は見られなかった。
れる船舶に「行先」を聞くことで、航路出航後に進
路が交差しないよう、左右どちら側から追い越すか
5.考察
を決め、その旨を追い越される船舶に伝えた通信が
見られた。
第 2 章で述べたとおり、輻輳海域や航路等が指定
加えて、応答がなかった場合(2 件)や伝えた操船
されている海域では航法に従った避航行動を行うこ
意図と違う避航行動がなされた場合(2 件)など、コ
とができない場合がある。
ミュニケーションの失敗が見られた。
他船と通信を行うタイミングについて、中ノ瀬航
路と木更津航路の出口付近については、他の海域に
4.4 通信を行うタイミング
比べ、15 分前などかなり早い段階で通信を行うケー
図 5 には、送信側の船舶の全長と二船が通信を行
スが見られたことを第 4 章で述べた。これらの海域
ってから最接近に至るまでの時間を示した。進路が
では、他船に接近することが予想されても、大幅な
交差する場合においては、
船舶の全長にかかわらず、
変針や速力の変更を行って操船意図を伝えることが
二船が最接近に至る 5~10 分前に通信を行うケース
難しいため、また航路内を航行していることから第
が 70%と大半を占めた。
最接近に至るまで 5 分以下、
三船と新たに見合い関係が発生するなど状況の変化
10 分以上であった通信は、二船がそれぞれ横浜航路
が起こることが予想しづらく、予め二船で操船意図
と鶴見航路から同じタイミングで出航した直後、二
の確認を行ったと考えられる。
航路の出口付近で進路が交差した場合と二船がそれ
また中ノ瀬西方海域を南航する船舶同士では、
ぞれ中ノ瀬航路と木更津航路を航行中、航路から出
「速力」に関する情報交換が多く見られ、加えて後
た後に進路が交差することが予想される場合であっ
続の船舶に対して今から何ノットまで減速する、と
た。
いった具体的な数値を述べ、後続の船舶に注意を促
す通信も見られた。これは東京湾外に向かう全長
いずれも 2 つの航路の出入り口が近距離にある場
合において、二船がそれぞれの航路を同じタイミン
50m 以上のすべての船舶が浦賀水道航路の北側出入
グで出航してきた場合に行われた通信であった。す
り口において合流するため、また同航路には速力制
33
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
最接近までの時間(min)
適切に行わなかった結果、思い込み等により結果的
に衝突海難に至ることも十分に考えられる。
30
今後、本研究で得られた特徴を様々な角度から分
25
針路が交差
析することにより、有効な船舶間コミュニケーショ
同行・追越
ン技術を確立したいと考える。
20
15
10
その他
5
参考文献
0
0
100
200
300
400
(1)運輸安全委員会:船舶事故調査報告書(LNG 船
送信側の船舶の全長(m)
図5
PUTERI NILAM SATU,LPG 船 SAKURA HARMONY 衝突
事故),2014
船舶の長さと最接近までの時間
(2)脇田礼三・藤原紗衣子・藤本昌志:国際 VHF 無線
限があるため、速力が変化する船舶が多いことから
電話と航法の関係についての一考察,日本航海学
二船間の安全な距離を維持するために行ったためと
会論文集,第 131 巻,pp.25-32,2014
(3)瀬田広明・小野太津也・矢野雄基・鈴木治:VHF
みられる。
無線電話通信から見た伊勢湾の海上交通状況,日
同じ方向に航行する二船の通信には、このように
本航海学会論文集,第 121 巻,pp.50-61,2009
避航行動を行うためだけでなく、二船間の相対的な
位置関係について、操船意図の確認し、注意を促す
ことを目的とした通信も見られた。
6.結論
本研究では操船者同士が実際にコミュニケーシ
ョンをとるためのツールとして、特に輻輳海域にお
いての国際 VHF を用いたコミュニケーションについ
て調査し、次の結論を得た。
(1)通信の内容は「行先」に関するものが最も多く、
そのうち半数以上がタグボート、エスコートボー
トにおいて行われた。これは行先の情報により相
手の操船意図を把握するためである。
(2)航路等の制約が少ない海域においては「右舷対右
舷」、「おもて側をかわす」といった簡潔に操船意
図の確認を行う通信が多く見られた。この場合、
針路が交差する場合には最接近に至る 5 分~10
分前に通信が行われるケースが大半であった。
(3)航路等の出入り口付近においては、接近すること
が予想される場合でも大幅な変針を行うことが
制限されるため、(2)で述べた海域より 15 分~20
分といった早い段階で通信が行われている。
(4)航路の入り口付近や航路内を同航する二船の通
信は二船間の相対的な位置関係についての通信
が多く見られた。
国際 VHF による船舶間コミュニケーションは正し
く意思疎通が行われなければ、有効なものとならず、
34
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
帆を装備した漁船の推進性能と減揺効果に関する研究
学生会員○川田
正会員 芳村
悟史(北海道大学)
康男(北海道大学)
非会員 前原 信之助(北海道大学)
正会員 大内 一之
(東京大学)
要旨
今日、地球温暖化や化石燃料の減少などの問題により、CO2 排出量削減や燃料使用量削減が求められており、
船舶においては省エネ船の開発が必要である。自然エネルギーである風力を利用した帆船は再注目されてい
る。帆走には推進力を得られる他、横揺れを低減させる効果もあることが確認され、船上作業の安全性が向
上するなどの利点が考えられる。本研究では漁船に帆を装備することにより得られる推進性能の推定、及び
操船への影響、横揺れの低減について検討を行った結果を報告する。
キーワード:水産、帆装船、省エネ、減揺効果
1.緒言
リッジが船首側にあるため船尾甲板で漁労の障害に
今日、地球温暖化や化石燃料の枯渇等が問題とな
ならない両舷に左右 1 基ずつ設置し、帆の下端が 2m
っており、世界的に CO2 削減、燃料使用量の削減が
以上となるようにした。帆の寸法は表 1 下段の通り
可能な省エネ船が求められている。国際海事機関
8.8m×3.5m とした。それぞれの船の帆を装備した一
(IMO)
では温室効果ガス排出規制に関する国際条約
般配置図を図 1、2 に示す。
(EEDI)を設けるなど、商船の省エネ化が義務を付け
始めた。漁船にはこのような条約はまだないが世界
表 1 主要目
135 トン型旋網船
的に省エネ化の機運は高まっていることから、漁船
においてもこのような条約ができる可能性はあり、
Lpp
B
d
▽
GM
省エネ漁船の開発は急務である。
本研究では、自然エネルギーを使用した帆船が再
注目されており、エンジンを主動力、帆を補助動力
とする機帆装漁船をについて検討する。帆装船を実
現させるためには帆装がもたらす推進利得と操縦性
への影響を把握しなければならない。また、帆によ
Lpp
B
d
▽
GM
る船体横方向への傾斜モーメントが横揺れを低減さ
せる効果があることもわかっている(1)。そこで本研
究では帆を装備した漁船の帆走推進性能、操船への
影響、減揺効果について検討を行うこととする。
2.供試船・供試帆
C
H
AR
本研究では日本の主要な漁業を担う 135 トン型旋
網船と 160 トン型沖合底曳網漁船の 2 隻を供試船と
Full scale model(1/20)
m
37.0
1.850
m
7.9
0.395
m
2.9
0.145
m3
471.8
0.059
m
1.47
0.074
160 トン型底曳網漁船
m
m
m
m3
m
m
m
m2
Full scale
31.0
7.4
3.2
518.4
0.80
供試帆
model(1/15)
2.067
0.493
0.213
0.154
0.053
Full scale
3.5
8.8
30.5
model(1/20)
0.174
0.438
0.076
した。帆は Wind Challenger Project(WCP)(2)で使用
する硬翼帆を供試帆とする。
供試船と供試帆の主要目を表 1 に示す。帆は作業
の障害にならず、空いたスペースに設置しなくては
いけない。そこで 135 トン型旋網漁船には船首楼後
部に左右対象となるように 2 基設置する。また、操
船での見通しを考慮し、帆の下端がデッキ上 4.5m
図1
になるよう配置する。160 トン型底曳網漁船ではブ
35
帆装した 135 トン型旋網漁船
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
程式において u& = v& = r& = φ&& = 0 、及び r = φ& = 0 として
得られる。
X =0
Y =0
図2
⎫
⎪
⎪
⎬
N =0
⎪
K − GM ⋅ g ⋅ m ⋅ sin φ = 0⎪⎭
帆装した 160 トン型沖合底曳網漁船
(3)
ここで、プロペラ回転数 n が一定の場合は U、β、
φ、δ を未知数とする 4 元の連立方程式、また、船速
U が一定の場合は n、β、φ、δ を未知数とする 4 元
3.推進性能の推定
3.1
運動方程式
平水中で一様な風中を機帆走する船の運動は図 3
の連立方程式が得られる。
(2)式の種々の係数は実験やデータベース (3)(4) か
の座標系に従い,下記のように 4 自由度で表すこと
らの推定によって求めた。ただし、(2)式は非線形な
ができる。
ので、平衡方程式の数値解法に際しては、多元に拡
m(u& − vr ) = X
⎫
⎪
m(v& + ur ) = Y
⎪
⎬
I ZZ r& = N
⎪
I XX φ& = K − GM ⋅ g ⋅ m ⋅ sin φ ⎪⎭
X
U
β
張したニュートンラプソン法を用い、これらの定常
(1)
解から推進性能、及び操船への影響について評価す
ることとした。
3.3
K
φ
数・抗力係数を把握する必要がある。これには風洞
u
ψT
-v
実験が一般に使用されるが、本研究では曳航水槽で
種々の迎角に対する帆単独の揚力と抗力特性を求め
UT
N
G
r
。図 4 に横軸を抗力係数 CD、縦軸
た(Re=2.0×105)
Y
G
を揚力係数 CL としたポーラーカーブを示す。
Y
UT:真風速
δ
帆の揚力係数・抗力係数
帆の誘起する力を推定するためには帆の揚力係
Z
ψT:真風向
図3
2.0
CL
運動方程式の座標系
1.5
また式中の X,Y.N,K は船体水面下に働く力、舵に作
1.0
用する力、
プロペラの誘起する力、
帆が誘起する力、
水面上の船体に働く風圧力に分類でき、以下のよう
0.5
に表せる(1)。
X = X H + X R + X P +X
AH + X AS
Y = Y H + Y R + Y P +Y AH +Y AS
N = N H + N R + N P + N AH + N AS
K = K H + K R + K P + K AH + K AS
⎫
⎪
⎪
⎬
⎪
⎪
⎭
CD
0.0
(2)
-0.5
0.0
0.5
1.0
1.5
2.0
-0.5
ただし、添え字 H,R,P,AH,AS は次のことを意味する。
図4
供試帆の揚力-抗力曲線
H:水面下の船体に働く力
3.4
R:舵に働く力
P:プロペラの誘起する力
推定計算結果
船速を一定でプロペラ回転数を変数とし、得られ
AH:水面上の船体,上部構造物に働く風圧力
たプロペラ回転数から(4)式で主機馬力(BHP)を算出
AS:帆の誘起する力
し、同一の風向・風速下における帆装の有無による
3.2 平衡方程式
BHP の差を馬力利得とした。馬力利得を帆なしの無
機帆走中の船の定常運動の平衡式は(1)式の運動方
風状態における主機馬力で除した値を馬力利得率と
36
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
3.5
し,帆走の推進性能の評価指標とした。風速 15m/s
帆面積
の一様風中を 11knot で直進する場合の帆走による
前節の推定計算では両船の帆面積を実船で同じ
馬力利得率(BHPgain (%))を縦軸、真風向を横軸にと
にしたが、この 2 隻は排水量や船体形状が異なるた
り図 5 に示す。また、帆走による船体姿勢の変化、
め、得られる BHPgain も異なる。そのため帆面積を
及び当て舵角を図 6、7 に示す。
決めるには何らかの指標が必要になる。帆による推
力は帆の面積(As)と相対風速(Ua)の自乗に比例し、
船体抵抗は排水量の 2/3 乗(▽2/3)と船速(U )の自乗
2πnQ
⎫
BHP =
⎪
ηT
⎪⎪
BHP(gain) = BHP(w o sail ) − BHP(withsail)⎬ (4)
⎪
BHP(gain)
⎪
BHPgain(%)=
BHP(w o sail and wind)
⎪⎭
に比例することとなる。この比例定数は 135 トン型
旋網漁船では 4.1、160 トン型底曳網漁船では 3.5
となる。
この違いは同じ帆を使用していることから、
船の抵抗係数によるものであると考えられる。これ
により、帆装漁船の BHPgain は次式で見積もること
50
135トン型旋網漁船
40
BHPgain (%)
に比例することから、BHPgain は(As/▽2/3){(Ua/U)2-1}
ができる。
160トン型底曳網漁船
30
BHPgain (%) ≈ 4 ×
20
10
0
0
30
図5
60
90
120
true wind angle (deg)
2
⎞
⎞
⎟⎟ − 1⎟
⎟
⎠
⎠
(5)
ただし、相対風速 Ua:最大 BHPgain(%)を得るとき
180
の相対風速
馬力利得率(2As=61.0m )
4.減揺効果
lee way ang.
heel angle
rudder angle
3
2
1
模型船の都合上、減揺効果に関する検討は 135 ト
ン型旋網漁船について述べる。
4.1 風波浪中横揺れ試験
0
-1 0
30
60
90
120
150
180
帆によって働く船体横方向の傾斜モーメントか
-2
ら得られる副次的な効果の横揺れの減揺効果につい
-3
true wind angle (deg)
図6
degree
▽2 3
⎛⎛ U
⋅ ⎜ ⎜⎜ a
⎜⎝ U
⎝
2
4
degree
150
As
2
1
0
-1 0
-2
-3
-4
-5
-6
図7
て風波中の動揺試験を行い確認する。図 8 のように
機帆走時の 135 トン型旋網漁船
模型船に帆を設置し、
風波中での横揺れ角を計測し、
帆装による減揺効果を確認する。
30
60
90
120
150
180
lee way ang.
heel angle
rudder a ngle
true wind angle (deg)
機帆走時の 160 トン型底曳網漁船
30.5m2 の帆を 2 基設置した場合の最大 BHPgain(%)は
図8
135 トン型旋網漁船では 30%、160 トン型底曳網漁船
試験中の帆装模型船
では 25%となった。帆走に伴う船体姿勢、当て舵角
4.2 実験方法
の最大は 135 トン型旋網漁船で斜航角 3.2°、横傾斜
角 2.3°、当て舵角 2.0°。また、160 トン型底曳網漁
水槽に中央に模型船を係留しロールをフリー、そ
船は斜航角 1.1°、横傾斜角 3.7°、当て舵角 5.0°と両
の他の運動を緩やかに拘束した状態で慣性 6 軸ジャ
船ともに操船への影響が支障のない範囲に収まった。 イロにて船体運動を計測した。2 枚の帆はプーリを
介し連結し、双方の帆角度が同じになるようにサー
37
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
ボモータで制御した。
4.3 試験項目
無帆装状態と帆装状態を比較すると帆装により
実験は送風機で 2.5m/s(実船相当 11.2m/s)風を発
減揺していることが分かる。さらに制御定数 k を与
生させた。船体に対する風向(θ )は 90°、45°、135°
えて帆を回転させると減揺効果が大きくなり、k を
の 3 種類、帆角度(δs)は各風向で 0°、迎角(α )が 25°
大きくするほど減揺が強くなることがわかる。k=2
になるように設定した。帆角度 0°は帆の力が船体横
で制御した場合、横揺れ固有周期で約 40%の減揺効
方向にほとんどは作用しないため無帆装状態と見な
果が得られた。また、これらの効果は風向 45°、135°
す。また迎角 25°においては、帆角度を固定(制御定
でも同程度得られた。
数:k=0)だけではなく、(6)式に示すように横揺れ角
5.結言
速度に比例して(k=1,2)帆を減揺させる方向に旋回
WCP 帆を装備した漁船の推進性能、及び減揺効果
させ、減揺効果の増大を行った。波は造波装置を用
いて波高約 4cm(実船相当約 0.8m)の規則波とし、
について以下に要約する。
波周期は船の横揺れ固有周期前後の 9 種類とした。
1. 漁船に WCP で使用される硬翼帆(面積 30.5m2)を
2 基設置すると、風速 15m/s 中において 135 ト
⎫
∆δ = kφ&
⎬
δ S = δ 0 + ∆δ ⎭
(6)
ン型旋網漁船は最大 30%、160 トン型底曳網漁船
は最大 25%の BHPgain(%)が見込まれる。
2. BHPgain(%)は、As/▽2/3×{(Ua/U)2-1}によってほぼ
風・波方向
α
θ
決まり、帆面積を決定する指標として活用でき
δs
る。なお、漁船におけるこの比例定数は概ね 4
となる。
3. 帆装が操船に与える影響は両船とも支障がない
と範囲といえる。
図9
風向・帆角度の座標系
4. 帆装により減揺効果も得られることが実験から
確認できた。大きな推進力が得られる帆角度
4.4 実験結果
(α=25°)で横揺れ角速度に比例して帆角度を
k=2 で制御する 40∼50%程度の減揺効果がある。
風向 90°での横揺れ応答を図 10 に示す。図の縦軸
は横揺れ両振幅を最大波傾斜角で無次元化した横揺
今後の課題として帆装漁船実現化の可能性を高める
れ角、横軸は波長を船長で無次元化した波長船長比
ため、初期費用や運用費用などのコスト面や帆同士
λ/L である。
の干渉影響を考慮する必要があろう。
6.参考文献
5
無次元
Roll振幅
α=25°
(1) 芳村康男・中村充博・大内一之:帆装バルカー
w/o sail
4
の波浪中横揺れ性能と帆による減揺効果,日本
UA=0 m/s
船舶海洋工学会講演会論文集,No.16,pp.69-72,
UA=2.5m/s k=0
2013.5.
UA=2.5m/s k=1
3
(2) 大内一之:船舶風力利用「ウィンドチャレンジ
UA=2.5m/s k=2
ャー計画」,日本マリンエンジニアリング学会誌,
Vol.47,No.4,pp.566-571,2012.4.
2
(3) 芳村康男・増本友美子:中速船・漁船船型の操
縦流体力データベースと操縦運動の一推定法,
1
日本船舶海洋工学会論文集,Vol.14,pp.63-73,
2011.8.
λ/L
0
(4) 山野惟男・斎藤泰夫:船体に働く風圧力の一推
0
1
2
3
4
5
定法:関西造船協会誌,Vol.228,pp.91-100,
図 10 風向 90°での横揺れ応答
1997.9.
38
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
自動車運搬船の車両甲板における
貨物積載可否に関する一考察
学生会員○亀井 志聖(東京海洋大学大学院)
正会員 南 清和(東京海洋大学大学院)
正会員 増田 光弘(東京海洋大学大学院)
要旨
自動車運搬船での輸送対象である乗用車やトラック、建設機械は時代のニーズと共に年々大型化され、それに伴う
貨物単体の重量増加がすすんでいる。自動車運搬船の貨物積載甲板は甲板毎に船艙高さと甲板強度が定められて
おり、貨物の船積み前に積載可否を検討する事は、荷主から預かった貨物を安全に輸送する上で極めて重要と言え
る。本研究では、船積みの可否を判断するために必要な各項目に対して検討し、貨物積載可否の判定を行った。
キーワード:甲板強度、PCTC、車両甲板、積み付け計画
1. はじめに
た。本船建造時に予想されていなかった積載対象貨物
の大型化・重量増が車両甲板に及ぼす影響を解析し、
貨物積載可否の判定を行う。
近年、自動車船荷役中にリフタブルデッキが落下、人
身・貨物損傷事故(1)やオーバーロードによる甲板の歪
み・損傷の報告がなされている。
2. 自動車船の積み付け計画
2.1 配船計画
船会社における配船は、一般的に本船の現在位置と
船積み条件により都度決定される。次に荷主が希望す
る積荷日/積み台数/仕向け地を考慮し最適な船腹を
割り出す。この船腹を割り出すに当たり、
・可能な限り満船に近づける
・バース混みや貨物待ちによる滞船を避ける
・寄港数を最小限に留める
等、採算向上を考慮の上、荷主の要望を極力満足させ
られるように検討される。
また船腹決定における確認事項として、
・船積み可能台数(Loading capacity)
・甲板及びランプウェイの強度
・船艙の高さ(Clear Height)
等が重要となる。
図 1 過去の事故例
自動車運搬船での輸送対象である乗用車や建設機
械の寸法や重量は、時代のニーズと共に年々大型化さ
れており、それに伴い貨物の重量増がすすんでいると
2.2 甲板強度
いうのが現状である。
甲板強度を考慮した貨物積載の可否は通常以下のよ
うな指標が用いられる。
荷主から預かった貨物を安全に向け地まで輸送する
事は船会社にとって掲げるべく最も重要な理念である。
また、貨物損傷事故における荷主が被る損害はもとよ
① 平米強度(Uniform Load) 単位:kt/m2
② 軸荷重(Axle Load) 単位:kt/2w or kt/4w
り、オーバーロードによる本船の損傷は船会社にとって
の損害も懸念され、これらの事故や本船の損傷を事前
上記①、②の値は各甲板で定められている。
例 え ば ① Uniform Load=0.2kt/m2, ② Axle
Load=1.0kt/2w という強度で指定されている甲板があ
ったとする。船積み貨物を乗用車と仮定すると乗用車は
通常は 2 軸なので、1 台あたりの重量 2kt までの乗用車
に防ぐために、積み付けプラン作成の段階で確認・検
討をする事は極めて重要であると言える。
そこで本研究は自動車船(PCTC:Pure Car carrier
& Truck carrier)の甲板強度及び積載能力に着眼し
39
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
は船積み可能であるが、2kt を超える乗用車は積む事
が出来ない。これは1軸あたりの荷重が 1kt を超えてし
まうと②で指定された条件を満たせず甲板に凹みが生
じてしまう危険性があるからである。
次に船積みする HOLD の平米スペースが 800m2 で
あったとすると、
0.2kt/m2 ×800m2=160kt
表 2 各甲板の高さ及び強度
DECK NO.
CL.Height
Uniform
(m)
(kt/m2)
NO.10DK
2.2
0.22
NO.9DK
2.2
0.22
NO.8DK
2.2
0.22
NO.7DK
2.2/1.7/0
0.22
NO.6DK
2.2/2.8/4.2
1.0
NO.5DK
2.2/1.7/0
0.22
NO.4DK
3.6/4.2/5.6
2.0
NO.3DK
2.2
0.22
NO.2DK
2.2
0.22
NO.1DK
2.2
0.22
(1)
となり、この HOLD には全量で 160t までしか船積み出
来ないということになる。
2.3 積み付けプランの作成
配船計画にて作成された Cargo booking list(船積
み貨物明細)に基づいて船積みに必要なスペースの確
認をする。(これを席割りという。)
次に 2.1 配船計画で述べた確認事項に加え、積み
地/揚げ地の順番考慮した積み付け場所、荷役効率、
安全な GM,Trim,Heel 等を隈なく検討し積み付けプラ
ンは作成される。
このように様々な確認事項や注意点を考慮して積み
付けプランは作成されるが、配船予定本船の積載能力
に当てはまらない貨物に対する船積み可否の検討が必
要になる場合がある。
これは希望する積み/揚げ日を守りたい荷主と、可能
な限り満船ベースにして運航し、より多くの運賃収入を
得たいという船会社の意向による。各本船に与えられた
積載能力の範囲内で常に満船に出来れば勿論問題は
無いが、前述の通りここ数年の輸送貨物の大型化・重
量増は目まぐるしく、多種多様な貨物に適した配船がい
つも行えるかと問われれば、そこに至っていないという
のが現状である。積み付けプランを作成するに当たり、
このような検討貨物の船積み可否検討は最も難解かつ
重要な課題と言えよう。
Axle
(kt/2w)
1.3
1.3
1.3
1.3
15
1.3
35
1.3
1.3
1.3
本船は 10 層の積載甲板を持つ自動車運搬船
(PCTC)であり、2 層の重量甲板、6 層の固定車両甲板
と 2 層の可動甲板(リフタブルデッキ)を持つ。各甲板に
対する甲板高さ(CL.Height)と甲板強度(Uniform
&Axle Load)を表 2 に示す。
本研究ではリフタブルデッキである NO.7DECK に貨
物を船積みした際の積載可否について検討した。
図 2 リフタブルデッキ
3.2 検討貨物
現在の各国内メーカーの乗用車輸出状況について、
大排気量の RV タイプ車の需要が高い傾向にある。そこ
でメーカーからの出荷台数及び荷主からの船積み要望
3. 積載可否検討対象とする本船及び貨物
の多い RV 車を検討対象貨物とした。検討貨物の主要
3.1 対象本船
目を表 3 に示す。
本研究では以下本船を対象とし貨物の積載可否を
検討した。
表 3 検討貨物の主要目
5.29
全長(m)
2.08
全幅(m)
1.93
全高(m)
3.08
ホイールベース(m)
2.85
車両重量(t)
1.46
前軸重(t)
1.39
後軸重(t)
表 1 対象本船の主要目
船種
PCTC
総トン数
43810GT
全長
180m
幅
30m
積載可能台数
3930 台(乗用車換算)
積載甲板数
10 層
甲板種内訳
車両甲板 8,重量甲板 2
40
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4. 車両甲板への積載可否検討
車輪と直角方向のタイヤ接地長さを NK 鋼船船規則検
4.1 検討項目
査要領 C 編 C10 の表 C.10.9.1-1 から求める。
本研究では、貨物の車両甲板への積載に対して①
CL.Height②甲板板厚③甲板梁④甲板横桁の 4 項目
1/20×√P=0.134m P=計画最大輪荷重(kN)
(5)
について検討し、その可否を判断する。
各検討項目に対する検討内容を表 4 に示す。なお、
③ NK 鋼船規則検査要領C編 C.17.3.5 から検討貨物
検討貨物の計算条件(Dimensions)は表 3 の数値を使
を積載するために必要な板厚を計算する。
用する。
④
T(mm)=C√K{(2S-b’)/(2S+a)×P/9.81}+1.5
表 4 積載可否検討項目
検討項目
①CL.Height
③ 両甲板 板厚
④ 両甲板 梁
⑤ 両甲板 横桁
=5.49(mm)
検討内容
積載甲板の CL.Height と
車両全高の比較
NK 鋼船規則検査要領
C17.3.5 に従い必要板厚
を計算し、積載甲板の板
厚と比較する。
NK 鋼船規則検査要領
C10.9.1 に従い、梁の必
要断面係数を計算し、積
載甲板を構成する梁の断
面係数と比較する。
検討貨物の Uniform
Load と積載甲板の
Uniform Load を比較す
る。
(6)
S=梁の心距,P=計画最大輪荷(kN),b’=min.(b,S),
b=梁に直角方向に測った車輪の接地長さ(m)
a=梁に平行に測った車輪の接地長さ(m)
4.1.1 CL..Height
積載甲板の CL.Height=2.2m に対して検討貨物の全
図 3 タイヤの設置幅と輪荷重
高 1.93m より、
5.5mm(車両甲板の板厚)>5.49mm(必要板厚)
2.2m-1.93m=0.27cm ∴CL.Height=0.27m
(7)
(2)
(7)式より本船車両甲板の板厚は検討貨物を積載する
式(2)より検討貨物の積載に関して CL.Height の項目
ために必要な板厚の要求値を満たしている事が確認で
に問題無い事が確認できた。
きた。
4.1.2 車両甲板 板厚
4.1.3 車両甲板 梁
車両甲板の必要板厚は次の順序にて求める。
甲板横桁を支持点とした三連梁で梁の強度を以下順
① 輪荷重(タイヤ 1 個に加わる荷重)を求める。
序にて計算する。
前輪と後輪の軸荷重は異なるため、荷重の大きい前輪
① 車両の長さと前後車間距離から車両配置を決定す
の軸荷重から輪荷重を求める。
る。本研究では前後車間距離を 30cm に設定した。
② 輪荷重を求める。
1.46t(前輪の軸荷重)÷2=0.73t(前輪の輪荷重)
(3)
③ ①で設定した車両配置から三連梁にかかる輪荷重
位置を決める。
② タイヤの幅を求める
④ NK 鋼船規則検査要領 C 編 C.10.9.1 から車両甲板
梁の必要断面係数を計算する。
タイヤの幅=0.205m
(4)
41
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5. 結び
(8)
Z=C1C2M=1×7×4.2=29.4(cm3)
本報告では、NK 鋼船規則検査要領に則り自動車運
Z:必要断面係数
搬船の車両甲板における貨物積載可否について検討
C1:梁の心距 S と車輪の接地長さ b から求める係数。
した。本船建造当時と比べ大型化・重量増化した貨物
C2:鋼船規則 表 C10.9.1-2 に定められた係数
について検討した結果、4.1.4 の検討項目に関して問題
M:三連梁の各々における断面二次モーメントの中で最
が認められたが、積み付け条件の変更をした対応策に
大の値。
より船積み可能という結果を得る事ができた。
本船梁は 100×75×L
型鋼であり断面係数=69(cm3)
しかしながら、従来の積み付け条件による積載では本
である。
船の持つ積載能力をこえてしまっている事に注意しなけ
よって(8)式の必要断面係数は本船梁の断面係数の許
ればならない。本船の積載能力をこえた積み付けが定
容範囲内なので要求値を満たしていることが確認でき
常化してしまうと、少しずつ甲板に歪みが発生するなど
た。
の危険性が懸念される。(図 4)
4.1.4 車両甲板 横桁
車両甲板の甲板横桁に関しての計算内容を以下に示
す。
① 積載する甲板の設計 Uniform Load と検討貨物の
Uniform Load を 比 較 す る 。 な お 検 討 貨 物 の
図 4 車両甲板歪みダメージの実例
Uniform Load は表 3 の車両重量を車両の全長、
全幅に左右前後の車間距離を加えた面積で産出
する。本研究では左右(0.1m)、前後(0.3m)を車間
これは貨物を船積みした際に車両甲板の歪みの最大
距離として設定した。
変位が、車両甲板の許容応力度近辺であるため、徐々
② 検討貨物の Uniform Load
に甲板疲労を進めている事に起因すると思われる。
よって、貨物積載の可否を検討する際は、常に一定
(9)
=2.85kt/12.19m2=0.234kt/m2
の安全率(Safety factor)を考慮して判定する事が必要
である。
③ 設計 Uniform Load-検討貨物の Uniform Load
=0.22kt/m2-0.234kt/m2=-0.0014MT/m2
今後は、車輪の集中荷重が車両甲板に及ぼす歪み
(10)
の測定・解析を行う予定である。(図 5)
(10)式より検討貨物の Uniform Load は設計 Uniform
Load を超えてしまうため、積載不可。
④ ③で求めた結果の対応として、積み付け条件で
左右車間を広げて検討貨物の Uniform Load を
設計 Uniform Load より小さくする方法が考えられる。
図 5 歪み測定のイメージ
(必要左右車間距離)=2.85(t)÷0.22(MT/m2)÷
{5.29(m)+0.3(m)}-2.08(m)=0.237(m)
(11)
6.参考文献
(11)式より左右車間距離を 0.25m 程度にして積み付け
(1)国土交通省:船舶事故調査経過報告(H24,3,30)
れば設計 Uniform Load 以下になり要求を満たす事が
(2)三菱重工下関造船所:車両甲板搭載可否検討要領
確認出来る。
(3)一般財団法人 日本海事検定:NK 鋼船規則検査要
領 C 編 船体構造及び船体艤装
(4)㈱東京測器研究所:ひずみ測定講習会 教科書
(5)玉田光一:やさしい自動車船の話
42
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大型鉱石船が荷役中に遭遇した気象・海象条件と船体運動の
相関に関する調査研究
正会員○榊原
繁樹(東海大学) 正会員
久保
雅義(神戸大学名誉教授)
要旨
太平洋に面する港湾における大型鉱石船の係留索切断、防舷材破損や岸壁損傷、本船外板損傷の事例につ
き、船長レポートなどによる状況調査と合わせて、港外観測波データと船体動揺シミュレーションを活用し
て当該大型船が 1 回の揚げ荷役中に遭遇した気象・海象条件と船体動揺量や係留力との相関を見出す。
キーワード:港湾・係留、長周期波、船体運動、係留力、気象・海象
1.研究目的
著者らは太平洋に面する港湾において、長周期波
作用下における港内係留中の大型鉱石船についての
船体動揺量、防舷材の変形量、港内・港外波、風な
どの現地観測を行うと共に、船体動揺シミュレーシ
ョンによる再現計算を行って当該船舶の長周期船体
動揺特性を検討している(1)。2013 年冬季の低気圧来
襲時、当該港湾の大型鉱石船が港内係留中に係留索
が破断し、防舷材の破損や岸壁が損傷、また本船外
板損傷する事例がみられた。そこで本研究では、当
該係留事故時および入港、荷役中、緊急離岸後の再
接岸・荷役時など当該大型船が 1 回の揚げ荷役中に
遭遇した気象・海象条件と船体動揺量や係留力との
相関を把握することを目的として、船体動揺シミュ
レーションおよび波浪観測データを用いて検討した。
2.研究内容
図 1 に示すように 2013 年 12 月 20 日の 1:00 頃、
当該 5 万トン級鉱石船は港内係留中に荒天に遭遇し
た。船長レポートなどに基づく当該船舶の係留状況
調査から、天候の急変に伴い(高波浪および強風)、
上下、左右および前後の大きな船体動揺が発生し、
図1
大型鉱石船の係留状況
これに伴って 4 本の係留索が連続して破断、さらに
防舷材の破損や岸壁が損傷、本船外板の損傷、そし
船体に作用する波外力は、当該岸壁が港口から直
て結果として緊急離岸したことがわかってきた。一
接見渡せる場所に位置することおよび過去の港外波
方で図 2 に示す事故当時の当該港湾の港外波浪観測
と当該岸壁前面での港内波観測結果を参照して(1)(3)、
統計結果(2)から、この時間帯では有義波高が 3m から
観測港外波時系列データを FFT にて成分分解した後、
5m と急激に上昇し、また有義周期 11 秒から 15 秒超
波周期 30 秒以下の波は港外波高の 1/10 とし、30 秒
と周期の長い波の来襲に見舞われた様子が観測結果
以上の長周期波は港外波が直接船体に来襲するもの
からも判明した。そこで観測波浪データを用いて船
として与えた。また波向きは港口から岸壁を見渡す
体動揺量や係留力を算定することを試みた。
向き(ω=15deg、ほぼ正横)とした。
43
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そして船体動揺シミュレーションを用いて時系
(2) 図 4 にシミュレーション条件①での係留事故
列レベルで船体動揺量や係留索および防舷材に生じ
発生時(12/20)における船体動揺量の計算結果を示
る係留力を求めた。シミュレーション条件は、①“係
す。係留索にはウインチブレーキ力を超える張力が
留事故発生時(12/20)”、②“当初の入港時(12/18)”、
作用して索は巻き出され(または切断)、船首尾端防
③“緊急離岸後の再接岸・荷役時(12/24)”、④“離
舷材が損傷、また Heave に±1m, Sway に沖側へ 7m,
岸出港時(12/25)”、および⑤“入港前日(12/17)”の
Surge は前方へ 10m 程シフトして±10m, Yaw にも±
当該大型船の入港、荷役中、係留事故時、緊急離岸
5deg に及ぶ大きな船体動揺量が生じる結果となっ
後の再接岸・荷役時から出港までの揚げ荷役中
た。船長レポートなどに記載された係留事故当時の
(2013.12/18~12/25)の様々な気象・海象条件でシミ
船体運動の状況がシミュレーションにより概ね再現
ュレーションを行い、係留索破断や防舷材破損の原
された。
因となった外力条件を探った。
図2
大型鉱石船の 1 回の揚げ荷役中に遭遇した港
外波浪状況(2013.12.16-12.26)およびシミュレー
ション条件
3.主要な結論
(1) 図 3 に係留事故時(12/20)および緊急離岸後
の再接岸時(12/24)における港外波浪スペクトルを
図4
示す。当該大型鉱石船の係留事故時だけでなく波高
が低減した再接岸荷役中も 13 秒~15 秒のうねり成
係留事故時の船体運動の再現計算結果
(シミュレーション条件①)
分のピークだけでなく、100~200 秒の長周期波成分
にも顕著なピークが見られる波浪条件であったこと
4.参考文献
がわかってきた。
(1) 榊原繁樹・斎藤勝彦・久保雅義・白石悟・永井
港外波スペクトル 12月20日 (0:30-2:30)
1.0E+03
1.0E+02
1.0E+02
1.0E+01
1.0E+01
1.0E+00
1.0E+00
s)21.0E-01
(m
S1.0E-02
)s1.0E-01
2
(m
S1.0E-02
1.0E-03
1.0E-03
1.0E-04
1.0E-04
1.0E-05
1.0E-05
1.0E-06
1.0E-03
1.0E-02
1.0E-01
f(Hz)
1.0E+00
紀彦・島ノ江哲:長周期波作用下での Roll 共
港外波スペクトル 12月24日 (8:10-10:10)
1.0E+03
1.0E-06
1.0E-03
振動揺により誘発される港内係留船舶の長周
期動揺特性について, 日本航海学会論文集, 第
104 号, pp.187-196, 2001.
(2) 国土交通省港湾局・(独法)港湾空港技術研究
所:全国港湾海洋波浪情報網(NOWPHAS).
(3) 白石悟・永井宏一・海原敏明:外洋性港湾にお
1.0E-02
1.0E-01
1.0E+00
f(Hz)
ける波浪特性が船舶係留時の防舷材の変形に
及ばす影響分析, 海岸工学論文集, 第 45 号,
図3
港外波のスペクトル(2013 年 12 月 20 日
pp.791-795, 1998.
0:30-2:30, 12 月 24 日 8:10-10:10)
44
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
衛星画像を用いた海上交通量の推定と
衝突海難のリスク評価に関する研究
正会員 ○篠田 岳思(九州大学大学院) 学生会員 瓜生浩二(九州大学大学院工学府)
正会員 渡川真規(株式会社パスコ)
要旨
船舶が関わる海難事故は、誤認や誤判断、誤操作などの人的要因が関係していることが多い。海難事故が
一度起こると報道等でも大きく取り上げられることも多く、事故の削減は海上物流を支える船舶の信頼性に
も影響が危惧される重要課題であると考える。本研究では、衛星画像法による航行量の算出法の開発を行い、
輻輳海域と事故の発生確率の推定について検討した。衝突海難についてベイジアンネットワークを適用した
確率的なリスク評価方法を開発し、安全改善策の評価方法について検討し、瀬戸内海海域の事故に適用した。
キーワード:衛星画像、交通量推定、リスク評価、ベイジアンネット
1.緒言
整理するために、衝突海難の際になされた操船に関
研 究 で は、IMO で 承 認 さ れ た FSA(Formal Safety
わる人間の認知情報処理に基づき知覚、動静監視、
Assessment) ガイドラインを参考にしてリスク評価
判断、操船に関わる事故要因を分類定義して、これ
法について検討を行った。はじめに、広域に航行量
らの要因が発生した距離を見出すことにより各事故
の算出を実施できるように衛星画像法による航行量
を整理した。また、衝突事故の形態の特徴を分析す
の算出法の開発を行い瀬戸内海海域について検討
るため、行き会い、追い越し、横切り、その他の大
を行った。次に、船舶が関わる海難事故の多くは人
きく4分類して整理した。
的要因が関係していることが多いため、人的要因を
考慮したリスク解析方法として、ベイジアンネット
4.リスク評価と RCO の効果の推定
ワークを適用した確率的なリスク評価法を開発し、 研究では、ベイジアンネットを適用した衝突海難
これを瀬戸内海海域の中・大型船の衝突海難事故に 事故を操船状態遷移モデルとして確率的リスク解析
ついて評価を行った。また、安全改善対策として有
を行うが、これには「知覚」
「動静監視」
「判断」
「操船」
効と考えられる RCO(Risk Control Option) について、 の状態を経て「衝突」に至るという状態遷移を考え
費用対効果について検討を行った。
モデル化した。なお、計算には条件付き確率表を定
める必要があるが、これらは構築したデータベース
2.衛星画像を用いた航行量の推定
から集計した値を用いた。このリスク解析により知
対象海域の航行量の推定には、観測点を設置した
覚早期化・誤判断防止が課題であることを確認した。
全船観測による方法や、AIS データのみを用いる方
この問題を改善するために、AIS の搭載範囲の拡
法等が実施されている。ここでは、新たに衛星画像
大、レーダー 2 重化の拡大、居眠り防止装置等の
を用いた航行量の推定方法について検討を行った。 RCO や各 RCO や改善対策を組み合わせについて、
また解析に際して、瀬戸内海海域を航路の特性から リスク削減効果を確率的に算出し、さらに RCO の
13 海域に分け計算を実施した。計算によると関門、 費用対効果の検討には GCAF(Gross Cost of Averting
明石海峡での航行量が多さや、来島、明石海峡は漁 Fatality)として、対策に伴うコスト上昇 ΔC と、対
船の航行や操業が多く衛星画像法により海域の航行
策による削減リスク ΔR の比から効果を検討した。
量の特徴を抽出することができることが分かった。
5.結言
3.海難衝突事故データベースの構築
本研究では瀬戸内海における中・大型船の衝突海
これまで研究室で構築してきた衝突海難のデータ
難事故について、衛星画像から航行量を算出して海
ベースに加え、瀬戸内海での中・大型船の衝突事故
難発生確率を推定し、ベイジアンネットを用いた衝
のデータベースを構築・整備した。このデータベー
突海難事故モデルと RCO の効果について検討しリ
スでは、過去に発生した事故を人的要因を考慮して
スクその有用性を確認した。
45
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
岩手県沖合から放流した樽型漂流ブイ観測
正会員
○嶋田
陽一(水産大学校) 非会員
児玉
琢哉(岩手県水産技術センター)
要旨
風圧流の影響を受けやすい漂流ブイを岩手県沖合から放流しその挙動特性を調べた。漂流ブイは南下し続
け、暖水渦の影響より 1 か月程度時計回りに回転し、黒潮及び黒潮続流によって東へ蛇行し、シャツキー海
台の西側にて 20 日程度概ね停滞する。その後、漂流ブイは東へ蛇行して天皇海山列の北緯 35 度辺りを通過
後に時計回りに移動し、海山の間を通るように南へ蛇行する。同海域においてプロパンガスボンベ等の漂流
物が確認されたことから漂流物の移動経路の一部の可能性が示唆される。
キーワード:航海・地球環境、漂流ブイ、風圧流、岩手県沖合、天皇海山列
1.緒言
の挙動特性を調べる。
東日本大震災によって多くの漂流物が流出し、一
2.実験概要
部はアメリカ・カナダ沿岸に漂着した。漁船、桟橋
及び小型コンテナ等のようにサイズの大きい漂流物
研究で用いた漂流ブイは、株式会社ノマドサイエ
は、
船舶の安全航行に影響を及ぼす危険性があった。
ンスで製作された樽型漂流ブイ(ABU-1004G)である。
それゆえ、今後、津波及び海難事故等による沖合の
(図 1) 。漂流ブイの大きさはコピー用紙箱(高さ約
漂流物対策のために、漂流物の挙動特性を把握する
31cm、幅約 22cm、奥行き約 23cm)程度である。風圧
ことは重要である。これまで沖合において多くの漂
流の影響を受けやすいように、漂流ブイ面積の半分
(1)
以上は海面に露出している(図 2)
。
流ブイ観測が行われてきたが(例えば、石井・道田 ,
(2)
松野他 )、これらは海流の流速観測が主な目的であ
岩手県所属岩手丸の協力により、2014 年 9 月 10
るので、漂流ブイは風圧流の影響を受けないように
日 23 時(UTC)頃に岩手県沖合(北緯 39 度、東経
丸型あるいは平面型であり、その海面露出面積が小
146 度)において漂流ブイを放流した。衛星を利用し
さく設計されている。さらに海流の影響を受けやす
て 1 日 1 回の位置データを取得し、測定された位置
いように漂流ブイの海面下に抵抗体が取り付けられ
データから空間・時間内挿を行い毎日 0 時の位置デ
ている。このような漂流ブイ観測は風圧流の影響を
ータを作成した。解析期間は 2014 年 9 月 11 日から
受けるような現実的な漂流物挙動の知見として不向
2015 年 2 月 20 日までである。
きな場合があるので、より現実的な形状をした漂流
ブイ観測が望まれる。
最近、松村他(3)は漂流ゴミを模した漂流ブイ観測
による漂流ブイの位置を報告している。漂流ブイの
放流時期は 1 月(2012、2013 年)、6 月(2011 年)及び
10 月(2011 年)であった。10 月に放流した漂流ブイは
ペットボトルを模した形状であった。この漂流ブイ
図1 漂流ブイ(左はコピー用紙箱)
は岩手県沖合から放流され、北マリアナ諸島の北東
遠方の海域(東経 147 度から東経 162 度、北緯 22 度
から北緯 35 度)において 2 年程度漂流していた。こ
のような背景から、秋季に岩手県沖合から風圧流の
影響を受ける漂流ブイを放流した漂流ブイ挙動観測
は行われておらず、その知見は今後の現実的な漂流
物挙動に関する研究に有益であると思われる。そこ
で、本研究では松村他(3)より風圧流の影響を受けや
すい樽型漂流ブイを 9 月に岩手県沖合から放流しそ
図 2 海上にある漂流ブイ
46
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
図3
漂流ブイの軌跡
○印は 5 日毎の位置を示す。
3.結果
東において漂流ブイ速度は概ね 0.2m/s から 1m/s ま
図 3 に漂流ブイの軌跡を示す。岩手沖合に放流さ
での範囲で変動する。講演時には詳細な解析につい
れた漂流ブイは 10 月 1 日まで南下し続け、
暖水渦の
て報告する。
影響より 1 か月程度時計回りに回転し、黒潮及び黒
潮続流によって東へ蛇行する。11 月 30 日、漂流ブ
イはシャツキー海台の西側にて 20 日程度概ね停滞
し、その後、東へ蛇行して天皇海山列の北緯 35 度辺
りを通過後に時計回りに移動し、天皇海山列の海山
の間を通るように南へ蛇行する。2011 年水産大学校
所属耕洋丸第 28 次航海(天皇海山海底環境調査(水産
庁委託))の概要報告(4)によると、7 月下旬に天皇海山
列の北緯 35 度周辺において漂流しているプロパン
ガスボンベ、家屋の木材らしき物及び漁具が確認さ
れたことから、この周辺海域は漂流物の移動経路の
一部の可能性が示唆される。
図 4 漂流ブイ速度の時系列
図 4 に漂流ブイ速度の時系列を示す。漂流ブイ速
度は 10 月 15 日に観測期間中最大速度である約
1.5m/s に達し、10 月末から 11 月初旬まで 1 m/s 以上
に及ぶ。図 3 より漂流ブイがほとんど停滞したため
に、11 月中旬から 12 月中旬までの漂流ブイ速度が
他の期間よりも遅い傾向であることが確認できる。
12 月中旬以降の漂流ブイ速度は、概ね 0.2m/s から
1m/s までの範囲で 10 日程度の周期的な変動を示す。
図 4 は空間的に変化した漂流ブイ速度の時間変化
なので、
漂流ブイ速度と地理的関係は不明確である。
そこで、図 3 より漂流ブイが東へ移動する傾向を示
すことから、図 5 に経度方向における漂流ブイ速度
分布を示す。漂流ブイは放流後に東経 145 度辺りに
位置する暖水渦に捕捉され、黒潮・黒潮続流によっ
図 5 経度方向における漂流ブイ速度分布
て約 1.4m/s で東へ移動し、東経 155 度辺り(シャツ
キー海台の西側)で停滞する。また、東経約 157 度以
47
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
謝辞
漂流ブイの放流に関して岩手県水産技術センターの
後藤友明博士、岩手県水産技術センター関係者様及
び岩手丸乗組員様、漂流ブイに関して株式会社ノマ
ドサイエンス関係者様、漂流ブイ位置データ取得に
関して株式会社キュービック・アイ関係者様のご支
援を頂き感謝の意を深く表する。また、本研究は平
成 26 年度神戸大学震災復興支援・災害科学研究推進
活動サポート経費の助成を受けて行ったものである。
参考文献
(1) 石井春雄・道田豊: 漂流ブイによる対馬暖流第
一分枝のトラッキング, 水路部研究報告, No.32,
pp.37-47, 1996.
(2) 松野健・Joon-Soo Lee・Ig-Chan Pang・Sang-Hyun
Kim: 漂流ブイを用いた東中国海の海況モニタ
リング―長江希釈水の挙動―, 沿岸海洋研究,
Vo.44, No.1, pp.33-38, 2006.
(3) 松村治夫・田中勝・小林朋道・荒田鉄二・佐藤
伸・金相烈・西澤弘毅: 東日本大震災による漂
流ごみの移動経路把握による二次災害防止に関
する研究, 平成 25 年度環境研究総合推進費補助
金研究事業総合研究報告書, 環境省, p.99, 2014.
(4) 水産大学校所属耕洋丸, 耕洋丸第 28 次航海(天
皇海山調査)における放射線測定について,
http://www.fish-u.ac.jp/housyasen_sokutei.pdf,
2011.
48
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
乗船実習経験による水産系大学生の進路選択に
対する自己効力と職業意識の変化
正会員 ○行平 真也(福岡工業大学環境科学研究所) 正会員 八木 光晴(長崎大学)
正会員 清水 健一(長崎大学) 正会員 高山 久明(長崎大学)
要旨
船に接する機会を与える教育が自己効力を高める上でその一助となる可能性が示唆されていることから、
乗船実習経験による水産系大学生の進路選択に対する自己効力と職業意識の変化を 2013 年 8 月~9 月に長崎
大学水産学部の乗船実習を対象として、進路選択に対する自己効力尺度(30 項目)の設問、就きたい職業な
どの職業意識に関する設問等から構成する質問紙を用いて調査を行った。その結果、実習後に自己効力尺度
の評点が高まる傾向があることから、乗船実習が自己効力に影響を与えることが示唆された。また、職業意
識については、就きたい職業の有無について実習前後で相違はみられなかったが、実習前後において職業意
識の変化があった、またなんとなくあったという回答が、就きたい職業がある、もしくはなんとなくあると
実習後に回答した実習生の 33%からみられており、特に海技士など航海系の職業に注目すると、その職業へ
の志望者が実習後 3 名増加していることから、乗船実習が職業意識に影響を与えることが示唆された。
キーワード:教育・訓練、職業意識、海技士、乗船実習
1.はじめに
行平ら
2.調査の概要
2.1
1)
は水産高校生を対象とした進路選択に対
対象とした乗船実習
する自己効力についての調査結果から、就きたい職
2013 年 8 月~9 月に長崎大学水産学部が行う乗船
業の有無は進路選択に対する自己効力と関係がある
実習(実習期間 14 日間、必修)の 3 航海であり、対
ことを示唆し、職業意識の涵養のためにも、この自
象は長崎大学水産学部学生 113 名である。航海の概
己効力の育成を目指した指導が必要であることを示
要について下記に示す。
した。また、これに加え、船に接する機会が多いと
第 1 グループ(39 名)
した生徒の自己効力が船に接する機会が少ない、ほ
実習期間:2013 年 8 月 9 日~2012 年 8 月 22 日
とんどないとした生徒と比較して有意に高かったこ
寄港地:新湊、萩
とから、船に接する機会を与える教育が自己効力を
第 2 グループ(34 名)
実習期間:2013 年 8 月 28 日~2013 年 9 月 10 日
高める上でその一助となる可能性を示唆している。
上記の結果を受け、乗船実習前後における職業選
寄港地:博多、仙崎
択に対する自己効力尺度の得点を比較する調査を行
第 3 グループ(40 名)
ったところ、実習後の方が高い結果となり、乗船実
実習期間:2013 年 9 月 14 日~2013 年 9 月 27 日
習は進路選択に対する自己効力を高める効果がある
寄港地:神戸、松山
2)
ことを示唆した 。
実習内容:航海実習、運用実習、法規実習、通信
2)
実習、漁業実習、海洋観測実習、医療実習
しかし、M.Yukihira et.al が行った乗船実習前
後の自己効力の変化を比較する調査は、乗船実習後
2.2
の尺度得点の向上のみを示した内容であり、実習に
調査方法と項目
より実習生の職業意識がどのように変化したかを考
調査は質問紙法を用いた。質問紙は 3 部構成とし
察するには不十分である。そのため、本研究では、
た。1 部は実習生の属性(性別・コース・高校の種
自己効力の変化に加え、乗船実習前後における就き
類・生育地・海に接する機会・船に接する機会)に
たい職業の有無の変化などから、乗船実習における
関する設問から構成した。2 部は工業高校の生徒を
職業意識の変化ついて検討を行った。
対象に行った研究
3)
を参考に就きたい職業の有無
(「ある」、
「なんとなくある」、「ない」)、就きたい職
49
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
表1
就きたい職業の有無別の進路選択に対する自己効力尺度の評点合計値
A ある
項目
評点合計値
平均値
82.00
標準偏差
13.01
B なんとなくある
平均値
76.02
標準偏差
8.58
C ない
平均値
74.16
(1)
(2)
†
*
標準偏差
9.72
(3)
((1) A×B, (2) A×C, (3) B×C, †:p<0.10, *:p<0.05, Scheffé’s F test )
表2
乗船実習前後の進路選択に対する自己効力尺度の評点合計値
項目
全体
就きたい職業がある
就きたい職業がなんとなくある
就きたい職業がない
乗船実習前
平均値
76.69
82.00
76.02
74.16
乗船実習後
標準偏差
10.32
13.01
8.58
9.72
平均値
81.46
87.59
80.25
78.23
標準偏差
10.66
10.12
11.12
8.73
有意差
**
†
*
†
(†:p<0.10, *:p<0.05, **:p<0.01, t-test )
3.2
業の具体的な名称(自由記述)、就きたい職業に向い
乗船実習前後の自己効力の変化
ているか(「向いている」から「向いていない」まで
乗船実習前後の項目ごと、評点合計値の比較につ
の 5 件法で求めた)、就きたい職業にどの程度就きた
いては M.Yukihira et.al2)が報告しているとおりで
いか(「必ず就きたい」、「就きたい」、
「出来れば就き
あるが、全体では 30 項目中 27 項目において、実習
たい」)など職業意識についての設問から構成した。
後の評点平均値が高く、
このうち 14 項目で有意に高
また、実習後には乗船実習前後での職業に対する意
い結果となり、合計値においても実習後が有意に高
識の変化の有無やその具体的な変化について自由記
い結果となった(表 2)
。
述回答を求める設問を加えた。3 部は進路選択に対
また、就きたい職業の有無ごとに、前後の比較を
する自己効力と職業意識との関係を調べることを目
行ったところ、就きたい職業が「ある」とした群に
4)
的とし、浦上 が作成した進路選択に対する 30 項目
ついては全ての項目と合計値で実習後が高い結果と
からなる自己効力尺度から構成した。自己効力尺度
なり、このうち 3 項目と合計値で有意に高い結果と
については、回答はそれぞれの項目に対し「非常に
なった。次に就きたい職業が「なんとなくある」と
自信がある」から「全く自信がない」までの 4 件法
した群については 30 項目中 27 項目、また合計値で
で求めた。
実習後が高い結果となり、このうち 7 項目と合計値
で有意に高い結果となった。就きたい職業が「ない」
3.結果と考察
とした群については 30 項目中 26 項目、また合計値
3.1 乗船実習前の自己効力と就きたい職業の
有無の関係
で実習後が高い結果となり、このうち 3 項目と合計
乗船実習前の進路選択に対する 30 項目からなる
就きたい職業の有無を問わず、実習後に評点が高ま
自己効力尺度の評点合計値について、就きたい職業
っていることが示唆された(いずれも危険率 10%以
の有無間において比較した。その結果、就きたい職
下を有意とした)。
値で有意に高い結果となった。これらの結果から、
業が「ある」「なんとなくある」「ない」の順に有意
進路選択に対する自己効力を高める方法の研究は、
に高い結果となった(表 1)
。なお、乗船実習後にお
数多くあるが、本研究を同じ尺度を用いた事例では、
いても同様の結果となった。これらの結果は水産高
例えば、高まる事例として、佐々木
校生を対象とした行平ら
1)
5)
は進路選択支
の研究結果を支持してい
援プログラムの効果として、実験群の学生の CDMSE
る結果であり、職業意識が高いほど進路選択に対す
得点(score of CDMSE)が有意に上昇し、対照群の
る自己効力が高い結果となった。このことから、職
学生の得点が上昇しなかったことから、プログラム
業意識と自己効力に関係があることが示唆された。
の効果があったことを示している。また、李艶ら
6)
は 1 年間にわたるキャリア教育プログラムの取り組
みにより、自己効力感を高めることが出来たことを
50
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
指摘している。
表3
乗船実習前後の就きたい職業の有無(n=113)
変化が見られなかった事例としては、例えば、高
良ら
項目
7)
はインターンシップを対象に調査を行ったが
インターンシップ経験による進路選択に対する自己
効力の変化は認められなかったとしている。
このように、介入によって進路選択に対する自己
実習前
実習後
就きたい職業がある
26
29
就きたい職業がなん
となくある
50
49
就きたい職業がない
37
35
効力が向上したりしなかったりと一貫した結果が得
られていない。このようになる可能性について、自
己効力を育成すると考えられる情報源(達成経験・
を志す記述は第 1 グループの 1 名のみであったが、
代理経験・言語的説得・情動喚起)がどのように提
実習後の第 1 グループ、第 2 グループにおいて「航
供されたか、認知的要因(原因帰属・自己統制感)
海士(1 名)
」
「研究者・技術者・航海士(1 名)」、
「海
の修正を行ったか否か、実験以外の経験(セミナー
技士(1 名)」、「東京海洋大学(1 名、自由記述から
参加など)
、質問紙や興味検査といった測定具そのも
専攻科進学と推定される)
」と記載した実習生が 4
のの実施効果、介入の時間や頻度など、介入の条件
名いたことから、乗船実習により海技士を志す実習
生が 3 名みられた。行平ら 9)によると、2007 年 3 月
8)
によって異なる可能性が指摘されている 。
本調査において対象とした乗船実習はほとんど
に東京海洋大学水産専攻科進学予定者 6 名(長崎大
の時間を同じ船内で過ごし、寝食を共にし、船外の
学水産学部学生)に聞き取りを行った調査で、6 名
活動でも寄港地なども同じであることから、実習生
中 4 名が専攻科に進学しようとしたきっかけを乗船
の皆がほぼ同じ経験するなど、被験者側の条件統制
実習と回答していることから、本調査結果を支持し
が他の調査と比較し取れているものと考えられる。
ており、いずれも全体からするとわずかであるが、
また就きたい職業の有無ごとにおいても自己効
乗船実習をきっかけとして、将来の職業として航海
士を選択する可能性が示唆された。
力が向上した結果が示されていることから、乗船実
習の教育効果として、進路選択に対する自己効力を
3.4.2
向上させる効果があることが示唆された。
実習生が感じた具体的な変化
「乗船実習の前後で職業に対する意識の変化があ
3.3 実習前後における就きたい職業の有無の
変化
ったか」の設問に対し、
「あった」、また「なんとな
実習前後による就きたい職業の有無の人数につい
変化がありましたか、具体的に教えてください」か
て、表 3 に示す。就きたい職業がある、なんとなく
ら回答を得た。下記の回答が得られ、乗船実習の経
あるとした人数は、実習前は 76 名、実習後は 78 名
験により、実習生の職業意識の変化が抽出された。
くあった」と回答した実習生に教示文「どのような
と 2 名増加していたが、
カイ二乗検定を行った結果、
有意な差はみられなかった。
意識の変化が「あった」と回答した実習生の自由記
述回答例
3.4 乗船実習前後での職業に対する意識の変
化の有無やその具体的な変化
3.4.1 意識の変化の有無

実際に操船してみて意思が強くなった。(志望
職業:航海士)

実習後において、就きたい職業が「ある」もしく
やれるならやってみたいと思えた。(志望職
業:海技士)

は「なんとなくある」と回答した実習生に対して、
「乗船実習の前後で職業に対する意識の変化があっ
船に関わる職業について、もっと調べたいと思
った。(志望職業:食品関係)
たか」について問うた結果、第 1 グループでは 27
名中 6 名(22%)、第 2 グループでは 24 名中 11 名(46%)
、
意識の変化が「なんとなくあった」と回答した実習
第 3 グループでは 27 名中 9 名(33%)が「あった」
生の自由記述回答例
もしくは「なんとなくあった」と回答した。なお、

視野が広がった分、今の時期に就きたい職業を
将来どのような職業に就きたいかの自由記述回答に
1 つにしぼっていいのか考えるようになった。
注目すると、実習前には海技士など航海に関わる職
(志望職業:生化学系の職)
51
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日

航海士も良さそうだと思った。(志望職業:公
学編,Vol.55,pp.65-72,2006.2
務員)

(4) 浦上昌則:学生の進路選択に対する自己効力に
貴重な体験だったので、ここで学んだことを活
関する研究,名古屋大学教育学部紀要,教育心
かす仕事もよいかもしれないと思った。(志望
理学科,Vol.42,pp.115-126,1995.12
(5) 佐々木由利子:カウンセリング心理学の授業に
職業:公務員)

船舶に携わる仕事がどのようなものかわかっ
おける進路選択支援,日本橘学館大学紀要,
たので参考になった。(志望職業:研究者・技
Vol.4,pp15-27,2005.3
(6) 李艶・有山篤利:キャリア教育の取り組みと大
術者・航海士)
学生のキャリア意識変化の関連についての追
4.おわりに
跡研究 I 自己効力感を中心に,聖泉論叢,Vol.19,
本研究では、乗船実習経験による水産系大学生の
pp1-12,2011
進路選択に対する自己効力と職業意識の変化につい
(7) 高良美樹・金城亮:インターンシップの経験が
て、乗船実習前後の質問紙調査結果を基に分析した。
大学生の就業意識に及ぼす効果--職業レディ
本研究の成果をまとめると以下のようになる。
ネスおよび進路選択に対する自己効力感を中
1) 進路選択に対する自己効力は就きたい職業が
心として,人間科学,Vol.8,pp39-57,2001.9
「ある」「なんとなくある」「ない」の順に有意
(8) 富永美佐子:進路選択自己効力に関する研究の
に高い結果を示しており、職業意識が高いほど
現状と課題,キャリア教育研究,Vol.25(2),
自己効力が高い結果となった。
pp97-111,2008.3
2) 就きたい職業の有無を問わず、乗船実習後に進
(9) 行平真也・高山久明・清水健一・合田政次:水
路選択に対する自己効力が向上した結果が示さ
産学部生が捉える「船」とは―海事志向性とイ
れていることから、乗船実習の教育効果として、
メージ・意味構造から見る乗船実習の効果―,
進路選択に対する自己効力を向上させる効果が
日本航海学会論文集,Vol.117,pp.253-260,
あることが示唆された。しかし、乗船実習前後
2007.9
で就きたい職業の有無の程度に差がみられなか
った。
3) 就きたい職業を持つ実習生の 33%が乗船実習前
本報告の一部は Asia Navigation Conference 2014
後で職業に対する意識の変化があったと回答し
で発表した内容である。本研究では、それらの内容
た。特に海技士など航海系の職業に注目すると、
に加え、就きたい職業の有無ごとの自己効力尺度得
その職業への志望者が実習後 3 名増加している
点の変化の解析を行うとともに、乗船実習による職
ことから、乗船実習が職業意識に影響を与える
業意識の変化について整理したものである。
ことが示唆された。
参考文献
(1) 行平真也,高山久明,清水健一,養父志乃夫:
水産高校生の職業意識に関する研究,日本航海
学会論文集,Vol.129,pp1-7,2013.12
(2) Masaya YUKIHIRA, Mitsuharu YAGI, Kenichi
SHIMIZU and Hisaaki TAKAYAMA:Study of the
Educational Effects of On-Board Training:
Focusing on the Change
Decision-Making
in the Career
Self-Efficacy
Scale.
Proceedings of Asia Navigation Conference
2014, pp329-336,2014.11
(3) 阿濱茂樹・東良典:工業高校の生徒の職業意識
に関する研究,金沢大学教育学部紀要
教育科
52
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
旅客船の転覆事故における避難行動に関する研究
学生会員〇中山
光成(高崎経済大学大学院) 正会員 久宗 周二(高崎経済大学)
要旨
2014 年韓国で乗客・乗員 476 人を乗せたフェリー「セウォル」が航行中に傾き、沈没、乗船者のうち約 6
割が死亡・行方不明となった。この事故は、操船ミスや過積載により船が傾いたとみられる。乗客への避難
誘導も不適切で多くの乗客が逃げ遅れた。同様の事故は 2009 年に尾鷲沖でフェリー「ありあけ」の転覆事
故がある。この事故は船体が高波にあおられ荷崩れが起きて傾いた。このときは乗組員の迅速な避難誘導が
行われ、死者は発生しなかった。本研究では「セウォル」と「ありあけ」の 2 件のフェリー転覆事故の事故
発生後の乗組員の行動のとり方を比較分析した。その結果、「セウォル」でも乗組員がすぐに避難指示を出し
ていれば被害は軽減できたと考えられる。今後、事故の被害拡大を防ぐためには、「よい事例」を分析し、そ
こでの乗組員の行動のとり方を伝えることも有効である。
キーワード:海難,行動分析,安全人間工学,よい事例,避難行動
1.目的
分析」を用いて、事故発生時の乗組員や乗客の行動
2014 年 4 月 16 日、韓国・珍島沖で航行中のフェ
など事故の状況について分析する。これらの手法は
リー「セウォル」が沈没、304 人が死亡した。これ
鉄道事故等の組織事故の分析に活用されており、本
までも、航行中の船舶が過積載や悪天候によって船
研究ではこの2つの手法を用いて分析する。
体が傾き、沈没する事故が発生している。船舶での
2.1
人的事故の調査分析マニュアル
荷物の固縛など荷崩れを防止する方法についての分
このマニュアルは、昭和 45 年に橋本ら(3)が開発し
析から、重量制限以下でも積載位置や方法、海象な
た手法で事故発生前後の経過を、時系列、部署別に
どによっては荷崩れがおきる可能性があると指摘さ
整理してチャート図に表わすものである。事故発生
れている
(1)
時の乗組員や乗客などの人の行動に焦点をあてて整
。また、紫雲丸事故などを旅客船が転覆
した際の乗客の避難行動について分析した研究では、
理するものである。
事故発生後、乗客だけでなく乗組員も混乱すること
2.2 4M 分析
があると指摘している 。過去の事故には船体は大
4M 分析は、ある事故について人的(Man)、機械
きく損傷したが、乗客全員が避難できて死者がゼロ
的(Machine)、環境(Media)、管理的(Management)
に抑えた事故例もある。事故の分析に関する研究に
の 4 つの“M”に分けて分析するもので、アメリカ
は、「失敗学」に代表されるように多数の死者を発生
航空宇宙局(NASA)で採用されている分析方法で、
させた「悪い事例」を分析した研究は数多く存在す
事故の状況や要因、背景などを整理する。どの要因
る。しかし、被害を最小限に抑えた「よい事例」に
により事故の被害が拡大したかもしくは食い止めら
ついて分析した研究はない。本研究では「よい事例」
れたかを 4M に分けて分析する。
(2)
と「悪い事例」を比較し、そこでの行動のとり方の
違いなどから、航行中の旅客船の転覆事故発生時に
3.事故事例に基づく分析
被害を軽減するにはどうすれがよいかを考察する。
3.1
「セウォル」沈没事故(悪い事例)
2014 年 4 月 16 日朝、韓国・珍島沖で仁川発済州
2.方法
島行のフェリー「セウォル」(6,825 トン)が傾き、
本研究では、航行中のフェリーが傾き、転覆した
その後沈没した。船には乗客・乗組員 476 人がいた
事故について、「よい事例」と「悪い事例」を比較分
が、304 人が死亡、130 人以上が重軽傷を負った。
析する。「悪い事例」には「セウォル」号沈没事故、
事故の直接の原因は、操船ミスと過積載とみられる
「よい事例」には「ありあけ」転覆事故をとりあげ
(4)
る。本研究では、新聞や事故報告書等から事実関係
1 時間は自力での歩行が可能だった(5)。しかし、乗
を整理し、
「人的事故の調査分析マニュアル」と「4M
組員からの指示は救命胴衣の着用と船内待機のみで、
。この事故では、船体の傾斜が確認されてから約
53
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
避難誘導はなかった。沈没直前になって、海に飛び
後は歩行が可能だったため、船外避難の指示を出し
込むように指示が出たが、その時船内は歩行が困難
ていれば 1 時間程度でほとんどの乗客が避難できて
だったため多くの乗客が逃げ遅れたとみられる
3.2
(6)
いたと考えられる。
。
「ありあけ」転覆事故(よい事例)
2009 年 11 月 13 日、三重県尾鷲市沖で東京発那
5.結論
覇行のフェリー「ありあけ」
(7,910 トン)が航行中、
船体が傾斜し、転覆しかけた場合、迅速に避難を
高波により積荷が荷崩れを起こし船体が傾き、転覆
始めることで死者数が減ると考えられる。事故発生
した 。船には乗客と乗組員 28 人がいたが、全員
時は乗組員も混乱して、適切な行動がとれないこと
が救助され 3 人が軽傷を負ったが死者は発生しなか
がある。従来は死亡事故など「悪い事例」ができる
った。船体の傾斜を確認した後、乗組員がすぐに避
とそれを分析して、避難マニュアルの見直しや教育
(8)
訓練が行われてきた。一方、
「よい事例」では切迫し
(7)
難誘導を行ったため全員が生存したと考えられる 。
た状況で、乗組員と船長が相談し判断して、乗客の
4.考察
避難誘導などをした。それにより事故の被害を最小
「セウォル」と「ありあけ」の乗組員の行動と気
限に抑えた。人的被害を軽減するためには「よい事
象・海象などの外部的要因の比較を表1に示した。
例」を分析して、そこから得られた知見について教
その結果、
「セウォル」でも「ありあけ」と同様にす
育訓練等を通じて乗組員に伝えることも有効である。
ぐに船外避難の指示を出していれば死者数は減った
と考えられる。「セウォル」の事故の際、周囲に漁船
6.参考文献
など約 20 隻程度が救助できるように周囲で待機し
(1) 矢加部
ていが、
「セウォル」の乗組員は事故直後混乱してお
ェリーに積載されるセミトレーラーの固縛評価に関
(6)
文, 太田
進, 田村
兼吉 : カーフ
り乗客の避難誘導をしなかった 。船長ら乗組員の
する研究, 日本航海学会第 128 号 pp89-100, 2013.
一部は乗客より先に救助された。「ありあけ」
での避
(2) 久宗周二, 天下井清, 木村暢夫:紫雲丸・第三
難方法を踏まえて考えると、乗組員全員が船橋に集
宇高丸衝突・沈没事故の人間工学的研究(日本人
まり、非常体制をとったと考えられる。乗客に対
間工学会人的事故調査マニュアルを用いて),日
本航海学会第 114 号 pp179-184, 2006.
して救命胴衣着用と避難指示を出し、救命ボート等
(3) 橋本邦衛 : 安全人間工学 中央労働災害防止協
を用意して避難をしていたと考えられる。事故当時
会 pp3-79 1984.
は、晴天で海水温も高かった。そのため、救命ボー
(4) 読売新聞 : 2014 年 4 月 17 日夕刊 1 面, 同 24
トが使用できずに海に飛び込んだ場合でも、すぐに
日付 朝刊 1 面, 同 23 日付朝刊 38 面
周辺の船舶により救助され、死者数は減ったと考え
(5) 読売新聞 : 2014 年 4 月 17 日付 夕刊 11 面
られる。「ありあけ」では、事故直後、船内の歩行が
(8)
困難な状況であったが 、乗組員が乗客の避難を最
(6) 読売新聞 : 2014 年 4 月 29 日付 朝刊 35 面,
優先に行動した。歩行が困難だったため、乗組員が
(7) 国土交通省 : フェリー大傾斜事故の再発防止
策について,2011 年 3 月 2 日.
消防用ホースなどを使って乗客を釣り上げるなどし
て避難させた 。その結果、約 1 時間で乗客を避難
(7)
(8) 運輸安全委員会 : 船舶事故報告書ありあけ船
体傾斜事故”, 2011 年 2 月 25 日.
させることができており、乗組員の迅速な判断と行
動により全員が生存できた。
「セウォル」では発生直
表 1「セウォル」
「ありあけ」における乗組員の行動及び事故状況、生存率の比較
「セウォル」
「ありあけ」
生
存
率
約 40%
100%
天
候 晴れ、潮流はやや早い
雨、暴風、高波
発生直後の状況 歩行可能(約 1 時間後から歩行不能) 歩行がやや困難(階段は自力で昇降できない)
乗組員の行動
通報、乗客への指示
全乗組員が船橋へ集合、乗客への指示、通報、
(船長らは当局により救助される) 避難誘導、船内の確認
乗客への指示
救命胴衣の着用、船内待機
救命胴衣の着用、避難場所への集合
海への飛び込み(沈没直前)
54
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
船員災害の特徴と災害防止に関する研究(2)
-ヒューマンエラーと背景要因に関する検討正会員 ○小島 智恵(鳥羽商船高等専門学校) 正会員 逸見
真(東京海洋大学)
正会員
井上 一規(東京海洋大学)
正会員 竹本 孝弘(東京海洋大学)
要旨
船員災害については、昭和 43 年度を初年度とする第 1 次船員災害防止基本計画以降、発生件数や発生率は
減少している。平成 25 年度から平成 29 年度の第 10 次船員災害防止基本計画の主要な対策として、総合的な
安全衛生の向上を目指した取り組みが行われている。しかし、船員災害は、陸上の全産業の災害発生率と比
較すると約 5 倍と高率であり、近年、発生件数や発生率の減少傾向が停滞している。そこで本研究では、最
近 5 年間の船員災害を調査し、外航船と内航船における発生状況の特徴を把握した。さらに、船員災害報告
事例を使用し、ヒューマンエラーに起因する災害を発生させる事象と発生に影響する要因の把握が可能か検
討した。
キーワード:船員災害、労働安全衛生、ヒューマンファクター、ヒューマンエラー、なぜなぜ分析
1. はじめに
日までに発生した船員災害の件数を示したものであ
船員の職業は、林業、鉱業に続く危険な業種にあ
る。船舶の種類によっても船員災害の件数に特徴が
げられている。船員災害は、
「船員の就業に係る船舶、
あるため、船舶の種類を 5 種類に分類した。
船内設備、積荷などにより、又は作業行動もしくは
(1) 外航:国際航海に従事する一般船舶(貨物船、
船内生活によって、船員が負傷し、疾病にかかり、
油送船、LNG 船、セメント船、自動車船、コン
又は死亡することをいう」
(船員災害防止活動の促進
テナ船、専用船、旅客船、フェリー)
に関する法律第 2 条 1 項)と定義されており、船員
(2) 内航(大手)
:外航以外の使用船員 100 人以上の
災害は他の産業での災害とは異なり、職務上である
船舶所有者の所有する一般船
か職務外であるかは区別されないという特徴がある。
船員災害は、災害を発生させる様々な事象と発生に
:外航、内航(大手)以外の一般
(3) 内航(その他)
船
影響する要因が関係しており、陸上災害とも同様と
(4) 漁船:漁船
も言えるが、労働環境、生活環境の違いから船員な
(5) その他:官公庁船、曳船、はしけ及び起重機船
らではの特性があるのではないかと考えている。そ
等
こで、近年 5 年間の外航船と内航船における発生状
況を調査し、その特徴を把握すると共に、災害を引
表 1.災害発生件数(H20 年度から H24 年度)
き起こす作業者の行動と、作業者のヒューマンエラ
ー及びその背景要因について検討した。
H20年度
H21年度
H22年度
H23年度
H24年度
2. 船員災害の現状
船員法 111 条に基づいて、船舶所有者から国土交
全災害
外航
内航
(大手)
内航
(その他)
漁船
その他
840
789
747
708
731
11
18
15
13
19
11
34
28
23
38
223
175
173
214
171
488
456
436
367
407
107
106
95
91
96
通省海事局に報告された船員災害疾病発生状況報告
のデータを基に、外航船と内航船の船員災害の発生
平成 20 年度から平成 24 年度に発生している船員
災害は、年間で約 700~800 件である。船舶の種類ご
傾向と特徴を調査した。
とに 5 年間の災害発生件数を比較すると、外航が約
2.1
船員災害発生件数
15 件、内航(大手)で約 25 件、内航(その他)で
表 1 は、平成 20 年 4 月 1 日から平成 25 年 3 月 31
約 190 件、漁船は約 430 件、その他は約 100 件発生
55
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
している。
傷となる可能性が高いといえる。
船舶の種類ごとに災害件数の傾向を調査すると、
減少傾向がみられない。そして、外航の災害発生件
表 2.災害発生状況と休業日数(船種別)
数が他と比して少ない結果になるが、外航船員数か
外航
ら考えると少ないとはいえない。そこで、船員数も
死亡
行方不明
3日
4~7日
8~29日
30~89日
90日以上
不明
合計
考慮し、災害発生率での評価を行った。
2.2
船員災害発生率
災害は、一般的に災害発生率で評価される。本研
究では、次式に示す年千人率を用いた。労働者(在
職船員)1000 人あたり、1 年間で何人災害が発生し
たかを示す。
年千人率= 年間の災害者総数×1,000
年平均労働者数
2.4
5.3
0.0
21
26.3
0.0
31.6
15.8
0.0
100%
内航
内航
(大手) (その他)
0.0
0.0
0.0
0.7
0.0
1.3
8.1
2.6
27
24.2
35.1
47.1
24.3
22.8
5.5
1.3
100%
100%
休業日数と作業
図 1 に災害発生率を示す。船員災害は、陸上災害
平成 24 年度の休業日数が最も多かった、30~89
と比較すると約 5 倍と高率である。また、漁船の災
日の災害時の作業について、外航においては、5 割
害発生率が非常に高いことがわかった。外航船と内
が整備・管理作業時に発生した災害であり、内航(大
航船については、減少傾向の停滞がみられる。
手)に関しては、5 割が出入港作業時に発生した災
害で、内航(その他)に関しては、4 割が整備・管
理作業、3 割が出入港作業時に発生した災害である。
この結果より、一般船舶でも、外航、内航(大手)、
内航(その他)によって、災害に発展する作業が違
うといえる。外航においては、内航(大手、その他)
と比較すると出入港作業が少ないため、出入港作業
に関する災害も少ないと考えられる。
以上のように船員災害は、陸上災害に比して 5 倍
の発生率で発生しており、しかも最近 5 年間では発
生率の低下は見られない。また、船員災害は一旦発
生すると重傷となる割合が高く、その際に行ってい
図 1.陸上及び船員災害の発生率推移
た作業は船種によって異なることもわかった。この
ような船員災害を防止するためには、まず災害へと
2.3
災害発生状況と休業日数
発展した作業者の行動とその作業者の背景要因の把
表 2 は、平成 24 年 4 月 1 日から平成 25 年 3 月 31
握が必要であると考える。
日までに発生した外航、内航(大手)
、内航(その他)
日数で、最も多いのは、30~89 日で 31.6%、
次いで、
3. ヒューマンエラーと背景要因の分析手
法
4~7 日で 26.3%という発生状況であった。内航(大
船員災害における背景要因を分析するには、作業
における休業日数の状況を示す。外航における休業
手)に関しては、
最も多いのは、30 日~89 日が 35.1%、
者のヒューマンファクターに起因するヒューマンエ
次いで、90 日以上が 24.3%という結果であった。内
ラーを把握する必要がある。そのために図 2(2)に示
航(その他)については、30 日~89 日が 47.1%で、
すヒューマンファクターに基づく分析手法を使用し
8~29 日が 24.2%、90 日以上が 22.8%という発生状
た。
況であった。どの種類の船舶も休業日数が占める割
合をみると、30~89 日が多く、休業日数を考えると、
乗組員の交代は免れない。そのため船員災害は、重
56
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
図 3.ヒューマンエラーの分類
図 2.ヒューマンファクターに基づく分析手法
4. ヒューマンエラーと背景要因
3.1
ヒューマンファクターに基づく分析手法
船員災害報告事例を基に、ヒューマンエラーの分
事例を調査して、ヒューマンファクターが関与し
類が可能か検討するため、整備・管理作業の事例を
ている事例の場合、第一段階で、バリエーションツ
使用し、分析を行った。第一段階として、災害発生
リー(以下 VT という)を作成し、発生経緯の調査を
経緯の調査を行うために図 4 に示す VT による変動要
行う。第二段階で VT の検証を行い、通常とは異なる
因の抽出を行った。その結果、変動要因としては、
行動や判断を排除ノードとして抽出する。この排除
「いつもよりロープの繰り出しが少なかったが、大
ノードを本研究におけるヒューマンエラーと定義し
丈夫だろうと思い」、「ロープの繰り出しが少なかっ
た。そして、第三段階では、抽出したヒューマンエ
たので、絡まったロープを外していた」、「船体が急
ラーになぜなぜ解析を使用し、背景要因を抽出する。
に後進した」の 3 つが抽出された。これらの変動要
なぜなぜ解析とは「原因と結果の因果関係が正しい
因を図 3 に示すヒューマンエラー区分で分類すると、
か」「無理な条件はないか?」を確認しながら、より
「ロープの繰り出しが少ないと思ったが」とのとこ
根本的な原因へ到達する手法である。最後の第 4 段
ろで、意識制御あり(自発的)に分類し、行動の有
階は再発防止のための対策検討で、有効な対策を提
無については、
「絡まったロープを外していた」とこ
案する。本分析手法を用いて、船員災害におけるヒ
ろから行動有りと判断すると、作業者のヒューマン
ューマンエラーとその背景要因を検討した。
エラーは違反(余計な行動)と分類できる。さらに
このヒューマンエラーが何故発生したのか、なぜな
3.2
ヒューマンエラーの特徴分類
ぜ解析で背景要因の検討を行うと図 5 に示す要因が
本研究では、ヒューマンエラーについて、その発
生メカニズムから、図 3
抽出される。
(16)
に示す鉄道業界で行わ
5. 結論
れている手法を使用した。
「行動の有無」と「意識の
有無」の 2 点から、ヒューマンエラーを 4 つに分類
船員災害におけるヒューマンエラーとその背景要
する。分析では、当事者が意識的に選択判断せず、
因については、VT による変動要因の抽出によりヒュ
行動を自動的に起こした状態は、無意識な状態と判
ーマンエラーの分類を行うことができる。また、な
断し、ぼんやりとした、焦って行動した場面も、意
ぜヒューマンエラーが発生したのか、なぜなぜ解析
識制御不十分な場面とする。一方で、行動に対して
で背景要因の検討を実施することで、船員災害にお
「大丈夫だと思って」とか「届かないと思って」な
けるヒューマンファクターの影響を把握し、作業環
どの判断があった場合は、意識的に行為を選択・判
境や作業の種類に応じて、船員災害の減少を目的と
断している状態とする。
また、「この方が良いと思っ
した安全指標が提案できると考える。
今後、船員災害減少が停滞している現状から、船
て」などの場合は、違反(不安全行動)と分類する。
員災害全体を見直し、災害事例から災害傾向が違う
場合については、作業環境や作業の種類、作業経験
に応じた対策を取ることで減少が見込める。
しかし、
57
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
災害件数が減少し、一定値を示し、様態が大きく変
(2) 石橋
明:事故は、なぜ繰り返されるのか-ヒ
化しない発生傾向の災害については、ヒューマンフ
ューマンファクターの分析-,中央労働災害防
ァクター対策を施すことで、船員災害減少が見込め
止協会,pp.79-102,2008.
(3) 船舶安全学研究会著:船舶安全学概論,成山堂,
ると考えている。
pp.44-69,1998.
(4) 久宗周二・福司光成・木村暢夫:船員の労働災
災害事例:年齢 40 代、機関長、右手骨折、60 日休
害対策に関する研究,日本航海学会講演予稿集,
業、499 トン
No.127,pp.111-116,2012.
(5) 桐谷伸夫:海中転落の要因分析,日本航海学会
論文集,No.71,pp.77-82,1984.
(6) 吉田洋二郎・藤森康澄・木村暢夫・久宗周二:
災害疾病発生状況報告書に基づく漁業労働災
害 の 発 生 状 況 の 分 析 , 数 理 水 産 科
学,No.6,pp.134/145,2008.
(7) 厚生労働省・中央災害防止協会:安全の指標,
pp.19,平成 25 年度.
(8) 国土交通省海事局船員政策課:船員災害疾病発
生報告書(船員法第 111 条),pp.1-8,2014.
(9) 林
喜男:人間信頼性工学-人間エラーの防止
技術-,海文堂,pp.62-72,1984.
(10) 大関
親:新しい時代の安全管理のすべて,中
央労働災害防止協会, pp.419-428,2014.
(11) 厚生労働省・中央災害防止協会:安全の指標,
pp.19,平成 26 年度.
(12) 福地
信義:ヒューマンエラーに基づく海洋事
故-信頼性解析とリスク評価-,海文堂,2007.
(13) 橋本
邦衛:安全人間工学,中央災害防止協会,
pp.22-23,1988.
(14) 中田
機関長
亨:超入門ヒューマンエラー対策事故例
からみたミス防止の実際,日科技
図 4.VT による変動要因の抽出
連,pp.133-137,2012
(15) 宮地
由芽子:職場安全管理の改善に向けたヒ
ューマンファクター分析手法,鉄道総研報
告,Vol21,pp.11-16,2007
図 5.なぜなぜ解析による背景要因
参考文献
(1) 笹谷敬二・古莊雅生・矢野吉治・竹本孝弘:船
員災害防止計画の現状と課題,日本航海学会論
文集,No.124,pp.211-218,2011.
58
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
海技の教育訓練方法に関する研究
- マスト灯から判断した針路誤認に基づく実習生の状況認識特性 正会員○貝塚 友規(航海訓練所) 正会員 村田
信(航海訓練所)
正会員 阿部真二郎(航海訓練所) 正会員 西村 知久(海上保安大学校)
要旨
本研究の目的は、練習船実習生に対する有効かつ合理的な実習訓練方法を開発することである。西村(海
上保安大学校)の研究(1)(2)によれば、海上衝突予防法施行規則第 23 条の特例に基づき前後部マスト灯の水平
間距離が著しく狭くなっている船舶(以下、「灯火等特例船」という。)は、その全長が実際よりも過小に判
断され、また角度のある横切り関係であっても、真向いに近い横切り関係であると誤認される等の傾向があ
るとされている。一方、航海訓練所が運航する練習船の実習生は、実習期間中、夜間当直に入直するものの
「灯火等特例船」を実際に視認する機会は少ない。また、現時点では「灯火等特例船」に特化した教育訓練
は実施していないのが実情である。そこで、実習初期段階の練習船実習生を対象に、
「内航小型船」と「灯火
等特例船」の接近状況(夜間)を操船シミュレータで創り出し、実際にマスト灯の判断で針路誤認をするの
か調査した。また、目視観測とコンパスを用いた観測の比較を行い、両者がマスト灯の状況認識にどのよう
に影響を及ぼすのか確認した。さらに、目視及びコンパス方位変化の観測から得られた状況認識に基づく実
習生の操船判断を比較した。調査の結果、実習生は実務経験の比較的長い操船者と同様に針路誤認をするこ
とが確認された。また、目視による他船の観測においては、マスト灯から判断した針路誤認により自船との
通過位置関係を正確に認識できない傾向があることが確認された。
キーワード:マスト灯、針路誤認、状況認識、操船シミュレータ、教育訓練
1.はじめに
ヶ月が経過した実習初期段階にあたる。被験者は、
近年、海難を防止するための航海計器類は目覚し
海上衝突予防法等に関する内容の講義及び演習を計
い発展を遂げ、その有効性が検証されている。
6 時間、さらに操船シミュレータの提示教材を用い
一方、全ての船舶に最先端の機器類が搭載されて
て一般的な動力船の灯火の見え方について理解させ
いるわけではなく、特に衝突海難の発生件数は漁船、
るための実習を計 3 時間、乗船後に実施している。
貨物船、プレジャーボートの順番に多いこと等が報
また、約 8 回の船橋航海当直(一人平均 32.3 時間)
(3)
告 されている。従って、海難を避けるための最終
(内夜間の航海当直は約 3 回(一人平均 12.7 時間))
判断を実行する操船者の特性を調査し、その特性に
に入直し、操船(当直作業)の流れを確認している。
基づく教育訓練を実行することは極めて重要である。
本研究では、将来貨物船等の操船者になる練習船
実習生(四級海技士コース)を対象に、特にマスト
灯から判断した針路誤認に基づく状況認識の特性に
ついて調査を実施した。図 1 は「操船(当直作業)
の流れ(4)」における【状況認識】の位置関係を示す。
2.練習船における実習訓練
練習船では、STCW 条約に基づき構成される航海訓
練所のカリキュラムに従い実習訓練を実施している。
本研究の被験者は、2015 年 1 月 5 日に銀河丸に乗
船した波方海上技術短期大学校に所属する実習生で、
同コースの全乗船実習期間 9 ヶ月の内、最初の約 2
図1
59
操船(当直作業)の流れ
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
3.検証実験
海難を避けるための最終判断を実行する操船者
の状況認識特性を調査するため、練習船銀河丸に搭
載する操船シミュレータを用いて検証実験を実施し
た。図 2 は実験に用いた内航小型船(499 トン)と
監視対象船舶の夜間の見合い関係を示す。監視対象
船舶には、はつゆき型護衛艦(灯火等特例船:排水
量 2950 トン、前後部マスト灯間隔約 12m)又は一般
船舶(総トン数 6185 トン、前後部マスト灯間隔約
61m)を表示した。灯火等特例船のマスト灯の配置に
ついては幾何学的考察(1)(2)を経て設定した。なお、
実験対象者の経験が非常に浅く状況判断に時間が掛
かると推定されることから、監視対象船舶との距離
図2
実験に用いた見合い関係
設定については図1に示すリカバリーパスが実行で
n=10
きる距離(実験開始時の監視対象船舶との距離 4.0
海里、終了時 3.0 海里)とした。
3.1
予備実験
予備実験の目的は、設定した実験条件が適正であ
るかどうかを確認することである。
3.1.1
予備実験被験者
予備実験の被験者は、航海訓練所の船長 4 名(1
級海技士)及び海上履歴 10 年以上の航海士 6 名(1
級海技士)である。被験者に対しては目視(肉眼)
図3
監視対象船舶の予測針路(船長・航海士)
により監視対象船舶(灯火等特例船及び一般船舶)
n=10
を監視させた。なお、監視の順番により実験結果に
影響がでないよう、被験者の半数に対し監視対象船
舶に対する監視順序を入れ替えた。
3.1.2
調査項目(予備実験)
操船シミュレータを用いた実験の後、以下の調査
項目等に対し回答させた。
Q1:自船の船首方位を 12 時とした時の監視対象船舶
の針路
Q2:監視対象船舶の全長
(100m 未満、100m 以上 200m 未満、200m 以上)
3.1.3
予備実験の結果
図4
監視対象船舶の予想長さ(船長・航海士)
予備実験の結果を図 3 及び図 4 に示す。図 3 中の
3.2
横軸は監視対象船舶の予測針路を、縦軸は回答者数
実習生を対象とした検証実験
を示す。図 3 に示すとおり、灯火等特例船の予測針
上述の予備実験では、西村の実験(1)(2)で得られた
路について、10 名の被験者の内 9 名が 5 時台(正解
結果とほぼ同等の結果になることが確認された。そ
3.8 時)を示した。一方、図 4 中の横軸は各監視対
こで予備実験と同じ実験条件の下、経験の浅い実習
象船舶を、縦軸は 3 つに分類された予想長さ(全長)
生の状況認識特性を確認するための検証実験を実施
の割合を示す。全長については、図 4 に示すとおり
した。なお、検証実験では、予備実験と同様に実験
100m 以上 200m 未満に予測した者と 100m 未満に予測
の順番による影響がでないよう、被験者の半数に対
した者の割合がほぼ逆転する結果となった。
し監視対象船舶に対する実験順序を入れ替えた。
60
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
3.2.1
検証実験被験者
n=62
検証実験の被験者は、練習船 銀河丸に乗船中の
波方海上技術短期大学校の実習生 67 名である。
3.2.2
調査項目(検証実験)
実習生を対象とした検証実験では、予備実験で実
施した調査項目に以下の項目を追加した。
Q3:互いにこのままの針路速力で航走した場合の状
況認識(前方通過または後方通過)
Q4:避航判断(監視対象船舶の針路及び速力が変化し
図5
ない場合の対処:左転、直進、右転)
3.2.3
検証実験の結果
監視対象船舶の予測針路(実習生)
n=62
検証実験の結果を図 5 及び図 6 に示す。図 5 中の
横軸は監視対象船舶の予測針路を、縦軸は回答者数
を示す。図 5 に示すとおり、一般船舶については実
習生の約 48%が 3 時台を示したのに対し、灯火等特
例船については約 68%が 4 時及び 5 時台(正解 3.8
時)と予測していたことが確認された。
一方、図 6 中の横軸は各監視対象船舶を、縦軸は
3 つに分類された予想長さ(全長)の割合を示す。
全長については、図 4 の船長・航海士が示した結
果には至らないが、灯火等特例船の全長を実際より
図6
監視対象船舶の予想長さ(実習生)
も過小に判断していたことが確認できた。
n=62
4.考察
4.1
目視及びコンパス方位変化に基づく状況
認識の比較
目視観測及びコンパス方位変化に基づく状況認
識(前方通過予測及び後方通過予測)の比較を実施
することにより、経験の浅い実習生の状況認識につ
いてさらに調査を進めた。
比較実験の結果を図 7 及び図 8 に示す。図 7 及び
図 8 中の横軸は、目視またはコンパス方位を用いた
図7
場合の状況認識グループ(前方通過・後方通過)を、
縦軸はその割合を示す。
目視観測に基づく状況認識の比較
n=62
図 7 において、Q3(3.2.2 調査項目)に対する状
況認識では「目視観測」による予測として一般船舶
の場合は 87.1%が前方通過、12.9%が後方通過とい
う結果になった。これに対し、灯火等特例船につい
ては 45.2%が前方通過、54.8%が後方通過と予測し
た。また両者に差があることが統計的に確認された。
(カイ二乗検定:P≦0.01)
一方、図 8 はコンパス方位変化に基づく状況認識
の比較結果を示す。コンパスを用いた場合は、約
90%の被験者が船種に関係なく前方通過としている。
(正解:監視対象船舶が自船の前方を 750mで通過)
61
図8
コンパス方位変化に基づく状況認識の比較
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
ると認識しており、そのため海上衝突予防法第 17
条(保持船の航法)特に第 2 項(左転の制限)が実
習生の意思決定に強く影響していると考えられる。
5.結論
本研究により以下が確認された。
(1) 海上衝突予防法施行規則第 23 条の特例に基づき
前後部マスト灯の水平間隔距離が著しく狭くなって
n=62
図9
いる船舶(灯火等特例船)に対しては、実習初期段
操船判断の比較(一般船舶)
階の実習生であっても角度のある横切り関係を真向
いに近い横切り関係であると誤認する。
(2) 乗船経験の長い航海士等と同等ではないが、灯
火等特例船の全長を実際よりも過小に判断する。
(3)実習初期段階の実習生は、目視による他船の観測
においてマスト灯から判断した針路誤認により自船
との通過位置関係を正確に認識できない傾向がある。
6.おわりに
n=62
図 10
切迫した状況下においてはリカバリーパスを実
操船判断の比較(灯火等特例船)
行する時間的余裕がなくなるため、マスト灯から判
断した針路誤認に基づく状況認識が衝突事故等に直
したがって、実習初期段階の実習生は、目視によ
結するリスクが高くなると判断される。本研究結果
る他船の観測において、マスト灯から判断した針路
で得られた結果のみならず、実習終期の練習船実習
誤認により自船との通過位置関係を正確に認識でき
生等を対象に研究を継続し、実習生の操船判断特性
ない傾向があると判断される。
等を調査することにより海難を防止するためのより
有効かつ合理的な実習訓練を開発・実行していくこ
4.2
状況認識に基づく操船判断の比較
とが重要である。
操船者による操船(避航)判断は、図1に示すと
最後に、本研究に被験者として協力いただいた波
おり得られた状況認識に基づき決定される。
そこで、
方海上技術短期大学校第 29 期生に謝意を表します。
マスト灯の見え方から得られる異なる状況認識(前
方通過または後方通過)に基づき一定の操船判断が
参考文献
下されているかどうか確認した。
(1) 西村知久:マスト灯の間隔が他船の避航判断に
操船判断の比較は、Q4(3.2.2 調査項目)に対し
及ぼす影響について
– 護衛艦あたごと漁船
て実行した目視及びコンパスを用いた状況認識に関
清徳丸の衝突事故を例に-
わらず、前方通過または後方通過予測をパラメータ
集,Vol.131,pp.33-39,2014.12.
とした判断結果に対して行った。図 9 及び図 10 に比
日本航海学会論文
(2) 西村知久:漁船清徳丸は何故イージス艦あたご
較結果を示す。調査の結果、角度のある横切り船と
の艦首を横切ろうとしたのか?
判断された一般船舶では、後方通過と認識した者の
会 月刊 Captain(1 月号),pp.77-80,2015.1.
16.7%が右転と判断したのに対し、真向かいに近い
日本船長協
(3) 海上保安庁:海難の現状と対策について
横切り船と判断された灯火等特例船では、後方通過
切な命を守るために~
と認識した者の 52.4%が右転と判断していたこと
~大
第 2 章 海難の現状
(平成 25 年版)pp.12-13,2014.3.
が確認された。ただし、統計的な有意性は確認でき
(4) 福戸淳司:航行支援機器によるリスク低減の研
なかった。なお、実験後の追跡調査結果によれば、
究動向
被験者の 98%が、設定された実験条件には既に見合
号特集号(平成 20 年度)小論文, pp.427-433,
い関係(横切りまたは行き会い関係)が成立してい
2008.
62
海上技術安全研究所報告
第 8 巻第 4
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
海技の教育訓練方法に関する研究
― 海事英語試験と標準化英語試験の関係分析 ―
正会員 伊藤 洸太郎(航海訓練所) 正会員 村田 信(航海訓練所)
正会員〇岡
あや乃(航海訓練所) 正会員 齋藤 瑛(航海訓練所)
要旨
本研究の目的は、練習船実習生の海事英語能力を向上させるための有効かつ合理的な教育訓練方法を確認
することである。そこで、練習船 銀河丸に乗船した大学 3 年短期実習生を対象に実施した海事英語試験
(MSAP(1)旧試験問題をモデルに作成した専門 5 科目)の結果と標準化英語試験(TOEIC)の得点との相関を調
査し、両者の関係を分析した。さらに、海事英語試験結果に対する実習生の自己分析調査を試みた。分析の
結果、海事英語試験の総合得点と TOEIC 得点の間に「正の相関(相関係数 0.507)
」があることが確認された。
一方、海事英語試験を科目毎に見た場合、Navigation(航海)、Seamanship(運用)の得点と TOEIC 得点と
の間には、相関がほとんど無い(Navigation(航海)相関係数 0.077、Seamanship(運用)相関係数 0.086)
ことが確認された。さらに、実習生の自己分析調査によれば、銀河丸に乗船した大学 3 年短期実習生の 8 割
以上が「海事専門用語(英語)が分からなかったために海事英語試験の得点が低かった。」と回答している。
以上の分析結果を踏まえ、海事英語教育における練習船の役割を検討した結果、特に海事専門用語(英語)
を実習生に習得させるための実習訓練を重点的に強化することが重要であると考えられる。
キーワード:教育訓練、海事英語、海事専門用語、練習船実習、標準化英語試験(TOEIC)、MSAP
1.はじめに
には「海の基礎英会話(Basic Maritime English)
」
近年、日本人船員は単なる船舶の運航要員として
(財団法人 海技教育財団)を貸与し、各実習場面で
だけでなく、外国人船員の育成指導、陸上での船舶
実際に海事英語を使用させることにより海事英語に
(2)
慣れさせ、さらに定期的に能力試験を実施すること
管理など海技者としての役割が求められている 。
によりその向上を図っている。
将来、海技者として仕事に従事する練習船実習生
にとっては海事英語の習得は不可欠であり、練習船
表 1 に、航海訓練所実習カリキュラム「三級海技
実習における海事英語教育の強化が叫ばれている。
士(航海)航海訓練課程及び実習指導要領(平成 25
一方、練習船実習カリキュラムは既に飽和状態に
年版)」に記載されている海事英語教育に関連する実
習内容抜粋を示す。
近く、練習船での海事英語教育のあり方について検
討する必要がある。そこで、日本商船隊乗組員全体
の 74%(2)を占めるフィリピン人船員の配乗を総括す
表1
る PJMCC(Philippine-Japan Manning Consultative
Council)(3)の協力を経て、MSAP 旧試験問題をモデ
ルにして作成した海事英語試験結果と TOEIC 得点の
関係分析を試みた。
2.練習船における海事英語教育
国土交通大臣の登録を受けた船舶職員養成施設
では、STCW 条約に基づく上級航海英語講習等(4)の教
育を実施している。一方、航海訓練所の練習船では
主に IMO 標準海事通信用語集(Standard Marine
Communication Phrases:SMCP)を用いた海事英語実
習を行っている。特に三級海技士コースの各実習生
63
練習船で実施している海事英語(抜粋)
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
3. 海 事 英 語 試 験 と 標 準 化 英 語 試 験 の
関係分析
3.2
被験者
被験者は、練習船銀河丸で実習 (2014/11/5~
(5) (6)
12/5)した東京海洋大学海洋工学部海事システム工
によれば、センター試験英語科目の得点は、標準化
学科航海システムコース第 9 回生 34 名及び神戸大学
英語試験(英検、TOEIC/TOEIC-IP 及び TOEFL-ITP)
海事科学部海事技術マネジメント学科航海分野第 9
と明瞭な関係を持つことが確かめられている。特に、
回生 51 名の合計 85 名の実習生である。なお、TOEIC
TOEIC 得点とセンター本試験及び追試験合計点との
得点については 85 名の実習生のうち、66 名から自
大津(大学入試センター 研究開発部)の研究
相関は 0.8 を超えることが報告
(5)(6)
己申告された TOEIC 及び TOEIC – IP の得点である。
されている。そ
こで、3 級海技士コース実習生を対象に海事英語試
3.3
験を実施し、得られた得点と実習生が自己申告した
相関解析の結果
海事英語試験の結果一覧を表2に示す。大学 3 年
TOEIC 得点の相関解析を試みた。
短期実習生を対象にした海事英語試験の平均総合得
3.1
海事英語試験問題
点は 40.5 点(満点=100 点)であった。また、海事
我が国において、海事英語に特化した試験問題は
英語試験の得点と TOEIC 得点との相関解析結果一覧
を表 3 に示す。表 3 中の数値は相関係数を示す。
確立されていない。そこで、世界的に船員を排出し
ているフィリピン共和国に着目し、フィリピン全土
相関解析の結果、海事英語試験の総合得点と
の商船学校を対象に実施されている MSAP 旧試験問
TOEIC 得点の間には「正の相関(相関係数 0.507)
」
題を PJMCC から条件(外部への開示禁止等)付きで
があることが確認された。図1は海事英語試験及び
借用した。借用した MSAP 旧試験問題をモデルに、航
TOEIC 得点との散布図を示す。また、科目毎に見た
海訓練所教官により以下の専門 5 科目について英語
場合、Collision Regulations、Communications の
四択問題(①30 問、②20 問、③20 問、④15 問、⑤
得点と TOEIC 得点の間に正の相関(相関係数 0.553
15 問:合計 100 問)を作成した。
及び 0.503)があり、Meteorology and Oceanography
の得点と TOEIC 得点の間には弱い正の相関(相関係
① Navigation(航海)
数 0.245)があることが分かった。
② Seamanship(運用)
③ Collision Regulations(海上衝突予防法)
表3
海事英語試験得点と TOEIC 得点の相関
④ Meteorology and Oceanography(気象・海象)
⑤ Communications(コミュニケーション)
以下は航海訓練所教官が作成した海事英語試験
問題(一例)である。
表2
海事英語試験の得点一覧(満点=100 点)
図1 海事英語試験総合得点と TOEIC 得点(r=0.507)
64
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
一方、Navigation 及び Seamanship の得点と TOEIC
得点の間には、ほとんど相関が無い(相関係数 0.077
及び 0.086)ことが確認された。図 2 は、Navigation
及び TOEIC 得点との散布図を、図 3 は Seamanship
及び TOEIC 得点との散布図を示す。
専門科目 Navigation の得点が比較的低かった
(100 点満点中平均得点 37.3 点)要因の一つに、被
験者が大学長期実習期間中に実施する内容
(Celestial Navigation(天文航法)等)について
図2
未履修であったことが考えられる。また、我が国の
Navigation 得点と TOEIC 得点(r=0.077)
国家試験科目「運用」に該当する Seamanship の得点
が比較的低かった(100 点満点中平均得点 32.6 点)
要因の一つとして、国際条約の改正等に伴い講義数
が増加した代わりに整備作業等の実習場面が減った
ことが考えられる。そこで、海事英語試験結果につ
いて、実習生に自己分析してもらうこととした。
4.考察
上述の海事英語試験の結果に対する自己分析を目
的に、実習生 85 名に対してアンケート形式の自己分
析調査を試みた。図 4 及び図 5 は自己分析の調査結
図3
Seamanship 得点と TOEIC 得点(r=0.086)
果(抜粋)を示す。図 4 は海事英語試験結果が 6 割
以下と思われる要因別の割合を示す。図 4 に示すと
おり対象となる実習生(n=82)の 88.1%が、専門用
語が分からなかったために得点が低かったと回答し
た。一方、図 5 は海事専門用語に特化した教材の必
要性に対する調査結果の割合を示す。図 5 に示すと
おり実習生(n=84)の 36.9%が非常に、58.3%がま
あまあ海事専門用語に特化した教材が必要であると
回答した。
5.結論
図4
本研究で得られた主な分析結果は以下のとおりで
海事英語試験結果に対する自己分析
(得点が6割以下と思われる要因)
ある。
(1)海事英語試験の総合得点と TOEIC 得点との間
には、正の相関があることが確認された。
(2)ただし、科目毎に見ていくと Navigation(航
海)及び Seamanship(運用)の各得点と TOEIC
得点との間には、ほとんど相関が無いことが
確認された。
(3)アンケート形式の自己分析調査の結果から、
大学 3 年短期実習生(82 名回答)の 88.1%
が、「海事専門用語が分からなかったために
海事英語試験結果の得点が低かった。」と回
図5
答していることが確認された。
65
海事専門用語に特化した教材の必要性
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
6.おわりに
本研究で使用した TOEIC 得点は、実習生の自己申
告であり、また受験時期も各実習生により異なるこ
とから推論の正確さには限界がある。
しかしながら、
一般英語として位置づけられるセンター試験英語科
目の得点と TOEIC 得点には強い相関があるにもかか
わらず、海事英語試験の専門科目によっては TOEIC
得点との間にほとんど相関がない結果となった。
以上の結果と実習生の自己分析結果から総合的
に判断すれば、練習船実習生には海事専門用語をよ
り強く学ばせる必要があると言える。したがって、
練習船では海事専門用語にポイントを置き、海事専
門用語習得のための実習訓練をさらに強化すること
が重要となる。また、実習生の要望に答えるならば、
海事専門用語に特化した教材を作成することが喫緊
の課題と言えよう。
最後に、本研究に用いた海事英語試験問題作成に
ご協力いただいた Director、Mr. Ericson M Marquez
(PJMCC)並びに関係者の皆様、また被験者として協
力いただいた東京海洋大学海洋工学部海事システム
工学科航海システムコース及び神戸大学海事科学部
海事技術マネジメント学科航海分野第 9 回生実習生
に謝意を表します。
7.参考文献
(1)MSAP: Maritime School Assessment Program
in the Philippines, 日比船員配乗代理店協
会(PJMCC)ほか 4 団体がフィリピン全土の商
船大学学生を対象に行う試験
(2)一般社団法人日本船主協会:わが国外航海運
の概要, 外航海運セミナー資料 pp.17,
2014.3.
(3)PJMCC:Philippine-Japan Manning
Consultative Council, Inc.
日比船員配乗代理店協会
(4)船舶職員及び小型船舶操縦者法
第十三条の二, 第十七条の二(別表第一)
(5)大津起夫:標準化英語試験とセンター試験英
語科目得点との関係分析, 大学入試センター
研究開発部, 2014.
(6)大津起夫:標準化英語試験とセンター試験英
語科目得点との関係分析, 日本テスト学会第
12 回大会資料, 2014.9.
66
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
遠洋航海船からの海事広報活動に関する考察
正会員 ○霜田 一将(航海訓練所) 正会員 小澤 春樹(航海訓練所)
非会員 渡部 翔(航海訓練所) 正会員 寺島 慎(航海訓練所)
要旨
航海訓練所では、練習船で行われている実習訓練の様子や寄港地情報などの配信に、ソーシャルメディア
を利用している。ホームページやソーシャルメディアを利用した海事広報活動は、他の機関でも行われてい
るが、遠洋航海中におけるソーシャルメディアを利用した海事広報活動への取り組みや、その効果について
は十分に検証されていない。本稿では、遠洋航海中のため海事広報活動が制限されるなか、遠洋航海船を主
体とした新たな海事広報活動の効果や課題を明らかにすることを目的として、海域に応じた衛星通信回線に
よるソーシャルメディアへのリアルタイムな情報配信を行い、配信した情報の内容がアクセス状況に与える
影響要因について調査した。結果として、実習訓練の様子のみの情報配信では、アクセス数を高める要因に
はならず、気象・海象など遠洋航海船が置かれている自然環境の様子または運航者としての言及が含まれる
情報配信は、アクセス数を高める傾向が認められた。
キーワード:情報支援、海事広報、ソーシャルメディア、遠洋航海、練習船
1.はじめに
る。船舶電話回線は、日本周辺海域(約 200 海里)
航海訓練所では、ホームページを海事広報活動の
をサービスエリアとし、インマルサット回線は、極
媒体と位置づけ、業務運営および海事に係わる情報
地域を除く海域をサービスエリアとしている。遠洋
配信の手段として活用している。また、2013 年 4 月
航海船では、通信料金を考慮し、航行海域や通信状
から、練習船で行われている実習訓練の様子や寄港
態により、インターネットに接続する回線を選択し
地情報などの配信に、Facebook(以下、ソーシャル
運用している。
メディア)を利用している。ホームページやソーシ
3.遠洋航海船からの海事広報活動
ャルメディアを利用した海事広報活動は、他の機関
でも行われている
(1)(2)
が、遠洋航海中におけるソー
遠洋航海船は、日本沿岸での航海訓練と比較する
シャルメディアを利用した海事広報活動への取り組
と、連続する当直業務や実習訓練、日本時間と船内
みや、その効果については十分に検証されていない。
時間との時差などの関係から、海事広報活動は制限
遠洋航海中のため海事広報活動が制限されるなか、
されているといえる。ソーシャルメディアは、情報
練習船(以下、遠洋航海船)を主体とした海事広報
配信者の都合のよい日時に情報配信でき、事前登録
活動に関し、取り組みや検証を行うことは、ソーシ
を必要とせず閲覧が可能である。一方、事前に登録
ャルメディアを利用した海事広報活動の活性化に有
している閲覧者による口コミのような情報拡散も見
用であると考える。本稿では、遠洋航海船からソー
込めることなどから、広報ツールとして活用できる
シャルメディアへのリアルタイムの情報配信が、ア
可能性(3)がある。そこで、海事広報活動が制限され
クセス状況にどのような影響を与えるかを調査した。
る遠洋航海船から、航行海域に応じた衛星通信回線
これにより、遠洋航海船を主体とした、新たな海事
を利用し、ソーシャルメディアに情報配信する実験
広報活動への取り組みについて、効果や課題を明ら
を行った。
かにすることを目指した。
3.1
2.練習船で利用している衛星通信回線
日本丸からの情報配信実験
実験対象期間は、日本丸の 2014 年 12 月 13 日か
ら 2015 年 2 月 9 日の遠洋航海(横浜~ホノルル~東
航海訓練所の練習船(日本丸、海王丸、大成丸、
銀河丸および青雲丸)5 隻で利用している衛星通信
京)期間中とし、遠洋航海船からソーシャルメディ
回線は、船舶電話回線、インマルサット回線および
ア(https://www.facebook.com/kohkun.go.jp)にリ
イリジウム回線(携帯型の電話専用)の 3 種類であ
アルタイムに情報配信を行った。情報配信した内容
67
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
1.4×10
4
1.2×10
4
1.0×10
4
8.0×10
3
6.0×10
3
4.0×10
3
2.0×10
遠洋航海船が置かれている気象・海象など自然環境
に関する事項、船速・傾斜または運航者としての言
及など運航に関する事項が含まれる記事には、アク
セス数(中央値:4,930)を高める傾向が認められた。
また、クリスマス・正月などのイベントに関する事
3
項が含まれる記事にも、
アクセス数(中央値:5,232)
0
0
20
40
60
80
100
120
140
を高める傾向が見られた。これは、遠洋航海船から
図1
リアルタイムに情報配信したことで、閲覧者は、自
アクセス状況
身の時間軸と遠洋航海船の時間軸を重畳させること
は、日本丸船長が作成した船長日誌と実習生が作成
ができ、遠洋航海船を身近に捉えることができたた
した実習生日記の 2 種類である。
めと推察する。
日本丸は、12 月 13 日横浜出港後、約 2 日間程度、
情報配信の担当者からは、投稿に対する閲覧者か
携帯電話のデータ回線を利用し、ソーシャルメディ
らの多くのコメントがソーシャルメディア上に見ら
アに情報配信した。12 月 15 日には船舶電話回線に、
れ、閲覧者を身近に感じることができ、洋上におけ
12 月 19 日からは、
インマルサット回線に切り替え、
る厳しい環境下でのモチベーション維持への支えと
情報配信を続けた。その後、1 月 6 日にハワイ島の
なったとの意見も得られた。しかし、衛星通信回線
南西に位置するまでインマルサット回線での運用を
を利用しソーシャルメディアに接続するため、一つ
行い、1 月 6 日以降には、ホノルル入港・停泊・出
の記事のアップロードに 5 分間程度要したという意
港までの期間、現地の携帯電話のデータ回線を利用
見もあり、低速な通信速度は課題といえる。
し、情報配信した。復路については、1 月 15 日ホノ
5.おわりに
ルル出港日より、現地携帯電話のデータ回線からイ
ンマルサット回線に切り替えて情報配信した。1 月
遠洋航海船から、海域に応じた衛星通信回線によ
29 日から 2 月 5 日の間、船舶電話回線を利用し、2
るソーシャルメディアへの情報配信を試みた。遠洋
月 5 日から 2 月 9 日東京入港までの間は、携帯電話
航海船で実施されている実習訓練を、リアルタイム
のデータ回線を利用し情報配信した。
に情報配信した取り組みは、きわめて少ない。今回
の実験により、遠洋航海船の様子について多くの閲
3.2
情報配信した記事数およびアクセス数の
結果
覧者に情報配信できたことは、新たな海事広報活動
として本取り組みの有用性が示せたと考える。
遠洋航海船から情報配信した記事(写真を含む)
6.謝辞
数は、134 であり、船長日誌が 71、実習生日記が 63
と、ほぼ同比率で情報配信することができた。
実験に際してご協力頂いた日本丸の職員および
アクセス数の最大値は、12 月 17 日の実習生日記
実習生の皆様に感謝いたします。
であり、10,768 を記録した。内容は、寒冷前線通過
という気象状況と船体が激しく傾斜する様子が描写
7.参考文献
されていた。
(1) 東 京 海 洋 大 学 海 洋 科 学 部 : 海 鷹 丸 ,
http://www.s.kaiyodai.ac.jp/ship/umitaka/
4.考察
index.html, 2015.3.8.
実験結果は、ソーシャルメディア上で提供される
(2) 東 海 大 学 : 望 星 丸 海 外 研 修 航 海 ,
インサイトを使用し、情報配信の内容を、
「実習訓練」
https://www.facebook.com/osec.tokai,
「気象・海象」「運航」「イベント事項(クリスマス
2015.3.8.
(3) 野口将輝・伊藤直哉:自治体における Facebook
などのイベント事項)」に分類し、アクセス状況への
広報に関するメディア効果測定-佐賀県武雄市
影響や要因を解析(図 1)した。
解析結果から、実習訓練の様子のみの情報配信は、
のソーシャルキャピタルとシビック・パワーへ
アクセス数(中央値:3,224)を高める要因にはなら
の 影 響 -, 情 報 文 化 学 会 誌 , 20(2), p.35,
ず、実習訓練の様子に加え、前線通過時の様子など
2013.12.15.
68
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
カッター体験の青年期人格形成促進効果
学生会員 ○彭 臣晨(神戸大学)
正会員 山下 和雄(神戸大学)
正会員 古莊 雅生(神戸大学) 正会員 小林 英一(神戸大学)
要旨
本研究は、カッター体験の青年期人格形成促進効果を明らかにするために、カッター体験の前後で自己概
念に基づく、同一調査を行い、カッター体験と生徒の社会能力の変化の関係を調べた。調査項目は 3 つの能
力「心理的社会的能力」「徳育的能力」「身体的能力」よりなり、15 の下位尺度の質問項目から構成される。
カッター体験は参加生徒の 3 つの能力の向上に大きな影響があった。しかし、項目によっては 1 か月後には
その効果が消滅する場合もあった。
キーワード:教育・訓練、カッター、能力、促進効果
1.緒言
い;3、どちらでもない;4、あてはまる;5、とても
カッターボートは、複数のメンバーが協力し共通
あてはまると 5 段階の数値で回答を求め、その平均
した目的のもとに動作を一致させ運航される。チー
値をアンケート結果の指標とした。調査結果は SPSS
ムワークの獲得や漕艇技術の向上を目指す特徴があ
による統計的処理を行った。
る。海上という場面での安全教育、自己への挑戦や
チームの協調性などの教育効果が獲得されると考え
3. 結果及び考察
られ、自然体験の他に、操船の技術習得や人間的成
3.1
心理的社会能力(図 1、2、3、4、5、6)
長を目的とした訓練的な教育目標を持って実施され
カッター体験前(Pre)に比べて体験直後(Post1)
ている。海で囲まれた日本において,青少年に対する
で有意に向上した能力は「積極性」と「視野と判断」
きわめて有効な自然体験教育活動として、従前より
の 2 つの項目であった。この向上した二つ能力はカ
全国各地で小学生から高校生まで実施されている。
ッター体験1ヵ月後調査においても維持された。ま
本研究は、カッター体験の青年期人格形成への影響
た、「明朗性」においても体験前(Pre)と1ヵ月後
を明らかにするために、カッター体験の前後で自己
(Post2)で有意に向上した。
概念に基づく調査を行い、カッター体験と生徒の社
会的能力の変化の関係を調べた。
2.調査方法
調査対象:H 中学校第一学年 199 名。
図 1 非依存の比較
図 2 積極性の比較
活動場所:T ビレッジ。
アンケート調査日:カッター体験前調査(Pre:2014
年 8 月 20 日)、カッター体験直後調査(Post1:2014
年 8 月 21 日)、カッター体験1ヵ月後調査(Post2:
2014 年 9 月 26 日)。
調査内容:質問項目は以下のとおりである:IKR 評
図 3 明朗性の比較
図 4 交友と協調の比較
図 5 現実肯定の比較
図 6 視野と判断の比較
定 (生きる力を構成する尺度);心理的社会能力 (6
項目:非依存、積極性、明朗性、交友と協調、現実
肯定、視野と判断)、徳育的能力 (5 項目:適応行動、
自己規制、自然への関心、まじめ勤勉、思いやり)、
身体的能力 (4 項目:日常的行動力、身体的耐性、
カッター技能、野外技能と生活)。なお、いずれの項
目も1、まったくあてはまらない;2、あてはまらな
(* p < .05, ** p < .001)
69
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
3.2
徳育的能力(図 7、8、9、10、11)
カッター体験前(Pre)に比べて体験直後(Post1)
で有意に向上した能力はすべての 5 項目、
「適応行
動」「自己規制」
「自然への関心」「まじめ勤勉」「思
いやり」であった。また、体験前(Pre)に比べて1
ヵ月後(Post2)調査で有意に向上した効果が維持さ
れたのは「適応行動」「まじめ勤勉」
「思いやり」の
図 14 カッター技能
の比較
3項目であった;「自己規制」「自然への関心」では
有意に向上した効果は維持されなかった。
図 15 野外技能と
生活の比較
(* p < .05, ** p < .001)
4.まとめ
本研究の目的は、カッター体験の青年期人格形成
促進効果を明らかにするために、カッター体験と生
徒の社会能力の変化の関係を調査することである。
「カッター体験は生徒の能力を向上させる」という
図 7 適応行動の
比較
図 8 自己規制
の比較
仮説の元、H 中学校第一学年 199 名を対象に 3 回の
図 9 自然への
関心の比較
アンケート調査を行った。その結果、カッター体験
は参加生徒の心理的社会能力、徳育的能力、身体的
能力の向上の大きな影響があった。しかし、1 か月
後にはその効果が消滅する能力もあった。
今後の課題として、日本は四方を海で囲まれ海か
らの恩恵を受けている海洋国でありながら、
「海を学
ぶ」「海で学ぶ」機会が少ないのが現状である。学校
教育において、かつては多くみられた臨海学校が近
図 10 まじめ勤勉の比較
図 11 思いやりの比較
年は消滅している。今回の調査協力施設である T ビ
(* p < .05, ** p < .001)
レッジのようにカッター体験を積極的に実践してい
る施設もあるが、学校側には受験勉強に象徴される
3.3
学力第一主義の弊害として、本来学校教育の担うべ
身体的能力(図 12、13、14、15)
き全人教育の取り組みに限界がある。学力獲得に付
カッター体験前(Pre)に比べて体験直後(Post1)
で有意に向上した能力は「日常的行動力」「身体的耐
加した「知識活用型」人材育成の観点から教室を飛
性」「野外技能と生活力」だった。それら 4 つの項目
び出した自然体験の必要性を提言したい。
は体験前に比べて 1 ヵ月後では有意に向上した効果
5.参考文献
は維持されなかった。
(1)
佐野司・松崎茂樹・宮寺晃夫:小学生ドッジボ
ールのクラブチームにおける養育者の意識―子ども
の成長に対する教育効果を中心に,筑波大学大学紀
要 No.4,p.173-181,2009.
(2)
井之口茉里恵・畦浩二:兵庫県自然学校が児童
の生きる力に及ぼす影響の評価―西宮市立 H 小学校
の分析を通して,大阪教育大学紀要第Ⅳ部門 No.62,
p.155-165,2014.2.
図 12 日常的行動力の
比較
(3)
図 13 身体的耐性の
比較
橘直隆・平野吉直:生きる力を構成する尺度,
野外教育研究 No.4(2),p11-16,2001.
70
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
シーマンシップって何だ?
終身会員 橋本 進
要旨
シーマンシップは海事関係者であればよく聞く言葉である。しかし、具体的に「シーマンシップって何だ?」
と聞かれると困ってしまう。
本稿では、シーマンシップを一般の人々の目線で説明することを目的としている。そのために、咸臨丸の
北太平洋横断航海記録に焦点を絞り、水先案内役のアメリカ海軍大尉ジョン・マーサー・ブルックと咸臨丸
乗組員とのエピソードを紹介しながら、シーマンシップについて考える。
キーワード:教育、シーマンシップ、咸臨丸
1.はじめに
は何一つ粗末にせずに役に立てる。そしてすべての
物は在るべき所に置かれ、いざという時にはすぐに
海事関係者は、よくシーマンシップ(Seamanship)
という言葉を口にする。ところが、改まって「シー
間に合うように整頓されている。眼は常に自然の変
マンシップって何だ?」と問われるとハタと困って
化から離れず、心は変化の機先を制して労を省きな
しまう。シーマンシップは理屈でなく身体が覚えて
がら安全をはかる。」(ラメール・第6号、日本海事
いるものであるからである。これを真正面から説明
広報協会)と説明する。
しょうとしても、一般の人たちにはなかなか理解し
3. 咸臨丸の北太平洋横断航海にみるシー
マンシップ
てもらえない。
ここでは、船乗りのテリトリーで説明するのでは
3.1
なく、一歩退いて一般の人々の目線でシーマンシッ
プを説明しようと思う。そのためには、身近なエピ
咸臨丸に乗ったキャプテン・ブルック
咸臨丸には幕府軍艦奉行木村摂津守(喜毅)と船
ソードを交えて具体的に話を進めるのがよいと考え、
将(船長)勝麟太郎(義邦)のほか 94 名が乗組み、
話題を咸臨丸の北太平洋横断航海に絞り、その中の
さらに咸臨丸の北太平洋横断航海の水先案内役とし
いくつかのエピソードを紹介しながらシーマンシッ
てアメリカ海軍大尉ジョン・マーサー・ブルックと
プを説明することとする。
彼の部下 10 人が乗船した。
ところが、ブルック大尉以下の外国人が咸臨丸に
2.シーマンシップ
乗船するまでにはいろいろなトラブルがあつた。そ
シーマンシップといった場合、そこには純粋な航
れは、この渡航は日本人だけの力でやりたいという
海技術(操船術、運用術等)を指す面と、それを支
意見が咸臨丸士官たちの間に強くあったからで、彼
える海上生活の行動・慣習から自然と身についた心
らが長崎海軍伝習所で学んだ知識・海上経験-僅か
構えや身のこなしなどを指す面とが考えられる。
1年半であったが-の自負と、攘夷論が世上に広ま
前者について、元高等海難審判庁長官・斎藤浄元
ってきたことなどによるものであった。勝船将も外
氏は「海難を防ぎ、所期の地点に船を進め、または
国人の力は絶対に借りない、
「外蛮」の力は借りない
停泊するための技術」(海難論、日本海事振興会)
、
と明言していた。
すなわち、海難を惹起する諸因を未然に防止しなが
ところが、木村軍艦奉行はその慎重な性格から、
ら、人や貨物を安全・確実・迅速に目的地まで運ぶ
日本人だけの力でいきなり太平洋を横断することは
技術であるとする。
無理であると見て、早くから老中を通じてアメリカ
後者については、元航海訓練所長・千葉宗雄氏は
公使タウンゼンド・ハリスに適当な案内役を依頼し
「(シーマンシップは)舟で海へ乗り出し、風波にも
ていたところ、推薦されてきたのがブルック大尉で
まれて働くあいだに身につけた生活の知恵であり作
あった。
法である。
」とする。そして、「それは狭い場所を広
遠洋航海の経験を持たず不安を抱いていた勝麟太
く住みわけ、隅から隅まであます所なく活用し、物
郎は、ブルック大尉に会った途端、その人物や航海
71
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
てきた。提督も艦長もまだ病気である。
者としての力量に惚れ込み、願ってもない案内者と
して認め、却って士官達を説得するまでになった。
2月 14 日:午前 10 時、日本人が無能なので帆を
ブルック大尉は 1858 年の秋、アメリカ水路探検隊
充分に揚げることができない。士官たちは全く無知
の測量艦フェニモア・クーパー(排水量 96 トン)の
である。たぶん悪天候の経験が全然ないのだろう。
キャプテン(艦長)となり、サンフランシスコを発
命令はすべてオランダ語で下される。私は日本人が
航してホノルル、マニラ、香港、琉球近辺の測量を
彼ら自身の航海用語を持つべき必要を強く感じる。
続けながら 1859 年(安政6年)7月下旬神奈川・横
舵手は風を見て舵を取ることができない。…(略)
浜に着いた。彼の次の任務は、アメリカ公使ハリス
天測のチャンスなし。…(略)雨。甲板が非常に滑
が開港の約定を取り付けた神奈川(横浜)、箱館 (函
りやすいので、私は転んでしまった。この船は砂を
館)、長崎、新潟、兵庫(神戸)の諸港を測量するこ
積んでいない。航海のはじめから不愉快なことだ。
とであった。ところが、その交渉のため江戸に赴い
2月 15 日:萬次郎が言うには、昨夜彼が日本の
た留守中の翌8月7日に暴風が来襲し、フェニモ
水夫たちに登楼を命じたとき、彼らは萬次郎を帆桁
ア・クーパーは座礁・破船した。ブルック艦長はじ
(ヤード)に吊るすぞと脅したそうだ。彼らがもし
め乗組員は、帰国の便船を待つために横浜に留まっ
そのおどしを実行に移すようなことをしたらすぐ私
ていたところへ咸臨丸の話が出てきたのである(以
に知らせろ、命令に反抗する奴らは、艦長が私に権
後、キャプテン・ブルックとする)。
限を与えてくれ次第、すぐ吊るしてやると彼に言っ
ておいた。
1860 年2月6日(万延元年正月 15 日)キャプテ
ン・ブルックらは横浜停泊中の咸臨丸に乗船した。
われわれの乗組員が操舵や見張りなど当直士官の
翌2月7日抜錨、その日の夕刻浦賀に入港した。こ
なすべきことを皆やっている。今朝日本人がフォア
の横浜・浦賀間の航海に限っていえば、ブルックは
マスト(前檣)のトップスルを畳んだ。艦長(勝)
咸臨丸乗組員の航海技量を高く評価し大変満足して
はまだ寝台に寝たきり、提督(木村)も同様。
2月 16 日:ドアを開け放しにし、それがバタンバ
いた。このとき、木村 31 歳(数え歳、以下同じ)
、
タンとあおり、自分たちのコップや皿や、やかんが
勝 38 歳、ブルック 34 歳であった。
床の上をころげ回るにまかせ、全くだらしのないこ
3.2 キャプテン・ブルックの見た軍艦咸臨丸
の乗組員
と言語道断。
当直に水夫は2人ずつしか立たない。船の中で、
秩序とか規律とかいうものは全く見られない。事実、
ブルックは咸臨丸乗艦について、自分は日本政府
の要請とタットナル提督(水路探検隊指揮官)の命
わが国の軍艦に見るような、規律とか秩序とかは日
令により、航海技術などについて咸臨丸艦長を援助
本人の習慣に相容れないものだ。日本人水夫は、船
するために搭乗したのだという自負をもっていた。
室で火鉢と熱いお茶と煙管とをそばに置かなければ
しかし咸臨丸乗組員はそうは見ていなかったのであ
満足しないのだ。
2月 19 日:この日の夕方、私は日本人たちの無神
る。
ブルックは咸臨丸乗船中のさまざまな出来事を
経さに全く驚かせた。暴風の兆しがはっきり現れて
『咸臨丸日記』
(KANRIN MARU J0URNAL)に書き遺して
いるのに、ハッチ(船倉開口部)もしっかり閉めて
いる。以下にその内容を要約する。〔注:(
いないし、そのうえ羅針箱(操舵用磁気コンパス箱)
)内は
の明かりも非常に薄暗いままであった。
筆者〕
2月 11 日:明け方、目を覚ました。船は激しく横
これらの日記の内容からも分るように、咸臨丸乗
揺れしている。デッキに出てみると、2段縮帆した
組員の船内マナーの悪さや船内規律のルーズさ、運
メーントップスル(主檣のトップスル)が裂けてい
航技術の拙劣さに辞易したブルックは、木村奉行や
た。その帆を畳む。フォースル(前檣の大帆)の半
勝船将にその教育についてたびたび進言したが受け
分も破れている。それも畳む。・‥(略)日本人は全
入れられることはなかった。
このことについて、勝は『勝義邦航米日誌』の2
員船酔いだ。提督(木村)はまだ自室にいる。艦長
月 11 日(新暦3月2日)の項に、「亜(アメリカ)
(勝)も同様。
カピタンブロック、船内無規律、水夫働く者少なく、
2月 13 日:日本人達もだんだん船酔いから回復し
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第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
士官等また同断、此の如くにしては我其の裨益ある
Commodore :knows nothing whatever of seamanship)。
事を伝えんと欲すとも其の詮無し、宜敷く規制を定
彼は私が船を動かすことができるのだから安心だと
め、航海学を研究せしむべしといって置かず。」と記
思っている。…(略)とはいえ、私は下船するまで
録している。
に、何とかこの点を議論して改めさせよう。
このようなキャプテン・ブルックの進言が受け入
ここで初めて「シーマンシップ」の言葉が出てく
れられたのは3月1日であった。彼の日記を見てみ
る。ブルックの言うシーマンシップは、彼が日記の
よう。
中で並べ立てた咸臨丸乗組員に対する不満、すなわ
3月3日:3月1日に私は士官途や艦長と話し合
ち、乗組員の船内マナーの悪さや船内の無規律さ、
いがついた。これまで日本人達があまりに無能力で
拙劣な運航技術などを総称していることは明らかで
あったため、私自身常時警戒をしていることが必要
ある。
だったし、また私の部下を当直に立てねばならなか
一方、このままでは咸臨丸は沈没してしまうので
った。向かい風になったので、私は士官達に上手回
はないかという不安感からか、船内には不穏な空気
し(タッキング)の技術を教えようと申し出た。と
が流れていた。そのような船内の空気を察したブル
ころが彼らは非常に物ぐさで、デッキに出てこない。
ックは、自分がサンフランシスコで下船するまでの
種々の言い訳等をしている。そこで私は部下全員を
間に、咸臨丸乗組全員にシーマンシップを教えよう
集め、私の承諾なしには何もするなと言い渡し船室
と決意した。そこには、自分がサンフランシスコで
に入らせた。そして艦長に、もし士官途が協力しな
下船した後の咸臨丸を、無事日本へ帰着させるため
いなら、もうこの船の面倒をみない、
と申し送った。
の願いも込められていたのである。
艦長は士官達を説き諭し、彼らを私の配下につけた
キャプテン・ブルックが始めた最初のシーマンシ
ので私も当直をデッキに送った。艦長と提督はまだ
ップ教育は、船乗りとして必要な船内生活のマナー
自室に閉じこもっているが、提督の方は今夕デッキ
一船内生活のための必要最低限の常識-を実行させ
に2、3分出てきた。よい月夜(旧暦 13 日)だが霧
ることから始めた。
次は船内規律の確立であった。その手始めが航海
が深い。
当直制の確立である。
この記録は非常に興味深い。仮に、
「艦長は士官途
勝は咸臨丸の出航に先立ち『船中申合書』をつく
を説き諭し、彼らを私の配下につけた」とするなら
って、船内の規律とその維持についての遵守事項を
ば、一時的にしろ艦長の権限をブルックに委譲した
乗組員に厳しく申し渡していた。しかし、荒天に遭
ことになりはしないだろうか。木村奉行も勝船将も
遇し、勝自身も部屋にこもりきりであったことから、
自室にこもったままだったからなおさらである。
大時化で散々の体たらくの乗組員には船内規律を守
る意思も気力もすっかり消え失せていたのである。
4.キャプテン・ブルックのシーマンシップ
教育
の帆船運用技術と航海技術の再教育であった。しか
『咸臨丸日記』2月 20 日の項に興味深い記事が
し、ブルックがシーマンシップ教育に熱心になれば
最後にブルックが取り組んだのは、咸臨丸乗組員
なるほど、彼の態度に反感を持つ者が現れ、ブルッ
ある。浦賀出港 10 日後のことである。
クと乗組員の間は何となくギクシャクした雰囲気で、
2月 20 日:今日私は水夫や士官の当直を割り当て、
いまひとつ胸襟を開くことがなかった。
部署を決めるよう提案した。しかし予期しなかった
咸臨丸はさまざまな問題を抱えながらも順調に航
困難にぶつかった。尉官級の6人の士官のうち、何
海を続け、西経 170 度の子午線を越え、往航も半ば
人かは職務に全く無知である。提督は能力のある者
を過ぎた頃に飲料水事件が発生した。この事件は、
を当直につけたがらない。つまり、彼らが無能な者
アメリカ水兵の1人が無断で真水(飲料水)を使っ
ほどに身分が高くないからというのである。結局、
て下着の洗濯をしているところを公用方(事務長)・
提督は誰にも部署、当直を割り当てず、もとのまま
吉岡勇平が見つけ、この水兵を足蹴にしたことが発
にしておくことを望んでいるのだ。提督自身も船舶
端であった。
足蹴にされた水兵は何かわめきながらその場を去
運 用 に 関 し て 何 一 つ 知 っ て い な い (The
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第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
ったが、すぐに仲間を連れて現れ吉岡に向かってピ
世を風靡したオードリー・ヘプバーン
ストルを構え、吉岡も刀の柄を握って身構えたとこ
1993)は、晩年、ユニセフ(国連児童基金)の親善大
ろに、何事が始まったかと日本の士官途やブルック
使として世界各地で活躍したことはよく知られてい
が上甲板に出てきた。ことの次第を聞いたブルック
るが、そのヘプバーンが、
「-方の手は自分のため、
はガヤガヤ騒ぐ自分の部下を制し、静かに日本側に
もう一方は他人のためにあるのです」という言葉を
向かって、
「よろしい、斬りなさい。共同生活の掟を
遺していることを新聞記事(1998 年1月 22 日朝日
破ったわれわれの敵ですから。」とすすんで処刑を求
「この人この言葉」)で知って驚いた。われわれ帆船
めたのである。
乗りに言い伝えられてきたこの言葉を、なぜ彼女が
(1929~
知っているのだろうか。早速、オードリー・ヘプバ
この事件は、勝船将とキャプテン・ブルックの握
ーンの出自を調べた。
手となって収まったが、このキャプテン・ブルック
の毅然とした態度は、武士道を貫く古武士の風格に
父ジョセフ・アント二-・ヘプバーンはアイルラ
も似て、日本人達を甚く感激させた。この時、咸臨
ンド系イギリス人の銀行家、母エッラ・ファン・ヘ
丸乗組員はシーマンシップの何たるかを悟ったので
ームストラはオランダ貴族ヘームストラ男爵家の出
ある。
で、両親ともに「海」に関係の深い地に育っていた
のである。両親は子育てのなかで、いつもこの言葉
この事件がきっかけで、咸臨丸乗組員のブルック
をロにしていたのであろう。
を見る目が変わり、ブルックの教育・指導は彼の目
論見どおり、大いに効果をあげ始めたのである。
そのようなこともあってか、ブルックは『咸臨丸
日記』に書いた日本人の無能ぶりについて、外部に
ほとんど漏らしていない。サンフランシスコに到着
したときも同地の新聞記者に日本人の技術を褒めこ
そすれ、自分のしたことは一切話していない。
ブルックが咸臨丸を去るにあたり、木村奉行は持
参の千両箱を開けて、「この中から好きなだけ持っ
ていくよう」すすめたがブルックは固辞した。ブル
ックは、「日本と日本人をアメリカとアメリカ人に
初めて紹介した名誉」の一事に満足し、他には何の
報酬も求めなかったのである。キャプテン・ブルッ
クはそういう人物であり、そういう指導者にシーマ
ンシップ教育を受けたからこそ、咸臨丸は無事に日
本へ帰着できたのである。
5.おわりに
シーマンシップのなんたるかを日本人に伝えた
のは、キャプテン・ブルックと中浜万次郎(ジョン・
マン)であった。特に万次郎は新航海術(位置の線
航法)を初めて日本に伝えた航海者であったことを
付記しておきたい。
最後に、
「片手は船のため、片手は自分のために使
う」という言葉が帆船訓練に語り継がれているが、
これは「帆船のマスト作業では、一瞬の気の緩みが
船や自分を破滅に追いやることがある。両手は船と
自分のためにバランスよく使え」という意味で、ヨ
ーロッパの帆船乗りから伝わった格言である。
ところが、映画「ローマの休日」の主役を演じ一
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第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
初代帆船海王丸の大規模修繕工事について
正会員 〇斎藤 重信(伏木富山港・海王丸財団)
要旨
海王丸パーク(富山県射水市)に係留・保存・展示されている初代帆船海王丸(昭和 5 年・1930 年建造)
は、平成 24 年 11 月下旬から平成 25 年の 3 月まで、15 年振りに 3 か月にわたる大規模な修繕工事を実施し
た。現在では数少ないリベット構造船であるため、懸案であった広範囲な外板補修にはリベットへの熱影響
を考慮して、当板材のプラズマ溶接を実施するとともに、サンドブラスト後のリベット部を含めポリウレア
コーティングを船底部の 50%に施し保護している。
キーワード:造船・海洋工学、保守・整備、教育・訓練
1.はじめに
に海水が長期間滞留していたためと思われる強度の
「海の貴婦人」帆船海王丸は今年(平成 27 年)2 月
腐蝕(最薄板厚 2.4mm)も確認したため、平成 20 年
度の定期検査では全てのコファダム(タンクとタン
14 日で建造から 85 年を迎えました。
海王丸パークから見る海王丸はとても美しいの
クの間の空所)内検の指示を受け、そして今回は全
ですが、海面より下の部分は簡単に修理できないた
てのタンクを内検する必要もあって、本格的な船底
め、長い間十分な整備ができませんでした。
修理とあわせ「上架」が不可避の状況となったわけ
です。
今回、富山県そして射水市のご支援により、平成
24 年 11 月下旬から平成 25 年の 3 月まで、3 か月に
そのような状況から、平成 23 年 9 月、本会議を再
わたる大規模な修繕工事で、平成 9 年度以来 15 年
開した富山県議会において、石井隆一知事は四方正
振りの定期検査のための入渠・上架修繕工事(海王
治議員の代表質問に答える形で、射水市の伏木富山
丸の船体を水から出し、
船底の保守などを行うこと)
港(海王丸パーク)で一般公開されている帆船海王
を実施することができましたので、その概要をご報
丸について、次年度(平成 24 年度)の船舶安全法で
告させていただきます。
義務付けられている定期検査に合わせて、船底修理
など本格的な修繕を実施する意向を示しました。
2.大規模修繕工事までの経緯
射水市では、国が建設中の新湊大橋が平成 24 年
海王丸の保存活用事業の実施に当たっては、富山
秋に完成予定で、知事は答弁で「立山連峰と富山湾
新港への係留当初(平成 2 年)から、建築基準法を
を背景に海王丸と新湊大橋が並び立つ景観が生み出
適用する海洋構造物(建築物)としての係留船か、
され、観光スポットとして魅力が高まる」と指摘し、
船舶安全法を適用する船舶としての係留船かという
同市からも要望があったとして「全国の人に愛され
議論がありましたが、現状は係留が常態の動態保存
るよう修繕を行う方向で検討したい」としました。
される平水区域を航行可能な練習船となっています。
3.大規模修繕工事の実施概要
不特定多数の客が乗船するため、船舶検査上は客
船扱いであり、第 1 種中間検査を毎年受検する必要
①工事名
があります。定期検査は 5 年毎ですが、これについ
帆船海王丸の
定期検査及び上架修繕工事
ては経費節減策として船舶検査官と協議の上、入渠・
②設計金額
¥427,326,860 円(税込)
上架による検査は緊急の必要性が生じない限り省略
③契約額
¥423,150,000 円(税込)
をお願いし、係留場所での水中検査を実施してきま
④契約日
平成 24 年 9 月 27 日
した。
⑤完成期限
平成 25 年 3 月 19 日
平成 19 年冬から船尾船底軸室部で浸水(海水 15
⑥入渠日
平成 24 年 11 月 27 日
ℓ/週)があり、外板板厚計測による建造当時の外
⑦出渠日
平成 25 年 3 月 7 日
板衰耗率 30%超を確認し、また船体中央部(機関室)
⑧請負者
新日本海重工業株式会社
75
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
図1
船首部(入渠時)
図2
図 3 船尾部(入渠時)
図5
図4
機関室フレーム(補強前)
図6
76
船首部(出渠時)
船尾部(出渠時)
機関室フレーム(補強後)
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
図7
タンクトップ(補強前)
図8
図9
船底外板(補強前)
図 10
図 11
図 12
船底外板の破孔部(両舷)
77
タンクトップ(補強後)
船底外板(当板補強後)
外板展開図(補修箇所・両舷)
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
図 13
ポリウレア溶液(2 種類)
図 14
ポリウレア樹脂の塗布作業
4.まとめ
(100 歳になっても「海の貴婦人」として)
⑦電食と思われる船底外板の破孔が数カ所見受
①「百寿を無事迎えられるように」を合言葉
けられたため、電食対策として船体外部に防
に、平成 9 年度以来 15 年振りの大規模な定期
食アルミ(10 年仕様)60 基を取付けました。
検査入渠・上架修繕工事を 3 か月にわたって
⑧「海の貴婦人」と称され富山県民・射水市民
実施しました。
はもとより、国民に愛される現在 85 歳の帆船
②平成 24 年 11 月末に新日本海重工業㈱に入渠
海王丸ですが、100 歳になっても元気で美しい
した時は、貝殻や海草類そして錆だらけで、
姿をお見せできるように、乗組員一丸となっ
本当に痛々しい姿でした。
て整備を行い、輝かしい歴史と伝統を持つ海
王丸を大切に保存・活用し、多くの人に船や
③それを 1 か月かけて、船底全面のカキ落とし
海の魅力を伝えていきます。
とサンドブラスト、プライマー塗装を行って
皆様の引き続きのご協力と、温かいご支援
きれいにし、外板の 500 か所に及ぶ板厚計測
をお願いします。
や打音検査などの結果から 12 月中旬に外板の
修繕方法を決めました。
参考文献
④厚さ 8 ㎜、2.5m×10m の高張力鋼当て板材を
(1) 斎藤重信:初代帆船海王丸の大規模修繕工事
10 枚以上使用し、外板の破孔や腐食の進んだ
について、全日本船舶職員協会 全船協 第 123
部分の補修などを行いました。
号、p.18-21、2013 年 8 月
⑤現在では数少ないリベット船ですが、左右あ
(2) 岩元省吾・菅原将志・斎藤重信:初代海王丸
わせて痛んでいる 4,500 本のリベットのう
の大規模修繕工事について-新素材による船底
ち、特に痛みが激しい 1,000 本を肉盛りして
外板補修-、航海訓練所 調査研究時報 第 92 号、
修繕し、残りの 3,500 本についてはこれ以上
技術資料 p.25-50、2014 年 3 月
腐食が進まないように、外板部も含めて厚さ
(3) 日本海事協会:練習帆船海王丸現状鑑定書、
約 2 ㎜のポリウレアコーティングを船底部の
2006 年 2 月
50%に施し保護しています。
(4) 新日本海重工業株式会社:帆船海王丸の定期
⑥腐食が進んでいた機関室フレームの切替えや
検査及び上架修繕工事完成図書、2013 年 3 月
マージンプレート、タンクトップの当て板補
(5) 新日本海重工業株式会社:帆船海王丸船体強
強など、タンク内部も含めて船体内部の補強
度調査工事報告書、2009 年 3 月
や塗装も入念に行いました。
78
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
風洞水槽を用いた海洋工学に関する実験
正会員 庄司 邦昭(国土交通省 運輸安全委員会)
要旨
船舶の性能をしらべるための実験水槽は 1871 年にウイリアムフルードによりイギリスのトーキーに造ら
れた。この水槽は船舶の設計用として、特に船の抵抗について調べるための長水槽としては世界初と言える
が、船の復原性など、動揺などの研究としてはフルード以前にもいくつかの水槽が造られていたのではない
かと思われる。本稿において示す風洞水槽は、船の動揺などの研究用としての短水槽に分類されるが、昭和
30 年に東京商船大学清水分校に造られた。その後、東京海洋大学海洋工学部の航海機関実験実習棟に移設さ
れてからすでに 40 年が経過した現在、改めて本水槽で行われた海洋工学に関する実験について見直し、意義
と成果について考察した。その結果、施設として実験の簡便性、現象の可視性、モデル化の有効性などにお
いてその特徴を示すことができた。
キーワード:海洋工学、実験水槽、風洞水槽、実験史
1.風洞水槽の特徴
東京海洋大学海洋工学部に設置されている風洞
水槽は、昭和 30 年に静岡県の清水分校に作られてい
たが、昭和 39 年度に予算 97 万円で東京に移設され
た。さらにその後、昭和 49 年 02 月に航海機関実験
実習棟の新営が 2 億 8536 万円で、昭和 49 年 08 月に
同棟設備等が 1 億 434 万円で完成し、回流水槽とと
Fig.1 General Arrangement of Model Basin with Wind
(1)、(2)
もに現在の場所に移されている。
Tunnel
清水分校に設置された当初、昭和 29 年に発生し
た洞爺丸事故を検証するために数多くの実験がこの
水槽で行われている。
東京海洋大学海洋工学部風洞水槽を Fig.1、Fig.2
に示す。 寸法は底部において長さ 8.26m、
幅 3.67m、
深さ 0.72m である。水槽上部には長さ 8.32m、幅 3.73m、
高さ 0.48m の風路がつけられている。底部には仮底
が作られており、水槽自体の水深を一定とし、仮底
を上下させることにより水底から水面までの深さを
調節できる。プランジャー式の造波装置で波の発生
が可能で、吸込み式の造風装置によりダンパーを開
Fig.2 Bird’s-eye View of the Model Basin with Wind
閉することにより風速を変化させて、水面上に風を
発生させることができる。さらに風洞上部がガラス
Tunnel
など透明材料で作られているので、上方からの写真
2.海洋工学に関する実験
撮影によって水面上の船舶などの挙動を無接触で計
(3)
測できる。
(1)橋脚周辺の風が船舶に及ぼす影響について
水槽の規模としては、抵抗試験などに用いられる
本州四国連絡橋の建設に伴い、橋梁の下を船舶が
長水槽とは異なり、模型船の航走を考えない、復原
航行することとなり、航路付近に設置される橋脚に
性などについての実験が行われていた短水槽に属す
より航行船舶が受ける影響について調査した。これ
るといえる。
らの影響のうち潮流など流れの影響に関しては回流
79
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
水槽のような水の流れを発生させる水槽で実験が行
の限界値を船の長さの 20 パーセント(⊿Y/L)と
われたが、風の影響については、本風洞水槽内に橋
すると、風上側では約 0.4L、風下側では約 1.1L橋
脚模型を置き、その周辺の風速を計測して行われた。
脚から離れて航行すれば橋脚周辺の風による影響が
少ないという結論が得られた。
Fig.3 は橋脚周辺の風の流れの様子を示したもの
で、上流側から煙を送り可視化したものである。ま
た、Fig.4 には橋脚周辺の風速を計測した結果を示
している。この図から橋脚上流側の隅角部付近で風
速が増すことなどがわかる。(4)
Fig.5 Maximum Sway of Ship over each Course to Pier
橋脚の風の影響は航行船だけでなく、機関故障な
どによる漂流船が風によってどのような挙動を示す
Fig.3 Wind around the Bridge Pier
かについても重要なテーマである。
風洞水槽を用いて模型船を橋脚の風上側から漂
流させ、船体の軌跡を水槽上部のカメラで撮影して
計測した。
結果の一例を Fig.6 に示す。このような実験結果
から、風による漂流船は初期の船首方位に関係なく
船の長さ程度風下側に流されると船首方位がほぼ風
向に対し 90°になり風下方向に漂流することがわ
かった。その結果、風による漂流船の橋梁に対する
危険領域は Fig.7 のように示される。
Fig.4
Wind Velocity Distribution around Pier
このような風速の中に模型船を置き、船体に働く
横力、回頭モーメントを計測し、外力として船体運
動方程式に加えて、船体軌跡を計算した。その結果
Fig.5 より、外力がないときの軌跡に対する偏位量
Fig.6 Ship Motion of Drifting Ship by Wind
80
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
Fig.7 Dangerous Area of Drifting Ship by Wind
Fig.10 Ship Trajectory of Oblique Colliding Ship
(2)橋脚周辺の防護施設について
実験結果から、Fig.11 のようにスロープの角度θ
本州四国連絡橋の建設に伴う航行安全の一環とし
が大きくなると、船体が築堤に乗り上がる量(⊿Z)
て、橋脚周辺に防護施設が建設されているが、この
が小さくなり、船首が築堤に食い込む状況になるこ
ような防護施設は橋脚を防護するためよりも、船舶
とがわかった。
の甚大な損傷を防ぐ目的で建設された。
防護施設については築堤による人工島方式のほか
風洞水槽においても数種の防護施設について実験
杭式、ロープ式などについても風洞水槽で実験を行
った。(5)、(6)
おこなわれたが、一例として、築堤式の人工島方式
の防護施設の実験結果を以下に示す。
Fig.8 は人工島方式の防護施設の実験状況で、スロ
ープを持つ人工島を水槽内に作り、模型船を乗り上
げさせて、その挙動を計測した。Fig.9、Fig.10 は築
堤に斜めに乗り上げた状況を示す。
Fig.8 Experimental Situation on Bridge Pier Protection
by Man-Made Island
Fig.11 Run-up Height of Colliding Ship
(3)錨泊船の挙動に関する実験
錨泊船の挙動については、泊地の選定や港湾計画
にとって重要なテーマである。風の影響による錨泊
船の振れ回り運動についての計測を風洞水槽におい
て以下のように行った。
Fig.12 に実験状況を示す。風速を変化させて、ア
ンカーの位置と移動する船体の位置を上方のカメラ
で計測した。その結果、Fig.13 のような振れ回り運
動から走錨に移る状況での、ベルマウスの位置にお
ける船体の挙動を求めることができる。
また、振れ回り運動時の係留索にかかる張力につ
Fig.9 Experiment of Ship Collision with Man-Made
いても Fig.14 のように実験値と計算値でよい一致を
Island
81
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
示すことができた。(7)、(8)
必要な計測器などを積載する余裕がなく、また計測
データを有線で送信することも船体を拘束する一因
となるので難しい。
(2)身近で実験ができるため、実験を自分の目で
Bell mouth
よく見ることができるし、現象を視覚的、光学的な
計測により捉えることができる。
(4)海底に設置された築堤や錨と水面上の船体と
の相対位置を上方のカメラにより視覚的に計測がで
きる。カメラを固定しておくことによって風により
水面が波立つ状況でも固定された水面下の構造物の
Anchor
位置と模型船との相対的位置は計測可能である。
(3)副次的ではあるが、実験を通じて、錨鎖、築
堤、把駐力のモデル化をすることができた。
Fig.12 Experiment of Mooring Ship
参考文献
( 1)米田謹次郎・野原威男・谷初蔵・鞠谷宏士・
150
岩井聰・及川清・久々宮久:東京商船大学風
縦距離(cm)
longitudinal distance
洞水槽の造波装置について、東京商船大学研
100
Bell Mouth
究報告(自然科学)、第 16 号、pp.71~77、昭
50
和 40 年 9 月.
Anchor
( 2)東京商船大学百年史編集委員会:東京商船大
0
-50
0
-50
50
学百年史、708p.、昭和 51 年 11 月 01 日.
100
( 3)岩井聰・庄司邦昭:橋脚周りの風の乱れが接
横距離(cm)
transverse distance
航する船の保針におよぼす影響について、日
本航海学会論文集、第 55 号、pp.77~86、1976
Fig.13 Trajectory of Ship from Periodical drifting to
年 8 月.
Dragging
( 4)岩井聰・庄司邦昭・亀田久治:船舶の衝突に
対する緩衝施設に関する研究(その2)―漂
流船の衝突挙動について―、東京商船大学研
究報告(自然科学)、第 33 号、pp.25~42、1982
年 12 月.
( 5)Kuniaki Shoji・Yoshiko Miura : On the Effect of
Artificial Mound Protection for Ship Collision、
第 12 回海洋工学シンポジウム、pp.403-406、
1994 年 1 月.
( 6)Kuniaki Shoji・Akira Iwai: Preservation of
Marine Structures against Ship Collision 、
Fig.14 Experimental Results of Mooring Force
Proceedings of the International Symposium of
3.風洞水槽における実験の考察
Ocean Space Utilization ’85、pp.651-658 、1985.
風洞水槽を用いたいくつかの実験を通じ、その利
( 7)井上真希:錨鎖に働く張力に関する研究、東
点欠点について考察した。その結果を以下に示す。
京商船大学航海学科卒業論文、2005 年 3 月.
(1)本風洞水槽での模型船の標準サイズは1m、
( 8)kuniaki Shoji・Kiyokazu Minami・Akio Kimura・
縮尺としては1/100程度となり、実験の精度か
Shigeo Mita・Maki Inoue : Experimental Study
らは商業ベースには達しないかもしれないが、手軽
on Behavior of Ship Moored by Anchor,、ISOPE
に持ち運びが可能である。また、模型が小さいので
2006.
82
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
船舶搭載型 ADCP による富山湾から佐渡海峡の海潮流観測
学生会員 小関修治(富山高専専攻科)
正会員 千葉 元(富山高専商船学科)
非会員 道田 豊(東京大学大気海洋研究所)正会員 橋本心太郎(富山高専「若潮丸」
)
要旨
富山高専の練習船「若潮丸」に搭載された船底設置型 150kHzADCP(Acoustic Doppler Current Profiler)で、富
山湾から佐渡海峡に至る海域での海潮流調査を実施した。この ADCP 観測結果の検証のため、気象庁作成の
数値計算データ(MOVE)
、人工衛星リモートセンシングによるクロロフィル a 濃度観測画像との比較考察を
行った。ADCP 観測は船の針路と深度方向の 2 次元的なデータとなるが、MOVE データや人工衛星観測デー
タと照合することにより、3 次元的な流れの分布特性を知ることができる。そして、能登半島北方から侵入す
る対馬暖流が、富山湾から佐渡島に至る海域で、大規模な蛇行や、渦を形成しているのが確認された。
キーワード: 航海・地球環境、ADCP、海潮流、深海域、対馬暖流
論では MOVE とする)。これは、気象庁が開発した
1.はじめに
富山湾は平均水深 600m の深い湾である。北側か
モデルの計算結果について、観測データを用いた客
ら日本海を北上する対馬暖流が流れ込み、湾の中で
観解析を行うものである (2)。富山高専は気象庁と共
は多数の河川水が流れ込んでいる。このために、富
同研究を行い、データの提供を受け、これを
山湾は上から沿岸表層水、対馬暖流水、日本海固有
COLA(Center for Ocean-Land-Atmosphere Studies) の
水層の 3 層構造となっている。通常、このような水
GrADS(Grid Analysis and Display System)で描画す
塊構造の境目には、海水の流動が発生する。また、
ることにより、観測値との比較を行っている。計算
対馬暖流は佐渡島東西に迂回して北上するが、河川
分解能は 0.1 度、各 1 日平均のデータとなっている。
水や海底地形によって複雑な流れを形成すると思わ
2.3 人工衛星リモートセンシングデータ
れる。本研究では、こうした富山湾の海潮流のメカ
ニズムを把握し、漁業、海洋汚染の監視と予測、船
(公財)環日本海環境協力センター(Northwest
舶の安全運航、漂流物の調査と推測、海岸施設設計
Pacific Region Environmental Cooperation Center、以下
の基礎データ等に貢献することを目的としている。
NPEC とする)では、富山湾の環境監視等を目的と
して、NASA の AQUA/TERRA 衛星搭載の MODIS
2.観測手法について
(Moderate Resolution Imaging Spectroradiometer)セ
2.1 ADCP(Acoustic Doppler Current Profiler)
ンサーにより解像度約 1km で海色観測され,NASA
ADCP(超音波多層流向流速計)は複数の超音波ビ
や JAXA により分析されたクロロフィル a 濃度分布
ームを水中で発することにより、流向及び流速を多
画像をホームページで公開している (3)。このクロロ
層に渡って観測することができる。本研究では、富
フィル a 濃度画像から、その濃度分布を見ることに
山高専の練習船若潮丸に搭載された ADCP を使用し
より、表層の海水流動状況の把握が可能となる(1)。
ている。発振中心周波数は 150kHz、最大測定距離は
300m、8m 層厚ごとの観測が可能である(1)。
3.観測及び考察
3.1 観測航海①
2.2 気象庁海洋データ同化システム
2014 年 8 月 28 日の富山新港から新潟港への航海
ADCP 観測値との比較のため、気象庁海洋データ
で ADCP 観測を行った。GPS リファレンスによる
ADCP 観測結果を図 1 に示す。
同 化 シ ス テ ム ( MOVE/MRI.COM : Meteorological
Research
Institute
Multivariate
Ocean
各水深において流向はおおむね東向きであること
Variational
Estimation System / Meteorological Research Institute
がわかる。その中で、図中の○印で示した上越沖は
Community Ocean Model)を使用している(以下、本
南東の流れから北東の流れに変化している部分があ
83
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
あることが確認できる。
る。図 2 に示す、観測日に近い 8 月 22 日のクロロフ
また、MOVE データにおいて上越沖に U 字型の流
ィル a 濃度衛星画像データをみると、同じ上越沖に、
濃度が高い場所が渦を巻くように形成されているこ
れがあることが確認できる。ADCP データの北東向
とがわかる。この情報は表層のみであるが、ADCP の
きの流れはこの流れの一端を捉えていたと思われ、
(2)32m 深、
(3)48m 深をみると、同じ傾向がみて
図 3 に示す衛星画像データの渦を巻くような流れも
とれる。図 3 に示す MOVE データでは、能登半島沖
同一のものであると思われる。これらのことから、
から佐渡島にかけて、東向きの大きな流れが確認で
ADCP は表層において流れの特徴をよくとらえてい
きる。これは対馬暖流であると思われる。図 1 の
ることがわかる。
ADCP データと比較すると、上越沖から佐渡島にか
ADCP データを水深ごとに比較すると、水深が深
けての東向きの流れは、この対馬暖流によるもので
くなるにつれて、流速は徐々に減衰していることが
わかる。また、水深 48m においても上越沖の北東向
GPS Reference
きの流れの存在が確認でき、全体の流向も大きな変
化はない。これらのことから、表層で ADCP、衛星
Current Vector
0
1.00ms-1
画像データ等から確認できる流れは、少なくとも水
深 50m 程度までは影響を及ぼしている。これは
30 nautical
MOVE でも確認でき、対馬暖流を元にした蛇行や渦
miles
の発生が推測できる。
流れが SE から
NNW へ変化
(1)16m depth
GPS Reference
図2
Current Vector
0
人工
衛星によ
1.00ms-1
るクロロ
フィル a 濃
度分布
(3)
2014.8.22
30 nautical
01:10UT
miles
(2)32m depth
GPS Reference
Current Vector
0
1.00ms-1
30 nautical
miles
30 nautical
Current Vector
0.5ms-1
miles
2014.8.28.
(3)48m depth
図 1
ル
(1)18m depth
図 3
若潮丸搭載 ADCP による流向流速ベクト
気象庁 MOVE データ による流向流速ベ
クトル
(8 月 28 日水深:16m, 32m, 48m)
84
(2)
(8 月 28 日水深:18m)
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
GPS Reference
Current Vector
1.00ms-1
0
30 nautical
30 nautical
miles
miles
(1)16m depth
0.5ms-1
Current Vector
(1)18m depth
GPS Reference
Current Vector
1.00ms-1
0
30 nautical
30 nautical
miles
miles
(2)48m depth
0.4ms-1
Current Vector
(2)50m depth
GPS Reference
Current Vector
1.00ms-1
0
30 nautical
30 nautical
miles
miles
(3)98m depth
0.3ms-1
Current Vector
(3)100mdepth
GPS Reference
Current Vector
0
1.00ms-1
30 nautical
30 nautical
miles
miles
(4)200m depth
Current Vector
0.1ms-1
(4)200mdepth
図4
若潮丸搭載 ADCP による流向流速ベクトル
(9 月 19 日水深:16m, 48m, 98m, 200m)
85
図 5 気象庁 MOVE データ(2)による流向流速ベ
クトル (9 月 19 日水深:18m, 50m, 100m, 200m)
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
3.2 観測航海②
この流れは蛇行しながら続いている。ADCP データ
2014 年 9 月 19 日の新潟港から富山新港への航海
の水深 200m を見てみると、能登半島沿岸で南東か
で ADCP 観測を行った。図 4 に 16m、48m、98m、
ら南西へと流向が変化している部分がある。これは
200m 深の ADCP データを示す。全体として北東か
MOVE データの能登半島沿岸の流れと一致してお
ら東北東の流れが多くを占めていることがわかる。
り、おそらく南下してきた蛇行した流れと関連性が
これは、水深 98m まで一定した傾向であった。また、
あると思われる。ADCP データの流向が変化する場
この日においても、上越沖に周囲とは違う南東の流
所、MOVE の南下してくる流れとも一致した傾向で
れが存在していることが確認できる。図 5 に 18m、
あり、条件によっては水深 200m においても表層の
50m、100m、200m 深の MOVE データを示す。ここ
流れの影響が強く出ることがわかる。また、MOVE
で、佐渡島の西側で反時計回りに渦を巻いているこ
データは 200m 深においては傾向の把握は難しい箇
とが確認できる。これは、8 月 28 日の観測において
所もあるが、ADCP データではデータを移動平均で
はみられなかった傾向である。この流れは佐渡島を
見ることにより、流向の傾向はとらえられ、深海域
南下した後、北東向きの流れとなって佐渡島と本土
における傾向把握として有効であるといえる。
の間を流れていく。ADCP が捉えている佐渡島南西
尚、図 6 に示す人工衛星画像データより、湾奥部
の北向きの流れは、渦の北向きの流れを捉えている
に渦を巻くような動きが観測できる。これは、図 4
と考えられ、佐渡島南から南東の北向きの流れは、
の ADCP データと照合すると、反時計回りの渦と思
佐渡島と本土の間を抜けていく流れと考えられる。
えるが、図 5 の MOVE データでは確認できない。こ
水深ごとのデータに着目すると、ADCP データは
れは、前報告(1)で指摘されているように、河川水流
入影響により発生している渦だと思われる。
水深 48m までは流れの方向はほぼ同一である。しか
し、流速の減衰は水深が深くなるにつれて顕著に表
4. 総括
れ、スパイクノイズ状の流向流速ベクトルが増加し
でいる。水深 98m を見ると、能登半島東側の北西の
富山高専の練習船「若潮丸」で富山湾の ADCP 観
流れが東の流れに変化していることが確認できる。
測を行い、MOVE データ、人工衛星画像データと比
また、水深 200m においてもその傾向は続いている
較した。結果として、ADCP データは表層において
が、全体としては北東の流れが支配的であり、大き
は対馬暖流等、表層における大きな流れの傾向をよ
な傾向は変わっていない。MOVE データを見てみる
くとらえていることが確認できた。また、水深が深
と、水深が深くなるにつれて佐渡島西側の渦は弱く
くなるにつれて流速の減衰、ノイズの増加などが確
なっている。水深 100m では、対馬暖流の流れの影
認されたが、200m 程度の深海域においても ADCP
響はかなり弱くなっていることが確認できる。98m
は流れの傾向をとらえられることが確認された。
深の ADCP データを見てみると、先に挙げたとおり、
気象庁・日本海海洋気象センターの皆様には
上層の流れの傾向を引き継いでおり、こちらからは
MOVE データ使用について多大なご指導をいただ
対馬暖流の傾向はみられない。また、水深 200m で
き、皆様に謝意を表します。本研究の一部は(公財)
渦の西側に能登半島を南下する流れが確認できる。
環日本海環境協力センターの「富山湾プロジェクト」
によるものです。
5. 参考文献他
(1)千葉元・濵田健史・道田豊・橋本心太郎:
「ADCP
を用いた富山湾及び周辺海域の海潮流調査」,
航海学
図6
会 2014 年度秋期大会,2014.10
人工
衛星によ
(2) 石崎士郎・曽我太三・碓氷典久・藤井陽介・辻野
るクロロ
博之・石川一郎・吉岡典哉・倉賀野連・蒲池政文:
フィル a 濃
「MOVE/MRI.COM の概要と現業システムの構築」
,
度 分 布
測候時報 76 特別号,pp.s1-s15,2009.
(3)NPEC:「環日本海環境ウォッチ」,
(3)
2014.9.19
http://ocean.nowpap3.go.jp/,2015.4.13.
01:34UT
86
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
海洋系高校・商船系高専による富山湾の海洋観測と海洋教育
○正会員 千葉 元(富山高専商船学科)
正会員 澤田和之(富山県立滑川高等学校海洋科)
正会員 橋本心太郎(富山高専「若潮丸」
) 非会員 古山彰一(富山高専専攻科)
Abstract
富山湾沿岸部にある海洋系高校・商船系高専においては、それぞれに実習船艇を活用した海洋観測と海洋
教育を行っている。富山県立滑川高等学校では、海洋科の学生による「海洋クラブ」を設置して、各種の海
洋実習を実施している。この一環として、実習船「かづみの」による沿岸部の CTD 観測を実施している。富
山高等専門学校では、実習船艇の「若潮丸」
,「さざなみ」を用いた広域の CTD 観測を実施している。こうし
た作業を生徒・学生に行わせことは、海の真の姿を五感で感じ、また貴重な現場作業経験になるものである。
キーワード:航海・地球環境,CTD 観測,実習船艇,海洋教育,富山湾
1. はじめに
海の実際を深く知ると行った意味では、非常に効果
1.1
の高いものである。また、先に示したように、富山
富山湾の特徴
富山湾は、西から南を能登半島から富山平野に囲
湾は非常に特徴的な海洋環境を有するもので、こう
まれ、北から東は日本海に大きく開けている半閉鎖
した海洋観測についての、実際のニーズは非常に高
性湾である。そして、平均水深約 600m、最大水深
いものである(2)。こうした海洋環境の観測について
約 1,200m の深い湾であり、かつ岸から約 10~20km
は、人工衛星から電磁波を用いて海表面温度やクロ
の所で深さが 1,000m に達する海底地形となってい
ロフィル a 濃度の計測を行ったり、流れや波に対し
(1)
る 。このため、大陸棚は狭く、湾奥の海底には深
ては数値シミュレーションといった技術があるが、
い谷間となる海底谷が数多く刻まれる。また太平洋
これらに対しても、その精度の検証のために、現場
を南から日本列島に向かって北上して流れる黒潮が
での海洋観測データの取得が重要になってくる。
九州南方で分岐して、日本海には対馬暖流として流
現在、富山県では、近年の国立高専や県立高校の
れ込み、これが富山湾にも流れ込む特性がある。黒
統合再編のため、実習船艇により、教育活動を行っ
潮は数 100m 以上の厚さを持つ流れであるが、対馬
ているのは、国立富山高等専門学校商船学科と、富
海峡の平均水深が約 90~100m であるため、対馬暖
山県立滑川高等学校海洋科、氷見高等学校海洋科学
流の厚さも同等のレベルとなり、日本海に広く分布
科の 3 校である。図 2 に各校の位置と、その海洋観
している。この海流の下層には、深層水である日本
測実習のフィールド位置示す。本論では、滑川高校
海固有水が、富山湾の水深数 100m を越える深部に
と富山高専における、こうした実習船艇を用いた、
広く分布している。そして、富山湾のもう一つの特
海洋観測と、ここに学生を参加させることによる海
徴は、立山連峰に源を発する多くの河川水が流入し
洋教育の実例と意義について記す。
ていることである。これが、塩分の低い沿岸表層水
氷見
高校
として、湾内に広く分布している。
1.2
実習船艇による富山湾の海洋調査
富山県には海技士養成機関として、かつては富山
5n.m.
「 若潮 丸」
CTD 観測点
「かづみの」
CTD 観測エリア
「さざなみ」
観測点 st.6
県に二つの県立の水産高校と、国立の富山商船高等
専門学校があった。ここでは、それぞれに実習船艇
を有して、海技士者や漁業者として必要な海洋観測
富山湾
富山高専
実習を行っていた。こうした、波や流の観測、ある
いは水温・塩分・各種栄養塩等の化学成分の分析作
業は、船舶の運航に直接の関係性が低いものでも、
図1
87
滑川
高校
富山高専,滑川高校における海洋観測エリア
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
2.滑川高校における海洋教育と海洋観測
2.1
2.2 実習船「かづみの」による調査
海洋クラブの活動
図 3 に示す、滑川高校実習船「かづみの」
(全長
平成 22 年 4 月、海洋高校と滑川高校による新高
20.4m,総トン数 19 トン)で高月海岸から 1km(ポ
校「富山県立滑川高等学校」が開校した。新高校は、
イント 3)、1.8km(ポイント 2)、3.7km(ポイント
普通科(3 クラス)薬業科(1 クラス)商業科(1 ク
1)にて、CTD(Conductivity, Temperature and Depth
ラス)と海洋科(1 クラス)の 4 つの学科をもつ総
profiler:水深・水温・塩分の鉛直プロファイル計,
合制の学校となっている。海洋科は、図 2 に示す、
JFE アドバンテック:AWS387-3C)による水質観測
「食品」、
「栽培」
、「工学」の 3 コース制となってい
を行っている。図 4 に生徒主体の観測状況を示す。
る。海洋科の学習内容は、1 年では全員が同じ専門
図 5 には、2013 年 4 月から 2014 年 1 月までの、
科目を学習し、水産について幅広く学習する。実習
水温,塩分濃度の観測結果を示す。これは、CTD 観
では 3 つの専門を交替で学び、2~3 年では、実習分
測による、深度 0, 10, 20, 30, 50, 75, 100, 200m による
野の専門性を特化している。
ものである。ここから学生が考察して判明した事項
海洋クラブとは海洋科の生徒全員が所属し、海洋
を以下に示す。
科の行事や地域行事、水産・海洋の研究、海洋スポ
・水温は水深に比例して低下する。
ーツなどを行っている。海洋クラブでは、高月海岸
・沿岸に近いほど河川の影響を受けている。
の海底・海岸清掃を行うと同時に海底(藻場)の
・特に水深 10m前後までは河川水による温度変化が
観察もしている。陸上に森林があるように海の中に
強いことが分かる。
も森林があり、海中林と呼ばれている。海中林は藻
・水深 10m前後までは、塩分濃度値が低く河川水が
場とも呼ばれコンブ場、ガラモ場(ホンダワラ)
・テ
影響していると考えられる。
ングサ場、アマモ場という藻場・海藻から成り立っ
・塩分濃度は季節に関わらず、水深 150m 以上で 34
ている。観察でわかったことは、高月海岸の藻場が
パーミル前後に安定している。
平成7年から比べると半分以下の面積になっている
・各月の水温・塩分濃度のデータのばらつきは河川
ということであった。藻場は稚魚や小魚のエサ場と
水が海に流入する量の影響が大きいと考えられる。
なり住処となる。この藻場が小さくなるということ
高月海岸の藻場は河口域にあるため、河川水の
は、魚が少なくなることにつながることになる。
そこで海洋クラブでは海藻定植活動を行うこと
影響を強く受け、これが藻場増減の要因のひとつで
を、海底・海岸清掃、放流とならぶ高月海岸の里海
はないかと考えられ、今後も観測を継続していく。
また、高月海岸の沿岸部では潜水による海洋環境
を守る活動の重点におき、活動を続けている。
調査を行っている。平成 25 年度は、5~12 月までで
12 回の潜水調査を行った。目視で観察をする他、水
温計等をつけたブイを離岸堤内に設置する作業を行
った。目視による調査では、東側の藻場が増え、西
側の一部で藻場が減ることを確認した。
図2
図3
滑川高等学校の海洋を活用する教育体制
88
滑川高等学校実習船「かづみの」
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
図4
ポイント 1
水温(℃)
生徒主体による「かづみの」での CTD 観測実習の様子
ポイント 1
塩分濃度(‰)
水深(m)
水深(m)
水深(m)
水温(℃)
ポイント 2
水温(℃)
ポイント 3
塩分濃度(‰)
塩分濃度(‰)
水深(m)
水深(m)
ポイント 3
図5
「かずみの」での CTD 観測実習風景
水深(m)
水深(m)
ポイント 2
図3
2013 年 4 月~2014 年 1 月における「かづみの」の CTD 観測による生徒作成の水温・塩分濃度グラフ
89
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
3.富山高専における海洋教育と海洋観測
CTD with rosette samplers on the aft.
3.1 「若潮丸」による深海観測
deck.
図 6 の 富 山 高 専 の 練 習 船 「 若 潮 丸 」( 全 長
54.59m,総トン数 231 トン)には、CTD と ADCP(超
音波式多層流向流速計)を装備し、富山湾において
多くの海洋調査活動を実施している。CTD(FSI 社
ICTD)では、図 1 に示した計測ポイント(水深約
700~800m)において、原則として一月毎の計測を
実施している。図 7 には、この CTD 観測による水
4 beams ADCP sensor on the bottom.
温・塩分から算出した現場密度の鉛直プロファイ
図6
ルの季節変動(横軸に観測年月)を示すが、夏季
富山高専「若潮丸」及び搭載観測機器
では上層が成層していることが分かる。一方、冬季
には鉛直混合の影響が約 150m まで達している。こ
れらの表層での密度変化影響は、水深約 300~400m
まで達しているが、この 400m 以深は日本海固有水
領域であることが分かる。
また、表層から水深約 50m
までは、低密度層が確認できるが、これは河川水流
入の低塩分水の影響によるもので、その年の降雨量
に大きく影響を受けていることが分析されている。
3.2 「さざなみ」による沿岸部観測
図 7 「若潮丸」CTD 月例観測定点における,水温・
富山高専では、(公財)環日本海環境協力センタ
塩分から算出した現場密度の季節変動(2010 年 3 月
ー と の 共 同 研 究 で 、 実 習 艇 「 さ ざ な み 」( 全 長
~2013 年 6 月)
11.99m,総トン数 15 トン)による、沿岸部の定期観
測航海を行っている(2)。図 8 には、図 1 に示す st.6
における 1 年分の CTD 観測結果を示す。夏期は上層
が高温で成層している。冬期は水深によらず水温が
ほぼ一定となっており、鉛直混合していることが分
かる。上層の、水深約 10m までは、それ以深に比べ
てばらつきが見られるが、流入河川水の影響が大き
いと思われる。富山高専では、こうした観測作業を
学生と行い、これを本科の卒業研究や専攻科の特別
研究のテーマとして活用している。
今後、両校の CTD データを照合して、富山湾沿岸
域の海洋環境特性の把握につとめていきたい。
実船観測では、両校の同乗した乗組員、生徒を初
めとした多くの皆様ご協力を頂いており、ここに謝
意を表させて頂きます。
参考文献
(1) 富山県/日本海学推進機構:富山湾読本,北日本
新聞,pp.328,2012.1.
(2) NPEC:「平成 25 年度環境省請負事務
図 8
北太平洋
図 1 の観測点 St.6 における表層から水深約
50m における CTD 観測での水温の季節変動特性(2)
地域海行動計画活動推進事業報告書」,NPEC,2014.3.
90