ダウンロード - 京都大学 iPS細胞研究所

京 都 大 学 i P S 細 胞 研 究 所
CiRA
Newsletter
2015年4月号
Vol.
21
サイラ
特集
2
イベント
4
イベント
5
CiRA の新しい目標ー 2030 年に向かって
一般向けシンポジウムを開催しました!
第4回京都マラソンで山中伸弥所長が自己新記録達成
研究成果①
6
研究成果②
8
関節軟骨損傷の再生治療を目指して
FOP の病態再現と創薬に向けた新たな一歩
10
その他の研究成果
新任教員からのメッセージ
倫理の窓から見た iPS 細胞
11
12
CiRA で働く人々
13
CiRA アップデート
14
iPS 細胞何でも Q&A
15
医療技術 何をどこまで受け入れるべきか
情報とタンパク質の両輪で iPS 細胞を探る Editorial info
発行・編集
京都大学 iPS 細胞研究所
(CiRA)国際広報室
CiRA の新しい目標
ー 2030 年に向かって
〒 606-8507
京都市左京区聖護院川原町 53
Tel: (075)366-7005
Fax: (075)366-7023
Email :
[email protected]
Web: www.cira.kyoto-u.ac.jp
2015 年4月に iPS 細胞研究所は設立6年目を迎えました。2010 年4月の
開所当初は、研究室数は 17、構成員も 120 人程度でしたが、現在では、31
研究室に 300 人をはるかに超える研究者や研究支援者が働いています。また、
この3月には、地上5階地下2階の第2研究棟も竣工しました。
2020 年までの目標は順調に進捗
この5年間を振り返ると、研究活動も順調に進展しています。研究所開設
撮影
CiRA 国際広報室
当初に掲げた 2020 年までの目標も達成するめどがつきました。
印刷
株式会社北斗プリント社
〈CiRA2020年までの目標〉
〈1〉基盤技術の確立と知的財産の確保
協力
CiRA 上廣倫理研究部門
本誌の記事・写真・イラストの
〈2〉再生医療用iPS細胞ストックの構築
〈3〉前臨床試験から臨床試験へ
〈4〉患者さん由来のiPS細胞を用いた治療薬開発への貢献
転載を禁じます。
再生紙 100%使用
Printed in Japan
〈1〉 の目標であった安全な iPS
内に臨床研究に進む研究がありま
細胞作製の技術はほぼ確立しまし
す。〈4〉 の 創 薬 研 究 に つ いても、
た。また、 世 界 30 カ 国 1 地 域で
軟骨無形成症ではある既存薬が効
iPS 細胞の基本特許も取得していま
果的であることを動物レベルで確認
す。〈2〉については、2013 年に再
し、現在、人への応用の可能性に
生医療用 iPS 細胞を樹立し、現在、
ついて鋭意研究を進めています。
その iPS 細胞をさまざまな細胞に分
化させて使用する研究機関が、分
化能力の評価を行っています。〈3〉
2
京都大学iPS細胞研究所 発行
2030 年に向けた長期目標
そして、今月、開所から6年目を
の目標も、パーキンソン病や血液疾
迎え、iPS 細胞を用いた研究を一層
患などで非臨床試験と呼ばれる動
発展させるために、2030 年に向け
物実験で安全性を確認し、数年以
た長期目標を以下のように策定しま
iPS Cell Research Fund
した。
CiRA の新しい目標
られます。
1つめの目標は、現在構築を進
2つめの目標では、患者さん由
がんや免疫、発生などの生命現象
をよりよく理解する研究を進めたい
めている医療用 iPS 細胞ストックを
来の iPS 細胞を活用することにより、
と思います。そして、それらの新知
用いた再生医療を一般的な治療へ
細胞レベルで特定の薬が患者さん
見に基づく新しい医療の分野を開拓
と展開することを目指すものです。
に効くか、効かないかを調べ、その
していきたいと考えています。現状
患者さんご自身の細胞から iPS 細胞
情報を活かした患者さんに合った
ではあくまでアイディアの段階なの
を作製し、それを分化させた細胞を
医薬の開発を実現することを目指し
で、時間はかかるかもしれませんが、
移植する自家移植より、健康な方の
ます。また、既存薬等を利用した難
糖尿病に対してのインスリン注射の
細胞から作られ、予め安全性の確
病の治療薬開発も引き続き進めま
代替となる治療法や、新しい概念
認された iPS 細胞由来の細胞を用
す。
の抗がん剤が開発できるかもしれま
いることにより、コストを抑え、短
期間で実施できる治療になると考え
3つめの目標は、iPS 細胞をツー
せん。
ル(道具)として用いることにより、
4つめの目標では、現在の研究
〈CiRA 2030年までの目標〉
1.iPS細胞ストックを柱として再生医療の普及
2.iPS細胞による個別化医薬の実現と難病の創薬
3.iPS細胞を利用した新たな生命科学と医療の開拓
4.日本最高レベルの研究支援体制と研究環境の整備
支援体制を充実させ、日本で最高レ
な目標を設定しました。CiRA の研
ベルの研究環境を構築するもので
究者と研究支援員の一人ひとりが、
す。これを実現するには、優秀な研
iPS 細胞の医学応用という使命に向
究支援者の長期的、かつ安定的な
けて、今回示した 2030 年までの長
雇用が不可欠ですので、iPS 細胞研
期目標をしっかりと心して、これま
究基金へのご支援を引き続きお願
で以上に職務に励んで下さい」と
い申し上げます。
CiRA 構成員に述べています。
年度始めの所内集会において山
これらの目標の実現を目指して、
中伸弥所長は、「開所以来、順調に
研究所員一丸となって研究活動に取
研究活動が進み、10 年間の目標の
り組んでまいります。今後とも、ご
達成は間違いないと確信していま
指導、ご支援賜りますようお願い申
す。そこで、現在の研究活動を発展
し上げます。
させるために、2030 年までの新た
2015年4月号
3
Event
イベント
一般向けシンポジウムを開催しました!
3 月 14 日(土)、京都大学 iPS 細胞研究所(CiRA)と一般財
団法人先進医療推進機構(AMPO)が主催するシンポジウム「先
端医療 〜治らない病気への挑戦〜」を、京都劇場にて開催しま
した。755 名の参加者が会場にお越しくださいました。また、
講演やパネルディスカッションの模様は U-STREAM にてインター
ネット配信され約 170 名の方にご覧いただきました。
今回のシンポジウムでは、まず、新
技術は今、倫理的課題について社
しいがん治療の方法としてウイルス療
会全体で考えて議論することが重要
法を開発されている藤堂具紀教授
であると訴えました。
(東京大学)
、細胞シートを用いて心
シンポジウム後半は、参加者か
筋の再生に挑戦されている澤芳樹教
ら事前に頂いた質問に対して 4 名
授(大阪大学)という、日本の先端
の講演者がそれぞれ回答しました。
医療をけん引する代表的な 2 先生に
本シンポジウムの講演動画は、後
お話をしていただきました。その後、
日 CiRA ホームページ上で公開する
CiRA から所長の山中伸弥教授と上
予定です。
廣倫理研究部門の藤田みさお准教
また、来年度は 7 月 26 日に東京
授が登壇し、フリーアナウンサーの河
で開催する予定です(16 ページ)。
内理恵さんが司会を務めました。
詳細が決まりましたらホームページ
山中所長は日本が世界で一番で
藤堂具紀教授
澤芳樹教授
でお知らせ致します。
あるものとして「平均寿命」を挙げ、
今後ますます進む高齢化社会に対
応し、いたずらに寿命をのばすので
はなく、健康寿命と寿命とのギャッ
プを埋め、皆が寿命をまっとうする
まで元気に活動できるようにするこ
とが重要であり、それを目指した研
究を行っていると語りました。
山中伸弥所長
藤田准教授は 1968 年に実施さ
れ た 心 臓 移 植 につ いて取り上 げ、
倫理的な課題について充分に議論
がなされていなかったことが、社会
の不信感につながり、定着に時間
がかかったことを紹介し、iPS 細胞
4
京都大学iPS細胞研究所 発行
藤田みさお准教授
Event
イベント
第4回京都マラソンで山中伸弥所長
が自己新記録達成
2 月 15 日(日)に開催された第 4 回京都マラソンに、CiRA から山中伸弥所長、戸口田淳也副
所長、東健太郎特命准教授が出場しました。
山中、戸口田両教授の京都マラソ
かい声援にも支えられ、後半は一
達成の要因を述べ、
「研究でも地道
ン出場は、第 1 回大会以来の 3 年
気にペースを上げ、最終タイムは 3
に完走を目指したい」と語りました。
振り 2 度目になります。第 1 回大会
時間 57 分 31 秒の自己新記録とな
第 1 回大会同様、今回も京都マ
は、山中所長が完走を目指して寄付
る初のサブ 4(4 時間切り)を達成
ラソンの完走を目標に、オンライン
を募った初めてのマラソン大会であ
しました。足を痛めていた戸口田教
寄付募集サイトの JAPANGIVING を
り、かつ自己ベストを達成した大会
授 は 4 時 間 12 分 25 秒でフィニッ
通じて iPS 細胞研究基金への寄付を
でもありましたので、京都マラソン
シュ、山中教授のペースセッティン
募り、250 名を超える方々から合計
は特に思い入れが強く、並々ならぬ
グ役をつとめた東准教授のタイムは
174 万 8 千円のご支援をいただきま
意気込みで臨みました。
3 時間 57 分 29 秒でした。
した。
当日は若干肌寒く、ときおり小雨
が降るコンディションの中、山中教
京都マラソンの応援大使をつとめ
た山中所長は、
ゴール直後の会見で、
授は中間地点までほぼ 4 時間ちょう
「今日は体調もよく、後半にペースを
どのペースをキープ、沿道からの温
上げることができた」と自己新記録
沿道からの声援に手を振る山中所長、東特命准教授
沿道で応援くださった方々、ご寄
付をくださった方々に心より感謝申
し上げます。
ゴール直前の戸口田
副所長
2015年4月号
5
関節軟骨損傷の再生治療を目指して
CiRA の妻木範行教授(増殖分化機構研究部門)らのグループが、関節軟骨損傷の再生治療法
開発を目指した、ヒト iPS 細胞からの硝子軟骨作製について米国科学雑誌『ステム・セル・リポー
ツ』オンライン版にて報告しました。今回の成果について、妻木教授にお話を伺いました。
Q:硝子軟骨とは耳慣れない
言葉ですが、どのような
ものですか?
ラット、ミニブタに移植してその
るためには、約 200 〜 1000 万
安全性や機能について調べまし
個の軟骨細胞が必要で、3.5 cm
た。免疫不全のマウスの皮下に
の培養皿 2 枚〜 10 枚で十分量
A:正常な関節軟骨を形づくるのが
移植したところ、3 ヶ月に渡り腫
を得ることができます。
硝子軟骨です。関節軟骨は骨の
瘍を作らずに生着していること
端をクッションのように覆 い、
が確認できました。また、免疫
私達の日常動作をスムーズに行
不全のラットや免疫抑制剤を投
Q:すぐに臨床研究が始まる
のですか?
うために欠かすことができませ
与したミニブタ(約 30 kg)の
A:今回の研究成果は研究室内で、
ん。硝子軟骨には血管が通って
膝関節に移植したところ、1 ヶ
動物成分が含まれる研究用の
いないこともあり、一度傷つく
月にわたり移植した軟骨組織が
試薬等を用いて作製した軟骨組
と再生しない上に、損傷した箇
生着し、近接する生体内の軟骨
織塊の機能と安全性を動物実験
所の周囲の硝子軟骨が機能の
細胞と融合する能力があること
により確認したものです。今後、
劣る線維軟骨に変わり、周りが
が明らかになりました。
ヒトに用いることのできる安全
変性することで痛みが生じるこ
な試薬を用い、臨床用の細胞
を扱うことのできる細胞調製室
1,000 〜 10,000 人くらい生じて
Q:ヒトへの移植に必要な量
の軟骨組織を培養できる
のですか?
いると言われています。
A:今回、私達が開発した方法で
に、分化方法を調整する必要が
は、3.5 cm の培養皿ひとつあ
あります。加えて、動物実験を
とがあります。怪我などによる
関 節 損 傷 の 患 者 さん は 毎 年
内で、高品質の硝子軟骨を十
分量作り出すことができるよう
Q:今回の研究成果について
教えてください。
たり約 15 個の軟骨組織塊がで
通して安全性と有効性の確認を
き、それぞれの塊に含まれる 7
十分に行う必要があります。
A:ヒト iPS 細胞から効率よく軟骨
万個の細胞のほとんどが軟骨細
6
組織を作り出す方法を確立し、
胞であることを確認しました。
得られた軟骨組織塊をマウス、
部分的な関節軟骨損傷を治療す
京都大学iPS細胞研究所 発行
研究成果①
New research
記者発表に臨む妻木教授と筆頭著者の山下晃弘研究員
iPS 細胞
軟骨細胞
軟骨組織塊
ヒト
マウス
安全性の確認
移植後 3 ヶ月間、腫瘍を
つくらず、移植した場所
以外で細胞が増えること
もなかった。
ラット
安全性と融合能の確認
近接する生体内の軟骨組
織との融合能力が認めら
れた。
ミニブタ
大型動物での生着確認
移植後1ヶ月、ミニブタ
の体重を支え、生体内で
関節機能を果たしうるこ
とが示された。
ヒト iPS 細胞から軟骨組織塊
をつくり、マウス、ラット、ミ
ニブタでその機能と安全性を
確認した。
【論文名】
Generation of scaffoldless hyaline cartilaginous tissue from human iPS cells
【著者名】
Akihiro Yamashita, Miho Morioka, Yasuhito Yahara, Minoru Okada, Tomohito Kobayashi, Shinichi Kuriyama, Shuichi Matsuda
and Noriyuki Tsumaki
2015年4月号
7
FOP の病態再現と創薬に向けた
新たな一歩
増殖分化機構研究部門の戸口田淳也教授、池谷真准教授らの研究グループによる研究成果が
『ステム・セルズ』に掲載されました。池谷准教授にお話を伺いました。
Q:今回の成果はどのような
ものですか。
に変異が生じて、その遺伝子が
系間質細胞)で様々な遺伝子の
過剰にはたらくと FOP となるこ
発現量を調べたところ、MMP1
A:これまで私たちは、FOP(進行
とがわかっていました。詳細な
と PAI1 という2つの遺伝子が
性骨化性線維異形成症)患者
病 気 のしくみを調 べるた め に
疾 患 iPS 細 胞 で 多 く発 現 し、
さんの皮膚の細胞から作った疾
FOP 患者さんの体内から組織を
FOP の病態に寄与していること
患 iPS 細胞を軟骨に変化(分化)
採取しようとすると、それが刺
が分かりました。
させて FOP の 病 態 を 再 現 し、
激となり骨化を促進し病状を悪
FOP でない方由来の対照 iPS 細
化させてしまうため、FOP のし
胞から作った軟骨と比較した成
くみについて明らかにすること
果を報告していました。今回は、
は、困難でした。
患者さん由来の疾患 iPS 細胞か
Q:患者さん由来の対照 iPS
細 胞 を 作 ることの 意 義
は?
A:これまで は、FOP 患 者 さんと
そして、それぞれの iPS 細胞か
Q:今回の研究では具体的に
はどのようなことを行った
のですか。
を比較して病気のメカニズムを
ら軟骨を誘導し、FOP の病態の
A:まず、FOP 患者さん由来の疾患
調べており、病態に無関係な遺
再現やメカニズムの一端を明ら
iPS 細胞において、FOP の原因
伝情報の個人差が病気の原因
かにしました。
となる遺伝子変異を修復しまし
として検出される可能性があり
た。これにより、修復した変異
ました。今回のように、FOP の
Q:FOP とはどのような病気
ですか。
以外はもとの患者さんと同じ遺
変異以外は同じ遺伝情報をもつ
伝情報をもつ対照 iPS 細胞を作
細胞を対照細胞とし、比較する
A:FOP は 筋 肉や腱、 靭 帯 などの
製できました。そして、疾患 iPS
ことで、より原因変異によるメ
中に軟骨ができ、徐々に骨へと
細胞と対照 iPS 細胞を軟骨へと
カニズムに焦点をあてて調べる
変化していく病気です。200 万
分化させたところ、前者はより
ことができます。そのため、より
人に1人程度の割合で患者さん
軟骨へなりやすくなっていること
的確な病気のメカニズムの検
がいると言われている希少難病
を確認しました。また、軟骨へ
討、より効率的で有効な創薬に
です。これまで、ACVR1 遺伝子
と分化させる途中の段階(間葉
つながると期待されます。
ら、FOP の原因遺伝子を修復し
た 対 照 iPS 細 胞を作りました。
8
京都大学iPS細胞研究所 発行
FOP ではない人といった遺伝的
背景の異なる人に由来する細胞
研究成果②
New research
【論文名】
New protocol to optimize iPS cells for
genome analysis of fibrodysplasia ossi-
記者会見に臨む戸口田教授(左)、池谷准教授(中)、
松本佳久さん(現名古屋市立大学外科臨床研究医:右)
疾患
対照
ficans progressiva
【著者名】
Yoshihisa Matsumoto*, Makoto Ikeya*,
Kyosuke Hino, Kazuhiko Horigome,
Makoto Fukuta, Makoto Watanabe,
Sanae Nagata, Takuya Yamamoto,
Takanobu Otsuka, and Junya Toguchida
図1
FOP 患者さん由来疾患 iPS 細胞(左)と対照 iPS 細胞(右)
から分化誘導した軟骨組織
疾患 iPS 細胞からは対照 iPS 細胞からよりも大きな軟骨組
織が形成された。
水色:軟骨組織の軟骨基質
FOP患者さん
培養・
凍結保存可
MMP1:↑
PAI1: ↑
疾患iPS細胞
変異を修復
*筆頭著者
神経堤細胞
間葉系
間質細胞
軟骨分化能↑
対照iPS細胞
図2
今回の研究のまとめ
2015年4月号
9
New research
その他の研究成果
効率良く移植用の膵細胞を作る
【ジャーナル名】
豊田太郎助教と長船健二教授(CiRA 増殖分化機構研究部門)らの研究
グループは、ヒト多能性幹細胞(ES 細胞および iPS 細胞)を膵臓の元とな
る膵芽(すいが)細胞へと高効率に作製する培養条件を確立し、さらに作
製した細胞が移植後に血糖値に応じたインスリン分泌をする細胞へと成熟
可能であることを示しました。
【論文名】
Stem Cell Research
Cell aggregation optimizes the differentiation of human ESCs and iPSCs
into pancreatic bud-like progenitor
cells
膵臓再生の新たな手がかりを発見
細川慎一研究生(京都大学大学院医学研究科)と川口義弥教授(CiRA
増殖分化機構研究部門)らの研究グループは、成体マウスの膵管細胞が、
膵液をつくる「外分泌・腺房細胞」へと分化するものの、インスリン等の
ホルモンをつくって血糖を調節する「膵島細胞」には分化しないことを確
認し、成体外分泌組織の再生が、発生時と同じメカニズムで起こっている
ことを明らかにしました。
【ジャーナル名】
Scientific Reports
【論文名】
Impact of Sox9 Dosage and Hes1-mediated Notch Signaling in Controlling
the Plasticity of Adult Pancreatic Duct
Cells in Mice.
ファンコニ貧血の原因に迫る
鈴木直也大学院生、齋藤潤准教授、中畑龍俊教授(CiRA 臨床応用研究部門)
らの研究グループは、ファンコニ貧血の患者さんから iPS 細胞を樹立し、
DNA の傷が増えていること、iPS 細胞から血球や血管内皮細胞へと分化す
る割合が大きく減っているといった、ファンコニ貧血の病態を培養皿上で
再現することに成功しました。今後の治療法開発に大きな手がかりとなり
ます。
【ジャーナル名】
Stem Cells Translational Medicine
【論文名】
Pluripotent Cell Models of Fanconi
Anemia Identify the Early Pathological
Defect in Human Hemoangiogenic
Progenitors.
パーキンソン病の細胞移植法研究に有効な
モデルラットを開発
細胞移植治療法の研究をするには、移植による拒絶反応が起こらないよ
うにした、免疫不全動物が役立ちます。佐俣文平大学院生、髙橋淳教授(CiRA
臨床応用研究部門)らのグループは、免疫不全のラットから、パーキンソ
ン病のモデルラットを作製しました。ドパミン神経細胞をこのモデルラッ
トに移植し、移植した細胞が脳内に生着し、症状が改善することを確認し
ました。
10
京都大学iPS細胞研究所 発行
【ジャーナル名】
Journal of Neuroscience Methods
【論文名】
X-linked severe combined immunodeficiency (X-SCID) rats for xeno-transplantation and behavioral evaluation.
New research
その他の研究成果
KLF4 の長さの違いが細胞の初期化の程度を変化させる
【ジャーナル名】
キム・シンイル研究員、クヌート・ウォルツェン准教授(CiRA 初期化
機構研究部門)らの研究グループは、現在、研究で用いられる初期化因子
の1つである KLF4 には、長さの異なる 2 つのタイプが存在することを明
らかにしました。長いタイプの KLF4 は、短いタイプの KLF4 よりもタンパ
ク質発現量が多く、完全に初期化された細胞が高効率に得られました。
【論文名】
Stem Cell Reports
KLF4 N-Terminal Variance Modulates
Induced Reprogramming to Pluripotency
新任教員からのメッセージ
Introduction
1 月 16 日付けで、永井雅規教授が所長補佐として CiRA に加わりました。
研究基盤の整備を通して、iPS 細胞技術の医療応用を目指します。
iPS 細胞研究が進展し、医療応用に向けた歩みを着実に進める中で、iPS 細胞技術と社会とのかかわりも一
層深くなってきています。研究の進展に応じ、産学連携、許認可への対応、知財、広報など幅広い取組みと同
時に、新たな倫理的・社会的・法的課題にも適時に対応していくことも重要となっています。研究者をはじめと
する CiRA 内外の関係する皆様と協力しながら、プロジェクト推進の基盤となる取組みの充実に貢献していきた
いと考えています。
所長補佐 永井雅規教授
2015年4月号
11
Column
倫理の窓から見た iPS 細胞
医療技術
何をどこまで受け入れるべきか
2015 年 2 月 24 日、英国議会の
れず子どもを持つという願いを叶え
上院で、ミトコンドリア(細胞内で
るための方法として、ミトコンドリア
エネルギーをつくり出す小器官)に
病の女性に受け入れられるでしょ
異常のある卵子または受精卵から
う。しかし、すべり坂論法に照らせ
核を取り出し、ミトコンドリアの正常
ば、今後、治療もしくは治療以外の
なドナー卵子に移植する、「ミトコン
目的で、過度に生殖補助医療技術
れません。iPS 細胞を含めて医療技
ドリア置換」が承認されました。こ
の利用が認められれば、生命の選
術が発展していく中で、今後、いか
の技術は、母親から遺伝するミトコ
別を助長することにつながったり、
にすべり止めを設定するかという政
ンドリア病を予防することが目的と
場合によって、障がい者にとって生
策決定が大事になるでしょう。他方、
されています。ミトコンドリア病とは、
きにくい世の中になったりすること
あらかじめ一人ひとりが、生殖補助
全身の細胞内でエネルギーを産み
も考えられます。
医療技術に限らず、さまざまな医療
出すミトコンドリアの機能が低下す
ミトコンドリア置換は「新体外受
技術を、どういう理由で、どの程度、
ることによって、特に神経、心臓、
精」と言われるように、体外受精の
受け入れるかを考えておくことも必
筋肉などに異常をきたす病気です。
バリエーションの一つとされていま
要ではないかと思います。
ミトコンドリア置換が利用できるよう
す。つまり、体外受精を認めた時点
になれば、ミトコンドリア病に悩む
で、今回のような技術を認めること
女性が遺伝を恐れずに子どもを持つ
もある程度は想定できたことかもし
ことができるようになるでしょう。し
かし、この技術には、倫理面に対
する懸念も指摘されています。
倫理学的な考え方の一つに、す
べり坂論法というものがあります。
「ある技術を認めてしまうと、極端
な技術までも認めざるを得なくなる
ので、最初の技術を認めるべきで
はない」というものです。今や体外
受精は、遺伝的につながりのある
子供を持つという願いを叶えるため
の方法として、不妊症の患者さんに
広く受け入れられています。今回の
ミトコンドリア置換という新体外受
精は、ミトコンドリア病の遺伝を恐
12
京都大学iPS細胞研究所 発行
澤井 努研究員
(文:澤井 努
上廣倫理研究部門研究員)
CiRA members
CiRA で働く人々
情報とタンパク質の両輪で iPS 細胞を探る
岩崎未央(初期化機構研究部門・研究員)
今 回 は、 初 期 化 機 構 研 究
部門の中川誠人講師グループ
で、質量分析計の管理を担い
ながら研究に取り組む岩崎未
央研究員に話を伺いました。
研究者という仕事を初めて意識
したのは中3の時です。ミクロネシ
アの小さな島で 2 週間ほどホームス
テイをしたのですが、スタッフとし
て参加していた若手研究者から聞
いた研究の話が面白かったのです。
彼は植物化石から DNA を抽出して
古代の植物を調べる研究をしてい
て、DNA で過去を知り、未知のも
のを明らかにするという話にとても
昨年の中高生向け iCeMS/CiRA クラスルームで
講師を務めた岩崎研究員
わくわくしたことを今でも覚えていま
す。
あります(笑)。根気強く指導して
のように働いているのかを知りたい
研究者になりたくて大学へ進学し
いただいたお陰で、修士1年の時
と思い、縁あって iPS 細胞研究所の
た当時は、ヒトの全 DNA 塩基配列
には、大腸菌の膜に存在する蛋白
中川誠人講師のグループに研究員
を解読する「ヒトゲノムプロジェクト
質を新しい手法を用いて網羅的に
として加わることができました。こ
計画」の完了が宣言された頃でし
質量分析計で解析することに成功
の研究所には優秀で活発な若手研
た。これ からの 生 物 学 研 究 には、
し、論文として発表することが出来
究者が多く、問題意識や志を共有で
実験技術のほかにも大量データを
ました。夜通し実験することも勉強
きて頼りになる一方で、負けてられ
扱う技術が必要だと思いプログラミ
するべきことも多くて大変だったの
ないといつも刺激を受けています。
ングを学びました。そして、大学 3
ですが、指導教官と一緒に頭を振り
ここに集ったバックグラウンドの異
年の秋から実験系の研究室へ入り
しぼって論文を生み出す過程は楽し
なる人達と切磋琢磨し合うことが、
ました。当初は、決まった量の溶液
くて仕方がなかったですね。
きっと新しい生命現象の解明につな
を正確に作るための「メスフラスコ」
博士号をとってからは、それまで
と溶液を計量するための「メスシリ
培ってきた質量分析計を用いたタン
ンダー」の違いも知らないなど、指
パク質の大規模解析技術を活かし
導教官をあきれさせたことが何度も
て、iPS 細胞の中でタンパク質がど
がると思って今日も実験台に向かっ
ています。
2015年4月号
13
CiRA アップデート
4/16
井上治久教授がゴールドメダル
賞を受賞しました。
4/1
CiRA 年度初め集会において、山
中伸弥所長から 2030 年の目標が発
表されました。(2、3ページ)
今野兼次郎准教授、高島康弘講
師が着任しました。
3/14
市民を対象とした CiRA シンポジ
ウムを先進医療推進機構との共催
で開催しました。(4 ページ)
3/12
初期化機構研究部門のクヌート・
ウォルツェン准教授グループによる
KLF4 の長さが初期化に与える影響
に関する論文が『ステム・セル・リ
ポーツ』に掲載されました(11 ペー
ジ)。
増殖分化機構研究部門の戸口田
淳也教授と池谷真准教授のグルー
プによる論文が『ステム・セルズ』
に掲載されました。(8、9ページ)
3/11
臨床応用研究部門の中畑龍俊教
授、齋藤潤教授らによるグループが、
ファンコニ貧血の原因の一端を解明
した論文を『ステム・セルズ・トラ
ンスレーショナル・メディスン』に
報告しました。(10 ページ)
最 新 情 報 は ホ ー ム ペ ー ジ に!
14
京都大学iPS細胞研究所 発行
CiRA news update
2/26
増殖分化機構研究部門の妻木範
行教授グループなどが iPS 細胞から
硝子軟骨作製に関する論文を『ステ
ム・セル・リポーツ』で報告しました。
(6、7ページ)
2/17
臨床応用研究部門の川口義弥教
授グループによる膵臓再生のメカニ
ズムに関する論文が『サイエンティ
フィック・リポーツ』に掲載されま
した。(10 ページ)
2/15
山中所長、戸口田淳也副所長、
東健太郎特命准教授が京都マラソ
ンに出場しました。(5 ページ)
1/28
増殖分化機構研究部門の長船健
二教授らのグループが、ヒト ES/iPS
細胞から移植用の膵細胞を効率よく
作製する方法を開発し、『ステム・
セル・リサーチ』に報告しました。
(10
ページ)
1/16
CiRA 国 際シンポジウム 2015 を
開催しました。公益財団法人武田
科学振興財団が主催する国際シン
ポジウム「第 18 回武田科学振興財
団生命科学シンポジウム」(1 月 15
日〜 17 日)と併催され、国内外か
ら約 690 人の研究者が iPS 細胞を
使った再生医療について最新の研
究状況を発表しました。
2/12
CiRA の英文ニュースレター『CiRA
Reporter』を発行しました。英語版
のホームページでもご覧いただけま
す。
2/4
臨床応用研究部門の髙橋淳教授
グループによるパーキンソン病の細
胞移植法研究に有効なモデルラット
を開発した論文が『ジャーナル・オ
ブ・ニューロサイエンス・メソッズ』
に掲載されました。(10 ページ)
2/2
iPS 細胞研究基金の資料請求専用
フリーダイヤルを開設しました。(16
ページ)
www.cira.kyoto-u.ac.jp
どのような症状の患者さん
がiPS細胞を用いたパーキン
ソン病治療の臨床研究の対
象になるのですか?
最初のステップである臨床研究
は、孤発性(ご家族や親戚に同
じ病気の方が見られない)パー
キンソン病の患者さんを対象に
計画しています。家族性パーキ
ンソン病や、脳血管障害後の
iPS細胞を用いたパーキンソ
ン病治療の臨床研究はいつ
始まるのですか?
iPS細胞を用いたパーキン
ソン病治療の臨床研究に参
加するにはどうしたらいい
のですか?
パーキンソン症候群の患者さん
は対象になりません。対象とな
厚生労働大臣の承認後、対象と
る患者さんの病気の進行度、年
なる患者さんの条件(病気の進
齢、合併症の有無など詳しい条
行度、年齢、合併症の有無な
件は、現在、慎重に検討してい
ど)や受診方法をCiRAホーム
る段階で、まだ決定していませ
ページ等で公表します。条件に
ん。京都大学および厚生科学審
合致する患者さんに対し臨床研
議会での審議を通して最終決定
究の内容について詳しく説明を
がなされる予定です。本研究計
していますが、まだはっきりと
させていただき、患者さんから
画が正式に厚生労働大臣に承認
した時期を申し上げるのは難し
同意が得られれば実際の臨床研
されましたら、CiRAホーム
い状況です。臨床研究に進むた
ページ等で公表します。
究に移ります。CiRAでは、京
CiRAの髙橋淳教授らのグルー
プは、2015年中に京都大学内
の特定認定再生医療等委員会へ
臨床研究計画を提出する予定に
めには、京都大学や厚生労働省
都大学医学部附属病院と協力し
て、臨床研究を実施する準備を
での審議が必要で、少なくとも
進めています。患者さんからの
半年以上かかると考えられま
iPS細胞樹立やドパミン神経細
す。その後、大臣承認を得て対
胞の作製はCiRA内の特別な培
象患者さんの公募を開始できる
養室で行います。細胞の準備が
のは、2016年以降になると思
できれば京大病院神経内科に入
われます。CiRA研究者が中心
院していただき、手術前の検査
となる臨床研究に関する正式な
を受けていただきます。手術は
決定事項につきましては、
脳神経外科で行いますが、その
CiRAホームページ等で公表し
後は再び神経内科で経過観察を
ます。
行います。
※なお、移植治療を前提とした
外来受診は行っていませんの
で、ご理解のほどよろしくお
願い申し上げます。
その他詳細については以下の URL をご覧ください。
www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/faq/faq1.html
(CiRA のウェブページ)
2015年4月号
15
iPS細胞研究基金へのご支援のお願い
iPS 細胞研究には、国民のみなさまから多
く医療応用を実現するためには、優秀な人材
大なご支援を頂いており、教職員一同、心か
の確保、研究所の安定的な運営が必要です。
ら感謝申し上げます。この日本発の画期的な
みなさまのご支援をお願い申し上げます。
技術に関する研究をさらに推進し、一日も早
iPS細胞研究基金事務局
電話番号 (075) 366-7152(お問い合わせ・ご相談)
(0120) 80-8748(資料請求フリーダイヤル)
FAX
(075) 366-7023
住所
〒606-8507 京都市左京区聖護院川原町53
iPS細胞研究基金ホームページ
https://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/about/fund.html
京都大学基金ホームページ
https://www.kikin.kyoto-u.ac.jp/
Ci RA ・ 明 治 大 学 共 催
一般の方対象シンポジウム
(日)
開 催 日 : 20 15 年 7月 26 日
アカデミーホール
会 場 : 明 治 大 学 田区
神田 駿河 台1 -1 )
(東 京都 千代
)
定 員 : 約 1, 00 0名 ( 予 定
で発表します。
ページ上
については、後日CiRAホーム
プログラムや申し込み方法
上げます。
皆様のご参加をお待ち申し
京都大学iPS細胞研究所 発行
CiRA サイラ
Newsletter
April 2015
Vol.
21
© Center for iPS Cell Research and Application, Kyoto University 2015