<新製品> きょうかい酵母清酒用1701号 ― 酢酸イソアミルおよびカプロン酸エチル双方がバランスよく生成する高香気生産性酵母 ― 最近,吟醸酒用の酵母として,カプロン酸エチルあるいは酢酸イソアミルといった香気成分を高生産する清酒酵母が多数育種され実用化されているが,筆者らがここ数年かけて育種した「きょうかい1701号副題に掲げるような吟醸香にとって理想的な実用株である。ここでは,育」は, 種の経緯から実際に使用する場合の要点などについて解説していただいた。稲 1.はじめに-新規優良清酒酵母を育種・開発した背景近年,清より2∼3割正明多い酵母が得られた。これらの新規優良清酒酵母は,そ酒の品質の多様化にともない特徴ある優良橋れぞれきょうかい1701号,No.350 として今酒造期から頒布できることになった。ここで清酒酵母の分離・育種が多方面で試みられている。中は,こでも酢酸イソアミルとカプロン酸エチルを高生成する製造結果について紹介する。なお,これら2種類の菌吟醸酒用酵母の実用化例1∼10)が多数報告されている。株は(財)日本醸造協会と月桂冠(株)が共同特許出願中しかし,こである。れらは酢酸イソアミルあるいはカプロン酸れらの2菌株の育種経過と諸性質,および試験エチルいずれか一方を高生成する酵母であり,主要な 2.育種方法香気成分である両者を同時に高生成する酵母の実用化に成功した例は報告されていない。特に,最かな印象を与え,官近は華や能的により高い評価が得られるカ AsHIDAら2)およびICHIKAWAら3)の方法を一部改変して目的株を育種した。すなわち,酢酸イソアミルプロン酸エチルを高生成する酵母が多く使用されていおよびカプロン酸エチルを高生成する菌株を育種するるが,とためには,そもすればカプロン酸エチルが過多になり,香りが突出し,味とのバランスを崩した吟醸酒がみられる。この対策として酒造現場では,使用する酵母をれぞれの前駆体であるイソアミルアルコールやカプロン酸を高生成させる必要があり,これら前駆体生産におけるnegative feedback機種々の比率で混合して仕込んだり,製成酒をブレンドれた変異株を取得する。そのために,イするなどして香味のバランスを維持しているのが現状コールに対しては5,5,5-トである。耐性を,カそこで,われわれは低温における発酵が旺盛で,かつ酢酸イソアミルとカプロン酸エチル双方をバランス良く高生成する酵母の育種を試み,実さらに,育用化に成功した。種の過程で両香気成分をバランス良く高生成すると同時に,酸生成がきょうかい701号同程度の酵母,および酸生成がきょうかい701号 Kyokai Sake Yeast 1701 Masaaki INAHASHI (Brewing 第96巻酵母と第10号酵母構が解除さソアミルアルリフルオロ-DL-ロイシンプロン酸ではセルレニンに耐性のある菌株を育種するが,変異株の発酵力低下を避けるため,変異操作を最小限に留めるよう改変した。 3.香気成分および一般成分の分析それぞれ所定の方法11∼13)により分析を行い,酸の生成などを考慮しながら,両香気成分をバランス良く Society of Japan) 679 第1表以後,1001-30:き育種株の小仕込結果ょうかい1701号(K-1701),1001-350:No.350とする。 K-1001酵生成する候補菌株を選抜した。 4.試験醸造(小仕込み試験)による菌株の選られたので,そ結果は第1表抜総米150g(アルコール脱水麹35g,ア水 α 米115g,汲水270ml)の発酵温度は15℃ 一定の条件で行い,目 K-7,K-701お種株も親株のK-1001酵的とする菌株 4∼35%)多の供試菌のうち, 第2表糖の資化性*:TTC染母より,0.1∼0.9ml(約く生成した。このように,酸はバラエテイ-にずれの育度において富んだ株が得られた。菌学的諸性質色性用培地による各糖の資化性を示す。 α-MG*:α-メチル-D-グ ():染色性を示す。R: P: 以外はいずれの育種株も発酵が順調であった。酸度は,い一段仕込みにより,醪よびK-1001の3株れらの菌株を小仕込み試験に供した。に示すとおりである。小仕込み結果を見ると,1001-325株ルコール脱の選抜を行った。 680 母からのみエステル類を高生成する株が得 Pink, W: ルコシド Red, PR: Pink red, White。醸協(2001) 第3表TTC染 α-MG:α-メ色性における温度の影響チル,D-グ R: Red, PR: ルコシド Pink red, P: 酢酸イソアミルの生成量は,1001-9,20,22,30 および350株り高く,特が親株のK-1001おに1001-9およびK-701酵よび350株は,親母よ株の約2倍 Pink, W: White. 類を変えたグルコース,ガラクトースおよびトレハロースの資化性およびTTC染色性においては親株と差が認められない。マルトースの資化性およびTTC染の生成がみられた。またイソアミルアルコール生成量色性においては親株がピンクレッドに対して,育種株も同時に多く,いずれの育種株も親株の13∼2.3倍は白およびピンクに染色され,親母と生成した。の違いが見られた。また α-メチル-D-グこれらの育種株のカプロン酸エチル生成量は親株の K-1001およびK-701酵 0.81ppmと母より多く生産し,親比較して,約4.0∼6.3倍株のの生成量を示し TTC資化性およびTTC染に,育育種株の小仕込み結果から,育種目的にあった株として,発酵力に優れた株,すなわち親株より醪日数がられた。両株とも,5,5,5-ト 67%イルコシド色性においても親株が赤種株はピンクに染色され,親ン0.5∼1mMおた。株のK-1001酵株との違いが認めリフルオローDL-ロよびセルレニン15∼30μMをーストナイトロジェンベース(アまない),2%グルコース,2%寒ミノ酸を含天培地で良く生育す短く,酢酸イソアミルおよびカプロン酸エチルを同時るが,親に高生成する1001-30株(以ので酵母の純度確認が可能である。また第3表 K-1701)お下きょうかい1701号よび1001-350株(以した。なかでもNo.350は,親下No.350)を株のK-1001酵酸を多く生成する特徴があるので,こた利用方法(た 86(今は,発あるので株を含む他のきょうかい酵母は生育できないように,温度の違いによるTTC染源をグルコースにしたTTC染に示す色性の差異は,糖色性において各菌株間に違いが見られた。すなわち親株は28,36お 38℃ において赤に染色されたが,K-1701号よびは36℃ 酵力に優れ, 母と比較して極くわずかに多い傾向にあるが,No.350と株のK-1001酵母よりの性質を活かしとえば低アルコール酒等)がはないかと考えた。一方K-1701号酸度は親株のK-1001酵選択イシ含む0. 第4表糖類発酵性試験は異なる特徴がある。親母はきょうかい酵母の中でもNo. 酒造期から,きょうかい1601号として頒布する)に次いで酸度が少ない。きょうかい1601号びK-1001酵およ母では酸が少なく,製成酒の味に巾をもたせる目的からもう少し酸がほしいという品質設計の場に,K-1701号を使用することを勧める。 5.育第2表に示したように,育 No.350のTTC染第96巻種菌株の菌学的諸性質種株K-1701号および色性下層培地14)の炭素源である糖第10号 α-MG:α-メチル-D-グルコシド 681 第5表 ()内:アルコール添加前の成分での培養では赤に染色されるものの,38℃ いては白に染色され,No.350は36℃ クに,38℃ 培養におルコシドTTC染培養色性は親株が赤に,育種株は白に染色される。したがって,これらの方法を組み合わせて用いることにより,親株をはじめ他の清酒酵母との識別が可能である。各菌株の糖類の発酵性を第4表親株のK-1001酵を発酵し,No.350ははマルトースはトレハロースを発酵しトレハロースを発酵する。ンの本醸造酒および純米吟醸酒の試験醸造を行い,選抜した菌株の実用性を確認した。第1図および第2図,第5表込み(精造場における総米2.8お米歩合60∼65%)の照)のK-1001酵色性よび3トン仕本醸造酒製造結果をみと速く,親株(対母と比較して遜色なく,最高ボーメアルコール添加前でアルコール18%以うに,順 ml多色性はピンクおよび白レハロースにおい上生成するよ調な醪経過を示した。酸度はアルコール添加前でK-1701号 682 に育種株の酒造場でのると,両育種株とも醪日数が20日その糖の資化性も弱くTTC染てはこの関係がみられない。に依頼し,選定した菌株による総米 0.75∼3トは赤に染色される。逆にその糖を発酵しない酵母は, に染色される15)。しかしながら,トよる実用においては親株を上まわり,日本酒度の切れも良く, の糖を発酵すの糖の資化性も良好でありTTC染託試験醸造)に性の確認清酒製造場4社 IおよびT酒発酵しない。また親株のK- 糖の資化性および発酵性において,そる酵母は,そ型試験醸造(委醪経過と製造結果を示した。に示す。母およびK-1701号母およびK-1701号ないが,No.350は 6.大培養ではピン培養では白に染色される。また36℃ による α-メチル-D-グ 1001酵製造結果は親株のK-1001酵母より0.1∼0.3 く,No.350は0.35∼0.60ml多く生成し,小仕込み酒と同様な結果を得た。アミノ酸度においては親株と差が認められなかった。粕歩合は少なく,純ア醸協(2001) 第6表 E/A(%):酢 C/E:カ酸イソアミル/イプロン酸エチル/酢ソアミルアルコール ×100 酸イソアミル第7表ル収得量は親株より多かった。Gおおける総米0.75お 55∼60%)のよび1.0ト製成酒中の香気成分製成酒中の脂肪酸よびS酒造場に酵母よりK-1701号ン仕込み(精米歩合 0.55∼0.75ml多純米吟醸酒製造結果をみると,両育種を得たが,本は0.35ml多く,No.350株でく生成し,小仕込み酒と同様な結果醸造仕込みより,多く酸を生成し,仕込株の醪日数が酒造場によって異なる結果を示したが, みにおいて醪の最高温度を本醸造酒より低温に推移さ最高ボーメにおいては親株と同等か親株を上まわり, せる吟醸酒型の造りをした方がこの酵母の特徴が出る日本酒度の切れも良く,アルコールが18%前のではないかと考えられる。アミノ酸度においては親し,順調な醪経過を示した。酸度は,親第96巻第10号後生成株のK-1001 株と差が認められなかった。粕歩合は少なく,純アル 683 684 醸協(2001) 第96巻第10号 685 第8表製成酒中の有機酸組成いタイプであり,No.350は収得量は親株と同等か親株より多かった。各酒造場より製造した本醸造酒および純米吟醸酒中の香気成分および脂肪酸生成量を第6表,第7表有機酸組成を第8表に, に示した。酒造場により各香気成分および脂肪酸の生成量に違いが認められるものの, K-1701号およびNo.350は,酢が,両株よりやや重いという指摘もあった育種株ともに上立ち香および含み香が豊であり, かつNo.350は酸味に特徴をもった清酒であるとの評価が得られた。酸イソアミルおよびカプロン酸エチルが親株より顕著に高生成し,小み酒と同様の結果を得た。また,これら芳香エステルプロン酸もそれぞれ同時に対照株より多く生成した。イソブチルアルコールの生成は,小仕込み酒では親型仕込みでは,親 7.貯仕込類の前駆物質であるイソアミルアルコールやn-カ株より顕著に少ないが,大が多いためか,親味に巾があるものの,酸株より多元吉ら16)は,ム蔵試験レ香の主成分であるイソバレルアルデヒドはイソアミルアルコールからアルコールオキシダーゼによって生成されると推定している。前述のように育種株K-1701号類を高生成するが,同およびNo.350は,エステル時にムレ香および生老香発生のく生成する酒もあり,小仕込み酒と必ずしも同様な結原因とされるイソアミルアルコールも対照株の民果とはならなかった。 1001酵有機酸組成をみると,育種株の酸度の多くなった原因は酒造場により多少異なるが,リンゴ酸および乳酸母より多く生成することから,貯ってムレ香および生老香の発生を官能試験により判定した。試験方法は生酒および火入れ酒において,貯が親株より多く生成したことによる結果であり,コハ温度は5℃ ク酸やその他の有機酸の生成量は親株と差が認められについて行った。なかった。官能試験において,K-1701号 686 生酒5℃ はすっきりとした軽蔵試験を行および20℃ とし,4ヶ貯蔵酒においては,対蔵月間貯蔵したもの照株のK-1001酵と比較すると育種株を用いて製造した酒は,両醸母株とも協(2001) ややムレ香様を感じるという評価もあったが,火を行い5℃ および20℃ 入れレ香および生老香を感じるという評価はなく,逆に総合評価においては対照株と比較して,熟よる味,香代 2) 成することにぐため,上使って製造された製成酒は,品槽,滓引,濾あるいは冷却し貯蔵することが望ましい。また,活性炭添加については,添 300ppm(150g,300g/1kl)と加量を150お 5) K. 加すると 8.総後が望ましい。括(ま and 7) 45, 修, 8) つ酢酸イ種の過程で両香気成分をバランス良く高生産すると同時に,酸きょうかい701号酵母と同程度の酵母,お酵母より2∼3割井田哲朗, 多い酵母を造成後生成し,順調な醪経過を示した。両株とも」および「No.350」として実用化するに三森智子, 協, T. ASANO, T, INOUE, 54, 昌道: 醸 80年清酒酵母研究溝口(藤藤浜地正昭, N. KUROSE, of N. HIRAOKA Biosc. and Bioen 子, 恭渡辺一: 醸睦, 協, 永井英雄, 93, (8), 西村 665- 第四回改正国税庁所定分析法注解: p13-20(1993) 醸協, 13) 吉田清, 稲橋正明, 醸協, 88, 14) 吉田清, 白喜久雄: 醸協, 88, 15) 村上英也, 吉田清, 元吉注解編集 (8), 徹, 西村 (1), 59-61(1973) 中村欽一, 野白喜久雄: 645-647(1993) 稲橋正明, 醸協, 三島秀夫, 68, 77, 顕, 野呂二三, (7), 稲橋正明, 第96巻第10号服 181-184(1982) 近藤恭一, 竹村成三: 野 565-569(1993) 野呂二三, (3), 中村欽一, 醸工, 中沢英五郎, 69, (1), 6(1991) 清酒酵母研究会編: 清酒酵母の研究-, 本 (1999) 城)弘近松井菊恵, Jour. 淑: 16) 1) 会 (6)417-421(1990) 吉沢至った次第である。献 85, S. KAWAKITA: 部裕子: 文 p.79-94, 間健光:醸委員会, 上立ち香および含み香が豊であり,それぞれ「きょうかい1701号原清酒酵母の研究-, 12) 末期に至っても日本酒度の切れが良く,アルコールも 18%前 Chem., 670(1998) よび酸生成育種菌株の大型試験醸造によると,両育種株とも醪小畑孝之, 神田晃敬, 顕, 生成がした。 Biol. H. (7)501-505(1990) 87, 697-699. 10) 11) がきょうかい701号 Agric. ASANO, 3151-3156(1990) 清酒酵母研究会編: and ソアミルとカプロン酸エチル双方をバランス良く高生らに,育 K. (1992) 9) 産する酵母の育種を試み,さ Y. Agric. 81-83(1991) S. OHTA: 85, HATA, S. IMAYASU: WATANABE, 2445-2446, 秋田協, とめ) われわれは低温における発酵が旺盛で,か S. 2061- 55, 2153-2154(1990) M. 269-271, の指摘もあり,この育種株を用いた製成酒の活性炭使用量は150ppm前 51, Y. and 代の研究-, ミルキ-臭 and Chem., H0SOKAWA, 遺伝, FUKUDA, UEDA 6) N. Chem., 市川英治: 味にまるみが出て良好という評価を得た。しかしながら,試験酒によっては活性炭を300ppm添 K. SUGINAMI Biol. K. SUGINAMI Biol. よび加酒の方が, E, ICHIKAWA, 4) して試験を行った結果によると,無添加酒より150ppm添清酒酵母研究会 E. ICHIKAWA, Agric. ABE, 質劣化を防過後は速やかに火入れを行い p.110-12, 2065(1987) 3) No.350を S. ASHIDA, IMAYASU: りともに調和のとれた酒という高い評価を得た。この官能評価結果により,K-1701号の研究-, (1992) で貯蔵した酒に関しては,ム 80年 687 1-