かきき 研究所 ニュース

Oyster Research Institute News No.30 2015.3
かき
き
研究所
ニュース
アップウェラーなど養殖設備を備えた海上養殖施設
(アメリカ東海岸ダックスベリー湾)
写真提供:Pangea Shellfish Company
INDEX
2 ●第 6 回国際かきシンポジウム (IOS6) の開催
4 ●IOS6 プレイベント
“Oyster Grand Tasting”
に参加して
理事長 森 勝義
10 ●世界かき学会日本支部紹介
12 ●報告「かきフォーラム・イン・唐津」
総務部 森 真弓
18 ●マガキ体成分を活用するバイオマーカーの探索と活力診断法の開発
常務理事・研究所長 高橋計介
22 ●平成 25 年度研究助成による研究報告
27 ●9 年ぶりの中国青島訪問
34 ●平成 27 年度事業計画
●世界のかき養殖場 アメリカ東海岸
理事長 森 勝義
Oyster Research Institute News No.30
第 6 回国際かきシンポジウム(IOS6)の開催
IOS6 について
かき研究所が事務局を務めている「世界かき学会
(WOS)
」主催による「第 6 回国際かきシンポジウム
役割を果たし「かなめ石」と例えられるカキを救わ
なければならない時です。何故か。それはカキを救
うことが海洋を救うことになり、ひいては我々自身
を救うことになるからです。
』
(IOS6)
」は、
本年 10 月アメリカ合衆国マサチューセッ
ツ州のケープコッドで開催されます。IOS6 に向けて
海洋生物学研究所、ウッズホール海洋研究所、海洋
シンポジウムの目的
大気庁(NOAA)、マサチューセッツ大学、東海岸貝
・持続可能なカキ養殖の現在と将来
類生産者協会などの企画チームと一緒に準備を進め
・人類の食糧としてのカキ産業の活用促進
ています。既に IOS6 のホームページ(英語)で告知
・沿 岸海域の環境悪への適応、海水の品質改善への
していますが、本誌でも概要をご案内させていただ
きます。
IOS6 はこれまでの IOS と異なり、カキが海洋環境
の保全に大きな役割を果たしていることを強調して
革新的な応用、生物多様性の回復、港の維持
・人 類の利益のために、カキに関する芸術/文化と
伝統的知識を介する大衆へのカキ知識の啓蒙促進
と地域社会の活性化を図ること。
います。
「何故カキなのか?」という見出しで以下の
ように訴えています。
『我々は海洋なくして生きることができません。こ
のかけがえのない海洋の健康にとってカキはアーチ
・販売用カキの品質管理とリスクマネージメント
の「かなめ石」に例えることができます。
・かき礁の回復
バイオエンジニアともいえるカキは沿岸沿いにカ
・カキ養殖の促進と挑戦
キ礁を築き、海水を浄化して何百もの種が成長する
・カキ養殖に適した環境収容力
環境を整え、そして 3 億 5 千万年もの間これらの機
・気候変動とカキ
能を果たし続けてきました。
・カキと生態系サービス
しかし、今日カキの生物工学的恩恵を最も必要と
するときに、歴史上実在したカキ礁の 85% が消失し
・カ キ養殖と養殖業の成長に影響を及ぼす社会的、
文化的、経済的要因
た結果、世界中の天然ガキが最も危険な生息環境下
・カキ消費の健康上の利点
にさらされています(Beck et al 2011)。
・カキの遺伝学と多様性
幸いにして遅くはありません。今こそまさに力を
合わせ、行動を起こして、海洋環境の保全に大きな
2
シンポジウムのテーマ
かき研究所 ニュース No.30
* 21 日夜:Cape Cod シンフォニーによる演奏及
目 標
びカキをモチーフにした演劇”Cirque
シンポジウムがダイナミックな対話型、未来志向
de Sea”の上演。
型の交流の場になり、そこでは国内外の学術研究機
* 22 日夜:Oyster Grand Tasting
関、環境保護団体、行政、企業、文化団体の代表が
* 23 日夜:閉会式
カキに関する応用実践事例、プロジェクトや研究調
10 月 24 日
(土)
:ポストカンファレンスツアー
査、さらに海洋保護や人間社会の様々な問題につい
(Martha's Vineyard 島 あ る い は
てそれぞれの立場で話し合い、その結果を共有します。
フェアヘヴンにあるホイット
参加者は多分野にわたるフォーラム、トレード
フィールド・万次郎友好記念館を
ショーに参加できます。さらに、地元シンフォニー
予定)
によるコンサートやカキをモチーフにした演劇
「Cirque de Sea」の上演、一流のシェフたちによる
「Oyster Grand Tasting」、閉会式とパーティー、会
会 場
期前後のカンファレンスツアーにも参加できるほか、
21 日:海洋生物学研究所(マサチューセッツ州)
Cape Cod の美しい自然や地元のカキを堪能すること
22–23 日:Sea Crest Beach Hotel
ができます。
参加申込
会 期
シンポジウム参加申込及びトレードショー出展申
10 月 20 日
(火)
:プレカンファレンスツアー、歓迎
レセプション
込 を IOS6 ウ ェ ブ サ イ ト(http://oystersymposium.
org/)にて受け付けています。
10 月 21
(水)
–23 日(金):IOS6
主要スポンサー
IOS6 のプレイベントとして 2014
年 10 月に開催された「Oyster
Grand Tasting」
の会場 Sea Crest
Beach Hotel 敷地内に、イギリ
スの彫刻家 Andrew Nicholls 氏
によって描かれた WOS の文字
とカキの絵。
3
Oyster Research Institute News No.30
IOS6 プレイベント “Oyster Grand Tasting” に参加して
理事長 森 勝義
The World Oyster Society(WOS)が隔年開催す
る The International Oyster Symposium(IOS)は、
これまでアジアとオセアニアにおいてのみ実施され
てきたが、2015 年の第 6 回目はいよいよ西洋で開催
されることが決まった。これが実現すれば、WOS は
名実ともにグローバルな団体として認知されるとい
うわけである。
筆 者 は、 こ の IOS6 の コ ン ビ ー ナ ー で あ る Ms.
Kahren Dowcett(WOS ア メ リ カ 支 部 長 ) か ら、
写真 2
2014 年 10 月 26 日(日)にアメリカ合衆国マサチュー
セッツ州のケープコッド(Cape Cod)で開催される
“Oyster Grand Tasting” と い う パ ー テ ィ ー に
Honored Guests(写真 1)の 1 人として招待された。
写真 3
世界的に有名な海洋生物学研究所(Marine Biological
Laboratory、
略称 MBL または WHMBL)
とウッズホール
写真 1
海洋研究所(Woods Hole Oceanographic Institution,
略称 WHOI)がある。
このパーティーは、1 年後に開催される IOS6 のプレ
イベントとして位置づけられ、その目的はこのシン
ポジウムの PR と運営資金集めであった。
パーティー
Honored Guests として出席した筆者以外の 4 人の
会 場
4
うち、マサチューセッツ州議会の Daniel Wolf 上院議
員と WOS ヨーロッパ・アフリカ支部長である Dr.
パーティー会場は、ケープコッドの有名な景勝地
Jonathan King は以前から私の知り合いであるが、米
の 1 つである Old Silver Beach に面した Sea Crest
国議会の William Keating 下院議員(写真 4)と英国
Beach Hotel(所在地:350 Quaker Road, Falmouth,
の貝殻彫刻家である Mr. Andrew Nicholls とは初対
MA) で あ っ た( 写 真 2)
。このホテルは 1 年後の
面だった。
IOS6 の会場としても使われることになっている(写
まず、Kahren が参加者に対して歓迎の言葉とイベ
真 3)
。同じ Falmouth 町内の Woods Hole 地区には、
ントの趣旨を述べた後、Wolf 上院議員を紹介した。
かき研究所 ニュース No.30
発展に強い関心、云々」であったが、後半では筆者
と初対面した時の印象などについてユーモアを交え
て好意的に語った。その印象とは、「この人は何か特
別なものを持っている。」という直観だったそうで、
「この人が提案する話なら信用できそうだから、出来
るだけサポートしたい」と即座に思ったとのこと。
これらの言葉は航空会社の経営者で、政治家でもあ
るアメリカ人の単なる社交辞令に過ぎないと思うけ
れども、その語り口もまた、Kahren と同様に洗練さ
れており、我々日本人にはなかなか真似のできない
類のものだった。
続いて、筆者が次のようなスピーチを行なった(写
写真 4
真 6)。
彼は IOS6 のケープコッド開催についてその企画の当
初から賛成してくれたこと、そして 2012 年 7 月 31
日にボストンの州議事堂内の Peake 下院議員の執務
室で自分が彼に Dr. Mori(筆者)を紹介し、北米最
初となるこのシンポジウムの開催時期について 4 人
で意見交換したこと、その後、開会中であった上院
の本会議場で彼が Dr. Mori 夫妻と自分を紹介し、議
員・職員からスタンディングオベーションを受け、3
人とも大変感激したこと、等について(2013 年 2 月
写真 6
発行の「かき研究所ニュース No. 28」pp.26 ~ 28 を
参照のこと)
、静かな語り口ながら芸術家らしく情熱
を込めつつ述べた。
“Senator Wolf! Thank you for your kind words in
次に、Wolf 上院議員が立ち上がり、筆者を紹介し
introducing me, although I don't feel that I deserve
た(写真 5)
。その前半は、2 年前に州議会の議場で
them. Kahren! Thanks for inviting me again from
Japan.
Ladies and gentlemen! As Founder and President
of WOS, I greatly appreciate your contribution and
good intention to create a successful IOS6 that will
be held just here on Cape Cod next year under the
leadership of Kahren, North & South American
Chapter Director of WOS.
写真 5
By the way, I myself have been studying oysters
彼が述べた内容とほぼ同様で、「Dr. Mori は世界かき
for more than 50 years, that is, over half a century.
学会を創立し、今でも会長を務めており、ケープコッ
So, I have experienced lots of various things related
ドなどアメリカ沿岸の環境保全やカキ産業の健全な
to oysters, that is, our respectable senior organisms
5
Oyster Research Institute News No.30
from the biological point of view.
そして、Kahren は同じイギリスから招待した Dr.
King を紹介し、彼女としては、IOS7 を是非イギリ
As a result, I have come to realize that oysters
スで開催して欲しいと思っていると言っていた。筆
shall be the symbol of the marine organisms and, by
者の帰国直後、彼から「2017 年の IOS7 をイギリス
extension, the symbol of the sea. Nowadays, we
で開催したい」というメールを貰い、それを受けて
know very well that oysters can give us lots of
早速、かねてより開催を希望していた WOS 中国支
various benefits!
部長はじめ、他支部長・運営委員の意見を聞いた結果、
この申し出を承認することにしたが、この時はまだ
Don't try to conquer nature! Nature is great!
白紙状態だった。
Ocean environments should be preserved, not
実は、このパーティーの2日前、Kahren は筆者夫
destroyed! So, human beings can exist and coexist
婦をボストン空港でピックアップし、ケープコッド
“to live with the sea”. For example, from now on,
での最初の宿泊地である Yarmouth Port へ向かう途
this evening, we can accept gifts from the sea with
中 の レ ス ト ラ ン で、Cape Cod Symphony の Mr.
gratitude that we can show by providing scientific
Jerome Karter, Ms. Stephanie Weaver, Ms. Linda
and rational measures for artificially improving its
Mawhinney の3氏を我々に紹介していた。彼らは、
production even a little.
小 生 の メ ッ セ ー ジ で あ る“Let the sea live, let us
live with the sea”に感銘を受け、これを題材とした
Love oysters more and preserve the sea forever!
曲を作り、2015 年の IOS6 開催期間中に特別コンサー
トで演奏する計画を立てているとのことだった。そ
Thank you very much.”
の表明を Ms. Weaver(写真 7)と Ms. Mawhinney
がこのパーティーの席で正式に行ったのである。
筆者のスピーチに続いて、Kahren の紹介で、米国
議会の Keating 下院議員が前に進み、筆者夫婦が遠
い日本からわざわざ訪問してくれたことを有難く思
うこと、自分がグアムへ出張した際に時差ボケに苦
しんだので、日本からの長旅に伴う時差ボケ対策の
大変さに同情すること、等についてジョークを交え
ながら話した後、IOS6 がケープコッドで開催される
ことの意義を自分としても十分理解しており、その
成功に向けて出来るだけ協力したいと述べた。
写真 7
この後、Kahren は、イギリスの Mr. Nicholls を紹
6
介した。彼は、イングランド南西部の Cornwall 州に
最 後 に、 こ の 日 の 主 役 を 務 め る は ず だ っ た Mr.
ある港町 Falmouth のウォーターフロントに高さ9
Barton Seaver が海外に出かけており欠席するので、
mのカキ殻彫刻作品を建てることになっており、こ
代わりに DVD を使ってスペシャルメッセージが紹
の像は潮汐に合わせて開閉するという。現在、その
介された(写真 8)。彼は海の環境保全に深い関心を
資金集めに努力しており、協力願いたいとのことで
示す有名なシェフであり、著作家でもあるという。
あった。そして、彼から同名の町で歴史的に関係が
数々の賞を受賞しており、IOS6 開催時に企画されて
深 い、 こ こ Falmouth の Board of Selectmen( 町 行
いる Oyster Grand Tasting において彼の特別講演が
政を執行する理事会)への要請文と記念銘板が贈ら
予定されているそうである。
れた。
Wolf 上院議員の発声で乾杯が行われ(写真 9)
、直
かき研究所 ニュース No.30
ちに全員がいわゆる“Tasting”を開始した(写真 10
各テーブルを回っている筆者に対して「来年の
~ 14)
。出店した oyster bar 用ブースの数は7(各ブー
IOS6 には必ず出席しますよ」と多くの出席者から声
スに職人 2 名)
、レストラン数は9(各レストランに
をかけられた
(写真 25)
。楽団によるジャズ演奏やオー
はシェフ 1 名と助手 1 名)で、提供された主なカキ
クション(写真 26)によってさらに盛り上がり、最
はケープコッドを初めとしてニューヨーク州ロング
後の方では夫婦で踊りだす風景も見られた。フォー
アイランドやコネティカット州の養殖場で生産され
マルな雰囲気を保ちながらも和気あいあいとした良
たものだった(写真 15 ~ 24)
。接待客の総数は 110
いパーティーであった(写真 27)
名とのことだった。
写真 8
写真 11
写真 9
写真 12
写真 10
写真 13
7
Oyster Research Institute News No.30
写真 18
写真 14
写真 19
The Oyster Company
写真 15
UK の Mr. Nicholls が出したブース
写真 20
写真 16
写真 17
8
写真 21
かき研究所 ニュース No.30
写真 22
写真 25
写真 23
写真 26
写真 24
写真 27
筆者と IOS6 コンビーナーの Ms. Kahren Dowcett
9
Oyster Research Institute News No.30
世界かき学会日本支部紹介
世界かき学会は 2013 年に 5 支部体制を発足させました。日本支部長には株式会社渡辺オイスター研究所代表
取締役社長渡辺貢氏が就任し、国内会員間の交流促進を本格化させています。以下、日本支部についてご紹介し
ます。
る上で、「人間を、自然より優越した存在とし、自然
支部長挨拶
を人間の所有物であると考え、支配しようとするの
世界かき学会の支部体
ではなく、人間以外の動物や自然についても尊厳と
制が発足し、本格的に支
いう認識をもつ」との考えは重要であると私は思い
部活動を始めるにあたり、
ます。これは、森会長の提言である「海を生かし、
日本支部長としてここに
海に生きる」
「人は海に生かされている」と同様な主
ご挨拶させて頂きます。
旨であると思います。
世界かき学会日本支部の運営方針の一つに、
「牡蠣
日本支部長
今 後 の 人 類 に と っ て、
食糧問題が重要な課題と
ことが挙げられます。牡蠣の食品加工だけではなく、
なることは、歴史的著書
栄養学、薬学、医学の観点より「かきの付加価値を
であるローマクラブの「成長の限界」にも明らかで
高めることは、かきに対する認知度を高める」こと
あります。この食糧問題に対応するために、海洋か
に通じ、必ずや人類の幸せに貢献できるものと確信
らの食糧確保は重要であり、かき養殖はその中でも
しております。
渡辺 貢 博士
重要な位置にあると思われます。そのためにも支部
今後、志を同じくする先生方とともに人類に貢献
の先生方と連携して智慧を結集し、
「持続可能な牡蠣
できることを楽しみにしております。ご尽力の程、
増養殖」を推進し食糧問題に対応して参ります。こ
宜しくお願い申し上げます。(日本支部ホームページ
の運動の推進のためにも、人類の存続・発展を考え
より)
運営方針
世界かき学会日本支部は、世界かき学会のビジョ
は、牡蠣産業の地位の向上と発展に貢献する。牡蠣
の付加価値を高めるために、水産学、栄養学、食品
加工学、薬学、医学などを総合的かつ相互的に結合し、
ン・使命、目標に共感し、その実現のために行動を
牡蠣がいかに人類にとって付加価値の高い資源であ
共にするものである。その上で、日本支部の特徴と
るかを研究し、普及していく。また漁場から食卓ま
して以下の方向性を表明する。
での流通工程についても研究し、食の安全に寄与する。
1.日本支部は、牡蠣のヒト・動物・植物の健康に
2.沿岸生態系の生物多様性の維持とその回復に関
対する機能性を探求し、牡蠣の付加価値を高め
る研究、技術開発を推進、奨励する。
10
の付加価値を高める研究、技術開発を推進、奨励する」
与する持続可能な牡蠣養殖の研究を奨励する。
水産資源の過密養殖は漁場の汚染や老化、赤潮な
牡蠣が食糧であるとともに、人類の健康に貢献し
どの環境問題を引き起こしてきた。牡蠣が、水中の
うる付加価値の高い産物であることを証明する研究
プランクトンや懸濁粒子などを濾過捕食し、水質環
かき研究所 ニュース No.30
境の浄化を行っていることが広く知られている一方
で、これらの餌による牡蠣の毒化による出荷停止な
お知らせ
どの被害も報告されている。健全な牡蠣の生産には
2015 年 2 月、ホームページがオープンしました。
海洋生態系の環境収容力を考慮する必要がある。そ
http://www.wos-jpn.org/
こで日本支部では、牡蠣の養殖環境の研究を推進し、
沿岸生態系の保全と生物多様性の維持に寄与する持続
可能な牡蠣生産に貢献する。
3.日本支部は世界かき学会の使命の遂行を文化と
言える次元まで昇華させる活動を行う。
牡蠣の養殖加工技術および加工製品と人類の健康
に関する研究等は人類共通の財産である。それを文
化という次元まで昇華することは人類にとって普遍
的な価値となる。その文化を広く伝播し、次代に繋
げることが、現在、牡蠣に関する研究を行う我々の
使命と思われる。そこで、牡蠣が人類に与える利益
に関する一般大衆の知識を向上させるため、牡蠣に
関連する市民講座などを開催し、牡蠣に対する知識
を啓蒙する。また、国内の牡蠣研究者、業者、教育
関係者、関連自治体等と連携を取り、研究成果を共
有できるシステムの構築を目指す。
(日本支部ホーム
ページより)
支部委員(敬称略)
以下の 3 名が支部役員に委嘱されました。
副支部長 高橋 計介
(東北大学大学院農学研究科 准教授)
支部委員 吉城由美子
(石川県立大学生物資源環境学部 准教授)
笠井 久会
(北海道大学大学院水産科学研究院 准教授)
11
Oyster Research Institute News No.30
報告「かきフォーラム・イン・唐津」
総務部 森 真弓
平成 27 年 2 月 7 日(土)、当研究所主催による「か
平成 23 年 3 月の東日本大震災の復興支援には全国各
きフォーラム・イン・唐津」が、佐賀県唐津市高齢
地からボランティアが駆けつけました。気仙沼へ来
者ふれあい会館「りふれ」にて開催されました(写
ていた佐賀県からの市民団体の一行は、一関市千厩
真 1、2)
。かきフォーラムは、平成 22 年度に新規事
(せんまや)のお寺に宿泊していましたが、当研究所
OB の鈴木孝志氏も津波で家を失い、この寺を仮住ま
いとしながらボランティアのお世話をしていました。
さらに鈴木氏が昭和 52 年、気仙沼市唐桑町舞根湾の
かき研究所へアワビ養殖技術の研修に来ていた佐賀
県栽培漁業センターの職員を指導したことや、震災
の翌年唐津市で行われたボランティアの会合に出席
したことなど、鈴木氏を介して佐賀県や唐津市との
間に繋がりがありました。平成 26 年 2 月に佐賀県水
写真 1
産課にかきフォーラムの趣旨など説明したところ関
心を持って頂き、その後唐津市を開催地とすること
が決定しました。
フォーラムの企画検討会は、平成 26 年 5 月 25 日、
唐津市水産会館において開かれ、現地からは以下の
15 名の関係者、当方から森理事長と大中総務部長が
出席しました(写真 3)
。
写真 2
業として始まり今回で 4 回目となりました。開催地
の唐津市は唐津湾沿岸に広がる日本三大松原「虹の
松原」で有名なところです。
さて、
「かきフォーラム」は、平成 17 年 7 月に成
写真 3
立した「食育基本法」の立法趣旨に沿い、また全国
12
各地の食育推進活動に協力できる新たな事業として
佐賀県生産振興部水産課栽培資源担当:
国内のかき生産地で開催されています。今回の開催
横尾係長、佃副主査
提案について早い時期から佐賀県、唐津市をはじめ
佐賀県玄海水産振興センター普及加工担当:
とする関係各所の賛同を頂き、準備を円滑に進める
首藤係長、野口副主査、津城副主査
ことができました。まずは、本フォーラムを唐津市
佐賀県高等水産講習所:真崎所長
で開催することになった経緯に触れたいと思います。
唐津市水産課:酒井副課長、高森係長
かき研究所 ニュース No.30
佐賀玄海漁業協同組合:宮崎課長、新係長
佐賀県玄海水産振興研究会玄海カキ養殖会:
坂口会長、坂本・吉田・藤田・岩本各氏
検討会では意欲的な意見交換が行われ、カキ養殖
生産振興への意気込みやフォーラムに対する期待が
感じられました。日時・場所等も即決し、その後の
諸準備についても多大なる支援協力を頂いたことも
付け加えたいと思います。
写真 5
フォーラムを多くの方々に告知するため、ポスター
200 枚とチラシ 10,500 枚を作成し、チラシは唐津市
の広報物と一緒に市内各世帯に回覧されたほか、佐
賀県内自治体にも広く配布されました(写真 4)。また、
写真 6
真 7)ロビー内外には同市が用意したのぼり旗が立
てられ、会場に活気と賑わいを添えていました。受
付は佐賀玄海漁業協同組合の職員が担当し、来場者
にプレゼント引換券を配布して頂きました(写真 8)
。
写真 4
さて、フォーラムは定刻 13 時半に唐津市水産課の
唐津市のポータルサイトや唐津ケーブルテレビジョ
小西芳佳さんの司会進行で開会しました(写真 9)
。
ンにもイベント情報として紹介されました。
200 席余のホールは多くの唐津市民や県外からの来
さて、当日の会場設営には午前中から唐津市水産
場者で埋まり、地元の新聞社やテレビ局の姿も見ら
課、佐賀玄海漁業協同組合、佐賀県玄海水産振興セ
れました(写真 10)
。参加者は約 160 名、プレゼン
ンター、玄海カキ養殖会から多くの方々に応援して
ト引換券回収時の集計で男女比率は 40:60 と女性の
頂きました。会場ホール入口前にホワイエという広
割合が多かったことが分かりました。
いロビーがあり、そこに世界のかき生産地の写真を
まず、当研究所森理事長が主催者挨拶を行い、か
展示しました。
(写真 5、6)オーストラリア・フラ
きフォーラム及び世界かき学会の 2 つの事業につい
ンス・中国など日本では目にすることがない珍しい
て話を進めました(写真 11)
。世界かき学会の会員
養殖場の写真に、生産者から子供を含む市民、企業
数が 36 ヶ国 640 名を超えていることや本年 10 月に
関係者、研究者など多くの方々が興味深くポスター
アメリカ東海岸のケープコッドで 6 回目の国際かき
をご覧になっていました。
シンポジウムを開催することなどを紹介しました。
また、今回のフォーラムでは、唐津市水産課の職
また、かきフォーラムは諸自治体の食育推進活動に
員によるカットワカメ、あじ削り、煮干しいりこな
少しでもお役に立ちたいと取り上げた事業であり、
どの地元海産物の展示即売が行われていました。(写
カキは食育推進上重要な食材であるばかりでなく海
13
Oyster Research Institute News No.30
写真 7
写真 11
洋環境保全に貢献する貴重な貝類であるので、本日
のフォーラムでお互いに広く深く考えてみるよい機
会にしてほしいと述べ、最後にフォーラム開催につ
いて計画段階からお世話になった関係者の方々に謝
意を表しました。
続いて、森理事長による基調講演が行われました。
まず、国連の下部機関である国際連合食糧農業機関
写真 8
(FAO)の統計の対象となるカキの種類は 15 種類で
すが、
世界には 120 ~ 200 種類のカキが存在しており、
日本でも 20 種類は確認されているということです。
その FAO の 2012 年の統計によると、世界のかき
生産量は中国が約 395 万トンで全体の 8 割以上を占
め、他国を圧倒しています。ちなみに、日本の生産
量は 16 万トンと報告されています。また、理事長自
身が長年人口問題や食糧問題に大きな関心を寄せて
いる食糧確保問題とカキ養殖について話しました。
現実問題として陸上での食糧増産は既に限界に達し
写真 9
ている状況下で、FAO はカキ養殖を食糧増産の最有
力の担い手として位置付けていること、その理由と
して、無給餌養殖でありそして無駄のない合理的な
食糧生産方式であることを挙げました。
講演後に佐賀県玄海水産振興センターのご協力に
より、カキは 1 日に 400L の海水を飲み込むというこ
とについて「カキの海水浄化能力」の水槽実験が行
われました。センター職員が 2 つの水槽に同量の濃
縮珪藻を入れ、そのうち 1 つの水槽にはカキを入れ
ました。全ての講演終了後に水槽の中はどのように
変化しているかを確かめようというものです。森理
写真 10
14
事長が実験概要を説明し、水槽に黒い布が掛けられ
かき研究所 ニュース No.30
ました。カキは光に敏感なためです。結果について
レスホルモンの分泌が増加する。つまり、うつ状態
は後半で写真とともにお伝えします。
を引き起こすということが明らかになりました。さ
らに、妊婦や授乳婦は亜鉛不足になりやすく、うつ
続いて、株式会社渡辺オイスター研究所代表取締
状態になるので注意する必要があると話しました。
役社長渡辺貢氏が、「カキと健康 カキのパワーを検
なお、うつ状態が長引いた状態がうつ病であり、こ
証する」と題して講演を行いました(写真 12)。まず、
の 2 つは医学的にも全く異なるとのことです。そし
て、うつ病の 80% はうつ状態であるので、カキを食
べることによってストレスに強くなり、うつ状態を
回復することができると本講演のテーマであるカキ
のもつパワーについて分かり易く解説しました。渡
辺氏の講演には多くの質問が出ましたが、一つ一つ
に丁寧な回答と助言が行われ、会場にはメモを取る
姿が多く見られました(写真 13)
。
写真 12
五大栄養素(糖質・脂質・タンパク質・ビタミン・
ミネラル)の中でもビタミン・ミネラルは酵素やホ
ルモンといった体の調整役として大切な栄養素であ
るが、国民栄養調査から日本人の栄養状態はミネラ
ル不足であるということを紹介しました。我々は栄
養バランスが悪いという意識はあっても、不足して
いるという意識はあまり持っていない。栄養を考え
写真 13
たときに一番大切な栄養素というものはなく全ての
栄養素が大事であり、偏った栄養素を摂取すること
続いては、坂口水産代表坂口登氏が「唐津のカキ
は体に良くない。栄養補給とは何の栄養素が不足し
生産~美味しいカキを届けるために」と題して講演
ているかを知り、その不足している栄養を補うこと
を行いました(写真 14)
。坂口氏は、漁師歴 45 年で、
だと強調しました。
さらに、必須微量元素 9 種(鉄・亜鉛・銅・マン
ガン・ヨウ素・セレン・クロム・モリブデン・コバ
ルト)に触れ、これらは必ず摂取しなくてはならず、
不足すると病気になる栄養素として頭に入れて頂き
たいと話しました。そして、カキは必須微量元素の
うち亜鉛と銅を最も多く含んでおり、さらに亜鉛の
含有量だけに注目すれば、カキは全ての食べ物の中
において一番であると強調し、参加者の関心を集め
ていました。
写真 14
また、精神的ストレスを受けるとストレスホルモ
マガキ養殖は平成 5 年より試験養殖に着手、平成 7
ンが分泌され、過剰な分泌がうつ状態を引き起こす
年から本格的に養殖を開始し、今年で 20 年目を迎え
ことが分かっていましたが、亜鉛が不足してもスト
られました。現在、唐津湾にてご子息とカキ養殖を
15
Oyster Research Institute News No.30
メインに小型底びき網を行っています。
最後は、当研究所高橋計介所長が「カキについて
まず、同氏が代表を務める「玄海カキ養殖会」は
疑問に答える Q&A」と題して講演を行いました(写
平成 18 年に設立され、現在 24 名の会員は消費者に
真 16)。予め関係者から頂いた課題や疑問に答える
美味しいカキを届けるため、①養殖技術ならびに水
産に関する知識の向上、②漁村文化の向上、③漁場
環境の保全、④他団体との連絡調整、などの活動を
行っています。また、東日本大震災の際には、漁業
支援チャリティーとしてカキ即売会を行い、その売
上金の全額を宮城県に寄付するなど、積極的に被災
地支援を行ったと話しました(写真 15)。
写真 16
内容となっており、①カキに対する高水温や貧酸素
の影響、②イワガキはなぜ夏が旬なのか、③カキの
活力診断―バイオマーカーや血液検査―、の3つの
テーマについて話しました。その中からカキに対す
る高水温や貧酸素の影響についてご紹介します。近
写真 15
年日本各地で高水温化(但し、全ての原因が高水温
とは言えないが、その影響によるところが大きい)
次に、カキ養殖工程について説明しました。カキ
による被害や影響が報告されており、平成 22 年青森
の種となる原盤とよばれるホタテの殻についた稚貝
津軽湾のホタテガイや平成 23 年京都府宮津市のトリ
を宮城県や広島県から 10 月~ 2 月に購入し、原盤を
ガイなどの二枚貝類でも斃死が起こっています。一
ロープに挟み込みます。これらを養殖筏に垂下し、
般的にマガキは他の二枚貝と比較しても高水温に耐
養殖を開始します。その後 13 ヶ月ほどの育成の後、
性が強いと言われていますが、しばしば大量斃死を
収穫・ばらし・洗浄・選別を行い、紫外線殺菌海水
起 こ す こ と が あ り ま す。 そ の 原 因 は 様 々 で す が、
で蓄養した後、
「からつんカキ」として出荷されます。
①台風や爆弾低気圧による養殖場の攪乱、②漁場老
最後に、玄海カキ養殖会会員が養殖を行っている
化などの環境悪化、③大量の付着生物・害敵生物、
漁場 6 ヶ所(鎮西町名護屋、唐津市幸多里、肥前町
④生理的障害、特に産卵期に斃死を起こしやすい、
菖津、肥前町晴気、肥前町高串、伊万里波多津)と
⑤高水温、⑥原因不明があげられます。数例の研究
これらの漁場で養殖されたカキが食べられるお店を
報告を紹介し、カキは高水温のみでは斃死が起こり
紹介しました。これからも努力を惜しまず玄海カキ
にくいが、他の要因、例えば漁場の攪乱や少雨が加
養殖会一丸となって消費者に安心・安全なカキを提
わると大量斃死が起こると説明しました。
供してゆく、と力強く決意を述べました。坂口氏の
貧酸素についても、マガキは強いと言われていま
講演は、多くの写真を使用し、実際のカキ養殖工程
すが、実際の海域では 3mg/L を下回る貧酸素水塊に
や養殖が行われている漁場の様子が大変よく分かる
長期間曝されることで斃死は起こり、その時に死な
ものと好評でした。参加者の皆さんが地元のカキに
なくても生理的な障害が残りその後死にやすくなる
養殖に一層の関心をお持ち頂けたのではないでしょ
ということです。そして、貧酸素は養殖環境悪化の
うか。
指標となると述べ、アメリカ東海岸のチェサピーク
湾を例に挙げました。ここはかつて船が座礁するほ
16
かき研究所 ニュース No.30
どカキが生息していましたが、近年生産量は大きく
減少しています。様々ある原因の中でも、一番は貧
酸素だとされています。同湾の地図を示し、夏場の
6 月から 9 月における溶存酸素が 3mg/L 以下の箇所
が湾全体の約 90% にも及んでおり、この環境下では
カキ養殖は不可能だと述べました。これはアメリカ
ガキの例ですが、マガキでもおそらく同様のことが
言えるのではないかと付け加えました。
写真 18
さて、基調講演後に行った「カキの海水浄化能力
実験」の結果について述べます。檀上に置かれた水
槽は後方席からは見えづらいため、ウェブカメラを
用いてスクリーンに映し出しました。実験開始時、
カキが入った水槽は右の水槽と同じようにプランク
トンで茶色く濁っていましたが、約 1 時間 50 分後、
水槽にほぼ濁りは見られませんでした(写真 17)
。カ
写真 19
最後に、企画段階から当日の運営に至るまでご支
援ご協力頂きました、佐賀県生産振興部水産課、佐
賀県玄海水産振興センター、唐津市水産課、佐賀玄
海漁業協同組合、佐賀県玄海水産振興研究会玄海カ
キ養殖会関係者の皆様に心より深く御礼申し上げます。
写真 17
キの浄化能力を実際に目にした会場からは大きな声
が上がりました。本実験は初めての試みでしたが、
今後も取り入れていきたいと考えています。
以上で講演は終了しましたが、閉会後も会場に残
り講演者への取材、質問あるいは参加者同士の交流
が見られたことも印象的でした(写真 18)。
また、フォーラム終了後来場者にプレゼントされ
た殻付きカキ 500g が入った 150 パックのカキは、玄
海カキ養殖会に所属する唐津、鎮西町、肥前、高串、
波多津の 5 地区の生産者から提供されました。5 地
区それぞれのテーブルにはプレゼントのカキが並べ
られており、多くの人で賑わい生産者と消費者の交
流のひとときでした(写真 19)。
17
Oyster Research Institute News No.30
マガキ体成分を活用するバイオマーカーの探索と活力診断法の開発
*
常務理事・研究所長 高橋計介
1.はじめに
少しわかりにくいですね。そこで、同用語解説では、
今回は、バイオマーカーの探索と活力診断法の開発
FDA(米国食品医薬品局)が記載した定義、
「通常の
に関する取り組みについて述べたいと思います。バイ
生物的過程や病的な過程、もしくは治療に対する薬理
オマーカーは、かき研究所の研究事業の課題の 1 つで
的な応答の指標として、客観的に測定され評価される
ある「カキなど二枚貝の特性を生かした環境評価法に
生体の特性」を引用して、バイオマーカーの医学的・
関する研究」の中で重要な位置を占める生体成分の特
薬学的な位置づけを明らかにしています。つまり、体
性のことです。一方、活力診断法は、文字通りカキの
が健康であれば一定の値を示す指標がバイオマーカー
活力や健康度を診断・判定する手法のことです。これ
であり、その値が異常に上がったり、逆に下がったり
もまた、より良いカキ養殖を進めていくために重要な
すれば病的な状態であることを示唆します。日常的に
項目です。お気づきのように、環境評価法と活力診断
行われている血液検査や生化学検査で測定されている
法というのは、それぞれ目的が異なっていますから、
項目(例えば、血中コレステロール値、血糖値、そし
本来は同時に取り上げる話題ではないと考えられま
て GOT 等の酵素)は代表的なバイオマーカーです。
す。しかし、どちらも「カキ(私の研究ではマガキが
一般的に、生体の情報や特性をつかさどるものは、遺
対象です)の体成分」を活用する点で共通性がありま
伝子(DNA、RNA)
、タンパク、そしてペプチド等の
す。また後述するように、生物としての特性からみて、
体成分(因子)です。したがって、これらの中から適
カキ類は環境の影響を強く受ける動物です。つまり、
切なバイオマーカーを見つけて活用することが病気の
「環境がカキの活力を決めている」部分が大いにあり、
早期診断や投薬の効果判定等につながり、とても有意
両者は密接に関係しています。加えて最近になって、
義なことになります。
1 種類のタンパクが環境ストレスのバイオマーカーと
バイオマーカーの活用が盛んになっているもう 1 つ
しても活力診断指標としても使える可能性が明らかに
の分野として、環境科学分野が挙げられます。この分
なってきました。本稿の最後でそのことに触れます。
野におけるバイオマーカーの活用目的は医薬分野とは
2.バイオマーカーとは何を指すか、バイオマーカー
は何を明らかにできるのか
明確に異なります。医薬分野では、対象であるヒトの
生理的な状態、疾病の有無や投薬の効果・影響等を評
価するために、ヒトの持つバイオマーカーを用いると
バイオマーカー(Biomarker、Bio は生物を表す接
いうものでした。一方、環境科学分野では、最終的に
頭語であり、marker は指標とか印の意味になります。
明らかにしたいのは陸域や海域といった環境そのもの
「生物学的指標」という表現が和訳も使われます)と
の状態です。それを知るために、その環境に棲息する
いう言葉は、ほとんどの方がどこかで見聞されている
生物の持つバイオマーカーがどのような値を示すのか
のではないかと思うほど、多くの分野で取り上げられ
を調べ、そこから環境の状態を類推しようとする試み
ています。特に近年は、医薬分野でよく用いられてい
です(今村ら、2013)
。例えば、海洋環境に対する汚
るようです。日本薬学会はバイオマーカーを「生体内
染物質の負荷や急激な気候変動は、そこに棲む生物に
の生物学的変化を定量的に把握するため、生体情報を
何らかの影響をもたらすと考えられます。そこで、汚
数値化・定量化した指標」と定義づけています(日本
染の前後でバイオマーカーの値を比較する、あるいは
薬学会・薬学用語解説から引用。www.pharm.or.jp/
汚染度の異なる 2 つの海域での同一種の値を比較する
*東北大学大学院農学研究科准教授
18
dictionary/)
。この文章は大変的確ですが、抽象的で
かき研究所 ニュース No.30
ことにより、影響の有無や程度を評価することができ
点を抜粋して図にまとめてみました(図 1)
。1 つは、
ます。この考え方は決して新しいものではなく、欧米
を中心に 2000 年頃には確立してきています。重要な
研究としては、ヨーロッパイガイ(Mytilus edulis )の
生体内タンパクが持つ全抗酸化能(TOSC)を測定す
ることで、外部環境からのストレスの程度を評価した
例が挙げられます(Regoli, 2000)
。今回話題にしてい
る私の取り組みもこの「環境評価」に関するものです。
それでは、すでに多くのことが明らかになっているこ
の課題に、今取り組む必要があるのか疑問をもたれる
図1
と思います。理由を次章で明らかにします。
3.マガキの持つバイオマーカー研究に改めて取り組む理由
マガキの持っている全遺伝子のうちの 1/3 は、マガキ
特有もしくは軟体動物特有の遺伝子だという結果で
前章で言及した今村ら(2013)の研究では、生体内
す。遺伝子モデルは 28,027 個推定されているので、決
酸化ストレス応答の指標である全抗酸化能(TOSC)
して少ない数ではありません。その 1/3 である 9,000
に加えて、金属結合タンパクであるメタロチオネイン
個近くの遺伝子がカキ類等にしか存在しない遺伝子な
を、重金属汚染のバイオマーカーとして取り上げてい
のです。そしてもう 1 つは、マガキは環境ストレスや
ます。メタロチオネインは、生体が重金属に曝露され
細菌感染に応答する遺伝子を非常に多く持っており、
ると発現が誘導される低分子量のタンパクです。ヒト
しかもそれらはマガキ特有の遺伝子群の中に多く存在
のメタロチオネインは、1 分子あたり亜鉛およびカド
するという結果でした。2 つの結果を考え合わせると、
ミウム原子 7 個と結合するほか、銅、銀、そして水銀
以下のことが推測されます。マガキは潮間帯という陸
により高い親和性を示し、これら重金属の毒性を解毒
と海の境界という特別な環境に棲息することから、
する作用を持ちます(徳島文理大学薬学部公衆衛生学
様々な環境ストレス、例えば干出、大雨による低塩分、
講座 HP から引用。p.bunri-u.ac.jp/lab11/)
。人間でも
低酸素等の様々なストレスに曝されます。過酷な環境
その生理作用が注目されている重要なタンパクです。
を生き抜くためには、他の生物と共通性をもつ抗スト
海洋汚染の中でも重金属の汚染は、しばしば社会問題
レス因子だけでは不十分で、独自の遺伝子を獲得した
にもなっています。したがって、二枚貝類においても
ものと推測されます。これらのことから、マガキのバ
メタロチオネインをバイオマーカーとするのは、とて
イオマーカーを探索する時は、従来行われてきた比較
も良い考え方だと思います。実際、マガキをカドミウ
研究だけではなく、マガキ自身の遺伝子情報を対象に
ム含有海水に曝露した場合、カドミウムが高濃度にな
加えた方が最適の因子が見つかると考えられるのです。
ると、鰓と消化盲嚢におけるメタロチオネイン遺伝子
の発現量が増加するという報告があります(Choi et
4.網羅的遺伝子発現解析の試み
al., 2008)
。このように、他の動物においてバイオマー
マガキで発現している遺伝子の解析を目的として、
カーとして有効な因子が、カキ等の二枚貝にも適用で
私たちかき研究所は、2013 年度に千葉市にある放射
きるとする研究は数多くあり、私もこの方向性でよい
線医学総合研究所(放医研)と共同研究を実施しまし
のだと考えていました。
た。今回は、マガキ血球を試料として HiCEP という
ところが、2012 年に出された論文によって、私は
放医研が開発した方法で遺伝子発現解析を行っていま
考え方を改める必要に迫られています。その論文は、
す。
私は本格的な遺伝子解析は初挑戦であり、
放医研も
マガキ全ゲノムの解読です(Zhang et al., 2012)
。バイ
普段はヒトを対象とした研究ばかりでカキの解析は初
オマーカーにも関連し、特に重要だと思われる 2 つの
めてでしたので、試料の調製や解析に手間取り、よう
19
Oyster Research Institute News No.30
やく第 1 段階の結果が出てきたところです。現段階で
は大きな成果はありませんが、前に言及した金属結合
タンパクのメタロチオネイン
(IV型)
が、顆粒球という
血球の 1 タイプに特異的に発現していることがわかり
ました。
これからさらに解析を進めて、
マガキ特有でか
つ有用なバイオマーカーを見つけたいと考えています。
5.マガキを含む二枚貝類の活力診断法の重要性
活力、あるいは元気という言葉に置き換えてもよい
と思いますが、皆さんは「元気がある」とか「元気が
なくなった」とかをどのように判断していますか?相
手が人間の場合は、まず顔色を見る、動作を見る等で
はないでしょうか?次に、熱があるかと額に触れてみ
る等へ進んでいくのではないかと思います。ペットの
場合も同様かもしれません。これらはあくまで主観的
なものですが、親しい間柄であればかなり正しく判断
できるでしょう。このように、
「表情を見ることがで
きる、動きを見ることができる、そして触れることが
できる」のは、元気(活力)を知る上で重要な要素と
なります。さらに、より正しく確かめたいとなれば、
病院で健康診断を受けることになるでしょう。検査結
果は数値データで表され、適正な範囲内かどうかを知
ることができます。これは客観的な評価法です。
それでは、カキをはじめとする二枚貝類において、
健康であるとか、活力があるとかをどう評価・診断し
たらよいでしょうか?貝には表情はありません。カキ
は固着生物ですから動くこともありません。また、殻
をしっかりと閉じてしまうので、軟体部に触るのも大
変です。結局、気がついたら殻がぽっかりと開いて死
んでいた、その段階になってはじめて活力が低下して
いたことを知るケースが多いのです。
主観的な判定が難しい二枚貝類において、
客観的・定
量的な診断法はあるのでしょうか?これらの疑問に答
えられるのかと自問自答した時、
明快な答えがなかなか
見つからなかったことが、活力診断法の研究に取り組
むきっかけでした。
例えば、
カキのような二枚貝類では
「健康であることの評価基準があいまい」なために、第
2 章で紹介した抗酸化能
(TOSC)の高さと健康度とが
相関するかは明らかではありません。
やはり、
何として
でも健康評価法・活力診断法を整える必要があります。
20
6.これまでの二枚貝類・活力診断法
第 5 章で、二枚貝類の活力を診断する方法がないと
書きました。これは必ずしも正しくありません。古く
から用いられている診断法はあります。代表的なもの
として「閉殻筋グリコーゲン量の測定」が挙げられま
す。グリコーゲンはグルコース(ブドウ糖)が数多く
つながった多糖類で、ほとんどの動物にとって貯蔵物
質、つまりエネルギー源となる成分です。様々な臓器
に貯蔵されますが、二枚貝類では特に閉殻筋(いわゆ
る貝柱)に貯蔵されることがわかっています。カキ類
では体中に分布する結合組織にも大量に蓄積されて、
卵や精子を形成する材料となっています。
二枚貝類が高水温、低酸素、台風による強い波浪と
底質の撹拌等、環境の大きな変動を受けた場合、これ
らがストレスとなって貝の活力低下につながることが
考えられます。グリコーゲンはエネルギー源ですから、
ストレスによって貝が消耗すれば量が減少するし、元
気がなくなれば貯蔵する能力が下がるので、やはり量
は減少します。これらのことから、グリコーゲン量を
測定すればその時点での貝の活力が診断できると古く
から考えられてきました。実際、私もマガキをはじめ
として数種類の二枚貝で閉殻筋グリコーゲン量を測定
しています。その結果わかったことは、グリコーゲン
量の変化は、中・長期的(数週間から数ヶ月のような)
な環境変動の影響によく対応していることです。貝の
種類によって、継続的な高水温や餌料不足は、閉殻筋
グリコーゲン量を大きく減少させました。マガキでは
それほど大きな変化ではありませんでしたが、減少す
る傾向にはありました。しかし、グリコーゲン量の変
化は鋭敏ではなく、1 日で起こるような急激な環境変
動の影響を反映するものではないと考えられました。
そのほか、細菌や寄生虫等の感染に対しても鋭敏な応
答を示さないという結果でした。動物の活力や健康と
いう総合的な力を診断するということは、やはり 1 つ
の指標だけでは難しいようです。
最近、同じように閉殻筋に存在する ATP やアルギ
ニンリン酸の含量と活力の関係が、ホタテガイで調べ
られています(武田ら、2014)
。この論文によると、
これらの成分の含量は、ホタテガイの活力を低下させ
かき研究所 ニュース No.30
る要因である、高水温、低酸素、振動流といった条件
で飼育した貝の閉殻筋において大きく減少し、活力の
低下と密接に関係していることが示唆されました。と
ても興味深い研究です。ATP はすべての真核生物に
とってエネルギー源として物質の合成や代謝に関与す
る分子ですから、活力と強い相関があることは当然考
えられますし、カキ類でも同様の結果が得られる可能
性は十分にあります。ただし、私にとって問題にした
いことが 1 つだけあります。それは、先のグリコーゲ
図2
ンもそうですが、いずれも閉殻筋からの抽出を伴う点
です。貝柱である閉殻筋を採取すれば、当然のことそ
イオマーカーを探求していますが、活力診断法の研究
の貝は死んでしまいます。そこで、次の章で紹介する
でも血球は試料の 1 つとなっています。そして、1 つ
ように、私の考える活力診断法は「個体を生かしたま
の液性タンパクが、バイオマーカーにも活力診断指標
ま試料を得る」方法なのです。
にも適用できる可能性が出てきました。そのタンパク
7.個体を生かしたまま、活力を診断する
は重要な生体防御因子として知られる溶菌酵素のリゾ
チームです。すなわち、ストレスに応答して活性が大
図 2 に「個体を生かしたままの活力を診断法」の特
きく上昇し、活性が低下した個体は斃死したりします。
徴をまとめました。最初に挙げたのは、同じ個体から
その反応は鋭敏なものです。現在、精力的に 2 つの方
週ごと、月ごと、あるいは季節ごとのように継続的に
向からリゾチームの測定を行っています。
試料を得て、活力低下の有無を把握できることです。
イメージは人間の定期健康診断です。継続して調べる
8.引用文献
ことにより、その時の体調だけでなく、変化を知るこ
今村ら(2013)
:バイオマーカーによる生態系評価の
とができます。別に他の個体を調べるのでもよいでは
試み.土木学会・水工学委員会・環境水理部会 ないかという意見は当然あるでしょう。しかし、マガ
研究集会(一関)講演要旨集
キは、同じ海域のものであってもかなり大きな個体差
Regoli (2000) : Total oxyradical scavenging capacity
を示すことがわかっています。活力の変化を知るため
(TOSC) in polluted and translocated mussels: a
には、1 つの養殖場で 10 個体か 20 個体を選抜し、そ
predictive biomarker of oxidative stress., Aquat.
の活力を継続して調べるのがよいと考えています。
Toxicol., 50: 351-361.
ただし、
「個体を生かしたまま」試料を採取すると
Choi et al. (2008) : Cadmium affects the expression of
なると、対象は限定されます。私は閉殻筋から血リン
heat shock protein 90 and metallothionein mRNA
パを採取して試料にすることを行っています。図 2 で
in the Pacific oyster, Crassostrea gigas . Comp.
は閉殻筋がよく見えるように殻を開けたマガキの画像
Biochem. Physiol., Part C 147: 286-292.
を載せていますが、実際は閉殻筋横の殻を少しだけ
Zhang et al. (2012) : The oyster genome reveals stress
割って注射針を差し込み、採血します。0.1 mL 程度の
adaptation and complexity of shell formation.
少量であれば、5 日間の連続採血も可能でした。
Nature 490: 49-54.
マガキの血液(血リンパ)は、浮遊細胞である血球
武田ら(2014)
:環境ストレス負荷によるホタテガイ
と液性成分である血漿から成っています。さらに、血
Mizuhopecten yessoensis の 活 力 低 下 と 閉 殻 筋
球は顆粒球と無顆粒球の 2 つの亜集団で構成されてい
ATP およびアルギニンリン酸含量の関係、日本
ます。第 4 章で紹介した HiCEP による網羅的遺伝子
水産学会誌、80 : 753-760.
発現解析では、血球を試料としてマガキに特徴的なバ
21
Oyster Research Institute News No.30
平成 25 年度研究助成による研究報告
マガキにおける体軸決定機構の解明
九州大学大学院農学研究院付属水産実験所 栗田喜久
背景と目的
軟体動物の初期発生、特に体の背腹 / 前後の軸を
決定する機構は 19 世紀より盛んに研究されている課
24 時間で固定した。阻害胚の形態を正常胚と比較し、
マガキにおける MAP キナーゼシグナル経路の機能
を評価した。
題である(例えば Lillie, 1895 など)。近年の分子発生
学の発展により、軟体動物の体軸形成に関わる因子
結果と考察
もカサガイや巻貝をもちいた実験からリン酸化 MAP
抗体染色の結果、マガキ胚においてリン酸化 MAP
キナーゼと呼ばれるタンパク質が、体軸を決定する
キナーゼは 8 細胞期まで検出されなかった。しかし
誘導因子(オーガナイザー)として機能することが
16 細胞期に至ると 2d 割球においてシグナルが検出
明らかになった(Lambert and Nagy, 2001)。しかし
され、このシグナルはその後 64 細胞期において 2d
このリン酸化 MAP キナーゼの発現や機能は腹足類
系列の割球である 2d
で確認されているのみで、他の軟体動物でも同じ誘
細胞では検出されなかった(図)。また 64 細胞期に
導機能をもつかは不明である。
図 . マガキ胚におけるリン酸化 MAP キナーゼのシグナル
本研究では、マガキの初期発生をモデルとして、
8 細胞期
1122
にのみ残り、他の 2d 系列の
16 細胞期
64 細胞期
リン酸化 MAP キナーゼの発現と機能を検証する事
2a1
で、二枚貝、そして軟体動物の体軸決定機構の共通
性を明らかにすることを目的とする。
3D
2d
材料と方法
1.マガキの人工授精
2d
2d1122
赤:核、青:細胞膜、黄色:リン酸化 MAP キナーゼ
おいて、3D 割球および 2a1 割球でもリン酸化 MAP
産卵期(6 − 7 月)に水産総合研究センター増養
キナーゼのシグナルが検出されるようになり、この
殖研究所および広島県立水産海洋技術センターより
シグナルはすくなくとも原腸貫入が生じる(受精後
入手したマガキの成熟個体を用いた。人工授精は、
7 時間)までは維持されたが、それ以降の発生段階
卵巣から取り出した卵を 1μM セロトニン含海水に
では検出されなかった。
て処理し、成熟させたのち精子を添加しておこなっ
22
2D
MAP キナーゼシグナルの阻害実験の結果、貝殻、
た。受精卵は 22℃海水にて飼育し、適宜固定し実験
繊毛環、および筋肉の分化は確認された。遊泳方向
に用いた。
についても多くの個体が体の前方へと遊泳しており、
2.抗体染色と薬剤処理
前後/背腹軸は形成されていると思われる。しかし
リン酸化 MAP キナーゼの抗体染色には市販の抗
明確な消化管構造は確認されなかった。また筋肉も
体を用いた。MAP キナーゼシグナル経路の阻害には
繊維状に分化しているものの正常な配置ではなく 2
20μM U0126 含海水を飼育海水として用いた。受精
枚の殻をつなぎ合わせる閉殻筋が正常に形成されな
後 2 時間の胚をこの薬剤含海水に浸し、受精後 6 時
かったため、貝殻が背側に開いた状態で形成されて
間まで飼育したのち、胚を通常の海水に戻し受精後
おり、二枚貝特有の扁平な形態ではなくトロコフォ
かき研究所 ニュース No.30
ア幼生期のような球状の形態のままであった。
できるかもしれない。以上の成果を私は貴財団の研
二枚貝と姉妹群と考えられている腹足類ではリン
究助成によって挙げることができた。本成果は速や
酸化 MAP キナーゼは、およそ 32 細胞期において
かに学術誌において発表する予定であり、その際に
3D 割球で初めて発現するようになり、その後おそら
は貴財団からの支援をうけて研究を実施した旨を論
く 3D 割球との物理的接触を経て、他のいくつかの
文中に明記する。
割球においてリン酸化 MAP キナーゼの活性化が誘
起 さ れ る と 考 え ら れ て い る(Lambert and Nagy,
引用文献
2001)
。軟体動物と近縁な環形動物においても同様に、
Kurita, Y., Deguchi, R, and Wada, H. (2009) Early
3D 割球もしくはその娘細胞である 4d 割球において
development and cleavage pattern of the
リン酸化 MAP キナーゼが検出されるようになるこ
Japanese purple mussel, Septifer virgatus .
とが示されている(Lambert and Nagy, 2003)。この
Zoological Science, 26, 814-820
ことから軟体動物や環形動物を含む分類群であるら
Lambert, J. D., and Nagy, L. M. (2001) MAPK
せん卵割動物において、リン酸化 MAP キナーゼの
signaling by the D quadrant embryonic
発現様式は保存されていると考えられてきた
organizer of the mollusc Ilyanassa obsoleta.
(Lambert and Nagy, 2003)。しかしマガキにおいて
Development, 128, 45-56
は 3D 割球より先に 2d 割球でリン酸化 MAP キナー
Lambert, J. D., and Nagy, L. M. (2003) The MAPK
ゼが発現しており、このことは軟体動物内において
cascade in equally cleaving spiralian embryos.
リン酸化 MAP キナーゼの発現様式が多様化してい
Developmental biology, 263, 231-241
る可能性を示している。さらにマガキにおいてリン
酸化 MAP キナーゼの発現が検出された 2d 割球と
Lillie, F. R. (1895) The Embryology of the Unionidae.
J Morphology 10, 1‒100
1
3D 割球、および 2a 割球は胚内部で接しており、も
し か す る と 他 種 で 3D 割 球 が 担 っ て い る リ ン 酸 化
MAP キナーゼの活性化誘起の役割を二枚貝では 2d
割球が担うようになっているのかもしれない。
阻害剤による機能解析からは、他の軟体動物でみ
られるような軸や同部領域への重篤な影響は観察さ
れなかった。しかし筋肉の配置が乱れ、消化管の形
成が阻害されるなど、内部形態への異常がみられた。
3D 割 球 は 二 枚 貝 に お い て 原 口 貫 入 部 位 を 構 成 し
(Kurita et al., 2009)、また 2a 割球は筋肉の始原細胞
であると考えられている(Lillie, 1985)。これらの割
球はマガキではリン酸化 MAP キナーゼを発現する
割球であったことから、原口貫入や筋肉の正常な配
置といった形態形成にリン酸化 MAP キナーゼが関
与しているのかもしれない。以上のように、マガキ
では他の軟体動物や環形動物とは異なるリン酸化
MAP キナーゼの発現様式が確認された。また機能に
ついても何らかの相違が生じている可能性が示唆さ
れた。今後、より詳細な解析を進めることで軟体動
物におけるオーガナイザー機能の多様性を明らかに
23
Oyster Research Institute News No.30
平成 25 年度研究助成による研究報告
クロピンノの寄生によるケガキとオハグロガキの性表現への影響
奈良女子大学大学院人間文化研究科生物科学専攻 安岡法子
1.背景と目的
ロピンノの性を記録し、雌の場合は抱卵の有無も記
カクレガニ科 Pinnotheridae は十脚目に属するカ
録した。また、体サイズ(甲幅と甲長)を測定した。
ニ類の 1 グループで、これらの多くが他の無脊椎動
統計解析には JMP version 9(SAS Institute, Cary,
物に寄生することが知られている。アサリ Ruditapes
NC)を用いた。各種について全個体で体サイズ、採
philippinarum やマガキ Crassostrea gigas などの水
集した年月、
寄生の有無を独立変数、
性成熟の有無(生
産種にも寄生することが報告されており、貝の身入
殖細胞が観察できるかどうか)を従属変数としたロ
りとの関係などで産業面でも注目されている(小西
ジスティック回帰モデルを作成し、AIC が最小にな
1996)
。Saccostrea 属のカキは雄性先熟の傾向をもつ
るモデルを選択した。また、性比への影響を見るた
が、同時的雌雄同体も存在するなど多様な性表現を
めに性判別できた個体について体サイズ、採集した
もつことが分かっている(Asif 1979)。雄性先熟であ
年月、寄生の有無を独立変数、性を従属変数とした
るカキ類で身入りが悪くなれば性表現にも影響をも
ロジスティック回帰モデルを作成し、同様にモデル
つ可能性があるが、そのような研究例はほとんど知
選択を行った。寄生個体と非寄生個体の殻高と軟体
られていない。そこで本研究では、日本の岩礁海岸
部重量を比較するために、t 検定を行った。
に多く生息するケガキ Saccostrea kegaki とオハグロ
ガキ Saccostrea mordax の性表現について明らかに
3.結果および考察
し、クロピンノの寄生によるケガキとオハグロガキ
クロピンノの宿主となるケガキとオハグロガキは
の性表現と身入りの影響について明らかにすること
ほぼ同所的に生息しているが、ケガキの方が小型で
を目的とした。
ある
(図 1)
。採集した個体のうち、
ケガキでは約 8.3%、
オハグロガキでは約 5.0% の個体がクロピンノの寄生
2.材料および方法
24
を受けていた(表 1)
。
和歌山県西牟婁郡白浜町番所崎において、カキ類
統計解析の結果、ケガキでは性成熟に採集年月が
の繁殖期である夏季を中心にケガキとオハグロガキ
有意に影響した。オハグロガキでは、体サイズ、採
のサンプリングを行った。採集後研究室に持ち帰り、
集年月、寄生の有無が性成熟に有意に影響すること
体サイズ
(殻高)
をノギスで 0.1mm の精度で測定した。
が分かった(表 2)。採集年月が両種で有意に性成熟
殻を開けて寄生の有無を確認後、殻から身を取り出
に影響した原因としては、2013 年 10 月に採集した
してペーパータオルで2秒間水分を拭き取り、電子
個体で性判別できない個体が多かったためだと考え
天秤で軟体部重量を測定した。性判別は、生殖細胞
られる。性判別ができた個体のみを用いて解析を行っ
を検鏡して行った。精子が観察できた個体を雄、卵
た結果、ケガキでは殻高のみが性比に有意に影響し、
が観察できた個体を雌、両方が観察できなかった個
オハグロガキでは殻高と採集年月、寄生の有無が有
体を雌雄不明とした。性比は全成熟個体数(雌雄不
意に影響した(表 3)
。
明個体を除く)に対する雄の割合とした。クロピン
殻高と性比の関係を見てみると、オハグロガキで
ノ Pinnotheres boninensis が寄生していた場合はク
は殻高の増加に伴い雄の割合が減少した。よって雄
かき研究所 ニュース No.30
(a)
(b)
図 1.(a)2013 年 6 月 8 日に撮影したケガキと、(b)2013 年 6 月 9 日に撮影したオハグロガキの採集地(和歌山県白浜町番所崎)における写真。
バーは約 5cm を示す。
表 1.採集期間と採集個体数
採集期間
宿主の
個体数
クロピンノの
寄生率
2013 年 5 月・10 月
109
8.3%
382
5.0%
宿主
ケガキ
2012 年 6 月~ 10 月
オハグロガキ
2013 年 7 月~ 10 月
表 2.性成熟に影響する要因の最終モデル
表 3.性比に影響する要因の最終モデル
(a)ケガキ
要因
採集年月
(a)ケガキ
自由度
尤度比 x
1
2
56.27
P値
<0.001
(b)オハグロガキ
要因
要因
殻高
自由度
1
尤度比 x2
7.01
P値
0.008
(b)オハグロガキ
自由度
尤度比 x
2
P値
要因
自由度
尤度比 x2
P値
殻高
1
52.74
<0.001
殻高
1
22.89
<0.001
採集年月
8
128.00
<0.001
採集年月
8
26.11
0.001
寄生の有無
1
13.89
0.001
寄生の有無
1
5.23
0.022
性先熟であるといえる。しかし、ケガキでは雄性先
一方、ケガキは寄生個体と非寄生個体の殻高を比
熟の傾向が見られなかった。その理由としては、デー
、寄生され
較しても有意差がなく(P =0.12、t 検定)
タ数の不足が考えられる。
ていても軟体部重量に影響がなかった(P =0.13、t 検
オハグロガキでは寄生個体と非寄生個体の殻高の
定)
。オハグロガキのような影響は見られなかった。
間に有意差はなかったが(P =0.83、t 検定)、軟体部
この原因としては、ケガキでのデータ数の不足か、
重量は寄生個体が有意に小さかった(P =0.04*、t 検
宿主間での寄生の影響が異なる可能性が考えられる。
定)
。また、寄生されたオハグロガキは生殖細胞が観
なお、カキ類の成長率がカクレガニの寄生によっ
察できないか雄個体ばかりであった。つまり、オハ
て影響を受けるかどうかも考察するために 5 月から
グロガキは寄生により性成熟と身入りに影響が出て
10 月の約 5 か月間の成長を追ったが、どの個体もあ
おり、寄生により身入りが悪くなり性成熟も遅れた
ま り 成 長 が 見 ら れ な か っ た。 ケ ガ キ の 殻 高 5.0 −
のではないかと考えられる。
15.00mm 級群では 1 年に 5mm、オハグロガキの殻高
25
Oyster Research Institute News No.30
5.0 − 40.0mm 級群では 1 年に 5 ~ 10mm の成長をす
(b)− 2
ることが知られている(Ohgaki 2013)。しかし、繁
殖期である夏季には成長が鈍ると考えられるため、
成長率と寄生の影響を考察するためには成長の年次
変化を追う必要がある。
また、寄生者であるクロピンノは宿主の外套膜に
寄生している。寄生生活に適応したためか、甲羅が
柔らかく歩脚も細めで歩行にはほとんど役立ってい
ないようである(図 2)
。クロピンノの生活史はまだ
明らかになっておらず、雄個体の記載もなされてい
ない。寄生によるカキ類への影響をより詳細に調査
するためには、今後はクロピンノの生態(いつ宿主
図 2.(a)2013 年 10 月 24 日に奈良女子大学で解剖したケガキと、
(b)そのケガキに寄生していたクロピンノの写真。バーは約 1cm
を示す。
に侵入して、どのように繁殖しているのかなど)も
明らかにしていく必要があると考えられる。
4.参考文献
Asif, M. (1979). Hermaphroditism and sex reversal
(a)
in the four common oviparous species of
oysters from the coast of Karachi.
Hydrobiologia, 66 (1), 49-55.
小 西 光 一 .(1996). カ ク レ ガ ニ 類 の 最 近 の 話 題 .
Cancer, (5), 15-21.
Ohgaki, S. (2013) Population ecology of a tropical
oyster Saccostrea cucullata near the northern
limit of its range and its temperate congener
Saccostrea kegaki during 20 Years. Venus 71:
81-95
(b)
−1
26
かき研究所 ニュース No.30
9 年ぶりの中国青島訪問
理事長 森 勝義
はじめに
2014 年 4 月 24 日~ 29 日、中国山東省の青島市を 9
年ぶりに訪問した。今回は中国海洋大学水産学院長の
李琪教授(Prof. Qi Li)からの招待によるもので、その
主目的は“International Workshop on Sustainability,
Biodiversity and Conservation of Marine Molluscs”
という学術集会で Keynote Speaker を務めることで
あった。さらに、この集会後に行われた山東半島先
写真 2
端部の威海市行政区内の Rongcheng という市(栄成
市)にある貝類養殖施設の見学及び青島市内観光等
大学へはそれほど時間がかからないはずだが、孔さ
も併せて報告する。
んはわざわざ迂回して新しい高層ビルが立ち並ぶ地
区を通ってくれた。昔と違って、行き交う車のグレー
ドや数も日本の大都会と何ら遜色がなくなり、交通
様変わりした青島市街
標識・信号もしっかり整備され、交通マナーもかな
24 日(木)
、12 時 45 分、久しぶりに青島流亭国際
り改善しているようだった。いずれにせよ、前回の
空港に降り立った。出迎えてくれたのは、李教授の
訪問時と比べると、街の発展ぶりは目を見張るばか
研究室の孔令鋒副教授(Assoc. Prof. Lingfeng Kong)
りだった。また、特に注目されたことは、今まで青
である。孔さんは儒教の祖、孔子の 75 代目の子孫に
島市内になかった地下鉄の建設が進行中であり、そ
あたるとのこと。名に付けられた「令」が 75 代目で
の工事現場を通る際に多少の渋滞が見られたものの、
あることを示すそうである。さすがに歴史を重んじ
車は順調に走り、やがて市南区魚山路の中国海洋大
る中国だと筆者は感じ入った。
学水産学院に到着した。
空港の外に出てまず驚いたのは、駐車中の車の大
半がまだ新車同様で、しかも比較的高級なものが多
いことだった(写真1、2)
。直接向かえば中国海洋
中国海洋大学水産学院を表敬訪問
李教授には昨年 12 月にベトナムで開催の IOS5 で
会ったばかりだったが、学院長室での彼にはやはり
その役職から来る貫禄が醸し出されていた(写真 3)
。
彼は、筆者が教授をしていた東北大学農学研究科の
博士課程を修了しており、いわば筆者の直弟子の 1
人である。したがって、彼の出世ぶりが筆者にとっ
て嬉しく、特別な感慨を覚えながら話が弾んだ。
研究室のスタッフは、李教授を含めて 3 人だが、
写真 1
学生等を加えると総数は 45 名に上る(写真 4)
。修
士課程の学生が大半とのことだったが、それにして
27
Oyster Research Institute News No.30
表1
International Workshop on Sustainability,
Biodiversity and Conservation of Marine Molluscs
Attendee Guide
1. Schedule
Apr.24.2014
Apr.25.2014
Apr.26.2014
写真 3
Apr.27.2014
Apr. 28.2014
Apr. 29.2014
Registration and Welcome dinner in Huanghai Hotel (6:00pm)
Oral Presentations and Conference dinner
7:30-11:30am Qingdao-Weihai
12:00pm
Lunch in Mashan Group Company
13:00pm
Visiting Swan Lake
2:30-5:30pm Visiting Sunshan Fisheries Company
6:00
Dinner
8:00-12:00
Return back from Weihai
Free time in the afternoon
Visiting International Horticultural Exposition 2014 Qingdao
or
Visiting Marine Biological Museum, Chinese Academy of Sciences
Farewell Dinner in Qingdao Beer Street
Return
2. Agenda for Academic Exchange
Program of International Workshop on Sustainability, Biodiversity and
Conservation of Marine Molluscs 2014
写真 4
も研究指導には相当の時間が割かれることは想像に
難くない。就職状況について尋ねると、求人は毎年
結構あるので、業種や待遇等の条件を選り好みしな
ければ、就職それ自体には苦労しないとのことだった。
研究室には遺伝育種学的研究に必要な機器類が並
んでいたが、特に筆者の目に留まったのは、サンプ
リングしてきた標本の保管スペースが広く取ってあ
ることだった。研究費は東北大学の研究室より潤沢
に使えると、李教授は胸を張っていたのが印象的だっ
た。そして、特に優秀な院生は毎年のように米国の
大学の博士課程へ留学させているとのことだった。
李教授が東北大学の門を叩いた頃と異なり、現在の
中国では日本への留学希望者は激減しているようで
あった。
国際ワークショップに出席して
訪問 2 日目、大学構内にある学術交流センターで、
海産軟体動物に関する国際ワークショップが開かれ
た。そのプログラムは表 1 の通りである。講演題目は、
カキなどの貝類と、タコなどの頭足類の 2 つのグルー
28
Morning, April 25
Qingdao Hall of Academic Exchange Center (AEC)
Opening ceremony, Prof/Dr. Shuanglin Dong, Vice head of OUC
8:30-8:45
8:45-9:15
Katsuyoshi Mori C u l t u r a l S t a t e a n d P e r s p e c t i v e o f t h e
Cosmopolitan Miyagi Oysters Crassostrea gigas
9:15-9:45
Chung-Cheng Lu Current status of cephalopod systematics in Taiwan
9:45-10:00 Group photo-taking, main gate of AEC
10:15-10:40 Qi Li
Genetics and Breeding of the Pacific oyster in China
10:40-11:05 Joong-Ki Park High genetic variability in Korean Thais
populations (Muricidae) revealed by DNA
barcoding analysis: molecular evidence for longdistance dispersal events
11:05-11:30 Mark Norman Identifying the world's octopus species of
commercial importance
11:30-11:55 Tsung-Han Lee Diversified responses to cold stress in
euryhaline milkfish upon salinity challenge
11:55
lunch, at Dining Hall of AEC
Afternoon, April 25, Qingdao Hall of AEC
13:30-13:55 Kwen-Shen Lee Deep sea molluscan fauna of Taiwan
13:55-14:20 Jan Strugnell Unraveling evolutionary relationships in the most
charismatic* invertebrate group: the cephalopods
14:20-14:45 Xiangzhi Lin Large scale breeding of Octopus vulgaris in the
coastal pond of China
14:45-15:10 Chuan-Wen Ho Molecular data reveal cryptic species in
cephalopods, the case of Octopus and
Doratosepion
15:10-15:35 Xiaodong Zheng Genetic diversity and culture of cephalopods in China
15:35-16:00 Tea Break
16:00-16:15 Michael Amor Untangling the Octopus vulgaris species
complex using a combined genomic and
morphological approach
16:15-16:30 June Jitima The situation of Cephalopod in Thailand
nowadays, especially pygmy squid
16:30-16:45 Xiaoxiao Zhong Development and application of SNP markers in
the Pacific oyster using high-resolution melting
analysis
16:45-17:00 Xuelin Zhao Comparative transcriptome analysis of two
oysters, Crassostrea gigas and C.hongkongensis
provides insights into adaptation to hypoosmotic conditions
17:00-17:15 Qun Jiang
Genome-wide analysis of SSR in marine animals
17:15-17:30 Gen Dong
The gonad development process and seasonal
changes of Octopus ocellatus Gray,1849
located in the coast of Qingdao
18:00
Dinner, at Dining Hall of AEC
かき研究所 ニュース No.30
プに分かれている。これらの大部分が遺伝育種学に
向かった。参加者は、
日本(2 名)
、
オーストラリア(3
関するもので、残りは筆者による「コスモポリタン
名)、台湾(3 名)
、タイ(1 名)からの 9 名と案内役
、Dr.
宮城ガキ Crassostrea gigas の養殖と将来展望」
の中国海洋大学水産学院の于瑞海教授と鄭小東教授
Prof. Lin Xiangzhi(中国国家海洋局第三海洋研究所)
の 2 名だった(写真7)。この写真は昼食後に訪れた
による「中国沿岸の池におけるマダコの大規模養殖」
等だった。このワークショップで印象深かったのは、
講演した中国海洋大学の大学院生達の表現能力の高
さだった。彼ら/彼女らは全員、メモ等を一切見ず
にスライドだけを使って流暢な英語で要領良く話を
進めたのだ。質疑応答での彼ら/彼女らの受け答え
を聞きながら、日本の大学院生達の現状を憂えるば
かりだった。
写真 5 は学術交流センターの玄関前で撮影された
参加者全員の集合写真である。写真 6 は講演会場と
写真 7
なった会議室で撮影されたもので、講演者主体の集
天鵝湖(英語では Swan Lake)の海岸で撮影された
合写真である。
ものである。服装が示しているようにまだ寒さが残っ
ていたが、ハクチョウはもはや北へ移動した後で、
観光客は我々一行だけだった。既に事前手配がなさ
れていたらしく、筆者のために地元で養殖されてい
るカキが用意されてあった(写真 8)。そして、これ
写真 5
写真 8
らのカキの種名を聞かれたので、「一部にシワ(皺)
ガキ Crassostrea plicatula が混じっているが、大部
分はマガキ C. gigas だろう」と答えておいた。
写真 6
午 後 2 時 半 過 ぎ か ら 約 2 時 間、Rongcheng 市 の
Xunshan Group という有限公司を訪問した。まず、
我々は屋内のアワビ稚貝育成施設の 1 つに案内され
アワビの大規模養殖施設に驚嘆
た(写真 9、10)
。その規模の大きさに驚いていると、
同規模の施設が複数の別棟に分散してあるとのこと。
26 日(土)
、7 時半に我々を乗せた小型バスはホテ
全体としてどれほどの稚貝生産量になるのだろう
ルを出発して山東半島北東の先端部にある威海市に
か?質問してみたが、要領を得ない答えしか返って
29
Oyster Research Institute News No.30
す限り、無数のボンデン(浮き玉)だらけで実に壮
観であった(写真 12、13)。彼の説明によると、こ
写真 9
写真 11
写真 10
こなかった。
育成技術の説明を聞きつつ、現在は宮城県気仙沼
写真 12
市に編入されている唐桑町舞根にあった財団法人か
き研究所の海上アワビ稚貝育成施設を思い出してい
た。かき研究所は主にこの海上施設を利用して、昭
和 39 年(1964 年)には 200 万個のアワビ種苗を生
産し、多くの関係者に注目された。そして、翌年か
ら昭和 41 年にかけて、毎年 1,000 名を超える国内・
国外からの研究者が同研究所を訪れた。昭和 42 年か
らはさらに来訪者は増加し、46 年と 47 年には 2,000
名を超えるまでになった。これらの中には、長期滞
写真 13
在者も数多く見られた。このようにして、かき研究
所のアワビ人工種苗生産技術は日本のみならず、世
れらのボンデンの下には夥しい数のネットケージが
界各地へ広まったのである。筆者が今まさに中国で
垂下されており、それらの中には、陸上の屋内育成
視察中のアワビ育成技術の基盤もまた、元を辿れば
施設である程度の大きさに育ったアワビと、それら
かき研究所由来のものなのだ。そう思うと、現在そ
の 餌 料 と な る 海 藻 類 が 収 容 さ れ て い る と の こ と。
の理事長を務める筆者の感慨は一入だった。
Xunshan Group が陸上と海域の両方にこれほど大規
写真 11 はアワビ母貝の蓄養室であり、同行の于瑞
30
模な施設を持つことに驚嘆している筆者に対して、
海教授(左から 2 人目)はここでも技術指導を行なっ
彼は「この程度の規模は中国ではそれほど驚くに値
ているとのことだった。この後、彼は一行を屋外へ
せず、もっと大きいものが幾つもある」と胸を張っ
と誘い、眼前に広がる海原を指差した。そこは見渡
ていた。海原に浮かぶ無数のボンデンを見下ろせる
かき研究所 ニュース No.30
場所に、大きな看板が立っており(写真 14)、それ
に進出しているそうである。
我々一行は、現地に 1 泊し、翌日昼過ぎに青島に
戻った。
世界最長(?)の青島膠州湾大橋を渡る
帰国前日の 28 日(月)
、
午前中は孔准教授の案内で、
たまたま青島市内で開催中の「2014 世界園芸博覧会」
を見学後、日本のイオンのショッピングモールに寄っ
写真 14
た。休日でもないのに、客は結構入っている。1階
にはスケートリンクもあり、子供が2人だけで滑っ
によると、これらの施設は中国科学院海洋研究所、
ており、それを大人達が見守っていた。その2階に、
中国海洋大学、中国水産科学院の試験・研究基地に
日本語でラーメンと書かれた看板の店があり、そこ
なっているとのことだった。
で昼食をとりながら、筆者はあることに思いを巡ら
屋内の育成施設を見学し、海に展開する養殖場を
せていた。このイオンショッピングモールにも被害
俯瞰した後、我々は敷地内にある国家海産貝類工程
が及んだかどうかは知らないが、2012 年 9 月、日本
技術研究中心という建物(写真 15)に案内された。
政府による尖閣諸島の国有化に反発して起きた反日
デモで青島市内の同じイオンのジャスコ黄島店が大
きな被害を受けたというニュースを繰り返し見てい
たからである。
昼食後、李教授の案内で膠州湾海底トンネルを通っ
て、青島市区の対岸の黄島区にある青島金烏賊研究
所(写真 16)を訪問した。この研究所はトンネルの
写真 15
Xunshan Group が各研究機関に使用してもらうため
に設置したもので、微生物実験室等、幾つかの室が
並んでいた。
最 後 に 手 渡 さ れ た 企 業 パ ン フ レ ッ ト に よ れ ば、
Xunshan Group は 3,000 名のスタッフを抱え、1,200ha
の敷地と 3,200 万㎡の海面を有している。その海面の
3 分の 1 が養殖のために使用されている。なお、陸
上の種苗生産・育成施設は計 6 万㎥にも及ぶ。この
写真 16
ような海面と陸上施設を使い、アワビ、ナマコ、ホ
タテガイ、カキ、コンブ、カレイ・ヒラメ等を養殖
出口近くにあり、イカ、シタヒラメ、ナマコ、クラ
しているとのことだった。この企業は、以上のよう
ゲ等の種苗生産を行っている企業に属している。こ
な養殖事業の他に、海洋食品加工業、海藻科学工業、
の企業の薛祝家総経理(社長)が研究所長を兼ねて
動物薬製造、鍛造、貿易、海運業等、20 以上の分野
おり、
彼の案内でシタヒラメ(写真 17)やナマコ(写
31
Oyster Research Institute News No.30
写真 17
写真 19
写真 18
写真 20
真 18)等の育成水槽を見学した。筆者にとって興味
深かったのは、飼育水の温度調節用ボイラーに現在
の日本では滅多に見ることがない石炭が使われてい
ることだった(写真 19、20)。
黄島区は新しく開発された地区で、人口増加が著
しくマンション建設ラッシュがまだ継続中の様子
だった(写真 21)
。水泳シーズン到来にはまだ間が
あるこの 4 月末にも拘らず、マンション群の前に広
がる砂浜には大勢の若者が遊びに来ていた。日本で
写真 21
は見られない光景だが、大きな円筒状の浮きに 2 人
位ずつ入って浅瀬の波乗りに興じていた(写真 22)
。
帰路には、2011 年 6 月 30 日に開通したばかりの
青島膠州湾大橋という非常に長い海上橋を渡ること
になった。これは、筆者にとって初体験であり、子
供のように興奮してしまった。そして、
「よくぞ中国
は海上にこのような長い橋を架けたものだ」としき
りに感心する自分がいた。現地での情報によれば、
ギネスブックに「41.58㎞の世界最長の水上橋」とし
32
写真 22
かき研究所 ニュース No.30
て登録されているとのことだったので、筆者は海上
に架かる部分だけで 40㎞以上の長さがあると思い込
み、たわいなく感激していたのだった。しかし、実
際の海上部分は 25.9㎞しかなく、これに陸路の高架
道路の長さと、さらに我々が往路に使った海底トン
ネルの長さを加えて、合計 41.58㎞になるのだという
ことを、
帰国後にウイキペディア等で知った。つまり、
この橋が持つ世界記録は、筆者の思い込みとは異な
り、一続きの構造物に対してではなかったのだ。そ
れでも、20 数㎞の海上をドライブした時の爽快感は
いつまでも忘れることはないだろう。
ちなみに、現在のところ、一続きの世界最長の海
上橋として登録されている橋は、米国ルイジアナ州
のポンチャートレイン湖の中央を南北 38.44㎞にわ
たって縦断するコーズウェイ橋であるという。
終わりに
久し振りに訪問した青島は高層ビルや高級車が増
え、地下鉄工事が始まるなど、9 年前とは様変わり
していた。加えて、中国海洋大学の教官・院生の表
情に余裕が感じられるようになっていた。その最大
の要因は中国経済が著しい発展を遂げ、その恩恵が
いろいろな形で大学にも及んで来ているということ
だろう。
今回の中国青島訪問の機会を与えてくれた李琪教
授は、世界かき学会中国支部長でもあり、近い将来、
同学会主催の国際かきシンポジウムをこの青島で開
催したいと折に触れて表明している。今回の訪問に
よって、その可能性が十分あり、実現できれば成功
間違いないことを学会会長として確信できたことは
筆者にとって大きな収穫であった。
滞在中、いろいろとお世話して頂いた李教授はじ
め大学のスタッフの方々に深謝申し上げます。
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Oyster Research Institute News No.30
平成 27 年度事業計画
事業運営方針
1.世界かき学会5支部体制は3年目に入る。各支
部長とさらなる連携を図り、支部活動を軌道に
乗せるために支部連携の仕組みづくりを模索する。
運営モデルになることを期待し、支援協力する。
さらに、各支部長と緊密な情報交換と必要な助
言・提言を行い、全支部の運営が揃って軌道に
乗るよう推進する。
(2)第 6 回国際かきシンポジウム(IOS6)の開催
2.本年 10 月米国で開催する第 6 回国際かきシンポ
IOS6 は 10 月 21 日から 3 日間の会期で米国マ
ジウムの準備作業と並行して 2 年後英国で開催
サチューセッツ州ケープコッドにおいて開催さ
するシンポジウムの計画調整に着手する。これ
れる。既に昨年 10 月森会長が渡米、アメリカ支
ら 2 つのシンポジウム開催及び調整を通じて学
部長と共に関係先を訪問して協力要請するとと
術集会としての国際的な評価と地位を確かなも
もに、現地実行委員会を編成し米国内への告知
のにする。
活動を行っている。
3.国内では地域かきフォーラム事業やカキの研究
今後開催に向けて本部として基調講演者の選
に対する研究助成事業を通じて国内かき産業の
定、セッション・ポスター発表者及びトレード
振興を支援する。
ショー出展者への助言、会期中に開催する運営
4.研究事業は前年度の課題を継続し、引き続き東
北大学と共同研究を進める。
委員会の議案調整などを行う。また、日本支部
と連携して国内からの参加呼びかけを並行して
行う。過去 5 回のシンポジウム開催経験とノウ
実施事業
1.世界かき学会(WOS)の運営
(1)世界かき学会5支部の活動支援
5 支部はそれぞれ支部方針を発表し活動を開
ハウを活かして現地実行委員会の準備進捗状況
をチェックし、必要に応じて助言するなど万全
の対応で臨む。
(3)第 7 回国際かきシンポジウム(IOS7)開催に
向けた調整
始しているが、取組みには支部間格差が認めら
昨年 9 月ヨーロッパ・アフリカ支部長は 2017
れる。取組みの進んでいる支部として、日本支
年の第 7 回国際かきシンポジウムのヨーロッパ
部では事務局の設置、ホームページの開設、支
開催を強く希望し、森会長は有力開催候補国で
部役員の委嘱などの準備が進んでいる。アメリ
あった中国との調整の結果、英国での開催が決
カ支部では国際かきシンポジウム開催を最重要
定した。会長は支部長ら関係者と開催場所及び
課題に掲げて支部長を中心に作業が進んでおり、
時期等を検討するため渡英する。
これを足掛かりにして組織づくりを目指してい
英国における IOS7 開催をもって 5 支部それぞ
る。アジア・オセアニア支部では支部長から会
れのエリア内でシンポジウムが開催されること
員向けニューレターが発信され、会員間のコミュ
になり、学会設立当初からの大きな目標の一つ
ニケーション促進と会員のニーズ探索を行って
が達成される。
いる。取組みの遅れている支部では支部長とし
て活動に割ける時間、スタッフや必要経費の確
保がネックになっていると思われる。
本部としては日本支部における取組みが支部
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2.かき地域フォーラムの開催
本事業は国内のかき生産地で開催し、地域市民へ
のかき食文化の普及啓蒙、かき生産者 ・ 流通業者と
かき研究所 ニュース No.30
消費者の交流、さらに地産地消の促進などを目的と
する地域密着型のフォーラムである。既に赤穂市、
佐渡市、舞鶴市、唐津市で開催してきた。
第 5 回目となる本年度の開催地について昨年度よ
のある方法は現在見つかっていない。
そこで本事業では、「カキにノロウイルスを取り込
ませない」方法を検討する。具体的には、ノロウイ
ルスがカキの鰓上皮細胞、消化管上皮細胞の表面糖
り宮城県漁業協同組合と検討を進めてきた結果、気
鎖を特異的に認識して結合している可能性をふまえ、
仙沼市で開催することが決定している。気仙沼市で
糖結合タンパクであるレクチンの性質を利用して、
の開催計画は東日本大震災により立ち消え、その後
この結合を阻害するカキ自身のレクチンや植物レク
4 年間計画を凍結し、復興状況を見守ってきた経緯
チンを中心に、効率よく上皮細胞に結合するレクチ
がある。
ンを探索する。
今回のフォーラム計画にあたり現地関係諸団体の
本事業は当財団がこれまで実施してきた事業を発
協力を得ながら生産者・消費者のニーズを把握し、
展的に継続、応用展開するもので東北大学との共同
これに対応し時宜を得た有効なフォーラムを目指す。
研究として進める。
3.かきに関する研究を行う大学等の若手研究者に
5.カキなど二枚貝の特性を生かした環境評価法に
対する研究助成
関する研究
本事業はかきに関する研究を行う大学や研究機関
海洋環境、特に沿岸環境の汚染は沿岸生物の個体
等の若手研究者個人又はチームに対して研究助成を
数の減少や遺伝的多様性の喪失をもたらし、ひいて
行い、かきに関する研究促進と持続的展開を目的と
は水産資源にも大きな影響をおよぼす問題である。
している。
さらに言えば、沿岸環境の保全は、周辺で生活する
公募案内は、日本水産学会、日本動物学会、日本
人間にとっても重要な課題である。近年、環境評価
生態学会のホームページに掲載依頼を行うとともに
の新たな取り組みとして、そこに生息する生物を指
国内 19 の大学へ直接案内するなど広範囲に告知する。
標とし、生物が持つ因子の中で環境の変化に対し鋭
本年度の助成件数・金額は昨年度と同様に 3 件、1
敏な反応を示すものをバイオマーカーとして導入す
件につき 30 万円とし下記のスケジュールで実施する。
ることは必須になってきている。生理生態特性を考
公募要領の告知:9 月初旬
えると最適の指標生物であるマガキを対象として、
公
昨年度から本格的に開始したマガキ血球遺伝子の網
募
締
切:11 月末
審査結果の発表:2 月中旬
羅的発現解析法の適用をさらに進める。マガキの環
助 成 金 交 付:4 月初旬
境ストレス応答遺伝子の発現動態を解析し、マーカー
に適した遺伝子とそれがコードするタンパクを決定
4.ノロウイルスフリーカキの生産法確立および養
殖カキ品質向上のための研究
2006 年に起こったノロウイルス胃腸炎の大流行と
それに伴って発生したカキに対する風評被害以来、
することで新しくかつ有効な環境評価法を確立する。
本事業は当財団がこれまで東北大学との共同研究
として実施してきた事業を発展的に継続、応用展開
するものである。
「ノロウイルス胃腸炎の原因食品=カキ」のイメージ
が一般消費者に定着している。そのため他の原因で
あっても、ノロウイルス胃腸炎の大きな流行が起こ
るとカキの生産や販売は大きな打撃を受ける事態と
なっている。この事態を打破する方策として、ノロ
ウイルスフリーのカキの生産が必要であるが、残念
ながらカキ体内からノロウイルスを除去する実効性
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シリーズ「世界のかき養殖場」アメリカ東海岸
ダックスベリー湾
ケープコッド湾東デニス
ダックスベリー湾の養殖施設
(ケープコッド湾内の入江)
稚貝は6mm程になると育成カゴに移される
回転式研磨装置で均質で丈夫なカキに育てる
空から見たケープコッド湾 クイベット川河口に広がる養殖場
(東デニス) 3mの干満差があり、干潮時には砂底が現れる
写真提供:Pangea Shellfish Company / East Dennis Oyster Farm / Big Rock Oyster Company
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かき研究所ニュース
Oyster Research Institute News No.30 2015.3
平成27年3月31日
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