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評価・IRに関する技術・手法情報誌
大学評価とIR
第2号
Journal of Institutional Research and University Evaluation
○ 事例報告
オレゴン大学(関隆宏)、鳥取大学(大野賢一・森藤郁美・細井由彦)
○ 論説
米国の IR オフィスのミッション(藤原宏司)、
IR オフィス立ち上げの Q&A(嶌田敏行・大野賢一・末次剛健志・藤原宏司)
大学評価コンソーシアム
平成27年(2015年)5月
もくじ
第 2 号(平成 27 年 5 月)
■ 事例報告
オレゴン大学 IR オフィス訪問記・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3
関
隆宏(新潟大学経営戦略本部評価センター(IR 推進室兼務)准教授)
法人評価業務における鳥取大学の取組・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9
大野 賢一(鳥取大学 大学評価室 室員(准教授))
森藤 郁美(鳥取大学 農学部庶務係 係長(総務企画部企画課評価係:平成 23 年 4 月~平成 27 年 3 月))
細井 由彦(鳥取大学 大学評価室 室長(理事(企画・評価担当、広報担当)・副学長)))
■ 論説
政策立案・計画策定における米国 IR 室の役割・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 17
藤原 宏司(ミネソタ州立大学機構 ベミジ州立大学・ノースウェスト技術短期大学 IR 室 リサーチアナリスト)
IR オフィスを運用する際の留意点に関する考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 27
嶌田 敏行(茨城大学 大学戦略・IR 室 室員(准教授))
大野 賢一(鳥取大学 大学評価室 室員(准教授))
末次 剛健志(国立大学法人佐賀大学・総務部企画評価課係長(IR 主担当))
藤原 宏司(ミネソタ州立大学機構 ベミジ州立大学・ノースウェスト技術短期大学 IR 室 リサーチアナリスト)
■ 編集者について/編集後記・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 37
表紙:立命館大学 大阪いばらきキャンパス
2
情報誌「大学評価と IR」第 2 号
[大学評価コンソーシアム]
平成 27 年(2015 年)5 月
オレゴン大学 IR オフィス訪問記
関
隆宏 1
概要:新潟大学では 2014 年 10 月に「IR 推進室」を設置した。最近では IR に関する日本語
文献も多く見られるが、米国での事例を実際に見聞きすべく、新潟大学と大学間交流協定を
締結しているオレゴン大学の IR オフィスを 2015 年1月に訪問した。同大学の IR オフィスの
組織や業務の実情について報告する。
キーワード:IR(インスティテューショナル・リサーチ)、IR オフィス、IR オフィスの業務
1. はじめに
新潟大学では、学長の意思決定に資するエビデンス創出を目的として、2014 年 10 月に
「IR 推進室」を設立した。2015 年3月現在、室員は兼務教員3名(入学センター准教授
1名、評価センター准教授2名)、事務担当は総務部企画課である。最近では、IR に関す
る日本語文献(ハワード編/大学評価・学位授与機構 IR 研究会訳(2012)、情報誌『大学
評価と IR』など)、団体や催し物(大学評価コンソーシアム、大学 IR コンソーシアム、九
州地区大学 IR 機構、EMIR 勉強会など)も多くあり、そこで得られた IR に係る知見や先
行事例を参考に、IR 推進室の取組を進めている。
IR 推進室における今後の活動の参考にするため、IR 先進国である米国の IR オフィスの
実態を確かめるべく、新潟大学と大学間交流協定を締結しているオレゴン大学(University
of Oregon)の IR オフィス(Office of Institutional Research)への訪問調査を 2015 年1
月に実施した。オレゴン大学は、1876 年に設立された、オレゴン州ユージーン市に本拠を
置く、オレゴン大学システム(Oregon University System)を構成する州立の総合研究大
学である。リベラル・アーツ系学部を中心に、文系学部、理工系学部、芸術系学部、大学
院や専門職大学院もある。
「オレゴン大学スナップショット 2014」によると、2013 年の秋
学期は、学生 24,548 人、教員 2,031 人が在籍している(ヘッドカウントの人数であり、
パートタイム学生や客員教員も含まれる)。
この訪問調査では、IR オフィスの組織や業務に関する基本的な考え方を学ぶことを主眼
にインタビューを行った。なお、本訪問調査の背景を理解した上で回答いただけるように、
インタビューに先立って、日本の高等教育政策の動向、日本の大学及び新潟大学における
IR の現状を説明した。
本稿では、オレゴン大学 IR オフィス(以下、
「IR オフィス」はこの意味で用いる)の組
織や業務の実情について、インタビューでの回答を中心に、事前及び事後調査の内容を加
味して述べる。最後に、この調査から得られた、日本で IR 組織を設置する際の示唆につ
いて述べる。
1
新潟大学経営戦略本部評価センター(IR 推進室兼務)准教授
3
メール:[email protected]
情報誌「大学評価と IR」第 2 号(2015)
2.IR オフィスの概要
2.1.目的と役割
IR オフィスの目的は表1のとおりである。図1は、IR オフィスの位置づけや機能の概
略をまとめたものである。オレゴン大学内で、IR オフィスは、大学執行部からも各組織か
らも独立して位置づけられており、各組織が有するデータを集約し、大学執行部・部局執
行部、各組織と相互に連携しながらデータ分析等の業務を行っている(詳細は3.2.参
照)。
表1
オレゴン大学 IR オフィスの目的(同オフィスの旧ウェブサイトの記載を筆者訳)
(1)
高品質のデータ、情報、分析サービスを提供する。
(2)
IR オフィス利用者のニーズを予想し、その期待を超えるサービスを提供する。
(3)
IR 及びアセスメントに係るデータとその分析結果を大学コミュニティの各部門・部
署に提供する。
(4)
他の部門と独立あるいは協力して、学生の学修や学生の行動を含めた、他のアセスメ
ント・プログラムを組織的にまとめ、管理する。
(5)
アセスメントの分析結果を管理部門、学部等、学生支援サービスを用意するオフィス
に提供する。
(6)
機関データの収集・分析事項を、他大学のオフィス、部門及び個人へのコンサルタン
トに役立てる。
IRオフィスの機能
<学内> <学外>
President
意思決定
Administrative や Academic の長
データリクエスト
データ分析と
情報への翻訳
データ分析
IR オフィス
各組織
州や外部から
の各種調査,
アセスメント
レポーティング
データ
図1
オレゴン大学 IR オフィスの機能
4
関 隆宏「オレゴン大学 IR オフィス訪問記」
IR オフィスには、次の①~③の役割がある。
①
データの司令塔
大学に関するデータリクエストは IR オフィスに集まり、IR オフィスはリクエストのあ
ったデータがどの組織にあるか明らかにする。該当組織が回答するか、IR オフィスが該当
組織のデータを取りまとめて回答するかは、ケース・バイ・ケースである。
②
データ・レポーティング・システム
IR オフィスは、副学長(Vice president)や学部等の長(Dean)等からの求めに応じて、
データ分析を行い、意思決定に資するレポートを作成する。また、各組織からの求めに応
じて、IR オフィスと当該組織とが連携してデータを分析し、その結果をレポートとしてま
とめる。さらに、州政府等の各種調査やアセスメントに関する報告業務も行っている。
③
データ分析のエキスパート
IR オフィスの業務は、データ分析やそれに基づくレポーティングに特化している。なお、
IR オフィスは、大学内のデータ収集やデータベース管理を行わない(前者は各組織が、後
者は別の部署がそれぞれ担当している)。また、IR オフィスは、他の大学と同様に、デー
タを通じた意思決定支援を行うが、意思決定そのものには関わらない。
2.2.スタッフ
IR オフィスには5人のスタッフがおり、全員が administrative staff(日本でこれに相
当する職種がないので英語で表記したが、教員でも事務職員でもなく、
「高度専門職」がイ
メージ的に近い)である。特に、IR オフィスはデータ分析を中心業務とすることから、ス
タッフには、各自の学問的専門性と業務専門性の両方のスキルが強く求められている。実
際、スタッフは、博士(1人)、修士(3人)、学士(1人)の学位を有し、各人が、政治
学、発達心理学、公共政策学、社会学、経営管理学といった異なる学問的バックグラウン
ドを持っている。なお、オレゴン大学出身者は1人だけである。また、米国大学の IR 人
材育成プログラムの履修や、米国 IR 協会(Association for Institutional Research)への
参加を通じて職能開発を行っている。
3.IR オフィスの業務
3.1.中核となる業務
IR オフィスは、①全学レベルの企画立案に資する概念的及び分析的な土台を提供するた
めの「計画立案と分析に係る調査研究」、②教授負担、科目登録者数、給与の分析など、教
職員の問題についてのさまざまな調査研究を提供する「教職員とスタッフに係る調査研究」、
③履修登録パターンや傾向、リテンションや卒業の分析など、学生支援プログラムに対す
る分析的な土台を提供するための「学生に係る調査研究」、の3つを業務の中核に置いてい
る。
3.2.業務の実態
IR オフィスでは、共通データセット(Common Data Set:全米的な共通フォーマット
による大学の基本情報に関するデータ集)、IPEDS(全米の高等教育機関を対象とする包
5
情報誌「大学評価と IR」第 2 号(2015)
括的なデータベースシステム)など、州政府等への報告義務が求められるデータを含め、
外部に提出する報告書等については、担当者を1人決めて作成し、提出する。また、学内
データベースのスナップショットを定期的に取得、アーカイブし、それを基にデータの分
析を行い、簡易版ファクトブックである「オレゴン大学スナップショット」
(UO Snapshot)
としてまとめる。以上は IR オフィスのウェブサイト(http://ir.uoregon.edu/)にも公開さ
れている。これらは定例業務であることから、年度単位で業務分担を事前に行い、特定の
スタッフに業務が過度に集中するのを避けるようにしている。
一方、学内的な業務について、副学長や学部等の長からデータのリクエストを受け、IR
オフィスが必要と考えるデータを集約し、そのデータに基づいて IR オフィスの全スタッ
フで分析を行い、レポートを作成する。また、他組織からリクエストのあったデータを集
約・提供し、当該組織と IR オフィスの全スタッフが一緒にデータを分析する。例えば、
エンロールメント・マネジメント(EM)は EM オフィスと連携して行っている。
分析に当たって IR オフィスの全スタッフで議論するのは、各自の専門分野からのアプ
ローチによる分析を持ち寄って、多角的に分析することにより、高品質の分析結果を提供
するという意味がある。また、それゆえに、異なる学問分野を専門的に修めたスタッフを
採用している。
3.3.データの収集と分析
IR オフィスは、学内の各組織が使っているデータベースへのアクセス権限を持ち、各組
織のデータベースに直接アクセスしてデータを取得し、それを用いて分析・解析を行う(2.
1.で述べたように、オレゴン大学では、データの収集は IR オフィスではなく各組織が
行い、それぞれのデータベースに格納していることに注意したい)。一方、IR オフィスは、
他大学とのベンチマークを行うために、ウェブ検索を独自に行っている(各大学が作成す
る共通データセットや州政府等が行う各種調査の結果はウェブサイトに公表されており、
そこから他大学のデータを入手できることに注意しておく)。データの収集と分析に当たっ
て、データの一貫性が極めて重要であり、そのためにつねに同じ方法・同じ定義でデータ
を収集・集約することを徹底している。
データの分析に当たって、①収集・集約したデータを連結したり組み合わせたりして、
②これによってできたデータを読み、分析し、解釈する、という手順をとる。このうち、
データ解析する際に、SQL(関係データベースを操作するための基本的な言語)を直接使
う人、SPSS(統計解析ソフトウェア)を使う人、エクセルを使う人など、各自が得意な
方法で行っている。分析結果の一部(経年変化や他大学とのベンチマークが多い)は、
Tableau(http://www.tableausoftware.com)を用いて、ウェブ上で操作可能な表とグラ
フにまとめられ、IR オフィスのウェブサイトに公開している。その主な項目を表2に示す。
なお、これらの公開データの意思決定支援における具体的な利用事例について十分にイン
タビューできなかったが、これらの公開データを基礎に、多くの「影のデータ」
(公開にふ
さわしくない学内の詳細なデータ等を指していると思われる)と組み合わせて分析を行っ
ている。
6
関 隆宏「オレゴン大学 IR オフィス訪問記」
表2
オレゴン大学 IR オフィスのウェブサイトに公開している主な項目
大学の概要
共通データセット、IPEDS、オレゴン大学スナップショット
学生データ
予算、教育費用、学位授与状況、在籍状況、学習達成度、教員・学生比
人
事
スタッフの出身・性別、給与の比較
財
務
学費の比較、支出、収入
調査研究
学位授与に係る大学間比較、大学ランキングの分析
データ分析は、①データを必要とする人の「そのデータは何を意味するか(what it
means)」を明らかにすること、②情報を見つける(find information)ことが重要な役割
であり、これらの役割を果たすためには、IR オフィスのスタッフが「どのように質問を立
てるか」が成功の鍵を握っている。
4.日本への示唆:IR 組織設置の視点から
日本でも IR 組織を設置する大学が増えているが、今回のオレゴン大学 IR オフィスへの
訪問調査から筆者が感じた IR 組織の設置に向けたいくつかの課題について簡単に述べる。
IR 組織の目的や任務について、意思決定に資するデータ分析を最も重視すべきである。
IR 組織が ICT、データ収集や意思決定を行うという誤解が一部に見られるが、そうではな
い。しかしながら、日本の大学では、データの一貫性、データの質など、データそのもの
に関わる問題が多くあるので、データ分析に向けた基盤作りが当面の課題である。そのた
めに、①各組織が有するデータの把握、②各組織が持つデータに自由にアクセスできる権
限を持たせる、あるいは、各組織とデータを自由にやり取りできる体制の構築、③データ
定義の明確化、の3点がまず取り組むべき課題であると考えられる。また、IR 組織本来の
目的や任務を果たせるように、これと並行して、意思決定に資するデータや分析したい事
項、業務の優先順位を明確にする必要がある。
スタッフについては、業務スタイル・業務内容(範囲)に応じた人数を考える必要があ
るが、少なくとも専任スタッフは必要である。特に、日本の多くの大学では、ローテーシ
ョン制の事務職員や任期制教員「だけ」を専任スタッフにすることが予想されるが、IR 組
織を立ち上げ、その業務を軌道に乗せるためには、中長期的に IR 組織に主導的に関わる
ことのできる人材が必要である。しかし、人的・財政的余裕がない事実もあるので、個別
業務に精通したスタッフに兼務あるいは協力してもらうのが現実的な対応になるだろう。
さらに、データ分析を主任務とすることが可能になった場合、分野は問わないが、高い学
問的専門性あるいは業務専門性を持つスタッフが必要である(日本の現状では、前者は教
員、後者は職員が想定されるので、
「と」ではなく「あるいは」としたことに注意しておく)。
一方で、IR 組織のスタッフの職能開発や IR に携わる人材育成も並行して行う必要がある。
ただし、これは各大学が単独で行うことは難しいので、大学間連携が必要である。
IR 組織は、データの司令塔であり、データ分析面から大学全体に横串を通す存在である
から、執行部や各組織との「連携」と「適度な距離感」が必要である。そのなかで、業務
の整理や見直し、大学の「縦割り」意識や「丸投げ」体質の改革も必要になるだろう。
7
情報誌「大学評価と IR」第 2 号(2015)
オレゴン大学の IR オフィス訪問後に、オレゴン大学の研究・イノベーション担当副学
長を表敬訪問した。その際に IR オフィスは学内で非常に信頼されているという話があり、
そのことも筆者には強い印象として残っている。IR オフィスのインタビューをしていて筆
者が感じた、スタッフの温かい人柄やプロ意識、業務能力に加え、インタビューでしばし
ば話に出てきた「情報を見つける」姿勢や「一緒に考える/議論する」姿勢が、大学構成
員の信頼を得るために大きな役割を果たしていると想像している。これは、今後の日本の
IR 組織のあり方を考える上で極めて示唆に富んでいる。
謝辞
本訪問調査の実施ならびに本稿の作成にあたり、茨城大学大学戦略・IR 室の嶌田敏行助
教、ベミジ州立大学・ノースウェスト技術短期大学 IR/IE 室の藤原宏司氏、新潟大学の
高橋均理事(研究・社会連携担当)、角田賢次国際課課長、今井博英企画戦略本部評価セン
ター(IR 推進室兼務)准教授、Brad Shelton オレゴン大学副学長(研究・イノベーショ
ン担当)、JP Monroe オレゴン大学 IR オフィスディレクターをはじめとする5人の IR オ
フィスのスタッフ、平成 26 年度第1回 IR 実務担当者連絡会の参加者の多大な協力や示唆
をいただきました。また、査読者より有益なコメントをいただきました。ここに記して感
謝の念を表します。
引用文献
リチャード・D・ハワード(編集),大学評価・学位授与機構 IR 研究会(翻訳)
(2012)
『IR
実践ハンドブック 大学の意思決定支援』(高等教育シリーズ),玉川大学出版部
大学評価コンソーシアム(2015)情報誌『大学評価と IR』
http://iir.ibaraki.ac.jp/jcache/index.php?page=lib(最終閲覧日:2015 年 3 月 23 日)
[受付:平成 27 年 3 月 4 日
8
受理:平成 27 年 3 月 27 日]
情報誌「大学評価と IR」第 2 号
[大学評価コンソーシアム]
平成 27 年(2015 年)5 月
法人評価業務における鳥取大学の取組
大野 賢一 1 ・森藤 郁美 2 ・細井 由彦 3
概要:鳥取大学では、大学の評価業務及び目標・計画の策定に係る業務を行うため、大学評価
室を設置している。法人評価では、本学の組織や特性にあわせて、体制や業務方法を見直しつ
つ、業務実績報告書や年度計画を作成している。本学の法人評価業務に係る特徴的な取組とし
て、研修会の開催、部局ヒアリングの実施、データ収集・蓄積の方法等を紹介する。
キーワード:法人評価、業務実績報告書、実務担当者研修会、計画の進捗管理
1.はじめに
鳥取大学(以下「本学」という。)では、平成 16 年 4 月から常置委員会として評価委員
会を設置しており、教育及び研究、組織及び運営並びに施設及び設備の状況に関する事項
を審議している。また、この評価委員会が定める評価方針及び評価計画に基づき、大学評
価の基礎となる教育研究等の状況に係る情報の収集、調査及び分析、並びにこれらを踏ま
えた評価の実施、評価方法等の企画を行うため、平成 20 年 6 月から学長直轄の大学評価室
を設置している(鳥取大学学則第4条第3項)。評価委員会の審議事項及び大学評価室の業
務は、表1に示すとおりである。
表1
評価委員会の審議事項及び大学評価室の業務
■評価委員会の審議事項
一
評価方針及び評価計画の策定に関すること。
二
評価システムに関すること。
三
自己点検及び評価の実施並びにその結果の公表に関すること。
四
認証評価機関による評価に関すること。
五
国立大学法人評価委員会が行う評価に関すること。
六
中期目標に対する意見,及び中期計画,年度計画の策定に関すること。
七
大学評価室の専任教員の推薦に関すること。
八
その他評価事業に関すること。
■大学評価室の業務
一
大学評価に係る情報の収集,調査及び分析に関すること。
二
大学評価システムの研究・開発及びその運用・普及に関すること。
三
大学評価に係る企画に関すること。
四
中期目標に対する意見,及び中期計画,年度計画の策定に関すること。
五
その他評価事業の実施に関すること。
(出典:鳥取大学評価委員会規則及び鳥取大学大学評価室規則から抜粋)
1
2
3
鳥取大学 大学評価室 室員(准教授) 電話:0857-31-5706 メール:[email protected]
鳥取大学 農学部庶務係 係長(総務企画部企画課評価係:平成 23 年 4 月~平成 27 年 3 月)
鳥取大学 大学評価室 室長(理事(企画・評価担当、広報担当)・副学長)
9
情報誌「大学評価と IR」第 2 号(2015)
大学評価室には、室長、専任教員及び室員が配置されており、現在に至るまでの体制は
表2、評価委員会等の各種委員会や各部局との連携は図1に示すとおりである。
表2
時期
大学評価室の体制
室長
平成 20 年 6 月~
専任教員
副学長(企画・評価担
室員
経営企画部企画課職員
当、IT 担当)
平成 20 年 12 月~
平成 21 年 4 月~
副学長(企画・評価担
准教授
経営企画部企画課職員
当、IT 担当)
(併任)
副学長(企画・評価担
准教授
各学部副学部長(評価担当)(工学部
当、IT 担当)
(併任)
を除く。)
工学研究科副研究科長(評価担当)
経営企画部企画課職員
平成 23 年 4 月~
副学長(企画・評価担
准教授
各学部副学部長(評価担当)(工学部
当、IT 担当)
(併任)
を除く。)
工学研究科副研究科長(評価担当)
総務企画部企画課職員
平成 25 年 4 月~
理事(企画・評価担当、 准教授
各学部副学部長(評価担当)(工学部
広報担当)・副学長
を除く。)
(専任)
工学研究科副研究科長(評価担当)
総務企画部企画課職員
(出典:鳥取大学大学評価室ホームページから抜粋 http://www.tottori-u.ac.jp/2798.htm)
図1
大学評価室、評価委員会、各種委員会及び部局等との連携
大学評価室が設置される前(平成 16 年度~平成 20 年度)は、全学の評価委員会と各部
局等に設置されている部局評価委員会の連携により評価業務が行われていたが、このよう
な委員会を中心とした連携だと、毎年度実施の法人評価や平成 19 年度受審の大学機関別
10
大野 賢一・森藤 郁美・細井 由彦「法人評価業務における鳥取大学の取組」
認証評価において、自己評価書の作成に係る取りまとめ方針、全学と各部局等との役割分
担、作成された自己評価書の統一表記等が曖昧な状況であった。これらの点を改善すると
ともに各学部との連携を強化するため、表2に示すように、学部副学部長(評価担当)
(工
学部を除く)及び工学研究科副研究科長(評価担当)を平成 21 年 4 月から大学評価室室
員として配置している。また、評価委員会を開催する前に「大学評価室連絡会」を開催し
たり、各学部と個別に打ち合わせを行ったり、各評価業務に関する情報共有を行っている。
次章以降では、本学における国立大学法人評価の業務に関する問題点等の改善に向けて、
大学評価室で取り組んでいる事例を紹介する。
2. 本学における法人評価に関する業務の見直し及び問題点等
本学が行っている法人評価に関する業務については、毎年度 PDCA サイクルに沿って点
検している。例えば、Plan には年度計画の作成(場合により中期目標・中期計画の策定)、
Do には年度計画に基づく業務の実施、Check には中間ヒアリング及び最終ヒアリングの
実施、業務実績報告書の作成及び年度計画の進捗状況チェック、Action には業務実績報告
書の照会、評価結果への対応、次期年度計画への反映及び中期計画の進捗状況チェックが
ある。
特に、第1期中期目標期間における PDCA サイクルでは、Check の「中間ヒアリング時
における年度計画の進捗状況チェック」、Action の「評価結果を受けての次期年度計画へ
の反映」及び「中期計画に対する達成状況チェック」が不十分であったと考えられる。ま
た、業務実績報告書の作成では、中間ヒアリング及び最終ヒアリング前に、部局等への報
告書(素案)作成依頼・提出、大学評価室での取りまとめ、部局等への報告書(案)照会
を行っていたが、この一連の作業が部局等において作業負担になっていたと考えられる。
上記の点を踏まえ、中期目標・中期計画の策定、年度計画の作成、計画の進捗管理、根
拠データや根拠資料の収集・蓄積体制の観点により、本学における法人評価に関する問題
点等を整理したものを表3に示す。
表3
本学における法人評価に関する問題点等
法人評価に関する項目
本学の問題点等
①中期目標・中期計画の策
第1期及び第2期中期目標・中期計画とも、文部科学省が示した雛形を各
定方法
部局や各常置委員会に配布し、それに基づいて部局等がそれぞれ素案を策
定し、全学の検討委員会がとりまとめて全学案を策定する、いわゆる「ボ
トムアップ方式」であったため、中期計画の担当部署等が明確になってい
ないこと。
②年度計画の作成方法
毎年度、年度計画も「ボトムアップ方式」により作成しているため、中期
計画との体系性について担当部署等の認識が甘くなること。また、年度計
画の担当部署等が複数存在し、計画のどの部分を実施するのかが明確にな
っていないこと。
③中期計画・年度計画の進
中期計画・年度計画の担当部署等が明確になっていないこと。また、情報
捗管理
システム等による進捗管理は行われていないこと。
④根拠データや根拠資料の
毎年度、年度計画を作成しているため、評価に必要なデータや資料がその
収集・蓄積体制
都度収集されており、収集する対象や収集方法が統一されていないこと。
11
情報誌「大学評価と IR」第 2 号(2015)
これらの問題点等に対応するため、まず本学における法人評価(年度計画の作成、業務
実績報告書の作成等)、大学機関別認証評価及び自己点検・評価に関する評価スケジュール
を作成している。スケジュールの詳細は、図2に示すとおりである。
全学の計画、活動、点検・評価及び改善スケジュール
平成26年4月1日現在
H22
第2期 中期目標期間
H24
H25
H23
大 学 の 将 来
計
画
H27
構 想
中期目標・中期計画
全 学
年度計画
年度計画
部局実績報告
年度計画
部局実績報告
年度計画
部局実績報告
年度計画
部局実績報告
部 局
活
動
H26
部局実績報告
年度計画
部局実績報告
認証評価の
自己点検
実績報告書
実績報告書
実績報告書
実績報告書
実績報告書
実績報告書
達成状況報告書
全 学
現況調査表
認証評価の
自己点検
年度評価
年度評価
年度評価
年度評価
年度評価
認証評価
申請
認証評価
受審
年度評価
法人評価
中期目標期間評価
(確定)
点
検
・
評
価
認証評価
自己点検
評 価
自己点検評価
地域学部
(外部評価)
自己点検評価
(大学院)
改 役員会
教育研究
評議会
善
報
自己点検評価
(学部)
告、
提
案、
自己点検評価
意
見
交
自己点検評価
換
等
等
(出典:鳥取大学大学評価室作成)
図2
本学における評価スケジュール
次に、大学評価室は、評価業務だけではなく、年度計画の策定にも携わっていることか
ら、平成 24 年 2 月に「年度計画編成方針」を作成するとともに、業務実績の進捗状況を
踏まえて年度計画が修正できるよう考慮し、各年度における業務実績報告書及び年度計画
の作成スケジュールを評価委員会に毎年提示している。大学評価室、評価委員会、各種委
員会及び部局等との連携も示した、平成 26 年度における年間作成スケジュールの詳細は、
図3に示すとおりである。
12
大野 賢一・森藤 郁美・細井 由彦「法人評価業務における鳥取大学の取組」
平成26年度「業務実績報告書」及び平成27年度「年度計画」作成スケジュール
年月
事項
平成26年9月
10月
11月
12月
平成27年1月
2月
3月
5月
6月
文部科学 省
業務実績
審議
経営協議会
4月
文部科学 省
年度計画
審議
役員会
教育研究評議会
第2回
業務実績審議
部局還流
第1回
業務実績審議
第5回
年度計画審議
年度計画審議
委 員長
作成依頼
評価委員会
第4回
業務実績報告
第3回
部局還流
第3期
中期目標・中期計画
第3期中期目標(案)の作成
修正
大学評価室
(企画調整係)
平成27年度
年度計画
大学評価室
(企画調整係)
平成26年度
業務実績報告書
大学評価室
(評価係)
部 局
(常置委員会)
反
映
第3期中期計画(案)の作成
業
務
実
修正
年度計画(案)の作成
績
報
告
・
年
度
意見聴取
進捗状況確認
(達成状況判定
修正
計
業務実績報告書(案)の作成
ヒアリング
ヒアリング)
画
実
務
反
担 部局業務実績報告
映
部局業務実績報告
実績データ反映
当
の追加・修正
の作成
者
研
年度計画(案)
修
部局年度計画(案)の作成
の修正
会
修
正
修正
(出典:鳥取大学大学評価室作成)
図3
平成 26 年度「業務実績報告書」及び平成 27 年度「年度計画」作成スケジュール
3.大学評価室における取組事例
大学評価室では、図2及び図3で示したスケジュールに基づき、年間の評価業務を遂行
しているのだが、表3の問題点を改善するために取り組んだ事例は、以下の3つである。
前述の問題点との関連として、項目②~④に対応するため「実務担当者研修会」を開催
し、項目③に対応するため「業務実績ヒアリングによる中期計画等の進捗管理」を実施し、
項目④に対応するため「情報システムを活用したデータ・資料の収集・蓄積」に取り組ん
でいる。なお、項目①については、第3期中期目標期間に向けて、第3期中期目標・中期
計画の策定方針を作成し、各担当部署と連携しながらトップダウン方式とボトムアップ方
式を組み合わせた方法により中期目標・中期計画等を策定することとしている。
3.1. 実務担当者研修会の開催
評価に関係する部署では、部局長の任期や職員の人事異動等により管理者や担当者が代
わることがある。そこで、各部署における評価業務をスムーズに行いつつ組織間の連携を
強化するため、「実務担当者研修会」を平成 22 年度から毎年開催している。
本研修会は、各部局等の長、評価担当副学部長・副研究科長、事務部の長等の管理者並
びに各部局の業務実績報告書及び年度計画等の作成実務担当者を対象に、中期目標・中期
計画の進捗状況や年度計画の作成方針について再確認するとともに、実務担当者にあって
は、併せて業務実績報告書及び年度計画の作成方法を習得することを目的とし、法人評価
の概要、前年度の評価結果の説明、当該年度の変更点や注意事項、本学の事例に基づく具
体的な作成方法等に関する内容で実施している。
13
情報誌「大学評価と IR」第 2 号(2015)
各年度における研修会の実施概要や実績は、表4に示すとおりである。なお、平成 24
年度から、過去の説明会の内容を見直し、第一部は管理者向け講習会、第二部は実務担当
者向け研修会(実習形式の場合もあり)というように対象者別に研修会を実施している。
表4
業務実績報告書(年度評価)と次年度計画の作成に係る担当者説明会の内容
実施年度
平成 22 年度
平成 23 年度
実施概要
参加者数
○第2期中期目標期間における国立大学法人評価について
実務担当者:
○平成 23 年度年度計画について
30 名
○法人評価の概要説明
実務担当者:
○平成 23 年度「業務実績報告書」作成の考え方
22 名
○平成 24 年度「年度計画」作成の考え方
○作成スケジュール及び提出方法
平成 24 年度
【第一部】管理者向け
管理者:
○概要説明(中期計画、年度計画、実績報告)
32 名
○年度計画の作成方法
実務担当者:
○中期計画、年度計画の進捗管理
27 名
○学内ヒアリングの実施方法
○平成 24 年度の実績報告書及び平成 25 年度の年度計画の作成と
提出締切について
○質疑応答
【第二部】実務担当者向け
○概要説明(年度計画、実績報告)
○グループ演習及び発表
○平成 24 年度の実績報告書及び平成 25 年度の年度計画の作成と
提出締切について
平成 25 年度
平成 26 年度
【第一部】管理者向け
○第2期中期目標・中期計画の進捗状況
○第2期中期目標の達成に向けた年度計画の立て方
○具体的な年度計画例(良い例、悪い例)
○業務実績の進捗判定(Ⅳ~Ⅰ)の説明
【第二部】実務担当者向け
○年度計画に関する演習
・具体的な年度計画例(良い例、悪い例)
・グループワーク(本学の事例による)
○業務実績に関する演習
・具体的な業務実績報告例(良い例、悪い例)
・グループワーク(本学の事例による)
管理者:
39 名
実務担当者:
24 名
【第一部】管理者及び実務担当者共通
参加者:
○法人評価の概要説明
73 名
○平成 25 年度の業務実績評価に関する報告
○第2期中期目標期間の業務実績報告書作成に向けたスケジュー
ル等
○第3期中期目標・中期計画の策定に向けたスケジュール等
【第二部】実務担当者向け
○平成 26 年度「業務実績報告書」作成の考え方
○平成 27 年度「年度計画」作成の考え方
平成 24 年度に実施した研修会のアンケート結果において、第一部では、
「満足」及び「や
や満足」の割合が 63.6%で、自由記述として「具体的な目標のたて方、書き方」(良かっ
14
大野 賢一・森藤 郁美・細井 由彦「法人評価業務における鳥取大学の取組」
た点)、「時間が短い」(悪かった点)等があった。第二部では、「満足」及び「やや満足」
の割合が 73.1%で、自由記述として「グループ討議型式で進められ実践的だった」「評価
者の立場で見ることで、作成者としての参考となった」
(良かった点)、
「目的をグループ内
で理解するのに時間がかかった」(悪かった点)等があった。
3.2. 業務実績ヒアリングによる中期計画等の進捗管理の実施
本学では、中期計画・年度計画の進捗状況について、Web サーバのような情報システム
による管理は行っていないが、以下に示す体制(ヒアリング形式)による確認を行ってい
る(スケジュール等については、図3を参照)。
○
各部局は、当該年度の部局実績を踏まえて年度計画(案)を立案し、大学評価室及び
総務企画部企画課が中心となって全学的な年度計画(案)として取りまとめを行って
いる。その際、各部局から立案された年度計画、当該年度の年度計画及び業務実績報
告書等を参考に、中期計画との整合性を保ちながら作成している。
○
評価委員会では、作成した年度計画(案)を部局に照会し、得られた意見を集約して
作成した最終的な年度計画について、審議の上承認している。
○
中期計画及び年度計画の進捗状況については、理事(企画・評価担当)、大学評価室及
び総務企画部企画課が中心となって、各部局に対して、年度途中(11 月下旬)に「進
捗状況確認ヒアリング」、年度末(2 月下旬)に「達成状況判定ヒアリング」(平成 26
年度以降は意見聴取に変更)として進捗確認を行っている。

進捗状況確認ヒアリングでは、進捗状況判定表を作成し、主に年度計画の進捗状
況について確認しており、進捗が遅れている当該部局については、ヒアリング時
及び個別に進捗状況の遅れた年度計画について実施を促すようにしている。

達成状況判定ヒアリングでは、達成状況判定表を作成し、主に年度計画の実施状
況について確認しており、当該年度において新たに取り組んだ事項や特徴的な事
項の確認及び理由や根拠資料の提出を求めるようにしている。

特徴的な取組として、各ヒアリング時には、理事(企画・評価担当)以外に、各
理事及び監事、該当部局の部局長や事務部の長等全員の出席も求めており、中期
計画及び年度計画の進捗状況を共有している。特に、進捗状況確認ヒアリングで
は、各理事及び監事、大学評価室教員、総務企画部長及び総務企画部企画課職員
が各部局(米子キャンパス、浜坂キャンパスも含む。)に出向き、業務実績以外の
内容も含め意見交換を行っている。
○
各ヒアリングの結果については、評価委員会で報告を行っている。また、大学評価室
及び総務企画部企画課が中心となって、最終的な進捗判定や業務実績報告書(案)を
作成し、部局に照会して得られた意見を集約して作成した最終的な業務実績報告書に
ついて、評価委員会で審議の上、承認を行っている。
本ヒアリングの実施により、部局長等とのやり取りにおいて本学の特徴的な実績の記載
漏れが見つかったり、担当以外の理事から進捗が遅れている部分に対する改善策の提案が
あったり、年度計画として実施している事業以外の新たな取組に関する意見交換があった
15
情報誌「大学評価と IR」第 2 号(2015)
り、単なる業務実績ヒアリングによる現状把握だけではなく、各部局執行部と大学執行部
とのコミュニケーションの場としても活用されている。
3.3. 年度計画及び業務実績報告書の作成に関するデータ・資料等の収集方法の改善
第2期中期目標期間からは、年度計画、業務実績報告書及び関連する資料を作成する際
に、該当する部署名を明示するとともに、
「業務実績報告書の作成にあたっての留意点」や
「第2期中期目標期間において必要な根拠データ一覧」を作成し、情報システムを活用し
て収集・蓄積を行うこととしている。そのため、評価業務に関する学内の根拠資料又はデ
ータについては、文書管理システムである「大学管理運営データベース」に体系的に収集・
蓄積し、他の評価業務等でも活用している。また、過去の評価に関する報告書についても
収集・蓄積しており、学内からは教職員が常時閲覧できるように運用を行っている。
年度計画及び業務実績報告書の作成及び収集については、3.2.で述べたように情報シ
ステムは導入していないため、学内で共通して使える Excel ファイルを用いて、各部署と
やり取りを行っている。まず、年度計画の担当部署と業務実績報告書の担当部署が連携し、
年度計画と業務実績報告書のフォーマットを統一した Excel ファイルを作成する。その後、
「大学管理運営データベース」を活用して年度計画を作成した部局等に配布し、それら部
局等が当該年度の実績等を入力したものを同データベースに提出する方法を採用している。
しかしながら、本学のように Excel ファイルを活用した方法では、汎用性や利便性が高
いものの、セルに入力する実績等の量が多くなるとパソコンでの処理に負荷がかかるとの
問題点もあり、今後は Web サーバのような情報システムの導入も含めて、改善策を検討す
る必要がある。
4.まとめ
大学評価室では、本学の評価業務における問題点や課題があれば毎回見直しを行いつつ、
新たな取組が始まれば既存業務との整合性を踏まえて評価業務に組み込んでいる。
現在、第3期中期目標・中期計画(素案)の策定、平成 27 年度及び第2期中期目標期
間に係る業務実績報告書、中期目標の達成状況、学部・研究科等の現況分析、研究業績説
明書等の作成に向けて、スケジュールの作成及び業務フローの調整を行っているが、まだ
まだ改善の余地があると思われる。例えば、現状の課題解決に向けた取組として、第2期
中期目標期間における業務実績報告書作成時に必要な根拠資料・データの選別化、業務フ
ローに基づくシステム化等があり、第3期中期目標期間では、年度計画の複数年間の一括
作成、目標値・評価指標を使った効率的な評価業務、データ・資料の収集・分析・活用を
踏まえた学長室 IR セクションとの連携等について検討している。
本学の取組が、他大学の法人評価業務の参考になれば幸いである。
謝辞
本原稿を作成するにあたり、業務を通じた的確なご指摘やご意見をいただいた総務企画
部企画課の皆様に感謝いたします。また、本原稿に対して匿名の査読者から、論旨を明確
にする上で大変有益な指摘をいただいたことに感謝いたします。
[受付:平成 27 年 4 月 14 日
16
受理:平成 27 年 5 月 14 日]
情報誌「大学評価と IR」第 2 号
[大学評価コンソーシアム]
平成 27 年(2015 年)5 月
政策立案・計画策定における米国 IR 室の役割
藤原 宏司 1
概要:IR(インスティテューシ ョ ナ ル・リサーチ)室の政策立案や計画策定(プランニング)
における役割については、日米で異なる見方があるようだ。本稿では、Thorpe(1999)に倣
い、米国の IR 室が公開しているミッション・ステートメント等の内容分析を行い、それらプ
ランニングに、米国の IR 室がどう関わっているのかを調べた。
キーワード:IR(インスティテューショナル・リサーチ)、IR 業務、米国 IR
1.はじめに
筆者は 2015 年2月に「継続的改善と IR」というテーマで、3回の講演(於:鳥取大学、
第7回 EMIR 勉強会 2 、茨城大学)を行う機会を頂いた。リサーチアナリストとして勤務し
ているミネソタ州立大学機構(以下「MnSCU」という。)ベミジ州立大学(以下「BSU」
という。)及びノースウェスト技術短期大学(以下「NTC」という。)での実例を交えなが
ら、参加者の方々と「大学における IR 室の役割」について有意義な議論ができたことに感
謝している。
何れの勉強会においても、「政策立案や計画策定へ IR 室がどのように関わるべきか」に
ついて議論があった。IR 室は政策立案や計画策定(以下「プランニング」という。)の「支
援」を行う部署である、と当然のように考えていた筆者にとって、このトピックはとても
新鮮であった。なぜなら、日本には、IR 室が学内における「コンサルタント」としての役
割をより積極的に果たし、プランニングを主導する、といった見方があるらしいが、その
ような考え方を持つ米国の IR 実務担当者は、筆者の周りにはいなかったからである。
小湊・中井(2007)や Volkwein et al.(2012)らも述べているように、現在、日米で広く
受け入れられている IR の定義は、以下に示す Saupe(1981, 1990)によるものであろう。
"Institutional research is research conducted within an institution of higher education to provide
information which supports institutional planning, policy formation and decision making."
約 35 年前に発表された彼の IR についての見解は、
「IR とは機関の計画立案、政策形成、
意思決定を支援するための情報を提供する目的で、高等教育機関の内部で行われる研究 3 」
と訳された(小湊・中井, 2007)。
同じ Saupe の定義に従いつつも、日米では上記における勉強会での例のように、IR に対
する捉え方が若干異なっているように思われる。それは、本田ほか(2014)も指摘するよ
ミネソタ州立大学機構 ベミジ州立大学・ノースウェスト技術短期大学 IR/IE 室 リサーチアナリスト
電話:+1-218-755-4606 メール:[email protected]
2 主催:山形大学 共催:東京未来大学(会場校)
、株式会社立ビジネス・ブレークスルー大学
3 後に、翻訳部分の「研究」が「調査研究」へと変更された(小湊, 2014)
。
1
17
情報誌「大学評価と IR」第 2 号(2015)
うに、この定義が大変抽象的であることに起因しているのだろう。その文脈が意味すると
ころを、より日本の大学の実情に即した形で翻訳することが必要ではなかろうか。
その前段として本稿では、米国の IR 室がプランニングにどのように関わっているのか
を調査する。Thorpe(1999)は 1998 年に NEAIR 4 (Northeast Association for Institutional
Research:米国 IR 協会の北東部における地方組織)に加入していた IR 担当者が所属する
大学、短期大学(以下、まとめて「大学」という。)の IR 室を対象として、ミッション・
ステートメント(IR 室が大学において果たすべき使命や役割を明文化したもの)の有無を
調べた。その後、ミッション・ステートメントに、彼が想定した IR 室の典型的な9つの業
務(計画策定支援、意思決定支援、政策形成支援、アセスメント支援、調査研究実施、デ
ータ管理、データ分析、外部向けレポート作成、内部向けレポート作成)に関する内容が
含まれているかどうかを彼の主観により判断し、結果をまとめた。
この研究によると、当時は半数以下の大学しかミッション・ステートメントを持ってい
なかったようである。ミッション・ステートメントを策定していたとしても、IR 室のホー
ムページが存在していなかったり、掲載しない場合もあったらしい。だが、それから約 15
年後の今日では、ミッション・ステートメントや業務内容等を IR 室のホームページ上で公
開している大学もかなり増えているであろう。そこで今回は、米国全域の大学でホームペ
ージを持つ 25 の IR 室を対象として、公開されていたミッション・ステートメント等の分
析を行うこととする。
2.調査方法について
カーネギー教育振興財団が発表した 2010 年のデータによると、米国には高等教育機関
が 4,634 校存在している。これら高等教育機関を全て調べることは大変困難であるし、専
門組織としての IR 室を設置していない大学や短期大学もある 5 。そのような事情から、本
稿では 、2015 年3月 12 日に Google 上で3 つのキ ーワ ード( “institutional”, “research”,
“planning”)を用いて AND 検索 6 を行い、検索結果ページの2ページ目辺りを目処に、きり
の良いところで、調査対象となる 25 の IR 室を抽出した。付録にそれら IR 室のリストをま
とめ、表1にそこから抜粋したものを大学の種類別に示す。なお、
「州立フラッグシップ大
学」は、その州を代表する州立大学のことで、
「州立教育大学」は研究活動よりも学生の教
育を重視している大学を意味する。
この結果、全体的に学生数の多い大学(学生数が2万人以上)が選ばれた。短期大学で
も、学生数は BSU(2015 年度の学生数 7 は約 6,200 人)と同じくらいか、それ以上である。
米国の IR 室のホームページでは、ミッション・ステートメントが公開されている場合
が多い。ミッション・ステートメントが無い、もしくは公開されていない場合でも、業務
内容については大抵記載されている。
4
5
6
7
http://www.neair.org/
MnSCU に属している短期大学の中にも、IR 室を設置していないところがある。
https://www.google.com/?gws_rd=ssl#q=institutional+research+planning
2015 年 4 月 10 日においての学生数
18
藤原 宏司「政策立案・計画策定における米国 IR 室の役割」
表1
ミッション・ステートメント等の分析に用いた IR 室を持つ大学(抜粋)
大学の種類
大学名
州立フラッグシップ大学
University of Nebraska-Lincoln
University of Kansas
州立総合(研究)大学
Georgia Institute of Technology
University of California, Santa Barbara
州立教育大学
Minnesota State University, Mankato
Western Illinois University
私立総合(研究)大学
Cornell University
Emory University
州立短期大学
Piedmont Virginia Community College
Arizona Western College
今回は、Google 検索によって抽出された IR 室が公開しているミッション・ステートメ
ント等に、その IR 室が実際にプランニングを「行う」または「主導」する、といった意味
合いが含まれているかどうかを、筆者の主観によって判断する。この手法は、Thorpe( 1999)
が行ったミッション・ステートメントの内容分析における研究方法を参考にした。その後、
フリーの統計解析ソフトである「R 8 」を使用してテキストマイニングを行い、客観的な考
証を試みる。
テキストマイニングとは、テキストデータを対象としたデータマイニングのことで、そ
れによって、隠れていたデータの特徴や傾向を調べることができる。ミッション・ステー
トメントと業務内容に関する記述は重複していることが多いため、各 IR 室のミッション・
ステートメントを優先してテキストファイルに保存し、それらをまとめたものを分析した。
なお、大学名、IR 室名、前置詞、冠詞等は分析時に除外している。
3.分析結果
調査対象とした IR 室 25 のうち、24 の IR 室(全体の 96%)が学内におけるプランニン
グの「支援」を、その使命や業務内容の一つとしていた。それら IR 室のホームページでは、
「support for planning」といったフレーズが良く見られた。ミッション・ステートメント 9 の
中に「プランニングを行う」と記載していたのは、ネブラスカ大学リンカーン校の IR 室だ
けである。
ワードクラウド(図1)は、ある一定以上の出現頻度(今回は7回)の単語を対象に、
その頻度を大きさで、そして似たような頻度の単語を同じ色で表すことにより、テキスト
データの内容を視覚的に推測しやすくしている。ただし、英文のテキストマイニングは、
8
9
http://www.r-project.org/
http://irp.unl.edu/home/mission-statement
19
情報誌「大学評価と IR」第 2 号(2015)
「provide」や「providing」という
単語を語幹に変換 10 したものを対象に行われる。例えば、
単語は全て「provid」という語幹で分析されていることに留意して欲しい。
図1
IR 室のミッション・ステートメント等に含まれる語による
ワードクラウド(Word Cloud)
図 1 は、5つの語幹(“inform”, “plan”, “support”, “data”, “provid”)が IR 室のミッション・
ステートメント等で良く使われていることを表している。それらの日本語訳と出現頻度を、
表2にまとめた。
表2
語幹
IR 室のミッション・ステートメント等で良く使われている語幹
provid
data
support
plan
inform
日本語訳
提供
データ
支援
計画
情報
出現頻度
22
25
30
36
37
ワードクラウドでは、語幹同士の関連性を知ることは難しい。筆者は、IR 室のミッショ
ン・ステートメント等で良く使われていたフレーズは「support for planning」であったと述
べた。それを客観的に検証するために、表2で示された5つの語幹を対象としてクラスタ
ー分析を行った(図2)。クラスター分析とは、データの集まりの中から、同じような特徴
を持つデータを集めてグループ(クラスター)を作る、代表的なデータの分類手法の一つ
である。今回の分析において、上記に示した「同じような特徴」というのは、各大学のミ
ッション・ステートメント等に5つの語幹が使われているかどうかを指す。つまり、同じ
10
これを、Stemming という。
20
藤原 宏司「政策立案・計画策定における米国 IR 室の役割」
クラスターに属している語幹は、ミッション・ステートメント等で同時に使われている可
能性が高いことを意味する。
inform
data
support
provid
plan
図2
表2で示した5つの語幹に対するクラスター分析結果
図2では、5つの語幹が2つのグループに分類できることが示唆されている。点線で囲
まれているグループ(“support”, “provid”, “plan”)に注目して欲しい。分析結果からは、IR
室のミッション・ステートメント等で、これら3つの語幹が同時に使われている可能性が
高いことが伺える。これら組み合わせは全部で6通りあるが、最も「自然」な形でフレー
ズを作ると、「providing support (for) planning」になるのではなかろうか。
つまり、米国の IR 室のほとんどは、少なくとも公開されている情報から推測できる範
囲において、プランニングを「主導」するというよりも「支援」していると言えるだろう。
これは、Saupe( 1981, 1990)の定義や Thorpe
( 1999)による IR 業務の9分類の1番目(Planning
Support)の内容とも一致する。
4.政策立案・計画策定における米国 IR 室の役割
米国の大学は、理事会、経営陣、教員委員会(Faculty Senate)の3者によって共同経営
(Shared Governance)されているのが一般的である(Porter et al., 2001)。BSU においても、
定期的に「Meet and Confer」と呼ばれる正式な学内会議 11 が開かれている。最終的な決定
権は経営陣が持つが、重要な案件に関しては、このような会議を通して学内からの意見を
聴取するのが決まりだ。
11
NTC では「Academic Affairs and Standards Council」と呼ばれている。
21
情報誌「大学評価と IR」第 2 号(2015)
このような文化が醸成されているため、学内におけるプランニングは、必ず経営陣と教
職員からそれぞれの代表が集まってワーキンググループ(委員会)を構成し、そのグルー
プが主導して行われている。そして、IR 室はそのようなグループに参加を要請されること
が多い。なぜなら、プランニングには学内外におけるデータの詳細な検証が必要不可欠だ
からだ。
筆者も、NTC が去年策定した「Master Academic Plan(MAP) 12 」と呼ばれる戦略計画の
策定委員会に参加した。委員会は、経営陣4名、教員6名、職員4名(うち1名は書記と
して参加)に加えて、外部コンサルタント1名で構成されていた。表3に NTC における
MAP 策定までの工程をまとめる。
表3
NTC Master Academic Plan(MAP)策定までの工程
工程1
委員会が MAP のたたき台を作成
工程2
教職員、学生、外部ステークホルダーへ向けて MAP についてのプレゼンテーシ
ョンをそれぞれ行い、意見を聴取する
工程3
委員会に持ち帰り、MAP の修正
(必要なら工程2-3を繰り返す)
工程4
MAP の最終版を作成し、最終決定権を持つ経営陣に提出
筆者は、データの分析や提供を通じて、この MAP 策定を支援したと考えている。例え
ば、戦略的エンロールメント・マネジメント 13 に関するたたき台を作成していた時に、フ
ルタイム学生(その学期の履修登録数が 12 単位以上)とパートタイム学生(その学期の履
修登録数が 12 単位より少ない)の卒業率についての議論が起きた。当時 NTC では、フル
タイム学生の方が卒業率が高いと考えていた教職員が多くいたので、フルタイム学生がよ
り卒業しやすくなるような授業のスケジュールを組むべきだ、という意見が委員会でも強
かった。
しかし、筆者が過去数年分のデータを検証したところ、NTC ではパートタイム学生の方
が卒業率が高い場合があることが分かった。この結果から、策定された MAP ではフルタ
イム学生だけではなく、パートタイム学生も対象とした効率的な授業のスケジュールを構
築することが謳われている。
このように、米国の IR 室はプランニングに深く関わっている。だが、その役割は、や
はりデータによる裏付けがなされたプランニングの策定を支援することではなかろうか。
少なくとも筆者は、NTC での MAP 策定を通して、IR 室がプランニングを主導していると
思ったことは一度も無い。
12
13
参照:http://www.ntcmn.edu/about/ (最終閲覧日:2015 年4月 12 日)
参照:Northwest Technical College Master Academic Plan Goal 2
22
藤原 宏司「政策立案・計画策定における米国 IR 室の役割」
5.本研究の問題点
本研究の問題点について、ここで述べておきたい。検索エンジンを用いて調査対象を抽
出したため、そのセレクションがランダムではない可能性がある。実際、選ばれた IR 室を
設置している大学の規模はどこも大きく、BSU のような小規模大学は含まれていなかった。
しかし、選ばれなかった小規模大学における IR 室は、どこも大学内外へのレポーティング
等により多忙であると思われる。それら小規模な IR 室の一般的な業務内容(例えば、大学
評価コンソーシアム, 2014)を考慮しても、IR 室がプランニングを主導している可能性は
低いため、結論にはさほど影響を及ぼさないと推測する。
米国 IR 室における実際の活動内容が、IR 室のミッション・ステートメントに、正確に
反映されているかどうかも検討する必要があるだろう。本研究では、「反映されている」
と仮定したが、ミッション・ステートメントの中には、その IR 室が現在は行っていないが、
将来的に果たしたい使命や役割などが含まれていることも十分にあり得る。これは Web を
通じた間接的な調査の限界であり、このミッション・ステートメントと業務内容の関係性
は今後の課題としたい。
6.まとめとして
本稿では、米国の IR 室がどのように学内における政策立案や計画策定に関わっている
のかを、Google 検索で抽出した 25 の IR 室が公開している情報を基に調べた。結果、米国
IR 室のプランニングにおける現時点での役割は、やはり「支援」の可能性が高いと考えら
れる。
米国型 IR は、あくまでも日本型 IR を発展させるための「参考」となるべきものである。
米国 IR が行っていること、行っていないことを吟味した上で、日本独自の文脈に則した
IR を考えていけばよい。
IR 室の政策立案や計画策定における役割についても同様である。ただし、IR 室にプラ
ンニングにおける主導的な役割を求めるのであれば、藤原・大野(2015)等でも繰り返し
指摘したように、(1)IR 室の構成(2)学内データへのアクセス権 の2点については、
考慮する必要がある。
プランニングを主導できるような人材(学内におけるコンサルタント)を育成するには
時間がかかる。しかし、現在の日本の大学のように、任期制教員や異動を伴う事務系職員
を中心として IR 室を構成する限り、IR 室がコンスタントにその機能を果たすことは困難
であろう。また、プランニングには、様々なデータによる裏付けが必要である。もし、そ
れを主導する IR 室に入手できない学内データが存在した場合、プランニング自体に支障を
きたす可能性を否定できない。これら2点の解決が、更なる日本型 IR の進化に繋がってい
くのではなかろうか。
プランニングには責任が伴う。言い換えると、その計画が上手く行かなかった時に、誰
が(どの部署が)責任を取るのか、ということである。米国の場合は「共同経営」の精神
のもとで、学内全体で計画を策定し、最終責任を持つ「経営陣」がそれを承認するシステ
ムを採っている。もし、日本型 IR にコンサルタント機能を与え、プランニングを主導させ
るのであれば、責任の所在は、はっきりとさせておく必要があるだろう。
23
情報誌「大学評価と IR」第 2 号(2015)
謝辞
講演の機会を与えて下さった、第7回 EMIR 勉強会、鳥取大学、茨城大学の関係者の皆
様に御礼申し上げます。また、それら勉強会に参加して下さった皆様と有意義な議論が行
えたことに感謝します。査読者の方々には、貴重なご示唆をいただきました。本当にあり
がとうございました。
引用文献
小湊卓夫,中井俊樹(2007)「国立大学法人におけるインスティテューショナル・リサー
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* オ ン ラ イ ン 文 献 の 最 終 閲 覧 日 は 全 て 2015 年 4 月 12 日 で あ る 。
[受付:平成 27 年 4 月 15 日
24
受理:平成 27 年 5 月 1 日]
藤原 宏司「政策立案・計画策定における米国 IR 室の役割」
付録 ミッション・ステートメント等の分析に用いた IR 室のリスト
大学名(検索順)
オフィス名
G e o r g i a I n s t i t u t e o f T e c h n o lo g y
Office of Institutional Research and Planning
P o rt l a n d S t a t e U n i v e r s i t y
Office of Institutional Research and Planning
University of California, Santa
Institutional Research, Planning & Assessment
Barbara
Minnesota State University,
Office of Institutional Research, Planning and Assessment
Mankato
University of Miami
Office of Planning, Institutional Research, and Assessment
Ohio State University
Institutional Research and Planning
University of Nebraska-Lincoln *
Office of Institutional Research and Planning
C o r n e l l U n i v e rs i t y
Institutional Research & Planning
U n i v e r s i t y o f F lo r i d a
Office of Institutional Planning and Research
University of Kansas
Office of Institutional Research and Planning
University of Delaware
Office of Institutional Research and Effectiveness
A p p a l a c h i a n S t a te U n i v e r s it y
Office of Institutional Research, Assessment & Planning
Texas A&M University-Corpus
Planning and Institutional Research
Christi
Villanova University
O f f i c e o f P l a n n i n g a n d I n s ti t u t i o n a l R e s e a r c h
W e s t e r n I l l i n o is U n i v e r s i t y
Institutional Research and Planning
P ie d m o n t V i r g i n i a C o m m u n i t y
Office of Institutional Research, Planning and Institutional
C o l le g e
Effectiveness
George Washington University
Office of Institutional Research and Planning
California State University-Fresno
Office of Institutional Effectiveness
R u t g e r s , T h e S t a te U n i v e r s it y o f
Office of Institutional Research and Academic Planning
New Jersey
Emory University
Office of Institutional Research, Planning, and Effectiveness
University of Louisville
Office of Institutional Research and Planning
Arizona Western College
Office of Institutional Effectiveness, Research, and Grants
University at Albany, State
Office of Institutional Research, Planning, and Effectiveness
University of New York
Columbia University
O f f i c e o f P l a n n i n g a n d I n s ti t u t i o n a l R e s e a r c h
University of Maryland
Office of Institutional Research, Planning & Assessment
検 索 日 : 2015 年 3 月 12 日
* 計画策定をミッションの一つとして掲げていた。
25
26
情報誌「大学評価と IR」第 2 号
[大学評価コンソーシアム]
平成 27 年(2015 年)5 月
IR オフィスを運用する際の留意点に関する考察
嶌田 敏行 1 ・大野 賢一 2 ・末次 剛健志 3 ・藤原 宏司 4
概要: IR オフィスの設置から運用初期までの留意点について、実務的見地から典型的な 10
の課題とその回答を FAQ 形式で作成し、IR オフィスに関する考察を行った。IR オフィスは、
大学や学部の執行部とともに目的の明確化を図った上で、データの可視化等による現状把握や
課題の洗い出し等による改善を支援する業務を始め、徐々に定例的・定型的な業務としてデー
タや情報を提供することで IR オフィスのプレゼンスを高めていくことを提案する。
キーワード: IR(インスティテューショナル・リサーチ)、FAQ、IR オフィス立ち上げ
1.はじめに
IR オフィスを運用する際の留意点に関する考察を行う前に、1960 年代に IR オフィスが
誕生した米国の状況について整理しておこう。なお、米国のエンロールメント・マネジメ
ントについては、クロック&ハンソン(2001; 2012)、日米における IR や高等教育機関の
置かれている環境の違いは、大学評価担当者集会 2014 第一分科会報告書(大学評価コンソ
ーシアム, 2015)などに詳述されている。
米国の大学には、一般に我が国で言うところの収容定員がない。また、新入生のうち、
半数の学生が 2 年目の秋学期に戻ってこないようなことも普通に起こりうる(この割合が、
在籍継続率[リテンション・レート]である)。従って、多くの大学では、次年度の在籍学
生数をなるべく正確に予測し、支出が収入を越えないように新入生の確保や在学生への単
位の売り上げを確保することが継続的な大学経営に必須である。米国の授業料は、一般的
に、我が国のように学期ごとに何単位履修しても定額というシステムになっておらず、実
際に登録する単位数に応じて授業料が決まるため、学生数が授業料収入に直接結びつかな
い。このような学生確保だけでなく、在学生動向の把握もエンロールメント・マネジメン
トに必要不可欠である。また、米国では、我が国のように4年で卒業しなければならない
(させなければならない)というプレッシャーが小さく、さらに授業料を自らの借金で支
払っていることから、学生がその大学の教育の質が低くかつ自身の得るものが小さいと感
じたならば、別の大学に移ってしまうことも多い。このような背景もあり、米国では単位
互換の制度も充実しており、学生の流動性(モビリティ)は我が国と比べはるかに高い。
加えて、例えばミネソタ州では、我が国の国立大学と比べると州からの補助金の割合が少
なく、学生納付金に頼って大学を経営している。当然のことながら赤字経営は許されない。
そのようなことから、エンロールメント・マネジメントに係る情報提供は、IR オフィスの
最も重要な業務である。我が国では、定員割れが問題になっている大学も増えつつあるよ
1
2
3
4
茨城大学 大学戦略・IR 室 室員(准教授)電話:029-228-8572 メール:[email protected]
鳥取大学 大学評価室 准教授
佐賀大学 総務部 企画評価課 係長(IR 主担当)
ミネソタ州立大学機構 ベミジ州立大学・ノースウェスト技術短期大学 IR/IE 室 リサーチアナリスト
27
情報誌「大学評価と IR」第 2 号(2015)
うだが、米国のように学生の流動性は高くない。このように我が国では、米国とは IR オフ
ィスに求めるものが自ずと異なる状況であることには留意されたい。
近年、我が国でも、IR オフィスの設置が進んでいる。平成 25 年度末(2014 年)に実施
された全国の国公私立大学における IR の実態調査である「大学における IR(インスティ
テューショナル・リサーチ)の現状と在り方に関する調査研究」(東京大学, 2014)による
と、回答のあった大学の1/4に IR オフィスが設置されており、設置していない大学の約
半数が検討中とのことであった。他方、
「スーパーグローバル大学創成支援」事業の構想調
書では、
「2.ガバナンス改革関連-(2)ガバナンス」として「③迅速な意思決定を実現
する工夫」ならびに「⑤IR機能の強化・充実」という記述項目があり、これも大学への
IR オフィスの設置がある種の社会的要請になりつつあることを示す証左であろう。加えて、
私立大学向けには私立大学等改革総合支援事業として、総額約 200 億円の教育改善、グロ
ーバル化等の支援を実施している。教育改善(タイプ I)への申請においては、100 点満点
のチェックシートがあり、IR オフィスを設置すると 3 点、そこに専任の教職員を配置する
とさらに 2 点が加算される(平成 26 年度の場合)。このタイプ I の採択ラインは 68 点(平
成 25 年度)→78 点(平成 26 年度)へと上昇しており、この 5 点ないし 3 点の持つ意味は
大きい。
このような中で、筆者らは大学評価コンソーシアムのスタッフとして、全国の評価・IR
担当者の方々と評価や IR の課題について議論する機会を多く得ている。そのような経験を
踏まえ、平成 27 年(2015 年)2 月に鳥取大学において筆者らが集まり、IR オフィスの設
置から運用初期までに着目し、典型的と思われる 10 の質問(表)とその回答について議
論を行った。
表 10の質問
Q1:IR オフィスを設置したい。学内のどこに設置すればよいか。
Q2:IR オフィスを設置したい。どのような人材を配置すればよいか。
Q3:IR オフィスに配置する人員を捻出できない。
Q4:IR オフィスを設置した。具体的に何をすればよいか。
Q5:IR オフィスを設置したが、改善が進まない。どうすればよいか。
Q6:IR 担当者の仕事は地味な感じがするが、もっと活躍できないのか。
Q7:データの収集がなかなか上手くいかないがどうしたらよいか。
Q8:分析が上手くいかないがどうしたらよいか。
Q9:IR オフィスをどのように学内に根付かせればよいか。
Q10:IR オフィスが学部等からなかなか信用してもらえない。どうすればよいか。
設置から運用までのこの段階に注目したのは、全国の評価・IR 担当者の方々からの質問
等が多かったということもあるが、データ収集、データの分析(情報への変換)、情報の活
用については、全国の評価や IR の担当者の知見がガイドライン(大学評価コンソーシアム,
28
嶌田敏行ほか「IR オフィスを運用する際の留意点に関する考察」
2013a, 2013b)としてまとまっているものの、IR オフィスの設置等については十分に知見
が集まっているとは言えないため試論として展開しておくことも目指したからである。IR
の Q&A といえば『大学の IR Q&A』
( 中井ほか, 2013)という良書もあるが、
『 大学の IR Q&A』
が IR の実践方法の手引きであるとすれば、本小論は大学執行部や IR の実務担当者が抱え
る典型的な課題を FAQ 形式で整理し、IR オフィスの設置から運用初期までの手引きとし
て活用いただけるよう整理を行ったものである。
2.IR オフィスの設置及び運用初期における典型的な課題とその考察
Q1:IR オフィスを設置したい。学内のどこに設置すればよいか。
IR オフィスを学内のどこに(誰のもとに)設置して、何をさせるのか、ということは大
学の方針に依存する。例えば、教育に関する課題を中心に対応するような IR オフィスを
設置したいならば教育担当副学長の下に置けばよいし、学長のリーダーシップの下でデー
タや情報を積極的に活用した大学経営を推進するならば学長の直下に設けるのもよいだろ
う。つまり、経営陣(大学執行部、学部執行部)等の意思決定者が IR オフィスに何をさ
せたいのか、IR オフィスを使って何がしたいのか、それを明確にすることが IR オフィス
設置に向けた第一歩となる。
IR 業務とは、「必要な時に、必要な情報を、必要とする依頼者に提供する業務」および
「そのためのデータの情報への変換業務」である(嶌田ほか, 2014)。このような業務は IR
オフィスだけなく、一般的に学内の様々な部署で行われている。しかし、IR オフィスが他
の一般的な部署と異なるのは、複数の部署からデータを入手し、必要に応じて結合するな
どの業務を専門的に行う点である。このような「IR 業務をより効果的、効率的に行う部署」
(藤原・大野, 2015)が IR オフィスの特色であり、学内のデータや情報をその部署だけで
クローズさせずに、関係各所で利活用できるようにする工夫である。
なお、米国の場合は、学内統合型データベースが整備されており、IR オフィスはその「デ
ータベース」の利用が主である。しかしながら、日本では、学内の様々な部署で利用され
ているエクセルファイルなどの「データファイル」を入手し、利用可能な「データベース」
を IR オフィスが構築しなければならない、という場合もある。
従って、例えば、大学評価を担当する部署は、部署を越えたデータを既に持っているの
でそこを起点に IR 業務を進めていくという方法もある。また、ファカルティ・ディベロ
プメント(FD)などを扱う教育系センターがあれば、そこで様々な学生アンケート等を行
っているので、そこを起点にする方法もある。
米国の大学と我が国の大学では、IR オフィスを設置する動機や背景が異なるため、米国
の IR 業務をそのまま導入しようとしても、学内の需要とのミスマッチが発生するなど、
IR オフィスが効果的に動かない可能性があるだろう。
29
情報誌「大学評価と IR」第 2 号(2015)
Q2:IR オフィスを設置したい。どのような人材を配置すればよいか。
どのような人材を IR オフィスに配置するのか、ということは、IR オフィスを使って何
がしたいのか、という問いに等しい。それが見極められれば、自ずと必要な人材は明らか
になるだろう。例えば、とにかくデータを集めたいのならば、データベースの整備が望ま
しいが、簡単に整備できないことも確かである。そのような中でデータを効率良く収集す
るには、教員よりも職員のほうがより多くのデータを所有する事務部門の中で顔が利くた
め、効率的な情報の収集につながることも考えられる。また、学生調査を重視したい、統
計を駆使して入学者予測などを行いたい、というような要望があれば、教員を配置するこ
とも十分考えられるが、2年程度の任期付き教員を公募するくらいなら、事務系職員のみ
で可能な範囲から IR 業務を始め(スモールスタート)、それでも専門家が欲しいというこ
とになってから初めて教員の採用計画を立てても遅くはないだろう。
もちろん、米国のような IR 専門職の導入も検討課題である。文部科学省の中央教育審
議会大学分科会の第 31 回大学教育部会(平成 26 年 11 月)では、IR 担当者を含めた「高
度専門職」の議論が行われており、今後、そのような議論が本格化することにも期待した
い。
なお、我が国の大学のニーズに合わせた人材育成プログラムが提供できるかどうかも重
要である。人材育成プログラムは、大学評価コンソーシアムだけでなく、各団体で実施さ
れているが、まだ改良の余地があると言わざるを得ない。これについては米国においても、
現場のニーズを十分に汲み取っているとは言えない面もある(藤原, 2015a)との報告があ
る。
Q3:IR オフィスに配置する人員を捻出できない。
無理に IR オフィスに人員を集中配置しなくても IR 業務は可能である。学内外のデータ
から現状を適切に把握することができればよいので、専任の教職員を配置せず適切な人材
を兼務させて対応する、あるいは委員会形式で対応することも可能であろう。ただし、オ
フィスの立ち上げの場合には、IR の目的の適切な設定、役職者の理解の向上のための説明、
委員会あるいは兼務者らの役割分担の調整、さらには実際の業務計画と業務執行など、IR
について一定程度の理解を有した人材が企画・立案業務を行うほうがよりスムーズな立ち
上げが見込めるだろう。
重要なのは、仮想的な IR オフィスであったとしても、経営陣(大学執行部、学部執行
部)等の依頼者と、十分な課題の共有、認識の共有が図られているかどうかである。IR 業
務は、依頼者から何らかのことを詳らかにする要望が出され、それに対して「調査の設計」
→「収集」→「分析」→「報告」を行うプロセスである。従って、仮想的な IR オフィス
であれば、逆にそのことを活かし、経営陣(依頼者)と共に IR 会議のようなものを開く
30
嶌田敏行ほか「IR オフィスを運用する際の留意点に関する考察」
のもあり得る。そこでは経営陣が抱える課題を文脈とともに IR のスタッフで共有しなが
ら課題を「何らかのことを詳らかにするための問い」に変え、調査の設計を行い、「収集」
「分析」「報告」の分担と期限を決めればよいわけである。
このような調査と解明を繰り返していくうちに定例的・定型的な業務が形作られていく
ことが望ましい。定例的・定型的な業務になれば、IR オフィスから、それぞれ担当の課な
どに業務を移譲することができるだろう。そのようにして確保した IR オフィスの余力は
次の課題解決のために用いればよい。
Q4:IR オフィスを設置した。具体的に何をすればよいか。
まずは、プレゼンス(存在感)の向上が重要かと思われる。つまり、「この大学には IR
オフィスがあって、そこに依頼すると情報を提供してもらえる」という認識が学内構成員、
とくに経営陣(大学執行部、学部執行部)に無ければ、業務依頼は来ないだろう。
米国の小規模な IR オフィス(1、2名配置)の場合、各執行部や各部局からの依頼に
もとづきデータベースからデータを切り出し、加工・成形を行い提供するような、いわゆ
るデータ・リクエスト対応業務が多い(例えば、『勉強会:米国における IR 実践を通して
考える日本型 IR』(大学評価コンソーシアム, 2014))。しかしながら、我が国の場合、米
国のような IR オフィスがデータの総合案内所的な役割を担い、学内の様々なデータを一
元的に提供するような体制はあまり見られない。従って、もう少し違う形で存在をアピー
ルしなくてはならない。
どの大学にも漠然とした危機感や問題意識は必ず存在する。そのような漠然とした問題
意識は、見過ごそうと思えば見過ごすこともできるわけだが、後日、それがより大きな不
測の事態に形を変えて大学に降りかかる可能性もある。そのような漠然とした危機感や問
題意識を数量的に可視化して大学執行部、部局執行部や各現場に示すことはできないか。
換言すれば、漠然とした危機感や問題意識をある種の客観性を持った現状把握として可視
化できるのではないか、ということである。
客観性のある可視化された事実に反論する場合、それ相応の客観性のあるデータが必要
である。従って、相手が、強硬に「そうではない」と主張したい場合以外は、受け入れて
もらえるケースが多いわけである。このような事実の客観化は、スムーズな次の対応のき
っかけを生み出すだろう。また、事実の数量化が定例化する、ということは、大学として
モニタリングすべき指標を見出せた、ということにもなるだろう。
立ち上げたばかりで、データベースも持たず、特段、業務ミッションが明らかになって
いない IR オフィスがあるならば、このような学内の漠然とした危機感や問題意識の数量
化・可視化を行い意思決定者に示すことは有効ではないだろうか。それは時系列での傾向
の提示や平均値などを用いたシンプルな表現方法でよい。明確な解を示唆するものや、ス
トーリーを示すものでなくとも「議論のきっかけ」を提供することができれば十分である。
議論が進めば、次の情報提供依頼に必ずつながる。
31
情報誌「大学評価と IR」第 2 号(2015)
なお、このような作業を行う際に、特定の個人や組織を責めるためのデータの可視化は
避けるべきである。
「誰かのせい」にするための現状把握は改善指向性を持たない。その場
合、特定の個人や組織を糾弾することで議論が収束してしまう場合が多いからである。大
学が改善しなくてはならないのは体制や仕組みなどのシステムである。従って、必要なの
は「その場対応」に向かわない、即ち、プロセスを改善するような方向に至るための情報
提供であり、それがなければ、改善は一過性のもので終わってしまうだろう。
Q5:IR オフィスを設置したが、改善が進まない。どうすればよいか。
何のために IR オフィスを設置したのか、再点検する必要があるだろう。経営陣(大学
執行部、学部執行部)が「改善の主体者は自分たちである」と理解しているかどうか、さ
りげなく確認する必要がある。米国の IR オフィスの業務ミッションを整理した藤原(2015
b)にもあるように、IR オフィスとはデータや情報の提供を通して、計画立案や意思決定
を支援する部署である。従って、そのことを IR オフィスに依頼を出す大学執行部などが
理解していることが重要である。また、IR オフィスへ多数の依頼が来るようにするために
は、評価のようなアカウンタビリティ対応や改善を測るときなど、様々な情報が欲しい場
合にデータ面から支援してくれる部署がある、ということが学内に認識される必要がある。
適切な情報提供は、漠然とした危機認識を適切な現状把握へと変え、意思決定(改善)へ
とつなげていくことを支援する。従って、各部局で「何か気になること」があれば、「IR
オフィスに訊いてみよう」と思えるような状況を作ることが、全学的な改善には肝要かと
思われる。
一方で、改善だけでなく、IR 業務をいかに継続して機能させるか、ということも重要で
ある。IR 業務には改善支援と同時に、モニタリングという機能もある。学生の学力低下等、
気がついたときにはすぐには改善計画を立案できないような事態になっている場合も考え
られる。そのためにも出来る範囲で IR 業務を開始し、徐々に業務範囲やモニタリング対
象を拡大することで、大学経営の永続性や大学教育の質の向上に寄与することも考えてい
きたい。
Q6:IR 担当者の仕事は地味な感じがするが、もっと活躍できないのか。
IR オフィスは、意思決定や検討のための情報提供部署なので、基本的には地味な仕事が
多い。IR オフィスに多数のスタッフがおり、コンサルティング機能まで担えるならば、改
善提案やそのための企画に相当程度関与できるだろう。しかしながら、そのような IR オ
フィスは米国でも多くはないし(藤原, 2015b)、当然我が国でも少ない。
32
嶌田敏行ほか「IR オフィスを運用する際の留意点に関する考察」
IR オフィスがデータセンターと化して、定期的に部局にデータや情報を提供できる業務
の比率が高まれば、ますます業務自体は地味になるが、それはデータにもとづく意思決定
が学内で定着してきた、ということなのでむしろ喜ばしいと考えるべきであろう。
もっとも、立ち上げ時には、「データベースの構築」や「データの結合作業」という作
業を行う場合も想定される。ここには、全学的なデータ定義を協議する、項目の粒度を揃
える、主キー(一意となるデータ)を探す、存在しないマスタを作成する等、執行部等に
は理解されにくい地味でかつ長期間にわたる作業もある。データの信頼性を高める作業は、
学籍管理や教育カリキュラムが複雑化する中で、困難かつ時間のかかる作業になってきて
いるが、必要不可欠な業務であろう。
Q7:データの収集がなかなか上手くいかないがどうしたらよいか。
これについては、全学統合データベースを作るか、データカタログ(いつどの部署で、
どのようなフォーマットでデータを作成しているのかをまとめたもの)を作ることが解決
策であると考えられる。一方で、データを収集することに至った経緯や目的を明示したり、
既存のデータがどこにどれだけあるのかを調査したり、実際に収集することも必要であろ
う。また、学内におけるデータの所有権の意識を変えることも重要である。米国では、デ
ータは大学全体で共有されて然るべきもの、という意識は我が国よりもずっと強い(藤原・
大野, 2015)。
このようなデータのインフラ整備や意識改革には、トップレベルでの決定や学内でのコ
ンセンサスも必要になると考えられる。もちろん、他部署との人間関係も重要であるし、
学内でどのような調査が行われているのかを把握するアンテナも重要である。教員しか専
任者として配置されていない IR オフィスならば、兼務している職員のネットワークを活
用すればよいだろう。
はじめから厳密なデータ収集フォーマットを作成しても、依頼先となる各部署や学部に
とっては、フォーマットに従って入力する負担感が増したりするなどし、なかなかデータ
は集まらないものである。九州工業大学では、データ収集フォーマットの備考欄を充実さ
せるというアイデアで柔軟なデータ収集を行っており、現場からも好評を得ているようで
ある。
アンケート調査については、IR オフィスに業務的な余裕や他部署からの信用があるなら
ば、徐々に学内各部署で行っているものを移管してくることも検討すべきであろう。IR 部
署のデータを取り扱う専門家が調査を実施することでデータの散逸を防いだり、データの
正確性を向上させたり、重複したアンケート項目も削減したり、フォーマットを統一する
ことができるかもしれない。
なお、これらについては『データ収集作業のガイドライン-効率的・効果的な評価作業
のためのデータ収集の課題と対応-』(大学評価コンソーシアム, 2013a)を参照いただき
たい。
33
情報誌「大学評価と IR」第 2 号(2015)
Q8:分析が上手くいかないがどうしたらよいか。
分析手法として、統計学を学んでおくことに越したことはないが、十分に知らなくても
ある程度は対応が可能である。IR の目的は、真実を精緻に明らかにするためというよりは、
現状を必要かつ十分に把握し、改善のきっかけを提供する面が大きいことを忘れてはなら
ない。従って、IR オフィスにおいて無理に解釈まで加える必要はなく、傾向を明らかにで
きれば十分であることが多い。分かった範囲、整理できた範囲で、表やグラフを依頼者に
見てもらえばよい。依頼者のほうが現場の状況を熟知しているので、現状を詳らかにする
ことができるだけのデータや情報を提示すれば、適切な現状把握につながるであろう。
依頼者が統計に詳しく、また統計手法を駆使して分析して欲しいと希望しているならば
統計を共通言語にコミュニケーションを取ることも可能である。残念なことに IR 担当者
にそこまでのスキルがないならば、統計の専門家に兼務を依頼するなど、大学ならではの
解決法があるだろう。
なお、評価作業のような記述を中心とした現状分析については『評価作業(記述の分析)
のガイドライン-目標や計画に照らした記述内容のチェック作業から改善の示唆へ向けて
-』(大学評価コンソーシアム, 2013b)を参照いただきたい。
Q9:IR オフィスをどのように学内に根付かせればよいか。
学内に IR オフィスが根付いたかどうかのバロメーターの1つは、IR オフィスの業務が
どれだけ活用されているかである。例えば、IR オフィスにどれだけリクエストが寄せられ
たのか、作成したファクトブックやデータ・分析結果などが会議等でどのように活用され
ているか、ということであろう。経営陣からのリクエストに応えるほか、内部質保証の取
り組み等に関与し、定期的な情報提供先を多く確保することも必要であろう。つまり、IR
オフィスを頼もしいと感じる顧客を拡大させること、即ち、必要な時に、正確な情報を、
必要な方に提供することの繰り返しが重要である。
一方で、IR オフィスがファクトブックを作成したり、会議等に使うデータを提供するこ
とで、データを脇に置いて議論するような習慣をつけてもらうことも、IR オフィスの機能
の実質化に向けて重要なことである。
Q10:IR オフィスが学部等からなかなか信用してもらえない。どうすればよいか。
IR オフィスが、学内からの信頼を勝ち得ない理由は様々だが、問題の所在を特定の個人
や組織に帰結させるような誘導をしたり、改善や計画立案の「押し売り」をしていないか
34
嶌田敏行ほか「IR オフィスを運用する際の留意点に関する考察」
どうか点検すべきであろう。米国の IR オフィスにとって重要なのは、クレディビリティ
(データの信頼性)を高め、バイアスのかかっていない(学部寄りでもないし本部寄りで
もない)データを提供することである(例えば、浅野ほか, 2014)。行動や思考にバイアス
がかかっていたり、大学執行部や特定の部署に過剰に与するなどの行動は差し控えるべき
であろう。公正さが見えない組織が提供したデータは信用を得られないだろう。
また、日常的に他部署と距離を縮める努力や、インフォーマルな関係の構築も重要であ
る。例えば、日頃縁の無い IR オフィスから、突然、「あなたのやり方はまずい、このまま
だと破綻する」と言われても困惑するだけであろう。日頃から交流があり「IR オフィスが
言うことなら確かにそうかもしれない」と思ってもらえるような関係が構築できていれば、
指摘や示唆も改善へのきっかけになり得るだろう。そのような意味では、IR 担当者は、誰
にでも公正で、そして朗らかな方が向いているのかもしれない。
3.まとめ
当然のことながら、ここで示した IR オフィスに関連した FAQ はまだ一部であるし、異
論、反論はもちろんあると思われる。筆者らとしても、大学評価コンソーシアムの様々な
勉強会等に多くの方に参加いただきながら、これら FAQ のアップデートを図っていくこ
とが重要と考えている。
米国と異なり、日本では文部科学省などが IR の重要性を謳いはじめ、IR オフィスの設
置も進み始めた状況ではあるが、IR 業務実施の必然性への理解がまだ浅く、まずは IR オ
フィスを置いたものの、業務イメージすらなかなか定まりきれない状況の大学も多いと思
われる。IR オフィスは、明確な目的をもたないと失速するおそれがあるが、まだ、現在の
ように余力があるうちに、とにかくデータを可視化して会議などの学内構成員の目に触れ
るところに出していくことなどで、データや情報を大学の経営判断に活かしたり、企画立
案に活かしたりする組織文化を醸成していくことも重要であろう。そのような意味では、
まずは、探索的に自分の大学にとって何が課題なのかを洗い出すような形で業務を進め、
それをはずみに IR オフィス機能の充実を図ってもよいかもしれない。
その後、徐々に情報の定期的な消費先(いわゆる「お得意様」)を作って、定例的・定
型的に業務を動かして行く(軌道に乗せる)ことで、IR オフィスの学内でのプレゼンスを
高めていくのである。また、改善自体は、経営陣(大学執行部、学部執行部)の仕事であ
る。IR オフィスとしては、冷たく突き放すのではなく、責任の所在と業務範囲を明確にし、
その範囲の中で全力を尽くすことが肝要であろう。
謝辞
本原稿を作成するにあたり、平成 27 年 1 月 21 日の大学評価コンソーシアム主催のガイ
ドライン勉強会にご出席のみなさま、平成 27 年 2 月 21 日の大学行政管理学会様との合同
勉強会にご出席のみなさまをはじめとする、大学評価コンソーシアムの各種イベントにご
参加のみなさまに感謝申し上げます。
また匿名の査読者の方には、読者の方に分かりやすいものを提供するための多大な示唆
を頂戴し、かなりの部分で活用させていただきました。ありがとうございました。
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情報誌「大学評価と IR」第 2 号(2015)
引用文献
浅野茂,本田寛輔,嶌田敏行(2014)「米国におけるインスティテューショナル・リサー
チ部署による意思決定支援の実際」,『大学評価・学位研究』第 15 号,35-54.
嶌田敏行,藤原宏司,浅野茂,大野賢一,関隆宏,小湊卓夫,土橋慶章,本田寛輔(2014)
「米国の中規模州立大学の IR オフィスおよび国立大学の評価・IR 部署における業務
の現状と今後の展開に関する一考察」,
『 日本高等教育学会第 17 回大会発表要旨集録』,
46-47.
大学評価コンソーシアム(2013a)
『データ収集作業のガイドライン-効率的・効果的な評
価作業のためのデータ収集の課題と対応-』.
http://iir.ibaraki.ac.jp/jcache/index.php?page=guideline
大学評価コンソーシアム(2013b)
『評価作業(記述の分析)のガイドライン-目標や計画
に照らした記述内容のチェック作業から改善の示唆へ向けて-』.
http://iir.ibaraki.ac.jp/jcache/index.php?page=guideline
大学評価コンソーシアム(2014)
『勉強会:米国における IR 実践を通して考える日本型 IR
報告書』(平成 25 年 11 月 12 日実施).
http://iir.ibaraki.ac.jp/jcache/index.php?page=ir20131112
大学評価コンソーシアム(2015)『大学評価担当者集会 2014 第一分科会報告書』(平成 26
年 8 月 29 日実施).
http://iir.ibaraki.ac.jp/jcache/index.php?page=acc20140829-1
東京大学(2014)「大学における IR(インスティテューショナル・リサーチ)の現状と在
り方に関する調査研究」.
http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/itaku/1347631.htm
(最終閲覧日:2015 年 4 月 21 日)
中井俊樹, 鳥居朋子, 藤井都百(2013)『大学の IR Q&A』,玉川大学出版部.
藤原宏司(2015a)
「米国における IR 履修証明プログラムについての一考察」,情報誌『大
学評価と IR』,1, 19-30.
藤原宏司(2015b)
「政策立案・計画策定における米国 IR 室の役割」,情報誌『大学評価と
IR』,2, 17-25.
藤原宏司, 大野賢一(2015)「全学統合型データベースの必要性を考える」,情報誌『大学
評価と IR』,1, 39-47.
Clock, R., Hanson, G.(2001) in "Institutional Research: Decision Support in Higher
Education", Ed. Howard, R.D., (リック・クロック,ゲーリー・ハンソン[嶌田敏行,
大川一毅,奥居正樹訳](2012)「第1章 エンロールメント・マネジメントと学務」,
大学評価・学位授与機構 IR 研究会訳『IR 実践ハンドブック:大学の意思決定支援』,
15-98,玉川大学出版部).
[受付:平成 27 年 4 月 15 日
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受理:平成 27 年 5 月 18 日]
編集者/編集後記
編集委員
○嶌田 敏行*(茨城大学 大学戦略・IR 室)
大野 賢一*(鳥取大学 大学評価室)
末次 剛健志(佐賀大学 総務部 企画評価課)
関 隆宏*(新潟大学 経営戦略本部評価センター)
藤井 都百(名古屋大学 評価企画室)
藤原 宏司(ミネソタ州立大学機構ベミジ州立大学/ノースウエスト技術短期大学 IR/IE 室)
藤原 将人*(立命館大学 教学部 学事課)
○ 委員長(編集長)
*大学評価コンソーシアム幹事
編集後記
ご存じの通り評価担当者にとって、この時期は最繁忙期とも言える時期です。我々の編集委員
の中には、今年はそれに加えて機関別認証評価を担当している者、第三期中期目標・計画素案策
定支援を行っている者もおりますが(少々、当初の予定からは遅れましたが)無事第二号を刊行
することができました。これも読者の方々からの様々な励ましのお言葉などの賜です。
編集委員会では、第一号はやや理論的すぎるのでは、という話もあり、実践的な話を中心に据
えなくては、と思いました。しかしながら、なかなか「表に出せる話」が少ないのも事実で、IR
実務担当者連絡会という「ここだけの話」ができる勉強会との連動で企画を進めないと、評価・
IR 事例の体系化などはなかなか難しいのかもしれません。
今後とも、様々な試行錯誤を繰り返しながら、少しでも役に立つ情報を収集、提供していこう
と思っておりますので、
(できる範囲内での)ご協力の程、よろしくお願いします。とくに表紙の
写真を募集しています。原稿を書くのは敷居が高そうだけど、写真くらいなら、という方はぜひ
編集委員会[ [email protected] ]までお送りください。(湖)
発行日・発行者・著作権について
発行日:平成 27 年 5 月 18 日(第 2 号)
発行者:大学評価コンソーシアム
編集者:大学評価コンソーシアム情報誌編集委員会
※ 著作権は、大学評価コンソーシアムに帰属します。ただし著者がこれらの全部ないし一部を著者自身で他に利
用する(講演や教材で用いる等)場合、その記事の出所を明示すれば足りるものとします。著者以外の方は、一
般的な引用ルールに従ってご利用ください。
発行に関する助成について
この情報誌の発行は、平成27年度科学研究費助成事業(科学研究費補助金)基盤研究(B)
「大学の評価・IR 機能の高度化のための実践知の収集・分析とその活用に関する研究」
(課題番号:15H03469、研究代表者:嶌田敏行)の助成を受けています。
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