資料2-3 動物性集合胚研究の進捗状況について 2015. 3. 25 正木英樹 (東京大学医科学研究所幹細胞治療分野・特任研究員) 1. 動物性集合胚のホスト胚の選定 各種動物胚が培養下で発生可能であるかを検証した。 マウス胚: 培養下で培養皿に接着(生体内での正常発生の着床に相当)し、原腸 陥入期以降まで発生可能 ブタ胚: 培養下では後期胚盤胞(hatched blastocyst)までしか発生できず、培養皿 に接着できない マーモット胚: ブタ胚と同様、培養皿に接着できない 原腸陥入まで観察できることと、胚の入手の容易さから、マウス胚をホスト胚 に決定した。 マウス胚の発生に適した培養条件を決定した。 また、該条件下で7日間マウス胚を培養すると原腸陥入期まで発生する胚が現 れたことから、培養期間を7日までとした。 2. 動物性集合胚の作成法および観察法 マウスの桑実胚または胚盤胞に予め蛍光標識したヒト iPS 細胞を 10 個移植して 動物性集合胚を作成した。 移植細胞が生存したキメラ状態にあるかを 1 日毎に観察した。 3. 結果 3.1 評価基準の決定 マウス胚性幹細胞(ESC; キメラ形成能あり; 図1A-C)、エピブラスト幹細胞 (EpiSC; キメラ形成能なし; 図1D-F)での予備実験から、将来胚体を形成す る領域(図1C,F 破線部)に移植細胞が寄与していればキメラ個体を形成でき ることがわかった(図 1)。 キメラ個体の生存率を 1 日毎にカウントしたところ、培養皿への接着前はどち 1 資料2-3 らの細胞も生存しているのに対し(図1A, B, D, E)、培養皿への接着直後であ る 4 DIV (days in vitro)になるとキメラ形成能のない細胞は消失してしまうこ とがわかった(図1F)。 これらを元に、1 日毎に動物性集合胚の生存数(キメラ胚の数)をカウントする ことにした。 [図1] 3.2 通常のヒト iPS 細胞のキメラ形成実験 まず、一般的な条件で作成されたヒト iPS 細胞による動物性集合胚を作成し、 観察した。 その結果、ヒト iPS 細胞由来細胞は将来胚を形成する領域に寄与することがで きず、マウス胚との間にはキメラ形成できないことが示唆された(図2C)。 2 資料2-3 培養皿への接着後には移植細胞がほとんど生存していないことからもこの結果 が裏付けられた(図2H)。iPS 細胞は単細胞にまで解離した際に細胞死を起こ すことが知られている。マウス胚に注入する際に単細胞に解離する必要がある ため、これが原因でキメラ形成できない可能性を考え、解離に耐性のある (dissociation resistant) iPS 細胞を作製した(図2H; DR-iPSC)。しかし、 DR-iPSC は通常の hiPSC と同様の挙動をしめしたことから、解離処理がキメラ 形成できない原因ではないことが確認された。 3 資料2-3 [図2] 3.3 ナイーブ型ヒト iPS 細胞のキメラ形成実験 現状のヒト iPS 細胞はマウスの EpiSC に相当する、着床後の発生段階にあるこ とが、当該分野の研究者の共通認識である。そのため、マウス ESC に相当する 着床前の発生段階にあるヒト多能性幹細胞(ナイーブ型多能性幹細胞)を作成 するための研究が現在世界中で精力的に行われ、すでに多くの報告がある。し かし、ヒトナイーブ型多能性幹細胞が真に着床前段階にあるかは、着床前胚と のキメラ形成を検証しないことにはわからない。ヒト胚を用いてキメラ形成実 験を行うことが論理的に最も正確な検証法であるが、日本国内ではガイドライ ンに抵触する(米国では、培養下で発生させる限りは、各研究機関の倫理審査 を受けることで実施可能)。現状の国内のガイドラインに沿ってヒトナイーブ型 多能性幹細胞の生理的な性質を評価することが、我々が動物性集合胚研究に取 り組む目的である。 多くの報告のうち、我々のところで報告通りの性質が再現できているのが高島 らによる”reset cell”である(Takashima et al., Cell 2014 158(6) 1254-1269)。結 果 3.2 で用いた iPSC を同法により reset-iPSC とし、キメラ形成能を評価した(図 3I)。 4 資料2-3 通常のヒト iPSC(図 3A)から reset-iPSC へとナイーブ化すると形態、遺伝子発 現パターンが大きく変化する(図 3B,C,D: B は外来性遺伝子発現あり、C はなし)。 この細胞を用いて動物性集合胚を作成して培養したところ、移植された細胞は 着床前に高い生存率を示したものの(図3E)、一部生存した細胞は形態形成異 常を示し(図3F,G)、着床後には全て消失するか、マウス胚とは独立して異所 的な構造体を形成した(図3H)。通常のヒト iPSC と同様の挙動を示したことか ら、reset-iPSC もマウス胚との間にキメラ形成できないことが示唆された。 引き続き、他の方法でヒトナイーブ型多能性幹細胞株の樹立を行っているが、 現在のところマウス胚との間にキメラ形成できる可能性を示した株は存在しな い。Reset cell はヒト着床前胚によく似た遺伝子発現プロファイルを示すことが わかっている(Huang et al., Cell Stem Cell 2014 15(4) 410-415)が、その reset cell でも通常のヒト iPS 細胞と同様の挙動を示すということは、マウス胚を用 いて培養下で評価するという手法の限界を指し示しているのかも知れない。す なわち、キメラ形成できないのは移植した多能性幹細胞の性質によるのか、そ れともホスト胚がヒトと進化的にかけ離れているマウス胚であることが原因な のか、他のホスト胚が選択できない以上は結論が出せないということである。 5 資料2-3 [図 3] 6
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