数学・物理

平成27年度
民間航空操縦士訓練学校
一期生
入学試験問題(1)
(数学・物理)
60分
【出題のねらい】
2015-04-01
CAP-NEXT 03 (1)
問1:以下の計算を行いなさい。 5 点
一般的な分数の四則演算で、数学の基礎能力を問うもの。中学 1 年レベル。(3)と(4)の解答が
共に 1 になるのは意図したもの。心理的な安定感(自信)がなければ、再計算を試み、無駄に時間を消
費する。(5)は分母、分子とも素数の積になっている。分解して約分すれば簡単に解けるが、力業で
計算しても正解に辿り着く。電卓を用いて計算しても良い。
問2:以下の計算を行いなさい。 5 点
上記、問1の上位版。中学 2 年~高校レベル。(3)、(4)、(5)では三乗及び三乗根を用いて
いるが、虚数は扱わずに済むように作成している。とても複雑に「見える」設問だが、計算結果は驚く
ほどシンプルになるよう作られている。実は、航空で日常的に使用する数学はシンプルで美しいことが
多い。見かけで敬遠しないこと。
問3:以下の計算式を解きなさい。 5 点
変数が混ざることで、より上位の単純計算能力を問うている。中学 3 年~高校レベル。(2)は因数
分解できるかがポイント。(3)や(4)は一見複雑だが綺麗に約分できる。
※上記、問1~問3は、配点が低い割に手間がかかる設問である。最初に全部の問題に目を通し、思
い切って、解答を断念する(捨てる)判断力も試されている。
問4:1999 年 8 月 26 日、アメリカ合衆国のマイケル・ジョンソンが 400m 競争で 43 秒 18 の世界記録
5点
をマークした。彼の 400m 競争における平均時速を小数点以下 3 桁まで求めなさい。
1 秒以下の値が 10 進数であることが重要なポイントである。地球上の座標を表す「緯度経度」も、
度、分、秒(各値とも 60 進法)で示されるが、コックピットの FMS(フライト・マネージメント・シ
ステム)では表示桁数の関係から「100 分の 1」分の意味で、例えば北緯 31°47.60'(北緯 31 度 47.60
分)などと表示される(分の小数点以下は 10 進法:この値を秒まで表示した場合は北緯 31°47'35.88"
と表記することになる)。
Google Earth の座標も、緯度経度は「度」の単位までで表示され、小数点以下は 10 進数となってい
る(上記は北緯 31.7933° を換算したもの)。この値を、度、分+小数、及び、度、分、秒+小数など
へ、また、その逆方向へ「暗算で」変換できなれば、FMS 上に表示された座標の読み取り、入力(実
際には入力は殆どない:この理由は只野塾の座学で説明する)ができない。
エアライン・パイロットを目指すなら、この 60 進数と 10 進数の相互変換を暗算でできるようトレー
ニングを積んでおいていただきたい(トレーニングすれば簡単にできるようになる:単に 6 を掛けて 1
桁ずらす、又は 6 で割って 1 桁ずらすだけの話になるのだが、その理由も自分で計算式を立てて理解し
ておくこと/0.5° が 30' であることはすぐに理解できるだろう…
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良く考えてみて欲しい)。
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CAP-NEXT 03 (1)
問5:下図のように直線部分の長さが l であるような楕円形の 3 つのトラックがある。一番外側のトラ
ックの曲線部分の半径は x であり、中間トラックの半径は y 、内側トラックの半径は z である。
また、各トラックのスタート地点に、それぞれ●(a)、▲(b)、■(c)の選手が横一列に並ん
でいる。このとき、以下の設問に答えなさい。なお、長さの単位は m とする。
今回の数学・物理の設問は、飛行機の操縦に直結する内容としている。このトラックパターンは、簡
略化されてはいるが、航空機の場周経路(トラフィック・パターン)と呼ばれる空港周辺の飛行方法を
模して作成されたものであり、訓練生は、もう少し複雑な計算式を立て、実際に値を入力し、計算する
ことが求められる(表計算ソフトなどを使い、パラメータを変えて計算する)。
さらに、計算の結果得られた値は「飛行の目安」として覚えておかねばならない(操縦する機体が変
わる → 場周経路上での飛行速度が変わる → 値が変わる、ため、機種移行する操縦士は、一度はこの
計算をやり直すことになる:エアライン・パイロットで、この計算を一度もやったことがない者は居な
いはずである)。
この程度の数学の問題を理解できない、理解しようとする気がない者は、プロ・パイロットにはなれ
ない。もし正解できなかった場合は、徹底的に理解し、自分で計算できるようにしておくこと。
問6:下図のように、半径 r の円周上を、速度 v で等速円運動をしている円錐振り子がある。振り子の
20 点
錘を吊る糸が垂線となす角度を  、糸が錘を支える張力を L 、重力加速度を g および錘の質量を
m とするとき、以下の設問に答えなさい。なお、糸や錘に体積はなく、空気抵抗の影響もないも
のとする(有効数字は小数点以下 1 桁とする)。
この問題も、実は航空力学で扱う問題を、一般的な物理の問題(円錐振り子)として作成したもので
ある。下図の「真横から見た図」は、旋回中の飛行機を前後(イメージ的には真後ろ)から見たものな
のだが、イメージできるだろうか。
ここで L を揚力(Lift)といい、翼で発生する飛行機を持ち上げる力である。揚力を発生させるには
速度 v が必要であり、旋回中は下図のとおり向心力と遠心力が飛行機に働く。  は、飛行機を傾ける角
度(これをバンク角という)に等しい。
(真上から見た図) (真横から見た図)

v
L
r
向心力
遠心力
向心力
遠心力
g
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CAP-NEXT 03 (1)
そして、計算で使用する値
m = 10.0 kg
v = 61.7 m/s
g = 9.8 m/s2 r = 1178.4 m
は、実は飛行機の速度(61.7 m/s = 120kt)を前提に
設問 A:振り子の錘が 1 周するのに必要な時間(秒)を求めなさい。
で求めさせた通り、120 秒かかる半径(1178.4 m = 約 0.6nm)で設定した。この 1 周するのに 120
秒(2 分)かかる飛行機の旋回を「標準旋回(Standard Rate Turn)」という。
設問 B:振り子の錘にかかる遠心力を求めなさい。と、設問 C:糸が錘を支える張力を求めなさい。
v2
を憶えさせると共に、物体に
この 2 問は、さほど重要な設問ではないが「遠心力の公式」 F  m
r
働く力のベクトル分解(及び合成)の重要性を知ってもらうために作成した。
ちなみに、設問 C では「張力」に変数 L を使っていることからも判る通り、この力は「揚力」に等し
く、また、機体に働く「地面に対してではなく飛行機に対して真下に働く力」(=機体に搭乗している
者にかかる力)にも等しい(この力を荷重と呼ぶ)。この荷重は、一般的に、地表面における重力加速
度( g = 9.8 m/s2)の倍数で表現されることが多く、出題こそしていないが、質量( m )10.0 kg の物
体にかかる荷重が
L
mg 2

10.0  9.82
 98.0kg  m / s 2  98.0 N
であることから考えると
103.2  98.0  1.053 倍となっていることが解る。つまり、120kt における標準旋回では 1.05G の荷重
がかかっていることになる。
円錐振り子の問題は、飛行機に働く浮く力(揚力)を、飛行機を引っ張り上げる力(張力)とみなし
標準旋回における飛行機に働く力を理解させるために作成したものなのである。
設問D:錘を吊る糸が垂線となす角度  を求めなさい。
この設問が問6で最も重要である。すでに解説した通り、この角度は「バンク角」と呼ばれる飛行機
を傾ける角度である。つまり、問6における計算で使用する値(=120ktにおける標準旋回)を行う場合
のバンク角を求めさせているのである。
飛行機は傾き(バンク角)を大きくすればするほど旋回半径は小さくなり旋回に必要な時間も短くな
る。逆に、傾き(バンク角)を小さくすればするほど旋回半径は大きくなり旋回に必要な時間も長くな
る。ある速度において、標準旋回(1周を120秒で回る旋回)する場合のバンク角と旋回半径の組み合わ
せは一意に決定されることが解る。
しかも、このバンク角は、質量(重量:つまり機体の重さ)には関係がない!
セスナのような小型
機も、ボーイング777のような大型機も、傾き(バンク角)は「速度」と「旋回半径」でのみ決定され
るのである。パイロットであれば、当たり前の事実だが、これを物理学(航空力学)的にきちんと理解
しておくことは、とても重要である。
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CAP-NEXT 03 (1)
問7:前問の円錐振り子において、円周の半径を r (m)、速度を v (m/s)、錘を吊る糸が垂線となす
角度を  (°)、重力加速度を g (9.8 m/s2)とするとき、以下の設問に答えなさい(重力加速
30 点
度を除く前問で具体的に示した数値は使用しないこと)。なお、糸や錘に体積はなく、空気抵抗
の影響もないものとする。
この問 7 は、事実上、問 6 を一般化(特定の数値を与えずに、各パラメータとの関係性を問う)した
設問である。変化するパラメータ(変数)が 3 つあることから、相互の関係を理解させることが目的で
ある。
設問A1:角度  を他の変数を用いた式で答えなさい。
すでに解説した通り、飛行機の傾き(バンク角)は、旋回半径と速度の関数である。模範解答に示し
た表は、実は下記の意味を持っている。
設問A2:以下の表の空欄を埋めなさい(有効桁数は他のマスを参考にすること)
。
バンク角(  )の値
飛行機の速度
(v)
旋回半径( r )
0.4 nm
0.5 nm
0.6 nm
80 kt
12.4°
10.0°
8.2°
100 kt
18.7°
15.2°
12.6°
120 kt
26.6°
21.9°
18.3°
また、1周に必要な時間が120秒(2分)である旋回=標準旋回なので
参考A2:飛行機が1周するのに必要な時間(s)は以下の通りとなる。
1周に必要な秒数
飛行機の速度
(v)
旋回半径( r )
0.4 nm
0.5 nm
0.6 nm
80 kt
120 s
149 s
181 s
100 kt
96 s
120 s
146 s
120 kt
79 s
99 s
120 s
つまり、飛行機の速度が120 kt時の標準旋回に必要なバンク角は18.3°であり、その時の旋回半径は
0.6 nmであること、同様に100 kt時では15.2°であり旋回半径は0.5 nmであること、80 kt時では12.4°
であり旋回半径は0.4 nmであることが解る(表内の薄緑の部分)。
同一速度、例えば120 kt時に旋回半径を0.5 nmにしたければ(つまり小さな半径で旋回したければ)
バンク角は21.9°に増加し、1周に要する時間も99秒と短くなることが解る(表の
部分)。一方、
同一旋回半径、例えば0.6 nmであれば、速度が遅くなるにつれてバンク角は小さくなり、1周に要する
時間も長くなることが解る(表の
部分)。
設問B1:半径 r を他の変数を用いた式で答えなさい。
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CAP-NEXT 03 (1)
すでに解説した通り、旋回半径は、飛行機の傾き(バンク角)と速度の関数である。模範解答に示し
た表は、実は下記の意味を持っている。
設問B2:以下の表の空欄を埋めなさい(有効桁数は他のマスを参考にすること)
。
旋回半径( r )の値
飛行機の速度
(v)
バンク角(  )
12.4°
15.2°
18.3°
80 kt
0.421 nm
0.341 nm
0.280 nm
100 kt
0.652 nm
0.527 nm
0.433 nm
120 kt
0.963 nm
0.780 nm
0.640 nm
また、1周に必要な時間が120秒(2分)である旋回=標準旋回なので
参考B2:飛行機が1周するのに必要な時間(s)は以下の通りとなる。
1周に必要な秒数
飛行機の速度
(v)
バンク角(  )
12.4°
15.2°
18.3°
80 kt
120 s
97 s
79 s
100 kt
149 s
120 s
99 s
120 kt
181 s
146 s
120 s
つまり、飛行機の速度が120 kt時の標準旋回に必要な旋回半径は0.640 nmであり、その時のバンク角
は18.3°であること、同様に100 kt時では0.527 nmであり、バンク角は15.2°であること、80 kt時で
は0.421 nmであり、その時のバンク角は12.4°であることが解る(表内の薄緑の部分)。
同一速度、例えば120 kt時にバンク角を15.2°と小さくすれば、旋回半径は0.780 nmと大きくなり、
1周に要する時間も146秒と長くなることが解る(表の
部分)。一方、同一バンク角、例えば18.3°
であれば、速度が遅くなるにつれて旋回半径は小さくなり、1周に要する時間も短くなることが解る(表
の
部分)。
設問C1:速度 v を他の変数を用いた式で答えなさい。
すでに解説した通り、飛行機の速度は、飛行機の傾き(バンク角)と旋回半径の関数である。模範解
答に示した表は、実は下記の意味を持っている。
設問C2:以下の表の空欄を埋めなさい(有効桁数は他のマスを参考にすること)
。
飛行機の速度(kt)の値
旋回半径( r )
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バンク角(  )
12.4°
15.2°
18.3°
0.4 nm
80 kt
89 kt
98 kt
0.5 nm
89 kt
99 kt
109 kt
0.6 nm
98 kt
109 kt
121 kt
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CAP-NEXT 03 (1)
また、1周に必要な時間が120秒(2分)である旋回=標準旋回なので
参考C2:飛行機が1周するのに必要な時間(s)は以下の通りとなる。
1周に必要な秒数
旋回半径( r )
バンク角(  )
12.4°
15.2°
18.3°
0.4 nm
120 s
108 s
97 s
0.5 nm
134 s
120 s
109 s
0.6 nm
147 s
133 s
120 s
つまり、飛行機のバンク角が18.3°かつ旋回半径が0.6 nmの標準旋回を行う時、飛行機の速度は121
ktであり、同様に15.2°かつ旋回半径が0.5 nmの標準旋回は、飛行機の速度が99 kt、12.4°かつ旋回
半径が0.4 nmの標準旋回は、飛行機の速度が80 ktであることが解る(表内の薄緑の部分)。
同一旋回半径、例えば0.6 nm時にバンク角を15.2°と小さくすれば、飛行機の速度は109 ktと遅くな
り、1周に要する時間も133秒と長くなることが解る(表の
部分)
。一方、同一バンク角、例えば
18.3°であれば、旋回半径が小さくなるにつれて飛行機の速度は遅くなり、1周に要する時間も短くな
ることが解る(表の
部分)。
これらの表は http://www.jgas-aircraft.co.jp/dcms_media/other/問7設問解答.xls からダウンロード
できるので参照されたい(Microsoft Excel用)
。
数式は、単に覚えるためにあるのではない。数式の意味を実際のフライトに照らし合わせ、どのよう
な意味を持っているのかを理解しなければ意味がない。
只野塾の【数学・物理】の試験問題は、航空を全く知らない受験者であっても勉強(復習)できるよ
う配慮して作成されている。また、多くの設問が、航空力学やパイロットとしての知識に直結するよう
にも考慮されている。
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只野塾は、実践的なパイロット・スキルを身につけさせるフライト・スクールであり、アカデミック
な「学問の為の学問」を探求する大学ではない。そのため、現実に使わない道具や知識は不要であり、
不要と思われる能力を合否の判定に用いることはない。
逆に言えば、この【数学・物理】で出題された程度の知識は、実践的なパイロット・スキルとして身
につけておかねばならないことを意味している。
航空機は、極めて「数学的に美しく物理学通り論理的に飛ぶ」物体であって、物体の運動に関する深
い洞察は、パイロットとして必須である。そのパイロット・センスを支える基礎的な能力を、この試験
では測っている。
勘で飛ばしていた大昔ならいざしらず、現代の航空機は「数学と物理」で飛んでいることを理解して
欲しいと思う。
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