118号、5月10日発行

印刷教育研究会
会報
No.118
2015.05.10 発行
LETTER OF JAPAN ASSOCIATION OF GRAPHIC ARTS EDUCATION
巻頭言
印刷教育研究会
〒113-0033 東京都文京区本郷1-3-9
東京都立工芸高等学校
グラフィックアーツ科内
(連絡先:大澤 正則)
TEL 03-3814-8755
URL http://graphic-ed.net/
<<現代の印刷教育とは>>
東海大学名誉教授
髙橋 恭介
明治、大正、昭和戦前にかけて殖産振興、富国強
い。この問題は、大きく見ると国として70年経っ
兵、西欧列強に追いつくための名のもとに、紙幣や
た教育制度の見直し・改革が必要なことを投げかけ
書籍の発行、国民の教育、西欧知識の摂取と国民全
ていることにもなる。
般の知的レベルの向上等が重要であるとして印刷技
現状での問題を考えてみると印刷の名があると学
術は、国により普及推進されてきた。産業の担い手
生が集まらないので、画像やグラフイックの名をつ
を創るために「印刷・工芸」の名の付く高等教育機
けた印刷系からの学科が大学・高校に見られるが、
関としての旧制専門学校が、印刷教育を担当して人
その中身は、グラフイックアーツ乃至は印刷・工芸
材を産業界に送り込んできた。一方、戦後も産業復
的なものであるようにみられる。現在の対応として
興と共に学制改革が行なわれたが、戦前の印刷技術
考えられるのは、一つは、教育現場と産業界(日印
の延長線上の教育機関として、千葉大学、写真短期
産連、全印工連等)との意見交換・対話を持つこと
大学(現・東京工芸大学)や高等専門学校、工業高
であり、業界が学校への講師派遣を支援することで
校などに印刷科、印刷工学科、写真印刷科等の印刷
ある。アナログ・デジタル印刷の両方が分かる人達
と言う名称を持った教育機関が人材育成を担う形で
が、停年を迎える時期に来ており、学校の教師では
作られた。それらの学校の卒業生が、印刷産業及び
対応できない授業に停年パワーを生かすことで費用
関連産業分野の発展に大きく寄与してきた。しかし、
負担は業界がやり印刷技術を理解させるとともに業
情報のデジタル化の進展、電子写真やインクジェッ
界の魅力を伝える必要がある。しかも、このような
ト等の新しい画像技術の台頭などにより、教育機関
試みは地方単位で行うことができるので地方活性に
の授業内容に変革を迫る状況が生まれてきた。千葉
繫がる可能性がある。もう一つは、ニュースにみら
大学では、1982年(昭和57年)に印刷工学科
れる日本印刷カレッジの設立であり印刷会社の営業
は、画像応用工学科になり工学部から印刷・写真の
マンの育成を月1回、1年で行う話が見られる。こ
名が消えている。その他、1992年のバブル崩壊、
のように社員教育をどのように行うか、企業のニー
1990年代中頃に「DTP」が印刷業界にもたらさ
ズに合わせた教育プログラムは、どうするかなど難
れアナログ製版技術を根底から変えてしまった衝撃
しい問題があるが、基本はデジタル DTP システム
的影響などにより教育機関から「印刷」の名が消え
と画像技術のそれぞれの全体像を理解させること
てしまっている。しかし、印刷産業とその関連産業
で、顧客へ提案できる商品の企画立案ができる人材
は縮小したとはいえ厳然と存在し、社会のニーズを
の育成であろう。この問題は、業界と JAGAT、日
満たす印刷メディアを生産している。しかも、産業
本プリンティングアカデミーなどが話し合い協力し
構造、市場環境、需給関係等が一変している中で、
て教育の「場」やシステム、運用等をどうするかを
印刷産業としてのあり方や新しいビジネスモデルを
検討して、講師には停年パワーの利用等業界支援の
構築しなければならない状況に置かれている。これ
もとで総合的に考えた新しい試みが出てくることを
らのことに対応できる人材の育成・供給が産業界に
期待する。
とっては渇望問題であるが対策は今のところ見えな
1
印刷教育研究会会報 No.118
(2015年5月11日発行)
<<新しい印刷メディア系専門職業大学の創設へ(第1報)>>
―文部科学省の職業教育を行う高等教育機関の制度化―
国際印刷大学校
木下堯博
1、はじめに
計画されるとのことである。現在、各大学で実施され
2014 年 11 月 21 日、日本印刷学会秋季研究発表会
ている自己点検・評価制度や各職業分野の専門性に
が京都工芸繊維大学で行われ、
「印刷企業に於けるイ
応じた分野別評価、及びこの新設大学の質を維持して
を㈱サンエムカラーと共同
いくとの審議内容である。日本では専門学校、専修学
で発表した。同社では教育の重要性を社是として、専
校などがあり、併存することになる。かつて、文部科
任2名が印刷教育に関する情報収集と資料解析などに
学系の大学では工学部の印刷工学科が画像系学科とな
従事し、インターンシップに必要なカリキュラム、教
り、印刷技術に関する教育と研究が衰退していった。
材、指導員の教育、対外的な折衝(京都市内の大学、
又、厚生労働省管轄の職業訓練大学校が各地に設立、
行政機関など)を積上げ、
2014 年 8 月下旬の 10 日間、
印刷系の学科が設けられたが、情報処理やデザイン分
オフセット印刷のデザイン、DTP,製版、印刷、製本・
野に吸収され、姿を消した。
加工(協力会社での見学)を中心にインターンシップ
一方、ドイツではダルムシュタット工科大学の印刷
を実施した。page2015 では「印刷産業に於ける人財
機械学科は印刷メディアに関する研究と教育を行って
育成」と題し , 4名の講師①著者が過去5年間の page
いる学術大学、シュットガルト、ベルリン、ミユンヘ
で報告した印刷教育について7keys から 10keys へ、
ンの印刷大学は職業教育を中心とした大学で、歴史と
②㈱サンエムカラー(京都市)の教育推進室の谷脇氏
伝統があり、卒業生も世界各地で活躍している。(4) からインターンシップの詳細を報告、③東京グラフッ
韓国でも同様に印刷メディアに関する研究と教育は釜
クサービス工業会の斎藤専務理事が同会で実施してい
山の釜慶大学校、大学院大学ではソウルの東国大学校
る「女性と高齢者の就業及び新たな採用手法」の中間
などがあり、印刷技術の教育ではインチョンポリテク
報告、④㈱世真(大阪市)の倉永常務が同社で実践し
カレッジがある。著者はこれらの教育機関のスタッフ
ているグローバル人材の育成、特にベトナムでの DTP
と交流を深め、学会や研究会での討論は印刷技術の発
工場設立事例を中心として、講演を行った。
(写真 1)
世界各国の印刷メ
展に貢献している。(5)
2015 年 3 月 18 日、文部科学省は「実践的な職業
ディア教育機関では印刷メディアに関する教育と研究
教育を行う高等教育機関の制度化に関する有識者会
は長い歴史の中で、実績を積み上げ、各国の印刷産業
これまで
及び印刷文化(6)に貢献している。日本はこれらに準
の研究・教育から本論では日本の印刷界として印刷メ
拠した新しい印刷メディア系専門職業大学の創設が必
ディア系専門職業大学(仮称)創設の重要性をまとめ
要である。
ンターンシップ導入」
(1)
(2)
議」
(全 12 回)の審議内容を公開した。
(3)
3, 印刷メディアの教育と研究
た。
2、新しい大学創設の方向性 日本の印刷教育界では、印刷メディアに関する教育
2014 年 10 月から 2015 年 3 月 18 日までの有識者
や研究を行う高等教育機関が消滅してしまった。全国
会議での「職業教育を行う新たな高等教育機関の制度
レベルでは過去 20 年間で 1994 年に同学科の 344 名
化資料」が公開され、各分野で議論されている。この
卒業(116 名印刷及び関連企業に就職)
、2007 年では
新たな高等教育機関の目的は、その職業に必要な実践
154 名卒業(4 名印刷関連就職)
、2009 年以降は卒業
的知識や技術、能力などの育成、更に、質の高い専門
生がゼロとなった。(7)これに対処して、海外の印刷
職業人育成のための教育と、位置付け、研究よりも教
メディアを教育・研究する大学からの学生を採用も考
育に重点があり、産業界の最新動向の把握や分析の研
慮する必要もあろう。日本から近くの大学では韓国・
究なども行われる。教育方法は実習・実技・演習・実
釜慶大学校、中国・北京印刷学院、台湾・中国文化大
験等を重視し、特に長期のインターンシップなども、
学などがある。
2
2015 年大卒の就職内定率は厚生労働省、文部科学
2011 年 5 月号(9)に掲載し、その結論で印刷産業界
省の調査(2014 年 10 月)で 68.4%(前年同期比 4.1%
への人材供給と育成に関し7Keys をまとめた。その
増)であるが、首都圏は地方よりも 15%多かった。
後の page2015 で合計10Keys とした。この中の三
地方の中小企業でも独自の技術や商品開発を推進して
番目に「印刷メディア系の大学の設立」を提唱してき
いて、海外ビジネスにも挑戦する意欲的企業もある。
た。今までの諸活動とこの度の文部科学省の「実践的
印刷企業も自社の魅力を積極的に発信し、インターン
な職業教育を行う新たな高等教育機関の制度化に関す
シップによる就業体験を増やして、学生との積極的交
る有識者会議」の内容に準拠し、是非とも印刷界発展
流が必要であろう。2014 年、中小企業庁によるもの
のため『印刷メディア系専門職業大学(仮称)の設立』
づくり助成が行われたが、多くの印刷企業が採択され、
を推進すべきであり、我々は英知を集め、そのプラン
設備投資により、新しい印刷技術にチャレンジしてい
ニングに着手しなければならない。(10)
る。この助成申請には従業員の教育や訓練に企業とし
て多額の経費を投入することが条件になり、従業員の
教育とキャリアパス構築などが重視される。
4、積極的人財育成
組織的に人材育成を実施している企業では新事業展
開が企業に良い影響を与えているとの報告がある。技
術・技能系社員の確保と育成にはインターンシップを
通じて高校や大学との連携強化が重要であり、当面の
業務に追われている企業では教育計画、育成計画やそ
れらのカリキュラム構築及び作業分析も十分ではな
写真1 韓国印刷学会研究発表終了後の集合写真(国軍印
く、指導する人材の不足もあろう。更に、従業員の定
刷幣 2013 年 5 月) 中央のネクタイが学会会長のOh教
着率を高めるため各個人の能力評価、企業のポリシー
授(新丘大学)
、その右、筆者
の明示、業績を処遇に反映、能力開発や教育訓練の実
参考文献
施、国内外留学制度の確立など人財育成が生き残りの
(1) 木下堯博、森下舒弘、谷脇栗太、川口 花;インターンシップ制度の印
鍵ともなり、これらの結果が新事業展開を可能とする。
刷企業への導入事例、日本印刷学会秋季研究発表会(京都工芸繊維大学、
過去 10 年間、中小企業の調査では半数以上が新たな
2014年11月21日)
(2) 木下堯博、谷脇栗太、斎藤成、倉永龍成;印刷産業に於ける人財育成要旨
産業分野への新事業取組み(エネルギー、環境、健康・
集1~49P(page2015 Open Event、2015年2月4日)
医療・福祉関連、次世代自動車関連、ロジスティック
同上の概要、印刷情報2015年3月号(38~42Pに掲載)
ス、ビックデータ、Paper Electronics など)があるが、
(3) 文部科学省;実践的な職業教育を行う高等教育機関の制度化に関する有識
者会議(全12回)
」審議内容、
(2015年3月18日)
印刷メディア関係では 2014 年の京都印刷文化典での
朝日新聞;手に職をつける大学創設へ(2015年3月19日)
販促グランプリ展示などが参考となった。このように
(4) 木 下 堯 博;drupa2012 に み る 印 刷 メ デ ィ ア の 教 育 と 研 究、 印 刷 情 報
新技術の獲得方法は社内勉強会、産学連携・研究機関
2012年7月号
との交流、取引先からの技術指導、親会社・関連会社
(5) 木下堯博;韓国印刷学会 2013 年春季研究発表会と最近の韓国印刷事情、
日本印刷学会誌、第 50 卷第 3 号(2013 年 7 月)
からの技術指導などがあり、積極的にセミナーや機材
(6) 国際印刷大学校;IGAS 記念・日韓印刷文化シンポジュウム、
展参加及び夜間や通信教育での学業参加もある。この
日韓印刷文化シンポジュウム資料集全 207 頁(2011 年 7 月 22 日)
新事業展開を担う人材の確保は困難もあるが、女性・
(7) 木下堯博;世界の印刷教育の現状と日本での展開、page2010(2010 年 2
月3日)
高齢者など、更には海外からの人材を採用し、教育す
(8) 木下堯博;IPEX2010 とデジタル印刷教育印刷教育研究機関誌
ることの可能性があろう。また、社外や地域における
第 25 号 6 ~ 7pp (2010 年 9 月 3 日 )
他機関との連携、大学等、公共教育機関や研究機関と
(9) 木下堯博;印刷産業活性化のための人財開発、印刷情報2011年5月号
の連携が望ましい。(8)
グローバル化が進む印刷、印刷情報2011年7月号
(10) 木下堯博 ; グラフックアーツ学研究(別巻2)
、野間賞受賞記念
5、まとめ
講演会資料(2002年2月)
「印刷産業活性化のための人材開発」のテーマで 2010
追記)第 2 報は印刷界 6 月号に掲載予定。
(この第2報の要約を本会報に掲載します。)
年 2 月 3 日 page2010 にて報告した内容を印刷情報
3
<<若い技術者に向けた研究会・講演会の実施について>>
印刷教育研究会
会長 中西 芳樹
これまで研究会・講演会は印刷・グラフィック
身近な情報要素として存在価値を示している。
アーツ業界の最新技術とその動向や最新ワークフ
ローの導入例、また、木版画や江戸文字など日本
今年度テーマは
の印刷文化に関連した伝統技術の実演と講演など
1. 「写真家の仕事・表現・こだわり」
広範囲な領域にわたり、それぞれの分野で著名な
2. 「デジタルカメラの世界 “ その描写性・操作性
講師を招いて多くの話題を提供した。業界に携わ
など ”」
る技術者、経営者、および教育関係者にとってこ
3. 「忠実な色再現のためのカラーマネジメント」
れらの情報交換ができたことは大変有意義であっ
について展開する計画である。 た。
一方、課題としては研究会の参加者数の増加を
1.「写真家の仕事・表現・こだわり」被写体は人
図り、更なる内容の充実と活性化を目指すことで
物、植物、自然、建築物など多岐に亘り、写真家が
ある。先日、印刷・グラフィックアーツ業界で働
アングルを変えて撮影することで違ったものを訴え
く若手技術者と話し合った。就職して4,5年の
てくる。写真家が被写体を通して何を表現したいの
実務を経験した彼らが共通して何らかの “ 仕事の
か、また何にこだわりを持って撮影に臨んでいるか
壁 ” を感じるというのである。社会人としての経
を研究・討議する予定である。印刷工程で扱う写真
験を重ねる中で蓄積してきた停滞感や閉塞感、或
が素材としてこれまでと違った見方で愛着を持てる
いはより良い仕事をしたいという向上心から生じ
よう期待する。
る焦りが “ 仕事の壁 ” の原因と考えられる。研究
会のテーマはこうした若手技術者の実務上の課題
2.「デジタルカメラの世界 “ その描写性・操作性 ”
に繋がる話題を提供して仕事への研究意欲と質の
など」進化を続けるカメラ技術のデジタル化で作品
向上に結びつくよう系統的な研究テーマを企画し
の描写性・操作性が格段に良くなっている。高度な
た。
光学理論と精密加工技術、電子制御技術などデジタ
今年、
「“ 写真 ” その表現と印刷における応用技
ル技術が可能にした表現力についての講演を予定し
術」
をテーマに写真撮影技術から最新カメラ技術、
ている。
カラーマッチングなどの専門家を講師に招いて多
角的に写真に関する研究を展開する予定である。
3.「忠実な色再現のためのカラーマネジメント」
160年以上の歴史がある写真技術は時代の様々
デバイス間のカラーマッチングに関する色再現技術
な瞬間を捉え、人々に感銘を与えてきた。写真は
について学び、仕事で生かせる忠実な色再現のため
印刷・グラフィックアーツ業界において今日まで
の研究を深めてほしい。この研究会を通じて若手技
新聞、雑誌、広告などで紙面を飾ってきた。近年
術者が写真を多角的に総合的に捉え、乗り越えるべ
では急速にデジタル化が進みインターネットや
き “ 壁 ” を乗り越えて、充実した質の高い仕事を追
SNS などのコミュニケーションツールにおいても
及できる人材に成長するよう期待する。
印刷教育研究会では、正会員、賛助会員を募集しております。
•
正会員 ( 主に印刷関連の教育機関等で教育に携わる者 ) 会費 年間 2,000 円
•
賛助会員 ( 本会の趣旨に賛同する法人及び団体・個人 ) 会費 1 口年間 10,000 円 (1 口以上 )
会員は、当研究会主催の研究会・見学会に無料で参加いただけるほか、一般財団法人 印刷図書館を無料で
ご利用になれます。多数の入会の賜りたく、お願い申し上げる次第です。 4