コード進行・メタ情報・楽曲特徴量に基づく音楽可視化

DEIM Forum 2015 F1-3
コード進行・メタ情報・楽曲特徴量に基づく音楽可視化 上原 美咲
伊藤 貴之
お茶の水女子大学 理学部 情報科学科 〒112-8610 東京都文京区大塚 2-1-1
E-mail:
{misa, itot}@itolab.is.ocha.ac.jp
あらまし 楽曲群における曲同士の印象やアーティスト同士の個性についての関連性を,短時間で効率的に把握
する一手法として「可視化」が有用であるといえる.また,楽曲を分析するにあたり,楽曲特徴量に加え,楽曲の
基礎となっているコード進行も非常に役立つ要素であると考える.そこで本報告では,楽曲群のコード進行・メタ
情報・楽曲特徴量の統合可視化の一手法を提案する.本手法ではまず,可視化の対象となる各楽曲から楽曲特徴量
を抽出する.一方で各楽曲からコード進行を抽出して文字列データとし,あらかじめ設定した数種類の頻出コード
進行の有無を文字列検索によって検出する.以上の情報を,楽曲特徴量に基づいて楽曲群を配置した散布図と,コ
ード進行やメタ情報の共起性を表現した散布図を用いて可視化する.本報告では 20 組の J-POP アーティストを対
象として,本手法によってどのような傾向が可視化できたかを紹介する.
キーワード コード進行,楽曲特徴量,情報可視化,楽曲推薦
1. 概 要
音楽プレイヤーの大容量化により,私達は日常生活
において数多くの楽曲を気軽に持ち歩くことができる
せる.ここで散布図の座標軸に割り当てる楽曲特徴量
を選ぶことで,コード進行やメタ情報と楽曲特徴量と
の関係も同時に可視化できる.
ようになった.また,オンライン音楽配信サービスも
本研究が目指す用途として,ユーザの日常的な音楽
普及し始め,好きなだけ音楽を聴いて楽しむことがで
鑑賞における選曲効率を向上する他に,次のような応
きる時代になった.一方で,一般的に未知の音楽は実
用も考えられる.ユーザが好む楽曲における楽曲特徴
際に聴かなければどんな曲かわからないため,内容把
量やコード進行の共通点を導き出し,それをもとにユ
握に時間がかかり,たくさんの未知の楽曲の中から聴
ーザの音楽嗜好に合わせた楽曲推薦ができる.また,
きたい曲を選ぶのが困難な場合もある.短時間で効率
時代や曲調などに関連したコード進行の流行について
の良い選曲を支援する一手段として,楽曲群における
知識を得ることができる.作曲を学んでいる学生にと
曲同士の印象やアーティスト同士の個性についての関
っては,各アーティストのコード進行の傾向分析に役
連性を表現する「可視化」は非常に有用であるといえ
立つ.以上のほかにも,可視化に適用している散布図
る.これによって,曲同士がどれくらい似ているか,
の操作が自在であることから,さまざまな応用が期待
アーティスト同士がどれくらい似た作曲傾向にあるか
できる.
を視覚的に知ることができ,曲の内容を推測すること
ができるため,選曲の手がかりとなる.楽曲を分析す
2. 関 連 研 究
る 際 に は ,デ ン ポ や サ ウ ン ド な ど の 楽 曲 特 徴 量 に 加 え ,
楽 曲 特 徴 量 に 基 づ い て 楽 曲 群 を 可 視 化 す る こ と で 音
楽曲進行の基礎となり曲の印象に大きな影響を与える
楽 推 薦 を 支 援 す る 手 法 の 例 と し て ,MusiCube[1]が あ げ
コード進行も役立つ要素であると考えられる.
ら れ る .MusiCube は 楽 曲 特 徴 量 を 軸 と し て 各 楽 曲 を 配
本報告では,ポップス楽曲群のコード進行・メタ情
置し,ユーザの嗜好に適合する楽曲が特徴量空間でど
報・楽曲特徴量の統合可視化を提案する.本手法での
のように分布するかを可視化する手法である.対話型
可視化には,以下の 2 種類の散布図を同一ウィンドウ
進化計算を用いてユーザに楽曲を提示する機能を備え
中で左右に並べたものを使用する.
ており,短時間で満足度の高い推薦結果を得ることが
楽 曲 散 布 図:楽 曲 特 徴 量 に 基 づ い て 楽 曲 群 を 配 置 し
できると同時に,自身の嗜好が楽曲特徴量とどのよう
た散布図.
な関係性があるのかを把握できる.
メ タ 情 報 散 布 図 :コード進行やメタ情報の共起性
を表現した散布図.
また,コード進行に基づいて楽曲を分析する研究の
例として,コード進行をテキストに置き換えてテキス
本手法が想定するユーザ操作は以下のとおりである.
ト マ イ ニ ン グ 技 術 を 適 用 す る こ と で 解 析 す る 手 法 [2],
まずメタ情報散布図での対話操作により,興味のある
曲の楽譜からコード進行の推移行列を作成し,非対称
コード進行やメタ情報をユーザが選択する.それに連
多次元尺度構成法によってコード進行マップを生成す
動して本手法では,ユーザが選択したコード進行やメ
る 構 造 分 析 手 法 [3],五 度 圏 上 に て 近 親 調 の 考 え を 用 い
タ情報に該当する楽曲を,楽曲散布図でハイライトさ
て定義したコード進行の類似度により楽曲をクラスタ
リ ン グ す る 手 法 [4]が あ る .
表 1. 代 表 的 な コ ー ド 進 行 一 覧
以 上 に あ げ た 手 法 は い ず れ も 楽 曲 特 徴 量 と コ ー ド 進
行のどちらかのみを考慮した分析である.それに対し
て本研究は,楽曲特徴量とコード進行の両方を統合し
た可視化により,より多角的に楽曲間の類似度を観察
することを目標にする.また本研究の提案手法は,コ
ード進行による楽曲の分析だけでなく,アーティスト
や年代といったメタデータの観点からの類似度や,メ
タデータとユーザの嗜好との相関関係を,可視化結果
である散布図上の距離から直感的に捉えることができ
る点が特徴である.
3. 提 案 手 法
本 手 法 は 大 き く 分 け て ,楽 曲 特 徴 量 の 抽 出 ,コ ー ド
3.4 分 析 結 果 の 表 示
進行の抽出,コード進行の検索,分析結果の表示の4
ま ず 可 視 化 の 対 象 と な る 楽 曲 群 の デ ー タ を ス プ レ ッ
段階で構成される.詳細について以下に論述する.
ド シ ー ト 形 式 で 生 成 す る . 各 楽 曲 に つ い て , 3.1 節 に
示 し た 楽 曲 特 徴 量 を 列 挙 し , 続 い て 3.3 節 で 示 し た コ
3.1 楽 曲 特 徴 量 抽 出
ード進行の各々について,曲中に含まれていた場合に
まず各楽曲から楽曲特徴量を抽出する.楽曲特徴量
は真を,含まれていなければ偽を記録する.同様に,
の 抽 出 に は , 数 値 解 析 ソ フ ト ウ ェ ア MATLAB の 上 に
特定のリスナーが気に入ったか否か,特定のアーティ
実 装 さ れ た 楽 曲 特 徴 分 析 パ ッ ケ ー ジ MIRtoolbox[5]を
ストの曲であるか否かといったメタ情報を,真または
用 い る .MIRtoolbox で 抽 出 可 能 な 特 徴 量 の う ち ,現 時
偽の 2 値で列挙する.
点 の 我 々 の 実 装 で は RMSenergy( 音 量 平 均 値 ),Tempo
分 析 結 果 の 表 示 に は , 図 1 に 示 す 2 種 類 の 散 布 図 を
( テ ン ポ 平 均 値 ),Brightness( 1500Hz 以 上 の 音 が 占 め
用 い る .図 1(左 )に 示 す 楽 曲 散 布 図 で は ,各 プ ロ ッ ト が
る パ ワ ー 比 率 ), Spectral irregularity( 音 質 の 変 化 の 大
楽 曲 を 表 し て い る . 横 軸 と 縦 軸 に は , 3.1 節 で 示 し た
き さ ), Inharmonicity( 根 音 に 従 っ て い な い 音 の 量 ),
楽曲特徴量のうち 2 値を割り当てている.ユーザは 2
Mode( major と minor の 音 量 の 差 ) を 使 用 す る .
軸に割り当てる特徴量を随時選択できる.一方で図
1(右 )に 示 す メ タ 情 報 散 布 図 で は ,各 プ ロ ッ ト が「 作 曲
3.2 コ ー ド 進 行 抽 出
者 が A で あ る 」や「 コ ー ド 進 行 パ タ ー ン C が 含 ま れ て
次 に 各 楽 曲 か ら コ ー ド 進 行 を 抽 出 す る . 現 時 点 の
いる」といった属性を表している.ここで楽曲の総数
我 々 の 実 装 で は ,イ ン タ ー ネ ッ ト 上 に あ る J-POP コ ー
を n と し ,任 意 の 2 属 性 で「 真 」が 共 起 す る 曲 数 を n C
ド 進 行 公 開 サ イ ト [6] か ら 各 曲 の コ ー ド 進 行 を 公 開 す
と し た と き ,本 手 法 で は 2 属 性 間 の 距 離 を 1-n C /n と 定
る HTML フ ァ イ ル を 入 手 し ,コ ー ド 記 載 部 分 を 抽 出 す
義 す る .こ の 定 義 に よ り ,
「 真 」が 共 起 す る 曲 数 が 多 い
ることで文字列データを生成する.また,後にコード
属性は距離が近いとみなされる.この距離を全ての 2
進行を比較しやすいようにするため,全ての楽曲の調
属性間について算出することで距離行列を生成し,こ
性を C メジャーに移調しておく.
れ に 多 次 元 尺 度 法 ( MDS: Multi-Dimensional Scaling)
を適用することで,メタ情報散布図を構成する各属性
3.3 コ ー ド 進 行 検 索
の散布図上の位置を算出する.この散布図上で近くに
続 い て 各 楽 曲 中 に お け る 特 定 の コ ー ド 進 行 の 有 無 を
配置された属性を観察することで例えば,どの作曲者
検出する.あらかじめ用意した頻出コード進行を文字
がどんなコード進行パターンを多用し,どのリスナー
列 と し て 登 録 し た 上 で , 3.2 節 に 示 し た 処 理 で 生 成 し
の好みに近いかということがわかる.
た文字列データに対して文字列検索を実行し,頻出コ
ま た 我 々 が 実 装 す る 可 視 化 手 法 で は , メ タ 情 報 散 布
ード進行と一致する文字列があった場合にはそのコー
図で興味のある属性をマウスで選択すると,楽曲散布
ド進行が含まれている曲とする.現時点の我々の実装
図にて該当する曲が色付けられるという機能も備えて
で は ,表 1 に 示 す J-POP に よ く 使 わ れ る 代 表 的 な コ ー
いる.この機能を利用することで,その属性に該当す
ド進行 9 種類を用いている.
る各楽曲を,楽曲特徴量の面から詳しく観察すること
ができる.
図 3. 属 性 選 択 時 の 可 視 化 結 果
図 1. 分 析 結 果 の 表 示 例
4. 実 行 結 果 と 考 察
我 々 は 表 2 に あ る 20 組 の ア ー テ ィ ス ト に つ い て
各 5 曲 ず つ ,計 100 曲 を 選 曲 し て 可 視 化 し た .可 視
化 結 果 の 全 体 を 図 2 に ,属 性 選 択 時 の 可 視 化 結 果 を
図 3 に ,可 視 化 結 果 の 右 側 散 布 図 の 拡 大 図 を 図 4 に
示す.
表 2. ア ー テ ィ ス ト 一 覧
図 4. 可 視 化 結 果 ( 右 側 散 布 図 )
メ タ 情 報 散 布 図 で 興 味 の あ る 属 性 を マ ウ ス 操 作 で 選
択すると,図 3 のように楽曲散布図で該当する曲が色
付 け ら れ る .図 3 で は 楽 曲 散 布 図 の 横 軸 に 音 量 平 均 値 ,
縦軸にテンポを割り当てている.
次 に ,図 4 の 各 点 の 距 離 か ら ,ア ー テ ィ ス ト 間 の 関
連性について,直感的に以下の点が推測できる.
l
Mr.Children, サ ザ ン オ ー ル ス タ ー ズ , Kiroro は ,
似たコード進行を使う傾向にある.
l
小 田 和 正 ,松 任 谷 由 実 ,aiko は ,似 た コ ー ド 進 行
を使う傾向にある.
以 下 の 図 5,6 に , ア ー テ ィ ス ト 別 コ ー ド 進 行 出 現 回 数
を 示 す . 図 5 を 見 る と , Mr.Children, サ ザ ン オ ー ル ス
タ ー ズ , Kiroro は , Chord2 の J-POP 進 行 ( 王 道 進 行 )
を多用し,その他の頻出コード進行は今回の対象楽曲
に は ほ と ん ど 使 っ て い な い と い う 共 通 点 が あ る .一 方 ,
図 2. 可 視 化 結 果 ( 全 体 )
図 6 を 見 る と ,小 田 和 正 ,松 任 谷 由 実 ,aiko は ,Chord2
以外の頻出コード進行も取り入れていることがわかる.
図 5. ア ー テ ィ ス ト 別 コ ー ド 進 行 出 現 回 数 (1)
図 8. コ ー ド 進 行 別 の 合 計 出 現 回 数
このように可視化結果から直感的に得られる視覚的
図 6. ア ー テ ィ ス ト 別 コ ー ド 進 行 出 現 回 数 (2)
情報と,実際の楽曲分析結果は大凡整合していた.
続 い て , 図 4 の 各 点 の 距 離 か ら , ア ー テ ィ ス ト と コ
ード進行の関連性について,直感的に以下の点が推測
できる.
l
Chord3 を 最 も よ く 使 う ア ー テ ィ ス ト は 小 室 哲 哉
である.
l
アーティストから離れた距離に位置する
Chord1,Chord2,Chord3,Chord6 な ど は , 多 く の ア
ーティストがよく使うコード進行であり,ある
ア ー テ ィ ス ト に 近 い 距 離 に 位 置 す る
Chord4,Chord7,Chord9 な ど は , 使 わ れ る 回 数 が
少なく,そのアーティストの個性に影響する特
図 9. 可 視 化 結 果 ( chord1,chord2 選 択 時 )
殊なコード進行である.
以 下 の 図 7 に Chord3 の ア ー テ ィ ス ト 別 出 現 回 数 を ,
図 8 に コ ー ド 進 行 別 の 合 計 出 現 回 数 を 示 す .図 7 よ り
ま た , 図 9 の 楽 曲 散 布 図 で 2 色 と も に 色 付 け ら れ た
小 室 哲 哉 が 最 も 多 く Chord3 の 小 室 哲 哉 進 行 を 用 い て
楽 曲 は ,横 軸 を 音 量 平 均 値 ,縦 軸 を テ ン ポ と し た 時 に ,
い る こ と が わ か る . ま た , 図 8 を 見 る と ,
左上に集中して位置していることがわかる.よって,
Chord1,Chord2,Chord3,Chord6 は 出 現 回 数 が 多 く ,
chord1, chord2 の 両 方 を 含 む 楽 曲 の 多 く は , 音 量 が 小
Chord4,Chord7,Chord9 は 出 現 回 数 が 少 な い と い う 共
さく,テンポがやや速めな傾向にあると推測できる.
通点がある.
今回該当していた楽曲も,確かに静かで爽やかな印象
を与える,癖のない素直なバラードであった.このよ
うな可視化結果は,特に作曲を学んでいる学生にとっ
て参考になる情報である.
5. ま と め と 今 後 の 課 題
本 報 告 で は , 楽 曲 特 徴 量 と コ ー ド 進 行 ・ メ タ 情 報 に
基づいた 2 つの散布図を生成し,楽曲群における曲同
士の印象やアーティスト同士の個性についての関連性
を表現する可視化手法を提案した.実行結果から,曲
の印象やアーティストの特徴が読み取れることがわか
った.
今 後 の 課 題 と し て , 以 下 の 点 に 取 り 組 み た い .
図 7. Chord3 の ア ー テ ィ ス ト 別 出 現 回 数
l
コード進行検索の汎用化
l
楽曲散布図の軸となる特徴量の自動選出機能
l
メタ情報散布図にてユーザの嗜好の組み込み
コ ー ド 進 行 検 索 の 汎 用 化 に つ い て は , あ ら か じ め 設
定した頻出コード進行と例えば一カ所だけが異なると
いったような似た響きをもつコード進行があった場合
に,同じコード進行を含むとみなせるように検索方法
を工夫したい.特徴量の自動選出については,メタ情
報散布図で属性を選択して楽曲散布図にて該当する楽
曲がハイライトされた際に,同じ色が固まって表示さ
れることでメタ情報と楽曲特徴量の関係を読み取りや
すくするような 2 軸を自動的に選出する機能を開発し
たい.また,ユーザアンケートを実施してメタ情報散
布図にユーザの嗜好を組み込み,より効果的な可視化
結果を得られるように改良したい.
参 考 文 献
[1] 斉 藤 , 伊 藤 , MusiCube: 特 徴 量 空 間 に お け る 対 話
型 進 化 計 算 を 用 い た 楽 曲 提 示 イ ン タ フ ェ ー ス ,可
視 化 情 報 学 会 論 文 集 , Vol. 34, No. 9, pp. 17-27,
(2014).
[2] 松 田 ,飯 島 ,テ キ ス ト マ イ ニ ン グ 技 術 の 音 楽 情 報
へ の 適 用 , 経 営 情 報 学 会 2002 年 春 季 全 国 研 究 発
表 大 会 , pp. 186-189, (2002).
[3] 小 杉 , 清 水 , 藤 澤 , Pop 音 楽 に お け る コ ー ド 進 行
の 構 造 と そ の 認 知 (1) ― 非 対 称 多 次 元 尺 度 構 成 法
に よ る コ ー ド 進 行 の 構 造 分 析 ― ,日 本 心 理 学 会 第
70 回 大 会 , p. 197, (2006).
[4] 長 澤 ,渡 辺 ,伊 藤 ,Web か ら 入 手 し た デ ー タ に 基
づくコード進行を利用した楽曲類似度の提案と
楽 曲 視 聴 支 援 シ ス テ ム の 開 発 ,電 子 情 報 通 信 学 会
デ ー タ 工 学 ワ ー ク シ ョ ッ プ , (2008).
[5] O. Lartillot, MIRtoolbox,
http://www.jyu.fi/hum/laitokset/musiikki/en/research
/coe/materials/mirtoolbox
[6] J-Total Music,
http://music.j-total.net/index.html