オーストリアにおける線路使用権の配分方式

名城論叢
63
2015 年3月
オーストリアにおける線路使用権の配分方式
――鉄道市場競争促進の視点から――
山
本
雄
吾
市場開放と新規参入による鉄道市場の競争促
1.はじめに
進は,事業者にサービス改善・コスト削減を促
1987 年のわが国国鉄の分割民営化に続いて,
し,鉄道市場の活性化に効果的な施策である。
1990 年代より欧州各国でも国鉄改革が実施さ
しかしこのためには,新規参入者と既存事業者
れた。わが国と比べた欧州の国鉄改革の特徴
の双方が,公平に線路インフラを使用し得る仕
は,線路インフラの維持・管理主体と列車の運
組みが必要であり,仮に既存事業者に有利な既
行主体を分離する「上下分離」と,線路インフ
得権等が存在すれば,有効な競争は期待できな
ラを複数の列車運行主体に開放する「オープン
い。本稿では,オーストリアにおける鉄道オペ
アクセス」が導入されたことである。この結果,
レータに対する線路使用権(Zugtrassen/Tra-
今世紀に入り,旧国鉄に由来する既存事業者に
in Path)の配分方式を紹介し,鉄道市場の競争
加え,多くの新規参入鉄道事業者が登場した。
促進施策について考察する。
これらの新規参入者は,自らは線路インフラを
保有せず既存の線路上で列車運行を行う「鉄道
オペレータ」で,これにより,欧州諸国では単
2.オーストリアの線路保有会社
一の線路インフラを使用して複数の鉄道事業者
欧州諸国では,わが国の JR のように旅客会
が其々独自にサービスを提供する競争市場が形
社が線路インフラを保有するのではなく,上述
成された。
のとおり,線路インフラは独立した線路保有会
例えばオーストリアでは,このような鉄道オ
社が保有し,旅客・貨物輸送とも,鉄道オペレー
ペレータは,2014 年現在,旅客 14 社,貨物 22
タは線路保有会社から線路を賃貸して列車を運
社,その他(保線作業等)2社があり,このう
行するシステムとなっている。
ち旅客 13 社,貨物 21 社は,旧オーストリア連
オ ー ス ト リ ア で は,線 路 保 有 会 社 と し て
邦鉄道(Österreichische Bundesbahnen)を民
ÖBB-Infrastruktur AG(以下 ÖBB-Infra)があ
営化した ÖBB グループ(わが国の JR グルー
り,旧連邦鉄道に由来する旅客会社 ÖBB-Per-
(1)
プに相当)に属さない新規参入者である 。新
sonenverkehr AG および貨物会社 Rail Cargo
規 参 入 者 の シ ェ ア は,2013 年 現 在,旅 客 は
Austria AG の他,新規参入者も ÖBB-Infra か
12.2%(人キロベース),貨物では 19.3%(トン
ら線路を賃借して列車を運行している。なお,
(2)
キロベース)に達し ,既存事業者にとって一
ÖBB-Infra,ÖBB-Personenverkehr,Rail Car-
定の競争圧力になっている。
go Austria は,持株会社である ÖBB-Holding
⑴
ÖBB-Infra ホームページ für Kunden & Partner > EVU am Netz$ 2014/12/21.
⑵
Schienen-Control GmbH [2014] pp. 43-44.
64
第 15 巻
第4号
(8)
AG の傘下にあり ÖBB コンツェルンを形成し
42 条⑴⑵に基づき拠出される 。補助額はその
ているが,ÖBB-Infra は,鉄道法(Eisenbahn-
時々の市場条件の下で,ÖBB-Infra の線路使用
gesetz)59 条
(3)
により,ÖBB グループ以外の
料収入他の収益が,節約的で経済的な企業経営
鉄道オペレータに対しても非差別的な線路使用
によって生じる支出をカバーしない場合に,そ
権の配分が義務付けられており,独立した鉄道
の差額として決定される 。したがって,補助
規制機関である鉄道管理委員会(Schienen-Con-
額は固定額ではなく毎年変動する。近年,補助
(4)
trol GmbH)がこの順守を監督している 。
(9)
(10)
額は増加傾向にある 。
ÖBB-Infra は,旧連邦鉄道の線路インフラ(駅
および関連施設を含む)の維持・管理・運営な
らびに新線整備を行う他,10 基の水力発電所を
有し,鉄道オペレータへの電力供給(販売)も
3.ÖBB-Infra の線路使用権の配分方式
⑴
既得権
行っている。なお,オーストリアの鉄道の所要
線路使用権の鉄道オペレータへの配分は,フ
電力の約 1/3 が ÖBB-Infra の発電所によって
レームワーク協定(後述)の場合を除いて,毎
(5)
賄われている 。
年更新される。更新にあたって既得権は考慮さ
2013 年 の ÖBB-Infra の 収 益 は 2,155 百 万
れず,同一区間・同一時間帯の線路使用希望が
ユーロで,うち鉄道オペレータからの線路使用
競合した場合,既存事業者も新規参入者も,後
料収入は 22%にとどまり,53%が政府補助,
項で示す優先順位に従って同じ条件下で配分が
(6)
12%がエネルギー(電力)使用料 ,6%が不動
(7)
行われる。
産賃貸料,7%がその他となっている 。線路
ここで,鉄道事業はトラックやバスに比べて
保有会社の収益の半分以上が政府補助であるた
車両の耐用年数が長く長期のビジネスである
め,線路インフラの維持管理も含めて独立採算
が,線路使用の既得権が考慮されず1年後は線
が原則であるわが国の鉄道事業とは異なり,
路が確保できるかどうかわからないという状況
オーストリアでは,鉄道事業者は線路インフラ
は,
鉄道オペレータにとっては非常に不安定で,
のフルコストを負担していないといえる。
大きな参入障壁になるように思われる。しか
政府補助は連邦鉄道法(Bundesbahngesetz)
し,
これは問題とは認識されていない。これは,
⑶
ÖBB-Infrastruktur AG [2014a] p. 6.
⑷
Schienen-Control GmbH ホームページ Die Schienen Control > Ihr Recht am Zug$.
http://www.schienencontrol.gv.at/de/werwirsind.html, 2014/12/21.
⑸
ÖBB-Infrastruktur AG [2014b] p. 6.
⑹
ディーゼル車用の軽油の供給は ÖBB-Infra ではなく ÖBB Produktion GmbH が行う。ÖBB Produktion GmbH
は,ÖBB-Personenverkehr および Rail Cargo Austria の子会社(両社 50%ずつ出資)で,両社向けの機関車の管
理業務を行っている。
⑺
ÖBB-Infrastruktur AG [2014c] p. 4.
⑻
ÖBB ホームページ Bundesbahngesetz$.
http://konzern.oebb.at/de/Konzern/Entstehung/Bundesbahngesetz.pdf, 2014/12/21.
⑼
線路インフラを社会資本とみなしその利用料金を平均費用以下に設定することは,わが国を除く先進国では一
般的にみられるが,収入と支出の差額が自動的に補助されるオーストリアの制度は,ÖBB-Infra に効率化や費用
削減のインセンティブを与えないことが懸念される。
⑽
ÖBB-Infra ヒアリング。
オーストリアにおける線路使用権の配分方式(山本)
オーストリアではわが国と比べて線路容量に余
65
1)基本料金
裕があり,鉄道オペレータの線路使用希望が競
線区および列車種別ごとの線路使用料を表2
合した場合でも時刻修正で概ね対応可能で,
に示す。線区は5区分で,重要路線すなわち需
まったく列車を運行できないケースはほぼ考え
要の多い路線ほど単価が高額に設定されてお
(11)
。実際,2011 年の EC の
り,線区によって3倍以上の差異が設けられて
調査でも,線路使用権の配分が不可能であった
いる。最も単価の高いブレンナー(Brenner)
られないからである
(12)
。表1に,
線は,アルプス山脈を横断して南北欧州を結ぶ
オーストリアとわが国の鉄道営業キロおよび列
路線,次に単価の高い西部(West)線は,ウィー
車キロ(旅客・貨物計)の比較を示すが,オー
ンからリンツを経てザルツブルクまでオースト
ストリアは営業キロあたりの列車キロがわが国
リアの主要都市を繋ぐと同時に,ザルツブルク
の 2/3 程度にとどまっている。以上の状況か
からドイツ・スイスへ,またウィーンから東欧
ら,新規参入を容易にして競争促進を図る目的
諸国へ繋がり,東西欧州を結ぶ路線である(図
で,線路使用権は1年ごとの更新となってい
1)
。
ケースは0%と報告されている
(13)
る 。
次に列車区分は4区分で,収益性の高いした
がって線路使用料の負担力の大きな列車ほど単
表1 オーストリアとわが国の鉄道営業キロおよ
び列車キロの比較
営業キロ(km)
旅客列車は概ね貨物列車の 1.5 倍以上の料金が
設定されている。なお,重量が重く軌道負担の
オーストリア
日本
4,859
27,607
大きな貨物列車の方が旅客列車よりも線路使用
143
1,267
料が低く設定されているのは,列車の収益性に
0.029
0.046
加えて,道路貨物輸送に対する鉄道貨物輸送の
列車キロ(百万 km)
列車キロ / 営業キロ
価が高い。例えば,旅客列車と貨物列車では,
注)オーストリアは 2013 年,日本は 2012 年度。
出所)ÖBB-Infrastruktur AG [2014c] p. 5 および国土
交通省鉄道局[2014]p. 78,p. 186,より作成。
(14)
競争力を配慮した結果でもある 。
以上の線区および列車種別ごとの線路使用料
に 加 え て,各 列 車 の 列 車 重 量 1 ト ン ご と に
(15)
0.001244 ユーロが加算される 。列車重量に
⑵
線路使用料
応じたファクターが設定されているのは,たん
鉄道オペレータが ÖBB-Infra に支払う列車
に列車キロでは,短編成の軽量列車も長編成の
の走行距離あたり線路使用料は,線区および列
重量列車も同じ料金となるため,軌道負担の差
車種別ごとに規定され,これに列車重量に応じ
異に応じたメンテナンスコストを反映させるた
た料金が加算される。また,各種の割引・割増
めである。なお,列車重量は,機関車について
がある。
は運転整備重量,客車については空車重量に一
律5トンをプラス,貨車については空車重量に
⑾
ÖBB-Infra ヒアリング。
⑿
European Commission [2014] p. 37.
⒀
英国を除く欧州諸国では各国とも概ね線路使用権は1年更新である。
⒁
ÖBB-Infra ヒアリング。
⒂
ÖBB-Infrastruktur AG [2013] p. 7, p. 13.
66
第 15 巻
第4号
表2
番
基本料金(2014 年)
号
線
単位:ユーロ / 列車キロ
区
料
金
旅客列車
1.1.1.1
RZ ブレンナー線(Kufstein-Innsbruck-Brenner)
3.6514
1.1.1.2
RZ ローカル線
1.0856
1.1.1.4
RZ その他国際路線
2.0248
1.1.1.5
RZ その他幹線
1.4778
1.1.1.6
RZ 西部線(Westachse)
2.9923
貨物列車(直行)
1.1.1.7
GZ ブレンナー線(Kufstein-Innsbruck-Brenner)
2.4047
1.1.1.8
GZ ローカル線
0.7149
1.1.1.10
GZ その他国際路線
1.3335
1.1.1.11
GZ その他幹線
0.9732
1.1.1.12
GZ 西部線(Westachse)
1.9706
貨物列車(ヤード継走)
1.1.1.18
EWFV ブレンナー線(Kufstein-Innsbruck-Brenner)
2.1041
1.1.1.19
EWFV ローカル線
0.6255
1.1.1.20
EWFV その他国際路線
1.1668
1.1.1.21
EWFV その他幹線
0.8515
1.1.1.22
EWFV 西部線(Westachse)
1.7243
1.1.1.13
GZ ブレンナー線(Kufstein-Innsbruck-Brenner)
2.4047
1.1.1.14
GZ ローカル線
0.7149
事業用列車
1.1.1.15
GZ その他国際路線
1.3335
1.1.1.16
GZ その他幹線
0.9732
1.1.1.17
GZ 西部線(Westachse)
1.9706
注1)料金は 20%の付加価値税を含まない。
注2)事業用列車とは,回送列車や保線作業用列車等,営業用以外の列車。
出所)ÖBB-Infrastruktur AG [2013] p. 7 より作成。
貨物運送状に基づく実貨物重量をプラスして算
(16)(17)
出される
。
ルカー)の種類により,上述の基本料金に対し
て3段階の割引または割増が行われる。ÖBBInfra の線路上で運行されるすべての動力車は,
2)割引・割増料金
外国からの乗入車両や保存車両も含めて,軌道
①
負担の少ない順に A,B,C の3グループに分
動力車
列車の動力車(機関車および電車・ディーゼ
けられ(表3)
,A については列車キロあたり
⒃
したがって,厳密には貨車については事後的にしか列車重量が把握できないと思われる。
⒄
ÖBB-Infra ヒアリング。
オーストリアにおける線路使用権の配分方式(山本)
図1
67
線区区分
西部線
ブレンナー線
その他国際路線
その他幹線
ローカル線
Linz
St. Pölten
Wien
Salzburg
Bregenz
Innsbruck
Graz
Klagenfurt
出所)ÖBB-Infrastruktur AG [2013] p. 10.
0.0270 ユーロ割引,B は割引・割増無し,C は
線路使用料は旅客列車 2.2048 ユーロ,貨物列
0.0243 ユーロ割増となる。
車 1.3335 ユーロのため,旅客列車については
総じて軸重の大きな大型電気機関車はグルー
57%増,貨物列車については 94%増となる。こ
プ C,軸重の小さな電車やディーゼルカーはグ
れは輸送力の逼迫している区間・時間帯で,ピー
ループ A に分類されている
(18)
。動力車の種類
に応じたファクターが設定されているのは,軌
ク時間帯からオフピーク時間帯へ列車を転移さ
せる目的である。
道負担の差異に応じたメンテナンスコストを反
b.線路容量の有効利用インセンティブ
映させるためである。
上記の Wien Meidling∼Mödling 間の混雑区
②
間割増の他にも,特定の混雑区間・混雑時間帯
路線(区間)
について,列車キロあたり 0.5779 ユーロが加
a.混雑区間割増
ウィーン都市圏の Wien Meidling∼Mödling
(12km)間が,鉄道法 65 条 c ⑶
(19)
算される
(21)
。該当区間は Mödling∼Leobers-
により混雑
dorf など多数あるが,概ね輸送上の隘路となっ
区間と定められている。同区間を午前5時∼9
ている区間で,月曜∼金曜の朝夕のピーク時が
時および午後3時∼7時の間に通過する列車に
対象である。例えば,対象路線が「その他幹線」
ついては,列車キロあたり 1.2477 ユーロが加
の場合,本来の列車キロあたり線路使用料は旅
(20)
。同区間は「その他国際路線」
(前掲
客列車 2.2048 ユーロ,貨物列車 0.9732 ユーロ
表2参照)に分類され,本来の列車キロあたり
のため,旅客列車については 26%増,貨物列車
算される
⒅
ÖBB-Infrastruktur AG [2013] p. 7, pp. 14-15.
⒆
ÖBB-Infrastruktur AG [2014a] p. 39.
⒇
ÖBB-Infrastruktur AG [2013] p. 7, p. 16.
ibid.
68
第 15 巻
第4号
表3
形式
係数
動力車の種類による割引・割増(例)
カテゴリー
形式
電気機関車
係数
カテゴリー
ディーゼル機関車
101
1.051
C
2016
0.931
A
110
1.080
C
2043
0.954
A
111
1.069
C
2143
0.925
A
112
1.077
C
2048
0.750
A
113
1.091
C
2060
0.750
A
139
1.080
C
2062
0.750
A
140
1.069
C
2067
1.025
B
151
1.123
C
2068
0.840
A
152
1.115
C
2070
0.805
A
182
1.036
C
2150
1.028
B
183
1.047
C
2170
0.977
A
185
1.019
B
V 100
0.806
A
186
1.019
B
189
1.051
C
4010 ÖBB
1.042
C
193
1.121
C
4010 WEST
0.978
A
380
1.039
C
4011
0.822
A
470
1.036
C
4020
1.019
B
1010
1.097
C
4023
0.986
A
1012
1.016
B
4024
0.975
A
1014
0.896
A
4124
0.975
A
1016
1.042
C
4062
0.893
A
1116
1.036
C
401
0.896
A
1216
1.047
C
411
0.822
A
1041
1.063
C
425
0.750
A
1141
1.037
C
426
0.750
A
1042
1.075
C
680
0.769
A
1142
1.071
C
5062
0.892
A
1144
1.082
C
1144.2
1.027
B
1063
1.004
B
1163
0.991
A
1193
1.121
C
5147
1064
1.073
C
1822
0.961
A
電車
ディーゼルカー
5022
0.750
A
5047
0.750
A
5063
0.892
A
0.750
A
その他
蒸気機関車
1.200
A
注)係数1未満はカテゴリー A,1以上 1.03 以下はカテゴリー B,1.3 超はカテゴリー C。
出所)ÖBB-Infrastruktur AG [2013] p. 15.
オーストリアにおける線路使用権の配分方式(山本)
については 59%増となる。これは混雑区間・時
素から形成されているといえる。
列車ごとのコストは,基本料金のうちの列車
間帯で,ピーク時間帯からオフピーク時間帯へ
列車を転移させる目的である。
69
重量に応じた加算額と,動力車別の割引・割増
に反映されている。軌道負担が大きく,した
c.特定区間の貨物列車インセンティブ
ウィーンからグラーツを経てイタリアに至る
がってメンテナンスコストに大きな影響を与え
る重量列車は線路使用料が高くなる。
路線のアルプスを超える区間について,貨物列
市場条件は,線区ごとの基本料金と,混雑区
車に限って,Gloggnitz∼Mürzzuschlag 間は列
間割増および線路容量の有効利用インセンティ
車キロあたり 1.0898 ユーロの割引,Aspang∼
ブに反映されている。需要が多い路線,区間,
Friedberg 間は 0.5485 ユーロの割引が行われ
時間帯は線路使用料が高くなる。これにより,
る。同区間は「その他国際路線」に分類され,
線路容量の需給均衡を図ると同時に,需要の少
本 来 の 列 車 キ ロ あ た り 線 路 使 用 料 は 1.3335
ない路線,区間,時間帯への迂回・転移を促し,
ユーロのため,81%および 41%という比較的大
線路容量全体の有効利用を図る目的である。
きな割引率となる。これは同区間におけるト
ここで,ドイツの線路使用料と比較すると,
ラック輸送に対する鉄道貨物輸送の競争力を強
ドイツの線路保有会社(DB Netz)も,需要の
(22)
化するためとされている 。
多い路線は線路使用料を高く,需要の少ない路
線は低く設定しているが,これに加えて,同じ
③
定時性
路線でも列車によって線路使用料を差別化して
線路容量の有効利用のためには列車の定時運
いる。すなわち,旅客列車・貨物列車ともそれ
行が重要である。このため,列車の遅延に対し
ぞれ優等列車からローカル列車まで4種に区分
て割増(ペナルティ)が設定されている。旅客
され,優等列車はローカル列車よりも線路使用
列車については,最終目的地到着時点で 10 分
料が高く,最も線路使用料の高い列車と低い列
以上,貨物列車は 60 分以上遅延した場合に遅
車では旅客で2倍弱,貨物では3倍弱の差異が
延1分あたり 0.5518 ユーロが加算される。た
ある。これは,列車の収益力(負担力)に応じ
だし,ÖBB Infra の線路に進入した時点での遅
て線路使用料を細分化し,DB Netz の収益最大
延はカウントされず,ÖBB Infra の線路上で生
化を図る目的である
じた遅延のみがカウントされる。また,1列車
間や時間帯に応じた線路使用料の割増は行って
あたりの遅延時分は最大 120 分に限定され,そ
いない。
(23)
。一方で,DB Netz は区
れ以上の遅延は加算されない。加えて,鉄道オ
したがって,ÖBB-Infra の線路使用料金は,
ペレータごとの加算額の総額は,各月の線路使
DB Netz に比べれば,収益最大化よりも線路容
用料支払い額の 0.5%が上限となっている。
量の有効利用にやや重点を置いているように思
われる。
3)線路使用料の政策的意味
以上より,ÖBB-Infra の線路使用料は,基本
的に,列車ごとのコストと市場条件の2つの要
ibid.
山本雄吾・水谷淳[2014]pp. 277-278
⑶
フレームワーク協定
前述のように,線路使用権は原則として1年
70
第 15 巻
第4号
更新であるが,2012 年より,一部の旅客列車に
なお現実に,2014 年現在,フレームワーク協定
ついて1年を超えて最長5年まで線路使用権を
に基づいて配分された線路使用権は,ÖBB-In-
配分する制度が導入された。これをフレーム
fra のネットワーク全体で,列車キロベースで
ワーク協定(Rahmenregelung/Framework
11%である。ただし,近距離旅客輸送について
Agreement)と呼ぶ。フレームワーク協定の対
は約8%であるが,長距離旅客輸送については
象 は,Wien Westbahnhof∼Salzburg Hbf.,
約 1/3 を占めている
(29)
。
Wien Meidling∼Liesing∼Graz Hbf.,Wien
フレームワーク協定はドイツではみられず,
Meidling∼Liesing∼Villach Hbf. の 等 時 隔 列
すべての線路使用権は1年更新であった。この
車
(24)
および補助を受けた公共の利益のための
(25)
ため,比較すれば,ÖBB-Infra は旅客輸送サー
列車(非営利の社会的サービス) である。貨
ビスの安定性を重視し,それに対して DB Netz
物列車にはフレームワーク協定は適用されな
は市場競争促進を重視しているように思われ
い
(26)
る。
。
フレームワーク協定は,旅客輸送を行ってい
る鉄道オペレータからの要望によって制度化さ
⑷
優先順位
れた。貨物輸送とは異なり,不特定多数の旅客
複数の鉄道オペレータ間で,同一区間・同一
を顧客とする旅客輸送では,輸送体系の頻繁な
時間帯の線路使用希望が競合した場合,区間種
変更は旅客にとっても鉄道オペレータにとって
別(非混雑区間,混雑区間,高速新線および
も不利益が大きい。とくに,上記のフレーム
ウィーン都市圏の特定区間)ごとに優先順位が
ワーク協定対象区間は,いずれもオーストリア
定められており,これに基づき線路使用権が配
国内の都市間輸送の主要ルートで,多数の優等
分される
列車が運行されており,1年ごとの時刻変更や
した場合のために,さらに下位の優先順位も定
列車の廃止・新設は,多くの旅客に影響を与え
められている。
(30)
。また,同じ優先順位の列車が競合
る。このため,安定的なサービス提供のために
本制度が導入された
(27)
1)区間種別ごとの優先順位
。
しかしながらフレームワーク協定では,最長
① 非混雑区間
5年間,線路使用の既得権が認められるため,
前述のとおり,鉄道法 65 条 c ⑶に基づき,
新規参入者には参入障壁となり,競争抑制の可
Wien Meidling∼Mödling 間が混雑区間に指定
能性がある。このため,フレームワーク協定に
されている。したがって,非混雑区間とは②
基づく線路使用権の配分は,当該区間の利用可
Wien Meidling∼Mödling 間と下記③,④の区
(28)
能な線路容量の 75%以下に制限されている 。
間を除くすべての区間である。非混雑区間での
等時隔(fixed-cycle traffic)列車には,例えば 15 分間隔の近郊列車(S Bahn)などの他,2時間間隔の特急列
車(Railjet)等も含まれる(ÖBB-Infra ヒアリング)。
地域の公共交通確保のために,地方自治体が運行主体となって供給されるサービス。
ÖBB-Infrastruktur AG [2014a] pp. 42-43.
ÖBB-Infra ヒアリング。
ÖBB-Infrastruktur AG [2014a] p. 44.
ÖBB-Infra ヒアリング。
ÖBB-Infrastruktur AG [2013] pp. 39-41.
オーストリアにおける線路使用権の配分方式(山本)
(31)
71
∼22 時,東行5時∼24 時の時間帯は,最高速度
優先順位を下記に示す 。
【1】フレームワーク協定に基づく列車
200km/h 以上の高速列車が優先される。なお,
【2】等時隔列車および国際列車
並行在来線についてはローカル,近郊列車およ
【3】その他の列車
び貨物列車が,長距離旅客列車より優先され
(34)
る 。
②
混雑区間
混雑区間(Wien Meidling∼Mödling 間)での
(32)
優先順位は下記のとおりである 。
c.Lainzer トンネル連絡線
Lainzer トンネル連絡線は,ウィーン中央駅
【1】フレームワーク協定に基づく列車
よりウィーン郊外を地下トンネルで抜けて上記
【2】ピーク時間帯(5時∼9時および 15 時
Wien∼St. Pölten 新 線 に 繋 が る 連 絡 線 で,
∼19 時)に運行される非営利の社会的
Hadersdorf ジャンクション∼Meidling 間,最
サービスのための列車
高速度 160km/h の新線である。同線では長距
【3】その他の列車(ただし,特定の国際貨物
離貨物列車が優先される。なお,並行在来線に
列車は旅客列車より優先される)
ついては長距離旅客列車,ローカルおよび近郊
旅客列車,貨物列車が優先される
③
(35)
。
高速新線
a.Unterinntal 新線
④ ウィーン都市圏の特定区間
Unterinntal 新線は,インスブルックの西方
ウィーン都市圏の近郊列車(S-Bahn)の各系
Kundl/Radfeld∼Baumkirchen 間(約 40km),
統 が 重 複 す る Wien Meidling∼Wien Florids-
最高速度 200km/h 以上の高速新線である。同
dorf は旅客列車が優先される。一方,上記ルー
線では,高速新線の機能を活かすため,最高速
トの迂回路線となるウィーン南部の Wien Zen-
度 100km/h 以上の長距離貨物列車および最高
tralverschiebebahnhof∼Oberlaa∼Maxing 間
速度 160km/h 以上の旅客列車が優先される。
は貨物列車が優先される 。
(36)
なお,並行在来線についてはローカルおよび近
(33)
郊列車が優先される 。
2)下位の優先順位
上記①∼④のそれぞれの区間について,同じ
b.Wien∼St. Pölten 新線
Wien∼St. Pölten 新 線 は,ウ ィ ー ン の 東 方
Hadersdorf ジャンクション∼Wagram ジャン
優先順位の列車の線路使用希望が競合した場
合,下記の優先順位により線路使用権が配分さ
れる。
クション間(約 46km)
,最高速度 200km/h 以
【1】時刻表有効期間中の延べ列車キロが大
上の高速新線である。同線も Unterinntal 新線
きな列車が小さな列車より優先され
同様,高速新線の機能を活かすため,西行5時
る。
ÖBB-Infrastruktur AG [2013] p. 39.
!
ÖBB-Infrastruktur AG [2013] p. 40.
"
ibid.
#
ibid.
$
ÖBB-Infrastruktur AG [2013] p. 41.
%
ibid.
72
第 15 巻
第4号
【2】長距離列車が短距離列車より優先され
る。
4)優先順位の政策的意味
以上より,ÖBB-Infra の線路使用権配分の考
【3】線路インフラをより効率的に使用する
列車が優先される。
ここで【1】時刻表有効期間中の延べ列車キ
え方は,基本的に,サービスの安定性と線路イ
ンフラの有効利用の2つの要素から形成されて
いるといえる。
ロが大きな列車とは,例えば,毎日運転の列車
サービスの安定性は,フレームワーク協定の
は運休日のある列車よりも優先順位が高くなる
対象列車や等時隔列車の優先に反映されてい
(37)
という意味である 。
る。これは,とくに旅客列車について,1年ご
また,
【3】線路インフラをより効率的に使用
との時刻変更や列車の廃止・新設は,
旅客にとっ
する列車とは,例えば,前後の列車に比べて表
ても鉄道オペレータにとってもデメリットが大
定速度の極端に高いまたは低い列車が混在する
きいと判断された結果であろう。
と当該区間の線路容量が低下するため,このよ
線路インフラの有効利用については,高速新
うな前後の列車と極端に表定速度の異なる列車
線での線路規格に適した列車の優先や,「下位
の線路使用の優先順位は低くなるという意味で
の優先順位【1】
∼【3】
」に反映されている。
ある
(38)
これに対してドイツ(DB Netz)の場合,前
。
述のように,列車の収益力(線路使用料の負担
3)優先順位の調整
力)
に応じて線路使用料金を差別化しているが,
上記の下位の優先順位に従ってもなお線路使
線路使用希望が競合した場合は線路使用料の高
用希望が競合した場合,ÖBB-Infra は関係する
い列車が優先される 。この結果,経済厚生の
鉄道オペレータの会議を招集し,相互に受入可
観点からは,より支払い能力のあるしたがって
能な解決策に達するように協議を主導する。鉄
線路使用からより大きな便益を得る列車に線路
道管理委員会はその会議にオブザーバーとして
使用権が配分されることになる。すなわち,線
参加することができる。相互に受入可能な解決
路使用料を介した価格メカニズムが機能し,希
策に至らない場合は,ÖBB-Infra が最終決定を
少な線路容量の配分効率の改善が志向される仕
行う。鉄道オペレータが,この決定を差別的と
組みとなっている。
考えるなら,鉄道管理委員会に不服を申し立て
る権利が与えられている
(39)
。
なお現実には,上記の優先順位に従ってもな
(41)
したがって,ÖBB-Infra の線路使用権の配分
の考え方は,DB Netz に比べれば,線路容量の
配分効率の改善のために,価格メカニズムより
お線路使用希望が競合し ÖBB-Infra による調
ÖBB-Infra による調整にやや重点を置いている
整が必要となったケースは,これまでないとの
ように思われる。
(40)
ことである
。
&
ÖBB-Infra ヒアリング。
'
同上。
(
ÖBB-Infrastruktur AG [2013] p. 42.
)
ÖBB-Infra ヒアリング。
*
山本雄吾・水谷淳[2014 年]p. 278。
オーストリアにおける線路使用権の配分方式(山本)
4.線路使用権の配分と競争促進施策
欧州の上下分離による鉄道改革の大きな目的
は,競争促進による鉄道市場の活性化であった。
謝
73
辞
本研究は JSPS 科研費 25380348 の助成を受
けたものです。
本研究では下記のとおりヒアリングを実施し
オーストリアでは,原則として既存事業者の既
ました。ヒアリングに応じて頂いた各位に感謝
得権を認めず,一定の基準に基づき新規参入者
申し上げます。
と既存事業者の双方に公平に線路使用権を配分
ÖBB-Infrastruktur AG, 2014/09/11
することで,参入機会を保証し,
競争促進を図っ
ている。しかし,例えばわが国の国内航空にお
ける新規参入者への空港スロットの優先配分の
Herr. Harald Hotz, Leiter Internationale Beziehungen
Rail Cargo Austria AG, 2014/09/11
ように,線路使用権の配分において新規参入者
Herr. Alfred Pitnik, Head of International
を優遇しいっそうの競争促進を図るような積極
Affairs/National Affairs
的施策はみられない。これは前述のように,鉄
道法 59 条で特定の鉄道オペレータに対する優
遇が禁止されていることによるが,現実に,新
参考文献
European Commission [ 2014 ] Commission staff
規参入者のシェアは増加が続いており(表4)
,
working document, Accompanying the docu-
また鉄道オペレータからも現行の線路使用権の
ment, Report from the commission to the council
配分方式に対する大きな不満が聞かれないため
である
(42)
。このため,現行の線路使用権の配分
方式は,鉄道市場の競争促進のために必要十分
(43)
な施策と考えられている 。
and the European Parliament, Fourth report on
monitoring development in the rail market,
{COM(2014) 353 final}$
http://ec.europa.eu/transport/modes/rail/market/
doc/swd(2014)186_final__en.pdf, 2014/12/31.
ÖBB-Infrastruktur AG [2014a] Network Statement
表4
年
新規参入者のシェアの推移
単位:%
旅客(人キロベース) 貨物(トンキロベース)
2015 of ÖBB-Infrastruktur AG$.
http://www.oebb.at/infrastruktur/en/_p_Network_
Access/NetworkStatement/02_DMS_Dateien/_
2009
5.6
11.3
2010
5.6
14.6
2011
5.5
14.4
2012
8.7
17.6
http://www.oebb.at/infrastruktur/de/Investor_
2013
12.2
19.3
Relations/__Dms_Dateien/_Investor_Presentation_
出所)Schienen-Control GmbH [2014] pp. 43-44, より
作成。
Networkstatement_2015.jsp, 2014/12/30.
ÖBB-Infrastruktur AG [ 2014b ] Investor Presentation 2014$.
2014.jsp, 2014/12/30.
ÖBB-Infrastruktur AG [ 2014c ] Zahlen │ Daten │
Fakten―Ausgabe 2014$.
http://www.oebb.at/infrastruktur/de/2_0_
Das_Unternehmen/Daten_und_Fakten/_DMS_
+
鉄道管理委員会が実施した鉄道オペレータに対するアンケート調査では,線路使用権の配分によって鉄道オペ
レータが被ったネガティブな影響は5段階評価で 1.62(2013 年)と低いレベルを示している。Schienen-Control
GmbH [2014] p. 45
,
ÖBB-Infra ヒアリング。
74
第 15 巻
第4号
Dateien/_Zahlen_Daten_Fakten.jsp, 2014/12/30.
ÖBB-Infrastruktur AG [2013] Network Access Product Catalogue, Train Path, Train Run and other
Services 2015 of ÖBB-Infrastruktur AG$.
http://www.oebb.at/infrastruktur/en/_p_Network_
Access/Product_services_prices/02_DMS_
Dateien/_Train_Path.jsp, 2014/12/31.
Schienen-Control GmbH [2014] 2013 Jahresbericht$.
http://www.schienencontrol.gv.at/files/Content/
Bahn/Berichte/JB2013_Schienen-Control_final.
pdf, 2014/12/30.
国土交通省鉄道局[2014]
『数字でみる鉄道 2014』運輸
政策研究機構。
山本雄吾・水谷淳[2014]
「ドイツにおける線路使用権
の配分方式」『物流学会誌』第 22 号。