PEUGEOT 106 GRIFFE

1990s "Super" Young Timer Car
PEUGEOT
106 GRIFFE
稀少5ドアボディの中に、
真の高級を見る
日本でプジョー106と言えば、圧倒的に3ドアのイメージが強いが、
フランス本国ではもちろん5ドアもラインナップされていた。
中でも
『グリフ』
と呼ばれるグレードは、レザーシートやウッドパネルが
奢られた"高級"グレードとなる。ここでは5ドアの106グリフという
稀少な個体を通じて、コンパクトカーにおける高級さを考えてみたい。
目立ってきていた1983年デビューの大ヒット作、
おとなのためのハッチバック。取材をしなが
そんな要望に応えて彼の地では昔から、小
ら、そんなフレーズが浮かんだ。
さな高級車が作られてきた。古くはADO16の
205の市場を受け継ぐ形で生まれた。しかし車
ヨーロッパでも日本でも、ハッチバックはエン
バンデン・プラ・プリンセスが有名だが、1980
名が示しているように、205がBセグメントに属
トリーカーという意味合いが強い。ホットハッチ
年代から1990年代にかけても、おそらくオイル
していたのに対し、106はAセグメントを目指し
は見た目も走りも若さが漲っているし、ポップな
ショックや環境問題が理由のひとつなのだろ
て開発された。
ファッションを着こなせるのもこのクラスの特権
う、コンパクトながらハイクオリティという車種
当時の欧州Aセグメントと言えば、まだ現役
だ。でも成熟した社会を持つヨーロッパは、ベ
がいくつか登場してきた。プジョー106もその1
だったローバー・ミニ、初代フィアット・パンダ
テランドライバーでもハッチバックを選ぶ人が
台と言える。ここで紹介するグリフだけではな
などが有名どころで、いくつかのブランドは欧
多い。都市内は機動性を重視してこのクラスで
い。106そのものがダウンサイジングの考えを
州にも存在した高度経済成長に合わせて車格
移動する富裕層さえいる。大型車を見せびらか
いち早く取り入れた1台だった。
をアップしていった結果、Aセグメントの持ち駒
すような真似を、彼らは好まない。
1991年生まれの106は、当時そろそろ旧さが
がない状況になってしまっていた。そこをプ
text:Masayuki MORIGUCHI(森口将之)photo:Kazuhisa MASUDA(益田和久)
editorial design:H.D.O.(堀口デザイン事務所)
取材協力:
レマン
(phone:052-933-3739)
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プが違和感なく溶け込んでいる。見ていくほど
に非凡なる造形だと思ってしまう。
薄いドアを開けてキャビンへ。狭いけれど明
るいのは、窓を大きく取るフランス車伝統のス
タイリングのおかげだ。狭い場所へ押し込めら
れた感はない。全高は今のハッチバックに比べ
ると低め。対する着座位置は、当時のプジョー
らしく高めだけれど、ヘッドクリアランスは十分
だ。しかもその後方に、同じ身長170cmの僕が
座れる。衝突安全基準が今ほど厳しくなかっ
たからこそ、約3.5mという短い全長の中に、最
大1.6リッターの直列4気筒を積むだけのエンジ
ンルームを確保したうえで、4人の大人が不満
なく過ごせる空間が確保できたのだろう。
そんな空間に、グリフ独自のドレスアップが
施されている。ベージュのレザーシートに合わ
今回取材車をお借りしたのは名古屋を拠点とするスペシャル
ショップ『レマン』。同店を営む平手博樹氏はかつてフランス
やベルギーに在住。当時から日本に多くの欧州趣味車を送
り込み、
1991年に帰国し開店してからは、
現在に至るまで輸
入を続けている。今回の106グリフは平手氏が新車で輸入し
た1台で、
当時メディアにも多く登場したそうなのだ。
世界中の2ボックスで、
ここまで完璧な姿のクルマが他にあるだろうか。
1990s "Super" Young Timer Car
PEUGEOT 106 GRIFFE
ジョーは見直したのかもしれない。でも106はミ
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だった。でも正規輸入された2車種、とくにマイ
ることもある106グリフだが、そもそもセグメン
完璧なそのフォルムを見て、先月号で取材し
た406クーペを思い出した。ピニンファリーナの
ニマムトランスポーターではなかった。ボディサ
ナーチェンジで熟成が図られたS16は、プレミ
トが違うし、ベース車両の考え方も異なること
イズは205より小柄だが、仕立てや走りの質は
アムコンパクトの傾向を持つ1台だった。かくい
を考えれば、目指すところは違っていたと考え
手で製作まで行われた406クーペとは違い、
むしろその上を狙っていた。当時のAセグメント
う僕も、スポーツ性とコンフォート性を高度に両
るほうが自然かもしれない。
106はデザインのみプジョーとピニンファリーナ
ではランチア/アウトビアンキY10に近い存在
立し、Aセグメントらしからぬ端正なエクステリ
正規輸入された106はスポーツモデルだっ
の共作ということになっているが、基本を大切
だが、Y10がAセグメントの中でプレミアムを表
アやインテリアのデザインに惹かれて、S16を
たので、このグリフもそのリストには入っていな
にする姿勢は共通していたようだ。フランスとイ
現したのに対し、106はBセグメントの205ユー
愛車にしたことがあった。
い。3ドアとこの5ドア合わせて数台が、並行輸
タリアのコラボレーションが、最良の形で結実
ザーも満足できる質感をAセグメントに取り入
しかしこれだけでは、ユーザーに伝わりにく
入によって我が国の土を踏んだ。今回はそのう
したハッチバックと言える。
れた点が異なる。
いと思ったのかもしれない。プジョーはさらに
ちの1台、1994年式5ドアを取材したのだが、な
無駄なラインを極力廃し、フォルムの美しさ
我が国に正規輸入された106は、前期型が
贅を尽くした106を送り出すことにした。ある意
によりもまず、プロポーションの美しさに見とれ
で魅せている点も406クーペに通じるところが
ある。だからこそダークグリーンのボディカラー
XSi、後期型がS16と、いずれもスポーツモデ
味で106を象徴するようなこのモデルには、グ
てしまった。世界にあまたある2ボックスの中で、
ルに限られており、並行輸入でも主力はその名
リフという名前が与えられた。先行して登場し
ここまで完璧な姿を持っているクルマが他に
が似合うし、当時の欧州Aセグメントでは異例
もラリーというコンペティション色が濃い車種
ていたルノー5バカラのプジョー版と揶揄され
あるだろうか。
だったカラードバンパーとモール、ピンストライ
5DOOR
106の正規輸入は3ドアのみだったので、
まず5ドア自体が珍しい。
また最近の
中古車市場は後期モデルが多く、
こうした前期モデルも珍しい。
さらに高級グ
レードのグリフ……。
これがいかに稀少な個体か、
お分かり頂けるだろう。
CATALOG
レマンの平手氏からお借りした貴重な106グリフの専用カタログ。
ご
覧のように表紙は3ドアとなっており、
両ボディに用意されていたこと
がわかる。
またボディカラーは取材車のグリーンだけでなく、
写真のよう
なブラウン系もラインナップしていたようだ。
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INTERIOR
ベージュ系のレザーシートとウッドパネル&シフトノブを組み
合わせた106グリフのインテリア。1994年式なので約20
年前ということもありそれなりの経年変化はあるが、走行
距離4万5000kmが適度ということもあり、"いい年の取り
方をしている"印象だ。室内と荷室はこのサイズとは思えぬ
ほど広大で、
スペース効率の高さが伺える。なおレマンで
は、
こちらの106グリフに189万円のプライスタグを抱えて
いる。気になる方はお問い合わせを。
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せて、インパネも同じベージュで合わせ、ステア
エンジンはXSiでは100psを発生していた1.6
ングは、この面で高い評価を受けている初代
リングやメーターパネル、ドアトリム、センターコ
リッターSOHC8バルブを、90psにして搭載して
ルノー5を思い出させた。
ンソールにはカフェオレ色を組み合わせてい
いる。クラッチは軽く、エンジンはボトムエンド
それ以上に感心したのがボディの剛性感
る。ここまでこだわっているからこそ、ステアリ
から扱いやすく、5速M/Tのシフトレバーは他
だった。個人所有していたS16もこの面は素晴
ングのセンターや助手席側のウッドパネルが違
の106と同じようにスッスッと気持ち良く入るの
らしかったが、生産から20年以上が経過して
和感なく溶け込んで、車格を超えたエレガンス
で、煩わしさはなく、快感だけが味わえる。エ
も、それが持続していることに驚かされた。
を表現している。おまけにシートが極上だ。レ
ンジンはXSiに負けず劣らず、回すことを好む
2015年の路上でも、軽快なハンドリングと快適
ザーとは思えぬほど優しいタッチで、腰を下ろ
性格であり、なおかつ小型軽量ボディにとって
な乗り心地がしっかり堪能できる理由が、ここ
すと体にまとわりつくような感触。一度座ると降
余裕のトルクも併せ持つから、流れをリードす
にあるような気がする。プジョーが本気で小さ
りたくなくなってしまう。
るも良し、ゆったり流すも良し、どんな走り方も
な高級車を目指して106を開発したことが、今
だからこそ分かるのだ。
クルマの世界こそ、戦後は実用車に徹して
できる。器の大きさがグリフのキャラクターに
いるような感があるフランスだが、ファッション
ふさわしい。
の分野では世界のミリオネアを満足させる仕
街中をひとっ走りしただけでも、軽快な身の
立てを今なお生み出し続ける技がある。そう
こなしはしっかり体感できる。小ささ軽さのメ
●ホイールベース:2385mm
いった経験がこの106グリフのインテリアに反
リットを思い知らされる。それでいて乗り心地
●エンジン形式:水冷直列4気筒SOHC
映されているのではないかと思うほど、完璧に
は、グリフの 仕 立てに見合うものだった。
近い仕事なのである。
165/65R13という、現在の基準ではおとなしい
●最大トルク:14.0kg-m/3000r.p.m.
ただし106、見かけだけのクルマではなかっ
タイヤを履いているおかげもあるのだろうが、
●懸架装置
(F/R)
:マクファーソンストラット/トレーリングアーム
た。走りもまた非凡だった。
しなやかさと重厚感を高度に両立したフィーリ
●タイヤ
(F&R)
:165/65R13T
ENGINE
エンジンは1.6リッター直4を搭載。XSiの100psから10psマイナス
とし、
そのキャラクターにあわせた特性とした。
まるでメルセデスのよ
うに高く開くフロントフード、
その裏の遮音材はグリフだけに追加さ
れたもの。
サウンドも気を使っているのである。
タイヤは13インチ。
どんな走り方もできる。
器の大きさがグリフのキャラクターにふさわしい。
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イタリア、
英国の小さな高級車たち
RENAULT CLIO
BACCARA
小さな高級車ということでルノー5バカラの
写真を探していたところ、
クリオ
(ルーテシ
ア)
のバカラを発見。当時はラグナにも設定
され、高級グレード名として使用されていた。
SPECIFICATION
PEUGEOT 106 GRIFFE
●全長×全幅×全高:3564×1592×1367mm
●車両重量:890kg
●総排気量:1587cc
●最高出力:90ps/5600r.p.m.
●変速機:5速M/T
●制動装置
(F/R)
:ベンチレーテッドディスク/ディスク
LANCIA Y10
イタリアで小さな高級車といえば、Y10→Y→イプシロンと到るラ
ンチアがあがるだろう。Y10にはアウトビアンキとランチア、両ブラ
ンドが存在。アパレルブランド、
フィラとのコラボもあった。
MINI COOPER S
ADO16のバンデン・プラ・プリンセスなど、英国車勢もこの分野
は得意。日本人的な目線でいえば、
クラシック・ミニも含めていい
だろう。ポール・スミスとのコラボも印象深い。
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