Title Author(s) Journal URL RCT 中に来院しなくなった患者が再び来院した際,前回 の作業長より,かなり短い時点でリーマーによる痛みを 訴えました。考えられる原因はなんですか? 末原, 正崇; 古澤, 成博 歯科学報, 115(2): 143-145 http://hdl.handle.net/10130/3571 Right Posted at the Institutional Resources for Unique Collection and Academic Archives at Tokyo Dental College, Available from http://ir.tdc.ac.jp/ 歯科学報 Vol.115,No.2(2015) 143 臨床のヒント Q&Aコーナーは,東京歯科大学の3病院の臨床研修歯 科医から寄せられた質問に対しての回答です。回答は本 学3施設の専門家にお願い致します。内容によっては基 礎や臨床,あるいは歯科や医科と複数の回答者に依頼す る場合もあります。毎号掲載いたしますので,会員の皆 様もご質問がございましたら,ぜひ東京歯科大学学会ま でeメールかファックスで依頼していただきたいと存じ ます。必ずご期待に添えることと思います。今号は根管 治療に関する質問です。 Q&A 歯内療法学系 Question RCT 中に来院しなくなった患者が再び来院した際,前回の作業長より,かなり短い時点で リーマーによる痛みを訴えました。考えられる原因はなんですか? Answer すが,根管壁に穿孔などがある場合には,たとえ根 1.歯の痛み 尖性歯周組織疾患を伴っていなくても,疼痛が発現 まずは日常遭遇する歯の疼痛についての復習で することがあります。また,根尖性歯周炎の診断に す。歯の疼痛は,大きく分けて「歯髄の痛み」と 垂直打診は有効な検査法と言えますが,これは歯を 「歯周組織の痛み」の2つに分類されます。これら 叩くことにより歯根膜に炎症が波及しているかどう の他に神経痛のようなもの(いわゆる神経因性疼痛) か,歯周組織の反応を診ている為です。根尖部で急 もありますが,今回は質問の内容を鑑みて,これに 性炎症が生じた際も,急性歯髄炎の時と同様に周囲 ついては除外します。 を歯と歯槽骨に囲まれている為,内圧が亢進して持 「歯髄の痛み」については,その代表的なものと 続性の自発痛や打診痛が発現しますが,この場合は して歯髄炎があげられますが,象牙質知覚過敏症な 歯髄組織が無いので冷水痛は認められず,また定位 ど,歯髄組織に何ら異常が無い場合でも疼痛が発現 が良いので,診断はさほど難しいものではありませ することがあります。これは歯髄組織が,その知覚 ん。 の特徴として種々の刺激を痛覚として感じるからで 以上のように,まず歯に疼痛を訴える場合は,そ あり,歯髄組織に炎症等が無くても疼痛として反応 の痛みが歯髄組織由来のものであるのか,歯周組織 するのはそのためです。また歯髄組織は周囲を硬組 由来のものであるのかを充分に診断しなくてはなり 織に囲まれている為,歯髄腔内で炎症が起きた際に ません。 内圧が亢進した状態が持続します。その為,歯髄腔 内の内圧が亢進している急性歯髄炎のような場合 は,持続性の自発痛が発現します。一方,慢性潰瘍 2.根管への機器挿入時の痛み ⑴ 歯髄の痛み 性歯髄炎のような開放性の歯髄炎では内圧が亢進し 前回行った処置が麻酔抜髄法であり,再来院時に ないため,歯髄組織に何らかの機械的刺激を加えた 前回のリーマーの挿入長まで挿入する前に痛みを生 り,温度的刺激を加えたりしない限り,疼痛は発現 じたときは,まず疑われるのは残髄ということにな しません。 るでしょう。しかし抜髄法の目的は,歯髄組織を完 一方,「歯周組織の痛み」については,歯内治療 全に除去することですから,正確に言うならば前回 の領域では主に根尖性歯周組織疾患の際に発現しま に行った処置は,不充分な抜髄あるいは抜髄ではな ― 51 ― 144 歯科学報 Vol.115,No.2(2015) いと言うことになります。また急性化膿性全部性歯 マーが挿入された場合は,疼痛が発現することがあ 髄炎のような場合は,抜髄操作時に歯髄組織から明 ります。さらに根管壁穿孔から時間が経過している らかな出血が認められることがありますが,根管内 ときは,穿孔部から根管内に肉芽組織が浸入してい に血液が存在する状況で電気的根管長測定器を使用 ることもあり,この肉芽組織にリーマーが触れ,前 すると,血液に電流が流れ,測定値が実際の根管長 回の作業長に到達する前に疼痛が発現することも考 よりも短くなってしまうことがあり,その為残髄が えられます。また根管内への肉芽組織の浸入は,根 惹起される可能性もあります。いずれにせよ残髄が 管壁の穿孔からのみならず,根尖孔が過剰拡大され 疑われるような症例では,再度浸潤麻酔を行い根管 ている場合にも認められます。これは歯根膜息肉と 長を再測定し,作業長を正確に再設定したのちに抜 言われ,この息肉があると疼痛が生じます。また湾 髄処置を完了しなくてはなりません。この際,結合 曲根管で不備な形成,すなわち直線形成を行ってし 組織である歯髄を根尖狭窄部で完全に除去するため まうと根尖孔の側方移動が起こり,その結果根尖孔 に,作業長において少なくとも#35号以上は拡大す の開大を惹起することになり,同様の結果を招くこ る必要があります。抜髄処置は簡単な処置ではあり とがあるので注意が必要です。また,歯根破折に伴 ません。場合によっては残遺歯髄を根尖部に押し込 う亀裂が,時間の経過と共に徐々に拡大し,肉芽組 んでしまい,完全に歯髄が除去できていない場合が 織が浸入することも考えられます。通常,肉芽組織 あり,状態によっては疼痛だけが残存し,原因不明 の侵入にはある程度の時間がかかることから,ご質 の症状が長く持続することもありますので注意が必 問にあるように,RCT 中に来院しなくなった患者 要です。処置にあたっては,しっかりと時間をとり が,ある程度時間が経過した後に再び来院したよう 確実に歯髄を除去することが大切です(図1) 。 な場合,肉芽組織の侵入が起こっている可能性が高 いかも知れません(図2) 。 ⑵ いずれにせよ,根管内に肉芽組織が侵入している 歯周組織の痛み 歯髄組織がすでに存在しない場合,根管内にリー 場合は,リーマー挿入時の疼痛の発現と共に,根管 マーを挿入した時に疼痛が発現したのであれば,痛 内拭掃時に鮮血が認められることがほとんどですか みの発現部位は歯周組織にあると言えます。術者が ら,治療の際の目安としてください。 気付かないうちに根管壁に人工的穿孔(パーフォ レーション) が惹起していて,その穿孔部位にリー 図2 図1 不充分な抜髄が行われた根尖部の病理組織標本。残存 した歯髄組織に炎症が生じ,残髄炎が認められる ― 52 ― 下顎右側第一大臼歯に感染根管治療を行ったが,器具 挿入時の疼痛と,根管内への滲出液が消失せず紹介され た患者のデンタルエックス線写真。遠心根の根尖孔は ISO 規格120号で過剰拡大されており,根管内への歯根 膜息肉の浸入が認められた 歯科学報 Vol.115,No.2(2015) 145 緊密な封鎖はまず不可能です。この肉芽組織の除去 3.診断と対応 には,水酸化カルシウムの根管内貼薬が有効です。 根管内へのリーマー挿入時の痛みについては,そ 本剤の強アルカリにより肉芽組織を徐々に壊死させ の対応を考える上で,正確な診断が不可欠です。処 た後,次亜塩素酸ナトリウム溶液により壊死部を溶 置経緯から残髄が疑われるときは,浸潤麻酔下に再 解します。これを繰り返すことにより,肉芽組織の 度抜髄処置を完了させる必要がありますが,打診痛 適切な除去と共に穿孔部封鎖の前準備として良好な が発現している場合は残髄した歯髄組織が感染し, コンディションを整える効果が期待できます。最近 いわゆる残髄炎となっていることが考えられますの では炭酸ガスレーザーにより肉芽組織を蒸散させる で,歯髄組織を完全に除去したあとに,感染根管治 ことも可能となりましたが,穿孔部の即日封鎖を行 療に準じた処置を行う方が望ましいと言えます。浸 わないのであれば,蒸散後次回来院時までに肉芽組 潤麻酔をする前に打診をしてみると良いでしょう。 織が再侵入しないようにする為,水酸化カルシウム 根管壁に人工的穿孔が疑われる場合は,根管に疼 痛発現部位付近までリーマーを挿入した状態でエッ クス線写真を撮影し,穿孔の有無を確認することも の根管内貼薬は必要となるでしょう。 4.まとめ 可能です。しかしながら,通常の口内法撮影では穿 ご質問にあるような疼痛の発現の原因には,様々 孔部位が頬舌側壁の場合には,判定が不可能です。 な状況が考えられます。ポイントとしては,最初に このような場合,手術用顕微鏡による根管内の観察 「歯髄組織の痛み」なのか,「歯周組織の痛み」な は,歯根破折,根管壁の穿孔,根尖孔の過剰拡大, のかを正確に診断することです。この時点で間違え 歯根膜息肉の存在などを直接的に確認出来ることか てしまうと,以後の処置が全く間違った方向となっ ら,根管壁などに人工的穿孔が疑われる際の診断等 てしまいます。また「歯周組織の痛み」であると診 に極めて有効であると言えます。また,口内法撮影 断された場合には,根管内でどのようなことが起き では診断が不可能な歯根破折の診断などは,コーン ているのか,さらに詳しく診断しなければなりませ ビーム CT (CBCT) の活用も有効な診断手段となり ん。このような時は,手術用顕微鏡やコーンビーム ます。特に,再来院までに長期間経過しているとき CT (CBCT) の応用が有効です。正確な診断を行わ は,周囲の歯槽骨に吸収が生じていることもありま ず焦って処置をしてしまうことは,さらなる状況の すので,コーンビーム CT (CBCT) によりその範囲 悪化を招くこともあり得ます。疼痛の原因の診断に も同時に把握することが可能です。 充分に時間をかけ,正しい治療計画を立案すること 根管内に人工的穿孔が認められる場合は,穿孔部 が重要です。 を封鎖することが第一選択となりますが,穿孔部位 から肉芽組織の侵入が認められる場合は,まずこれ を完全に除去することが必須です。再感染を防止す る為,穿孔部は緊密に封鎖することが絶対条件とな りますが,肉芽組織が存在するような条件下では, ― 53 ― Answer:末原正崇,古澤成博 東京歯科大学歯科保存学講座
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