第45回 東京鶴翔同窓会のご案内

表紙/今年、開館 100 周年を迎える大宝館。写真上/赤川堤(馬渡)から月山を望む。
(撮影・地主忠夫/昭和 38 年 70 回卒)
第45回
総会の
テーマ
なぜか TOKYOにいる身だが、われらが育ったのは海坂藩と称される場所だ。
しかし「われらの海坂藩」は、小説の中とは違うものだ。さぶい冬、あづい夏、月山の白さ、縁日の匂い、
サンケイプラザで バケジョ & バケメンがお迎えします!
紺と桃、
オリジナル
月山手ぬぐい
を販売!
講堂の湿気、部活、恋敵、あの札幌ラーメン屋、背伸びした想い出、ズルができない性格。
そんなことを発見しつつ、ワルノリしつつ、この日は盃を傾けましょうか。
どこにいても海坂藩でつながれる。この日、TOKYO では天神祭のバケジョ&バケメンがお迎えします。
(1本 500 円です)
第45回 東京鶴翔同窓会のご案内
場所
613
27年 月 平成 日
土
(受付開始/午後1:30)
大手町サンケイプラザ 4 階ホール
千代田区大手町 1- 7- 2 ☎03 - 3273-2258
感動映像、盛りだくさん!
今年も懐かしい故郷を映写します。
300 インチの大画面は迫力です。
→バケジョ?
日時
午後 2:00∼4:30
ココが
会場です!
交 通 [地下鉄] 丸ノ内線、東西線、千代田線、半蔵門線、都営三田線で大手町下車
(A4・E1 出口直結)[JR線 ] 東京駅丸の内北口より徒歩約 7 分
会 費 一般会員 …………………8,000 円
高齢会員(昭和28 年卒以前)…4,000 円
年卒以後)
若年会員(平成15
…4,000
円
他に東京鶴翔同窓会年会費、
一口 1,000 円ですが、二口以上の
ご協力を賜りたくお願い申し上げます。
参 加 同封のハガキにて:5月16 日(土)消印まで。
申込み ホームページにて:5月23 日(土)まで。
東京鶴翔同窓会ホームページ
東京鶴翔
2 次会もあります!
17:00 より同じビルの
地下2F
『全や連』
にて。
会費…3,000 円
(事前にチケットを販売します)
※事前のお申込み・お振込みがスムーズです。ご協力ください。
夜の月山(紺)
朝焼けの月山(桃)
ここでしか手に入
らない限定デザイ
ン。さあ、かぶっ
てあなたもバケジ
ョ&バケメンに。
天神祭りがやってくる!
化け物が庄内の地酒を
注いで回ります!
会場は天神祭りの日の鶴岡と化します。
バケジョ & バケメンがお酒と手拭いを
もって、あなたの元へ。
飲み過ぎ注意です!
ふるさとの味も
ご用意します!
大好評の故郷の味、
忘れかけてたあの味を
今年も腕によりをかけ
て仕込みます。
写真提供/鶴岡市観光物産課、つるおか おうち御膳(鶴岡市農政課)
、地主忠夫 イラスト/佐藤久仁子
故郷は神のご加護か!
東京鶴翔同窓会 会長
とんど無く、ユネスコの食文化創
造都市に認定され世界に打って出
た割には、その辺境さにおいては
知床半島と覇を競うかと言わんば
語り、その興隆を応援しようとい
より深く故郷庄内・鶴岡・母校を
あてにせず、自力で、より熱く、
さらに、政府の﹁地方創生﹂など
故郷庄内を表わす象徴でしょう。
藤沢周平先輩の数々の名作中で
OKYO海坂藩﹂であります。
今年の総会テーマは﹁われらT
が多く、胡散臭い政治の世界は得
母校の偉大な先輩方にも文人墨客
やりとげる、といったところで、
らない、引き受けたことは誠実に
も下手、引っ込み思案で出しゃば
実直、感性豊か、口下手で世渡り
江戸の昔も今も庄内人は、謹厳
マになったものかと思います。
戸藩邸詰めの寄合と、今年のテー
という快論から、東京同窓会は江
今年も六月十三日の総会で故郷
何かがまだ残っています。
とに鎮まり、そこここに心休まる
郷は出羽三山の神々のご加護のも
孤高は保てません。幸いにも、故
いう平準化から隔離されなければ
地方文化は、都市化、近代化と
とうそぶくものであります。
に堕ちたか、
高尾山並みの混雑か﹂
山、金沢も、とうとう東京の裏庭
を横目で見、歯ぎしりしつつ、
﹁富
りまして、新幹線が開通した北陸
かりに孤高を保っているわけであ
う、我らが心意気でもあります。
手ではなかったのでしょう。
の文化の香りに皆で浸りましょう。
年 回卒︶
わが母校を故郷の象徴としての
そのせいか、未だ高速道路は全
月1日、同窓会会長を拝命致しま
総会お祝い申し上げます。昨年7
こともあり、時々都会の空気を吸
です。大学時代は東京で過ごした
は東京在住の為、現在一人住まい
する様な人物でもありませんが、
ありませんでしたし、鶴岡を代表
私は優秀で目立つ様な生徒では
京の空気を感じております。
した齋藤でございます。ちょうど
しました。
私は播磨という在に住んでいま
母校の発展並びに鶴翔同窓会の発
さて、東京鶴翔同窓会総会の今
す。ルーツは五百年以上前の播磨
展を誰にも負けず願っております。
回のテーマは﹁われらTOKYO
国からの開拓民と言われています。 力して参る所存でおりますので御
いに行きたくなります。会報等を
海坂藩﹂とのこと、
皆様の懐かしい
申し上げます。
支援、御鞭撻のほど宜しくお願い
様に、魅力ある同窓会つくりに努
も東京にいてもそう感じて貰える
﹁心の故郷我が母校﹂、地元にいて
故郷に住んでいる者として、最近
通して皆様のご活躍を拝見し、東
受けさせていただきました。
何か恩返しをと、同窓会長を引き
供達で五代お世話になっており、
の先祖に始まり、私で四代目、子
31
2
いっぺある んめもの もしぇもの 遊ぶどご こさ来てみれば わがるでば
い (たくさんの 味覚 楽しみ レジャースポット ここに来てみりゃ わかるから)
菅 徹 ︵昭和
海坂藩の藩校とみなせば、本物の
通せず、新幹線が通る可能性はほ
鶴南との関わりは︵明 卒、6回︶
した。こんな流れの中、我が家の
藩校﹁致道館﹂の文化二年の創設
回卒︶
から通算して二百十年目にあたる
東京鶴翔同窓会
回総会に向けて
鶴翔同窓会 会長
年
回︶に先立たれ、二人の息子達
齋藤 正志 ︵昭和
東京鶴翔同窓会の皆様、第 回
76
國井 英夫(昭和44年76回卒)
代表取締役頭取
69
の思いを綴って見たいと思います。 国会議員をした先祖もおりました
47
株式会社 荘内銀行
37
79
その時期入院中でご心配をおかけ
45
44
45
私は 年前に最愛の妻︵昭 卒、 が、代々土着の民で生きて参りま
10
祝 第 45 回 東 京 鶴 翔 同 窓 会
〒997-8611 鶴岡市本町1丁目9 番7号
TEL:0235-22-5211
(代表)
〒997- 0045 山形県鶴岡市西新斎町 6 -34 電話 0235-22-6200
http://www.tsurugaku.com/ e-mail:[email protected]
〒134-0088 江戸川区西葛西 7-28-7
TEL:03-5696-6821
FAX:03-5696-6822
E-mail:[email protected]
Kakusho No.45
研究発表をしてきました。
が延べ109名、東北大の合格者
ました。準々決勝の相手が山形中
で8年ぶりにベストエイトに進み
その後ドーハで開かれた短水路世
ベストを更新し二冠を果たした上、 を報告できると思います。
100M、200M背泳ぎで自己
験発表の東北大会で優勝し、初め
国体でも200M背泳ぎで優勝し、 その他、通信制の生徒が生活体
文化活動では、茨城で開催され
標を持ち日々精進しています。そ
する生徒たちはみなそれぞれの目
添校を含め、鶴南グループに所属
さて、この一年は、本市にとっ
東京鶴翔同窓会の皆様には、日
ましたユネスコ創造都市ネットワ
また、昨年 月には、念願であり
協力を賜り厚く御礼申し上げます。 目されたものと存じております。
頃より鶴岡市の発展にご理解とご
ーク食文化分野への加盟が認めら
を有する街として、全国的にも注
本市は本物の価値を持つ観光資源
の創造に注力してまいりますので、
まちづくりを進め、活力ある鶴岡
界にも誇れる地域資源を活かした
バイオ産業の集積や食文化等の世
対応した移住定住対策、更には、
じめ、UIターン希望者に柔軟に
本市は、総合的な少子化対策をは
激化するものと考えておりますが、
(毎日郵送) (1週間分まとめて送付)
購読料1ヵ月2,160円(税別) 購読料1ヵ月2,160 円(税別)+
+郵送料1,050円
送料1回80円
(1ヵ月320∼400円)
◆鶴翔同窓会の皆様は、割引優遇いたします。直接お申し込み下さい。
が出演し、科学部が招待校として
活躍する鶴南生
この春の進学の状況も良好だと
思われます。前期の発表が終わっ
が
鶴岡南高等学校 校長
柴田 曜子
ターハイ、国体に出場した生徒も
た3月中旬の時点で国公立合格者
いました。水泳の西脇怜奈さんは
名と、善戦しています。第
昨年の6月以降の鶴南生の活躍
央高校で、本校は敗れはしたもの
た全国高総文祭に、音楽部、美術
て喜ばしい話題が多くございまし
れ、同分野では日本で初、世界で
引き続き皆様のご支援を賜ります
結びに、東京鶴翔同窓会の益々
「日本一」
を報告します。野球部は夏の大会
の、山形中央高校の甲子園での活
て全国大会に出場しました。平成
回東京鶴翔同窓会には詳しく結果
躍ぶりに、おなじ県立高校として、 界選手権に出場するなど、活躍の
年度から本校の分校となった山
く、胸の沸く思いでした。
部、科学部が出場し、秋田で開催
また、対戦した相手として誇らし
インターハイには水泳部、陸上
の姿を詳しく総会で報告します。
場を世界に移しつつあります。
部、弓道部、アーチェリー部が出
された国民文化祭に吹奏楽研究会
援することとしております。今後
地方の創意工夫ある取り組みを支
現在、政府では地方創生を掲げ、
ルしてまいります。
場し、その他、
設置外の体操でイン
世界に誇れる地域資源を
活かしたまちづくり
鶴岡市長
た。まず、昨年6月にリニューア
加盟8都市の一つとなりました。
は、これまで以上に地域間競争が
ルオープンした加茂水族館につい
今年は、これまでの成果や取り組
年 回卒︶
ては、わずか3カ月足らずで過去
榎本 政規 ︵昭和
最高入館者数の 万人を超え、現
にイタリアで開催されるミラノ国
のご発展と、会員の皆様のご健勝
万人を超えるなど、多くの
観光客の皆様からお越しいただい
をお祈りいたします。
全国新酒鑑評会 第一部
連続金賞受賞記録
45
際博覧会に出展し、本市の魅力溢
12
れる食材や伝統料理を広くアピー
2014 IWSC LA GOLD MEDAL
WGO JAPAN GRAND GOLD MEDAL
14
26
ようお願い申し上げます。
75
みを着実なものとするため、 月
43
ております。出羽三山でも国宝五
在は
27
重塔のライトアップを行うなど、
はがいぐの おらほのさげは こでらいね のめばのむだけ あぁしょむのや…
は (はかどるね 地元のお酒は たまらんね 飲めば飲むほど あぁしみるねぇ…)
3
10
地讃地匠
珠玉の
一滴
67
鶴岡の将来を
一緒に考えましょう!
静に鶴岡市民に限らず、鶴岡出身
者の皆様も自分のこととして考え
てみることも必要ではないでしょ
責任もあろうかと思います。
があり、後輩にその良さを伝える
﹂ の鶴岡を一緒になって創る
One
ことだと思います。﹁変わって欲し
鶴翔同窓会 前会長
昨年6月に鶴翔同窓会会長を退
い故郷﹂は鶴岡に縁のある全ての
うか。それには、全国で﹁ Only
任させて頂きました。 年間に渡
故ケネディ米国大統領の有名な言
い故郷﹂は誰にでもあるものです。 人々の叡智で実現すると思います。
感覚的には、﹁変わって欲しくな
葉を引用させてもらえば﹁故郷鶴
年 回卒︶
り第6代鶴翔同窓会会長として、
しかし、変化の激しい現代社会に
石黒 慶一 ︵昭和
皆様のお陰で大過なく務め上げる
おいてそれに対応できない地方都
67
ことができましたことに心より御
35
承知の通り、全国的に地方都市の
の時代を迎えております。皆様ご
今、故郷﹁鶴岡﹂は大きな変革
礼申し上げます。 日本は超高齢・成熟社会を迎え
にしなければなりません。
故郷鶴岡がその道を辿らないよう
市は衰退の道を辿ります。皆様の
ると思います。その先頭に立てる
時に鶴岡の将来は明るいものにな
出来るか﹂を多くの方々が考えた
ではなく﹁自分が故郷鶴岡に何が
岡が何を自分に与えてくれるか﹂
エネルギーを発散する働く機会も
生の確たる目標も見出せず、若い
のは鶴翔同窓生です。
人口減少が起こっており、鶴岡も
まって今の置かれている情況を冷
その例外ではありません。しかし、 ております。変革には一歩立ち止
鶴岡には皆様を育てた歴史や伝統
回東京鶴翔同窓会 実行委員長
最近つらつら考える
第
には有りそうだ。地殻の歪みによ
無い若者たちの、心の飢餓が根底
だ﹁暴力の人類史﹂
︵S・ピンカー
り発生する地震の様に、社会の歪
年 回卒︶
寄稿文の依頼を受け、もうそん
著/青土社刊︶によれば戦争等の
小林 紀雄 ︵昭和
な時期になったのかと、昨年実行
た頃が懐かしく思い出される。今
やチュニジアでのテロ事件、或は
し申し上げたい。イスラム国の話
てつらつら考えることを少しお話
ところで、最近の出来事につい
題や、中近東の産油国で顕著な、
トマ・ピケティが唱える格差の問
計の数値とは無関係に心が痛む。 て故郷の匂いを嗅ぎ、小さな心の
単に表層の対策では解決出来ない、 騒めきでも楽しむとしようか。
かし、個々の事件に触れる度に統
げてくれることを願ってやまない。 きく寄与しているらしい。だがし
して呟く位が関の山。然らばせめ
とは言え、一介の老人にはこう
年もまた楽しい企画で会を盛り上
川崎の少年による痛ましい事件等
国は豊かでも、寧ろそれ故に、人
いざ集まらん、
サンケイプラザ!
が連日報道されている。最近読ん
文明の発展と民主主義の進化が大
委員長として準備に大わらわだっ
76
暴力による死者の数は長い歴史を みによるウミが滲出するかの如く
通し圧倒的に減少していると言う。 だ。政治の無力さ、人間の未熟さ、
浅ましさを思い知る。
44
4
にだよでも つづ・つづ・つづは べづだなや つずど つーずも べづだもの
に (似たようで 父・土・筒は 違うのさ 地図とチーズも 別なもの)
12
44
〒132- 0011 東京都江戸川区瑞江 4 - 44 -14 プリマ・クラッセ1F
T EL & FA X 03 -3670 -1774
Kakusho No.45
﹁われらが海坂藩﹂も
消滅するか?
の経済大国にするのに少しは貢献
できたと考えている。しかし、製
造業の多くが海外に移転し、﹃機
Race Against The
﹄︵日経 BP
社 2013.2.12.
︶
Machine
で論じられている通り、機械化に
械との競争
行えるので、甥は勤め人となり、
より、雇用が減りつつあり、特に
年 回卒︶
片手間に農業を行っている。集落
地方の雇用が減少してしまった現
︵昭和
私は﹁われらが海坂藩﹂の消滅
の子供は、現在は小学校と中学校
佐藤 彰
を心配している。﹃地方消滅﹄︵中
合わせて 人しか居ないとのこと
67
︶によれば、若年
公新書 2014.8.25
女性人口変化率は、山形県の全
35
の農家で、兄の息子︵甥︶が継い
私の実家は郊外の約 軒の集落
が著しい。
とも重要と思い、工学部に進学し
化により人間の労働を軽減するこ
は製造業が必須であり、また機械
資源の無い日本が生きて行くに
り立たないようである。
である。農業だけでは暮らしが成
と研究﹂が﹁われらが海坂藩﹂に
で、このために欠かせない﹁教育
地方に雇用を確保することが必要
造業を含めた新しい産業を興し、
﹁地方消滅﹂を阻止するには、製
状がある。
あるが、マイナス ・5%で、減少
でいる。農作業は機械化が進み、
んな人達とも必ずそこには故郷の
どんな時も、どんな場所でも、ど
にしみる故郷の味が待っている。
が吹き、暖かい光が差し込み、心
く、そこにはいつもと変わらぬ風
ゆっくり揺られてやっとたどり着
おいて盛んなことを喜んでいる。
た。我々の年代は日本を世界第
望 郷の 果 て
半澤 健雄 ︵昭和
︵旧姓、中野︶
ものの一つになっている。皆美味
国許を離れ、江戸づめの生活も
味が潤滑油として存在するし、話
年 回卒︶
土日と農繁期の有給休暇で十分に
自治体のうち良い方から 番目で
35
年、江戸で生まれ育った子供、 しい美味しいとモリモリ食べて庄
2
30
する。旧友との電話での会話もど
なくなって来ている自分に愕然と
ないために年々歳々庄内弁が話せ
か! 庄内弁での会話が成り立た
きているとは、なんと淋しいこと
る故郷を知ろうともしなくなって
孫も、親父が最も思いを込めてい
はできない。これはやはり故郷に
番美味しく食べる方法が我が家で
火の遠火でじっくり焼くという一
たり前の光景、口細の串刺しを炭
れまた淋しい。海坂藩ではごく当
こりしようとは提案すらない。こ
が、では一緒に庄内の温泉でほっ
内の新鮮な食材を褒めてはくれる
ざかったり、山が迫る、トンネル
る海を眺め、島が近くなったり遠
んなりした庄内弁。波しぶきあが
れる空気、みずみずしい食材、は
がかかるけれども、たおやかに流
たい故郷、不便だけれども、時間
これからも変わらないでもらい
のきっかけはいつもその味なのだ。
ている自分が、少し肩身を狭くし
うしても江戸弁になってしまうど
恥ずかしそうにして﹁江戸﹂
にいる。
を抜けると黄金色の田んぼが飛び
か。
込んでくる、それらに包み込まれ
我が食卓には四季折々、庄内の
どこそこに新幹線で2時間半?
充分味を堪能して帰れと言うこと
旬の味が載るが勿論味付けは親父
うしようもない自分がそこにいる。 出かけて行って口一杯にほうばり
早
72
12
2
40
52
の役割というか家人には譲れない
とのぐぢで どんどど くずどご はいででで とがだで わがたで とけちゃまだ
と (玄関で 急いで 靴を 履いて出て 外で 気づいた 左右逆)
5
50
化学反応を起こす力
活力減退を招くと言われます。で
も、鶴岡には持続的成長を遂げて
いる企業も、先進的研究機関も、
独特の文化もあります。IT技術
歴史のさびは ぬぐいさりつつ
世界文化の 潮にさおさし
おしよせる
日本海の荒波のように 歌詞がありました。
昔覚えた市民歌には確かこんな
郷土の絆のなんと有難いことか。
た。今も何かと集う鶴南同期など
養剤として蓄え、都会に戻りまし
食材と人々との温かい繋がりを栄
日本の原風景的な自然と美味しい
る柱となり、中1の私も少し大人
があって3年前に山形大学に着任
東京の企業を退社した後、ご縁
動力になるのではないでしょうか。
多様な人との繋がりこそがその原
かのように。成長後は帰省する度、 生み出したいものです。そして、
になりました。化学反応が起きた
しました。出会いを大切にしなが
ものとの化学反応で新しい価値を
るこの時代、独自の強みと異質な
年 回卒︶
力を合わせて われらはすすむ
ら研究者と地域を繋ぐ触媒として、
今野 千保 ︵昭和
おお めざましい鶴岡市よ
こんな自慢の故郷も先頃、﹁人口
の進化により猛烈な勢いで変化す
私の場合、日本海の荒波のように
持病持ちの母は以来、大正女の精
クされました。人口減少は地域の
少率が大きい都市﹂の 位にラン
10
界観と心意気をお手本にして。
めにはWebの更なる活用が重要
です。100の物産展よりWeb
の有効利用が割安で効果的と思わ
れます。市の公式HPは大変魅力
是非英語、中国語、韓国語、ロシ
日本語情報を更に充実すると共に
年 回卒︶
町である必要があります。既にに
ア語のコンテンツをご検討下さい。
的に変更されました。この機会に
かほ市、上勝町、真庭市等、町の特
例えば浅草は100近い言語に対
こざは何れ解消します。鶴岡は地
り生き残りに必要な唯一無二の資
歴史や人情溢れる気候風土。つま
をご検討下さい。 年後の鶴岡の
国外からお金と人が流入する方法
と言っても豊かな食産資源、自然、 理的に絶好のロケーション。市外、
新潟をも凌駕する鶴岡の魅力は何
中国、
韓国とのいざ
生き残り策は何か? 山形、秋田、 応しています。
徴を生かした活性案を実現した市
︵昭和
ればと思っています。市民歌の世
化学反応を起こすお手伝いができ
押し寄せたのは 歳の父の急死。
万人以上で2030年の人口減
77
町村は沢山あります。では鶴岡の
77
果して 年後の鶴岡は?
富樫 修
かけがえの無い我が海坂藩も冷
静に考えれば地方の一中小都市。
大変残念ですが世間的には、何れ
消滅すると見なされています。
我々の願いは愛する鶴岡がいつ
までも輝いている事。せっかくの
機会なので、少し意見を述べさせ
ていただきたいと思います。
二次産業誘致による市の活性化
45
登録も農協改革も円安も又と無い
が海坂藩再興の方法と考えます。
他に先駆けて行動に移す事、それ
明確なポジションを早期に決定し、
チャンス。これらの魅力発信のた
6
ぬだぐても かいな なおらね なしてだろ? くすりでねぐで そんなは「にべあ」
ぬ (塗り籠むも かゆみ治らぬ 何故だろう? …薬じゃなくて それハンドクリーム)
45
神力で働き始め、高2の兄は頼れ
10
50
は今となっては困難と思われます。 格は既に備えています。ユネスコ
年後も二次産業に依存せずに生
50
46
き延びる為には、代替の利かない
50
﹁ありがたい﹂と思うこと
のだろう。 年ほど前から始まっ
人を超す定例会となった。南高
た、年に一度の同期会は参加者が
や多くの外食チェーン店などが囲
れを洋服量販店、DIYセンター
外には巨大なスーパーが建ち、そ
この町も疲弊しているようだ。郊
仕事柄、地方出張が多いが、ど
なってしまった。
屋だけが残るという厳しい環境に
多くの店は消えてしまい、和菓子
数分と恵まれた場所にあるのだが
してはどうか。実家は市役所から
はいいようだ。だが、住む場所と
すら語彙からは消えていた。齢を
を占められ、懐かしさと言う言葉
代、
なっている。
に話すことができる楽しい時間と
った者同士が昔からの仲間のよう
年 回卒︶
んでいる。そして不釣り合いに大
それでも帰り続けたいのである。 経てその自縛が取れた今、故郷に
代は仕事と生活に思い
きな役所、文化施設、競技場も立
三浦 一郎 ︵昭和
20
時代には会話を交わすこともなか
30
辺は整備され、致道館、大宝館、
鶴岡はどうであろうか。城跡周
のだが、現実はあまりに寂しい。
故郷を同じくする 回の我が同
ありがたさを思う。
が見え始めれば帰れる場所を持つ
ち並ぶ。地方創生の掛け声はいい ﹁いなほ﹂の車中から月山、金峰山
が﹂﹁行がねが﹂﹁おもしっけの﹂
る﹂気持ちに戻れるのだ。﹁来ね
かもしれない。彼らに会えば﹁帰
繋がる場所や人が恋しくなったの
の明るさにもつながっている気が
します。同窓会では、気概を持っ て凜として生きている人、穏やか な闘志を持っている人などさまざ まな海坂藩士に会い、これからの 藤沢周平の文学との出会いは、 えるひと時があります。昨年の収 た。
自分の生きる指針をいただけるの なんだろうと出演者名が流れる字
自分の力ではどうにもならない理 穫は、S先輩からの格言でした。 ていただき、鶴岡での映画作りや
幕を追った記憶があります。文庫
不尽なことへの憤怒・無念さを、 ﹁六十五歳を過ぎたら教養と教育 私と海坂藩の出会いはNHKの
本を次から次へと読みあさり、藤
静かな闘志と反骨の精神で黙々と が大切だ。﹂ Today Bus
です。そして美味しいコーヒーの 沢周平が鶴岡南高校の大先輩とい
前向きに歩むことで乗り越えてゆ iness Today Go ような上質な香り・心を感じて、
うこともしばらくしてから知りま
く事を教えてくれました。庄内人 うむ ∼なるほど! 我ら海坂藩
藤沢周平記念館の建設のことなど
した。期を同じくして東京鶴翔同
のそうしたたゆまぬ努力、不屈の の東京鶴翔同窓会はとっても役に
この高校の卒業生で良かったと思 窓会のお誘いがあり、熱狂的な周
精神が無常感を超えた東北の風土 立つ素敵な時間です。
様々な情報を得ることができまし
年 回卒︶
と続けたいものだ。
期はこのTOKYOに何十人いる
40
致道博物館が景観を形作り、評判
30
たドラマに、原作者はいったい誰
小林 桂子 ︵昭和
TOKYO海坂藩へ行く訳
77
平フアンの先輩諸氏とお会いし、
るすだなさ となりのばばちゃん おじゃのんだ でんわも ではて いのひとみでだ
る (留守なのに 隣の婆ちゃん 茶を飲んでる 電話にも出て 家の人みたい)
7
77
78
居酒屋で周平談義のお仲間に入れ
TEL:0235-24-3151 FAX:0235-24-3153
URL:http://www.abeta.co.jp
山形県鶴岡市山王町 9 番 35 号
45
46
﹁蝉しぐれ﹂でした。静謐で凛とし
Kakusho No.45
地元の皆様に 91年の感謝をこめて…
鶴岡から離れた年寄りの愚痴か?
◆車も少なく信号もなかった時代、
︵昭和 年卒 回卒/小林啓二︶ 人々は﹁通り﹂を歩き、店々で買
の殆どが鶴岡市に合併されたこと
の多くの町名変更と東・西田川郡
こと﹂の最たるものは、鶴岡市内
て感じた、ふるさとの﹁変わった
や六十数年。この間、遠きにあり
◆ふるさと庄内を離れてから、は
である。私の子供たちが﹁お父さ
っておきたい鶴岡らしさは庄内弁
くなってしまう恐れあり。何かと
多くなり、溢れ、東京と変わりな
まり便利になると流入するものが
ということである。交通状況があ
全部が無理ならせめて一角でもい
った﹁通り﹂。なんと寂しいことか。
ろう? 車の通る道でしかなくな
もりも息づいていた。今はどうだ
場であり、そこには音も匂いも温
で遊んだ。﹁通り﹂は人々の生きる
っていることは﹁少々不便が良い﹂ た。子供達はそこで日が暮れるま
◆変わらないほうがいいな。と思
い。家並みと人々が織りなす、良
ろう。ふるさとで、変わって欲し
挿むべき筋合いのものではないだ
変更であった訳で、部外者が口を
くとも多数決の賛同を得た行政的
変更は、其処に住む人達の、少な
の茂みで行々子が鳴けば子供の頃
と、そして今の自分を考える。葦
川の土手に腰を下ろし、故人のこ
にでる。遠く月山を眺めながら赤
◆火葬場から土手を上って羽黒橋
た。そして、旧市内における子供
が住んでいたところは鷹匠町でし
は昔の町名復活です。ちなみに私
ていました。変わって欲しいもの
︵昭和 年 回卒/杉山恵子︶
できないものだろうか。
き時代の空気漂う﹁通り﹂を再現
れ育った郷里は原点であり、懐か
◆半ば意に反して長く都会で暮ら
く続きますように。
る。更なる、交流が無事、変更な
のある知人・友人の健康状態であ
景色と鶴岡斎場です。
ない故郷 ﹂、 それは赤川の川辺の
はありません。
﹁ 変わって欲しく
見たが、此処ほど心安らぐところ
この歳になるまで色んな火葬場を
のしのしと襲いかかってくる。
﹁それ﹂は日本海からの水分を含み
でしょうか。
ている。だからいつまでも変わっ
◆
﹁それ﹂が無ければ住みやすい町。 人情、味覚。そのどれもが、かけ
鶴岡の春、夏、秋は豊かで美しい。 がえのない奥床しい美しさをもっ
︵昭和 年 回卒/坂田敬一︶
てほしくないのであるが、一つだ
た気候風土、歴史 、文化、民俗、
しくまた悲しいのである。恵まれ
くないものは、唯一、いまだ交流
︵昭和 年 回卒/大沼順耳︶
︵昭和 年 回卒/池田輝之︶ すことになった者にとって、生ま
も思い出す。骨上げのアナウンス たちの遊ぶ姿。新しい世代が外へ
が聞こえてきて急ぎ足で戻ります。 外へ流れるのを変えられないもの
77
◆昔の町名は何故なくなったのだ ﹁それ﹂を屋根からおろさねば家が
﹁それ﹂を掻き
ろう? 日和町、三日町、五日町、 つぶされてしまう。
や味覚を改良し、日々進化してい
かし勤勉な庄内人は少しずつ品種
茄子の浅漬けを挙げてみたい。し
①食文化、味にうるさい贅沢な文
変わって欲しくない
あった。
画職員の固さに驚いたという噂が
ミラノの食品博?の調査に来た企
ったのだろうか。荘内日報の記事
とが多いようだが、鶴岡はどうだ
い区画整理とセットで行われるこ
962年の住居表示制度導入に伴
係か日吉町だ。町名の変更は、1
寺字大宝地、今はお山王さんの関
えてくれる。自分の生まれは大宝
︵昭和 年 回卒/佐藤久仁子︶
から願う。
ずに暮らせる町になることを、心
故郷が冬将軍との過酷な戦いをせ
鶴岡も高齢者所帯が増えた。
の戦いの負担に耐えなければ生き
くのだろう。
ていけないのが、我が故郷なのだ。 ︵昭和 年 回卒
けと言われれば、代表として民田
分けねば、どこにも出られず、食
化的な雰囲気 。②慶応大学研究所
◆変わって欲しい
子供のころから酒田は明るい感じ
料も灯油も持ち込めぬ。この雪と
と地元高校生の結びつきの進化。
︵昭和 年 回卒/nymyh︶ を見て、ぴんと来ないことも多い。
高畑町、
宝町、
与力町、
元曲師町、下肴町、
◆地方創生は青い鳥の話を思い出 鷹匠町、
いい町名だ。できることなら戻せる範囲で戻してほしい。
77
ぐるみの企みに。そして都会に戻
てくれ。
介するときの誇りのひとつであっ
方の産直ショップでは、野菜のメ
たであろうものが美味しい。某地
野菜の若菜を間引きして摘み取っ
い青菜野菜である。中でも様々な
目当ては、こちらでは手に入らな
大量に野菜を仕入れて来る。私の
◆帰省する度に、産直ショップで
なった。昔と変わらぬ姿で迎えて
身近に感じられるように
離れた東京からも故郷を
情報社会の進歩は、遠く
段に近くなった故郷鶴岡。
が良くなり、以前より格
◆時代とともに交通の便
ほしいども、ひとさ優しすぎ
◆ひとの優しさは変わらねで
う。想像してみよう。訪れる旅人
が、宿で、店で耳にする美しい庄
鶴岡の人は豊かな自然と食に満足
ない思い出の地。廃屋やシャッタ
焦がれたあの娘が今も暮らす、切
鶴岡野菜も出来ないものだろうか。 暮らした大切な街、学生時代に恋
庄内弁はいづまでも無ぐな
ねようになってくれの。
内弁のことを。彼は気が付く。町
◆帰省すると、親父が東京育ちの
してしまって外に発信するのが下
てオレオレ詐欺どがで騙さい
いつか、そうなって欲しい。
孫たちに、よく自慢してたっけ。
であり、そこで将来期待されるの
に頼る生活になっているのが実態
ある。地方では圧倒的に自家用車
自分で運転できなくなる可能性で
くなっちゃうよ。川の底までおお
なんて自惚れてると、みんないな
ルもめっきり減った。自然が一杯
ダカや小鮒はどこに? 殿様ガエ
て。確かに東京よりはね。でもメ
◆将来困るだろうなと思うことは、﹁山形は自然がいっぺあっろ!﹂っ
︵昭和 年 回卒/飯野 文︶
のがあるのだから。
人が知ったら﹁おお!﹂と思うも
くても良い。身近なところに外の
手である。何も大仰なことをしな
︵昭和 年 回卒/佐藤英樹︶
ころ﹂であってほしい。 でも暖かく迎えてくれる ﹁帰ると
寂しさを募らせるけれど、いつま
ーが閉まったままの商店街が少し
んめ食べ物や食べ方でいづま
何でらいっぺある昔がらの
にしてくれの。
庄内弁をちゃんと伝えるよう
らねでほしいさげ、後世まで
忘れられるという利点もある。そ
思い出したくないこともきっぱり
宝寺・七窪を通って湯野浜までの
出発して京田・安丹・北大山・善
岡での思い出も色あせてしまうが、 く手段は、電車でした。鶴岡駅を
いや世界中さ広ぐ知らしめで
ちゃんと作り続けで、日本中
どご大事してんめ食べ物どご
然はいづまでも変わらねでほ
て欲しい。せめて両岸とか 。
…こ
れ以上、税金を使って無駄に山河
しいさげ、みんなして鶴岡の
を壊さないで欲しい。
ワクして見てました。今は鶴岡に
豊富な自然をいつまでも守り
り、鶴岡が自動運転のモデル地域
ていた昔の話題から、あんな事、
帰ると車中心生活だけど、高齢化
となることはできないだろうか。
こんな事が鮮やかによみがえる。
が進む中、地方のローカル線は、他
くれの。
当時、理解できなかったことが納
山・川・海なんでもある自
得できたり、今まで気づかなかっ
地方の成功を見るともしかして 。
… 続げるようになってくれの。
という希望も涌きます。経済的に ︵昭和 年 回卒/菅原 良︶
電車は終点で運転手さんが輪を受
た自分の原点を発見したりしてと
厳しいのは十分にわかるけど、是
け渡して折り返し。子供心にワク
◆駅舎はその町の顔だ。だが、今
の駅にはがっかりだ。どこを探し
ても旅情がない。文化がない。だ
から、頼む。鶴岡駅よ、変わって
ても興味深い。この貴重な証言者
非復活して欲しいなぁ。
95
くれ。レトロがいいとか、木造が
いいとか、細かくは言わない。も
たちにも高齢化の波がおしよせて
87
ちろん豪華さなど求めない。鶴岡
55
に着いた、この駅が迎えてくれた。
︵昭和 年 回卒/齋藤弘樹︶
写真提供/地主忠夫︵ 回︶
菅原誠二︵ 回︶
佐藤 啓︵ 回︶
イラスト/佐藤久仁子︵ 回︶
87 77 70
77
らずにいてほしい。
63
変わって欲
︵昭和 年 回卒/広瀬 均︶
87
駅をバックに写真を撮ってみよう。
観光に重きを置く鶴岡ならば、そ
ういう姿であってくれ。鶴岡を紹
いる。できるだけ長生きして変わ
れでも鶴岡の親戚と会うと、忘れ
でも食べでさげ、畑や田んぼ
が自動運転の車である。車の性能
87
◆子供の頃、海水浴で湯野浜に行
55
︵昭和 年 回卒/佐藤雄喜︶
3
︵昭和 年 回卒/上野 巧︶
◆鶴岡を離れて 年もたつと、鶴
87
30
55
55
77
51
83
インフラの開発と整備も必要であ
う 面コンクリート水路を無くし
77
ばかりでなく、道路や信号などの
45
45
8
しくない故郷
ている宝物、それは庄内弁であろ
り、
﹁おもてなしとしての庄内弁﹂
くれる海や山や川。亡き父や母と
/伊藤 豊︶
45
︵昭和 年 回卒/丸山久春︶ ールオーダーを取り扱っている。
に出会った感動を友に語り始める。 くのではなく、すぐそこにある。
45
鷹匠町、新屋敷、紙漉町、上肴町
74
77
︵昭和 年 回卒/菅原誠二︶
77
鶴岡 万市民が等しく持ち合わせ
い物をし、井戸端会議の輪ができ
であった。これは、正直、ショッ
んは二ケ国語話している﹂と言っ
70
クだったが、考えてみれば、この
38
42
だった。市政・役所をもっと自由
67
闊達な雰囲気になってもらいたい。 など懐かしい。町の成り立ちも教
59
66
45
13
なんぜんじ あっちぇ ばんげは くでぐなる はっこぐしてから しょうがで く な (南禅寺 暑い日の夜は 食べたいな 冷たくしてから 生姜で食べる)
しい故郷
13
鶴岡 万市民が等しく持ち合わせて
いる宝物、それは庄内弁であろう。
この
でぇごん
なんぼだ?
35
ある意味、都会の鶴翔人の
身勝手な思いなのかもしれない。
ふとしたときに語り合ってしまうのは
故郷はこうであって欲しいという夢。
変われ。いや、変わるな。
しかし、その身勝手な発言の中にも
うなずいてしまう話はあるようだ。
せばよい。宝物は遠くに探しに行
27
34
45
変わって欲
海坂に何を思うか 鶴翔人、
200字の願い
鶴岡から離れた年寄りの愚痴か?
◆車も少なく信号もなかった時代、
︵昭和 年卒 回卒/小林啓二︶ 人々は﹁通り﹂を歩き、店々で買
の殆どが鶴岡市に合併されたこと
の多くの町名変更と東・西田川郡
こと﹂の最たるものは、鶴岡市内
て感じた、ふるさとの﹁変わった
や六十数年。この間、遠きにあり
◆ふるさと庄内を離れてから、は
である。私の子供たちが﹁お父さ
っておきたい鶴岡らしさは庄内弁
くなってしまう恐れあり。何かと
多くなり、溢れ、東京と変わりな
まり便利になると流入するものが
ということである。交通状況があ
全部が無理ならせめて一角でもい
った﹁通り﹂。なんと寂しいことか。
ろう? 車の通る道でしかなくな
もりも息づいていた。今はどうだ
場であり、そこには音も匂いも温
で遊んだ。﹁通り﹂は人々の生きる
っていることは﹁少々不便が良い﹂ た。子供達はそこで日が暮れるま
◆変わらないほうがいいな。と思
い。家並みと人々が織りなす、良
ろう。ふるさとで、変わって欲し
挿むべき筋合いのものではないだ
変更であった訳で、部外者が口を
くとも多数決の賛同を得た行政的
変更は、其処に住む人達の、少な
の茂みで行々子が鳴けば子供の頃
と、そして今の自分を考える。葦
川の土手に腰を下ろし、故人のこ
にでる。遠く月山を眺めながら赤
◆火葬場から土手を上って羽黒橋
た。そして、旧市内における子供
が住んでいたところは鷹匠町でし
は昔の町名復活です。ちなみに私
ていました。変わって欲しいもの
︵昭和 年 回卒/杉山恵子︶
できないものだろうか。
き時代の空気漂う﹁通り﹂を再現
れ育った郷里は原点であり、懐か
◆半ば意に反して長く都会で暮ら
く続きますように。
る。更なる、交流が無事、変更な
のある知人・友人の健康状態であ
景色と鶴岡斎場です。
ない故郷 ﹂、 それは赤川の川辺の
はありません。
﹁ 変わって欲しく
見たが、此処ほど心安らぐところ
この歳になるまで色んな火葬場を
のしのしと襲いかかってくる。
﹁それ﹂は日本海からの水分を含み
でしょうか。
ている。だからいつまでも変わっ
◆
﹁それ﹂が無ければ住みやすい町。 人情、味覚。そのどれもが、かけ
鶴岡の春、夏、秋は豊かで美しい。 がえのない奥床しい美しさをもっ
︵昭和 年 回卒/坂田敬一︶
てほしくないのであるが、一つだ
た気候風土、歴史 、文化、民俗、
しくまた悲しいのである。恵まれ
くないものは、唯一、いまだ交流
︵昭和 年 回卒/大沼順耳︶
︵昭和 年 回卒/池田輝之︶ すことになった者にとって、生ま
も思い出す。骨上げのアナウンス たちの遊ぶ姿。新しい世代が外へ
が聞こえてきて急ぎ足で戻ります。 外へ流れるのを変えられないもの
77
◆昔の町名は何故なくなったのだ ﹁それ﹂を屋根からおろさねば家が
﹁それ﹂を掻き
ろう? 日和町、三日町、五日町、 つぶされてしまう。
や味覚を改良し、日々進化してい
かし勤勉な庄内人は少しずつ品種
茄子の浅漬けを挙げてみたい。し
①食文化、味にうるさい贅沢な文
変わって欲しくない
あった。
画職員の固さに驚いたという噂が
ミラノの食品博?の調査に来た企
ったのだろうか。荘内日報の記事
とが多いようだが、鶴岡はどうだ
い区画整理とセットで行われるこ
962年の住居表示制度導入に伴
係か日吉町だ。町名の変更は、1
寺字大宝地、今はお山王さんの関
えてくれる。自分の生まれは大宝
︵昭和 年 回卒/佐藤久仁子︶
から願う。
ずに暮らせる町になることを、心
故郷が冬将軍との過酷な戦いをせ
鶴岡も高齢者所帯が増えた。
の戦いの負担に耐えなければ生き
くのだろう。
ていけないのが、我が故郷なのだ。 ︵昭和 年 回卒
けと言われれば、代表として民田
分けねば、どこにも出られず、食
化的な雰囲気 。②慶応大学研究所
◆変わって欲しい
子供のころから酒田は明るい感じ
料も灯油も持ち込めぬ。この雪と
と地元高校生の結びつきの進化。
︵昭和 年 回卒/nymyh︶ を見て、ぴんと来ないことも多い。
高畑町、
宝町、
与力町、
元曲師町、下肴町、
◆地方創生は青い鳥の話を思い出 鷹匠町、
いい町名だ。できることなら戻せる範囲で戻してほしい。
77
ぐるみの企みに。そして都会に戻
てくれ。
介するときの誇りのひとつであっ
方の産直ショップでは、野菜のメ
たであろうものが美味しい。某地
野菜の若菜を間引きして摘み取っ
い青菜野菜である。中でも様々な
目当ては、こちらでは手に入らな
大量に野菜を仕入れて来る。私の
◆帰省する度に、産直ショップで
なった。昔と変わらぬ姿で迎えて
身近に感じられるように
離れた東京からも故郷を
情報社会の進歩は、遠く
段に近くなった故郷鶴岡。
が良くなり、以前より格
◆時代とともに交通の便
ほしいども、ひとさ優しすぎ
◆ひとの優しさは変わらねで
う。想像してみよう。訪れる旅人
が、宿で、店で耳にする美しい庄
鶴岡の人は豊かな自然と食に満足
ない思い出の地。廃屋やシャッタ
焦がれたあの娘が今も暮らす、切
鶴岡野菜も出来ないものだろうか。 暮らした大切な街、学生時代に恋
庄内弁はいづまでも無ぐな
ねようになってくれの。
内弁のことを。彼は気が付く。町
◆帰省すると、親父が東京育ちの
してしまって外に発信するのが下
てオレオレ詐欺どがで騙さい
いつか、そうなって欲しい。
孫たちに、よく自慢してたっけ。
であり、そこで将来期待されるの
に頼る生活になっているのが実態
ある。地方では圧倒的に自家用車
自分で運転できなくなる可能性で
くなっちゃうよ。川の底までおお
なんて自惚れてると、みんないな
ルもめっきり減った。自然が一杯
ダカや小鮒はどこに? 殿様ガエ
て。確かに東京よりはね。でもメ
◆将来困るだろうなと思うことは、﹁山形は自然がいっぺあっろ!﹂っ
︵昭和 年 回卒/飯野 文︶
のがあるのだから。
人が知ったら﹁おお!﹂と思うも
くても良い。身近なところに外の
手である。何も大仰なことをしな
︵昭和 年 回卒/佐藤英樹︶
ころ﹂であってほしい。 でも暖かく迎えてくれる ﹁帰ると
寂しさを募らせるけれど、いつま
ーが閉まったままの商店街が少し
んめ食べ物や食べ方でいづま
何でらいっぺある昔がらの
にしてくれの。
庄内弁をちゃんと伝えるよう
らねでほしいさげ、後世まで
忘れられるという利点もある。そ
思い出したくないこともきっぱり
宝寺・七窪を通って湯野浜までの
出発して京田・安丹・北大山・善
岡での思い出も色あせてしまうが、 く手段は、電車でした。鶴岡駅を
いや世界中さ広ぐ知らしめで
ちゃんと作り続けで、日本中
どご大事してんめ食べ物どご
然はいづまでも変わらねでほ
て欲しい。せめて両岸とか 。
…こ
れ以上、税金を使って無駄に山河
しいさげ、みんなして鶴岡の
を壊さないで欲しい。
ワクして見てました。今は鶴岡に
豊富な自然をいつまでも守り
り、鶴岡が自動運転のモデル地域
ていた昔の話題から、あんな事、
帰ると車中心生活だけど、高齢化
となることはできないだろうか。
こんな事が鮮やかによみがえる。
が進む中、地方のローカル線は、他
くれの。
当時、理解できなかったことが納
山・川・海なんでもある自
得できたり、今まで気づかなかっ
地方の成功を見るともしかして 。
… 続げるようになってくれの。
という希望も涌きます。経済的に ︵昭和 年 回卒/菅原 良︶
電車は終点で運転手さんが輪を受
た自分の原点を発見したりしてと
厳しいのは十分にわかるけど、是
け渡して折り返し。子供心にワク
◆駅舎はその町の顔だ。だが、今
の駅にはがっかりだ。どこを探し
ても旅情がない。文化がない。だ
から、頼む。鶴岡駅よ、変わって
ても興味深い。この貴重な証言者
非復活して欲しいなぁ。
95
くれ。レトロがいいとか、木造が
いいとか、細かくは言わない。も
たちにも高齢化の波がおしよせて
87
ちろん豪華さなど求めない。鶴岡
55
に着いた、この駅が迎えてくれた。
︵昭和 年 回卒/齋藤弘樹︶
写真提供/地主忠夫︵ 回︶
菅原誠二︵ 回︶
佐藤 啓︵ 回︶
イラスト/佐藤久仁子︵ 回︶
87 77 70
77
らずにいてほしい。
63
変わって欲
︵昭和 年 回卒/広瀬 均︶
87
駅をバックに写真を撮ってみよう。
観光に重きを置く鶴岡ならば、そ
ういう姿であってくれ。鶴岡を紹
いる。できるだけ長生きして変わ
れでも鶴岡の親戚と会うと、忘れ
でも食べでさげ、畑や田んぼ
が自動運転の車である。車の性能
87
◆子供の頃、海水浴で湯野浜に行
55
︵昭和 年 回卒/佐藤雄喜︶
3
︵昭和 年 回卒/上野 巧︶
◆鶴岡を離れて 年もたつと、鶴
87
30
55
55
77
51
83
インフラの開発と整備も必要であ
う 面コンクリート水路を無くし
77
ばかりでなく、道路や信号などの
45
45
8
しくない故郷
ている宝物、それは庄内弁であろ
り、
﹁おもてなしとしての庄内弁﹂
くれる海や山や川。亡き父や母と
/伊藤 豊︶
45
︵昭和 年 回卒/丸山久春︶ ールオーダーを取り扱っている。
に出会った感動を友に語り始める。 くのではなく、すぐそこにある。
45
鷹匠町、新屋敷、紙漉町、上肴町
74
77
︵昭和 年 回卒/菅原誠二︶
77
鶴岡 万市民が等しく持ち合わせ
い物をし、井戸端会議の輪ができ
であった。これは、正直、ショッ
んは二ケ国語話している﹂と言っ
70
クだったが、考えてみれば、この
38
42
だった。市政・役所をもっと自由
67
闊達な雰囲気になってもらいたい。 など懐かしい。町の成り立ちも教
59
66
45
13
なんぜんじ あっちぇ ばんげは くでぐなる はっこぐしてから しょうがで く な (南禅寺 暑い日の夜は 食べたいな 冷たくしてから 生姜で食べる)
しい故郷
13
鶴岡 万市民が等しく持ち合わせて
いる宝物、それは庄内弁であろう。
この
でぇごん
なんぼだ?
35
ある意味、都会の鶴翔人の
身勝手な思いなのかもしれない。
ふとしたときに語り合ってしまうのは
故郷はこうであって欲しいという夢。
変われ。いや、変わるな。
しかし、その身勝手な発言の中にも
うなずいてしまう話はあるようだ。
せばよい。宝物は遠くに探しに行
27
34
45
変わって欲
海坂に何を思うか 鶴翔人、
200字の願い
モデルプランの様な行程でしたが、
新鮮な気持ちで鶴岡を見て、その
良さを再確認できたように思いま
す。ここがあるから、ここが好き
士を養成する学校の教員をしてい
現在、私は歯科医師と歯科衛生
一員として、同窓会に参加できる
も﹁われらTOKYO海坂藩﹂の
変わらずに残っていました。今年
想いが、長く鶴岡を離れていても
年 回卒︶
ます。歯科衛生士養成学校の教員
︵昭和
変わらぬ想い
池田 利恵
年以上が経ちました。学生時代は
が集まる年に一度の研修会が、平
だから
︵今の自分がある︶
。そんな
アルバイト、就職してからは仕事
岡の話をしていても﹁あれーんだ
会がなくなりました。同窓生と鶴
してからは、さらに鶴岡へ行く機
れていた蜂子皇子像を拝観し、帰
神合祭殿に参拝。幸運にも公開さ
翌日は羽黒山の五重塔と山頂の三
い肴と地酒で大いに盛り上がり、
た。研修会終了後は鶴岡の美味し
ップで走れたこと﹂でした。なっ
へ入る道に信号がなく、ノンスト
味しい魚と山菜﹂
﹁空港から市内
ねたところ、﹁優しい話し方﹂
﹁美
に鶴岡の好印象ベストスリーを尋
ところで、研修会に参加した人
方々も大変ですが、地元での出身
数であります。東京で活躍される
な、家業で地元に戻ったものは少
地元に残りませんので、私のよう
公務員か銀行員以外はほとんどが
鶴岡南出身者というのは、地方
骨も弊社で一部施工しました。こ
おります。東京スカイツリーの鉄
の工場で加工して、東京に運んで
を置いて営業しております。地元
集中するマーケットなので、支店
首都圏は日本の鉄骨需要の 割が
相談ください。皆様のご活躍に敬
す。暮らしの相談その他何でもご
いたします。時代は静かに変りま
れることがあったなら、ぜひ歓迎
事情でまた鶴岡に戻りたいと思わ
で活躍し、歳を経て、それぞれの
鋼構造物の工事業をしております。 口が
私の会社は建築用の鉄骨加工と
意を表して。
割も減少するというデータ
25
があります。鶴岡に生まれ、全国
3
10
うるがして たいでみだっけ めっこまんま もってねさげって なっても く!
う (米浸し 炊いてみたけど 芯残る〈涙〉もったいないから 絶対食う)
大学進学を機に鶴岡を離れ、
に追われてなかなか帰省すること
っけか?﹂と首をひねる回数が増
りは雪を抱いた月山を見つつ庄内
ことを楽しみにしています。
成
え、その度に鶴岡から離れている
年度は鶴岡市で開催されまし
ができず、家族皆が東京に引っ越
ことを実感して寂しく感じていま
なるほど!
が取れないようです。人間には両
留まっていても気持ちのバランス
感じます。私は、どちらかに長く
りものを考えられることにあると
ことであり、鶴岡の良さはじっく
さは競争の中で結果を追求できる
空港へ。まるで鶴岡市観光連盟の
した。
年 回卒︶
つながりの中で思うこと
︵昭和
ら、身を整えていくことになるわ
板垣 昌之
東京鶴翔同窓会の皆様、こんに
校勢力で言いますと、完全なマイ
うして毎週のように地元と東京を
方の﹁場﹂が必要なのではないか
ノリティであり、そんなことにな
行き来しておりますと、東京の良
ちは。一筆取らせていただきます。 けです。
ると、かつての友人が抜け落ちて
3
と思います。鶴岡はあと 年で人
しまうという喪失感を味わいなが
Office KACHIDOKI
87
87
〒104-0054 東京都中央区勝どき6-3-1-3422
Tel:03-6794-1208 Fax:03-6734-0498
携帯:090-3816-3367
フリーダイヤル:0800-080-1208
E-mail:[email protected]
オフィス勝どき
26
ま さし
いずみ おお
55
55
大 泉 正(昭和 53 年 85 回卒)
代表
30
日本FP協会会員 相続診断士
Kakusho No.45
□
あ□
る□
と■
き□
背□
後□
で□
覗■
き□
込□
む□
私□
の■
屈
□
折□
を□
見□
透□
か□
す□
よ□
う□
に□
﹁□
思□
い□
通□
り□
に
□
□□□□■□□□□■□□□□■
い□
か□
な□
い□
こ□
と□
の□
方□
が□
多□
い□
が□
、□
そ□
れ
□
□□□□■□□□□■□□□□■
□□□□□□□□□□
□□
□□
□□
□い
□□出
□□□□□□□□□□
渡□り
廊
下の
思
描□
く□
こ□
と□
の□
難□
し□
さ□
を□
伝□
え□
た□
か□
っ□
た
□
が□
よ□
か□
っ□
た□
り□
も□
す□
る□
﹂□
な□
ど□
と□
言□
う。
□
□□□□□□□□□□□□□□□
加藤 嘉明□︵
昭和 年 回卒︶
□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□
87
□
部□
員□
の□
多□
く□
は□
遠□
慮□
し□
て□
立□
ち□
入□
ら□
な
□
か□
っ□
た□
が□
、□
私□
や□
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は□
入□
り□
浸□
っ□
て□
い
□
古□
い□
だ□
け□
で□
特□
徴□
の□
な□
い□
建□
物□
の□
な□
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員□
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階□
の□
美□
術□
室□
に□
移□
動□
し□
た□
。□
□
で□
、□
そ□
こ□
だ□
け□
が□
少□
し□
違□
っ□
て□
見□
え□
た。 □
□
美□
術□
室□
の□
少□
し□
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ま□
っ□
た□
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□
□
成□
績□
は□
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ざ□
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毎□
日□
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苦□
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白□
幡□
進□
先□
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あ□
っ□
た□
。
た□
廊□
下□
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思□
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□
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多□
く□
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得□
た□
気□
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□
世□
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が□
あ□
る□
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だ□
、□
今□
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通□
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点□
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□
卒□
業□
し□
て□
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な□
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、□
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ブ□
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□
と□
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じ□
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た□
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振□
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返□
る□
と□
大□
学□
時
□
□
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学□
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は□
、□
こ□
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先□
に□
も□
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と□
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□
□
か□
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た□
。□
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業□
が□
終□
わ□
る□
と□
、□
ほ□
と□
ん
□
ど□
息□
を□
止□
め□
た□
ま□
ま□
美□
術□
部□
の□
部□
室□
に
□□□□□□□□□□□□□□□
た
。
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く
こ
ん
な
と
こ
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作
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き
□
る□
な□
と□
思□
う□
ほ□
ど□
中□
は□
暗□
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た□
。□
先
は□
な□
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も□
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一□
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あ□
そ□
こ□
を□
通□
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た
□
い□
。□
本□
気□
で□
そ□
う□
思□
う□
。□□□□□
□
□に
□思
□う
□こ
□と
□を
□二
□つ
□ば
□か
□り
□。
□一
□つ
□
念
□□□□■□□□□■□□□□■
□□□□□※
□終□
□
□懐□
最
ペー
ジに
かしい15×17
南高の写真□
あり。
□□□□■□□□□■□□□□■
□少
□子
□高
□齢
□化
□と
□は
□い
□え
□、
□外
□で
□遊
□ぶ
□
は
88
上□
が□
り□
、﹁や
□
□っ
□ぱ
□鶴
□岡
□の
□食
□い
□物
□は
□日
□
本□
一□
だ□
の□
ー□
﹂□
な□
ど□
と□
言□
い□
な□
が□
ら□
旧
□
ク□
﹂
で□
も□
相□
変□
わ□
ら□
ず ﹁□
鶴□
岡□
フ□
リ□□
□
□
―
状態で、在京・在郷の同級生と酒
□
□
□
□
□
□
□
□
□
□
□
□
□
□
□
を□
酌□
み□
交□
わ□
し□
な□
が□
ら□
昔□
語□
り□
で□
盛□
り
□
海□
・□
山□
・□
川□
そ□
し□
て□
公□
園□
で□
の□
外□
遊□
び
□
の□
思□
い□
出□
に□
浸□
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た□
り□
し□
ま□
し□
た□
。□
今
□
を□
視□
聴□
し□
て□
時□
に□
涙□
し□
た□
り□
。□
帰□
国□
後
□
は□
鶴□
岡□
公□
園□
を□
散□
策□
し□
、□
子□
供□
の□
頃□
の
□
□
□頃
□で
□す
□。
□□□□□□ 15×17
の
□ぬ
□思
□い
□出
□を
□育
□ん
□で
□く
□れ
□た
□故
□郷
□に
□
え
□か
□り
□申
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□上
□げ
□恐
□縮
□で
□す
□が
□、
□い
□つ
□
ば
□し
□手
□が
□将
□来
□少
□な
□く
□な
□っ
□て
□し
□ま
□う
□
話
□園
□の
□先
□生
□も
□標
□準
□語
□﹂
□と
□の
□こ
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□。
□
育
□返
□し
□が
□で
□き
□れ
□ば
□、
□と
□思
□う
□今
□日
□こ
□
恩
□日
□か
□帰
□郷
□し
□、
□何
□ら
□か
□の
□形
□で
□忘
□れ
□
の
□故
□郷
□を
□離
□れ
□た
□人
□間
□が
□勝
□手
□な
□こ
□と
□
□で
□は
□、
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□心
□配
□で
□す
□。
□□□□□□
の
□し
□本
□当
□な
□ら
□味
□わ
□い
□深
□い
□庄
□内
□弁
□の
□
も
□在
□住
□の
□甥
□は
□標
□準
□語
□、
□聞
□け
□ば
□﹁
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□
岡
交□
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温□
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て□
い□
ま□
す□
。□□□□□□
□
□
そ□
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な□
私□
で□
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帰郷15×17
の度に□
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□
□□□□□□□□□□□□□□□ と
□。
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□は
□、
□庄
□内
□弁
□を
□話
□す
□子
□
衛□
星□
テ□
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ビ□
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□
□小
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□旅
□﹂ 供
□が
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□な
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□な
□っ
□た
□と
□思
□う
□こ
□と
□。
□鶴
□
56
□□□□■□□□□■□□□□■
□□□□□□□□□□
□□
□□
□□
□想
□□っ
□□
□□□□□□□□
母□な
る
故郷
を
て
□供
□を
□見
□る
□こ
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□少
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□く
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□っ
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□こ
□
子
□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□
□
て□
進□
み□
、□
体□
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館□
わ□
き□
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け□
た□
先□
の □
生□
の□
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風□
は□
彩□
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を□
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え□
た□
重□
厚□
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□
右□
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に□
古□
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け□
た□
部□
室□
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あ□
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強□
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な□
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□
□
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ル□
探□
し□
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た。 □
わ□
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感じ15×17
た。 □
□□□□□□□□□□□□□□□
向
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っ
た
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渡
り
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下
は
抑
圧
か
ら
解
□
放□
へ□
の□
管□
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だ□
っ□
た□
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カ□
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両□
方□
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人□
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の□
話□
な□
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□
そ□
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下□
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な□
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人□
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法□
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に□
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□
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2□
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を□
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た□
い□
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結□
論□
が□
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な□
い□
ま□
ま□
、□
全 □
□□□□□□□□□□□□□□□
55
年□回
小
□□□□□□□□□□
□池
□□
□宏
□ 忠
□︵
□昭
□和□□
□卒
□︶
□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□
□
故□
郷□
を□
離□
れ□
て□
早□
や□□
年□
。□
東□
京□
の
□
の□
は□
藤□
沢□
先□
生□
の□
﹁□
秘□
剣□
も□
の□
﹂□
を□
始
□
膨□
張□
、□
そ□
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か□
ら□
は□
大□
変□
で□
す□
。□
読□
む
□
読□
み□
漁□
る□
う□
ち□
に□
望□
郷□
の□
念□
が□
急□
激□
に
□
如□
日□
本□
史□
に□
興□
味□
が□
湧□
き□
、□
関□
係□
本□
を
□
海□
外□
駐□
在□
が□
実□
現□
し□
て□
間□
も□
な□
く□
、□
突
□
の□
で□
し□
た□
。□
と□
こ□
ろ□
が□
、□
憧□
れ□
だ□
っ□
た
□
り□
前□
の□
よ□
う□
に□
故□
郷□
を□
飛□
び□
出□
し□
た□
も
□
米□
に□
憧□
れ□
、□
南□
高□
卒□
業□
と□
同□
時□
に□
当□
た
□
り□
経□
験□
し□
ま□
し□
た□
。□
子□
供□
の□
頃□
か□
ら□
欧
□
会□
社□
に□
勤□
務□
し□
、□
欧□
州□
駐□
在□
を□□
年□
余
□
5
め□
と□
す□
る□
時□
代□
小□
説□
ば□
かり15×17
、現地□
の
□
やばちぐで ほしておいだな おどでんな こげ さぶぐでは とんと ひね
や (濡れたので 干しておいたの 一昨日 こんなに寒くちゃ 全然乾かず)
11
34
年 回卒︶
第1回汁もの選手権鶴岡予選
遠藤 高志 ︵昭和
︵旧姓菅原︶
注文数を減らす一方で、芋煮汁が
煮込技で勝利しました。山田審判
部長から納豆汁のドーピング嫌疑
が発表されましたが異常なし。準
﹁んだの﹂
。
しょうか、山村さん …
翌日の大会最終日、どんがら汁
決第二試合はこの騒動が影響した
チームの様子が落ち着きません。
か、納豆汁はどんがら汁に敗退で
あっ、情報が入りました。時化の
アに、モダシ・木綿豆腐・芋茎等
の旨味を活かした庄内芋煮汁が御
﹁んだ﹂。 ます。エゲシは御椀の中で赤から
ぱいですね、山村さん …
エントリーは寒鱈どんがら汁、 緑に色変化技で健闘するも、素材
ため、寒鱈が会場に届きません。
を納豆ペーストでマネージメント
代り連発で勝利です。孟宗汁と枝
鶴岡の旨い汁もの料理、代表決
孟宗汁、納豆汁、芋煮汁、鯛骨の
豆御汁の第四試合、だだちゃ豆が
汁もの鶴岡地区代表は、どこにい
定戦を解説の山村さんと一緒にお
御汁、甘海老頭の汁、エゲシ汁と
ても材料が手に入る芋煮汁に決定
す。審判部長は納豆が苦手なので
枝豆の御汁の8チームです。第一
具になる作戦で接戦となり、延長
です。手軽でおいしい芋煮汁、さ
した納豆汁が勝利。大黒様も喜び
試合は、どんがら汁対鯛骨汁、鯛
戦の結果、孟宗汁が僅差で勝利で
あ、芋煮会をやりましょう。
骨が熱湯と醤油たらりの速攻に、
分を一回戦で使い切った孟宗汁が
なり鶴南に戻ってきました。
母校の変わらないところは、自
を得て7年目になります。
択し、母校に勤務するという幸福
ました。高校教員という職業を選
体験が現在の自分を作りました。
書いていました。でも、この時の
ので、授業中も内職で楽譜ばかり
で曲を編曲したりしながらでした
や学校祭、定期演奏会でも自分達
う理由でした。その頃は、激励会
出場は、多くの人の支えと生徒達
たすことが出来ました。全国大会
年前には悲願の全国大会出場を果
吹研も7年連続東北大会出場、3
授業をサボらなくなりました︵笑︶
。
に対しても素直で真面目になり、
とです。変わったところは、教師
精神的に大人である生徒が多いこ
由で生徒達の自主的活動が多く、
在学当時は、新校舎の改築の時
教員になり、ありがたくも吹奏
年 回卒︶
でした。1年生の教室は、鶴岡公
楽の顧問をやるようになって 年
︵昭和
園の堀側で花見や天神祭の頃にな
私も鶴南吹研定演も 才になり
蛸井 朗
鶴南吹研今昔
∼今年は定演 回目∼
第二試合は甘海老頭と絹漉豆腐ペ
どっしり構えたどんがら汁が勝ち。 す。準決勝では、人気の先っぽ部
伝えします。興味深い対決がいっ
88
おらず、部長と指揮を分けたとい
きました。学年に男子が2名しか
学生時代も吹研で指揮をさせて頂
とか東北大会に出場できるように
きのスタートでした。しかし、何
は4年連続地区予選落ちで失敗続
の授業だったことを覚えています。 目になります。顧問最初の学校で
これからも未来志向で頑張ります。
ました。私も吹研も半世紀です。
実現するという体験をさせて頂き
の頑張りのお陰です。人の想いは
19
12
け く こ みじけこどばで まにあうな あどはけっつさ 「の」つけれ
け (食え 食う 食おう 短い言葉で事足りる あとは最後に「の」をつけよう)
56
90
50
58
ると、祭りの賑わいを感じる中で
50
海坂の食と庄内浜の旬を訪ねて
〒999 - 0752 山形県鶴岡市三瀬 己91
TEL:0235 -73 -2003 FAX:0235 -73-2126 Email:[email protected]
フェイスブックがつなぐ
鶴岡への想い
ーションツールの発達で、鶴岡の
ことを懐かしむ機会が多くなりま
した。
NSのおかげで、南高の同級生や
最近は、フェイスブックなどS
させていただいているのも、東京
ただくのも、こうして会報に寄稿
鶴翔同窓会に初めて参加させてい
今回、ずっと敬遠してきた東京
野球部の仲間との交流が活発にで
年 回卒︶
年が経ちました。取材を通して見
うな地方の街が元気にならないよ
鶴岡の風景や人々です。鶴岡のよ
原稿にする際に、思い起こすのは
会えるようになったのもフェイス
東京で高校時代の同級生と時々
なツールです。
感を持たせてくれる意味でも便利
の報道になってはいないか、緊張
みにしています。
を広げていく機会にしたいと楽し
世代を超えた多くの皆様方と交流
月の同窓会。せっかくですから、
れる形で参加することになった
た﹁縁﹂の積み重ねに背中を押さ
大きく指揮を振る応援団長? 大
﹂、﹁鳳嶺月峰雲に入り …
﹂は
…
感動の一言でした。ステージ上で
東京で聞く﹁山河の姿うるはし
めた三つの自慢がございます。
さて、今の鶴岡市には世界が認
もしれません。
るので、より強く感じられたのか
した。地元から離れて暮らしてい
鶴岡市は人口 万人の地方都市
した。
食文化部門への加盟が認められま
ユネスコの創造都市ネットワーク 2014年 月に日本で初めて、
三つ目は食文化、鶴岡市は昨年
皆々様のお力添えをどうぞよろし
に輝くまちになりますよう、先輩
5月31日(日)松島邦さん・西澤和子さんと
鶴岡まちキネで、朗読会を開催予定。乞う応援!
足立 直紀 ︵平成
る東京中心の政治は、鶴岡からは
報道の仕事に携わって早くも
程遠い世界ですが、今、安倍総理
きるようになりました。日頃の私 で 年ぶりに会い、酒を交わした
のレポートなども観てくれていて、 同級生を通じてのご縁です。
フェイスブックをきっかけにし
が力を入れている﹁地方創生﹂や
うな政治ではいけないという思い
ブックのおかげです。コミュニケ
声で歌う皆さん、高校時代に体育
一つ目は出羽三山、羽黒山参道
ですが、素晴らしい地域資源を持
す。
たが、クラゲの展示種類数が世界
最多ということで、2012年4
月にギネス・ワールド・レコーズ
館で行われた壮行会を思い起すシ
と杉並木は、2009年3月にミ
った魅力あふれるまちです。
に認定されました。
ーンです。
シュラン・グリーンガイド・ジャ
私たちのふるさと鶴岡が、さら
会に出席させていただきましたが、 二つ目はクラゲドリーム館︵鶴
くお願いいたします。
12
岡市立加茂水族館︶、ここは昨年6
13
く
昨年4月に鶴岡市東京事務所に
ポンで三ツ星に選ばれました。
年 回卒︶
6
転勤になったご縁で東京鶴翔同窓
齋藤 健一 ︵平成
東京で聞く鶴南校歌
で、日々政権をウォッチしていま
25
月にリニューアルオープンしまし
〒178 - 0065 東京都練馬区西大泉 1-15 - 8 - 401 Tel & Fax. 03 - 3978 - 4311
97
97
母校への愛着があり、故郷が鶴岡
語部集団
2
2
で本当に良かったと感じる場所で
エアコンな こげで だめだで とぉ あげれ あげでも さんびで とぉ たでれ え (エアコンなんか 凍えてダメだ 戸を開けろ 開けても寒いや 戸を閉めろ)
13
菅原 司(昭和38 年 70 回卒)
代表
20
﹁農業改革﹂といった言葉を聞き、 感想をくれたりします。東京目線
Kakusho No.45
故郷のこと
その傍らで、日に日に迫る現実
もある。歳をとるにつれ、親の偉
大さを知る。一方、家をどうしよ
遠のいていることに気が付いた。
うちに、ふと、故郷が思いのほか
な事にかかずらって暮らしている
ズ族とか永田町の噂話とか、そん
もまずない。平成の毒婦とかヒル
生活の中で庄内弁が出てくること
のない冬が当たり前となり、日常
故郷を出て四半世紀になる。雪
したが、故郷にまつわる言葉や記
のライブカメラをいじってみたり
酒屋に出入りしてみたり、市役所
ら、気が気じゃない。同郷人の居
その土台が揺らぎ始めたのだか
いう自負心にも近い。
だと。我こそは鶴岡の出なり、と
を知る感覚が私を形作っているの
ァルトに舞う土ぼこりに春の訪れ
自転車で通学した経験や、アスフ
ヒントが、そこにありはしないか
自分と故郷との新たな関係を築く
人生を歩んでおられることだろう。
迷ったり、覚悟を決めたりして、
に集う母校の先輩、同輩たちも、
て故郷を思い続けてきた人だ。会
いう。藤沢周平氏は、遠くにあり
は﹁われらTOKYO海坂藩﹂と
今回の東京鶴翔同窓会のテーマ
ない。
延ばしする余裕はもう、そんなに
年 回卒︶
自分の着物を1枚ずつ脱いでい
憶、友やしがらみは、今もぽろぽ
佐藤 泰一 ︵平成
った時、最後に残るアイデンティ
100 と、いわて銀河100
たし、東北の大会といえば、秋田
2010年からランニングを始 ︵ハーフマラソン︶
にも2回参加し
と勿体ないことか。毎年なぜかタ
頂までは登ったことがない。なん
がない。また鳥海山や月山にも山
の大会にはこれまで参加したこと
土地なのである。ただ、私は地元
マラソンも
美味しいご飯と美味しい日本酒で
みなさん、一緒にどうですか?
3
14
んでがんす 庄内弁さは 「ん」もあんな んださげ おらほは しりとりおわらねな
ん (そうなんです 庄内弁には 「ん」もあります だから地元じゃ しりとり終わらず)
う、墓をどうしようと、結論を先
ティは故郷ではないか、とかねが
と、ひそかに考えている。
う日本百名山が二座もある。ラン
ね思っている。結局、地吹雪の中、 ろこぼれ続けている。
走ろう、登ろう
ナーや登山愛好家にとって、夏場
めた。メタボ解消のため、という
も完走した。最近は夏場となれば
イミングが合わない。今年こそお
年 回卒︶
のが動機だったが、途中からマラ
登山もかじるようになった。
︵平成
ソンにハマり、今では月に1、2
実は庄内でもマラソン大会があ
弘川 剛
度大会に出るようになった。高校
の庄内というのは非常に恵まれた
生のときはあれほどマラソン大会
りたい。鶴岡100
では日本最古のウルトラマラソン
が有名だが、鶴岡市の黄金地区
盆休みにでも鳥海山と月山には登
る。酒田シティや温海マラソン
と言われている100
議なものである。
距離もハーフ、フル、ウルトラ
乾杯するのだ。
マラソン
と伸びていき、最近はトレイルラ
が毎年 月に開催されている。ま
年以内には参加したい。そして
km
km
30
た登山といえば鳥海山、月山とい
km
庄内うたう会が大変なことになっ
ています。皆で楽しく歌うという
一点に徹して十五年 、会員も 50
名を超えました。創立時以来の大
先輩方も益々お元気で、日本の未
来を象徴する良きモデルです
(笑)。
【問】03-3488-6435 宮本まで
次回、
秋の鶴友会
(鶴翔同窓会ゴルフ
愛好会)
は、鶴工OB 会・庄内出身者
合同で、
10月22日
(木)
ゴールデンク
ロスCCで開催致します。
皆様、
お誘い
合わせの上、
お気軽にご参加下さい。
【問】090-3816-3367 事務局・大泉(85 回)
まで。
97
ンニングまで興味の幅は広がって
9
『庄内うたう会』
同好会会員募集中!
『鶴友会ゴルフ』
2
99
が嫌いだったのに、人間とは不思
4
km
いき、東根のさくらんぼマラソン
km
ふるさとづくり大賞受賞
年
55
回卒︶
87
回東京鶴翔同窓会 実行委員長
45
われらTOKYO海坂藩
第
石川 透 ︵昭和
今回のテーマは﹁われらTOK
YO海坂藩﹂。海坂藩はいわずもが
な藤沢周平先生の小説に出ている
東北の小藩。そこは鶴岡の情景、
22
料理で描かれています。
平成 年に荘内神社の脇に藤沢
周平記念館ができました。その中
にこのような言葉が飾られていま
す。﹁東京に住んでもう三十年に
なり、その三十年という年月は郷
里で暮らした年月よりも長くなっ
れが雪が降ると墨で描いたような
たのに、いまだに東京暮らしは仮
け切れず、折にふれては郷里の四
山影、林木へがらりと様相が変わ
の生活であるかのような感覚が抜
季の移り変わりを思いうかべ、食
心象風景があるのではないでしょ
ります。みなさんにもそのような
ないのである﹂。
うか? 13
べ物の味を思いうかべる癖がとれ
私にとって今回のテーマ﹁われ
った同窓の方々の集まりです。
6月 日は共通の心象風景をも
この言葉に重なります。藤沢先生
﹁こいだば行がねまね。﹂という
らTOKYO海坂藩﹂がちょうど
の感性は持ち得ませんが、どんが
ら汁、孟宗汁、納豆汁、はたはた、 ような出し物、料理はありません
ぎりだらだら飲んで食って、そし
が、郷里のお酒、田舎の料理も多
四季の移りも私には金峰山が印
て話をしながら過ごして頂ければ
口細ガレイ、だだちゃ豆など思い
象的で、秋には霧の向こうに金峰
と思います。
出しますし、毎年食べてきました。 少ご用意しました。時間の許すか
が見え白鳥が飛んでいる風景、そ
みなさまのご出席を実行委員会一同
心よりお待ちしております。
Kakusho No.45
撮影・石川 透
東京鶴翔同窓会・幹事名簿
会 長 菅 徹 (37年69回)
常任幹事 大澤 弘之(29年61回)
〃 安野 正紀(34年66回)
〃 荘司 保治(36年68回)
〃 相馬 省記(39年71回)
〃 小鷹 光雄(40年72回)
〃 栗本 浩 (41年73回)
〃 坂田 敬一(42年74回)
〃 岡部 次樹(43年75回)
〃 梅津 準士(45年77回)
〃 杉山 恵子(45年77回)
〃 大泉 正 (53年85回)
〃 篠崎 実 (53年85回)
顧 問 佐藤 成生(27年59回)
〃 渡部 洋 (36年68回)
〃 太田 良弘(38年70回)
会務監査役 村田 敏 (45年77回)
〃 秋場 守 (53年85回)
事務局長 小林 啓二(38年70回)
事務局次長 長江 和子(38年70回)
幹 事 渡会 春雄(15年48回)
〃 斎藤 弘義(17年50回)
〃 青柳 恵一(18年51回)
〃 菅原 隆輔(19年52回)
〃 佐藤 良三(21年54回)
〃 丸谷 錦吾(25年57回)
〃 窪田 騰 (26年58回)
〃 佐藤 成生(27年59回)
〃 茂木 勲 (28年60回)
〃 大澤 弘之(29年61回)
〃 大瀬 振 (29年61回)
〃 村井三千代(29年61回)
〃 奥田 文夫(30年62回)
〃 高橋 徹 (30年62回)
〃 鎌田 喜子(31年63回)
〃 平田 宏 (31年63回)
〃 渡部 賢一(32年64回)
〃 加藤 有紘(33年65回)
〃 大川 政紀(34年66回)
〃 板垣 正明(34年66回)
〃 安野 正紀(34年66回)
〃 坂本 紀夫(35年67回)
〃 斉藤 敬治(35年67回)
〃 本間 敬士(36年68回)
〃 佐藤清四郎(36年68回)
〃 櫻井 孝子(36年定32回)
恒例︵高齢︶化している同期の
編集
後記
飲み会。昨秋その席で﹁飯野は
会報部会長な﹂の声。何も考え
ず承諾したものの編集業務に関
して全くの門外漢。年が明けても右往左往し
ている私でしたが﹃無能なポストには有能な
スタッフ﹄という格言︵?︶どおり、会報担
当の先輩に加え実行委員に人材が集っており、
そのお蔭で何とか会報発行に漕ぎ着けました。
主役は母校と庄内 ということを基本に皆
様から御寄稿、各種コンテンツの提供を頂き
ました。この場を借りて御礼申し上げます。
日、サンケイプラザにて皆様のお越
この会報が同窓生皆様の﹁総会に出席する﹂
月
13
きっかけの一つなれば望外の喜びです。
しを鶴首してお待ちしております。
︵会報部会長・飯野眞也︶
15
6
平成27年4月1日
〃 工藤 雅子(37年69回)
〃 尾形 文子(38年70回)
〃 芳賀 俊郎(38年70回)
〃 相馬 省記(39年71回)
〃 佐藤 祐一(39年71回)
〃 齋藤 豊三(40年72回)
〃 小鷹 光雄(40年72回)
〃 兼子 久 (40年72回)
〃 髙嶋 勝平(41年73回)
〃 平山 静夫(41年73回)
〃 坂田 敬一(42年74回)
〃 青島 時子(42年74回)
〃 岡部 次樹(43年75回)
〃 菅野 京子(43年75回)
〃 梅津 千里(43年75回)
〃 星野 茂 (44年76回)
〃 伊藤 豊 (45年77回)
〃 菅原 誠二(45年77回)
〃 小林 桂子(46年78回)
〃 野間 耕治(46年78回)
〃 川畑 一郎(47年79回)
〃 井ノ口明子(48年80回)
〃 渡部 幹 (48年80回)
〃 王 金城(49年81回)
〃 石川 康博(49年81回)
〃 鈴木 亮 (49年81回)
〃 林 みき(50年82回)
〃 今野 りつ(50年82回)
〃 江部 信夫(51年83回)
〃 仁平 則行(53年85回)
〃 河野 晃 (53年85回)
〃 小池 悟 (54年86回)
〃 石川 透 (55年87回)
〃 小池 一史(55年87回)
〃 齋藤 弘樹(55年87回)
〃 遠藤 高志(56年88回)
〃 山村 文雄(56年88回)
〃 関口 太郎(57年89回)
〃 百瀬 義徳(57年89回)
〃 岡本 あい(57年89回)
〃 渡部 英一(57年89回)
〃 大高和加子(58年90回)
〃 長沢 重喜(58年90回)
〃 村山 聡 (H1年96回)
第45回 東京鶴翔同窓会実行委員会
実 行 委 員 長 石川 透 (55年87回)
副実行委員長 坂本 紀夫(35年67回)
梅津 準士(45年77回)
安井 明美(55年87回)
五十嵐康之(H2年97回)
会 報 部 会
部 会 長 飯野 眞也(55年87回)
伊藤 豊 (45年77回)
佐藤久仁子(45年77回)
池田 理恵(55年87回)
広 告 部 会
部 会 長 小松 昭 (55年87回)
菅原 誠二(45年77回)
村田 敏 (45年77回)
会 場 部 会
部 会 長 小池 一史(55年87回)
富樫 修 (45年77回)
三浦 一郎(45年77回)
小山さと子(45年77回)
山内 智子(55年87回)
広瀬 均 (55年87回)
事 務
局
事務局長 齋藤 弘樹(55年87回)
次 長 杉山 恵子(45年77回)
経 理 責 任 者 飯野 文 (55年87回)
以上、下段でここまで登場した懐かしの庄内弁は〈世寸版 庄内弁カルタ〉より。
問い合わせ連絡先/世寸編集部 TEL:0235-24-0833(はんどれい株式会社 内)
表紙/今年、開館 100 周年を迎える大宝館。写真上/赤川堤(馬渡)から月山を望む。
(撮影・地主忠夫/昭和 38 年 70 回卒)
第45回
総会の
テーマ
なぜか TOKYOにいる身だが、われらが育ったのは海坂藩と称される場所だ。
しかし「われらの海坂藩」は、小説の中とは違うものだ。さぶい冬、あづい夏、月山の白さ、縁日の匂い、
サンケイプラザで バケジョ & バケメンがお迎えします!
紺と桃、
オリジナル
月山手ぬぐい
を販売!
講堂の湿気、部活、恋敵、あの札幌ラーメン屋、背伸びした想い出、ズルができない性格。
そんなことを発見しつつ、ワルノリしつつ、この日は盃を傾けましょうか。
どこにいても海坂藩でつながれる。この日、TOKYO では天神祭のバケジョ&バケメンがお迎えします。
(1本 500 円です)
第45回 東京鶴翔同窓会のご案内
場所
613
27年 月 平成 日
土
(受付開始/午後1:30)
大手町サンケイプラザ 4 階ホール
千代田区大手町 1- 7- 2 ☎03 - 3273-2258
感動映像、盛りだくさん!
今年も懐かしい故郷を映写します。
300 インチの大画面は迫力です。
→バケジョ?
日時
午後 2:00∼4:30
ココが
会場です!
交 通 [地下鉄] 丸ノ内線、東西線、千代田線、半蔵門線、都営三田線で大手町下車
(A4・E1 出口直結)[JR線 ] 東京駅丸の内北口より徒歩約 7 分
会 費 一般会員 …………………8,000 円
高齢会員(昭和28 年卒以前)…4,000 円
年卒以後)
若年会員(平成15
…4,000
円
他に東京鶴翔同窓会年会費、
一口 1,000 円ですが、二口以上の
ご協力を賜りたくお願い申し上げます。
参 加 同封のハガキにて:5月16 日(土)消印まで。
申込み ホームページにて:5月23 日(土)まで。
東京鶴翔同窓会ホームページ
東京鶴翔
2 次会もあります!
17:00 より同じビルの
地下2F
『全や連』
にて。
会費…3,000 円
(事前にチケットを販売します)
※事前のお申込み・お振込みがスムーズです。ご協力ください。
夜の月山(紺)
朝焼けの月山(桃)
ここでしか手に入
らない限定デザイ
ン。さあ、かぶっ
てあなたもバケジ
ョ&バケメンに。
天神祭りがやってくる!
化け物が庄内の地酒を
注いで回ります!
会場は天神祭りの日の鶴岡と化します。
バケジョ & バケメンがお酒と手拭いを
もって、あなたの元へ。
飲み過ぎ注意です!
ふるさとの味も
ご用意します!
大好評の故郷の味、
忘れかけてたあの味を
今年も腕によりをかけ
て仕込みます。
写真提供/鶴岡市観光物産課、つるおか おうち御膳(鶴岡市農政課)
、地主忠夫 イラスト/佐藤久仁子
東京鶴翔同窓会 平成26年度収支決算書(案)
一般会計収支決算書
収 入 の 部
科 目
前期より繰入
前期事務局活動費繰入
年会費
(郵便振込384人)
(当日120人)
雑収入等
(前期未精算金)
(役員会他臨時会費)
(預金金利)
(単位:円)
金 額
2,887,447
73,742
985,000
753,000
232,000
69,727
833
67,748
1,146
総会会計からの繰り入れ
合 計
(平成26年1月1日∼12月31日)
76,897
4,092,813
支 出 の 部
科 目
事 務 費
(通信運搬費)
(振込料金・手数料)
(雑 費)
会 議 費
広 告 費
ホームページ管理費
総会経費立替(イベント費)
27年度総会実行委員会活動費
仮払金:事務局活動費
次期繰越金
金 額
107,278
22,260
31,282
53,736
559,802
31,300
50,000
24,000
380,000
92,004
2,848,429
4,092,813
合 計
一般会計 次期繰越金内訳
現 金
郵便振替(口座残高)
普通預金・荘内銀行
普通預金・三井住友銀行
定期預金 特別会計・荘内銀行
合 計
54,945
8,662
133,698
379,062
2,272,062
2,848,429
第44 回 東京鶴翔同窓会総会 収支決算書
収 入 の 部
(単位:円)
内 訳
科 目
摘 要
234 名
年長者:25 名 ×4,000、1 名 ×5,000
イベント関係者:3 名 ×4,000
一般会員:202 名 ×8,000、非会員:3 名 ×8,000
20,000×63 件
10,000×2 件
40,000×2 件
一般会計より受け入れ
10,000×(来賓 14 名 + ご招待 1 名)
8,000
122 人参加
1.手作りクッキー
(就労継続支援事務所)
2.るるぶ鶴岡版(鶴岡市東京事務所から提供)
とセット
映画研究会 交通費 一般会計より受け入れ
総会会費納入者
総会会費
広告掲載費
実行委員会活動費
お祝い金
寄付金
2次会残金
チャリティー
その他
合 計
金 額
117,000
1,640,000
1,260,000
20,000
80,000
380,000
150,000
8,000
4,000
費 目 計
1,757,000
1,360,000
380,000
150,000
8,000
4,000
103,000
103,000
24,000
24,000
3,786,000
支 出 の 部
内 訳
摘 要
1.室料:401 号室 =37,100 202 号室 =21,900
(41,900−広告掲載費 20,000)
2.持込料その他
・食材持込料 20,000
会場費用
・ピアノ借用料 10,000
(サンケイ
・サービス係人件費 20,000 プラザ支
3.飲食費用
払い費用)
・日本茶セット 110×30=3,300
・同総会パック 6,600×210=1,386,000
総会費
・飲み放題料金 2,900×67=194,300
4.消費税 =1,692,600×8%
持込食材
1.桜マス、孟宗汁、
笹巻き:坂本屋
2.だだちゃ豆、
漬物:JA、
本長
土産
来賓、ゲスト用 20×1,500+ 送料
イベント費 1.クイズ大会景品(漬物セット、お米、ジャム、
うちわ)
2.出演者謝礼
3.映画研究会 交通費(山形∼東京)
富士、竹の露、加藤嘉八郎、東北銘醸、鯉川
持込酒代
1.印刷費:平河工業社(会報、封筒他)
会報発行費:印刷費
2.会報編集費 3.郵便局払込用紙印字(4,000 枚)
1.会報等発送委託費
会報発送費:通信費
2.宛名ラベル出力委託費(サラト)
5 月 402 6 月 34,974 7 月 1,139
はがき後納分:通信運搬費
広告掲載費(5,214、7,390)
、総会費
(11,040)
振込料金・手数料
手作りクッキー代(就労継続支援事業所)送料 4,692
チャリティー関係支出
鶴岡市社会福祉協議会寄付金
1.運営費
2.会議費
3.懇親会費
実行委員会経費
4.通信費
5.印刷費
6.消耗品費
支 出 計
剰 余 金
一般会計への繰入
合 計
科 目
費 目
金 額
費 目 計
59,000
50,000
1,828,008
1,583,600
135,408
140,744
140,744
33,804
54,900
60,000
24,000
155,307
228,492
161,710
4,100
498,800
30,516
36,515
23,644
49,692
70,000
39,468
48,940
171,439
40,114
3,790
5,120
33,804
138,900
155,307
394,302
529,316
36,515
23,644
119,692
308,871
3,709,103
76,897
3,786,000
本会の収支決算
(平成 26 年度一般会計、第 44 回総会会計)
について、
厳正に監査をしたところ、
両会計の
収 支決算書のとおり相違ないことを認めます。
平成27年4月6日会務監査役
村田 敏 印
秋場 守
印
第44 回 東京鶴翔同窓会総会 出席者名簿
ご 来 賓
鶴岡市市長代理 東京事務所 所長
如松同窓会 東京支部 副支部長
林 悌一 様
田中まり子 様
鶴岡南高等学校 校長 如松同窓会 東京支部 常任幹事
柴田 曜子 様
大沼 道子 様
鶴岡南高等学校同窓会 会長
黎明同窓会 関東支部 支部長
石黒 慶一 様
齋藤 仁幸 様
首都圏鶴岡会 理事
東京亀城会 会長
佐藤 三千雄 様
相川 俊明 様
城畔同窓会 関東総支部 支部長
東京亀城会 執行理事
小林 武 様
白畑 優 様
城畔同窓会 関東総支部 副支部長
紫紺会 副会長
本間 尚樹 様
森 博志 様
城畔同窓会 関東総支部 幹事
紫紺会 事務局長
福原 満 様
齋藤 常夫 様
平成 26 年6月14 日
(土)大手町サンケイプラザ
ご 招 待
鶴岡市東京事務所
齋藤 健一 様
村田敏法律事務所
村田 敏 様
東京羽黒会
(株)アドリブ
(株)コムズ
(株)ダン企画
半澤 満 様
板垣 正明 様
(株)荘内銀行
國井 美保 様
語部集団 木偶坊
菅原 司 様
荘内日報 東京支局
足達 哲郎 様
伊藤 豊 様
松島 邦 様
和食堂 たこ井
蛸井 文 様
イベント関係
滝口 博志税理士事務所
滝口 博志 様
マスターフットセラピスト
櫻井 孝子 様
むかえだ歯科クリニック
迎田 洋 様
イー・シーシーエス
ジャパン(株)
佐久間徳美 様
香取神社
小林 桂子 様
石塚 亮 様
(株)鶴岡自動車学園
齋藤 征士 様
音楽家
田中 宏
ピアニスト
大月 美季
庄内うたう会
(公財)やまがた育英会
成田 和義
成田日出子
渡部 勝雄
小林 好雄 様
業務執行理事 寮監
坂本屋
佐藤 安稀
佐藤 圭
鈴木 尊也
佐々木優太
(株)出羽庄内地域デザイン
(株)スタジオ・オクト
野間 耕治 様
鶴岡南高校
映画研究会
和田 豊 様
メットライフ アリコ
東京尾浦会
加藤 有紘 様
濁酒本舗 Tejimaul
安彦 伸子 様
大泉 正 様
一般参加者
昭12 年卒(45 回) 29 年卒(61 回) 36 年卒(68 回) 39 年卒(71 回) 44 年卒(76 回) 46 年卒(78 回) 54 年卒(86 回)
加藤 眞
大澤 弘之
冠木 敦子
五十嵐耕三
荒川 園
奥村 智子
伊田 覚
昭15 年卒(48 回) 大瀬 振
櫻井 孝子
上林 正己
石井 恵美
小林 桂子
奥野 一枝
渡会 春雄
菊地 晴
佐藤清四郎
佐藤 祐一
梅木 雅樹
丹下 義英
大沢 右二
宮 富哉
権藤 泰浩
荘司 保治
菅原 直香
遠藤 隆
野間 耕治
加藤 崇
18 年卒(51 回) 高梨 昌子
陶山 宏
相馬 省記
風間 寛
47 年卒(79 回) 川上 雅勝
青柳 恵一
山中 昊吉
本間 敬士
40 年卒(72 回) 小林 保博
加藤 孝幸
川口 桂子
19 年卒(52 回) 30 年卒(62 回) 渡部 洋
稲舟 幸純
小林 紀雄
津釜 美和
小池 悟
土岐 良次
五十嵐隆二
37 年卒(69 回) 小鷹 光雄
齋藤 清志
48 年卒(80 回) 小林 育子
野澤 秀二
大川 重一
安倍 良男
齋藤 豊三
斎藤 繁雄 榎本 新也
佐藤 正光
20 年卒(53 回) 奥田 文夫
犬塚 吉士
伊達由美子
佐久間徳美
坂田 俊次
茂野佳奈子
五十嵐文夫
佐藤 新市
工藤 雅子
成田 仙一
志田 三矢
蛸井 忠夫
鈴木 れい
尾形 昌夫
高橋 進
斎藤 英士
41 年卒(73 回) 関 ひろ子
49 年卒(81 回) 福岡 りさ
皆川 健行
高橋 徹
齋藤 征士
五十嵐 丕
高橋 秀博
石川 康博
頼高 美枝
21 年卒(54 回) 31 年卒(63 回) 斎藤 誠
伊藤恵美子
滝口 博志
登坂 恵理
55 年卒(87 回)
富樫 泰教
大滝 恒雄
佐藤 志郎
栗本 浩
田澤 孝子
51 年卒(83 回) 飯野 慎也
24 年卒(56 回) 岡田 恒祐
寒河井 正
髙嶋 勝平
手嶋 洋子
江部 信夫
石塚 幹夫
菊池 安行
諏訪 浩
菅井 誠一
平山 静夫
西沢美津子
佐藤 雄喜
小池 一史
26 年卒(58 回) 富樫 稔
菅 徹
古野 章三
半沢 和紀
冨塚 郁夫
小松 昭
板垣 清
中山 千史
高橋トヨセ
吉田 隆一
藤崎 言行
渡邊 春信
斎藤 弘樹
川島 協
本間 克彦
馬場 智子
42 年卒(74 回) 宮川 康子 52 年卒(84 回) 広瀬 均
窪田 騰
32 年卒(64 回) 林 広弥
青島 時子
保多 由子
鈴木 良清
安井 明美
地主 幸右
榎本 克弘
星野 武紘
秋野 裕
吉田 寛
三木 美智
56 年卒(88 回)
早川 恒子
小花 吉彦
三浦 勝
井上 茂
渡会 慎一
53 年卒(85 回) 小池 宏忠
匹田 誠
難波 茂丸
松島 邦
衣笠 博子
45 年卒(77 回) 秋場 守
57 年卒(89 回)
増田 幸子
宮本 慶子
森田 良治
坂田 敬一
石井みどり
伊藤 秀夫
岡本 あい
27 年卒(59 回) 33 年卒(65 回) 38 年卒(70 回) 坂本 誠
伊藤 和夫
大泉 正
斎藤 香織
池田 輝之
阿部 文治
五十嵐房夫
佐藤 憲
伊藤 豊
加藤 光保
齋藤 俊司
石井 忍
加藤 有紘
太田 司郎
真田 充
梅津 準士
河野 晃
関口 太郎
石橋 幹雄
小松原隆治
太田 良弘
白幡 孝
大場 敏彦
小池 一則
渡部 英一
上野 建一
齋藤 正幸
尾形 文子
千田 優子
清原 晃
篠崎 実
63 年卒(95 回)
桑原 貫次
髙田 正雄
上林 治
43 年卒(75 回) 今野 千保
中込真知子
飯田 悟
小山由美子
渡部 明
小林 啓二
阿部 正
今野 弘志
仁平 則行
迎田 洋
斎藤 優三
34 年卒(66 回) 斉藤 淑人
五十嵐清助
佐藤久仁子
福原南津子
佐藤 成生
足達 哲郎
志賀 嘉美
石黒 義昭
柴田 善光
富樫 近一
板垣 正明
庄司 誠
梅津 千里
菅原 誠二
28 年卒(60 回) 大川 政紀
菅原 司
海藤由起夫
杉山 恵子
小杉 信
粕谷 英樹
富樫 次男
菅野 京子
富樫 修
佐藤 誠
土岐 寛
坂本 妙子
三浦 一郎
齋藤 巌
長江 和子
嶋屋 司郎
村田 敏
志藤 達美
中西 一角
田中 眞一
中嶋 茂
中野 捷夫
中島 恵子
長友 安之
芳賀 俊郎
仲松 典子
百瀬 義広
福原 正和
服部 文雄
安野 正紀
丸田 孝明
平成 2 年卒(97 回)
五十嵐康之
加藤 英樹
齋藤 健一
14 年卒(109 回)
東海林美紀
15 年卒(110 回)
遠見野 宏
18 年卒(113 回)
加藤奈津子
19 年卒(114 回)
五十嵐千穂
大川 尋子
…以上 250 名
26 年度 年会費納入者名簿
(卒業年次別)
昭12 年 加藤 眞
(45 回)
27 年 池田 輝之
(59 回)石井 忍
14 年 佐藤 安男
(47 回)
15 年 渡会 春雄
(48 回)
17 年 菅原 藤夫
(50 回)
18 年 青柳 恵一
(51 回) 渡部 士郎
19 年 五十嵐正隆
(52 回) 佐藤 昭一
佐藤 隆
菅原 隆輔
土岐 良次
野澤 秀二
20 年 五十嵐文夫
(53 回) 尾形 昌夫
寒河江辰巳
佐藤 伸介
旅河 健行
石田 晋
石橋 幹雄
上野 健一
大澤 一弘
大滝 哲郎
小野寺眞哉
桑原 貫次
小山由美子
斎藤 信次
斎藤 優三
斎藤 祥子
佐藤 瑛子
佐藤本次郎
佐藤 成生
富樫 近一
西 秀
橋本 信子
松本 直明
山越 廉
渡部 啓三
28 年 加藤 誠
21 年 皆川 良三 (60 回)小杉 信
(54 回)
長谷川久一
佐久間美津雄
吉田 晃二
杉本 欽也
菅原 三郎
竹澤雅二郎
富樫 泰教
土岐 恒二
中里 欣一
藤滝 俊
水原 繁美
23 年 伊東 良次
村上 文昭
(55 回) 宗片 光一
茂木 勲
24 年 阿部 善之
29 年 五十嵐豊雄
柴田 卓爾
村井 正治
石川 悌二
上原 圭子
大澤 弘之
大瀬 振
小田 里子
加藤 宣
川村 住
菊地 晴
権藤 泰浩
坂 寛
坂本 玲子
笹原 謹二
佐藤 啓輔
佐藤 千枝
佐藤 勇
高梨 昌子
田中 力
土田 栄治
長濱 良子
中村 姚
福井 博
船岡 栄子
南 かねゑ
宮口 米子
村井三千代
山口 公子
山中 昊吉
(56 回) 菊池 安行 (61 回)石川 宇女
25 年 榎本 雄行
(57 回) 今野 利男
佐々木睦雄
墨井 靖生
細井 地久
槇 英輔
丸谷 錦吾
26 年 阿部 忠志
(58 回) 阿部 純二
板垣 清
板垣 省吾
伊藤 幸也
梅津 迪子
風間 蓉子 川島 協
窪田 騰
斎藤 健三
佐藤 四郎
佐藤 誠
佐藤 俊彦
杉本 皓一
田部井恭子
地主 幸右
長濱 自明
野村 善吉
早川 恒子
匹田 誠
廣瀬 信幸
皆川 英明
増田 幸子
山口 鶴子
横山 隆治
33 年 阿部 文治
30 年 飯塚 進
五十嵐隆二 (65 回)泉谷 文穂
板倉 利
石井 勉
加藤 有紘
大川 重一
小松原隆治
奥田 文夫
斎藤 政爾
奥山 綏
齋藤 正幸
工藤 司朗
齋藤 俊輔
小鷹 悌二
佐藤 隆
佐藤 玲子
菅原 宏之
佐藤 新市
髙田 正雄
菅原 敬子
松田 義幸
高橋 進
村上 勝
高橋 徹
渡部 明
武田 友樹
田澤 政一
34 年 渡部 宗助
富樫 薫
長崎 種子 (66 回)
三浦 五八 35 年 阿部 昭雄
(67 回)池田 晃
山口 武
上野 益男
若林 庸夫
粕谷 淳二
近藤 進
31 年 五十嵐憲治
(63 回)板垣 善博
佐藤 幹生
齋藤 敬治
大滝 恒雄
猊倉 祐子
岡田 恒祐
宮川 鵑史
郷守 幸三
若松 浩夫
斉藤 幸嗣
崎村 茂久
佐久間正二 36 年 伊藤 顕一
志賀 道武 (68 回)冠木 敦子
黒坂 惇
菅原 聖
櫻井 孝子
諏訪百美子
佐藤 久喜
諏訪 浩
佐藤清四郎
富樫 稔
荘司 保治
中山 千史
菅原 実
畑田 治範
陶山 宏
平田 宏
武田 秀雄
古野 八郎
冨樫 惇
本間 克彦
本間 敬士
三井 清文 真島 浩子
渡部 真一
渡部 洋
32 年 新井 健一
(64 回)榎本 克弘
37 年 青木 祐二
大井 浩司 (69 回)安倍 良男
犬塚 吉士
岡部鉄太郎
工藤 雅子
小澤 欣子
黒羽根恒子
河野 景子
古村 一枝
小花 吉彦
今野 彦雄
佐藤 忠夫
斎藤 誠
佐藤 隆三
斎藤 英士
椎木 毅
斎藤 博子
鈴木 忠昭
寒河井 正
友澤萬里子
佐藤 征洋
永澤萬里野
佐藤 志郎
難波 茂丸
菅 徹
真島 知夫
菅井 誠一
真嶋 美弥
菅原 健
宮本 慶子
高橋トヨセ
山田 祚穂
武田 二郎
渡部 賢一
馬場 智子
林 広弥
伴 雄次
星野 武紘
堀 正俊
本間 雄士
松島 邦
丸山 佳雄
三浦 勝
森田 良治
(62 回)
38 年 五十嵐房夫
42 年 青島 時子
(70 回)伊藤 進康 (74 回)秋野 裕
浅子 正夫
太田 良弘
井上 茂
太田 司郎
桂嶽 みな
大橋 貴恵
木戸美記子
尾形 文子
衣笠 博子
上林 治
坂田 敬一
木村 輝子
坂本 誠
後藤 広喜
指田重治郎
小林 啓二
佐藤 憲
齋藤 淑人
佐藤 秀子
志賀 嘉美
佐藤 潔
庄司 誠
真田 充
菅原 司
白幡 孝
菅原 通敬
舌津 一良
土井征一郎
杉浦 幸夫
富樫 次男
千田 優子
土岐 寛
長江 和子
中西 一角 43 年 阿部 正
中野不二男 (75 回)五十嵐清助
石黒 義昭
中野 捷夫
伊藤 高夫
芳賀 俊郎
梅津 千里
福原 正和
岡部 次樹
矢吹 静子
菅野 京子
坂本 妙子
39 年 阿部 良一
(71 回)
佐藤 英一
上林 正己
塩貝 厚子
佐藤 克広
島本 泰子
佐藤 祐一
嶋屋 司郎
菅原 克己
進藤 仁
砂田 茂宏
田中 眞一
相馬 省記
中島 恵子
山田 悟
仲松 典子
伴 和香子
40 年 秋庭 督
(72 回)五十嵐治男
松浦かおる
丸田 孝明
稲舟 幸純
若松 秀一
犬塚 恒士
岩城 清一
上野 藤吉 44 年 荒川 園
大舘 敬一 (76 回)石井 恵美
梅木 雅樹
小鷹 光雄
遠藤 隆
齋藤 豊三
高橋 恵子
風間 寛
高橋 義昭
工藤 洋子
伊達由美子
小林 紀雄
土岐 紀子
小林 保博
成田 仙一
齋藤 清志
三浦 信次
斎藤 繁雄
渡会 偵祐
佐久間徳美
佐藤 幹夫
志田 三矢
41 年 五十嵐 丕
(73 回)石川まさ井
関 ひろ子
伊藤恵美子
高橋 秀博
栗本 浩
滝口 博志
齋藤 彌市
田澤 孝子
齋藤 耕治
藤崎 言行
髙嶋 勝平
手嶋 洋子
高田 京子
西沢美津子
田畑伊都子
半沢 和紀
中村 正彦
宮川 康子
成沢 義明
保多 由子
新村 紀子
吉田 寛
橋本 暁
渡会 慎一
古野 章三
丸山 治
吉田 隆一
渡辺 勉
渡部 藤雄
45 年 石井みどり
54 年 伊田 覚
(77 回)伊藤 和夫
(86 回)大沢 右二
伊藤 豊
梅津 準士
大滝 光信
大場 敏彦
清原 晃
今野 弘志
今野 千保
佐藤久仁子
菅原 誠二
杉山 恵子
坪井 真理
富樫 修
槇田 順二
三浦 一郎
村田 敏
奥野 一枝
加藤 崇
川上 雅勝
川口 桂子
小池 悟
小林 育子
佐藤 正光
茂野佳奈子
鈴木 れい
横屋 一弥
頼高 美枝
46 年 奥村 智子
(78 回)小林 桂子
丹下 義英
野間 耕治
47 年 秋野 千鶴
(79 回)加藤 孝幸
酒井比呂子
津釜 美和
48 年 阿部 勝好
(80 回)井ノ口明子
榎本 新也
坂田 俊次
蛸井 忠夫
49 年 石川 康博
(81 回)遠田 宗雄
乙幡 利明
蒲 淳子
登坂 恵理
50 年 荒木 厚
(82 回)荒木 陽子
上野聡一郎
野崎 嘉子
若木 保
渡部 尚登
51 年 江部 信夫
55 年 飯野 慎也
石川 透
石塚 幹夫
小池 一史
小松 昭
斎藤 弘樹
富樫 亮
広瀬 均
安井 明美
(87 回)
56 年 小池 宏忠
(88 回)
57 年 大塚 明子
岡本 あい
小泉 智和
斎藤 香織
斎藤 俊司
関口 太郎
林 悌一
渡部 英一
(89 回)
58 年 大作あゆみ
(90 回)
60 年 中島 浩子
(92 回)脇坂 伸子
63 年 飯田 悟
大泉 仁晴
迎田 洋
(95 回)
平元年 笹原 泰
(96 回)福守 久子
2 年 五十嵐康之
(83 回)大須賀幸子
(97 回)加藤 英樹
佐藤 雄喜
冨塚 郁夫
野川 観清
渡邊 春信
渡邊ひとみ
斎藤 健一
52 年 鈴木 良清
(84 回)富樫 嘉美
三木 美智
53 年 秋場 守
秋葉ひとみ
伊藤 秀夫
大泉 正
加藤 光保
河野 晃
篠崎 実
中込真知子
仁平 則行
福原南津子
(85 回)
3 年 伊達 丈浩
(98 回)
7 年 石川 敦
(102 回)
8 年 鈴木 尚美
(103 回)
15 年 遠見野 宏
(110 回)
お名前
記入なし
…2 名
…以上 504 名