ドリフトチェンバーを用いた宇宙線ミューオンの 飛跡再構成

学士論文
ドリフトチェンバーを用いた宇宙線ミューオンの
飛跡再構成
東京工業大学 理学部 物理学科
柴田研究室
五十嵐浩二
平成 27 年 4 月 6 日
概要
ドリフトチェンバーは、荷電粒子を検出する荷電粒子検出器の一つである。
本研究の目的は、地表に到達する宇宙線ミューオンを検出し、その飛跡を再構成する
ことにより、ドリフトチェンバーの性能を評価することである。地球には宇宙から宇宙
線と呼ばれる放射線が降り注いでおり、地表では宇宙線の中でもミューオンと呼ばれる
素粒子が検出できる。この研究のために、まずドリフトチェンバーとプラスチックシン
チレータの荷電粒子検出原理、および宇宙線ミューオンの飛跡再構成の原理を理解した。
ドリフトチェンバーおよびプラスチックシンチレータで実際に荷電粒子 (宇宙線ミューオ
ン) を検出し、動作確認を行なった。また Discriminator のスレッショルドレベルを決定
するためのテストを行い、ドリフトチェンバー 3 層、プラスチックシンチレータ 4 つを
用いた飛跡再構成のためのセットアップを製作した。データ収集のための回路、データ
収集系プログラムを製作し、実験から得られる情報を PC で解析できるようなデータに
変換した。
ドリフトチェンバーから得られる宇宙線ミューオンの実験情報から飛跡を再構成する
ために、飛跡再構成アルゴリズムを開発した。飛跡再構成アルゴリズムの動作確認をす
るために、まずドリフトチェンバーから得られる実験情報に対するシミュレーションデー
タを生成した。シミュレーションデータの解析結果から、飛跡再構成アルゴリズムが飛
跡を正しく再構成できでいることを確認した。シミュレーションデータ解析で飛跡再構
成されたシミュレーショントラックから、位置分解能の決定、および X-T curve (位置 ドリフト距離相関カーブ) を再現できることを確認した。
目次
第1章
序論
第2章
2.1
2.2
宇宙線ミューオンの飛跡再構成
宇宙線 . . . . . . . . . . . . . . . .
荷電粒子の検出原理 . . . . . . . .
2.2.1 プラスチックシンチレータ
2.2.2 ドリフトチェンバー . . . .
飛跡再構成の原理 . . . . . . . . .
セットアップ . . . . . . . . . . . .
2.4.1 ASD Card . . . . . . . . . .
2.4.2 Quad Discriminator . . . . .
2.4.3 Coincidence . . . . . . . . .
2.4.4 LVDS to NIM Convertor . .
2.4.5 300 ns Fixed Delay . . . . .
2.4.6 CAMAC . . . . . . . . . .
2.3
2.4
第3章
3.1
3.2
3.3
第4章
4.1
4.2
3
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プラスチックシンチレータの概要と宇宙線ミューオンの rate の計測
プラスチックシンチレータと光電子増倍管 . . . . . . . . . . . . . . .
3.1.1 プラスチックシンチレータ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
3.1.2 光電子増倍管 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
3.1.3 宇宙線ミューオンの rate 計測 . . . . . . . . . . . . . . . . . .
コインシデンステスト . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
3.2.1 偶発的同時計測 (アクシデンタルコインシデンス) . . . . . . .
3.2.2 Discriminator のスレッショルドレベルの決定 . . . . . . . . .
宇宙線ミューオンの rate の計測 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
3.3.1 rate の計算 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
3.3.2 rate の計測 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
ドリフトチェンバー
ドリフトチェンバーの概要 . . . .
ドリフトチェンバーの構造 . . . .
4.2.1 ガスの選択 . . . . . . . . .
4.2.2 Garfield シミュレーション
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1
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32
32
32
33
34
4.3
第5章
5.1
5.2
第6章
6.1
6.2
第7章
宇宙線の観測および検出信号の確認実験 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 41
飛跡再構成アルゴリズムの開発とシミュレーション
飛跡再構成アルゴリズム . . . . . . . . . . . . . . .
5.1.1 入力する測定量 . . . . . . . . . . . . . . . .
5.1.2 出力される解析値 . . . . . . . . . . . . . . .
5.1.3 トラッキングアルゴリズム V1 . . . . . . . .
5.1.4 トラッキングアルゴリズム V2 . . . . . . . .
シミュレーションデータ . . . . . . . . . . . . . . .
5.2.1 シミュレーションデータの作成 . . . . . . .
5.2.2 トラック距離とドリフト距離の差 . . . . . .
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飛跡再構成解析
シミュレーションデータの飛跡再構成 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
シミュレーショントラックを用いた飛跡再構成アルゴリズムおよびドリフ
トチェンバーの性能評価 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
6.2.1 飛跡再構成アルゴリズムの性能評価 . . . . . . . . . . . . . . . . .
6.2.2 ドリフトチェンバーの性能評価 . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
まとめ
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43
43
43
44
45
49
50
50
62
64
. 64
. 78
. 78
. 87
94
2
第 1 章 序論
本研究では、ドリフトチェンバーを用いて宇宙線ミューオンの飛跡再構成を行なうこ
とにより、ドリフトチェンバーの性能評価を行なう。主に評価するものとしては、以下
のものである。
• 検出効率 (efficiency)
• X-T curve (位置 - ドリフト時間相関カーブ)
• 位置分解能
図 1.1: セットアップを通過する宇宙線
本研究の目的は以下の通りである。
1. 荷電粒子検出原理の理解ドリフトチェンバー、およびプラスチックシンチレータと
いった検出器の荷電粒子検出方法を理解し、実際に荷電粒子 (宇宙線ミューオン) を
検出する。
2. 飛跡再構成の原理の理解およびセットアップ、回路の制作
宇宙線ミューオンの飛跡を再構成する原理を理解し、自らドリフトチェンバー、お
よびプラスチックシンチレータを用いて飛跡再構成のためのセットアップを制作す
3
る。飛跡再構成のために回路を組み、データ収集系プログラムを用いてデータを収
集する。
3. 飛跡再構成アルゴリズムの開発とテスト
飛跡再構成アルゴリズムを開発し、シミュレーションデータを用いた動作確認を
する。
4. 宇宙線ミューオンの飛跡再構成
実際の宇宙線ミューオンのデータをもとに、飛跡再構成を行なう。
5. ドリフトチェンバーの性能評価
シミュレーションデータ、および実測データを用いて、ドリフトチェンバーの性能
評価を行う。
本論文の構成は、次のようになっている。第 1 章では本研究の目的、および手順につ
いて述べる。第 2 章では宇宙線ミューオンの飛跡再構成の原理や、セットアップの概要
について述べる。第 3 章ではプラスチックシンチレータの概要、コインシデンステスト、
Discriminator のスレッショルドレベルの決定について述べる。第 4 章ではドリフトチェ
ンバーについての概要、構造およびガスの選択について述べる。第 5 章では飛跡再構成
アルゴリズムの開発とシミュレーションデータを用いた動作確認テストについて述べる。
第 6 章では飛跡再構成解析について述べる。
本研究でこれまでに行なったことを、大まかに 図 (1.2) にまとめる。
4
図 1.2: 本研究でこれまでに行なったことのまとめ。実測データを用いたドリフトチェン
バーの性能評価については検証中である。
5
第 2 章 宇宙線ミューオンの飛跡再構成
この章では、宇宙線ミューオンの飛跡再構成の原理、及び再構成の手法について詳し
く説明する。
2.1 宇宙線
宇宙線とは、1911 年に V. F. Hess によって発見された宇宙空間から地球に飛来する粒
子のことである。未だ起源は解明されていないが、最もエネルギーの高いものは 1020 eV
に及ぶ。
地球大気に入射する宇宙線を一次宇宙線と呼ぶ。一次宇宙線は陽子や α 粒子を主成分
とする高エネルギーの原子核である。この宇宙線は、地球大気中の窒素原子核や酸素原
子核などと衝突して崩壊及び粒子生成を繰り返し、図 (2.1) のように中間子やなどの新た
な粒子をシャワー状に発生させる。これを空気シャワー現象と呼び、生成された新たな
粒子を二次宇宙線と呼ぶ。
二次宇宙線の中には、核衝突現象により生成された中間子が大気中を飛行している間
に自然崩壊して生成する粒子も含まれる。この空気シャワー現象により、宇宙線を構成
する粒子は次々に変化する。一次宇宙線のほとんどは大気中での衝突により減少するた
め、地上に到達する宇宙線の大半は二次宇宙線である。地表に降り注ぐ宇宙線ミューオ
ンは、π 中間子や K 中間子が次のように崩壊することによって生成したものである。
π+ → µ+ + νµ
(2.1)
π− → µ− + ν¯ µ
(2.2)
K + → µ+ + νµ
(2.3)
−
−
K → µ + ν¯ µ
6
(2.4)
図 2.1: 宇宙線の空気シャワー現象の図。宇宙空間から飛来した一次宇宙線が、地球の大
気中にある原子と衝突、破壊をし、ハドロンを生成する。この家庭を繰り返すことによ
り、二次宇宙線がシャワー状に広がる。[7]
7
2.2 荷電粒子の検出原理
荷電粒子を検出するにあたって、本研究ではプラスチックシンチレータとドリフトチェ
ンバーを用いる。その 2 つの検出器の検出原理について説明する。
2.2.1
プラスチックシンチレータ
プラスチックシンチレータの内部を荷電粒子が通過すると、その経路で物質中の原子
や分子と電磁相互作用を行い、原子または分子がイオン化または励起される。荷電粒子
は自らのエネルギーを失って減速する。励起された電子が基底状態に戻る時に光を放出
し、この光をシンチレーション光と呼ぶ。シンチレーション光の数は、入射した荷電粒
子がシンチレータ内で失ったエネルギーに比例する。
荷電粒子が原子または分子を電離することにより、密度あたりの厚さ dx の物質中で失
うエネルギーは Bethe-Bloch の式 [1] で次のように表せられる。
[
]
dE
Z 21
2me c2 β2
2
−
= D z 2 ln
−β
(2.5)
dx
A β
I · (1 − β2 )
(Z )
v
A
1
e4 n
β= , γ= √
, D=
, n=ρ
NA
c
A
4πϵ02 me c2 ρ Z
1 − β2
(2.6)
式 (2.5)、式 (2.6) において、各記号は次の通りである。
Z : 物質の原子番号
A : 物質の質量数
z : 入射粒子が持つ電荷
n : 電子密度
NA : アボガドロ数
I : 物質の原子の平均励起エネルギー
荷電粒子はプラスチックシンチレータに入射するため、物質は主にポリビニルトルエ
ンである。よってその時の各成分の値は、次のようになる。
Z
= 0.54141, I = 64.7 eV, ρ = 1.032 g/cm2
D ≃ 0.3071 MeV cm2 / g,
A
プラスチックシンチレータ ([6]) は、ポリビニルトルエンなどの有機物質に、2 3˜ % の
蛍光物質を加えたものである。プラスチックシンチレータ内で放出されたシンチレーショ
ン光は波長が短く、プラスチックシンチレータ内ではほとんど伝播できない。しかし、シ
ンチレーション光が蛍光物質に吸収されることにより、プラスチックシンチレータ内を
長距離伝播できる可視光が放出される。この光子が光電子増倍管に達し、光電効果によっ
て発生した電子が増倍され、電気信号に変換される。このようにプラスチックシンチレー
タと光電子増倍管を共に使うことにより、荷電粒子を電気信号として検出することが出
来る。
8
2.2.2
ドリフトチェンバー
一般的なドリフトチェンバーは多数のワイヤーを保持している。ワイヤーには 2 種類
あり、一つはドリフトチェンバー内の電場を生成するためのカソードワイヤー、もう一
つは電子を信号として受け取るためのセンスワイヤーである。本研究で用いられたドリ
フトチェンバーのワイヤーセル構造を、図 (2.2) に示す。
図 2.2: ドリフトチェンバーのワイヤーセル構造の図。中心の赤い点がセンスワイヤー、
周りのグレーの点がカソードワイヤーを示している。センスワイヤーには HV = +2.0 kV
、カソードワイヤーは GND となっている。大きい矢印はドリフトチェンバーを通過した
荷電粒子の飛跡、小さい矢印は電子のドリフトを示している。
荷電粒子がドリフトチェンバーのセルを通過すると、その荷電粒子はドリフトチェン
バー内のガス分子を電離し、電子と陽イオンを生成する。この電離を一次電離といい、こ
のとき生成された電子を一次電子と呼ぶ。センスワイヤーには HV = +2.0 kV が印加さ
れており、カソードワイヤーは GND となっているため、ドリフトチェンバー内で電場が
生じる。カソードワイヤーとセンスワイヤーによって作られる電場により、電子はセン
スワイヤーに、陽イオンはカソードワイヤーに向かってドリフトし、さらに原子を電離
して更なる電子と陽イオンを生成する。生成された電子は電場の強いセンスワイヤー近
傍で電子雪崩を引き起こす。増幅された電子は液滴状の雪崩として移動し、センスワイ
ヤーを取り囲む。残った陽イオンはカソードワイヤーにゆっくりと移動していく。
図 (2.3) はドリフトチェンバー中センスワイヤー周りの電場である。本研究では、プラ
9
図 2.3: センスワイヤー周りの電場 [2] 。縦軸は電場、横軸はセンスワイヤーからの距離、
a はセンスワイヤーの半径。
図 2.4: 電子雪崩の時間発展 [2]。a : ドリフトチェンバーのセル中を荷電粒子が通過し、
ガス粒子を電離して電子-陽イオン対を生成する。b : ドリフトチェンバー内の電場によ
り、電子はセンスワイヤーに、陽イオンはカソードワイヤーに向かって移動する。電子
は、センスワイヤー付近で他のガス粒子を電離し、全体の電子数が増幅される。c : 更に
増幅を続け、電子の雪崩を形成する。d : 電子雪崩がセンスワイヤーを取り囲み、電子は
センスワイヤーに集まる。e : 陽イオンはゆっくりとカソードワイヤーの方向へ移動し始
める。
10
スチックシンチレータで検出した荷電粒子が到達した時刻と、宇宙線によって電離した
電子が 図 (2.4) のような電子雪崩を引き起こしながらセンスワイヤーに到達した時刻の差
を測定する。この時刻差は、一次電子の発生点とセンスワイヤーとの距離の関数となっ
ており、主に電子のガス中のドリフト時間によって決まる。
2.3 飛跡再構成の原理
宇宙線ミューオンが、ドリフトチェンバー 4 つ、プラスチックシンチレータ 3 つから
構成されたセットアップを通過する。図 (2.5) は、宇宙線ミューオンがセットアップを通
過する時の、セットアップの側面を示した図である。
図 2.5: 宇宙線ミューオンがセットアップを通過したときの、セットアップを側面からみ
た図。セルは 1 cm × 1 cm である。黒い線はアルミ板、黒い点はカソードワイヤーで、
共に GND となっている。赤い点はセンスワイヤーで、電圧 + 2.0 kV が印加されている。
ドリフトチェンバー内には Ar-CO2 ガスが充満されている。プラスチックシンチレータ
は上側、下側の両側で 6 cm だけ重ねてあり、検出面積 6 cm × 8 cm を実現している。上
側、下側のシンチレータ間距離は 16 cm。
プラスチックシンチレータ #1、#2、#3、#4 の全てを通過した時刻をスタートの時刻と
し、各ドリフトチェンバーのプレーンからの信号をストップの時刻とする。ガス中の電
子のドリフト速度が分かっていれば、スタートからストップまでの時刻差から、センス
ワイヤーからどれだけ離れたところで一次電離が起きたか、すなわち荷電粒子が通過し
た位置が分かる。ドリフトチェンバーの各プレーンから、図 (2.5) で示したように荷電粒
子が通過した軌跡を描くことが出来る。
本研究では、プラスチックシンチレータを、上側、下側で 2 つずつ重ねている。これ
は、上側、下側の両側で検出面積 6 cm × 8 cm を実現するためである。TDC のチャンネ
11
ル数の関係上、各 Plane 毎 8 CH ずつしか測定することが出来ない。ワイヤー間距離は 1
cm であるため、8 CH でも両端のチャンネルを除いた 6 CH 分の検出面積にした。
2.4 セットアップ
図 (2.6) は、実際に製作したセットアップであり、各装置は 図 (2.6) に記載されている
通りである。図 (2.7) では今回用いた回路図である。
図 2.6: 実際のセットアップの写真。写真に記載されている通り、4 つのプラスチックシ
ンチレータ + 光電子増倍管、3 つのドリフトチェンバー、そしてドリフトチェンバーの各
Plane 毎に ASD Card が装着されている。
12
図 2.7: 本研究の測定の回路図。TDC には、プラスチックシンチレータの Coincidence を
START 信号として入力し、ASD Card からの信号を STOP 信号として入力している。
13
2.4.1 ASD Card
ドリフトチェンバーの信号は、ASD Card を通して出力する。ASD Card として、林栄
精器社製の RPA-220 を使用した。ASD とは、Amplifier (増幅器) 、Shaper (波形整形) 、
Discriminator の頭文字をとったもので、ASD Card はその 3 つの役割をもつ。また、LVDS
ドライバー回路で構成されている。LVDS とは Low Voltage Differential Signaling の略で
ある。短距離用のデジタル有線伝送技術であり、小振幅・低消費電力で比較的高速の差
動インターフェースである。
表 2.1: 林栄精器社製の ASD Card である、RPA-220 の仕様
CH 数
積分時定数
ディスクリ出力
スレッショルド
GAIN
16
16 [nsec]
LVDS 規格 / 出力コネクター : 8830E-040-170S-F
0 ±5V
0.8 V/pc
ASD Card のスレッショルドは、出力コネクターから設定できる。本研究では、− 1.0
V 程度に設定してある。
2.4.2 Quad Discriminator
Discriminator として、LeCroy 社製の 821 を使用した。これは、入力した信号の波高
が、Discriminator で設定したスレッショルドレベルを越えたときのみ、任意に設定した
パルス幅のデジタルパルスを出力する装置である。本研究では、光電子増倍管から入力
されたアナログ信号から、低い波高のノイズを排除し、スレッショルドレベル以上の波
高を持つデジタルパルスに整形するために用いる。出力数は 4 つ。
2.4.3 Coincidence
Coincidence として、豊伸電子社製の N017 を使用した。これは、複数のデジタルパル
スが時間的に同タイミングで入力された時、すなわち同時計測された場合のみ、任意に設
定したパルス幅のデジタルパルスを出力する装置である。本研究では、4 つの光電子増倍
管からの信号を入力し、1 つの Coincidence シグナルとして出力させる。この Coincidence
シグナルは TDC の START 信号とする。
2.4.4 LVDS to NIM Convertor
LVDS to NIM Convertor として、林栄製器社製の GNN-231L を使用した。パネル面に
は出力に 16 個の LEMO 型コネクタ、入力は 34 ピンのフラットケーブルコネクタを配置
14
している。これは、LVDS 規格で入力されたデジタル信号を NIM 規格のデジタル信号で
出力するものである。
2.4.5 300 ns Fixed Delay
300 ns Fixed Delay として、豊伸電子社製の N009-300 を使用した。入力レベルは NIM
ロジック、出力レベルは NIM 規格の LEMO 型 コネクタであり、共に 16 CH 備え付けら
れている。これは、入力した信号を 300 nsec だけ遅らせた信号を出力するものである。
2.4.6 CAMAC
CAMAC とは、Computer Automated Measurement And Control の略であり、NIM 規格
で入力された信号を処理するためのものである。本研究では、主に TDC と CC-USB を
用いた。
TDC
TDC (Time to Digital Converter) として、テクノランド社製の C-TS 103 8CH Long Range
High Resolution TDC を使用した。これは、START 信号と STOP 信号の時間差を測定す
るものである。チャンネル数は 8 で、最大で 3 msec のデータ計測時間が可能である。
CC-USB
CAMAC Controller with USB interface として、Wiener 社製の CC-USB を使用した。
CAMAC crate の中に差す 2 span のモジュールである。CAMAC で収集したデータを蓄
えることができ、また PC と USB 接続をすることで、 PC 上で CC-USB を操作、または
データの処理をすることができる。
15
図 2.8: 本研究で用いた、左が Quad Discriminator 、右が Coincidence 。
16
図 2.9: 本研究で用いた LVDS to NIM Convertor。各 LVDS to NIM Convertor には、左側
に ASD card の出力コネクタ、右側に各プレーンの 8 CH 分の出力コネクタが入力されて
いる。
17
図 2.10: 本研究で用いた 300 ns fixed Delay。
18
図 2.11: 本研究で用いた CAMAC crate。今回は左から、2、3、4 番目の TDC を扱ってい
る。最右端で 2 span のモジュールが CC-USC である。
19
第 3 章 プラスチックシンチレータの概要
と宇宙線ミューオンの rate の計測
この章では、本研究で扱うプラスチックシンチレータの概要や、Discriminator のスレッ
ショルドレベルの決定、そして宇宙線ミューオンの rate について説明する。本実験では
プラスチックシンチレータからの信号をトリガーとして使う。
3.1 プラスチックシンチレータと光電子増倍管
プラスチックシンチレータは光電子増倍管と併用する。この節では、そのプラスチッ
クシンチレータ及び光電子増倍管の特性などを説明する。
3.1.1
プラスチックシンチレータ
本研究では、宇宙線ミューオンを検出するため、シーアイ工業のプラスチックシンチ
レータを用いた。板状のもので、寸法は下の表 (3.1) に記してある。
表 3.1: シーアイ工業製のプラスチックシンチレータの寸法。宇宙線ミューオン検出に用
いる。
プラスチックシンチレータの形状
寸法 (縦 × 横 × 厚さ)
板状
8 cm × 16 cm × 1 cm
シンチレーションカウンタ ([5]) は、代表的なパルス検出器の一つである。本研究で用
いるプラスチックシンチレータは有機シンチレータの一種で、無機シンチレータとは下
の表 (3.2) に記してあるような様々な特性の違いがある。
本研究では、宇宙線が入射したタイミングを正確に知るためにシンチレータからの信
号をトリガーに用いるので応答速度の速い有機シンチレータを採用した。
20
表 3.2: 無機シンチレータと有機シンチレータの特性の比較。
シンチレータの種類
無機シンチレータ
有機シンチレータ
応答速度
減衰時定数 [nsec]
出力光子数 [個/MeV]
加工
代表例
遅い
230
38,000
難しい
NaI シンチレータ
速い
2 ∼ 10
10,000
容易
プラスチックシンチレータ
21
3.1.2
光電子増倍管
シンチレータから生ずる光子は微弱なもので、その光子を効率よく電気信号に変換す
る必要がある。光電子増倍管はランダムなノイズをあまり加えることなく、微弱な光信
号を増幅した電気信号に変換することが出来る装置である。
原理は、光電子増倍管の光電面に光子が入射すると、光電効果により電子が放出され
る。その電子がダイノードと呼ばれる電極を複数回経由することにより、電子数は増幅
され、最終的に検出可能な大きさの電気信号に変換される。出力される電気信号の大き
さは、最初に入射した光子数に比例する。
本研究では、浜松ホトニクス製の、管径 60.0 mm の光電子増倍管を用いる。プラスチッ
クシンチレータからのシンチレーション光を、ライトガイドを通して光電子増倍管に入
射させ、光電子増倍管からの電気信号を扱う。
表 3.3: 本研究で用いられる光電子増倍管の特性。
型番
R7724
推奨印加電圧 [V]
増幅率
パルス上昇時間 [nsec]
電子走行時間 [nsec]
電子走行時間の広がり [nsec]
− 1750 3.3 ×106
2.1
29
1.2
図 3.1: 左から、本研究で用いた光電子増倍管とプラスチックシンチレータ。光漏れのな
いように、黒色のガムテープを隙間なく装着してある。
3.1.3
宇宙線ミューオンの rate 計測
プラスチックシンチレータからの信号は光電子増倍管で電気信号として変換される。
その出力される信号はアナログ信号であるので、本研究ではデジタル処理を行うために
Discriminator を用いた。Discriminator については 2 章 4 節で説明した通りであり、ここ
ではスレッショルドレベルの決定について説明する。
光電子増倍管の印加電圧を − 1750 V とし、スレッショルドレベルを変えて Scaler で計
数を観測した。今回シンチレータは 4 つ使うため、セットアップで設置されたものの上か
22
ら #1、#2、#3、#4 と名前を付けると、表 (3.4) のような値が得られた。計数率とは、計
数を時間 [sec] で割ったものであり、単位は [Hz] である。
表 3.4: プラスチックシンチレータで観測されたそれぞれの計数率。#1、#2、#3、#4 での
値は、全て計数率 ± 誤差 [Hz] である。
スレッショルド [mV]
− 50
− 100
− 200
− 500
#1 [Hz]
#2 [Hz]
#3 [Hz]
#4 [Hz]
132.50±0.66 1822.51±2.46 23891.66±8.92 839.37±1.67
48.96±0.40 1417.17±2.17
1509.50±2.24 131.31±0.66
13.51±0.21 772.09±1.60
295.47±0.99 66.64±0.47
5.99±0.14
123.61±0.64
152.95±0.71 29.02±0.31
表 (3.4) は、各々のシンチレータの宇宙線ミューオンの計数率 ± 誤差 [Hz] である。宇
宙線ミューオンの信号は負の値をもつので、スレッショルドが低ければ低い程計数率が
減っているのが分かる。実際の宇宙線ミューオンのパルスの高さにはばらつきがあるた
め、スレッショルドを低く設定すればする程宇宙線ミューオンの信号を切り捨ててしま
うことになる。従って、Discriminator のスレッショルドレベルは慎重に決めなければら
ない。
図 3.2: 宇宙線の信号をオシロスコープで観測した様子。上から、黄色線は光電子増倍管
からのアナログ信号、水色線は光電子増倍管のアナログ信号を Discriminator に入力した
時に出力されたデジタル信号。Dicriminator のスレッショルドレベルは −100 mV として
いる。
実際の宇宙線の信号は図 (3.2) のようにオシロスコープで観測できる。宇宙線ミューオ
ンの信号は、まず − 1.2 V 程度まで立ち下がり、時間をかけて減衰していく。減衰時間は
23
プラスチックシンチレータの減衰時定数によって決まっている。一方 Discriminator から
の信号は − 1.0 V で安定していて、その幅を 100 nsec と設定した。
24
3.2 コインシデンステスト
この節での目的は、最終的なトリガーで用いるコインシデンス信号の計数率を観測す
ることである。そしてそのためには、まず Discriminator のスレッショルドレベルの決定
をしなければならない。
3.2.1
偶発的同時計測 (アクシデンタルコインシデンス)
まず、スレッショルドレベルを決定する前に、偶発的同時計測 (アクシデンタルコイン
シデンス) について説明する。
本研究では、2 節でも述べたような Coincidence module を用いる。しかし、実際の信
号同士が重なった時刻とは別に、偶然ノイズなどが重なった時刻でもコインシデンス信
号を出力してしまう。この信号を偶発的同時計測という。
Concidence module に入力するデジタルパルスが 2 つ以上の場合、アクシデンタルコイ
ンシデンスの計数率 Racc (Hz) は次のように書ける。
Racc = R1 · R2 · (h1 + h2 − 2h3 )
(3.1)
計数率とは単位時間あたりの計数のことである。ここで、R1 ,2 (Hz) は入力するデジタル
パルス 1、2 の計数率、h1 ,2 はデジタルパルス 1、2 のパルス幅、h3 はコインシデンスが
成立するのに必要な最小の時間的重なりである。
実際に h3 を観測したところ、入力パルス幅 3 nsec までの信号なら出力 Coincidecen 信
号が確認できた。本研究では全てのプラスチックシンチレータからの信号のパルス幅を
100 nsec と設定するため、Racc (Hz) は次のような計算で与えられる。
Racc = R1 · R2 · 1.94 × 10−9
本実験ではコインシデンス信号を扱うため、偶発的同時計測、つまり偶発的に起こるコ
インシデンス信号を宇宙線ミューオンとしてカウントしてはいけない。今回 Discriminator
のスレッショルドレベルを決める際にはアクシデンタルコインシデンスが 1% 未満とな
るようにした。
3.2.2 Discriminator のスレッショルドレベルの決定
2 章 3 節でも説明した通り、ドリフトチェンバーの上側、下側でそれぞれシンチレータ
2 つのコインシデンスをとる。そして最終的に上側のコインシデンス信号と下側のコイ
ンシデンス信号のコインシデンスをとり、それをトリガーとする。よって、上側、下側
のコインシデンスの rate を基準に Discriminator のスレッショルドレベルを決めることに
する。
上側シンチレータのコインシデンスを #1 + #2、下側シンチレータのコインシデンスを
#3 + #4 とすると、表 (3.5)、表 (3.6) のような計数率となった。
25
表 3.5: 上側コインシデンス (#1 + #2) の計数率と偶発的同時計数率。Racc は偶発的同時
計測。
スレッショルド [mV]
計数率 ± 誤差 [Hz]
Racc [Hz]
1.443±0.069
0.973±0.057
0.803±0.052
0.500±0.041
0.017
0.005
0.001
0.000
−50
−100
−200
−500
表 3.6: 下側コインシデンス (#3 + #4) の計数率と偶発的同時計数率。
スレッショルド [mV]
計数率 ± 誤差 [Hz]
Racc [Hz]
3.543±0.109
1.310±0.066
0.840±0.053
0.617±0.045
1.484
0.015
0.001
0.000
−50
−100
−200
−500
実際に扱う上側、下側コインシデンスは、アクシデンタルコインシデンス、誤差を共
に 1 % 未満となる rate を選ぶ。表 (3.5) では、どのスレッショルドレベルのときでもその
条件を満たしている。しかし、表 (3.6) では、スレッショルドレベルが − 50 mV のとき、
アクシデンタルコインシデンスが rate の約 42 % となった。これはプラスチックシンチ
レータ #3、および #4 の両者のノイズの rate が高いことが原因であると考えられる。上
側コインシデンスでは、プラスチックシンチレータ #1 のノイズの rate が低いため、低い
アクシデンタルコインシデンスが得られる。
rate は高ければそれだけ宇宙線ミューオンの飛跡再構成の回数が増えるということと、
アクシデンタルコインシデンス、誤差共に 1 % 未満の条件から、Discriminator のスレッ
ショルドレベルは − 100 mV とする。
表 3.7: スレッショルドレベルを -100 mV と決めたときの、上側コインシデンス (#1 + #2)
と下側コインシデンス (#3 + #4) の計数率と偶発的同時計数率。
シンチレータ
#1 + #2
#3 + #4
計数率 ± 誤差 [Hz]
偶発的同時計測 [Hz]
0.973±0.057
1.310±0.066
0.005
0.015
26
3.3 宇宙線ミューオンの rate の計測
3.3.1 rate の計算
第 2 章 1 節で宇宙線について記したこととは別に、宇宙線は、10cm の鉛を透過するエ
ネルギーを持つものを硬成分、そうではないものを軟成分と分類できる。ミューオンは
そのどちらの成分にも属する粒子である。宇宙線強度 J は、天頂角分布で次のように表
せる [3] 。
J(θ) = J0 cosn θ


−2
2


硬成分 n = 2 J0 = 0.82 × 10 /cm ·s·sr



軟成分 n = 3 J0 = 0.31 × 10−2 /cm2 ·s·sr
(3.2)
(3.3)
式 (3.2)、式 (3.3) から、地上で S cm2 の検出面積をもつ検出器に計数される宇宙線ミュー
オンの rate IT (Hz) は、次のように計算される。手法としては、立体角 dΩ = 2π sin θ dθ
で θ=0 から θ = θ0 まで積分して面積をかける。
∫
∫ θ0
IT = S
J(θ)dΩ = 2πS
J0 cosn θ sin θdθ
(3.4)
0
図 3.4: θ0 = θ0+ のとき
図 3.3: θ0 = θ0− のとき
図 (3.3)、図 (3.4) のような θ0− 、θ0+ を考える。本研究ではシンチレータからのコインシ
デンス信号を利用するため、上側シンチレータと下側シンチレータの両方をミューオン
27
が通過する必要がある。θ0− の場合は過小評価、θ0+ の場合は過大評価された rate と考え
られるため、実際計測された rate がその間の値であることが期待される。
18
18
cos θ0− = √
, cos θ0 + = √
32 + 182
62 + 182
(3.5)
であるとして rate を計算する。検出面積は 48 cm2 であり、n = 2, 3 の場合で足し合わせ
ると、次のような値になる :
IT − ≃ 0.0455 Hz
(3.6)
IT + ≃ 0.1647 Hz
(3.7)
したがって、実際に観測される宇宙線ミューオンの rate IT (Hz) は、
0.0455 < IT < 0.1647
(3.8)
を満たす値である。
3.3.2 rate の計測
図 3.5: コインシデンス
図 (3.5) は、上から、黄色線が上側コインシデンス (#1 ∩ #2) 、水色線が下側コインシ
デンス (#3 ∩ #4) 、ピンク線が上側と下側のコインシデンス入力ちしたときに出力された
コインシデンス (#1 ∩ #2 ∩ #3 ∩ #4) を、オシロスコープで観測したものを撮影した写真で
ある。
プラスチックシンチレータ 4 つからコインシデンスをとるとき、入力する時間を多少
ずらしてコインシデンスをとる。ずらす時間については 表 (3.8) に示した通りである。
28
表 3.8: プラスチックシンチレータ #1、#2、#3、#4 の、入力時の時間のずれ。
シンチレータ
時間のずれ [nsec]
#1
#2
#3
#4
0
+4
0
+8
上側コインシデンス (#1 ∩ #2) はプラスチックシンチレータ #2 が、下側コインシデン
ス (#3 ∩ #4) はプラスチックシンチレータ #4 がタイミングの基準となってパルス幅 100
nsec の信号として出力される。したがってコインシデンス (#1 ∩ #2 ∩ #3 ∩ #4) は プラス
チックシンチレータ #4 がタイミングの基準となって出力される。表 (3.8) で示した 3 つ
のパルス (上から上側コインシデンス (#1 ∩ #2)、下側コインシデンス (#3 ∩ #4)、コイン
シデンス (#1 ∩ #2 ∩ #3 ∩ #4)) の立ち上がりに時間的間隔がある理由は、基準としている
出力信号に時間的間隔があるからである。また、時間間隔が入力する際に遅らせた時間
よりも広い理由は、電子機器を繋いでいる LEMO ケーブルによるものである。最終的な
時間の遅れは宇宙線ミューオンの飛跡再構成時にあまり影響しない。
実際の宇宙線ミューオンの rate 観測した結果として、表 (3.9)、表 (3.10)、表 (3.11) に
示す。
表 3.9: 2014 年 12 月 1 日に 約 53.15 時間測定した結果。上からプラスチックシンチレー
タ #1、#2、#3、#4、上側コインシデンス (#1 ∩ #2) 、下側コインシデンス (#3 ∩ #4) 、コ
インシデンス (#1 ∩ #2 ∩ #3 ∩ #4) のそれぞれ計数率、誤差、偶発的同時計測の観測結果で
ある。Racc は偶発的同時計測。
計数率 [Hz]
#1
#2
#3
#4
#1 ∩ #2
#3 ∩ #4
#1 ∩ #2 ∩#3 ∩ #4
誤差 [Hz]
Racc [Hz]
50.645
0.016
171.429
0.030
42.173
0.015
174.679
0.030
1.180
0.002
0.002
1.152
0.002
0.001
−4
0.0554 5.4 × 10
2.6 × 10−7
29
表 3.10: 2014 年 12 月 5 日に 約 93.04 時間測定した結果。上からプラスチックシンチレー
タ #1、#2、#3、#4、上側コインシデンス (#1 ∩ #2) 、下側コインシデンス (#3 ∩ #4) 、コ
インシデンス (#1 ∩ #2 ∩ #3 ∩ #4) のそれぞれ計数率、誤差、偶発的同時計測の観測結果で
ある。Racc は偶発的同時計測。
計数率 [Hz]
#1
#2
#3
#4
#1 ∩ #2
#3 ∩ #4
#1 ∩ #2 ∩#3 ∩ #4
誤差 [Hz]
Racc [Hz]
34.992
0.010
227.571
0.026
92.198
0.017
288.498
0.029
1.177
0.002
0.002
1.255
0.002
0.005
−4
0.0563 4.1 × 10
2.9 × 10−7
表 3.11: 2014 年 12 月 8 日に 約 52.54 時間測定した結果。上からプラスチックシンチレー
タ #1、#2、#3、#4、上側コインシデンス (#1 ∩ #2) 、下側コインシデンス (#3 ∩ #4) 、コ
インシデンス (#1 ∩ #2 ∩ #3 ∩ #4) のそれぞれ計数率、誤差、偶発的同時計測の観測結果で
ある。Racc は偶発的同時計測。
計数率 [Hz]
#1
#2
#3
#4
#1 ∩ #2
#3 ∩ #4
#1 ∩ #2 ∩#3 ∩ #4
誤差 [Hz]
Racc [Hz]
30.872
0.013
109.183
0.024
74.805
0.020
259.059
0.037
1.172
0.002
0.001
1.236
0.003
0.004
−4
0.0566 5.5 × 10
2.8 × 10−7
30
表 (3.9)、表 (3.10)、表 (3.11) は、全て 50 時間以上の長時間測定をしたものである。長
時間測定した理由は、宇宙線ミューオンの rate の誤差を、rate の 1 % 未満にするためで
ある。3 回の結果通して、宇宙線ミューオンの rate は約 0.056 Hz で安定していると言え
る。これは、約 17.9 秒間に 1 回、宇宙線ミューオンがセットアップの全てのシンチレー
タおよびドリフトチェンバーを通過するということである。したがって統計量を多くす
るためには、長時間の測定が必須である。
31
第 4 章 ドリフトチェンバー
ドリフトチェンバーは、荷電粒子検出器の一つである。本実験では、宇宙線ミューオ
ンの飛跡を用いてドリフトチェンバーの性能を評価する。この章では、実際に扱うドリ
フトチェンバーの概要や構造、動作確認のために行なった実験について説明する。
4.1 ドリフトチェンバーの概要
ドリフトチェンバーには、林栄精器社製の Drift Chamber Kit Model DCK-001 を用い
る。特徴としては、外形、検出有効面積が正方形であるため、組み合わせで X、Y の二
次元読み出しが可能である。図 (4.1) は、実際に作製したドリフトチェンバーである。カ
ソードワイヤーには直径が 80 µm 、センスワイヤーには直径が 30 µm のワイヤーを用い
る。これらは Gold-plated Tungsten である。
図 4.1: 本研究で用いるドリフトチェンバー。
4.2 ドリフトチェンバーの構造
図 (4.2) は、本研究で用いられるドリフトチェンバーの内部の図である。黒色線はカ
ソードワイヤー、赤色線がセンスワイヤーで、それぞれ 17 本、16 本ずつ張られている。
ワイヤー間距離はカソードワイヤー、センスワイヤー共に 1 cm であり、ドリフトチェン
32
図 4.2: 本研究で用いる、ドリフトチェンバーの内部構造。
バーの検出効率は 17 cm × 17 cm = 289 cm2 である。ドリフトチェンバーはアルミ板で
密閉し、センスワイヤーに電圧 + 2.0 kV を印加し、カソードワイヤー、およびアルミ板
を GND としている。セル構造は 2 節で示した通りであるが、セルの上側 3 本、下側 3 本
のカソードワイヤーの役割をアルミ板が果たしている。それは、カソードワイヤーとア
ルミ板の電圧が同値だからである。アルミ板とワイヤー間の距離は 5 mm となっている。
4.2.1
ガスの選択
荷電粒子検出の原理でも示した通り、ドリフトした電子は、センスワイヤー近傍でガ
ス増幅し電子数が増倍される。原理的にはどんな種類のガスにおいてもガス増幅を起こ
すことが可能であるが、実際に本研究で求められる性能を満たすためにいくつか条件が
あり、それに基づいてガスを選択する。
単一元素分子から構成されるガスと、化合物分子から構成されるガスを比較すると、単
一元素分子は電子雪崩を起こすために必要な電圧領域が低い。電圧をかけすぎることは、
ドリフトチェンバーに関わらずあらゆる精密機器に対して避けたい事象である。よって
本研究では単一元素分子から構成されるガスが主成分として選択する。更に希ガスは高
い増幅率と入射粒子の種類に依存しないイオン化エネルギーをもつため、単一元素分子
の中でも希ガスを選択することにする。表 (4.1) は、各気体分子のイオン化エネルギーの
値を示す。
実際には、単一元素分子から構成されるガスと、化合物分子から構成されるガスの混
33
表 4.1: 主な気体のイオン化エネルギー W [eV] の値
気体
W [eV]
Ne
Ar
Xe
CH4
C2 H6
CO2
CF4
30
25
22
30
26
34
54
合ガスが用いられる。理由としては、希ガスのみを用いた場合では、電子雪崩が起きた
ときに励起された希ガス分子が再び基底状態に遷移することによって放出された光子が
電場と関係なくガス中を透過し、光電効果により電子を発生させ、目的とは別の二次的
な電子雪崩を起こすからである。このような電子雪崩を検出してしまうと、検出器の性
能に多大な影響を引き起こす。
この二次的な光電子を抑制するために、希ガスに多原子分子のガスを混合する。多原
子分子ガスは、光子放出を伴わない幅広い励起準位があり、希ガスから放出される光子
を広いエネルギー範囲で吸収する。これより連続的な放電を抑え、検出器の性能を正し
く維持することができる。
表 4.2: 単一元素分子に混合する主な化合物分子。
気体
化学式
メタン
エタン
プロパン
ブタン
ペンタン
イソブタン
二酸化炭素
エチレン
CH4
C2 H6
C3 H8
C4 H10
C5 H12
(CH3 )CHCH3
CO2
(C 2 H 2 )2
本研究では、Ar : CO2 (80:20) のガスを使用する。
4.2.2 Garfield シミュレーション
Garfield シミュレーションでは、ドリフトチェンバー内の電場をシミュレーションで再
現し、その結果から X-T curve を導出した。第 5 章のシミュレーションデータの X-T curve
34
は、この Garfield シミュレーションによって作られたものである。
図 (4.3)、はドリフトチェンバー内の電場の様子。図 (4.4)、はドリフトチェンバー内の
電場の様子。図 (4.5) は、ドリフトチェンバー内で、電子がドリフトし始めた場所からワ
イヤーに到達するまでの道のりを表す図である。
図 4.3: ドリフトチェンバー内の電場の様子。
35
図 4.4: ドリフトチェンバー内の電位の様子。
36
図 4.5: ドリフトチェンバー内で、電子がドリフトし始めた場所からワイヤーに到達する
までの道のりを表す図。
37
また、Ar-CO2 ガス中の電子のドリフト速度は、図 (4.6) のようになる。
図 4.6: 電場に対する電子のドリフト速度。
Garfield シミュレーションから導出された X-T curve は、ヒットの位置位置に対するド
リフト時間の平均値 (図 (4.7)) 、ヒット位置に対するドリフト時間の標準偏差 (図 (4.8)) か
ら導出される。図 (4.9) は、導出された X-T curve である。
38
図 4.7: ヒットの位置位置に対するドリフト時間の平均値。
図 4.8: ヒット位置に対するドリフト時間の標準偏差。
39
図 4.9: ヒット位置に対するドリフト時間の平均値、および標準偏差から導出された X-T
curve。
40
4.3 宇宙線の観測および検出信号の確認実験
この節では、宇宙線ミューオンが通過したときにドリフトチェンバーが信号を出力し
ているかどうかを確かめるために行なった実験について説明する。図 (4.10) は信号出力
の確認のために製作した一時的なセットアップである。
図 4.10: 宇宙線観測の一時的なセットアップ。シンチレータの重なりを 2 cm とし、ドリ
フトチェンバーの各 Plane で宇宙線ミューオンが通過したとき、各 Plane で同じ Wire ID
を持つワイヤーからの信号を確認するために行なった。
本研究で製作したセットアップではシンチレータの重なりを 6 cm としているが、一時
的なセットアップ ( 図 (4.10) ) では 2 cm とする。これはドリフトチェンバーの各 Plane で
宇宙線ミューオンが通過したとき、Plane 毎に同 Wire ID を持つワイヤーに検出させるた
めである。
全てのプラスチックシンチレータからの信号を入力して出力されたコインシデンス信
号と、各 Plane の Wire ID 7 からの信号をそれぞれオシロスコープで観測した。そのスク
リーンショットは 図 (4.11) で示す。
図 (4.11) のように、実際に宇宙線ミューオンからの信号が検出することが出来た。
41
図 4.11: コインシデンス信号、及び各ドリフトチェンバーの Plane からの信号をオシロス
コープで観測した図。1 番上の黄色線は全てのプラスチックシンチレータを入力して出力
されたコインシデンス信号、水色線、ピンク色線、緑色線は、それぞれドリフトチェン
バーの Plane 0、1、2 の Wire ID 7 からの信号。
42
第 5 章 飛跡再構成アルゴリズムの開発と
シミュレーション
この章では、実際に開発した飛跡再構成アルゴリズムの説明と、シミュレーションテ
ストについて詳しく説明する。
5.1 飛跡再構成アルゴリズム
5.1.1
入力する測定量
ドリフトチェンバーから得られる測定量は、1 イベント毎に保存される。測定から得ら
れる測定量をもとに、宇宙線ミューオンの飛跡再構成を行なう。表 (5.1) は、測定から得
られる測定量の全てである。
表 5.1: ドリフトチェンバーから得られる測定量
測定量
説明
イベント番号
ヒット数
プレーン番号
ワイヤー番号
TDC 値
ドリフト時間
1 トリガーを 1 イベントとした際のイベント番号
1 イベント内の全ヒット数
各ヒットのあったプレーンの番号
各ヒットのあったワイヤーの番号
各ヒットの TDC 値
TDC 値をドリフト時間に変換したもの
X-T curve
ドリフトチェンバーから得られる時間情報 (ドリフト時間) から、X-T curve を用いて
距離情報 (ドリフト距離) に変換する。距離情報に変換すれば、ワイヤーからヒットまで
の距離を計算することが出でき、宇宙線ミューオンの飛跡再構成を行なうことが出来る。
しかし、時間情報を距離情報に変換させる X-T curve は、飛跡再構成解析後に得られ
るものなので、あらかじめ仮定の X-T curve を用意することが必要である。そこで、最初
は Garfield シミュレーションから得られる X-T curve を使うこととする。Garfield シミュ
43
レーションから得られる X-T curve (以下、仮定の X-T curve と呼ぶ) が、ドリフトチェン
バーの X-T curve (以下、真の X-T curve と呼ぶ) と異なっていた場合、仮定の X-T curve
で飛跡再構成した結果から得られた X-T curve は仮定の X-T curve よりも真の X-T curve
に近づく。そしてその 1 度目の解析で得られた X-T curve で再度飛跡再構成を行い、また
新たな、真の X-T curve に近い X-T curve を作る。こうした作業を繰り返すことによって、
最終的には真の X-T curve と同じ X-T curve が得られる。これを Iteration 解析 と呼ぶ。
5.1.2
出力される解析値
飛跡再構成アルゴリズムによる解析から得られる解析値について説明する。表 (5.2) は
飛跡再構成アルゴリズムの解析によって得られる解析値をまとめたものであり、これら
は 1 イベント毎に保存される。
表 5.2: 飛跡再構成アルゴリズムから得られる解析値
解析値
説明
イベント番号
ヒット数
プレーン番号
ワイヤー番号
ドリフト時間
ドリフト距離
幾何学的な飛跡の位置
幾何学的な飛跡の方向
再構成した飛跡の位置
再構成した方向の位置
トラック距離
幾何学的な飛跡の χ2
幾何学的な飛跡に関連するヒット数
再構成した飛跡の χ2
再構成した飛跡に関連するヒット数
1 トリガーを 1 イベントとした際のイベント番号
1 イベント内の全ヒット数
各ヒットのあったプレーンの番号
各ヒットのあったワイヤーの番号
TDC 値をドリフト時間に変換したもの
ドリフト時間をドリフト距離に変換したもの
飛跡再構成時の初期値に用いる位置ベクトル
飛跡再構成時の初期値に用いる方向ベクトル
再構成した飛跡の位置ベクトル
再構成した飛跡の方向ベクトル
再構成した飛跡と最も近いセンスワイヤーの距離
幾何学的な飛跡の χ2
幾何学的な飛跡に関連するヒット数
再構成した飛跡の χ2
再構成した飛跡に関連するヒット数
「ドリフト時間」と「トラック距離」の二次元分布を X-T curve という。
「再構成した飛
2
跡の χ 」、「再構成した飛跡に関連するヒット」は再構成した飛跡がどのくらい正しいの
かを判断する一つの基準である。
「関連するヒット」とは、飛跡が通過したセルでのヒッ
トのことである。
シミュレーションデータ解析では、シミュレーショントラック (真の飛跡) の位置、方
向が分かっているので、表 (5.3) を得ることができる。これらの値は飛跡再構成アルゴリ
ズムが正しく動作しているかどうかを判断する上で役立つ。
44
表 5.3: 飛跡再構成アルゴリズムから得られる解析値
説明
真の飛跡の位置
真の飛跡の方向
真のドリフト距離
5.1.3
真の飛跡の位置ベクトル
真の飛跡の方向ベクトル
真飛跡と最も近いセンスワイヤー間の距離
トラッキングアルゴリズム V1
プレーンとヒットの利用方法
あるプレーンで飛跡再構成を行なうとき、必ずそのプレーンにヒットがあり、一つの
ヒットが飛跡再構成に使われなければいけない。つまり、あるプレーンに適切なヒット
がない場合は飛跡再構成できない。飛跡再構成に使われたヒット数 (以下、nh ) は、使わ
れたプレーン数と常に同じである。
変数の定義
変数は、図 (5.1) と 表 (5.4) で定義した通りである。飛跡再構成とは、ヒットの情報 (nh ,
· · · ) から、定義された (x0 & x1 ) を決めることである。ただし、実際に測定から分かる
ヒット情報は xhi ではなく rhi であるので、飛跡再構成時には近似を用いている。
xhi ,
x0
x1
xt (z) = x0 + x1 z
nh
zh i
xh i
表 5.4: 変数の定義
z = 0 でのトラックの x 位置
トラックの x 方向の傾き (∆x/∆z)
とある位置 z でのトラックの x 位置
トラック再構成に使われるヒットの数
ヒット i の z 位置 (= そのヒットのプレーンの z 位置)
ヒット i のドリフト時間から予測されるヒットの x 位置
変数 xh i は
• xw i ... ヒット i が有ったワイヤーの x 位置
• xd i ... ヒット i のドリフト距離
を用いれば
xh i = xw i ± xd i
(5.1)
と表すことが出来る。ここで、符号 ± はドリフト方向 (+x or −x) に応じて選ぶ。これ
は、ドリフト方向は 1 つのプレーンのみでは決められないからである。ドリフトチェン
バーの製作の際、本研究のようにたとえば 3 層読み出しをするならば、2 層目のプレーン
45
図 5.1: 変数の定義。ある二つのプレーンがあったとして、そこを通る飛跡の再構成を行
なうときの図。
46
を半セル分ずらし、幾何学的に飛跡が左右どちらを通ったかを決められる構造をとらな
ければならない。上下のシンチレータにより、天頂角 21◦ より大きい天頂角を持つ宇宙
線ミューオンは検出できないようになっているため、この条件を用いて候補となる飛跡
を選ぶ。
実際には、図 (5.2)、図 (5.3) のような例が考えられる。先ほどは 1 つのプレーンのみ
ではドリフト方向は決められないと書いたが、例えば各プレーンで同じ Wire ID のヒッ
トがあったときでも、図 (5.2) のようにドリフト方向を決められないような構造もある。
よって、図 (5.3) のような、2 層目 (偶数番目、または奇数番目) のプレーンをずらす必要
がある。
図 5.2: 奇数番目、偶数番目のどちらかの層をずらしていないドリフトチェンバーの飛跡
再構成。a、b、c は Wire ID とする。各プレーンで同じ Wire ID にヒットがあっても、図
のように左右を決めることが出来ない。
本研究で扱うドリフトチェンバーは、2 層目をずらしてないので 3 層読み出しでもドリ
フト方向を決められない構造をとっている。最終目的であるドリフトチェンバーの性能
評価に必要な情報は、ドリフト方向ではなくドリフト時間であるため、今回はこの構造
で良いと判断している。
最小自乗法
飛跡再構成をするために、最小自乗法を用いる。先も記述した通り、ドリフト時間か
ら算出できるのは rhi である。再構成した飛跡とワイヤーの最近接距離を rti とすると、以
下のように χ2 を定義できる。
)
np ( i
∑
rt − rhi
2
(5.2)
χ ≡
i
σ
i=1
47
図 5.3: 奇数番目、偶数番目のどちらかの層をずらしているドリフトチェンバーの飛跡再
構成。a、b、c、d は Wire ID とする。各プレーンで同じ Wire ID にヒットがあれば、図
のように飛跡が一通りで描ける。
σi は、各プレーンごとの分解能である。ここで、rhi を (x0 & x1 ) で表せば、
rti = √
x0 + x1 zih
= √
x12 + 1
x12 + 1
xti
となり、これを式 式 (5.2) に代入すれば
χ2 =
 x0 +x1 zi

√ 2 h − rhi 
 x1 +1





σi

np 
∑
i=1
(5.3)
(5.4)
と書ける。ドリフト方向については、+x を暫定的に選んでいる。また、このままだと χ2
を解析的に解くことは難しいので、以下のような近似を使う。
x1 << 1 ⇒ rti ≃ zih , xti ≃ rti
(5.5)
これを用いて χ2 を書き換える。各プレーンの分解能を一定 (σi = σ) とすると、
)
1 ∑(
x0 + x1 zih − xhi
χ =
σ i=1
np
2
(5.6)
と書ける。
式 (5.6) が最小となるための (x0 & x1 ) を
∂χ2
∂χ2
= 0, =0
∂x0
∂x1
の条件で求める。最終的に、いくつかある飛跡の候補から χ2 の最小値が最小の飛跡を選
び、それを再構成した飛跡としている。
48
5.1.4
トラッキングアルゴリズム V2
トラッキングアルゴリズム V1 は、幾何学的な飛跡を決めた後、その幾何学的な飛跡に
最小自乗法を使い、最終的に再構成した飛跡を描くものである。トラッキングアルゴリズ
ム V2 では、トラッキングアルゴリズム V1 で行なった手順を全て行なった上で、フィッ
ティングの際に Minuit というものが使われている。ROOT では TMinuit クラスとして使
用することができる。
Minuit
Minuit では乱数を用いて関数の最小値を決める。具体的には、最小自乗法により決め
られた χ2 の値についてよりよい精度で求め、より真の飛跡にちかい飛跡を再構成するこ
とができる。
トラッキングアルゴリズム V1 でも説明したように、χ2 の計算には近似を用いるため、
実際の値から少し遠ざかってしまう。そこで、トラッキングアルゴリズム V1 で近似で出
した (x0 & x1 ) について、乱数を少しずつ足したり引いたりして、更に小さい値の χ2 を
導出する。この手順で導出された χ2 で再構成された飛跡は、近似で導出された χ2 より、
近似を用いず解析的に χ2 を解いたときの飛跡に近いものとなる。
49
5.2 シミュレーションデータ
飛跡再構成するために、まずシミュレーションデータを生成する。この節では生成し
たシミュレーションデータについて説明する。
5.2.1
シミュレーションデータの作成
今回は宇宙線ミューオンの飛跡再構成を目的としているため、シミュレーションデータ
は宇宙線ミューオンにならったデータであるべきである。3 章 3 節で示したとおり、宇宙
線ミューオンがシンチレータを通過して検出されるためには、ある一定の天頂角以内の
値でないといけない。その値は θ = 21 ◦ (0.4 rad) であり、それに基づいてシミュレーショ
ンデータを生成している。また、ドリフトチェンバーには均一に宇宙線ミューオンが通
過する、すなわちセル内での検出数は距離に依存せずある程度一定である。また、ドリ
フト距離は、ドリフト時間を Garfield Simulation で得られた X-T curve から変換して導出
している。
図 (5.5) は、各プレーンが 1 イベントで何回ヒットを検出したかを表す図である。図
(5.6) は、どの Wire ID にどれだけイベントがあったかを示すググラフである。図 (5.7) は
各 Plane における各ワイヤーごとのドリフト時間分布、図 (5.8) は、分解能を含めていな
いシミュレーションデータについての、各 Plane における各ワイヤーごとのドリフト距離
分布。図 (5.9) は、分解能を含めたシミュレーションデータについての、各 Plane におけ
る各ワイヤーごとのドリフト距離分布。図 (5.10)、図 (5.11)、図 (5.12) は、順に上部のシ
ンチレータ、最下層のドリフトチェンバープレーン (z=0)、下部のシンチレータでの宇宙
線ミューオンが通った場所の分布。図 (5.13) はどの方位角、または天頂角で宇宙線ミュー
オンが飛来したかを示す分布。図 (5.14) は天頂各分布。図 (5.15) はワイヤーからどれだ
け離れたところでヒットがあったかを示す分布。図 (5.16) は X-T curve。図 (5.17) は X-T
curve の軸を反転させたものである。
50
図 5.4: 飛跡の各パラメータ。座標 (x, y, z) = (0, 0, 0) はドリフトチェンバー Plane 0 の中
心。青い線が飛跡を表している。
51
図 5.5: 各プレーンが 1 イベントで何回のヒットを検出したか。シミュレーションデータ
から、1 プレーンごとにほぼ 1 ヒットのみであることが分かる。
図 5.6: どの Wire ID にどれだけイベントがあったかを示すグラフ。プラスチックシンチ
レータの検出可能範囲 (x 方向) が 6 cm なので Wire ID 5 から 10 までのワイヤーしか反
応していない。
52
(a) Plane 0
(b) Plane 1
(c) Plane 2
図 5.7: Plane 0 、1 、2 でのワイヤーごとのドリフト時間分布。
53
(a) Plane 0
(b) Plane 1
(c) Plane 2
図 5.8: Plane 0 、1 、2 でのワイヤーごとのドリフト距離分布。分解能を含めていないシ
ミュレーションの場合
54
(a) Plane 0
(b) Plane 1
(c) Plane 2
図 5.9: Plane 0 、1 、2 でのワイヤーごとのドリフト距離分布。分解能を含めたシミュレー
ションの場合。
55
図 5.10: シミュレーションデータにおいて、上側シンチレータ (z = 130 mm) での、宇宙
線ミューオンが通った場所の分布。
56
図 5.11: シミュレーションデータにおいて、最下層のプレーン (z = 0 mm) での、宇宙線
ミューオンが通った場所の分布。
図 5.12: シミュレーションデータにおいて、下側シンチレータ (z = -30 mm) での、宇宙
線ミューオンが通った場所の分布。
57
図 5.13: 横軸を ϕ 、縦軸を θ としたときの 2 次元分布。ϕ は方位角、θ は天頂角である。
図 5.14: 宇宙線ミューオンの天頂角分布。すなわち、x0 の値。0.4 rad を越えない値となっ
ている。
58
図 5.15: 各プレーンでの、ワイヤーからどれだけ離れたところでヒットがあったかを示す
分布。
59
図 5.16: シミュレーションで作った、X-T curve 。この X-T curve に基づいドリフト時間
をドリフト距離に変換し、飛跡再構成を行なう。下部のグラフはドリフトチェンバーの
位置分解能を表している。
60
図 5.17: Garfield シミュレーションで作った、T-X curve 。 X-T curve の軸を逆にしたもの
である。
61
5.2.2
トラック距離とドリフト距離の差
図 (5.8)、図 (5.9) の、分解能を含めていない場合と含めた場合のシミュレーションのド
リフト距離の結果を用いて、トラック距離とドリフト距離の差を出す。その結果は、図
(5.18) のようになった。トラック距離とは再構成した飛跡と最も近いセンスワイヤーの距
離であり、ドリフト距離はヒットがあった場所から一番近いワイヤーまでの距離である。
(a) トラック距離 - ドリフト距離 を横軸としたときの
1 次元ヒストグラム。ただし、分解能は与えていない。
(b) トラック距離 - ドリフト距離 を横軸としたときの
1 次元ヒストグラム。ただし、分解能を与えている。
図 5.18: トラック距離 - ドリフト距離 を横軸としたときの 1 次元ヒストグラム。上が分
解能を含めていないシミュレーションの場合、下が分解能を含めたシミュレーションの
場合。
トラック距離とドリフト距離の差から導出したヒストグラムを正規分布であるとして、
標準偏差 σ を求める。この σ は、直接ドリフトチェンバーの分解能と一致している。な
62
ぜなら分解能とは、トラック距離をどれだけ正確なドリフト距離の値に近づけるかで決
まるからである。
ピークの値から半値でのヒストグラムの幅を FWHM (半値全幅) といい、σ とは以下の
ような関係がある。
√
FWHM = 2 2 ln 2σ
(5.7)
図 (5.18) より、(a) では FWHM = 0 であるので、分解能は 0 である。(b) において、
FWHM は、目測で FWHM = 0.4 mm であるので、標準偏差は σ = 0.17 mm となる。図
(5.17) の下部のグラフは位置分解能を示しているが、このグラフの平均値をとればおお
よそ 0.17 mm でよい一致を示している。
63
第 6 章 飛跡再構成解析
6.1 シミュレーションデータの飛跡再構成
トラッキングアルゴリズム V1 、トラッキングアルゴリズム V2 を用いて、シミュレー
ションデータで飛跡再構成を行なった。図 (6.1) から 図 (6.13) がその結果である。
図 (6.1) は x0 分布。図 (6.2) は x1 分布。図 (6.3)、図 (6.4)、図 (6.5) は、分解能を含んで
いないシミュレーションデータについて、トラッキングアルゴリズム V1 、V2 における
各プレーンのドリフト距離とトラック距離の相関図。図 (??)、図 (6.7)、図 (6.8) は、分解
能を含んでいないシミュレーションデータについて、トラッキングアルゴリズム V1 、V2
における各プレーンのドリフト距離とトラック距離の相関図。図 (6.9) は、トラッキング
アルゴリズム V1 、V2 における真の x0 と、再構成した飛跡の x0 の相関図。図 (6.10) は、
トラッキングアルゴリズム V1 、V2 における真の x1 と、再構成した飛跡の x1 の相関図。
図 (6.11) は、トラッキングアルゴリズム V1 、V2 における、横軸を真の x0 と再構成した
飛跡の x0 の差、縦軸を真の x0 とした分布。図 (6.12) は、トラッキングアルゴリズム V1
、V2 における、横軸を真の x0 と再構成した飛跡の x0 の差、縦軸を真の x0 とした分布。
図 (6.13) は、トラッキングアルゴリズム V1 、V2 における、横軸を真の x0 と再構成した
飛跡の x0 の差、縦軸を真の x1 と再構成した飛跡の x1 の差 とした分布。
64
(a) トラッキングアルゴリズム V1
(b) トラッキングアルゴリズム V2
図 6.1: トラッキングアルゴリズム V1 、V2 における x0 の分布。
65
(a) トラッキングアルゴリズム V1
(b) トラッキングアルゴリズム V2
図 6.2: トラッキングアルゴリズム V1 、V2 における x1 の分布。
66
(a) トラッキングアルゴリズム V1, Plane 0
(b) トラッキングアルゴリズム V2, Plane 0
図 6.3: トラッキングアルゴリズム V1 、V2 における、ドリフトチェンバー Plane 0 での
トラック距離とドリフト距離の相関図。分解能を含んでいないシミュレーションデータ
について。
67
(a) トラッキングアルゴリズム V1, Plane 1
(b) トラッキングアルゴリズム V2, Plane 1
図 6.4: トラッキングアルゴリズム V1 、V2 における、ドリフトチェンバー Plane 1 での
トラック距離とドリフト距離の相関図。分解能を含んでいないシミュレーションデータ
について。
68
(a) トラッキングアルゴリズム V1, Plane 2
(b) トラッキングアルゴリズム V2, Plane 2
図 6.5: トラッキングアルゴリズム V1 、V2 における、ドリフトチェンバー Plane 2 での
トラック距離とドリフト距離の相関図。分解能を含んでいないシミュレーションデータ
について。
69
(a) トラッキングアルゴリズム V1, Plane 0
(b) トラッキングアルゴリズム V2, Plane 0
図 6.6: トラッキングアルゴリズム V1 、V2 における、ドリフトチェンバー Plane 0 でのト
ラック距離とドリフト距離の相関図。分解能を含めたシミュレーションデータについて。
70
(a) トラッキングアルゴリズム V1, Plane 1
(b) トラッキングアルゴリズム V2, Plane 1
図 6.7: トラッキングアルゴリズム V1 、V2 における、ドリフトチェンバー Plane 1 でのト
ラック距離とドリフト距離の相関図。分解能を含めたシミュレーションデータについて。
71
(a) トラッキングアルゴリズム V1, Plane 2
(b) トラッキングアルゴリズム V2, Plane 2
図 6.8: トラッキングアルゴリズム V1 、V2 における、ドリフトチェンバー Plane 2 でのト
ラック距離とドリフト距離の相関図。分解能を含めたシミュレーションデータについて。
72
(a) トラッキングアルゴリズム V1
(b) トラッキングアルゴリズム V2
図 6.9: トラッキングアルゴリズム V1 、V2 における、全てのヒットでの、x0 (true) と x0
(reconstructed) の相関図。
73
(a) トラッキングアルゴリズム V1
(b) トラッキングアルゴリズム V2
図 6.10: トラッキング V1 、V2 における、全てのヒットでの、x1 (true) と x1 (reconstructed)
の相関図。
74
(a) トラッキングアルゴリズム V1 における、全てのヒットでの、x0
(true) − x0 (reconstructed) と x0 (true) の相関図。
(b) トラッキングアルゴリズム V2 における、全てのヒットでの、x0
(true) − x0 (reconstructed) と x0 (true) の相関図。
図 6.11: トラッキングアルゴリズム V1 、V2 における、全てのヒットでの、x0 (true) − x0
(reconstructed) と x0 (true) の相関図。
75
(a) トラッキングアルゴリズム V1
(b) トラッキングアルゴリズム V2
図 6.12: トラッキングアルゴリズム V1 、V2 における、全てのヒットでの、x1 (true) − x1
(reconstructed) と x1 (true) の相関図。
76
(a) トラッキングアルゴリズム V1
(b) トラッキングアルゴリズム V2
図 6.13: トラッキングアルゴリズム V1 、V2 における、全てのヒットでの、x0 (true) − x0
(reconstructed) と x1 (true) − x0 (reconstructed) の相関図。
77
6.2 シミュレーショントラックを用いた飛跡再構成アルゴリ
ズムおよびドリフトチェンバーの性能評価
本研究の目的はドリフトチェンバーの性能を評価することである。具体的には、以下
の 3 つのことを評価する。
• 検出効率 (efficiency)
• X-T curve (位置 - ドリフト時間の相関カーブ)
• 位置分解能
ドリフトチェンバーの性能評価を行なうためにも、飛跡再構成アルゴリズムの性能評価
は必須である。この節では、まず飛跡再構成アルゴリズムの性能評価について説明し、ド
リフトチェンバーの性能評価について説明する。
6.2.1
飛跡再構成アルゴリズムの性能評価
トラック距離
トラック距離について、ドリフト距離 − トラック距離 を横軸とした 1 次元ヒストグラ
ムを作成する。ここでドリフト距離とはヒットから一番近いワイヤーまでの距離 (シミュ
レーションデータでは、図 (5.8) に示したもの) であり、トラック距離とは再構成した飛跡
と最も近いセンスワイヤーの距離である。ヒストグラムを、図 (6.2.1)、図 (6.2.1) に示す。
各ヒストグラムの RMS を求める。平均値が 0 の正規分布では、RMS と標準偏差 σ が
同値であるため、このヒストグラムの -3 σ から 3 σ までの範囲にあるイベントを成功し
たイベントとすると、表 (6.1)、表 (6.2) となる。
表 6.1: トラッキングアルゴリズム V1 で再構成した飛跡の、ドリフト距離 − トラック距
離 の 1 次元ヒストグラムでの 3σ 以内のイベント数。分解能を含んでいないシミュレー
ションデータの場合。
プレーン番号
RMS
全イベント
成功
Event rate
Plane 0
Plane 1
Plane 2
0.020
0.037
0.020
1000000
1000000
1000000
983379
965910
983379
98.338 %
96.591 %
98.338 %
トラッキングアルゴリズム V1 、V2 のどちらを選ぶか、または何番目のプレーン番号
を選ぶかに関わらず、成功率は 96 - 98 % を実現できている。この結果から、トラック距
離はドリフト距離とよい一致を示していると考えられる。よってトラッキングアルゴリ
ズム V1 および V2 で再構成した飛跡のトラック距離は十分信用できるものである。
78
(a) Plane 0
(b) Plane 1
(c) Plane 2
図 6.14: トラッキングアルゴリズム V1 で再構成した飛跡の、各プレーンでのドリフト距
離 − トラック距離を横軸とした 1 次元ヒストグラム。分解能を含めていないシミュレー
ションの場合。
79
(a) Plane 0
(b) Plane 1
(c) Plane 2
図 6.15: トラッキングアルゴリズム V2 で再構成した飛跡の、各プレーンでのドリフト距
離 − トラック距離を横軸とした 1 次元ヒストグラム。分解能を含めていないシミュレー
ションの場合。
80
表 6.2: トラッキングアルゴリズム V2 で再構成した飛跡の、ドリフト距離 − トラック距
離 の 1 次元ヒストグラムでの 3σ 以内のイベント数。分解能を含んでいないシミュレー
ションデータの場合。
プレーン番号
RMS
全イベント
成功
Event rate
Plane 0
Plane 1
Plane 2
0.022
0.039
0.022
1000000
1000000
1000000
974929
960795
974973
97.493 %
96.079 %
97.497 %
81
トラック方向
トラック方向について、第 5 章の、図 (6.9) の 2 次元分布に付いて着目した。
図 6.16: トラッキングアルゴリズム V1 における、全てのヒットでの、 x0 (true) と x0
(reconstructed) の相関図。
図 (6.2.1) は、トラッキングアルゴリズム V1 における、全てのヒットでの、x0 (true) と
x0 (reconstructed) の相関図である。 x0 は z = 0 での x 座標の値であるため、 x0 の正負で
トラック方向が x 軸正の向きなのか負の向きなのかを判断することが出来る。
ここで、座標 (-25, -25) 、(-15, -15) 、(-5, -5) 、(5, 5) 、(15, 15) 、(25, 25) 、すなわち
センスワイヤーの座標について着目すると、正の比例の一次関数に垂直な負の比例の一
次関数が、縦軸、横軸共に -5 から +5 にわたって伸びている。これを足と呼ぶことにす
る。ワイヤーの座標から伸びていること、そして正の一次関数と垂直に負の一次関数で
あることを考慮すると、これは左右逆で飛跡再構成をしてしまったものであると考えら
れる。シミュレーションでは真の飛跡のドリフト方向が分かっているため、飛跡を左右
逆で再構成した場合、真の飛跡のドリフト距離と再構成した飛跡のトラック距離に大き
な差ができてしまう。例えば、セルの端から電子がドリフトしたとする。そのドリフト
距離は 5 mm とする。飛跡を左右逆で再構成してしまった場合、仮にトラック距離の絶
対値である 5 mm が正確に分かったとしても、左右逆であれば、真の飛跡のドリフト距
離と再構成した飛跡のトラック距離の差は 10 mm となってしまう。
ドリフトチェンバーの位置分解能を評価するとき、正しい飛跡のみで評価するべきであ
る。よってこの足を取り除く。そこで、足が存在しない範囲について着目する。図 (6.17)
82
は、図 (6.2.1) を縦軸、横軸共に -3 mm から 3 mm までの範囲で切り取ったものである。
図 6.17: 図 (6.2.1) を、縦軸、横軸共に -0.3 から 0.3 の範囲で切り取ったもの。
図 (6.2.1) 、図 (6.17) の 2 次元ヒストグラムから、 x0 (true) − x0 (reconstructed) を横軸
とした、1 次元ヒストグラムを作る。Narroe Range を (x, y) が (-3, -3) から (3, 3) の範囲、
All Range を全ての範囲だとすると、図 (6.2.1)、図 (6.2.1) のようになる。
トラッキングアルゴリズム V1 で、Narrow Range の 1 次元ヒストグラムから、RMS を
求める。第 5 章の方法とは別に、今回は ROOT の GetRMS というメンバ関数を用いる。
解析の結果、Narrow Range のヒストグラムの RMS は、RMS = 0.030 となった。3 σ =
0.090 の範囲までのイベント数を、Narrow Range および All Range で数える。トラッキン
グアルゴリズム V2 では RMS = 0.000 となり、結果は、表 (6.3)、表 (6.4) のようになった。
表 6.3: トラッキンアルゴリズム V1 における、3 σ 以内のイベント数の表。3 σ 以内のイ
ベントを成功したイベントとしている。
Narrow Range
All Range
全てのイベント数
成功
Event rate
105616
800169
103577
684500
98.069 %
68.450 %
このことから、仮に 3 σ 以内のイベントに、左右逆で飛跡再構成を行なったイベント
が無いとするならば、約 70 % のイベントは成功、30 % のイベントは左右逆で飛跡を再
83
(a) トラッキングアルゴリズム V1, Narrow Range
(b) トラッキングアルゴリズム V1, All Range
図 6.18: トラッキングアルゴリズム V1 で再構成した飛跡の、Narrow Range および All
Range での x0 (true) − x0 (reconstructed)
表 6.4: トラッキンアルゴリズム V2 における、3 σ 以内のイベント数の表。3 σ 以内のイ
ベントを成功したイベントとしている。
全てのイベント数
Narrow Range
All Range
成功
Event rate
94082 94082 100.000 %
810573 756323
75.632 %
84
(a) トラッキングアルゴリズム V2, Narrow Range
(b) トラッキングアルゴリズム V2, All Range
図 6.19: トラッキングアルゴリズム V2 で再構成した飛跡の、Narrow Range および All
Range での x0 (true) − x0 (reconstructed)
85
構成していることになっている。しかし、この約 70 % にも、限りなくワイヤーに近いと
ころでのヒットで、左右逆の飛跡を描いてしまったが、 true と reconstructed の差が 3 σ
以内になっているイベントも含まれている。
86
6.2.2
ドリフトチェンバーの性能評価
ドリフトチェンバーの性能評価の項目とは順序が異なるが、位置分解能、X-T curve 、
検出効率の順に説明する。
位置分解能
先の「飛跡再構成アルゴリズムの性能評価」で議論した、ドリフト距離 − トラック距
離の 2 次元ヒストグラム より、トラッキングアルゴリズム V1 、V2 共に再構成した飛跡
のトラック距離は正しいものとして扱うことができる。第 5 章で示した通り位置分解能は
ドリフト距離とトラック距離の差の分布から導出できるため、この飛跡再構成アルゴリ
ズムでドリフトチェンバーの位置分解能を決定することができる。分解能を含めたシミュ
レーションデータのドリフト距離は 図 (5.9) で示してあり、先の手順でドリフト距離 − ト
ラック距離の 2 次元ヒストグラムを作成すると、図 (6.2.2)、図 (6.2.2) のようになった。
図 (6.2.2)、図 (6.2.2) の各ヒストグラムの RMS を求める。先の手順と同様このヒストグ
ラムの -3 σ から 3 σ までの範囲にあるイベントを成功したイベントとすると、表 (6.5)、
表 (6.6) となる。
表 6.5: トラッキングアルゴリズム V1 で再構成した飛跡の、ドリフト距離 − トラック距
離 の 1 次元ヒストグラムでの 3σ 以内のイベント数。分解能を含めたシミュレーション
データの場合。
プレーン番号
RMS
全イベント
成功
Event rate
Plane 0
Plane 1
Plane 2
0.072
0.143
0.072
1000000
1000000
1000000
990549
990549
990549
99.055 %
99.055 %
99.055 %
表 6.6: トラッキングアルゴリズム V2 で再構成した飛跡の、ドリフト距離 − トラック距
離 の 1 次元ヒストグラムでの 3σ 以内のイベント数。分解能を含めたシミュレーション
データの場合。
プレーン番号
RMS
全イベント
成功
Event rate
Plane 0
Plane 1
Plane 2
0.073
0.145
0.074
1000000
1000000
1000000
991653
990831
991653
99.165 %
99.083 %
90.165 %
全ての成功率がほぼ 99 % であることから、ドリフト距離 − トラック距離の 1 次元ヒ
ストグラムは信用できるものだと分かる。ドリフト距離 − トラック距離 1 次元ヒストグ
ラムの RMS (および標準偏差 σ) はドリフトチェンバーの分解能なので、ドリフトチェン
バーの位置分解能を決定できることが確認された。
87
(a) Plane 0
(b) Plane 1
(c) Plane 2
図 6.20: トラッキングアルゴリズム V1 で再構成した飛跡の、各プレーンでのドリフト距
離 − トラック距離を横軸とした 1 次元ヒストグラム。分解能を含めたシミュレーション
の場合。
88
(a) Plane 0
(b) Plane 1
(c) Plane 2
図 6.21: トラッキングアルゴリズム V2 で再構成した飛跡の、各プレーンでのドリフト距
離 − トラック距離を横軸とした 1 次元ヒストグラム。分解能を含めたシミュレーション
の場合。
89
X-T curve
この結果から X-T curve を求める。横軸にドリフト時間、縦軸にトラック距離として 2
次元ヒストグラムを作成すると、図 (6.22)、図 (6.23) となった。
トラッキングアルゴリズム V1 および V2 で再構成した飛跡から作った X-T curve は、
シミュレーションデータで示した X-T curve (図 (5.17)) と一致している。このことから、
宇宙線ミューオンの実測データを用いた場合でも、本研究で扱う飛跡再構成アルゴリズ
ムで正しく X-T curve を描くことができるということが確認された。
90
(a) Plane 0
(b) Plane 1
(c) Plane 2
図 6.22: トラッキング V1 で再構成した飛跡の、各プレーンの X-T curve。分解能を含め
たシミュレーションデータの場合。
91
(a) Plane 0
(b) Plane 1
(c) Plane 2
図 6.23: トラッキング V1 で再構成した飛跡の、各プレーンの X-T curve。分解能を含め
たシミュレーションデータの場合。
92
検出効率
検出効率とは、ドリフトチェンバーのあるプレーンで、全体のイベントに対してどれだ
け宇宙線ミューオンを検出できるかというものである。この評価については宇宙線ミュー
オンの実測テータを使う。現在検証中ではあり初期の結果は出ているが、本論文では記
述しない。
93
第 7 章 まとめ
ドリフトチェンバーは、荷電粒子を検出する荷電粒子検出器の一つである。
本研究の目的は、地表に到達する宇宙線ミューオンを検出し、その飛跡を再構成する
ことにより、ドリフトチェンバーの性能を評価することである。地球には宇宙から宇宙
線と呼ばれる放射線が降り注いでおり、地表では宇宙線の中でもミューオンと呼ばれる
素粒子が検出できる。この研究のために、まずドリフトチェンバーとプラスチックシン
チレータの荷電粒子検出原理、および宇宙線ミューオンの飛跡再構成の原理を理解した。
ドリフトチェンバーおよびプラスチックシンチレータで実際に荷電粒子 (宇宙線ミューオ
ン) を検出し、動作確認を行なった。また Discriminator のスレッショルドレベルを決定
するためのテストを行い、ドリフトチェンバー 3 層、プラスチックシンチレータ 4 つを
用いた飛跡再構成のためのセットアップを製作した。データ収集のための回路、データ
収集系プログラムを製作し、実験から得られる情報を PC で解析できるようなデータに
変換した。
ドリフトチェンバーから得られる宇宙線ミューオンの実験情報から飛跡を再構成する
ために、飛跡再構成アルゴリズムを開発した。飛跡再構成アルゴリズムの動作確認をす
るために、まずドリフトチェンバーから得られる実験情報に対するシミュレーションデー
タを生成した。シミュレーションデータの解析結果から、飛跡再構成アルゴリズムが飛
跡を正しく再構成できでいることを確認した。シミュレーションデータ解析で飛跡再構
成されたシミュレーショントラックから、位置分解能の決定、および X-T curve (位置 ドリフト距離相関カーブ) を再現できることを確認した。
今後の予定としては、実測した宇宙線ミューオンのデータを用いてドリフトチェンバー
の性能を評価する。具体的には、第 6 章でシミュレーションデータで行なった解析を、実
測データで解析する。その解析結果をもとに、ドリフトチェンバーの検出効率、X-T curve
の決定および位置分解能の決定を行なう。
94
謝辞
本研究を進めるにあたり、多くの方々のご指導とご協力を頂きました。
指導教員の柴田利明教授には、基本的な物理学から本研究の遂行まで終始ご指導を頂
きました。ドリフトチェンバーキットの発注や製作、プラスチックシンチレータの使用
について助言をして頂きました。深く感謝致します。
柴田研究室の中野健一助教には、研究に対する心構えから具体的な実験方法、および
解析手法に至まで多くのことについてご指導頂きました。実験および解析で、その時々
に出てくる疑問の解明についても協力して頂きました。感謝致します。
宮坂翔氏には、物理解析や研究手法の助言を頂いたり、相談に乗って頂きました。
永井慧氏には、ドリフトチェンバーキットの製作、および解析についての議論をして
頂きました。
宮崎拓人氏には、実験や解析で相談に乗って頂いたり、議論したり、実験を進める上
で様々な手助けをして頂きました。
国定恭史氏には、同期ということもあり、身近に議論して頂きました。
眞田塁氏、齋藤航氏、玉虫傑氏には、研究に関する議論、および生活面でお世話にな
りました。
最後に、様々な面で支援して下さった家族、友人、その他ご協力頂いた方々に厚く御
礼申し上げます。
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参考文献
[1] B. ポッフ他著、柴田利明訳「素粒子・原子核物理入門」、2012、丸善出版
[2] F.Sauli、
「Principle of Oparation of Multiwire Proportional and Drift Chambers.」、1977、
CERN77-09
[3] 加藤貞幸著、「放射線計測」、1994、培風館
[4] 東京工業大学理学部物理学科「物理学実験第一テキスト」
[5] 東京工業大学理学部物理学科「物理学実験第二テキスト」
[6] 東京工業大学 大学院理工学研究科 基礎物理学専攻 「大学院物理基本実験 ミューオ
ンの寿命測定 ver. 3.0」
[7] 「 中 学 校 教 師 用 解 説 書 : 文 部 科 学 省 、参 考 宇 宙 線 の 成 り 立 ち 」URL :
http://www.mext.go.jp/b menu/shuppan/sonota/attach/1314222.html
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