吾妻連峰・自然環境現況調査報告

吾妻連峰・自然環境現況調査報告
1.調査趣旨
総合学術調査など過去の記録を基に、池塘の水質、動物相と植物相の現況について調
査する。吾妻山系の代表的な自然環境である湿地・池塘の指標動植物等の生息・生育状
況を把握する。また、2005 年から継続している昆虫類(カオジロトンボ、ヒメクロオサ
ムシ、チビゴミムシ種群、バンダイヒメギス、アシボソネクイハムシ、ミヤマミズスマ
シ)の生息状況を調査し、今後の保全対策の基礎資料とする。
2.調査日時、天候及び調査範囲(いずれも山形県米沢市、図-1参照)
(1)2007 年 7 月 9-10 日(薄曇→曇)天元台~人形石~藤十郎~弥兵衛平湿原
(2)2007 年 8 月 6-7 日(晴→曇→晴)天元台~人形石~大凹~西吾妻山~西大巓~
馬場谷地~白布峠
(3)2007 年 9 月 8 日(晴)姥湯~兵子~烏帽子山~鏡沼
3.調査者
(1)沢和浩(山形県植物調査研究会)
、武浪秀子(大井沢自然博物館)
、渡邊潔(県環
境科学研究センター)高橋啓二・笠井俊哉(県みどり自然課)
(2)杉浦信雄(米沢昆虫館)
、渡邊潔・伊藤聡(県環境科学研究センター)
(3)渡邊潔
4.調査方法
図1水質は
概略 BCG 比色によった。昆虫及び植物は
調査位置図
目視による確認及び捕虫網による捕獲。地表性
昆虫はピットフォールトラップによる採集を行
なった。なお、調査は関係機関の協力の下に、
必要な許可を得て行った。
写真1弥兵衛平湿原・池塘の状況
図-1 調査ルート
概念図
5.調査結果
5-1水質等
総合学術調査に調査記録のある池塘及び鏡沼を対象として水温、pH について調査した。
位置を(図-2)に、結果を(表-1)に示す。pH は全ての地点において当時よりも酸
性化している傾向が認められた。また、規模の広い森林に囲まれている鏡沼では 5.4 を示
し、他地点より中性に近く、森林機能の一端を示すものと考えられる。
図-2 水質調査位置
大幅にに森林の
表-1 吾妻連峰山上池塘
NO
調査地点
1
水質調査結果一覧
調査日
気温
水温
人形石東部池塘
2007.7.9
26.0
22.0
藤十郎東部
不明
池塘
2007.7.9
弥兵衛平湿地
1965.8.17
名月湖
2007.7.9
弥兵衛平湿地
1965.8.18
三日月湖
2007.7.9
弥兵衛平湿地
1965.8.18
5
明星湖
2007.7.9
6
大凹湿原池塘
2007.8.6
天狗岩東部
1964.7.28
池塘
2007.8.6
西吾妻小屋脇
1964.7.28
池塘
2007.8.6
馬場谷地湿原
1964.7.28
9
池塘
2007.8.7
10
鏡沼
2007.9.8
2
3
4
7
8
pH
標高
摘要(調査日時、天候等)
4.2
1,920m
12:15、晴れ
4.8-5.0
1,800~
1964 か 1965 年の夏
20.0
4.4
1,820m
13:55、晴れ
20.4
5.1
19.0
4.4
21.7
4.6
19.0
4.4
1,830m
15:45、薄曇り
18.5
4.3
1,810~
10:10、雲り
17.0
21.0
4.3
1,820m
15:45、薄曇り
26.0
25.0
4.3
1,890m
14:35、晴れ
27.3
4.3
1,950~
15:10、晴れ
25.0
4.2
2,000m
15:45、薄曇り
29.2
4.3
25.0
4.3
23.9
4.4
27.0
25.0
15.0
10.0
24.0
19.0
19.0
23.5
23.0
16:05、晴れ
1,830m
15:30、薄曇り
13:00、晴れ
13:50、晴れ
1,990m
17:00、曇り
4.0
1,470m
9:50 晴れ
5.4
1,780m
12:00 晴れ、前日大雨
注1)調査はパックテスト、水素イオン濃度(pH)BCG 比色により実施。1960 年代も同じ。
注2)温度は棒形温度計を使用し、水温は水面下約 10 ㎝の位置で測定した。
5-2昆虫類
注目種ごとに調査結果の概要を記す。また、今回の調査で確認された種のリストを末
尾に記す。
(1) カオジロトンボ(トンボ科)Leucorrhinia dubia orientalis (県 NT、国-)
高山帯池塘・湿原の生息環境におけるモニタリング指標になる種である。置賜管内
では、これまでの調査で吾妻山系、朝日山系及び月山山麓地蔵沼において生息の記録
がある。飯豊山系にも生息可能な環境が残っていると考えられるため、吾妻・飯豊両
山において 2005~2007 年にかけて生息範囲に重点を置いて調査を行ったが、飯豊山系
では確認できなかった。以下、吾妻山系の調査結果を記す。
2007 年7月9~10 日に人形石と藤十郎の鞍部の池塘周辺(A 地点)
、藤十郎付近の
池塘周辺(B 地点)
、藤十郎と弥兵衛平の鞍部の池塘周辺(C 地点)
、弥兵衛平の池塘周
辺(D 地点)
、弥兵衛平湿原三日月湖(E 地点)
、同明星湖(G 地点)及びその間の池
塘群周辺(F 地点)の合計7箇所の分布域を確認した(図-3)
。個体数が最も多かっ
たのは弥兵衛平湿原・三日月湖から明星湖の間の池塘群周辺(F 地点)であり13頭を
確認した。次に多かったのが人形石と藤十郎の鞍部の池塘周辺(A 地点)で11頭を確
認した。その他の箇所はいずれも5頭以下であった。また 2007 年8月6~7日に人形
石から西吾妻、西大巓、馬場谷地に至る各池塘群を、2007 年9月8日に鏡沼を調査し
たが、いずれの場所でも生息を確認できなかった。2005~2007 年の調査で、生息を確
認した箇所の一覧を(表-2)にまとめた。
図-3 カオジロトンボ確認位置図
表-2 カオジロトンボ生息確認位置
位置
年月日
頭数
A
05.8.18
1
B
07.7.10
♂2
C
05.8.18
D
観察記録等
位置
年月日
頭数
雌雄不明
A
07.7.10
♂7♀4
+
雌雄不明、5頭未満
C
07.7.10
♂3
05.8.18
+
雌雄不明、5頭未満
D
07.7.10
♂4
E
05.8.18
+
雌雄不明、5頭未満
E
06.9.9
1
E
07.7.10
♂5
F
05.8.18
++
雌雄不明、5~10 頭
F
07.7.10
♂10♀3
G
05.8.18
+
雌雄不明、5頭未満
G
07.7.10
♂2
観察記録等
森林内確認 2 頭含む
雌雄不明
羽化直後未熟個体
①カオジロトンボの分布:生息を確認したのは人形石~弥兵衛平湿原に至る稜線部
の池塘周辺だけであった。1960 年代後半の調査で生息が確認されていた人形石~
西吾妻山~馬場谷地に至る稜線部の池塘においては、多産と記されている馬場谷
地をはじめ、いずれの箇所においても確認できず、生息環境の劣化が懸念された。
更に、生息の可能性が考えられた鏡沼においても確認できなかった。また、この
度の飯豊連峰の調査においても確認されなかった。
②生息環境に関する考察:確認された個体数と池塘・湿地の規模は比例する傾向が
認められ、池塘の面積と深さの規模、周辺を取り囲む湿地の面積規模が生息を可
能にする決定要因として大きいものと推察された。特に、冬季の凍結深度が幼虫
の生命維持に与える可能性があることと、成虫の活動場所の選択性による影響が
大きいと考えられ、深い池塘周辺において占有活動を行なう雄が多数認められた。
生息する池塘周辺の植生としては、ダケスゲなど丈の低い植物が池塘周辺を占め
る池塘に集中する傾向が認められた。
③成虫の活動時期に関する考察:2007 年7月 10 日に明星湖において羽化直後の未
熟個体を確認した。さらに各生息確認池塘で確認された個体は8割以上が雄であ
り、先に雄が羽化し池塘の占有活動を始めた時期に当り、雌の羽化を待っている
状況と考えられた。また 2006 年9月9日の調査では三日月湖において、生殖活動
を終え羽の痛みの激しい成虫1個体を確認したのみであったことから、成虫の活
動時期は、年による変動はあるとしても、概ね7月上旬から9月上旬までと推察
された。
いずれも限られた時間内での調査であるため、モニタリングを継続し、その生態
及び減少要因についても解明していく必要がある。
(2) ヒメクロオサムシ(オサムシ科)Carabus opaculus shirahatai (県 NT、国-)
吾妻山および飯豊山が日本における生息地の南限であり、孤立した重要な個体群で
あるが、吾妻山では福島県側で少数が確認されているのみで、山形県側における生息
の有無は不明であるため、特に重点的に調査を行った。飯豊山において礫地に生息す
ることを確認したため、2005 年は人形石、西吾妻山、家形山、2006 年は人形石、西大
巓、2007 年は人形石、金名水、西吾妻山の礫地等において重点的に調査を行ったが、
生息を確認することはできなかった。本来、山形県側にはガレ場のある好適な生息環
境も乏しいが、カモシカ展望台付近、烏帽子山付近など生息の可能性が残されている
箇所もあるため、引き続き調査を行なう必要がある。
(3) クロサワナガチビゴミムシ(オサムシ科)Trechiama kurosawai
吾妻山の広い範囲で確認されているが、生息環境に関する情報が乏しかった。吾妻
山の固有種であるため、保全の対象としても重要であり、現況の調査を行った。2005
年は、近隣に生息する近似種の生態から類推して、弥兵衛平において雪渓脇の石下を
重点的に調査したが、発見できなかった。
2006、2007 年は、文献調査により、吾妻山では飯豊山等と比較して積雪量が少なく、
針葉樹林帯の石下で得られたことが分かったため、人形石、西大巓付近の針樹林帯に
おいて石下を中心に調査したが、確認できなかった。今後は既知産地等での追認を継
続して行う必要がある。
(4) バンダイヒメギス(キリギリス科) Eobiana
sp.
分類学的に問題が多く、飯豊山のものはイブキヒメギスと近似種ハラミドリヒメギ
スの中間型とされることもあり、吾妻山のものはバンダイヒメギスと呼ばれる。2005
年8月 18~19 日調査では針葉樹林帯の天元台から弥兵衛平にいたる広い範囲の草原に
おいて、2006 年9月9日調査では弥兵衛平湿原・三日月湖周辺の草原において、2007
年8月6~7日調査では大凹湿地、馬場谷地湿原において生息を確認した。上記分類
学的混乱の解消のために標本の採集に努めた。
今後ともモニタリングを継続し、実態解明に努める必要がある。
(5) ミヤマミズスマシ(ミズスマシ科)Gyrinus reticulatus
吾妻山系の各池塘に生息し、高山帯池塘の生息環境におけるモニタリング指標にな
る種である。2005 年8月 18~19 日調査では、1960 年代に確認されていた三日月湖(C
地点)のほか、過去に生息が確認されていなかった名月湖(B 地点)でも生息を確認し
た。2006 年9月9日調査では、三日月湖(C 地点)
、名月湖(B 地点)
、新たに明星湖
(E 地点)及び三日月湖と明星湖間の池塘(D 地点)においても生息を確認した。
2007 年7月9~10 日調査では、人形石と藤十郎の鞍部の池塘(A 地点)
、弥兵衛平
湿原の各池塘(B~E 地点)において生息を確認した。2007 年8月6~7日調査では
大凹湿地の池塘(F 地点)
、天狗岩東部の池塘(G 地点)において生息を確認した。1960
年代に生息が確認されていた馬場谷地では確認できなかった。池塘水が腐植の堆積に
より褐色化しており、生息できないものと推察された。確認した分布位置を図-4に示
す。今後ともモニタリングを継続し、実態解明に努める必要がある。
図-4 ミヤマミズスマシ分布
(6) アシボソネクイハムシ(ハムシ科)Donacia gracilipes(県 NT、国-)
2005 年8月 18~19 日調査では、食草ホソバタマミクリを藤十郎周辺の池塘、弥兵
衛平湿原のなかの三日月湖およびやや西方のもうひとつの池塘に自生を確認し、アシ
ボソネクイハムシについては、藤十郎周辺の池塘と三日月湖ではホソバタマミクリ群
落に近づけなかったため調査できなかったが、三日月湖と明星湖間の規模の大きな池
塘において生息を確認した。当該種は湿原環境のモニタリング指標種として重要であ
るが、1960 年代当時「多産」と記されていた状況からはほど遠く、3個体の成虫を確
認したのみであった。2006 年9月9日調査では、2005 年に確認した場所を中心に調査
したが、成虫の活動時期が終わったためか、いずれも確認できなかった。
2007 年7月9~10 日調査では 2005 年調査は弥兵衛平湿原の同じ池塘において生息
を確認した。2007 年8月6~7日調査では人形石東斜面の池塘において、ホソバタマ
ミクリとともにスゲハムシを確認した。大凹池塘、天狗岩東部の池塘においてホソバ
タマミクリを確認したが、アシボソネクイハムシは確認できなかった。
写真2(上)
:カオジロトンボ(弥兵衛平湿原)
写真3(上)
:イブキヒメギス(弥兵衛平湿原)
写真4(下)
:ミヤマミズスマシ(弥兵衛平湿原) 写真5(下)
:ホソバタマミクリ(弥兵衛平湿原)
5-3 植物
5-3-1 馬場谷地湿原調査
馬場谷地湿原は、吾妻連峰の大きな悩みである高層湿原における登山者等の踏みつ
けによる植生の衰退に対して、早くから立ち入り規制を実施し、復元を図る試みがなさ
れている場所である。このたび、当該湿原の現状を把握し、今後の保全対策を考える
上で必要な基礎資料を得るため調査を行なった。
(1)調査地の概要
や はず
馬場谷地湿原は、矢筈山(1510m)東斜面と長大な西大巓(1981.8m)西斜面が接
する鞍部に位置し、標高約 1,460~1,470m、南北約 450m、東西は狭い部分で約 20m、
広い部分で約 100mの広がりを持つ面積約4ha の高層湿原である。以前は白布峠から
西大巓に向かう登山道が湿原中央部を東西に貫いていたが、湿原の保全のため 1999 年
には湿原の南端を迂回する形で新道(約 550m)が整備され、旧道は現在進入禁止にな
っている。また、吾妻山周辺の湿原群は生物多様性の保全上重要な国内の湿地として
環境省の「日本の重要湿地 500」に選定されており、馬場谷地湿原もその1つである。
(2)調査方法
今回の調査は、湿原における植物のおおまかな概要を把握し 1966 年の吾妻連峰総合
学術調査報告書(以下「報告書」)と対比するという目的から、相観(植物群落の外形
を全体的、視覚的にとらえたもの)により植物群落を全体的に把握し、湿原全体にお
ける主な植物の分布及び優占度について調査を行った。本来であれば 1966 年の現地調
査箇所を中心に調査を行うべきであるが、報告書からは読み取ることが出来なかった
こと、また湿原保全上の観点から、登山道から容易に進入出来る湿原南端部(約 0.5ha)
のみで調査を行った。なお、優占度は Braun-Blanquet(1964)の優占度階級を用いた。
(3)調査結果
調査の結果を表-3に示す。湿原の大部分は、ミズゴケ類でマット状に覆われ、ヌマ
ガヤ、ミカヅキグサ、シロバナトウウチソウ、ワタスゲが広く面的に存在する。また、
湿原の東側及び西側においては、キンコウカ、コバギボウシが単独もしくは混生して
優占群落を形成していたが、湿原の中央部分については両種とも散生しているにすぎ
なかった。ヨシは湿原の周縁部で優占度が高く中央部分に向けて徐々に優占度が低く
なっている傾向が見られ、ヨシの進入による湿原の乾燥化が懸念される。ヨシの進入
は、湿原西側の緩斜面下部で特に目立ち、乾燥化によって消滅したと思われる池塘の
痕跡が複数確認できた。
島状に分布する乾燥した凸部には、ヤマドリゼンマイ、ハイイヌツゲが優占してい
る。また、湿原周縁部や池の周囲には部分的にコバイケイソウが優占度1程度で認め
られた。面的に分布し平均的に1~2の優占度をもつ植物は、カワズスゲ、ツルコケ
モモ、モウセンゴケ、ミツバオウレン、イワカガミであった。湿原周縁部の主な低木
としては、キタゴヨウ、アカミノイヌツゲ、ハイイヌツゲ、アオモリトドマツ、ウラ
ジロヨウラク、ウスノキ、ミネカエデ、ハナヒリノキ、ヤマウルシ、ハクサンシャク
ナゲ、ノリウツギ、コシアブラ、サラサドウダンが認められた。また、1966 年の報告
書には、ヒメシャクナゲの存在が特記すべきこととしてあげられており、今回の調査
においても湿原西側において確認できた。
湿原内には水路跡が複数存在し、水路沿いにはミズバショウが線状に分布している
ことから、融雪期には水路としての役割を果たし、現在でも水が豊富に供給されてい
ると考えられる。調査対象地において、比較的大きな池塘は中央上部に1つしかなく、
その周辺に小さな池塘が少数点在するにすぎない。最も大きな池塘ではミズバショウ
が縁~水深の浅い中心部にまで進入して優占し、直径 1.5m程度以下の小型の池塘では
縁にはミズバショウ、中心部はミヤマホタルイが優占していた。
報告書では、ミズゴケ、ワタスゲ、タチギボウシ(コバギボウシ?)
、ヌマガヤ、ツ
ルコケモモの順に優占度指数(詳細不明)が高いことが報告されている。これらの植
物は、今回の調査においても面的に広く分布していることから、これらの種の優占度
については大きな変化がなかったものと思われる。今回、報告書には優占種として記
載されていないが、面的に優占している種として、ミカヅキグサ、シロバナトウウチ
ソウ、キンコウカが注目される。ヨシの進入状況は、湿原の乾燥化に関する重要な指
標の1つであることから、進入が顕著な場合当然記載されていると思われる。しかし、
報告書にはヨシについての記述がないことから、当時はヨシの進入が目立たなかった
と推察される。ミカヅキグサ、シロバナトウウチソウ、キンコウカについては、報告
書に3番目に優占する種として記載されているタチギボウシ(コバギボウシ?)より
も面的に広く分布していることから、約 40 年間で増加した可能性がある。
表-1 湿原内の植物の状況
表-3
◎ 面的にかつ比較的均一に分布する種
種名
優占度
備考
ミズゴケ類
5
同定は行っていない。
ヌマガヤ
4
ミカヅキグサ
3
シロバナトウウチソウ
3
ワタスゲ
3
カワズスゲ
2
ツルコケモモ
2
モウセンゴケ
2
ミツバオウレン
1
イワカガミ
1
注)数値は、湿原内に任意に1m2の方形枠を設定して優占度を判定した場合
最も頻度が高いと思われる優占度を示す
◎ 低い優占度で面的に分布するが、場所によっては群落を形成している種
種名
優占度
群落形成位置
キンコウカ
5
湿原東側及び西側
注)数値は、群落内に任意に1m2の方形枠を設定して優占度を判定した場合の
コバギボウシ
5
湿原東側及び西側
群落内での優占度の最高値
ヨシ
3
湿原西側の緩斜面下部
◎ 主に特定の環境にのみ優占する種
種名
優占度
生育環境
乾燥した凸地とその周辺
ヤマドリゼンマイ
5
注)数値は、群落内に任意に1m2の方形枠を設定して優占度を判定した場合の
及び湿原周縁部
ミヤマホタルイ
5
池塘内の水深が浅い部分 群落内での優占度の最高値
ハイイヌツゲ
3
乾燥した凸地
コバイケイソウ
1
林縁及び池周辺
水路、旧水路部分、池塘
ミズバショウ
+
辺縁部と水深の浅い部
◎ その他確認できた種
ヒメシャクナゲ
コバノトンボソウ
ツマトリソウ
サワオトギリ
オゼミズギク
エゾオヤマリンドウ
ショウジョウバカマ
レンゲツツジ
ミタケスゲ
ウメバチソウ
ミヤマアキノキリンソウ
+
+
+
+
+
+
+
+
+
+
+
◎ 湿原辺縁部の低木林を構成するおもな種
キタゴヨウ
アカミノイヌツゲ
ハイイヌツゲ
アオモリトドマツ
参考資料(報告書の結果)
ウラジロヨウラク
1966優占種
平均被度
ウスノキ
ミズゴケ
2.1
ミネカエデ
ワタスゲ
1.8
ハナヒリノキ
タチギボウシ
1.2
ヤマウルシ
ヌマガヤ
0.8
ハクサンシャクナゲ ツルコケモモ
1
ノリウツギ
コシアブラ
サラサドウダン
↑
N
写真6 ヤマドリゼンマイの状況
旧道
新道
至西大巓
調査区域
至白布峠
図-1
調査地の概要
写真7 池塘(大)とミズバショウ
写真8 池塘(小)
写真-10 ヨシの侵入状況
写真9 キンコウカとコバギボウシ
写真-11 植生の状況
5-3-2 注目すべき植物
注目種ごとに調査結果の概要を記す。また、今回の調査で確認された種のリストを
末尾に記す。
(1) ホソバタマミクリ(ミクリ科)Sparganium glomeratum (県 VU、国-)
本種は池塘環境のモニタリング指標種として重要である。県内の生育地は吾妻連
峰、月山、朝日山系、蔵王山系の高層湿原・池塘に記録があるが、蔵王と朝日の生
育地の状況は不明となっている。
2005 年及び 2006 年の調査では、人形石と藤十郎の鞍部の池塘、藤十郎周辺の池
塘、弥兵衛平湿原のなかの三日月湖及び三日月湖と明星湖間の規模の大きな池塘に
おいて生育を確認した。2007 年の調査では人形石東斜面の池塘、大凹池塘、天狗岩
東部の池塘において確認した。
1960 年代の生育が確認されていた箇所全てにおいて生育が確認されたものの、ア
シボソネクイハムシが見られない箇所もあり、引き続き調査が必要である。
(2) ヒメシャクナゲ(ツツジ科)Andromeda polifolia (県 VU、国-)
本種は高層湿原の環境モニタリング指標種として重要である。県内の生育地は吾
妻連峰と西川町の2箇所の湿原に限られている。2005~2007 年の調査で、1960 年
代に生育が確認されていた弥兵衛平湿原、馬場谷地において生育を確認した他、人
形石と藤十郎の鞍部の湿原においても新たに生育を確認した。いずれの箇所もミズ
ゴケ類が占有する生育環境の中で確認した。
(3) 高層湿原性スゲ類(カヤツリグサ科)
1960 年代の報告書には、高層湿原を代表するスゲ類(タカネハリスゲ、タカネヤ
ガミスゲ、タカネクロスゲ、ダケスゲ、ヤチスゲ)が生育することは特記すべきこ
とであると述べている。2007 年の調査におけるこれら注目種の確認状況について述
べる。
①ダケスゲ Carex paupercula(県 CR、国 VU)
山形県では吾妻山のみ生育する。2007 年の調査では人形石東斜面の湿原、弥兵衛
平の池塘内辺縁部において少数確認できた。
②タカネクロスゲ Scirpus Maximowiczii(県 EN、国 VU)
山形県では吾妻山のみ生育し、これまで吾妻山では日当たりの良い湿潤草原で数
十個体、雪田下方部の湿原で数個対確認されているのみである。2007 年の調査では
確認できなかった。
③タカネハリスゲ Carex pauciflora(県 NT、国 VU)
山形県では吾妻山の高山湿原にのみ生育し、これまで数千個体が確認されている。
2007 年の調査では人形石東斜面の湿原、大凹湿原、天狗岩東部の湿原に比較的多く
見られた。
④タカネヤガミスゲ Carex bipartite(県 DD、国-)
山形県では吾妻山のみ生育し、1964 年に採取された標本が残っているのみでその
後の採集や確認情報がない。2007 年の調査では確認できなかった。
⑤ヤチスゲ Carex limosa(県-、国-)
山形県では高山湿原にまれに産する種であり、山形県の植物誌(1972)によれば
当時は鳥海山、月山、葉山(長井市)
、吾妻山でしか確認されていなかったが、新版
山形県の植物誌(1992)では、摩耶山麓、蔵王山他でも確認されている。2007 年の
調査では確認できなかった。
(4) ヒナザクラ(サクラソウ科)Primula nipponica
本種は吾妻山が分布の南限であり飯豊山には分布しない。また、ハクサンコザク
ラは飯豊山が北限であり吾妻山には分布しないことは実に興味深いことであり、こ
の度の調査においても再度確認することとなった。夏、茎の先に数個の白い花をつ
ける。花冠は5裂し、裂片はさらに2裂する。違法採取等による減少が懸念されて
いる。その現況把握のため、2005~2007 年にかけて調査した結果を以下に記す。
2005 年8月 19 日、2007 年7月 10 日に弥兵衛平湿原東部金明水上部の湿地にお
いて、百個体を超える群落を確認した。2007 年8月7日に西吾妻山から西大巓に至
る湿潤地上において数十個体を確認した。
(5) アズマシャクナゲ(ツツジ科)Rhododendron metternichii(県 NT、国-)
本種は主に奥羽山系の亜高山帯の針葉樹林帯等の林床に自生し、園芸用の採取な
どにより激減しており注目すべき種である。現状を把握するため調査を行なった。
吾妻連峰中、東部山系の稜線部において百個体以上の生育を確認した。姥湯から
兵子、烏帽子岳に至る稜線上においては、ハクサンシャクナゲと混生して生育して
おり、特徴的な景観を呈していた。弥兵衛平から西部の山域では確認できなかった。
写真 12:ヒメシャクナゲ(弥兵衛平湿地)
写真 13:ホソバタマミクリ(弥兵衛平湿地)
5-4 その他の生物
注目種ごとに調査結果の概要を記す。また、今回の調査で確認された種のリストを
末尾に記す。
(1) ホシガラス(カラス科)Spotted Nutcracker (県 VU、国-)
本種は県内各高山の山頂部に生息し、秋・冬には標高の低い所まで漂行してくる。
生息環境が限られている種であり近年減少してきている。亜高山~高山針葉樹林帯の
環境のモニタリング指標種として重要である。
2005~2007 年調査で、天元台~人形石~東大巓~弥兵衛平湿原、姥湯~兵子~家形
山、兵子~烏帽子山、西吾妻山~西大巓~馬場谷地に至る広範囲な針葉樹林帯おいて
目視又は鳴声により生息を確認した。主要な食料であるハイマツの実が豊富な弥兵衛
平湿原周囲の森林帯において特に多いようである。
(2) モリアオガエル(アオガエル科)Rhacophorus arboreus (県 NT、国-)
本種は日本固有種で、県内にも広く分布するが、農山村における水道の普及等によ
り生息域が激減している。吾妻連峰においては標高 2000m近い湿原・池塘にまで生息
していることを確認しており、高層湿原・池塘環境のモニタリング指標種として重要
である。
2007 年7月9~10 日調査では、人形石東部斜面池塘周辺、人形石と藤十郎の鞍部の
池塘周辺、藤十郎周辺の池塘、弥兵衛平湿原の池塘(名月湖、三日月湖、明星湖、そ
の他)
、金名水付近の池塘など主要な池塘全てにおいて卵塊又は成体を確認した。2007
年8月6~7日調査では、人形石~西吾妻山~西大巓~馬場谷地に至る稜線部を中心
に調査したが、生息の証拠となる痕跡を確認しなかった。馬場谷地を除けば、森林と
池塘の距離が大きく離れていることが影響していた可能性もあり、季節的な影響も考
えられる。
6 まとめ(今後の保全策について)
主に、吾妻連峰の核心部分である主要稜線部の湿原・池塘の自然環境について、主に生
物を指標としてその現状を把握するための調査を行なってきた。当該地域は磐梯朝日国立
公園の特別保護地区に指定されており、厳しい保護規制下にあるにもかかわらず、カオジ
ロトンボ調査で明らかになったように、1960 年代に生息を確認してきた箇所において、現
在は生息が確認できない状況にあり、自然環境の劣化が進んでいることが懸念される。
近年は、工事等による開発は考えにくいが、登山者等による植生衰退等が大きな課題とし
てクローズアップされている。現在、弥兵衛平や馬場谷地において、登山の踏圧等により
荒廃した湿原植生の回復作業が試みられているが、厳しい自然環境のため回復は容易に進
んでいない。一度破壊した自然は容易に回復できないのである。
こうしたことから、第1に、現状を維持することを目標に、利用の視点よりも保護に重
点を置き、自然環境の保全に努めるべきである。第2に、現状把握のためのモニタリング
の継続が重要である。その結果、更なる劣化が認められれば、必要な保全工事等を検討す
ることになるが、回復は相当に困難であることを肝に銘じておくべきである。
<参考文献、引用文献リスト>
1) 吾妻連峰 1966 山形県総合学術調査会
2) 山形の自然 ―動物・植物篇― 1976 山形県立博物館山形県高等学校生物教育研究会
3) 第2回自然環境保全基礎調査動物分布調査報告書(昆虫類)山形県 1979 環境庁
4) 第2回自然環境保全基礎調査 特定植物群落調査報告書 1978 山形県
5) 山形県自然環境現況調査報告書(植物)1997 年山形県環境保護課、自然環境現況調査会
6) 山形県自然環境現況調査報告書(動物:無脊椎動物篇)1997 年同上
7) 山形県自然環境現況調査報告書(動物:脊椎動物篇)1997 年同上
8) 山形県の植物誌 1972 結城嘉美
9) 新版山形県の植物誌 1992 結城嘉美
10) 山形県の絶滅の恐れのある野生生物レッドデーターブックやまがた動物編 2003 山形県
11) 絶滅危惧野生植物(維管束植物)レッドデーターブックやまがた 2004 山形県
12)希少野生生物保全調査報告書平成 15~18 年度 山形県環境科学研究センター
13)西吾妻の植生回復に関する長期モニタリング調査報告
2006,2007 ネイチャーフロント米沢
<資料編>
1 トラップ等データ
①金名水上部斜面(左№1~21)2007.7.9-7.10
種名
備考
②人形石(№1~10 北側、№11~20 南側)7.9-7.10
種名
種名
№1
コメツキの一種 1
№1
なし
№2
コメツキの一種 1
№2
ミヤマハンミョウ 1
№3
なし
№3
ミヤマハンミョウ 2
№4
なし
№4
ゴミムシの一種 1
№5
ゴミムシの一種 1
№5
なし
№6
なし
№6
ミヤマハンミョウ 1
№7
なし
№7
ミヤマハンミョウ 1
№8
なし
№8
ゴミムシの一種 1
№9
コメツキの一種 1
№9
なし
№10
なし
№10
なし
№11
なし
№11
なし
№12
コアオマイマイカブリ 1
№12
なし
№13
コメツキの一種 2
№13
なし
№14
ゴメツキの一種 6
№14
コメツキの一種 1
№15
なし
№15
ミヤマハンミョウ 3
№16
なし
№16
ゴミムシの一種 1
№17
なし
№17
なし
№18
なし
№18
コメツキの一種 1
№19
なし
№19
なし
№20
なし
№20
ゴミムシの一種 1
№21
コメツキの一種 2
コアオマイマイカブリ 1
コアオマイマイカブリ 1
ミヤマハンミョウ 1
③西吾妻小屋北側湿地(№1~15)2007.8.6-8.7
種名
備考
④(№1~10)西吾妻小屋南側湿地 8.6-8.7
種名
種名
№1
なし
№1
なし
№2
なし
№2
なし
№3
なし
№3
なし
№4
コクロナガオサムシ 3
№4
コクロナガオサムシ 1
№5
なし
№5
なし
№6
なし
№6
なし
№7
なし
№7
コクロナガオサムシ 1
№8
なし
№8
ゴミムシの一種 1
№9
なし
№9
なし
№10
なし
№10
なし
№11
なし
№12
なし
№13
なし
№14
なし
№15
なし
2 確認生物種リスト