Title ムコ多糖症児とその家族に関する基礎的研究(1) - 東京学芸大学

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ムコ多糖症児とその家族に関する基礎的研究(1)親が見た
乳幼児期の子どもの変化( fulltext )
久保, 恭子; 田村, 毅
東京学芸大学紀要. 総合教育科学系, 58: 387-395
2007-02-00
URL
http://hdl.handle.net/2309/65488
Publisher
東京学芸大学紀要出版委員会
Rights
東京学芸大学紀要 総合教育科学系 58 pp.387 ~ 395,2007
ムコ多糖症児とその家族に関する基礎的研究(1)
── 親が見た乳幼児期の子どもの変化 ──
久保 恭子*・田村 毅**
生活科学
(2006 年 9 月 29 日受理)
Ⅰ はじめに
思いを明らかにすることである。特に乳幼児期の疾患の
進行過程(子どもの変化)は医療機関等にかかる以前
ムコ多糖症(Mucopolysaccharidoses 以下 MPS)は遺
であることが多く,親の記憶や記録に残されたものをた
伝性・進行性・稀少難病という特徴を持った難しい疾
どる以外,方法がない。親の目から見たデータではある
患であり,日本における患者数が 300 人前後と極めて少
が,MPS 児が成長発達と共にどのように疾患が進行し
ない疾患である(戸松 2005)
。主な症状として種々の程
ていくのか明らかにする基礎的資料,疾患の早期発見
度の知的障害,著しい骨の変化,短い首,関節が硬く
をするための資料になると考えた。また,子どもの成長
なる,粗い顔つき,角膜混濁,難聴,肝脾腫,心臓疾
発達と疾患の進行度(子どもの変化)
,症状が明らかに
患,低身長などがある。疾患の重症度と症状は個人に
なる事は親が育児や養育,子どもの寿命等の見通しを
よりさまざまであり,患者の寿命は10 歳から15 歳と報
つける資料となると考えた。
告されているが,中には成人に達してもADL が自立し
Ⅱ MPSについて
ているケースもある。
難病の看護に関する先行研究を見ると在宅ケア,医
療ケア,家族のストレス,疾患の受容に関するものがほ
研究にあたり,疾患の概略を記す。
とんどであり,遺伝性,進行性,稀少難病という特徴を
ムコ多糖症とは,正式にはムコ多糖代謝異常症とい
持った患者や家族の特徴やどのようなサポートが有効
い,ムコ多糖を分解する酵素が,生まれつき欠けている
であるのかという視点での研究は皆無に等しい。
ために発病する疾患である。ムコ多糖症は異なった酵
MPSに関する先行研究では疾患について,骨髄移植
素の欠損によりハラー(IH 型)
,シェイエ(IS 型)
,ハン
や酵素補充療法,無呼吸発作時の対処方法など疾患や
ター(Ⅱ型)
,サンフィリッポ(Ⅲ型)モルキオ(Ⅳ型)
,
治療の概要を紹介するものにとどまっている。
マルトー・ラミー(Ⅵ型)スラィ(Ⅶ型)の7 つの症候
稀少難病という背景から,医療者がこの疾患の患者
群に分類されている。遺伝方式はハンター(Ⅱ型)症
を診察・看護することは極めて少なく,MPSの患者や
候群が伴性劣性遺伝であり,それ以外は常染色体劣性
家族がどのような医療ニーズを持っているのか明らかで
遺伝である。治療方法はハンター症候群では骨髄移植
はない。そもそも私達医療者は MPSという疾患が成長
という選択があるものの根本的な治療法は確立されて
発達過程でどのように進行していくのか理解していない
おらず,Ⅰ型は米国にて酵素補充療法が実施され,今
ために,どのような看護ケアが必要なのかもわからない
後欧州,カナダ,オーストラリアにおいても治療が可能
状況である。
となる予定である。Ⅱ型は米国にて2004 年から臨床試
本研究の目的は,MPSという疾患が児の成長発達と
験が実施されており,日本から4 名の患者が参加した。
共にどのように進行していくのか,さらにその時の親の
現時点では,骨髄移植以外のいずれの治療方法も日本
* 共立女子短期大学
** 東京学芸大学(184-8501 小金井市貫井北町 4-1-1)
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東京学芸大学紀要 総合教育科学系 第 58 集(2007)
国内で受けることはできない。また,最近では遺伝子治
方法を説明し同意を得た。さらにインタビュー時,再度,
療が注目され,各種モデルで検証が行われている状況
口頭と書面で説明をし,話したくないことは話さなくて
である。
もいいこと,途中で中止したければその旨を伝えて中断
日本におけるムコ多糖症疾患患者の背景であるが,
できること,今後,再度依頼する場合でも,目的等を説
「日本ムコ多糖症親の会」と専門医が中心となって行っ
明した後,同意を得てから実施すること,インタビュー
ている「日本ムコ多糖症研究会」とが連携を取りながら
の内容を録音した場合には,研究終了後速やかに処分
治療法,治療薬の開発推進,患者の状態の把握,保険
することを説明し書面にサインをいただいた。対象者の
の適用,国庫助成など国への働きかけを積極的に行い,
中には親の会から出版されている冊子に子どもと親につ
さらに患者家族の互助交流,QOL 向上へ向けて活動を
いて紹介した文章を書いたり,患者数が極めて少ない
行っている。
ことから誰が語ったデータであるのか特定される可能性
があることも話した上で了解をもらった。
Ⅲ 研究方法
Ⅳ 結果
調査対象者:MPS 児をもつ9 家族(母親 8 名 父親 3 名)
。
対象者の選択方法:第1 段階:MPS 親の会(以下,親
1 )対象者の背景:
の会)に研究の目的を説明し協力を依頼,同意を得た。
インタビュー時の子どもの年齢は 8 歳から23 歳,男児
第 2 段階:MPS 親の会発行の機関誌とともに,調査研究
8 名,女児1名であった。母親の年齢は38 歳から58 歳,
の目的と依頼を明記した説明書を同封し,研究協力に同
父親の年齢は 42 歳から61 歳であった。インタビューの
意の得られた家族を対象とした。
時間は58 分から2 時間30 分であった。
調査方法:インタビュー調査と当時の日記や手紙の記述
内容を用いた。インタビューの内容は「子どもが生まれ
2)概要
てから,現在までにどのような変化や困難なことがあり
疾患の症状や進行度であるが,胎児期に問題を指摘
ましたか」という質問に対して当時を想起して自由に回
されたケースはなかった。出生時は巨大児というケース
答してもらい,逐語録をおこし分析を行った。日記や手
が 2 例みられた。乳児期は些細な音に敏感であり「抱っ
紙は当時を振り返る際に親が使用した。また,研究者が
こしても,ぐずる子ども」という育てにくさを感じる
日記や手紙から,子どもの変化や親の思いを分析した。
ケース(ケース4)も見られたが,それ以外は健康な子
分析の方法:逐語録,日記や手紙から,成長発達の過
どもと同じであると感じていた。1 歳前後からコミュニ
程で,親が気がついた子どもの様子(症状)とそれを
ケーションのとりにくさ,言葉の遅れなどの知的な障害
どのような思いで受け止めたのか,語られたエピソード
を呈し,身体的症状としては体の硬さ,難聴,アデノ
に沿ってまとめた。インタビューの場所は対象者の自宅
イド,鼠径ヘルニアで整形外科,耳鼻咽喉科,小児科,
あるいは人の出入りの少ない場所で行った。
小児外科を受診していた。親は知的な問題を正常の範
データ収集期間:2004 年10 月から2005 年 9 月
囲内と考えており,身体的症状の原因も大きな疾患が隠
倫理的配慮:対象者には親の会を通して,研究の目的・
れているとは思っていなかった。知的な問題を解決する
表1 対象者の児の背景と面接対象者
診断時年齢
インタビュー
時年齢
インタビュー
回数
面接対象者
ハンター症候群
3歳
21 歳
5回
両親
4150g
ハンター症候群
5歳
16 歳
4回
母親
3
少し大きめ
ハンター症候群
3歳
10 歳
1回
母親
4
3970g
ハンター症候群
3歳
10 歳
1回
両親
5
不明
ハンター症候群
3歳
21 歳
1回
母親
6
2500g
ハンター症候群
3歳
8歳
1回
父親
7
不明
ハンター症候群
5歳
8歳
1回
母親
8
不明
サンフィリッポ症候群
高校生
23 歳
2回
母親
9
3800g
サンフィリッポ症候群
3 歳 6 ヶ月
13 歳
1回
母親
ケース
出生児体重
1
4100g
2
病名
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久保,田村:ムコ多糖症児とその家族に関する基礎的研究(1)
ために療育機関等でフォローされたが症状の改善が見
主として「言葉の遅れ」について保健所等で相談をし
られず,検査の結果,3 歳前後にMPSと診断に至った
ていた(ケース1, 2, 3, 4, 7, 8, 9)
。
ケースが多かった。
子ども同士のコミュニケーションに関しても問題を感
親の思いは先行研究で報告されているようなドロータ
じており(地域の公園で他児と遊べない)
(ケース1, 2,
やクラウスとケネルの障害受容のプロセスに沿っている
3, 4, 8, 9)
,行政などが行っている親子で参加できる子
が,特徴的なことは子どもの障害がわかったとき,母親
育てサロン(ケース2, 3, 4)
,療育センターや保健所等
が安堵感を覚えたことであった。3 歳以降の子どもの症
で行われている母子通園に通っていた(ケース1, 2, 3, 4,
状の改善は見られず,親は子どもにとって最良の療育方
7, 8, 9)
。これらの施設では母子保健を担当する保健師,
法の模索と選択,社会に対してMPSという疾患の啓蒙
保育士,言語療法士,心理判定員などとの関わりがあっ
活動などを行っていた。
たが,スタッフから疾患を指摘されることはなかった。
親の特徴的な行動として,稀少難病であることから診
地域の保育園に通園をしていたケースでは,保育士
察できる医師が限定され,医師を選択できないこと,医
から「体が硬いから専門医に診察をしてもらったほうが
師との関係性に緊張や気配りを行っていた。
いい」
(ケース6)
,
「やっぱり言葉が遅れているから診察
以下,① 親から見た子どもの症状の進行,② 診断
を受けたほうがいい」
(ケース7)という一言から,検査
に至るまでの経過,③ 治療方法の選択,④ 疾患の特
を受けて診断に至っていた。
徴と遺伝の問題,⑤ 代替医療について,⑥ 医師との
身体的な症状のフォローとして耳鼻咽喉科,整形
関係性の6 点についてまとめる。
外科,小児科,小児外科を受診していた。耳鼻咽喉
① 親から見た子どもの症状の進行
科で処置を担当した看護師が「肘が十分に伸びない
胎児期にトラブルのあった児はおらず,母親は高齢出
から,整形外科と小児科に受診をしてみたら」
(ケー
産が 2 名,流産の経験のあるものが 2 名,帝王切開で出
ス3)
,診 察し た 整 形 外 科 医,小 児 科 医,耳 鼻 咽 喉
産した母親が 2 名いた。子どもの出生体重は2500g から
科医から「眼が大きいから,独特の顔をしているか
4150g(3 名は不明)と巨大児というケースもあった。こ
ら代 謝 の 病 気 が あるのかもしれ ない 」
( ケース1, 3,
れらの母親は子どもに対して「元気で大きな赤ちゃん」
4, 5, 6, 7, 9)
,独 特 の 顔 つきで 検 査 を 勧 め た 医 師ら
というプラスのイメージを持っていた(ケース1, 2, 3, 4,
は 以 前 にMPSの 子 ど もを 見 た こと が あり,最 初 か
9)
。母親は乳児期の子どもを「流行性感冒に罹患しや
らこの疾患を疑っており,短時間で診断に至ってい
すい」ものの「普通の子ども」と同じであると捉えてい
た。この疾患を診断するには「独特の顔つき」が判
た(すべてのケース)
。
断材料のひとつとなっていることが明らかになった。
1 歳前後より中耳炎を繰り返す(ケース1, 2, 3, 4, 5, 7)
,
診断までに時間のかかったケースでは,医師が知的
難聴(ケース2, 3, 4, 5, 7)
,鼠径ヘルニア(ケース1, 2,
障害児,自閉症児と診断をした(ケース2, 9)
,知的な
3)
,アデノイド(ケース1, 2, 3, 4)
,気管支炎を繰り返
問題は個性であると判断し検査を行わなかった(ケース
す(ケース1, 2, 3, 4)
,言葉の遅れ(全ケース)
,物を投
7)
,子ども自身が検査に対する拒否が強く,協力が得ら
げるなどの暴力的な行動(ケース1, 2, 3, 4, 8, 9)
,本の
れずに診断名がつかなかったケース(ケース8)が見ら
内容はよく覚えているのに会話が成り立たない(ケース
れた。また,病院で血液検査を行っても異常を発見で
2)
,歌は100曲くらい(正確に)歌えていたのに1 番と
きなかったケース(ケース2, 6, 7, 9)もあったが,これ
2 番がすり替わる(ケース2)
,コミュニケーションがと
らの中で,主治医が MPSを疑っていたケースではさら
りにくい(ケース2, 3, 4, 8, 9)
,どもり(ケース2)
,遊び
に専門医のいる施設を紹介し,診断に至っていた。
に集中できない(ケース1, 2, 3, 4, 8, 9)
,独り言(ケース
母親は子どもが 1 歳 6 ヶ月前後にみられた症状は「暴
2, 8, 9)
,多動(ケース2, 3, 4, 8, 9)
,靴が履けない(体
力的なのは,男の子で元気がいい証拠」等,楽天的に
が硬い)
(ケース1, 2, 3, 4, 6, 7)
,背骨が曲がっている
捉えていたが,療育機関等への通園でも改善が見られ
(ケース2, 6)
,首が短い(ケース1, 2)
,歩行開始が遅い
ないこと,成長発達過程で他の子どもと比較して差があ
(ケース1, 2, 3, 4, 8, 9)
,つま先歩きのような独特な歩き
る事から,2 歳過ぎより「障害があるのではないか」と
方(ケース2)をすることに気がついていた。その後,
感じ始めていた(全ケース)
。この不安を父親や実母,
療育機関でフォローをされるもののこれらの症状の改善
姑に話しても「母親の育て方が悪いからだろう」といわ
は見られなかった。
れショックを受けており(ケース1, 2, 3, 4, 6, 7, 8, 9)
,ま
② 診断に至るまでの経過
た,普段子どもと接する時間の少ない父親は,母親ほ
1 歳前後になんらかの異常を察知し1 歳 6 ヶ月健診時,
ど子どもの変化を深刻に捉えておらず,
「我が子が他の
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東京学芸大学紀要 総合教育科学系 第 58 集(2007)
表 2 診断年齢と診断までの経過・親の気がついた子ども変化
ケース
診断年齢
疾患の診断までの経過
乳児期
幼児期(1 歳前後から就学前まで)
知的な問題
1
3 歳前
1 歳 6 ヶ月健診時,顔
感染に弱い
つきを指摘
首が短い
言葉の遅れ
身体的な問題
気管支炎
中耳炎
鼠径ヘルニア
アデノイド
2
4歳
2 歳ごろより,医療機
感染に弱い
関でフォローしてい
首が短い
コミュニケーション
障害
中耳炎 難聴(3 歳)
肺炎(2 歳 5 歳)
たが,診断つかず。4
体が硬い
言葉の遅れ
アデノイド(4 歳)
才で以前の検査デー
赤ちゃんみたいな柔
体が硬い
鼠径ヘルニア
多動
(1 歳 9 ヶ月)
コミュニケーション
中耳炎
タを確認して診断が
らかさがない
ついた。
3
3 歳前
中耳炎の術前の検査
で,体の硬さを看護
障害
師に指摘。小児科医
言葉の遅れ
に顔つきを指摘。
鼠径ヘルニア
アデノイド
体が硬い
多動
4
5
3歳
3歳
小児科医に顔つきを
音に敏感
指摘。
鼠径ヘルニア(2 ヶ月) 体が硬い
小児科医に顔つきを
言葉の遅れ
言葉の遅れ
中耳炎(2 歳 7 ヶ月)
難聴(3 歳)補聴器
中耳炎
指摘。
6
3 歳前
保育士が体の硬さを
体が硬い
指摘
独特の歩き方
(膝が伸びない)
7
6歳
2 歳ごろより,医療機
言葉の遅れ
関でフォローしてい
た が, 診 断 つ か ず。
小児科医に顔つきを
指摘。
8
高校生
検査への拒否が強く,
コミュニケーション
診断できず。
障害
言葉の遅れ
多動
暴力的な行動
ボーダーライン
行動障害
9
幼児期
小児科医に顔つきを
コミュニケーション
指摘。
障害
言葉の遅れ
多動
暴力的な行動
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中耳炎
久保,田村:ムコ多糖症児とその家族に関する基礎的研究(1)
子どもとどこが違うのかわからなかった」という発言も
移植をしたらよくなるだろうという最後の希望で受診に
あった(ケース4, 9)
。
いったのに,病名を聞いたときよりも残酷であった」と
診断名告知時の思いとして,母親は「ショックだった
話した。診断に時間を要した家族は「もっと早く診断が
けど,今までの多動や問題行動が私の養育が悪かった
できればやれたことがあったかもしれない(骨髄移植を
のではなく,病気のためだった,ということが明らかに
受けられたかもしれない)
」と話した。
なってほっとした」という安堵感を持っていた(ケース
すべてのケースが「どんな治療法を選んだらいいの
2, 3, 4, 8, 9)
。
かわからなかった。難しい選択だった。何をしたらいい
すべての親に共通した反応として「誤診ではないだ
のかわからなかった」と語っていた。
ろうか。何かの間違いであろう」
「もっと情報がないの
④ 疾患の特徴と遺伝の問題
だろうか」と感じ,インターネットや親の会を通して,
結果②で前述したように,この疾患の特徴として独特
情報収集を行っていた。ある父親は「専門書を調べて,
の顔つきから診断に至っていた。稀少な疾患であること
疾患のページに子どもの写真が載っていた。その子ども
から診断に時間がかかるケースもあり,母親は「自分の
が自分の子どもとあまりにもそっくりだったので,この
養育が悪くて子どもに多動の症状があるのではないか」
病気に間違いはないのだ,と納得できた」
(ケース4)と
と感じているケースもあった。
話していた。
診断が確定をしたことにより,親は「誰に聞いたら病
③ 治療方法の選択
気や治療のことがわかるのか」
「日本語の文献がなくて,
ケース8・9は治療法がないため,親たちは代替療法
外国の文献を訳した」
「子どもにしてあげられることを
や子どもが楽しめるキャンプなどに積極的に参加してい
早く知りたい」
「子どもにとって楽しいことはどんなこと
た。ハンター症候群では骨髄移植について説明を受け
なのか」
「どうして病気になったのか(疾患の原因を知
ていた。そのうち,ケース4, 5, 6, 7は骨髄移植のリスク
りたい)
」という情報を求めており,親の会に入会した
が高すぎる,骨髄移植後の無菌室での安静に不安があ
り,インターネットなどから情報を集めていた。この過
る,脳へ効果がないということは神経症状に改善はみら
程の中で,ハンター症候群のうちケース1, 2, 3, 4 では,
れないということ(骨髄移植をしても知的な問題は解決
遺伝疾患であることを親の会の冊子から得ており,
「親
しない)
,持って生まれた寿命をまっとうさせたい,薬
の会からの冊子で遺伝について知った。自分の血を呪っ
が開発されるかもしれない,日常生活のリズムをつけて
た」
「私が悪いのだと感じた。私のせいでごめんねと子
(快食,快便,快眠の3 つを管理する)楽しく生活させ
どもに謝った」
「夫は『お母さんのせいじゃないよ』と
たいという理由から骨髄移植を希望しなかった。
言ってくれたけど,夫の実家にもどったら『俺の血じゃ
ケース3は骨髄移植の説明を受け,できる治療は受け
ない』と話していた」
「姑が子どもを避けるようになっ
させたいと考えていた。症状が比較的軽いこと,骨髄
た」
「誰も私を攻めなかったけど,私が産んだ子がこん
バンクから短期間でドナーがみつかったこと,医療機関
な子で悪いなって(家族や親戚に対して)思った。親
からの協力が得られたことからMPSの診断,骨髄移植,
戚に謝ってまわった」
「実家の母親に暴言を吐いた(自
退院まで1年という短期間で行えていた。現在,骨の変
分が保因者であるということは自分の母親の遺伝である
形と知的な問題は若干残っているが,骨髄移植後の後
と感じていた)
」
「親の会の冊子を隠して,父親に遺伝の
遺症はみられていない。親は「子どもの寿命がのびた
ことがわからないようにした」と語っていた。
だけ,いかに暮らしやすく持てる力を十分に発揮できる
また,療育・育児において,父親は「一番大変なの
ような生活をさせるためにはどうしたらいいのか」
「う
は母親なので,母親が(育児を)やりやすいようにでき
ちは運が良く骨髄移植ができ後遺症もなく暮らしていけ
たらいい。親の精神状態が子育てに影響するから。親
るけれど,希望をしても実施できない人や骨髄移植後の
が落ち着いて,子どもに優しくできたら子どもも落ち着
後遺症のある人もいるからあまり,喜んではいられない」
く。それは母親もわかっているみたいなので,なるべく
という気持ちを持っていた。
母親が落ち着いていられるように(支援)している」と
ケース1・2は骨髄移植を希望して実施できなかった。
語っており(ケース1, 2, 4, 8)
,直接的な育児を行うとい
実施できなかった理由として,麻酔科医より「多動があ
うよりは母親をサポートすることを育児ととらえていた。
り,骨髄移植後の安静が保てない」
「喘息や呼吸器系の
また,母親の育児方法を見て「もっと愛情を持って接す
問題があるため,全身麻酔が危険である」という理由
るべきだ」等と母親の育児姿勢や療育に対して父親が
から移植ができなかったと話した。親の思いとして「麻
意見をすることもあった。母親は「いつも世話をしない
酔科医は簡単に断る。小児科医は許可してくれたのに。
人に意見をいわれたくない」
「実際にできないことを求
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東京学芸大学紀要 総合教育科学系 第 58 集(2007)
めないで欲しい」といった気持ちを持っていた。
を1時間以上,説明をしてくれた」
「
『お母さん,子ども
このように遺伝の問題,夫婦間での育児に対する意
の成長発達のチェックは任せてください。一緒に頑張っ
見の相違が夫婦関係を悪化させることもあったが,その
ていきましょう』
『お父さん,一緒に頑張りましょう』と
後「父親が子どもを可愛がる姿を見て,お父さんのこと
いってくれた言葉にとても励まされた」と話していた。
を許そうと思った」という言葉が母親から聞かれ,夫婦
母親が子どもに行う療育方法や代替療法に関してで
関係は時間と共に改善をされていた。
あるが,医師は「効果はないよ」と回答していた。この
⑤ 代替医療について
ことについて,母親は「簡単に(効果がないと)言わな
母親は子どもの寿命を少しでも長くすること,QOL
いで欲しい。簡単にあきらめないで欲しい」
「結局は親
の向上を目的に,予防接種や手洗い,歯磨きの励行し
身になってくれない」
「私たちの気持ちを理解していな
感染予防を図る(全ケース)
,体力維持・向上のために
い」と語っていた。
早寝早起きなど生活リズムを整える(全ケース)
,その
ために散歩や階段昇降(全ケース)
,プール(ケース1,
Ⅴ 考察
2)
,リハビリ(ケース1, 2, 6, 8, 9)
,漢方薬(ケース1, 2,
9)
,無農薬食品(ケース1, 2, 8)
,プロポリスやハーブ
ムコ多糖症は患者数が少なく,疾患の進行度にも差
療法(ケース1, 2, 8)
,ノニジュース(ケース1, 2, 8)
,ア
があるため,子どもと親がどのような養育過程を過ごし
ルファルファ(ケース1, 2, 8)
,針療法(ケース1, 2, 8)
ているのか,どのような問題を抱えているのか不明な点
などの代替医療を取り入れていた。
「治療方法がないと
が多い。今回,妊娠から子どもの就学前まででどのよう
いうことだから,子どもにやってあげられることは何で
な変化があったのか語ってもらった。9 事例という少な
もやる」と語っており,実際に多くのプログラムを取り
い事例数ではあるが,その中から見えてきたものをまと
込み,経済的な負担を感じたり,母親の疲労が増大し
めていきたい。
たケースも見られた。どの親も児が短命である事を意識
しており,少しでも楽しい思いをさせてあげたいという
1 子どもの症状の変化と早期発見について
考えからキャンプなどに積極的に参加をさせていた(全
乳幼児期のムコ多糖症の症状は,単なる発達の遅れ,
ケース)
。また,子どもの疾患を理解して欲しい,治療
あるいは自閉症と誤診されることもあり,早期発見が難
方法を確立して欲しいという願いから,骨髄移植の推進
しく見逃されやすい疾患であることが明らかになった。
活動や疾患の啓蒙活動に熱心に参加する親もいた(ケー
また,先行研究ではムコ多糖症の症状として,特有の
ス1, 2, 3, 4, 6)
。
顔つき,関節拘縮,巨舌などが認められることが多いと
⑥ 医療者との関係
報告されているが(田中 2004)
,今回の結果から,親
親は診断名の説明を受ける際,医師から「
(医師自身
はこれらの症状よりも言葉の遅れや知的な障害に気がつ
も)教科書ではみて知っている病気だけど,初めて(患
いていることが明らかになった。これはムコ多糖症の早
者を)みた」滅多にみない病気だと言う言葉に「
(子ど
期発見につながる大切な情報であると考える。
もが)実験台にされるのでは?」
「これから先,どの先
今回の結果から小児代謝疾患の専門医であること,
生に診てもらったらいいのか」
「この先生に嫌われたら,
以前にこの疾患を診察した経験のある医師では短時間
子どもの治療ができなくなる」
「一番良い治療を受けさ
で診断に至っており,医療者がこの疾患に対する知識
せたい。それでだめだったらあきらめる,他施設への受
をもっていることが早期発見につながっていることがわ
診を希望したところ,担当医が憤慨され『今後,いっさ
かった。一つ一つの症状に特徴はないものの,子どもが
い診察治療しない』といわれ死ぬ気で謝って許しても
示しているサインのすべて(独特な顔つき,気管支炎を
らった」というエピソードが語られた。
繰り返す,鼠径ヘルニア,アデノイド,中耳炎を繰り返
ケース4 では「診断がつく前から医師が丁寧に言葉を
す,歩行の状態,体の硬さなど)をある程度入手するこ
選んで説明をしてくれた。そこで信頼関係ができていた
とで早期発見ができると考える。親が最初に相談窓口
からか,
(診断名を聞いたときは)どの一言もつらかっ
としている場所として母子保健担当の保健師,保育士,
たけれど,そのときも医師は言葉を選んで話してくれ
言語療法士,心理判定員,また,医療機関の中でも耳
て,私たちに配慮をしてくれたようだった。とても感謝
鼻咽喉科,整形外科医師,小児科医師が多いため,こ
をしている。治らない病気だったら,ほっておかれるの
れらの人々に疾患の情報を提供することによって早期発
かと途方に暮れたが,病気の説明が終わったらこれから
見につながると考える。
先どうやって生活していくことが大切なのかということ
また藤田ら(2002)の先行研究では,札幌市の先天
- 392 -
久保,田村:ムコ多糖症児とその家族に関する基礎的研究(1)
代謝異常症ハイリスク・スクリーニングを試験的に実施
り,医療者が子どもの症状(サイン)を集めること
した結果,先天代謝異常症 21 例(発見率1.6%)を発見
で早期発見が可能になると考えられる。また,先
できたという報告があり,財政的な面での問題はあるも
行研究で報告されている内容に加え,親は知的な
のの早期導入が期待される。
問題,言葉の遅れを疾患の早期の症状として捉え
早期発見をするメリットとして診断がついたことによ
ていた。
り,母親の養育態度と子どもの症状が無関係であると明
2)早期発見が可能となることで,母親の養育態度と
らかにできること(無用な自責の念を抱くことが無くな
子どもの症状が無関係であること,治療方法の選
ること)
,治療方法の選択肢が広がること,症状の原因
択肢が広がること,症状の原因や病名が明らかに
や病名が明らかになることにより,親は今後の養育への
なることにより,親は今後の養育への心構えを持つ
心構えを持てること,早期に適切な療育ができ,子ども
ことができること,早期に適切な療育ができ,子ど
達が少しでも生活しやすくなるよう支援できるというメ
も達が少しでも生活しやすくなるよう支援できると
リットがある。
いうメリットがある。
3)親は子どもの疾患が遺伝であること,予後不良で
2 医療者との関係
あることに動揺していたが,養育方法について様々
MPSのような稀少難病では診断,治療ができる医師
な代替医療等を取り入れ,子どもが少しでも過ご
が限られ,患者・家族は自由に医師を選択することがで
しやすくできるように配慮していた。
きない。このような背景から,患者・家族は担当医から
4)稀少難病であることから,診断治療ができる医師
診察を拒まれ,子どもの治療やアドバイスをもらえなく
が限られており,専門医に大きな期待と信頼,気遣
なることを恐れていた。また,医師の一言,態度に非常
いを行っていた。
に敏感になっており,同時に医療者に対して多くの気づ
かいや配慮を行っていることがわかった。専門医でなけ
今後の課題として
れば診断ができない,治療方法が示せない,治療方法
今回は9ケースという少ない数であり,この結果を普
の開発ができないということは患者・親にとって専門医
遍化することは難しい。ケースの数をさらに増やし,多
が命綱であり,大きな信頼と期待を抱きつつ大きな気づ
面的に分析していく必要がある。
かいをしていた。
謝辞:本研究にご協力してくださった皆様に感謝いたし
3 情報量について
ます。
家族は疾患や療育に関する情報が不足していると感
この論文の一部は第 52回日本小児保健学会で発表し
じていた。これは家族が通常の疾患と同様の情報量や
た。本論文は文部科学省研究費補助金基盤研究(B)
(2)
希望の持てるような情報を求めていることが推測され
(研究代表 田村 毅)をうけておこなったものである。
る。医療者は疾患や治療の情報を提供することだけで
はなく,今後,疾患のおおまかな進行過程,親が子ど
文献
もにできる具体的な育児・療育方法,生活上の注意点,
親の会の存在等を説明していくことにより,生活への見
1)
藤田晃三他:札幌市の先天性代謝異常症ハイリス
通しができるものと考える。
ク・スクリーニング,臨床医小児医学.50 巻.5, 6
今後の課題として,育児の中でどのような育てにくさ
合併号 27-31 2002.
があるのか,その際の対処方法など,具体的なことを明
らかにして支援方法を明らかにしていきたい。
2)
濱田裕子:障害のある子どもの親の養育過程,北
海道医療福祉大学紀要 7 61-67 2000.
3)
橋本厚生:社会的ストレスから見た障害児・者の
Ⅵ 結論
家族の家族発達段階とその関連要因についての研
究,長野大学紀要 79-109 1982
今回の調査では MPSという疾患が児の成長発達と共
にどのように進行していくのか,親によって把握された
データから明らかにした。また,その進行に伴う親の思
いについて明らかした。その結果,
4)
田中あけみ他:ムコ多糖症の臨床と病理,病理と
臨床 vol.22.No1 45-49 2004.
5)
井田博幸他:小児医学最新の進歩酵素補充療法の
現状と未来,小児科 44 12 1920-1928 2003.
1)乳幼児期は MPSという疾患が発見される時期であ
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6)
今泉益栄他:先天性代謝異常症に対する造血細胞
東京学芸大学紀要 総合教育科学系 第 58 集(2007)
移植療法の現状と課題,日本小児科学会雑誌107
巻 1 号 53-60 2003 祐川和子他:遺伝性ムコ多糖
症,小児内科 vol.35.増刊号.483-487 2003.
7)
石川幸辰他:各種難病の最新治療情報 ライソ
ゾーム病の全貌,難病と在宅ケア 8 4 25-30
2002.
8)
松本暁子:心身障害児とその母親の母子相互作
用に関する研究,岩手県立大学看護学部紀要1
15-24 1999.
9)
宮崎文子:障害児をかかえる母親の養育体験に関
する研究,小児保健研究 61 3 421-427 2002.
10)中田洋二郎:障害の告知に親が求めるもの,小児
の精神と神経 37 3 187-196 1997
11 )祐川和子他:遺伝性ムコ多糖症,小児内科 vol.35.
増刊号.483-487 2003.
12)田中あけみ他:先天代謝異常症に対する骨髄移植
の効果,小児科 43 2199-204 2002.
13)田中正博:障害児を育てる母親のストレスと家族
機能,特殊教育学研究 34 3 23-32 1996
14)戸松俊治:米国における治験の経過説明,ムコ多
糖症研究会抄録集 2005 8 月
15)矢部和実:先天性疾患を持つ子どもの母親に対す
る育児上の困難とその関連要因,日本小児看護学
会誌14 1 8-15 2004.
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KUBO, TAMURA:A basic study on children with mucopolysaccharidoses (MPS) and their families (1)
A basic study on children with mucopolysaccharidoses (MPS) and their families (1)
── Changes in MPS children in their infancy based on observations by their parents ──
Kyoko KUBO*, Takeshi TAMURA**
Department of Home Economics
Abstract
The present study aimed to clarify how mucopolysaccharidoses (MPS) progresses along with the growth and development
of children with MPS based on the observations by their parents and to create basic data for acquiring suggestions regarding the
early discovery of MPS and nursing support based on the thoughts of the parents of children with the disease. The results suggest
that the parents of children with MPS realized several abnormalities during infancy, such as mental problems, language delay, and
physical stiffness, and many were followed up at the routine 18-month health examination. The disease was identified in MPS
children in many cases. Although the diagnoses in many cases were made in the infancy, specialists in metabolic disorders, and
physicians who had previously treated MPS children were able to make earlier diagnoses. It is expected that better understanding
of MPS by medical staff who are involved in 18-month health examinations for infantswill allow earlier disease discovery and
thus earlier treatment of MPS.
Key words: mucopolysaccharidoses (MPS) infancy, progress of disease, changes in children, thoughts of family
* Kyoritsu Woman’s Junior Collage
** Tokyo Gakugei University (4-1-1 Nukui-kita-machi, Koganei-shi, Tokyo, 184-8501, Japan)
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