和歌浦地域における景観形成の方向性に関する研究 和歌山大学大学院 システム工学研究科 環境社会情報クラスタ 60080023 大江 良太 1. はじめに (3)アンケート実施時に、評価項目の「改善すべき」であると答えた回答者に具 和歌浦は様々な歴史的・文化的背景があり、一部瀬戸内海国立公園に指定され 体的な改善点のヒアリングを行った。 主成分負荷量主成分№1 主成分負荷量主成分№2 人数(人) ている。しかし、和歌浦からの眺望対象となりうる名草山の麓に位置する農村集 改善すべき -0.702 生活感のある -0.682 年代 男性 女性 生活感のある -0.037 自然的である -0.238 20代 1 0 観光的である 0.504 歴史的である -0.166 30代 2 6 落である布引地域は、都市計画法の市街化調整区域と農業振興地域に指定されて 残していくべき 0.734 改善すべき -0.040 40代 2 8 親しみがある 0.737 残していくべき -0.030 50代 0 3 いるものの、現状としては新しく住宅が建築され周囲との調和がとれていない場 特徴的である 0.811 調和がある -0.018 60代 4 4 良い 0.870 良い 0.071 70代 4 3 所や、または農地が開発され建物が建築されている場所も見られる。後者につい 自然的である 0.938 特徴的である 0.229 80代 1 2 調和がある 0.948 親しみのある 0.249 合計 14 26 40 歴史的である 0.972 観光的である 0.843 総計 ては、現在の法制度で規制されているはずであるが、すでに規制できる範囲に限 図‐1 被験者の性別・年齢 図‐2 主成分負荷量 界があるのではないかと思われる。また、和歌山市においても和歌浦・布引地 3.2 結果と考察 域に景観に関する条例制定への動きが見えはじめている。 クラスタA は歴史的・自然的要素が強く、それらが調和しているものであるこ 本研究では、和歌浦の歴史的な背景と地域住民の持つ和歌浦の景観に対するイ とから、クラスタA を「歴史的・自然的景観」とする。クラスタA2 は寺社景観 メージ・考えを把握し、それらを考慮した上で今後の和歌浦地域における良好な であり、玉津島や東照宮、天満宮といった寺社の周辺は風致地区に指定されてお 景観形成の方向性について検討することを目的とする。ここで「景観」とは、地 り多くの自然が残されている。寺社については景観変遷で述べたように、和歌浦 域の歴史や風土、文化や伝統、地域の住民の生活等によりつくられる風景とする。 地域においては非常に重要な役割があったとされ、地域の象徴的な景観であると 考えられる。紀三井寺や東照宮など昔は地域との関係が非常に強かったものであ 1.2 研究の流れ ると考えられるが、現在ではそれらの寺社景観が観光的なものとして認識されて まず和歌浦地域における歴史的な景観変遷について調査し、地域住民の和歌浦 いる。クラスタA1 はクラスタA2 に比べると歴史的・自然的要素が弱いという 地域の景観に対する考え・イメージをアンケート・ヒアリング調査から把握する。 結果になった。片男波は整備され人為的に大きく姿を変えており、また不老橋に また他地域における景観に対する取り組みの事例調査を行い、それらを基に今後 ついては側に新しく建設されたあしべ橋により周辺の景観が大きく変化してい の和歌浦地域における景観形成の方向性について検討を行う。 ることが要因ではないかと考えられる。 クラスタ B はクラスタ A と比較すると歴史的・自然的要素は弱く、地域の生 2.1 和歌浦の歴史と景観変遷 1) 活が表れているものであると言えることからクラスタBを 「文化的景観」 とする。 和歌浦地域の地形の変化としては、縄文時代までさかのぼると名草山の周辺は 現在の地域住民の生活との関係が強いものであり、今後和歌浦地域の生活を象徴 すべて海であり、そこから徐々に地形が変化し、奈良時代には砂州が徐々に生長 する景観を形成していくものと考えられる。クラスタB2 の⑩布引の農地はクラ しつつあったが、和歌浦地域の大半はまだ海面下にあり、付近一帯には潮の干満 スタBの中でも特に地域の生活が表れていると言える。 によって見え隠れする干潟が遠く広がっていたと考えられる。これらの地形の景 クラスタC・D については歴史的・自然的要素は持っていないことから「近代 観が万葉の時代に山部赤人らの歌人により歌に詠まれた。 的景観」とする。クラスタCは地域の観光的な要素を持っているものであり、ク 万葉の時代には、天皇が行幸で和歌浦を訪れ景観を鑑賞し、また行幸に同伴し ラスタD は地域の生活が表れているものとなった。近年に新たに整備されたり開 た歌人らにより和歌浦の景観が歌に詠まれ「玉津島」や「若の浦」といった言葉 発されたものであり、地域の新しい景観と言える。また改善が必要であるとされ が歌枕として定着することになった。 ていることがわかる。クラスタC2 の⑤マリーナシティはクラスタC の中でも特 万葉の時代から時を経て、鎌倉時代~江戸時代においては寺社の復興や農村開 に地域の観光的な要素が強いものとなった。 発が活発になる。紀三井寺や東照宮、玉津島神社といった寺社が復興し、江戸時 地域住民が良いと感じる和歌浦の景観については、歴史的や調和がとれている 代には、当時海浜の地にあり水害で興亡した布引村(現在の布引地域)が農村と といったものよりも、地域の特徴を表しているものが良いものとして認識されや して開発が行われた。 すいということが考えられる。これは、年代が変わるにつれ、和歌浦地域の歴史 さらに時を経て近代では、万葉集に詠まれた時代から世に知られた名勝の地で の継承が弱まり、歴史的な背景を知らないということが要因ではないかと考える。 ある和歌浦の観光的な発展がみられる。明治末から大正にかけて観光的な発展の 基礎がつくられ、戦後経済復興の柱として観光開発が活発に行われ観光的な発展 を遂げるなか、新和歌浦地域が瀬戸内海国立公園に編入される等の動きがあった。 和歌浦地域の景観は、長い年月をかけて大きく姿を変えながら形成されてきた 干潟や海岸などの地域特有の地形が大きな特徴であったと考えられ、万葉の時代 には多くの歌人が和歌浦の景観に感嘆し、歌に詠んだのであると思われる。和歌 浦地域の景観は万葉集に詠われた時の景観から時を経るごとに大きく姿を変え てはいるが、現在でも万葉の時代を思わせる景観が残されている。 3.1 アンケート調査 (1)地域の住民が和歌浦地域の重要な資産として認識しているものを把握し、和 歌浦の景観を特性ごとに分類し、結果から今後の和歌浦地域における景観形成の 方向性を検討するため、農村集落である布引地域と和歌浦地域の住民を対象とし てアンケート調査を行った(2008 年10 月) 。まず歴史的な背景があるもの、又は 地域に新たにつくられたもの等、景観形成施策の対象となる地域の資産であると 考えられる20 の対象を抽出した。 「歴史的である」 「自然的である」 「観光的であ る」 「親しみやすい」 「地域の特徴である」 「生活感のある」 「残していくべき」 「改 善すべき」 「調和がある」 「良い」という10の評価項目を、4:強く思う、3:思 う、2:思わない、1:全く思わない、の4 段階で各対象を評価してもらった。得 られたデータを主成分分析・クラスタ分析を用いて分析を行った。被験者は布引 地域 20 名、和歌浦地域 20 名の計 40 名である。アンケート実施時には一つの対 象につき3 種類の写真を参考にして回答してもらった。 (2)アンケートの分析として、和歌浦地域の住民が良いと感じる景観の性質につ いて分析を行った。まず各被験者について、先に述べた10 の評価項目のうち、 「良 い」を目的変数とし、9 の評価項目を説明変数として重回帰分析を行った。被験 者の中で回答に分散がないものはこの分析については省くことにする。得られた 結果をクラスタ分析により分類を行った。 図‐2 主成分・クラスタ分析結果 布置図 クラスタA クラスタB クラスタC 図‐3 分類結果 地図 クラスタD 規模・平均値表 クラスター№ 規模 歴史的 自然的 観光的 親しみ 特徴的 生活感 残すべき改善すべき調和的 クラスターA 14 -0.116 0.221 0.010 -0.160 0.477 -0.090 0.268 -0.121 0.239 クラスターB 8 0.147 0.127 0.249 0.290 -0.139 0.025 0.236 -0.288 0.058 クラスターC 8 0.215 -0.161 -0.108 0.035 -0.001 0.012 0.373 0.192 0.654 クラスターD 6 0.688 -0.626 0.139 0.041 0.455 0.298 0.187 -0.194 -0.316 クラスタ A B C D 人物 4 26 37 28 3 6 9 31 8 29 10 25 33 7 18 23 38 30 34 16 21 39 19 27 15 24 35 14 5 22 12 17 1 20 32 36 年齢(代) 30 40 60 60 40 60 40 60 60 70 70 60 30 70 40 30 30 60 40 40 70 30 80 40 40 80 60 70 20 30 50 50 80 30 40 50 性別 女 女 男 男 女 女 女 女 女 男 男 男 女 男 女 男 女 女 女 男 女 女 男 男 女 女 男 女 男 女 女 女 女 男 女 女 地域 布引 和歌浦 和歌浦 和歌浦 布引 布引 布引 和歌浦 地域の特徴を表すものが良い 布引 和歌浦 布引 和歌浦 和歌浦 布引 布引 和歌浦 和歌浦 和歌浦 観光的なもので親しみを持てるも 和歌浦 のが良い 布引 和歌浦 和歌浦 布引 和歌浦 布引 和歌浦 周辺との調和がとれているもの 和歌浦 が良い 布引 布引 和歌浦 布引 布引 布引 歴史的な要素が現れているもの 布引 が良い 和歌浦 和歌浦 域住民の直接的な私権制限に関わってくるため指定は難しい。 中期における施策の目標は短期と同じく住民の意識の向上であるが、景観形成 を前提とした施策への住民参加が必要になってくると考えられる。ここでの制度 は比較的緩やかな制度であるべきであり、届け出制が効果的であると考えられる。 建築物の建築、工作物の建設等の開発行為に対して、事前に届け出を行うことを 義務付け、開発行為の事前審査をすることにより、景観との調和の破壊、眺望阻 害になる可能性があると思われるものを未然に防いでいくことが必要である。し かし、問題点としては不徹底等によりすべての開発行為に対して適用されないこ ともある。 長期においては景観法について検討する。景観法に定められている「景観重要 建造物」 「景観重要公共施設」 「景観農業振興地域」 「重要文化的景観」2)を和歌 浦地域への適用について検討する。 図‐4 重回帰分析・クラスタ分析結果 ①不老橋 ・修復が必要 ・布引との調和 ②名草山 ・和歌浦地域とのつ ながりを深める ③紀三井寺 ・修復が必要 ・堤防の整備 ④干潟 ・水質の悪化 ・周辺との調和 ⑤マリーナシティ ・外観に配慮 ・修復が必要 ⑥観海閣 ・植栽の手入れ ⑦玉津島 ・松の手入れ ⑨東照宮 ・修復が必要 ・住宅と農地の調和 が感じられない ⑩布引の農地 ・地域とのつながり が少ない ⑫片男波遊歩道 ・植栽の手入れ ・松の植栽の手入れ ⑬アートキューブ ・外観に配慮 ・松並木の手入れ ・川の清掃 ・駐車場の整備 ⑮天満宮 ・修復が必要 ・植栽の手入れ ⑯御手洗池 ・周辺との調和をとる ・観光的にする ・砂浜をなだらかにする ⑰片男波 ・植栽の手入れ ・昔の姿に戻す ⑱和医大 ・周辺との調和 ・自転車や歩行のため の歩道が必要 ⑲シーサイドロー ・観光的な整備 ド ・整備が未完 ・景観に配慮した整備 ・街路樹が少ない ・店看板の調和 ⑳国道沿い ・観光的な整備により 紀三井寺と和歌浦をつ なぐものにすべき ⑭市町川沿い 図‐5 改善点まとめ 3.3 ヒアリング調査 布引地域の住民に対してヒアリング調査を行った。調査目的は住民が持つ地域 像・将来像または、地域に対する考えを把握することである。回答者は農業を営 んでいる方が15 名、農業をしていない方が9 名の計24 名である。ヒアリングか ら得られた意見をKJ 法によりまとめ、地域の課題を明らかにした。 布引地域の住民の方々は住宅の色や形態、高さ、土地利用に関して規制がかか ることに対しては反対意見を持っているということがわかった。その根底にある ものとしては、まず和歌浦、特に布引地域が景観形成または保全のための規制を かけなければならない程の地域ではないという考えがある。もう一つの理由とし ては、布引地域の盛んな農業が後継者問題もあり、今後農業が継続できるかわか らないということがあり、万が一所有している農地を売らざるを得ない状況にな った場合、厳しい規制がかけられている土地であると売却が困難になってしまう という意見がある。このように現在では、農業が盛んに行われていることにより 景観がかろうじて残されているが、地域住民としては積極的に景観を守るための 取り組みをしていくという姿勢には至っていないと言える。 4. 景観形成の方向性について アンケート調査結果からクラスタAに分類されたものは歴史的・自然的景観で あることから保全を目標とし、クラスタB に分類されたものは文化的景観であり 今後地域の生活とともに形成していくことを目標とする。またクラスタC・D に 分類されたものは近代的景観であり周辺の歴史的・自然的景観と文化的景観との 調和を考慮しつつ改善していくことを目標に設定する。 短期的な施策として文化財指定を検討する。地域の課題として地域住民は景観 を積極的に保全または形成していくという姿勢にはまだ至っていないというこ とが挙げられた。文化財指定により個々の文化的価値を有するものの保護措置が 可能となるが文化財指定のみでは地域の景観として考えた保全には効果は期待 できないと考えられる。よって地域に存在する文化的価値を有するものを文化財 として提示することにより地域住民の和歌浦の景観に対する意識の向上を図る ことが望ましい。具体的には、現在指定されている和歌浦地域を中心とした不老 橋・玉津島・観海閣・御手洗池等を含む計9 件に加え、アンケートの分析結果で 歴史的・自然的景観と文化的景観に分類できた名草山・干潟・布引の農地・紀三 井寺が指定の価値を有すると考えられる。しかし、布引の農地に関しては布引地 図‐6 景観法適用イメージ 「景観重要建造物」は景観行政団体の許可を得なければ増改築・修繕・色彩の 変更等ができないとされることから、歴史的・自然的景観(クラスタA)に分類 された寺社等の保存に効果が期待できる。 「景観重要公共施設」は道路・河川・ 海岸等に指定される。近代的景観(クラスタD)に分類された国道沿いとシーサ イドロードについては、住民の意見として“周辺の景観に調和した道路整備” “観 光地としてのアピールになる道路整備”が必要ということがヒアリングから得ら れたことから、景観重要公共施設の制度にある協議・調整の仕組みにより周辺と 一体となった景観形成効果が期待できる。 「景観農業振興地域」は景観と調和の とれた農業的土地利用についての勧告を行うことが可能になる。また農地の利用 権の取得を景観整備機構が行うことが可能になり、耕作放棄地の対策に有効的で ある。 「重要文化的景観」は地域における人々の生活または生業及び当該地域の 風土により形成された文化的景観であるものに対して指定可能である。万葉の時 代においても干潟と山々の織り成す景観が歌に詠まれたとされており、またアン ケートの結果より文化的景観(クラスタB)に分類することができた名草山・干 潟の指定が有効的であると考えられる。重要文化的景観の制度により文化的景観 の保護措置が可能となる。 5. おわりに 景観形成施策の方向性としては短期に文化財指定、中期に届け出制、長期に景 観法の活用を挙げたが、景観法の長所としては合意形成により住民が主体となっ た景観施策が可能という点であると考えられるため、短期・中期における住民の 景観に対する意識の向上が重要であり、住民が積極的に取り組みに参加すること が景観法を効率良く活用するうえで必要である。 和歌浦の景観を考える際、布引地域の今後の状況が与える影響が非常に大きい と考えられる。景観法の景観農業振興地域の制度により、布引地域の農地が耕作 放棄状態になってしまった場合の対策にはなるが、地域の環境と地域住民の生活 が共にあることが文化的景観として価値の高い景観であるとされている。そのた め地域の生活を継続することを目標とした計画方針が必要である。 本研究では景観法に組み込まれた「景観重要建造物」等のツールについての検 討を行ったが、自主条例等における細かい規制内容や基準については地域住民と の協議により合意形成を図りつつ設定していく必要がある。 参考文献・資料 1) 和歌山市: 「和歌山市史」 2) 景観まちづくり研究会(2004) :景観法を活かす
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