財団法人 化学物質評価研究機構 フェナントレン - 国立環境研究所

財団法人 化学物質評価研究機構
フェナントレン
(Phenanthrene)
【対象物質の構造】
CAS 番号:85-01-8
分子式:C14H10
【物理化学的性状】
分子量
沸点(℃)
蒸気圧(Pa)
水溶解度(mg/L)
LogPow
178.23
340(760mmHg)
0.0149 (25℃)
1.15 (25℃)
4.52 (実測値)
出典
化学物質の環境リスク評価
第 4 巻(環境省)
【毒性、用途】
毒性
:
マウス
急性経口毒性 LD50:700mg/kg
急性、慢性局所作用はないが、皮膚に光感作性を有する。全身的な毒性
は未詳である。変異原性: Ames 試験では、代謝活性化の存在下で陽
性である。
用途 : 染料・顔料・塗料・インキ(染料)・衛生材料・農薬(医薬,医薬中間体)・
化学合成原料等(合成中間体)
127
§1
分析法
(1) 分析法概要
水質試料についてはサロゲート化合物標準液(フェナントレン-d10)を添加後、固
相抽出、メタノールで洗浄、脱水、ジクロロメタンで溶出を行い、GC/MS によって
定量する。
底質試料についてはサロゲート化合物標準液(フェナントレン-d10)を添加後、ア
セトンで抽出、20 %アセトン水溶液とした後、水質試料と同様に固相抽出、メタノール洗浄、
脱水、ジクロロメタンで溶出を行い、GC/MS によって定量する。
(2) 試薬・器具
【試薬】(注 1)
フェナントレン標準品、フェナントレン-d10 標準品:和光純薬工業社製
アントラセン-d10:Aldrich 社製
ジクロロメタン、メタノール、アセトン、ヘキサン:残留農薬試験用
精製水:超純水製造システム(Milli-Q Gradient-A10)
活性炭:30/60mesh
日本ミリポア社製
ジーエルサイエンス社製
固相抽出カートリッジ:Strata SDB-L 500mg/6mL phenomenex 社製
【器具】
マイクロシリンジ、固相抽出装置、メスシリンダー、10 mL 目盛り付き試験管、50mL
遠沈管、窒素ガス濃縮装置、パスツールピペット、駒込ピペット
(3) 分析法
【試料の採取及び保存】
環境省「化学物質環境調査における試料採取にあたっての留意事項」に従う。
【試料の前処理及び試料液の調製】(注 2)
〔水質〕
試料 200 mL をとり、サロゲート化合物標準液(10 μg/mL)を 5 μL(添加量 50 ng)
添加する。
固相抽出装置に固相抽出カートリッジ(SDB)を装着し、ジクロロメタン 20 mL、
アセトン 10 mL、精製水 20 mL で洗浄した後 (注 3) 、10 mL/min で試料を通水する。
(注 4)
通水終了後、精製水 5 mL で洗浄し、3000 rpm で 5 分間水分を遠心分離除去した後、
128
メタノール 5 mL でカートリッジの洗浄と脱水を行う。次に、ジクロロメタン 6 mL
で目的物質を溶出させる。溶出液は活性炭を通した窒素気流下で 1 mL 以下まで濃縮
した後(注 5) 、測定用内標準液(10 μg/mL)を 5 μL(添加量 50 ng)加え、ジクロロメタ
ンで 1 mL とする。
〔底質〕
乾泥換算で 15 g となるよう湿試料を 50 mL 遠沈管にとり、サロゲート化合物標準
液(10 μg/mL)を 5 μL(添加量 50 ng)添加する。(注 6)
試料にアセトン 20 mL を加え、10 分間振とう、更に 10 分間の超音波処理により抽
出を行う。3000 rpm で 5 分間遠心分離を行った後、アセトン抽出液を回収する。再度
アセトン 20 mL を加え、同様の操作を繰り返す。回収したアセトン抽出液 40 mL に、
アセトン濃度が 20 %となるように 200 mL まで精製水を加え、混合する(注 7)。
固相抽出装置に固相抽出カートリッジ(SDB)を装着し、ジクロロメタン 20 mL、
アセトン 10 mL、20 %アセトン水溶液 20 mL で洗浄した後 (注 3) 、10 mL/min で試料
を通水する(注 4)。
通水終了後、20 %アセトン水溶液 25 mL でメスシリンダーを洗い込みながらカート
リッジに通水させ、さらに 20 %アセトン水溶液 5 mL、メタノール 10mL でカートリ
ッジを洗浄、脱水する。その後、ジクロロメタン 6 mL で目的物質を溶出させる。溶
出液は活性炭を通した窒素気流下で 1 mL 以下まで濃縮した後(注 5) 、測定用内標準
液(10 μg/mL)を 5 μL(添加量 50 ng)加え、ジクロロメタンで 1 mL とする。
【空試験液の調製】
試料を用いずに【試料の前処理及び試料液の調製】の項に従って操作し、得られた
試料液を空試験液(操作ブランク)とする。
【標準溶液の調製】
フェナントレン及びサロゲート化合物(フェナントレン-d10)は 100 mg を容量 100 mL
全量フラスコにそれぞれ正確にはかり取り、アセトン少量に溶解させた後、ヘキサン
を加えて全量を 100 mL とし、1000 μg/mL 標準原液を調製する。
測定用内標準液(アントラセン-d10)は 100 mg を容量 100 mL 全量フラスコにそれぞ
れ正確に秤り取り、アセトンを加えて全量を 100 mL とし、1000 μg/mL 標準原液を調
製する。
検量線(0.2~500 ng/mL、サロゲート化合物及び内標準物質濃度:50 ng/mL)及び
測定用内標準液(10 μg/mL)はジクロロメタンを用いて希釈し、添加用サロゲート化
合物標準液(10 μg/mL)はアセトンを用いて希釈する。
129
【測定】
〔GC/MS 条件〕
装
置
HP6890 Series Plus (Agilent Technologies 製)
HP5973MSD (Agilent Technologies 社製)
カ
ラ
ム
CP-Sil 8CB MS(Chrompack 製)
長さ 30 m、内径 0.25 mm、膜厚 0.25 μm
カラム温度
70℃(1min)-(20℃/min)-180℃-(7℃/min)-230℃-(25℃
/min)
-300℃(5min)
注
入
法
スプリットレス法
注
入
量
1 μL
注入口温度
250 ℃
トランスファーライン温度
300 ℃
流量制御法
定流量モード
イオン源温度
230 ℃
イオン化法
電子衝撃イオン化法(EI)
イオン化電圧
70 eV
測定モード
Selected Ion Monitoring(SIM)
対
象
物
1.2 mL/min
質:フェナントレン
m/z178,152(RT 10.70)
サロゲート物質:フェナントレン-d10
m/z188,160(RT 10.69)
内 標 準 物 質:アントラセン-d10
m/z188,160(RT 10.82)
〔検量線〕
標準溶液 1 μL を GC/MS に注入し、得られた対象物質とサロゲート物質のピーク面
積比から検量線を作成する。
〔定量〕
試料溶液 1 μL を GC/MS に注入し、得られた対象物質とサロゲート物質のピーク面
積比から検量線により試料溶液中の検出濃度を算出する。サロゲート物質の回収率は、
内標準物質との面積比から求める。
〔濃度の算出〕
最終定容量 (mL)
試料中の濃度 (μg/L , μg/kg) = 検出濃度 (ng/mL) ×
試料量 (mL,g)
130
〔装置検出下限(IDL)〕
本分析に用いた GC/MS の IDL を以下に示す(注 8)。
対象物質
IDL
(ng/mL)
フェナントレン(水質)
フェナントレン(底質)
0.068
試料量
200mL
15g-dry
最終液量
(mL)
1
1
IDL 試料換算濃度
0.00034μg/L
0.0045μg/kg-dry
〔測定方法の検出下限(MDL)、定量下限(MQL)〕
本分析法における検出下限及び定量下限を以下に示す(注 9)。
対象物質
試料量
フェナントレン(水質)
フェナントレン(底質)
200mL
15g-dry
最終液量
検出下限
(mL)
1
0.0014 μg/L
1
0.023 μg/kg-dry
定量下限
0.0036 μg/L
0.061 μg/kg-dry
注解
(注 1)
ここで示す製品は実際に使用した商品を掲げたが、これらを推奨するわけではなく、
これらと同等以上の品質、性能のものを用いても問題ない。
(注 2)
器具、ピペット類は予めアセトン又はジクロロメタンで洗浄し、使用する溶剤はな
るべく未開封のものを使用したほうがよい。
(注 3)
固相抽出カートリッジよりフェナントレンが溶出するので、十分コンディショニン
グを行う。
(注 4)
通水速度は 10~40 mL/min の範囲は問題ない。
(注 5)
活性炭を通した窒素気流を用いることにより、ブランク値の低減と再現性が向上す
る。
(注 6)
通常、底質中からはフェナントレンが多量に検出されるので、適宜、試料量、サロ
ゲート物質添加量を調整する。
(注 7)
アセトン抽出液には試料中の水分も含まれているが、アセトン濃度 10~20 %の範
131
囲であれば問題ない。
(注 8)
装置検出下限(IDL)は、「化学物質環境実態調査の手引き」(平成 18 年 3 月)に従っ
て、表 1 のとおり算出した。
表 1. 装置検出下限(IDL)の算出
フェナントレン
対象物質
水質
200mL
試料量
最終液量 (mL)
注入液濃度 (ng/mL)
装置注入量 (μL)
結果 1
結果 2
結果 3
(ng/mL)
結果 4
結果 5
結果 6
結果 7
平均値 (ng/mL)
標準偏差 (ng/mL)
IDL (ng/mL)
IDL 試料換算値
S/N (0.2 ng/mL)
CV (%)
底質
15g-dry
1
0.2
1
0.192
0.197
0.188
0.210
0.219
0.239
0.206
0.207
0.018
0.068
0.00034μg/L
0.0045μg/kg-dry
8.5
8.5
※IDL=t(n-1, 0.05)×σn-1×2
132
アバンダンス
イオン 178.00 (177.70 ~ 178.70): 7B022735.D\data.ms
59
Phenanthrene 0.2 ng/mL
58
57
56
(m/z 178)
55
54
10.744
53
52
51
50
49
48
47
46
45
44
43
42
41
40
9.80
10.00
10.20
10.40
10.60
10.80
11.00
11.20
11.40
11.60
時間-->
アバンダンス
イオン 188.00 (187.70 ~ 188.70): 7B022735.D\data.ms
2400
2200
Phenanthrene-d10 50ng/mL
2000
1800
1600
(m/z 188)
10.688
Anthracene-d10 50ng/mL
1400
1200
(m/z 188)
1000
800
10.819
600
400
200
0
10.10 10.20 10.30 10.40 10.50 10.60 10.70 10.80 10.90 11.00 11.10 11.20 11.30
時間-->
図 1. 標準物質(IDL)の SIM クロマトグラム
133
(注 9)
測定方法の検出下限(MDL)及び定量下限(MQL)は、「化学物質環境実態調査の手引
き」(平成 17 年 3 月)に従って、表 2 のとおり算出した。試料は水質には河川水を、底
質には湖沼の底質を使用した。
表 2. 測定方法の検出下限(MDL)及び定量下限(MQL)の算出
フェナントレン
水質(河川水)
底質(湖沼底質)
200mL
15g-dry
無添加
無添加
‐
‐
1
1
1
1
1
1
物質名
試料量
標準添加量 (ng)
試料換算濃度 (μg/L)
最終液量 (mL)
注入液濃度 (ng/mL)
装置注入量 (μL)
操 作 フ ゙ ラ ン ク 平 均 (μg/L 又 は
μg/kg)
結果 1
結果 2
結果 3
結果 4
(μg/L 又はμg/kg)
結果 5
結果 6
結果 7
結果 8
平均値 (μg/L 又はμg/kg)
標準偏差 (μg/L 又はμg/kg)
MDL (μg/L 又はμg/kg)
MQL (μg/L 又はμg/kg)
CV (%)
0.00334
0.0219
0.00512
0.00514
0.00493
0.00442
0.00503
0.00508
0.00568
0.00537
0.00509
0.00036
0.0014
0.0036
7.1
0.0511
0.0673
0.0586
0.0660
0.0551
0.0535
0.0588
0.0654
0.0595
0.0061
0.023
0.061
10.3
※MDL=t(n-1, 0.05)×σn-1×2、MQL=σn-1×10
※操作ブランク平均:
試料マトリクスのみがない状態で他は同様の操作を行い測定した値の平均
値
134
§2
解説
【分析法】
〔フローチャート〕
分析のフローチャートを図 2 に示す。
〔水質〕
水質試料 200mL
サロゲート50ng添加
フェナントレン-d10
固相抽出
SDBカートリッジ
〔底質〕
底質試料15g-dry
サロゲート50ng添加
フェナントレン-d10
洗浄、脱水
溶出
遠心分離
メタノール5mL
ジクロロメタン6mL
濃縮
IS 50ng 添加
窒素ガス吹付1mL
アントラセン-d10
GC/MS
2回繰り返し
抽出
遠心分離
固相抽出
3000rpm 5分
アセトン20mL
振とう・超音波各10分
SDBカートリッジ
洗浄、脱水
20%アセトン水溶液30mL ジクロロメタン6mL
メタノール10mL
濃縮
IS 50ng 添加
窒素ガス吹付1mL
アントラセン-d10
図 2. 分析のフローチャート
〔検量線及びマススペクトル〕
検量線及びマススペクトルを以下に示す。
18
16
y = 0.0258 x - 0.0086
R 2 = 1.0000
Area ratio
14
12
10
8
6
4
2
0
0
100
200
300
400
500
600
Concentration (ng/mL)
図 3. 検量線(フェナントレン濃度範囲 0.2~500 ng/mL,フェナントレン-d10 50 ng/mL)
135
溶出
GC/MS
アバンダンス
10.372 ~ 10.409 min の平均: 6C120102.D\data.ms (-)
178
1500000
1400000
1300000
1200000
1100000
1000000
900000
800000
700000
600000
500000
400000
300000
200000
76
100000
0
152
89
63
50
99 111 126 139
60
80
100
120
140
163
160
180
207
200
220
240
260
281
280
m/z-->
図 4. フェナントレンの MS スペクトル
アバンダンス
8.822 ~ 8.835 min の平均: 7B011604.D\data.ms (-)
188
3500
3000
2500
2000
1500
1000
500
0
50
60
70
80
160
94
80
66
55
90 100 110 120 130 140 150 160 170 180 190
m/z-->
図 5. フェナントレン-d10 の MS スペクトル
アバンダンス
8.903 ~ 8.953 min の平均: 7B011602.D\data.ms (-)
188
2600000
2500000
2400000
2300000
2200000
2100000
2000000
1900000
1800000
1700000
1600000
1500000
1400000
1300000
1200000
1100000
1000000
900000
800000
700000
600000
500000
400000
300000
94
100000
0
160
80
200000
66
52
50
60
70
80
90
132
146
170 180
207
100 110 120 130 140 150 160 170 180 190 200 210
102110118
m/z-->
図 6. アントラセン-d10 の MS スペクトル
136
〔添加回収実験結果〕
環境試料への標準物質添加回収実験結果を表 3 に示す。試料は水質には河川水を、
底質には底質(泥状)を使用した。
表 3. 添加回収実験結果
物質名
試料量
標準添加量 (ng)
試料換算濃度 (μg/L 又はμg/kg-dry)
最終液量 (mL)
注入液濃度 (ng/mL)
装置注入量 (μL)
操作ブランク平均 (μg/L 又はμg/kg-dry)
無添加平均 (μg/L 又はμg/kg)
結果 1
結果 2
結果 3
(μg/L 又はμg/kg-dry)
結果 4
結果 5
結果 6
平均値 (μg/L 又はμg/kg-dry)
標準偏差 (μg/L 又はμg/kg-dry)
CV (%)
回収率 (%)
フェナントレン
水質(河川水)
底質(泥状)
200mL
15g-dry
10
150
0.05
10
1
1
10
150
1
1
0.00311
0.0297
0.00509
3.1
13.4
0.0533
13.0
0.0456
13.3
0.0506
12.9
0.0496
13.4
0.0513
13.9
0.0498
0.0500
13.3
0.0026
0.35
5.1
2.6
89.9
94.9
※操作ブランク平均:
試料マトリクスのみがない状態で他は同様の操作を行い測定した値の平均
値
※無添加平均:
MDL 算出用試料に標準を添加していない状態で含まれる濃度の平均値
137
【分析の検討事項】
1. 水質
1.1
固相抽出カートリッジ、溶出溶媒の検討-1
フェナントレン 500 ng を各カートリッジ(Strata SDB-L:Phenomenex 社製、InertSep
RP-1:GL Sciences 社製、ENVIRELUT-PAH:VARIAN 社製)に直接添加し、各溶媒 5
mL ずつで 2 回溶出させた溶出液にフェナントレン-d10 250ng を添加し、フェナントレ
ンの回収率を求めた。
結果、いずれのカートリッジでもアセトン/ヘキサン(1/1)、ジクロロメタン溶出で比
較的高い回収率が得られた。また SDB カートリッジではメタノールでほとんど溶出
しないという特徴が見られた。フェナントレンは雰囲気中にも存在しており、カート
リッジ乾燥時の汚染が懸念されるので、今回、窒素気流下でのカートリッジの乾燥は
行わないこととし、次の検討-2 を行った。
100
SDB:1F
2F
94
90
8685
81
85
84
82
82
RP-1:1F
2F
80
74
73
回収率(%)
70
6465
61
60
PAH:1F
2F
50
43
40
30
20
10
06
.
0
アセトン アセトン /ヘキサン ジクロロメタン 酢酸エチル
メタノール
図 7. 固相抽出カートリッジと溶出溶媒による回収率-1
1.2
固相抽出カートリッジ、溶出溶媒の検討-2
河川水にフェナントレン 100 ng、フェナントレン-d10 50ng を添加し、PAH カートリ
ッジ、SDB カートリッジに負荷させ、PAH カートリッジは遠心分離で脱水後、①ア
セトン / ヘキサン(1/1) 5 mL、ジクロロメタン 5 mL で溶出させた。SDB カートリッ
ジについてはメタノール 5 mL で脱水、洗浄後、②アセトン / ヘキサン(1/1) 5 mL、ジ
クロロメタン 5 mL と③ジクロロメタン 10 mL の 2 通りで溶出させ、測定用内部標準
を 50 ng 加え、フェナントレンとフェナントレン-d10 の回収率をそれぞれ求めた。
結果、①PAH カートリッジ:アセトン/ヘキサン(1/1) 5 mL、ジクロロメタン 5 mL
138
溶出と③SDB カートリッジ:ジクロロメタン 10 mL 溶出でほぼ同様の結果が得られ
たが、SDB カートリッジではメタノールで洗浄、脱水ができる利点を考慮して、③を
採用した。また、③のフラクションを確認した結果、最初のジクロロメタン 5 mL で
フェナントレンはほぼ回収されており、第 2 フラクションの回収は 1 %未満であった
ことから、操作性と安全率を考慮して、溶出はジクロロメタン 6 mL とした。
100
88
93
85
77
回収率(%)
80
87
75
フェナントレン-d10
フェナントレン
60
40
20
0
①PAH
②SDB
アセトン/ヘキサン(1/1) 5mL アセトン/ヘキサン(1/1) 5mL
ジクロロメタン 5mL
ジクロロメタン 5mL
③SDB
ジクロロメタン 10mL
図 8 固相抽出カートリッジと溶出溶媒による回収率-2(通水、脱水操作も含む)
1.3
窒素気流下での濃縮操作によるロスの確認
窒素気流下での濃縮操作によるロスの確認するために、ジクロロメタンにフェナン
トレン 100 ng、フェナントレン-d10 50ng を添加し、窒素気流下で 1 mL まで濃縮、測
定用内部標準を 50 ng 添加し、操作ブランクから差し引き、それぞれの回収率を求め
た。窒素気流下でのロスは見られなかった。
表 4. 窒素気流下の濃縮操作の回収率
フェナントレン
回収率
(%)
98
フェナントレン-d10
98
対象物質
139
1.4
通水速度
通水速度による回収率の変化があるかを確認するために、河川水にフェナントレン
-d10 50ng を添加し、10~40 mL/min の通水速度で回収率を求めた。ばらつきも考慮す
ると通水速度による大きな回収率の変化は見られなかった。また、操作ブランクにも
フェナントレンのピークが検出されるが、通水速度によるブランク値も変化は見られ
なかった。
100
回収率(%)
80
60
40
20
0
0
10
20
30
40
50
通水速度(mL/min)
図 9 通水速度による回収率(フェナントレン-d10)の変化
1.5
ブランクの検討
今回の分析では操作ブランクにフェナントレンのピークが確認された。ブランクの
低減を目指して各種検討を行った。
1.5.1
固相抽出カートリッジ
SDB カートリッジのブランクを確認するために、ジクロロメタンで 6 mL ずつ溶出
させ、窒素気流下で 1 mL に濃縮後、分析を行った。
結果、第 2 フラクションまでフェナントレンが IDL 以上検出されたので、安全を見
てコンディショニングはジクロロメタン 20 mL とした。
140
3.756
検出濃度(ng/mL)
4
3
2
1
0.123
0.087
0.066
0
IDL 0.07
ジクロロメタン ジクロロメタン ジクロロメタン ジクロロメタン
1F 6mL
2F 6mL
3F 6mL
4F 6mL
図 10 SDB カートリッジのブランクの確認
1.5.2
窒素気流下での濃縮操作
窒素気流下での濃縮操作でのブランクを低減させるために活性炭を通した窒素と
通していない窒素で操作ブランク値を比較した。
結果、活性炭を通した操作ブランクの方が値は低くなり、繰り返し再現性も若干向
上した。活性炭を通した操作ブランクは n=6、通していない操作ブランクは n=4 行っ
た。
1.2
検出濃度(ng/mL)
1.0
0.8
0.6
0.4
0.2
0.0
0
活性炭あり 活性炭なし
図 11. 活性炭あり、なし窒素気流下での操作ブランクの比較
141
1.5.3
精製水
操作ブランク、分析前処理に使用する精製水をジクロロメタンで予め振とうしたも
のとしていないもの、また、市販ミネラルウォーター(ボルビック)の 3 種類を用いて、
操作ブランクに差が表れるか検討した。
結果、ばらつきを考慮すると有意差は見られず、精製水のままで問題ないと判断し
た。
1.2
検出濃度(ng/mL)
1.0
0.8
0.6
0.4
0.2
0.0
DCM抽出後 市販ミネラル
精製水 ウォーター
0
精製水
図 12. 精製水、ジクロロメタン抽出後精製水、市販ミネラルウォーターでの操作ブランクの比較
1.6
固相抽出、溶媒抽出法の比較
フェナントレンは試料中の微粒子に吸着しやすい懸念があることから、微粒子に吸
着したフェナントレンが抽出されているかを確認するために、河川水にフェナントレ
ン 1 μg を添加し、24 時間冷暗所で保存したものと、フェナントレンを添加後、直ち
に前処理を行ったもので、固相抽出法と溶媒抽出法で差があるか比較検討した。
結果、1 日放置後の固相抽出法と溶媒抽出法との差はなく、固相抽出法で問題はな
いと判断した。
142
1日後/直後(%)
100
99
99
固相抽出
溶媒抽出
80
60
40
20
0
図 13. 固相抽出法と溶媒抽出法の比較
2.
底質
フェナントレンは雰囲気からの汚染があり、今回の分析では水質の操作ブランクか
らフェナントレンが検出された。精度を保ちつつ、且つ低い要求感度を満たすために、
底質の前処理においても、できるだけ簡便な方法を用いるため、水質の前処理方法を
応用する形で検討を進めた。
2.1
SDB カートリッジ通水時の溶媒比
SDB カートリッジではメタノールでフェナントレンがほとんど溶出しないことか
ら、メタノールとアセトンの組み合わせと、精製水とアセトンの組み合わせで溶媒の
比を変え、フェナントレン 600 ng、フェナントレン-d10 300ng を添加、通水し、メタ
ノールで洗浄後、ジクロロメタン 6 mL で溶出、測定用内部標準 300 ng を添加し、そ
れぞれの回収率を求め、アセトン抽出液の SDB カートリッジへの通水条件を検討し
た。
結果、メタノール、アセトンの混合溶媒では回収率が悪かったが、精製水、アセト
ンの組み合わせでは、アセトンの割合が 10~20%の時に良好な結果が得られた。アセ
トン抽出後の濃縮操作を省略するために、通水条件はアセトン 20%溶液とした。
143
100
90
90
フェナントレン
80
80
フェナントレン-d10
70
70
60
回収率(%)
回収率(%)
100
50
40
60
50
40
30
30
20
20
10
10
0
0
0
10
20
30
0
メタノール中のアセトン濃度(%)
10
20
30
40
50
60
70
精製水中のアセトン濃度(%)
図 14. SDB カートリッジ通水時の溶媒比による回収率の比較
3.
操作ブランク試験
今回、水質、底質共に、操作ブランクにフェナントレンが検出された。操作ブラン
クの検討結果を基に、水質は精製水を用いて、底質は試料の代わりは何も用いずに、
繰り返し試験を行った。結果を表 5 に示す。水質、底質共に、検出下限程度のフェナ
ントレンが検出された。
144
表 5. 操作ブランク繰り返し試験結果
フェナントレン
物質名
試料量
標準添加量 (ng)
試料換算濃度 (μg/L)
最終液量 (mL)
装置注入量 (μL)
結果 1
結果 2
結果 3
結果 4
(μg/L 又はμg/kg)
結果 5
結果 6
結果 7
結果 8
結果 9
平均値 (μg/L 又はμg/kg)
標準偏差 (μg/L 又はμg/kg)
MDL 参 考 (μg/L 又 は
μg/kg)
MQL 参 考 (μg/L 又 は
μg/kg)
CV (%)
水質
200mL
無添加
‐
1
1
0.00170
0.00206
0.00195
0.00274
0.00204
0.00281
0.00228
0.00164
‐
0.00215
0.00043
底質
‐
無添加
‐
1
1
0.0206
0.0211
0.0282
0.0396
0.0222
0.0212
0.0186
0.0230
0.0237
0.0242
0.0063
0.0016
0.024
0.0043
0.063
20.2
26.1
※MDL=t(n-1, 0.05)×σn-1×2、MQL=σn-1×10
〔分解性スクリーニング試験結果〕
分解性スクリーニング試験結果を表 6 に示す。
pH
表 6. 分解性スクリーニング試験結果
初期濃度
1 時間後の残存率
5 日後の残存率
(%)
暗所(%)
明所(%)
(μg/L)
5
10
95
93
-
7
10
95
92
92
9
10
95
95
-
145
アバンダンス
イオン 178.00 (177.70 ~ 178.70): 7B022712.D\data.ms
140
130
120
110
100
90
80
10.739
70
60
50
40
30
20
10
9.80
10.00
10.20
10.40
10.60
10.80
11.00
11.20
11.40
11.60
時間-->
図 15. 操作ブランク(水質)のクロマトグラム
アバンダンス
イオン 178.00 (177.70 ~ 178.70): 7B022706.D\data.ms
140
130
120
110
100
90
10.739
80
70
60
50
40
30
20
10
9.80
10.00
10.20
10.40
10.60
10.80
11.00
11.20
11.40
11.60
時間-->
図 16. 河川水無添加(MDL)のクロマトグラム
アバンダンス
イオン 178.00 (177.70 ~ 178.70): 7B022718.D\data.ms
1150
1100
1050
1000
950
900
850
800
750
700
650
10.741
600
550
500
450
400
350
300
250
200
150
100
50
9.80
10.00
10.20
10.40
10.60
10.80
11.00
11.20
11.40
時間-->
図 17. 河川水添加(10 ng)のクロマトグラム
146
11.60
アバン ダンス
イオン
178.00
(177.70
~ 178.70): 7B042313.D\data.ms
190
180
170
160
150
140
130
120
110
100
11.649
90
80
70
60
50
40
30
20
10.60
10.80
11.00
11.20
11.40
11.60
11.80
12.00
12.20
12.40
時間-->
図 18. 操作ブランク(底質)のクロマトグラム
アバンダンス
イオン 178.00 (177.70 ~ 178.70): 7B042304.D\data.ms
190
180
170
160
150
140
11.655
130
120
110
100
90
80
70
60
50
40
30
20
10.60
10.80
11.00
11.20
11.40
11.60
11.80
12.00
12.20
12.40
時間-->
図 19. 底質無添加(MDL)のクロマトグラム
アバンダンス
イオン 178.00 (177.70 ~ 178.70): 7B042413.D\data.ms
11500
11000
10500
10000
9500
9000
8500
11.649
8000
7500
7000
6500
6000
5500
5000
4500
4000
3500
3000
2500
2000
1500
1000
500
0
10.60
10.80
11.00
11.20
11.40
11.60
11.80
12.00
12.20
12.40
時間-->
図 20. 底質無添加(添加回収用)のクロマトグラム
147
アバンダンス
イオン 178.00 (177.70 ~ 178.70): 7B042407.D\data.ms
34000
32000
30000
28000
26000
11.650
24000
22000
20000
18000
16000
14000
12000
10000
8000
6000
4000
2000
0
10.60
10.80
11.00
11.20
11.40
11.60
11.80
12.00
12.20
12.40
時間-->
図 21. 底質添加(添加回収 150 ng)のクロマトグラム
【評価】
本法により、水中に 0.001 μg/L 、底質中に 0.02 μg/kg-dry レベルで存在するフェナ
ントレンの定量が可能である。水質、底質共に、操作ブランクからフェナントレン
が検出されたが、操作を簡便に且つ、使用する器具の洗浄に留意することにより要
求感度を満たすことが可能である。
【参考文献】
環境庁環境保健部環境安全課:平成 10 年度化学物質分析法開発調査報告書(多環芳
香族炭化水素類(PAHs);岡山県環境保健センター)
【担当者氏名・連絡先】
担当
財団法人化学物質評価研究機構
住所
〒345-0043 埼玉県北葛飾郡杉戸町下高野 1600 番地
TEL:0480-37-2601 FAX:0480-37-2521
担当者
柴田和江、川勝健伸、田嶋晴彦
148
Phenanthrene
An analytical method was developed for the determination of Phenanthrene in water and
sediment by GC/MS.
Water sample
A water sample spiked with 50 ng of Phenanthrene-d10 as the sarrogate was passed through a
preconditioned solid phase extraction cartridge (SDB). The cartridge was washed with 5 mL
methanol, and Phenanthrene was eluted with 6mL of dichloromethane. The dichloromethane
phase was concentrated to 1 mL, spiked with 50 ng of Anthracene-d10 as the internal standard,
and analyzed by GC/MS-SIM.
The method detection limits (MDLs) was 0.0014 μg/L. The recovery of Phenanthrene in
spiked river water sample was 89.9%.
Sediment sample
15 g of sediment sample spiked with Phenanthrene-d10(50 ng) as the sarrogate was extracted
with 20 mL of acetone by shaking(10 min), ultrasonication(10 min) , and centrifuged at 3000
rpm for 5 min. The acetone phase was collected. This extraction was repeated for 2 times.
Then 160mL pure water was added into the acetone phase. The solution was passed through a
preconditioned solid phase extraction cartridge(SDB). The cartridge was washed with 30 mL
of 20% acetone/water solution and 10 mL of methanol, and Phenanthrene was eluted with
6mL of dichloromethane. The dichloromethane phase was concentrated to 1 mL, spiked with
Anthracene-d10(50 ng) as the internal standard, and analyzed by GC/MS-SIM.
The method detection limits (MDLs) was 0.023 μg/kg-dry. The recovery of Phenanthrene in
spiked sediment sample was 94.9%.
149
Water sample
Water sample 200mL
Sarrogate 50ng
Phenanthrene-d10
Solid phase extraction
SDB
dehydration
& clean up
centrifuge
Methanol 5mL
Concentration to 1mL
IS 50ng
Anthracene-d10
Elution
Dichloromethane 6mL
GC/MS-SIM
Sediment sample
Repeated for 2 times
Sediment sample 15g-dry
Sarrogate 50ng
Phenanthrene-d10
Extraction
Centrifuge
Acetone 20mL
Shaking(10min)
Ultrasonication(10min)
Solid phase extraction
SDB
3000 rpm for 5 min
dehydration
& clean up
20% acetone solution 30mL
Methanol 10mL
Concentration to 1mL
IS 50ng
Anthracene-d10
150
Added pure water
Elution
Dichloromethane 6mL
GC/MS-SIM
物質名
フェナントレ
ン
分析法フローチャート
備考
〔水質〕
GC/MS-SIM
水質試料 200mL
サロゲート50ng添加
フェナントレン-d10
溶出
ジクロロメタン6mL
固相抽出
洗浄、脱水
SDB
遠心分離
メタノール5mL
濃縮
IS 50ng 添加
窒素ガス吹付1mL
アントラセン-d10
カラム
CP-Sil 8CB MS
(Chrompack 製)
(30 m、0.25 mm、
0.25 μm)
GC/MS
検出下限(MDL)
0.0014μg/L(水質)
〔底質〕
0.023μg/kg(底質)
2回繰り返し
底質試料15g-dry
サロゲート50ng添加
フェナントレン-d10
固相抽出
SDB
濃縮
IS 50ng 添加
窒素ガス吹付1mL
アントラセン-d10
抽出
遠心分離
3000rpm 5分
アセトン20mL
振とう・超音波各10分
洗浄、脱水
溶出
20%アセトン水溶液30mL ジクロロメタン6mL
メタノール10mL
GC/MS
151