最 優 秀 賞 心 の も の さ し

最 優 秀 賞
(中央大会奨励賞)
心のものさし
「私は、まちがっていたのかな?」
さいたま市立大宮八幡中学校
二年 瀬 戸 くるみ
そう切りだした祖母は、ある日の出来事を話し始めました。人が人をみて判断する方法が、見た目や
先入観であって良いのでしょうか。それを正面から考えるきっかけとなりました。
祖母はいつものように、母親の介護に行くため、車を運転していました。その日はとても暑く、エア
コンをつけていたので窓は閉め切っていました。交差点で信号が青になるのを待っていると、助手席の窓
を「トントン」とたたく音がします。そこには、身なりが良いとはいえないおじいさんがいました。
「私は足が悪く、ここまでやっと歩いてきました。少しだけで良いので、乗せていただけませんか。
」
苦しそうなおじいさんを助けたいという一心で、祖母は迷わず
「いいですよ。どうぞ乗って下さい。
」
と引き受けました。そして、会話を交わしながら近くのスーパーまでおじいさんを乗せました。おじい
さんは言葉遣いがとても丁寧で、車から降りた後も
「ありがとうございました。
」
と言い続けていたことが、祖母の印象に残っています。その後母親の介護に向かい、母親と住んでいる
祖母の弟に、この話をしました。しかし、祖母の弟は
「そんなこと危ないから、これからは絶対するな。
」
と祖母を叱りました。
「私は、まちがっていたのかな?」
祖母からそう言われたとき、私はどう答えていいか分からず、かたまってしまいました。しかし、隣
にいた私の弟はすぐに
「おばあちゃんはまちがってないよ。すごいね。
」
と言ったのです。確かに今は、
「知らない人と関わってはいけない」と親が子どもに教えなくてはならな
い時代です。その人と全く接点がない凶悪犯に、明日を簡単にうばわれることもあります。
「まさかそんなことをする人とは思いませんでした。
」
とインタビューに答える隣人の姿を、ニュースでよく目にします。だからといって、人を自分のものさし
ではかり、関わらない方が良いと決めつけて良いのでしょうか。祖母の弟がもっていたのは固い木のもの
さしで、私の弟がもっていたのは、柔らかく、どこまでものびるものさしにみえました。
そんな弟から聞いた話に、私はまた、深く考えさせられました。
弟の学校には、見た目は男の子で心は女の子の上級生がいます。弟は、その上級生から
「君の胸元にあるホクロ、すてきだね。
」
と言われました。それを聞いた私と母は、
「男の子にモテてもしょうがないよね。
」
と弟をからかってしまいました。すると、弟は
「男とか女とか関係ないんだよ。
」
ときっぱり言いました。知らず知らずのうちに、私と母は、曲がったものさしで、その人の内面を勝手
に判断してしまったのかもしれません。固いものさし、曲がったものさしで、人は人をみてはいけないと
思いました。
二人の話を聞いた後、私は、自分の中であるルールを決めました。それは、登下校時、会う人会う人
に笑顔であいさつをすることです。
忙しそうに、いつも早歩きのサラリーマン二人組。それでもあいさつを返してくれます。
朝の散歩が日課のおばあさん。夕方も、また会います。
「いってらっしゃい」と「おかえりなさい」を
両方言ってくれる姿は、もうひとりの母のようです。
草刈りの合間に庭先からひょこっと顔を出して、
「おう、おじょうちゃん。
」
と気軽に話しかけてくれるおじいさん。いつも私を本当の孫のように思って接してくれます。
私は、あいさつをすることで、人と関わることの大切さを深く知ることができました。最近ニュースで
よく目にする虐待の問題も、普段から地域のつながりがあれば、助け舟を出せる人がきっといたはずです。
私が今行っているあいさつ運動は小さなことですが、続けていくことで、地域にとって大きなつながり
になると信じています。そして、誰もがもっている心のものさしが真っすぐにのびて、やさしい社会にな
ることを切に願っています。