奴隷アリ: 奴隷狩りアリの数理モデル: パーマネンスと安定性

SURE: Shizuoka University REpository
http://ir.lib.shizuoka.ac.jp/
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Author(s)
奴隷アリ : 奴隷狩りアリの数理モデル : パーマネンスと安
定性
杉浦, 享一
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2014-12
http://doi.org/10.14945/00008797
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静岡大学 博士論文
奴隷アリ 奴隷狩りアリの数理モデル
パーマネンスと安定性
2014年12月
大学院 自然科学系教育部
環境エネルギーシステム専攻
55945035 杉浦 享一
要旨
本論文は、奴隷狩りするアリモデルを作成し、そのモデルの安定性と奴隷狩り
するアリ (アカヤマアリ Formica sanguinea) が生き残る (パーマネンス) 条件を考
察する。まず、奴隷狩りするアリの仕組みを説明する数学的なモデルを構築する。
数理モデルは、クロヤマアリ Formica Japonica、サムライアリ Polyrgus samurai、
アカヤマアリ Formica sanguinea の3種のアリの個体群密度を変数とする。クロ
ヤマアリが奴隷アリで、日本の優先種である。アカヤマアリとサムライアリが奴隷
狩りをするアリで、クロヤマアリを奴隷として働かせるアリである。この2種の奴
隷狩りするアリの違いは、サムライアリはいつも奴隷狩りをするアリだが、
(奴隷
狩りしないと生きていけないアリ)アカヤマアリは、自身の個体数が閾値よりも
小さくなると奴隷狩りを始めるアリである。このアカヤマアリの個体数はアリー
効果の影響を受けて増減すると仮定し、数理モデルを構築した。この3種のアリ
モデルの平衡点の局所安定性について調べた。そして、アカヤマアリがその個体
数に無関係に常に奴隷狩りする場合に限り、アカヤマアリが生き残る条件 (パーマ
ネンスの条件) を考察した。その条件は、たくさんのクロヤマアリがいること、ア
カヤマアリの奴隷狩り成功率が高いこと、アカヤマアリのアリー効果における閾
値と環境収容力がともに小さいことである。このパーマネンスの条件を満たすよ
うなパラメーターを使って、シミュレーションを行いどのような形態で生き残って
いくのか調べた。アカヤマアリは、3つの形態で生き残ることが分かった。1つ
めは、3種が正の平衡点で共存して生き残る場合である。2つめは、クロヤマア
リとアカヤマアリだけが生き残ることができる場合である。3つ目は、アカヤマ
アリが環境収容力まで増えて、クロヤマアリとサムライアリが周期解で生き残る
場合である。4つめは、アカヤマアリだけがその環境収容力で生き残る場合であ
る。また、このシミュレーションを通じて、求めた条件がパーマネンスになって
いることを確認した。
i
謝辞
長い間ご指導をいただいた竹内康博博士に深く感謝する。彼の変わらない研究
への励ましとこの論文を作成するための非常に貴重な提案と指示なしではこの論
文を完成させることはできなかった。合わせて、貴重なご指導をいただいた今隆
助博士、泰中啓一博士、佐藤一憲博士、細田昭博先生に深く感謝する。そして、最
後に静岡大学でともに研究した同僚の皆様と職場で一緒に働き、私が研究するこ
とを支えてくださった同僚の皆様に深く感謝する。
ii
目次
1
序論
1
2
奴隷狩りするアリ
3
3
2.1
アリ社会の仕組み . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
3
2.2
クロヤマアリ Formica Japonica . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
6
2.3
サムライアリ Polyrgus samurai . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
7
2.4
アカヤマアリ Formica sanguinea . . . . . . . . . . . . . . . . . .
7
先行研究
9
3.1
アリー効果
3.2
ロトカボルテラ方程式 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 15
3.3
パーマネンス . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 19
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
9
3.3.1
序論 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 19
3.3.2
定義 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 19
3.3.3
平均リアプノフ関数 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 21
3.3.4
リプシッツ条件 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 22
4
奴隷狩りアリの数理モデル
24
5
解析結果
26
6
5.1
アカヤマアリのパーマネンス
5.2
平衡状態とその局所安定性 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 28
5.3
数値シミュレーション . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 29
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 26
結論と議論
38
iii
1
序論
日本には、優先種であるクロヤマアリ Formica Japonica と奴隷狩りするサム
ライアリ Polyrgus samurai と自身の個体数に依存して奴隷狩りするアカヤマアリ
Formica sanguinea が生息している。この3種のアリに注目して数学的に解析をお
こなった。数種のアリが奴隷狩りするアリとして知られている。たとえば、アカ
ヤマアリとサムライアリである。 アカヤマアリの生息地域は、中央ヨーロッパか
ら北ヨーロッパ、ロシアから日本、中国、朝鮮半島までである。この種のアリは、
赤みを帯びた黒色をしている。アカヤマアリは、奴隷狩りをしなくても生きてい
くことができる。奴隷狩りするときには、交尾したアカヤマアリの女王が、ほかの
Formica 種のアリの巣に押し入り、その女王アリを殺す。アカヤマアリの女王は、
Formica 種のワーカーを自分と自分の血族のために奴隷として働かせる。アカヤマ
アリが、Formica 種のアリの巣近くに巣をつくり、将来アカヤマアリのワーカーに
なる幼虫やさなぎや繭を奪う場合もある [2-8]。
サムライアリも奴隷狩りするアリの 1 種で、日本に固有の種である。サムライ
アリの女王とワーカーは、黒かダークブラウンで、奴隷狩りされるアリと色が似
ている。奴隷にするアリは、ほかの Formica 種のアリである。サムライアリの若
い女王が巣を飛び立ち、交尾をすることからコロニーはスタートする。若い交尾
したサムライアリの女王のコロニー強奪は、次のような実験で確かめられている。
[9] 次の3つの場合が調べられている。
奴隷狩りされる Formica 種の女王がいる場合 (queenright)、奴隷狩りされる Formica
種の女王がいない場合 (queenless)、奴隷狩りされる Formica 種のワーカーがいな
い場合である。奴隷狩りされる Formica 種の女王がいる場合、サムライアリの女
王は、ホストの巣に入り、女王を殺した。その後、ホストワーカーから女王とし
て扱われる。実験的に調べてみると、すべての queenright と queenless のコロニー
において、7/13 の確率でサムライアリはコロニー強奪に成功した。グルーミング
が始まる時間は、ホストの女王がいる場合の方がホストの女王がいない場合より
早くおこった。奴隷狩りされる Formica 種のワーカーがいない場合、4/5 のサムラ
イアリの女王がクロヤマアリの女王を無視した。このことは、ホストの女王を殺
すことは必要ではなく、ワーカーに受け入れられることが重要であることを示し
1
ている。[10]
クロヤマアリは、日本中の低地や開けた山間部などでよく見かけるアリである。
この種は、土中に巣をつくる。その巣は、地表に直接開いていて、直角に近く 1 か
ら 2 メートルの深さになっている。コロニーのワーカーの数は、16000 程度である。
これらの奴隷狩りするアリは、捕食者として行動する。彼らは、被食者(クロ
ヤマアリ)の巣を攻撃する。奴隷をつくるために被食者の幼虫やさなぎや繭を奪
う。[11-14]
2
奴隷狩りするアリ
2
2.1
アリ社会の仕組み
子どもの頃、夏に近所のお宮でソフトボールをしていると、必ずと言ってよい
ほど足元にはアリがいた。真っ黒くて力強い動きのアリ、死んだセミなどの昆虫を
巣に運ぶアリ、あまいお菓子のところに集まってきたアリ、そんなアリの社会はど
のようになっているのだろうか。アリには、オスとメスがあるのだろうか。奴隷
狩りするアリの数理モデルをつくる前にアリ社会の仕組みについてまとめておく。
アリ社会の構成は、働きアリ、女王アリ、雄アリからなっている。働きアリの個
体数は、非常に多く、女王アリの個体数は、1匹の場合と複数の場合がある。日
本のアリのほとんどは、巣を土中につくる。今回、数理モデルを作成する3種の
アリの巣も図2のように土中につくる。今回は触れないが、外国に生息するアリ
には、アリ塚をつくって社会生活する種も多くある。
真社会性昆虫
アリは常に集団で生活している。しかし、イナゴや蚊の群れのような集団と
は大きく異なっていて、女王アリを中心に多くの働きアリ (ワーカー) がコロニー
と呼ばれる一つの集団をつくっている。そして、共同生活するコロニーをつくり、
仕事を分担しながら、ともに暮らしている。女王は交尾をして卵を産み、働きア
リはその女王を助けてひたすらコロニーのために働く。こうしたアリのような昆
虫を「真社会性昆虫」と呼んでいる。真社会性というのは、働きアリのように自
分で子どもを産まないで仲間を助ける存在がいることが特徴で、この働きアリの
ような存在を「不妊カースト」と呼ぶ。一方、女王アリのように集団の中で子ど
もを産む存在を「繁殖カースト」と呼ぶ。つまり、真社会性昆虫は、不妊カース
トと繁殖カーストから成り立っている。真社会性昆虫で他によく知られているの
が、ハチとシロアリである。また、アブラムシやアザミウマキクイムシといった、
なじみがうすい昆虫でも真社会性昆虫にあたる種が見つかっている。真社会性動
物は、けっして一匹では生きていけない。繁殖カーストは、不妊カーストに労働
をしてもらい、その代り、不妊カーストは繁殖カーストに子どもを産んでもらう。
まさに、コロニーという集団が一匹の生き物のように機能している。この真社会
3
性こそ、アリ社会の最大の特徴といえる。
ところで、一つのアリのコロニーの中には何匹ぐらいの働きアリがいるのだろ
うか。種類によってさまざまであるが、たとえば私がお宮でソフトボールをして
いたときなどに見かけるクロヤマアリでは、働きアリの数は 8000∼16000 匹と言
われている。およそ現在の日本の一つの町村の平均人口が約 13000 人くらいなの
で、一つの町や村くらいの規模にあたると考えられる。
結婚飛行
アリ社会の繁殖について、もう少しくわしく見ていくことにする。アリは働き
アリも女王アリもみなメスで、コロニーはほとんどメスによって構成されている。
同じ雌でありながら不妊カーストである働きアリは交尾をしない。つまり、もう
受精をする器官を失っており、交尾ができない体になっている。一方繁殖カース
トの女王アリは生殖器官 (受精嚢) と産卵器官 (卵巣) を持っている。また、多くの
アリでは、女王アリが働きアリの倍以上も大きく胸部に羽とそれを動かす筋肉 (飛
翔筋) がある。オスアリは、細い体に大きな眼、長い触角を持ち、アリというより
ハチに近い姿をしている。オスアリの任務はコロニーで働くことではなく、女王
と同様に繁殖することである。オスアリは新しい女王アリとともにコロニーで生
まれ、ある時期が来ると巣からいっせいに飛び立ち、他のコロニーの新女王と交
尾する。これが「結婚飛行」と呼ばれるものである。空中で、オスアリと女王ア
リが命をかけて飛行して、交尾をするのがアリの結婚飛行である。よく夏の夜に、
街灯や網戸に羽アリが群がっているのを見たことがないだろうか。それが結婚飛
行の一つで、交尾した後、女王は羽を落とし、新しい自分のコロニーをつくり始
める。多くのオスは交尾を終えると死んでしまう。オスアリの仕事は、ひたすら
新女王と交尾をし、精子を提供することである。つまり、コロニーの中の働きア
リもオスアリも、そして新女王アリも全員がこのコロニーの女王アリが生んだ子
どもである。すなわち、アリのコロニーとは、女王アリを母親とする巨大な家族
で、働きアリたちはすべて姉妹、オスアリは弟、新女王も姉妹にあたる。アリの
コロニーとは、血のつながりで結ばれた一つの家族、血縁集団といえる。交尾を
した女王アリは、翅を落としてコロニーつくりを始める。この過程でたくさんの
女王アリやオスアリが捕食され、運の良い個体のみが子孫をつくることができる。
4
単女王制と多女王制
アリの餌は何か。アリは甘いものを食べるというイメージがあるが、そもそも
自然界では、糖分を含んだ食料は少ない。アリたちの普段の餌で圧倒的に多いの
は他の昆虫類、つまり動物性脂肪の餌である。アリの飼育の記録を調べていくと、
もっとも人気の高い餌は野外からとってきた昆虫や節足動物である。不思議なこ
とに、その中でもバッタはたいていのアリの好物で、特に脚部、人間でいうと太
ももにあたる部分は大好物である。バッタの足を与え続ければ、その巣はかなり
正常な活動を示し、繁殖活動も行うとのことである。
普通、女王アリはコロニーに一匹だけだが、すべての種でそうかというと、そう
とはかぎらない。一つのコロニーに女王アリが一匹しかいない社会の構造を「単
女王制」と呼び、複数の女王アリがいる社会構造を「多女王制」という。日本にい
るアリの半分ぐらいはこの多女王制である。なぜ、女王が複数必要なのだろうか。
この問いは難しく簡単には答えられないが、理由を考えてみると、女王が複数い
れば、産卵者が増えるので、コロニー全体の生産能力を上げることができる。ま
た、一匹の女王が死んでも代わりの女王がいるので、コロニーは末永く生きなが
らえると考えられる。女王を殺してコロニーを乗っ取るという奴隷狩りの一つの
形態がある。このような乗っ取りを防ぐためにも多女王制は有利と考えるのは当
然である。だが、一方で女王アリがたくさんいると、違う母親由来の異母姉妹の
働きアリがコロニー内に混ざってしまう。社会性の進化にとって大切なコロニー
メンバー間の血縁度が下がってしまい、働きアリは、何の血縁関係もない女王や
幼虫の世話をすることになる可能性がある。それに対して、単女王制では、すべ
ての働きアリの母親は一匹なので、メンバー間の血縁度は高くなる可能性がある。
より血縁が高いものを助けたい働きアリにとって、単女王制の方が望ましいとも
考えられる。単女王制と多女王制の社会はそれぞれ長所と短所があるが、どちら
の体制を採用するかを決める有力な要因は、最初に女王がコロニーを開始する創
設行動と大きく関係している。普通、アリでは新しく生まれた新女王は結婚飛行
という交尾を行う。新女王は、母親コロニーを飛び立って、同じように飛び立って
きた他の巣のオスと出会って交尾するのである。オスアリは、交尾の後死んでし
まう。交尾をした新女王は、一匹だけで石の下や地中にも潜り、そこで卵を産み
5
始める。その後、少しずつ働きアリを増やしながら細々とコロニーをつくってい
く。この方法は、
「単独創設法」と呼ばれているが、外敵が多い野外で一匹だけで
コロニーをつくるのは、新女王にとって危険が大きい。これに対して、新女王同
士で集まり、協力し合ってコロニーを創設する場合もある。一部のアリでは、こ
のように新女王が一つの巣に 5∼6 匹集まってコロニーを創設していく。この方法
は「多雌創設法」と呼ばれる。多雌創設法は、単独創設法と比べて創設成功率は
格段に高くなっている。
2.2
クロヤマアリ Formica Japonica
クロヤマアリは、日本の本土全域に生息するアリ (図 1) で、優先種の一つであ
る。色は、黒味をおびていてが光沢を持っていない。
図 1:
クロヤマアリ女王 。女王アリはたくさんの働きアリを産んでコロニーをつ
くる。(北海道大学博物館より)
クロヤマアリは、サムライアリとほとんど同じ黒い体色をしていて区別がつ
きにくいが、キバに特徴があり、刷毛のような形をしていて先に刷毛のようなギ
ザギザがついている。
6
2.3
サムライアリ Polyrgus samurai
サムライアリは、日本の本土全域を生息範囲にするアリで、クロヤマアリ(ほ
かにもハヤシクロヤマアリなど)を奴隷にするアリである。常に奴隷狩りをして
いて、奴隷狩りをしないと生きていけないアリである。このようなアリは、日本
には1種しか存在しない。色は、黒味をおびていて光沢はない。開けたところに
生息し、土の中に営巣する。夏に結婚飛行を行い、交尾した女王アリが巣をつく
りコロニーをつくりあげる。クロヤマアリと色と体型ではほとんど区別がつかな
いが、鎌状のきばがサムライアリ固有のものであり、このきばで、クロヤマアリ
とサムライアリを区別できる。
主にクロヤマアリを奴隷とするが、他の Formica 種も奴隷となることがある。ま
た宮城県の蔵王山ではツノアカヤマアリとクロヤマアリの2種を奴隷種として採
用している3種の混成コロニーが観察されているが,このような例は稀なものと
思われる。奴隷狩り以外はあまり地上を徘徊することはない。奴隷狩りは夏の午
後 3∼4 時頃に行われ,主に繭を奪ってくる。
腹柄節が大きく、触角は短い。
結婚飛行時期は、7月下旬∼のようで飛行時間は午前中が主になるらしい。
雄の羽蟻は脚と触角が白くて、翅は虹色に輝いてとても綺麗である。
2.4
アカヤマアリ Formica sanguinea
アカヤマアリ (図 2) は、北海道、本州に生息するアリで個体数が多いときには単
独種で生きていくことができるが、個体数が小さくなるとほかの Formica 種(ク
ロヤマアリなど)を奴隷狩りして生きるようになる個体数の閾値を持つ奴隷狩り
をするアリである。塚をつくらない。夏に結婚飛行を行い、交尾した女王アリが
巣をつくりコロニーをつくりあげる。
単独で営巣することもあるが,多くはクロヤマアリ,ヤマクロヤマアリ,ツヤ
クロヤマアリ,ハヤシクロヤマアリの Formica 種の 1∼2 種を奴隷狩りして混棲す
る。またエゾクシケアリを襲ってそのサナギをうばうことが記録されている。
女王はクロヤマアリとほぼ同じ体型, 大きさである。ムネアカと違い胸部と脚が
赤い。飛行は7月中旬頃∼クロヤマアリなどを奴隷狩りするので、飼育にはクロ
7
図 2:
アカヤマアリワーカー。アカヤマアリは個体数によって奴隷狩りをする。
(北海道大学博物館より)
ヤマの繭を必要とする。比較的高地に棲むので、暑さは苦手で、性質は荒々しい。
多雌の可能性については、記録により単雌と断定されている。
8
先行研究
3
3.1
アリー効果
個体群が小さくなるにつれて成長率低下をもたらす諸要因のことを、一括して
アリー効果 (Positive density-dependence) という。生態学では、最小存続可能個体
数(Minimum Viable Population、MVP)は、群集生態学や保全生態学で用いら
れる用語で、個体群が長期間存続するために必要な最低限の個体数である。つま
り、天災や環境変動などによって個体数が変動しても、個体群が絶滅することなく
長期間存続できる最小の個体数を、最小存続可能個体数という。主に動物につい
て用いる用語である。生物の個体数が小さくなり、この MVP より小さくなると、
絶滅の確率が急激に増大する。このような現象がアリー効果である。アリー効果
が起こる原因として考えられるのは、次のことがあげられる1)結婚相手(配偶
者)を見つけにくい。2)個体数が少ないと、天敵に食べつくされてしまう。3)
個体数が少ないと、近親婚が多くなり、遺伝的に不利になる。
個体適応度
個体密度
図 3:
種内競争 (ネガティブな密度効果) 。個体数が増え過ぎると個体適応度が下
がる。えさや生育場所が限られているため同種内でも競争が起きる。
密度効果
9
資源物が有限であったり、たとえば、個体群密度がより高くなれば、その個体
から排出される老廃物の密度の上昇や個体同士の資源物の獲得競争などによって、
個体の適応度が図3のように下がり、個体あたりの増殖率が低下する。一般的に、
このような個体群密度による個体群ダイナミクスへの影響を密度効果 (Negative
density-dependence) という。個体群サイズを一定のレベルに保つようにはたらく
構造が個体群ダイナミクスに存在する場合、そのような構造を個体群サイズの調節
(regulation) 機構と呼ぶ。密度効果は、この調節機構として働きうる作用である。
これに対して、個体群密度上昇による個体あたりの増殖率の上昇効果をアリー
効果 (Allee effect) という。逆に、アリー効果では、相対的に個体群密度が低い状
況で、個体群密度が下がるにつれて個体あたりの増殖率が低下する。つまり、こ
の場合ネガティブな密度効果を単に密度効果といい、ポジティブな密度効果をア
リー効果と呼んでいる。
個体適応度
アリー効果
競争
個体密度
図 4:
アリー効果と種内競争。実際の生物集団には、アリー効果 (ポジティブな
密度効果) と種内競争 (ネガティブな密度効果) が同時にはたらいている。
そこで、実際の個体群の状況を考えてみる。このような密度効果とアリー効果
を考え合わせてみると、図 4 のように個体あたりの増殖率は、中庸な個体群密度に
おいて、最大値をとり、その密度より小さな個体群密度 過疎 (undercrowding) で
は、密度上昇に対して増加、より大きな個体群密度 過密 (overcrowding) では、密
度上昇に対して減少というような山型の個体群密度依存性を持つことになる。[18]
10
アリー効果の具体例
普通、生物はたとえ同じ種でもたくさんの個体が同じ場所に集まると個々の個
体に負の影響が出る。餌の量が少なくなったり、なわばりが狭くなったりするの
がその場合である。これはある一定面積の中で現われる個体数(密度)の効果な
ので、個体間の競争がおこり、密度効果と呼ばれる。
しかし、個体密度の上昇は、場合によって正の影響を与えることがある。この
正の影響を与える密度効果がアリー効果である。
その例が草食動物の群れの例である。草食動物は一個体で方々に勝手に分布し
て餌を食べるよりも、集まってみなで餌を食べた方がある程度の密度までは得を
する。なぜなら肉食動物などが襲ってきたとき、それを見つける目が多い方が個々
としても生き残る確率が高くなるからである。一頭でいれば、肉食動物に食べら
れてしまう。その結果、一頭でいるときにに比べて肉食動物から生き残る確率が
高くなる。
もう一つのよい例がフジツボの仲間である。。フジツボの仲間は海の岩礁などに
生息している。幼生時には泳ぎ回わり、一度岩盤などに付着すると、そこで一生
を過ごす。だから、あまり密度が高いと成長する際に“ 土地争い ”の“ 密度効果 ”
が出てくる。このようなフジツボの仲間に、アリー効果が働く。フジツボの生殖行
動は、サンゴのように精子と卵子を放出したりするのではなく、口の様に開いた
部分から生殖器を伸ばして隣接個体と交尾をする。もし個体群密度が低いと、交
尾する個体が周りにいなくて子孫を残すことができない。ある程度までは密度が
高い方が交尾がおこり繁殖の成功率が上がり子孫を残すことができ、結果的にア
リー効果が存在する。
また、ザリガニと水草とヤゴの仲間では、ザリガニは水草もヤゴも食べるのだ
が、これら間には
ザリガニが水草を食べる → ヤゴの生息場所が減る → ザリガニがヤゴの
仲間を見つけやすくなる
という関係があり、ザリガニの密度が上がるとザリガニの餌が増えるという、ア
リー効果が見られるというものである。アリー効果が、餌がとらえやすくなると
いう形で、生物の適応度を高めているのが分かる。
植物のアリー効果は今のところ、集まった方が花粉が受粉しやすくなるという
11
効果しか報告されていないが、それ以外にも、高山植物では集まった方が風圧や寒
さなどに耐えられるという効果が考えられる。山間部の湿地の植物や高山植物は、
ある程度同じ種がまとまってパッチ状に生育している姿が登山をするとよく観察
される。植物がある程度まとまって生えているということは、他の種を排除して
いるということを意味する。ではもしその種のまとまりがまばらになって、他の
種がその中に侵入できるようになったらどうなるか考えてみよう。もしその侵入
してきた種が同じ種よりも強い根を持っていた場合、同じ種でまとまりを作って
いた場合よりもその生物集団に悪い影響を与える。つまり、種内競争と種間競争
が問題になるのである。種内競争が種間競争より小さい場合は、植物のアリー効
果が認められるといえる。
アリー効果の数理モデル
まず、ロジスティック方程式について述べる。ロジスティック方程式は、もっと
もよく知られた個体群に関するモデルの一つである。この方程式は、最初ベルギー
の数学者 Pierre Verhulst によって紹介された。このモデルにおいて仮定されること
は、成長率 a が個体群サイズのある減少関数となることであり、a(x) = r(1 − x/K)
とされる。K より大きな個体群サイズに対しては成長率は負となり、もし、x < K
ならば、それは正である。ロジスティック方程式は、
dx
x
= r(1 − )x = f (x)
dt
K
(3.1)
である。ここで、r > 0 は内的成長率、K > 0 は環境収容力を表している。この方
程式の平衡点は2つあり、x = 0 と x = K である。この微分方程式は変数分離法
で解くことができて、解は
x(t) =
x(0)K
x(0) + (K − x(0))e−rt
(3.2)
となる。もし x(0) > 0 ならば、個体群サイズは、環境収容力に収束する。つまり、
limt→∞ x(t) = K である。このように正の初期条件に対しては、平衡点 x = K が
大域的に漸近安定である。平衡点 x = 0 は、不安定である。f ′ (0) = r > 0 かつ
f ′ (K) = −r < 0 なので、平衡点 x = 0 は不安定、平衡点 x = K は局所的漸近安
定であることがわかる。ここで、f ′ (x) = r(1 −
12
2x
)
K
である。他方 (3.2) から分かる
ように、正の初期条件であるようなすべての解が K に収束するわけだから、これ
は単なる局所的な振る舞い以上のことを示している。
アリー効果は、動物の社会的な行動や集合についての研究で知られた、アメリ
カ合衆国の動物学者、Warder C. Allee にちなんで名づけられている。アリー効果
は、低い個体群サイズや密度での適応度の減少、つまり、個体群成長の低下を示
している。低個体群密度では、個体群が非常に散らばった状態になるため、交尾
が制限され、ほとんどおこらなくなってしまう。つまり、それ以下では、個体群が
絶滅してしまうような閾値を持つものとして、個体群モデルにおいては、アリー
効果がしばしばモデル化されている。
単位個体あたりの再生生産率が個体群サイズや密度の2次関数:a(x) = a1 +
a2 x + a3 x2 であると仮定する。(ロジスティックモデルではアフィンであったのと
対照的である。) このとき、アリー効果をもつような個体群モデルはつぎのような
形をしている。
dx
= xa(x) = x(a1 + a2 x + a3 x2 )
dt
(3.3)
ここで、a1 < 0, a2 > 0, a3 < 0 である。a(x) = a3 (x − α1 )(x − α2 ), 0 < α1 < α2 と
仮定すると、中間的な密度で、正の最大内的成長がある。このモデルには、3つ
の平衡点 x = 0, x = α1 , x = α2 がある。x = 0, α2 は局所漸近安定であり、かつ α1
は不安定であることを示す。この微分方程式についての解は、変数分離法で見つ
けることができる。
f (x) = xa(x) を微分すると f ′ (x) = a3 [(x − α2 )x + (x − α1 )x + (x − α1 )(x − α2 )]
となる。x̄ = 0 での微分の値は、f ′ (0) = a3 (−α1 )(−α2 ) < 0 となる。なぜなら、
a3 < 0, α1 > 0, α2 > 0 だからである。したがって、x̄ = 0 は局所漸近安定である。
x̄ = α1 での微分の値は、f ′ (α1 ) = a3 (α1 − α2 )α1 > 0 となるので、x̄ = α1 は、不
安定である。x̄ = α2 での微分の値は、f ′ (α2 ) = a3 (α2 − α1 )α2 < 0 となるので、
x̄ = α2 は局所漸近安定である。解軌道は、図 5 のようになる。
13
ロジスティック方程式にアリー効果を導入したもっとも簡単な例を次の式に示す。
dN/dt = r(1 − N/K)(1 − N/A)N (ただし 0 < A < K)
(3.4)
この式では 0 < N < (K + A)/2 の範囲では、1個体あたりの増加率は増加し、
N = (K + A)/2 のときに最大値になって以降減少し、N = K のとき増加率は0と
なる。N = (K + A)/2 は、増殖のための最適密度といえるだろう。個体群の成長
は、図 5 のように変曲点を過ぎてから急に環境収容力に近づく上下非対称なシグ
モイド曲線になる。[19]
図 5:
アリー効果。アリー効果では、初期値によって絶滅する場合と生き残る場
合がある。方程式 (3.4) で、初期値 N (0) = 10(青線), 5(赤線), 2(緑線) とした解軌
道。横軸時間 t, 縦軸個体群密度 N (t)。
14
3.2
ロトカボルテラ方程式
食う食われる関係の数学モデルは、漁獲量などを予想説明するためにつくられ
た。アメリカ人の Lotka とイタリア人の Volterra である。ロトカボルテラモデル
は、次の2つ基本仮定のもとにつくられている。
1)増殖・減少は指数的である:食うものがいないときの食われるものの数は指数
的に増加する。つまり、食われるものの数を N とすると dN/dt = rN 。ここで、r
は内的自然増加率である。一方食うものの密度 P は、食われるものがいないとき
には、指数的に減少する。すなわち、dP/dt = −r′ P である。
2)単位時間あたりに、食われるもののうち実際に食われる数(捕食数)は、食
われるものの数と食うものの数の積に比例する。すなわち、aN P 。これは、ラン
ダムに運動している2種類の粒子の衝突数の式と同じ考え方である。食うものは、
食った量に比例して増殖するとする。すなわち、その増殖数も N と P の積に比例
して a′ N P である。
以上の2つの条件で、食う食われるものの個体数の変動は次の連立微分方程式で
表現できる。

 dN/dt = rN − aN P
 dP/dt = −r′ P + a′ N P
(3.5)
(3.5) がロトカボルテラ方程式である。
dN/dt = 0, dP/dt = 0 とおくと、(3.5) より
r
a
(3.6)
r′
N= ′
a
(3.7)
P =
となる。これらを横軸に N 、縦軸に P をとって平面上のグラフとして図示すると、
それぞれ N 軸および P 軸に平行な直線になる。この2つの直線の交点 (N, P ) =
(r′ /a′ , r/a) では、dN/dt = 0、dP/dt = 0 であるから、N 、P の増減はない。この
15
ような点を微分方程式の平衡点という。(3.5) の右辺より、N 、P が増加するか減
少するかが決まる。たとえば、右上の領域では、P > r/a、N > r′ /a′ であるから、
dN/dt < 0、dP/dt > 0 となるので、N は減少し、P は増加することになる。つま
り、左上の方向に解軌道が動くことになる。他の領域でも、同じように変化の方
向を調べると、平衡点を中心として時計の針と反対方向に回るような解軌道とな
ることが分かる。実は、この軌道は図 6 のように1回回ってくると同じ点に戻って
くる。つまり、解の軌道は (N, P ) 空間の中で閉軌道になっていることが数学的に
証明されている。したがって、平衡点に近い点から出発すると変動の小さい周期
解、平衡点から遠い点から出発すると、変動の大きな周期解になる。[20]
図 6:
ロトカボルテラ方程式の周期解。 ロトカボルテラ方程式の解はどんな初
期値をとっても周期解になっている。方程式 (3.5) での解軌道。横軸被食者個体数
N , 縦軸捕食者個体数 P 。
小さな周期解は、ほぼ楕円形をしているが、変動が大きいものは平衡点について
非対称な形になる。一つの周期解を N (t),P (t) のグラフで表したものが、図 6 で、
それぞれの平衡点 N = r′ /a′ および P = r/a の上下に変動していて N の変化を P
の変化がおいかける形になっている。
平衡点の近くの変動の小さな周期解の周期 T については、線形化という数学的手
16
法によって、その解を近似的に求めることができる。結果は、
2π
T =√
rr′
(3.8)
となり、食われるものの内的自然増加率 (r) や食うものの死亡率 (r′ ) が大きいとき
は変動の周期が短くなることになる。変動の大きな周期解になるほどその周期は式
(3.5) で示されるものより長くなっていく。このように変動の大きさが異なると軌
道の形や周期の長さが異なるけれども、パラメーターの値が同じであれば、N (t)
および P (t) の1周期分にわたる時間平均がすべて等しく、その値は平衡密度に等
しいことも数学的に証明されている。さらに Volterra(1926) は、漁業で食うもの
や食われるものをその密度に比例して殺した場合の効果を考察している。食うも
のを殺すことは、r′ を増すことだから、式 (3.5) より、N の平衡密度が増すことに
なる。逆に、食われるものを殺すことは、r を減らすことだから、P の個体数を下
げることになる。天敵を殺せばその餌の生物が増え、餌を殺せばそれを食うもの
が減るというのは当然の結果である。
食うものと食われるものの数の変動が周期的に変化しそうなことは、ある程度
想像できる。つまり、(1) 食われるものが増える→ (2) 食うものが増える→ (3) 食わ
れるものが減る→ (4) 食うものが減る→ (1)……の我々の生活の中での論理で説明
できるだろう。しかし、このような個体数の振動が永久に持続するかどうか、あ
るいは、平衡値の大きさや変動の周期がパラメーターの大きさにどのように依存
するかは、パラメーターの値を変えて調べていかないと分からない。ただし、式
(4-1) から得られた結果の詳細はその式を導くための仮定によって成り立っている
ということを忘れてはならない。仮定が変わればまた結果も変わってくる。仮定
(2) で、捕食量と食うものの増加率は両方とも N と P の積に比例するとした。食
われるものの数 N と食うものの数 P が与えられたとき、単位時間に実際どれくら
い食われるのか、食った量に対して捕食者の増殖率はどうなるのかは、さまざま
な場合を考えることができる。これから、仮定 (1) を修正して、食われるものの種
間に密度効果がある場合に、食う食われるの関係がどのように変更されるのか見
てみる。式 (3.5) に食われるものの種内密度効果を入れると、

 dN/dt = r(1 − N/K)N − aN P
 dP/dt = a′ N P − r′ P
17
(3.9)
となる。ここで第2式は式 (3.5) と全く同じである。dN/dt = 0, dP/dt = 0 は
r
N
P = (1 − )
a
K
N=
r′
a′
(3.10)
(3.11)
となり、P の直線は右下がりの直線になっている。2つの直線の交点が平衡点であ
り、式 (3-10) よりその平衡点の座標は、(N, P ) = (r′ /a′ , r/a(1 − r′ /Ka′ )) となる。
式 (3.5) と比べると、P の平衡密度が小さくなっていることが分かる。式 (3.9) に
よって (N, P ) の時間変化の方向を調べると、やはり平衡点の回りを時計の針と逆
向きに回る方向であることが分かる。ただし、局所安定性解析によると、回りな
らが平衡点に近づいていくことになる。したがって、N (t),P (t) のグラフは振動し
ながら一定値に近づいていくパターンになる。このように、食われるものの種内
の密度効果は、食うものの平衡密度を下げると同時に2つの個体間の変動を安定
化する効果を持つと考えられる。
18
3.3
3.3.1
パーマネンス
序論
複雑な微分方程式になると、平衡点の安定性解析は困難になり、大域的安定性
はおろか局所安定性さえも満足に調べられないというようなことがしばしばおこ
る。平衡点の安定性に関する情報は得られなくても、種の共存状態を示すことが
できる場合がある。このとき、共存状態を示す平衡点は必ずしも安定である必要
はなく、実際に周期的な状態やカオス的な状態で共存が実現しているケースもあ
る。生き残るか、絶滅するかにだけ着目した理論がパーマネンスの理論である。つ
まり、パーマネンスの理論は、生物が絶滅しないことを保証する理論として19
70年代終わりに導入された理論である。平均リアプノフ関数という概念をつく
り、その理論を展開している。平均リアプノフ関数を用いると、長時間の平均成
長率が正であれば個体群は絶滅することなく存続することが数学的に保証される
というものである。Hutson のこの方法は、絶滅を表す平衡点近くで関数を評価す
るので、一般的である。
3.3.2
定義
定義 3.1 ẋi = xi fi (x)(i = 1, · · · , n) がパーマネントであるとは、正の領域内の
任意の初期状態から出発したこの微分方程式の解 x(t) が有界で、かつ、初期値に
依存しないある正のベクトル c が存在し、
lim inf x(t) > c
t→+∞
(3.12)
となることである。
パーマネンスであれば、系の状態は十分時間がたてば状態空間の正の領域内の
ある有界なコンパクト集合に存在し続けることになる。このような意味で安定共
存の状態が持続するとみなされる。
競争系で三すくみの場合、1種だけが生き残る3個の定常状態を結ぶヘテロク
リニックサイクルに状態が収束することがある。その場合、系はパーマネンスに
19
はならない。これは、状態が振動しながらこれらの三つの定常状態に限りなく近
づいていき、不等式 (3.12) を満たす正のベクトル c が存在しないためである。ま
た、被食ー捕食の古典的 Lotka-Volterra 系で共存定常状態の周りに無限個の閉軌
道が存在する場合、系はパーマネンスとはならない。なぜならば、不等式 (3.12)
を満たす初期値に無関係な正のベクトル c が存在しないからである。
dxi
= fi (x1 , x2 , · · · , xS )xi (i = 1, 2, · · · , S)
dt
(3.13)
ただし、S は群集を構成する生物の種類であり、xi は i 番目の種の個体群密度であ
る。(3.13) における fi は種 i の増殖率であり、その生物種と相互作用をしている生
物の個体群密度の関数となっている。
定義 3.2 系 (3.13) において、
fi = ϵi +
S
∑
bij xj , i = 1, 2, · · · , S
(3.14)
j=1
となるとき、その系は Lotka − Volterra と呼ばれる。
この系では、係数行列 B = (bij ) の要素の記号で種間相互作用の種類が表され、そ
の絶対値で相互作用の強さが表される。
定理 3.1[23] ẋi = xi fi (x)(i = 1, · · · , n) がパーマネントであるための必要条件
は、共存定常状態以外の非負領域にある定常状態で、局所漸近安定なものが存在
しないことである。
共存定常状態以外で非負領域に局所漸近安定な定常状態が存在したとすると、そ
の近傍内で正の領域から出発する解はその定常状態に収束し、不等式 (3.12) を満
たす正のベクトル c が存在しないことになり、ẋi = xi fi (x)(i = 1, · · · , n) がパーマ
ネントとはならない。
逆に、共存定常状態以外の非負領域にある定常状態がすべて不安定であるから
といって、ẋi = xi fi (x) がパーマネントであるとは限らない。上の例で挙げた競争
系で三すくみの場合や、無限の閉軌道を持つ被食ー捕食の古典的 Lotka-Volterra 系
20
では、共存定常状態以外の非負領域にある定常状態がすべて局所不安定であるが、
パーマネンスではない。
パーマネンスとなるためには、さらに境界近傍の解軌道が正の領域へと向かう
性質が必要になる。
定理 3.2[23] Lotka-Volterra 系においてある正のベクトル P が存在し、共存定常
状態以外のすべての非負定常状態 x∗ に対して
P T (ϵ + Bx∗ ) > 0
(3.15)
が満たされるとき、この系はパーマネンスである。
定理 3.3[23] Lotka-Volterra 系がパーマネンスであれば、必ず共存状態が存在し、
1
lim
t→+∞ T
∫
T
x(t)dt = x∗
0
∗
となる。ただし、x は共存定常状態である。
式 (3.15) は、共存定常状態以外のすべての非負定常状態 x∗ で漸近安定なものは
一つもなく、かつそれらの定常状態近傍から解軌道が正の領域へ向かう性質があ
ることを示している。また、Lotka-Volterra 系がパーマネンスであれば、各種生物
の個体群密度の長時間平均が存在し、その値は共存状態に等しいことを示してい
る。これは、Lotka-Volterra 系に限定されるものであり、一般の系では長時間平均
と共存定常の値が等しいとは限らない。パーマネンスになることを判定する一つ
の有効な手段として平均 Lyapunov 関数を用いる方法がある。[23]
3.3.3
平均リアプノフ関数
Sn の内部を xi (t) > δ(i = 1, ..., n) を満たす集合と定義する。Evolutionary games
and population dynamics(J. Hofbauer, K. Sigmund) による境界を不変とする Sn
上で力学系を考えよう。P :Sn → R を bdSn 上で 0, intSn で正となる微分可能な関
数とする。2つの条件
21
Ṗ (x)
= Ψ(x)
P (x)
∫
(x ∈ intSn に対して)
(3.16)
T
Ψ(x(t))dt > 0 (x ∈ bdSn とある T > 0 に対して)
(3.17)
0
を満たすような連続関数 Ψ が Sn 上に存在すれば、力学系はパーマネンスである。
P (x) の値は x から境界への距離に関する尺度になる。もし、bdSn 上で Ψ > 0(こ
の時、自動的に (3.17) は満たされる) であるならば、境界の近傍における任意の
x ∈ intSn に対して Ṗ (x) > 0 のなるので、P は増加する。すなわち。軌道は bdSn
によってはねつけられる。このような場合、P はリアプノフ関数と似た役割を果
たす。しかし、このような性質を持つ関数 P を見つけることができないことがよ
くある。上の定理で定義される少しゆるやかな関数は、時間平均がリアプノフ関
数のようにふるまうので、平均リアプノフ関数と呼ばれる。
3.3.4
リプシッツ条件
ここでは, 1階正規形常微分方程式の初期値問題に対する解の存在定理と一意性
定理を簡単に述べておく。
定義 3.2. 2変数関数 f (t, x) が, ある U = (t0 , t1 ) × (x0 , x1 ) でリプシッツ条件
(Lipschitz condition) をみたすとは, f が以下の2条件をみたすことを言う。
1. f (t, x) は U 上で2変数関数として連続である。
2. ある定数 L > 0 が存在して, 任意の (t, x), (t, y) ∈ U に対して
|f (t, x) − f (t, y)| ≤ L|x − y|
(3.18)
が成り立つ。
特に, f が U を含む閉集合上で何回でも微分できれば, f はリプシッツ条件をみ
たす。
22
定理 3.4 [27](解の存在定理および一意性定理). 2変数関数 f が (0, x0 ) を含むあ
る集合 U 上でリプシッツ条件をみたすならば, ある ϵ > 0 が存在して, 1階正規形
常微分方程式の初期値問題
x0 (t) = f (t, x(t)), x(0) = x0
(3.19)
の t ∈ (−ϵ, ϵ) での解 x(t) が一意的に存在する.
アカヤマアリ Z の個体群密度が高いとき (M < z)、



x′ = x(a − by)


y ′ = y(−c + dx)



 z ′ = z(k − z)(z − g) (3.20)
と Z の個体群密度が低いとき (0 < z ≤ M )、



x′ = x(a − by − f z)


y ′ = y(−c + dx)



 z ′ = z {(k − z)(z − g) + ex}
(3.21)
は、不連続になっており、リプシッツ条件を満たさないので、一意的な微分方程
式の解の存在が保証されない。
奴隷狩りアリの数理的なモデルは、1被食者2捕食者のモデルに相当する。ガ
ウゼの原理からいくと、2種の捕食者は共存できないのだが、この奴隷狩りの数
理モデルでは、片方の捕食者がアリー効果を考慮しているので2種の捕食者が共
存できることになる。これは、ガウゼの原理が成り立たないが、数理的には共存
できることを示唆している。その意味で本モデルは、興味深い結果を示している。
[22]
23
奴隷狩りアリの数理モデル
4
本研究では、図 7 のような 3 種奴隷アリの関係を数理モデル化した。図 7 で種 X
は、クロヤマアリを種 Y はサムライアリを、種 Z はアカヤマアリを表す。種 Y は
種 X をいつも奴隷狩りし、種 Z は、個体数が小さくなる (閾値 M より小さい) と
種 X を奴隷狩りを始め、個体数が閾値 M を超えると奴隷狩りをしなくなる。閾
値を持っている奴隷アリである。
Z:
䜰䜹䝲䝬䜰䝸
Y: 䝃䝮䝷䜲䜰䝸
ಶయᩘ䛜ᑡ䛺䛟䛺䜛䛸ያ㞔⊁䜚䛩䜛
䛔䛴䜒ያ㞔⊁䜚䛩䜛
㼄㻦䚷䚷䜽䝻䝲䝬䜰䝸
図 7:
3種奴隷狩りアリの関係図。種 Y サムライアリと種 Z アカヤマアリはとも
に奴隷狩りアリである。種 Z アカヤマアリは、個体群密度が小さくなると、奴隷
狩りを始める。
x、y 、z は、それぞれクロヤマアリ X 、サムライアリ Y 、アカヤマアリ Z の個
体群密度を表す。次のようなモデルを考えた。アカヤマアリ Z の個体群密度が高
いとき (M < z)、



x′ = x(a − by)


y ′ = y(−c + dx)



 z ′ = z(k − z)(z − g)
(4.1)
をつくった。つまり、この場合はアカヤマアリが多くクロヤマアリを奴隷狩りし
ないときである。当然サムライアリは、常に奴隷狩りをしていて奴隷狩りを続け
ないと集団を存続させることができないが、アカヤマアリは、サムライアリと違
24
い自分の個体群密度が大きいときは奴隷狩りしなくても集団を存続させることが
できる。
䝟䝷䝯䞊䝍
ព࿡
a
X䛾ᡂ㛗⋡
c
Y䛾Ṛஸ⋡
b
Y䛜ያ㞔⊁䜚䜢䛩䜛⋡
d
Y䛾ያ㞔⊁䜚䛻䜘䜚ቑ䛘䜛⋡
,g
䜰䝸䞊ຠᯝ䜢⾲䛩ᐃᩘ㻌㻔㼗㻪㼓㻕
f
Z䛜ያ㞔⊁䜚䛩䜛⋡
e
Z䛾ያ㞔⊁䜚䛻䜘䜛ቑ䛘䜛⋡
図 8: パラメーターの一覧。それぞれのパラメーターの意味を示す。
また、アカヤマアリ Z の個体群密度が低いとき (0 < z ≤ M )、



x′ = x(a − by − f z)


y ′ = y(−c + dx)



 z ′ = z {(k − z)(z − g) + ex}
(4.2)
をつくった。この場合は、アカヤマアリの個体数が少なくなり、奴隷狩りをしてい
る場合である。図 8 は、本論文で使用するパラメーターの一覧である。a は、X の
成長率を表し、b は Y の奴隷狩り成功率を表す。c は、Y の死亡率を表し、d は、奴
隷狩りによって増加する Y の割合を表す。e は、奴隷狩りによって増加する Z の割
合を表し、f は、Z の奴隷狩り成功率を表す。k は、Z の環境収容力を表し、g は、
アリー効果の影響で Z が絶滅する閾値を表す。2つの数学的なモデルは、Z = M
で不連続になっている。また、アカヤマアリの個体数の変化に着目しているので、
その個体数の変化に、アリー効果の項を入れている。アカヤマアリにアリー効果
の項を入れたので、アカヤマアリは個体数が低いとき、奴隷狩りをしないと生存
できない。
25
解析結果
5
5.1
アカヤマアリのパーマネンス
アカヤマアリ Z の個体群密度が高いとき (M < z)、



x′ = x(a − by)


y ′ = y(−c + dx)



 z ′ = z(k − z)(z − g) (5.1)
と Z の個体群密度が低いとき (0 < z ≤ M )、



x′ = x(a − by − f z)


y ′ = y(−c + dx)



 z ′ = z {(k − z)(z − g) + ex}
(5.2)
モデル (5.1) と (5.2) は、右辺の x と z に対して、不連続になってるので、M = ∞
の場合のみ考える。つまりこの場合は、個体群密度に関係なくいつも Z が奴隷狩
りをしているときである。
定理 5.1 M = ∞ のモデル (5.2) において、−kg+ec/d > 0 を満たせば、(x(0), y(0), z(0)) >
0 の初期値から出発した有界な解 {x(t), y(t), z(t)}t≥0 は、
lim inf z(t) > 0
t→+∞
を満たす。
証明 K を{x(t), y(t), z(t)}t≥0 のω極限集合とすると、{x(t), y(t), z(t)}t≥0 は
有界なので、K はコンパクトで前方不変である。K の前方不変性から、K は x
軸上の点を含んでいない。K が x 軸上の点を含むとすると、K は非有界となる。
同様に、K は y 軸上の点を含んでいない。もし、K が x > 0, y > 0, z = 0 で
ある点 (x, y, z) を含んでいないなら、証明されたことになる。K がそのような点
26
を含んでいると仮定する。S を K と z = 0 の交わりとする。{x̃(t), ỹ(t), z̃(t)}t≥0
は、(x̃(t), ỹ(t), z̃(t)) ∈ S の場合のモデル (5.2) (M = ∞) の解である。 定理 5.2.3
(Hofbauer and Sigmund)[25] により
1
T
∫
T
x̃(t)dt =
0
c
d
がいえる。このとき、T は、z = 0 としたときのモデル (5.2) の最初の 2 つの等式
の周期解の周期である。
平均リアプノプ関数 P (x, y, z) = z は次の式を満たす。
1
T
∫
0
T
1
dP (x̃(t), ỹ(t), z̃(t))
1
dt = −kg+e
P (x̃(t), ỹ(t), z̃(t))
dt
T
∫
T
x̃(t)dt = −kg+ec/d > 0。
0
それゆえ、平均リアプノフ関数 [参考定理 2.5[26]](Hutson) の性質より、S は、K
上に制限された力学系のリペラーであることを示している。これは、K は、不変連
結集合であることに矛盾する。これで証明された。 □
注 1: 同じ議論で、(x(0), y(0), z(0)) > 0 の初期値で出発したすべての解がその
中にとどまるコンパクトな集合 K ′ が存在する。
すべての (x(0), y(0), z(0)) > 0 に対して、正の定数 δ が存在し、
lim inf z(t) > δ
t→+∞
が満たされる。
注 2: 定理 5.1 で与えられた条件 −kg + ec/d > 0 は、M = ∞ の条件で z = 0 の
近くの初期値から出発した (5.2) の解 z(t) が、z > 0 の内部にとどまることを保証
する。5.2 で、z = 0 上の平衡点 E++0 = (c/d, a/b, 0) が、−kg + ec/d > 0 の条件
で z 方向について不安定であることが示される。−kg + ec/d > 0 は、有限な M の
値を持った数理モデル (5.1) と (5.2) にも、Z のパーマネンスの条件であることを
27
推測できる。これは、5.3 の数値シミュレーションで確認できるだろう。
5.2
平衡状態とその局所安定性
モデルは、9つの平衡点を持っている。すなわち、
g
k
E000 = (0, 0, 0), E00+
= (0, 0, k), E00+
= (0, 0, g),
E++0 = (c/d, a/b, 0), E+0+ = ((a/f − k)(a/f − g)/e, 0, a/f ),
+
−
E+++
= (c/d, (a − f z + )/b, z + ), E+++
= (c/d, (a − f z − )/b, z − ),
g
k
E+++
= (c/d, a/b, k), E+++
= (c/d, a/b, g) である。
ただし、z + と z − は、以下の式に示されるものである。
}
{
√
+
2
z = (g + k) + (g + k) − 4(gk − ec/d) /2,
{
}
√
z − = (g + k) − (g + k)2 − 4(gk − ec/d) /2 である。
それぞれの平衡点の存在条件と安定条件は以下にまとめる。
E000 は、常に存在して不安定である。
k
E00+
は、常に存在して、a/f < k ≤ M の場合のときだけ安定である。
g
E00+
は、常に存在して、不安定である。
E++0 は、常に存在して、gk > ce/d のとき中立安定で、それ以外は不安定である。
E+0+ は、a/f < g または a/f > k かつ a/f ≤ M のとき存在して、(k +g)/2 < a/f
< z + のとき安定である。
+
E+++
は、z + < a/f かつ z + < M のとき存在して、常に安定である。
−
E+++
は、 z − < a/f かつ z − < M かつ gk > ce/d のとき存在して、常に不安定
である。
k
は、k > M のとき存在して、中立安定である。
E+++
g
E+++
は、g > M のとき存在して、不安定である。
証明は、付録で示される。
28
5.3
数値シミュレーション
このセクションでは、定理 5.1 で与えられた条件 (ec/d > kg) のもとで、モデ
ル (5.1) と (5.2) について有限な M を持ちいて、Z のパーマネンスを調べる。M ,
a/f , k, g のパラメーターでシミュレーションをする。数値シミュレーションは、
Wolfram Mathematica で行った。
4 つのケースに分けて、数値シミュレーションを行った。最初のケースは、安定
+
k
な E+++
が存在して、E00+
が不安定なときである。2 つ目のケースは、E+0+ が安
+
+
k
定で、E+++
が存在しないときである。3 つ目のケースは、E00+
が安定で、E+++
が存在しないときである。最後のケースは、z = k 上の周期解が存在するときで
ある。
4.0 z(t)
3.5
E +++
+
5
y(t)
図 9:
10
2
15 4
3.0
0
x(t)
生物密度 (Z) の時間的発展。 (z(0) = 3)。X(t),Y(t),Z(t) は X,Y,Z の個体
群密度を表し、パラメーターの値は、(a = 7, b = 1, c = 1, d = 2, k = 3, g = 2, f
= 1, e = 1, M = 7) である。[ケース 1].
ケース 1:最初次のパラメーターの値 (a = 7, b = 1, c = 1, d = 2, k = 3, g = 2, f
+
= (0.5, 3.63, 3.37) が存在
= 1, e = 1, M = 7) を選んだ。このとき、安定な E+++
k
は、不安定である (a/f > k)。初期値は、x(0) = 5, y(0) = 4, z(0) = 3
して、E00+
を選んだ。(図 9)
+
へ解軌道が推移する
この図 9 は、z(t) は、初期値が比較的大きいときには E+++
29
ことを示している。
z(t) 1.0
0.5
0.0
5 10
y(t)
図 10:
15 20 4
2
0
x(t)
生物密度 (Z) の時間的発展。 (z(0) = 0.8) gk > ce/d を満たす 初期値だ
け小さな値にした。 [ケース 1].
次に、Z の初期値を比較的小さい (z(0) = 0.8) に変える。(図 10)
図 10 は、z(t) が絶滅して、x(t) と y(t) は、z = 0 上の周期解に収束することを
示している。Z の絶滅は、初期値に依存している。ただし、パラメーターの条件
は、gk − ce/d > 0 である。
一方、パラメーターの値を gk < ce/d を満たすように d の値を減らす。(d = 2
から d = 0.1) そして、初期値を x(0) = 5, y(0) = 4, z(0) = 0.8 とする。それ以外
+
は図 10 のパラメーターと同じにする。図 11 から、z(t) は E+++
へ漸近する。
ケース 2:最初次のパラメーターの値 (a = 3.5, b = 1, c = 1, d = 2, k = 3, g
+
= 2, f = 1, e = 1, M = 7) を選んだ。このとき、E+++
が存在しないで、安定な
k
は、不安定である (a/f > k)。初期値は、
E+0+ = (0.75, 0, 3.5) が存在して、E00+
x(0) = 5, y(0) = 4, z(0) = 3 を選んだ。(図 12)
この図 12 は、z(t) は、初期値が比較的大きいときには E+0+ へ漸近することを
示している。
次に、Z の初期値を比較的小さい (z(0) = 0.8) に変える。(図 13)
図 13 は、z(t) が絶滅して、x(t) と y(t) は、z = 0 上の周期解に収束することを
示している。Z の絶滅は、初期値に依存している。ただし、パラメーターの条件
30
E +++
+
4
z(t)
2
2
y(t)
図 11:
3
410
8
6 4
x(t)
生物密度 (Z) の時間的発展。 (z(0) = 0.8) gk < ce/d を満たす場合で、初
期値を x(0) = 5, y(0) = 4, z(0) = 0.8 とする。それ以外は図 9 のパラメーターと
同じにする。 [ケース 1].
4.0
z(t)
E +0+
3.5
0
5
y(t)
図 12:
10 4
2
3.0
0
x(t)
生物密度 (Z) の時間的発展。X(t),Y(t),Z(t) は X,Y,Z の個体群密度を表し、
パラメーターの値は、(a = 3.5, b = 1, c = 1, d = 2, k = 3, g = 2, f = 1, e = 1,
M = 7) である。 (z(0) = 3) [ケース 2].
31
1.0
z(t)
0.5
0
5
10
y(t)
図 13:
2
4
0.0
0
x(t)
生物密度 (Z) の時間的発展。初期値だけ小さな値にした。 (z(0) = 0.8)
gk > ce/d を満たす [ケース 2].
は、gk − ce/d > 0 である。
一方、パラメーターの値を gk < ce/d を満たすように d の値を減らす (d = 2 か
ら d = 0.1)。そして、初期値を x(0) = 5, y(0) = 4, z(0) = 0.8 とする。それ以外
は図 13 のパラメーターと同じにする。図 14 から、z(t) は E+0+ へ漸近する。
+
k
ケース 3:この場合は、a/f < k < M かつ E00+
が安定で、E+++
が存在しない
ときである。次のパラメーターの値 (a = 2.5, b = 1, c = 1, d = 2, k = 3, g = 2, f
= 1, e = 1, M = 7) を選んだ (a の値を 7 から 5 に減らした。)。これらのパラメー
+
k
ターの値では、E00+
=(0, 0, 3) が安定で、E+++
は、存在しない。
図 15 は、z(t) は、初期値が比較的大きい (x(0) = 5, y(0) = 4, z(0) = 3) ときに
k
へ漸近することを示している。
は E00+
32
E +0+
3
z(t)
2
1
0 1
2 3
4
4
y(t)
図 14:
2
x(t)
生物密度 (Z) の時間的発展。 (z(0) = 0.8) gk < ce/d を満たす場合で初期
値を x(0) = 5, y(0) = 4, z(0) = 0.8 とする。それ以外は図 13 のパラメーターと同
じにする。 [ケース 2].
次に、Z の初期値を比較的小さい (z(0) = 0.8) に変える。(図 16)
図 16 は、z(t) が絶滅して、x(t) と y(t) は、z = 0 上の周期解に収束することを
示している。Z の絶滅は、初期値に依存している。ただし、パラメーターの条件
は、gk − ce/d > 0 である。
一方、パラメーターの値を gk < ce/d を満たすように d の値を減らす。(d = 2
から d = 0.1) そして、初期値を x(0) = 5, y(0) = 4, z(0) = 0.8 とする。それ以外
k
は図 16 のパラメーターと同じにする。図 17 から、z(t) は E00+
へ漸近し、Z は生
き残る。
33
3.8
3.6 z(t)
3.4
3.2
3.0
0
E 00+
k
02
46
8
y(t)
図 15:
2
4
x(t)
生物密度 (Z) の時間的発展。 (z(0) = 3)。X(t),Y(t),Z(t) は X,Y,Z の個体
群密度を表し、パラメーターの値は、(a = 2.5, b = 1, c = 1, d = 2, k = 3, g = 2,
f = 1, e = 1, M = 7) である。[ケース 3].
z(t)
0.5
0
y(t)
図 16:
2
5
10
4
0.0
0
x(t)
生物密度 (Z) の時間的発展。初期値だけ小さな値にした。 (z(0) = 0.8)
gk > ce/d を満たす [case 3].
34
E 00+
k
0 1
2 3
4 4
y(t)
図 17:
2
3.0
2.5 z(t)
2.0
1.5
1.0
0
x(t)
生物密度 (Z) の時間的発展。gk < ce/d を満たす場合で初期値を x(0) =
5, y(0) = 4, z(0) = 0.8 とする。それ以外は図 16 のパラメーターと同じにする。
[case 3].
+
k
ケース 4:この場合は、 k > a/f > M かつ E00+
が不安定で、E+++
が存在しな
いで、z(t) = k 上の周期解が存在する。次のパラメーターの値 (a = 2.5, b = 1, c
= 1, d = 2, k = 3, g = 2, f = 1, e = 1, M = 2) を選んだ。(M の値をケース 2 の
M = 7 から M = 2 に減らした。) これらのパラメーターの値では、z = 3 上の周
期解が存在する。
初期値が x(0) = 5, y(0) = 4, z(0) = 2.9 のときの解の推移をみると (図 18)、z(t)
は、初期値が比較的大きいときには z = 3 上の周期解に収束することを示している。
次に、Z の初期値を比較的小さい (z(0) = 0.8) に変える。(図 19)
図 19 は、z(t) が絶滅して、x(t) と y(t) は、z = 0 上の周期解に収束するのを示
している。Z の絶滅は、初期値に依存している。ただし、パラメーターの条件は、
gk − ce/d > 0 である。
一方、パラメーターの値を gk < ce/d を満たすように d の値を減らす。(再び
d = 2 から d = 0.1) そして、初期値を x(0) = 5, y(0) = 4, z(0) = 0.8 とする。そ
れ以外は図 19 のパラメーターと同じにする。図 20 から、z(t) は、x(t) と y(t) か
らなる周期解で z = 3 に生き残ることを示している。
35
3.00
z(t)
2.95
2.90
02
0
2
4 6
4
86
x(t)
y(t)
図 18:
生物密度 (Z) の時間的発展。 (z(0) = 3)。X(t),Y(t),Z(t) は X,Y,Z の個体
群密度を表し、パラメーターの値は、(a = 2.5, b = 1, c = 1, d = 2, k = 3, g = 2,
f = 1, e = 1, M = 2) である。[case 4].
0.8
0.6 z(t)
0.4
0.2
0.0
0 2
0
2
4 6
4
y(t)
x(t)
86
図 19:
生物密度 (Z) の時間的発展。初期値だけ小さな値にした。 (z(0) = 0.8)
gk > ce/d を満たす [case 4].
36
3
2
z(t)
1
1 2
y(t) 3 4
図 20:
40
20
0
0
x(t)
生物密度 (Z) の時間的発展。gk < ce/d を満たす場合で初期値を x(0) =
5, y(0) = 4, z(0) = 0.8 とする。それ以外は図 19 のパラメーターと同じにする。
[case 4].
g
k
図 20 から、k > M のとき E+++
は不安定であるこ
は中立安定であるが、E+++
とが分かる。
g
k
の近くにとどまり、最終的に E+++
そのため、解は少しの間 E+++
の近くの周期
解になる。
ケース 1∼4 を見ていくと、Z は、パラメーターを gk < ce/d を選ぶと生き残る
ことが分かる。
37
6
結論と議論
ガウゼの原理によれば、異なる生物は、それぞれ異なるニッチ(niche)を持っ
ていないと共存できない(Gause 1934)。ニッチとはエサ、場所、資源などの違い
を指し、生態学的地位と訳されている。生物学的なことを的確に理解、表現する
ために、ニッチの定義はより包括的なものに常に変化している。競争とはニッチ
の奪い合いであり、互いの共存を妨害する。この競争では、最も強い種だけが生
き残り、弱い種は絶滅する。この考えがガウゼの原理 (競争排除則) である。ガウ
ゼの原理は、ガウゼの実験に基づいている。ガウゼは、1つの容器に2種類のゾ
ウリムシを入れた。まもなく一方は死滅してしまった。何度も同じ実験をしても
一方のゾウリムシしか生き残らなかった。X, Y , Z のパーマネンスについて要約
する。奴隷狩りをするかどうかの閾値を持っている。Z は、M < z とき奴隷狩り
をしないが、0 < z ≤ M になると、奴隷狩りをするようになる。
M =0(Z が奴隷狩りしない) のとき、Z の生存はアリー効果のために z(0) の初
期値に依存している。z(0) ≥ g のとき、Z は生き残り、z(0) < g のとき Z は絶滅
する。よって、Z はパーマネンスではない。
これに反して、Z が常に奴隷狩りするとき (M = ∞)、Z はパーマネンスになり
うる。M の値が ∞ のときには、モデルに不連続点がないので、解の一意性が保
証される。定理 7.5 から (平均リアプノフ関数) から、Z がいつも奴隷狩りをする
とき、gk < ce/d がパーマネンスの条件であることを証明した。
また、数値シミュレーションの結果から、Z のパーマネンスの条件が、M が有
限な値をとっても gk < ec/d であることを確認できた。つまり、gk < ec/d が Z の
パーマネンスの条件になっている。
次に、Z のパーマネンスの条件 (gk < ec/d) の生物学的な意味について考える。
この条件は、k と g の値が小さいと Z の生き残りには有利であることを示してい
る。Z は、z(0) > g を満たしていれば小さな初期値でも生き残ることができる。そ
して、k の値が小さくなると、平衡点 E+0+ = ((a/f − k)(a/f − g)/e, 0, a/f ) の
X の個体数が大きくなり、X が多く生き残るようになる。その結果、奴隷になる
X が増えるので、Z は生き残るのに有利になると生物学的に説明できる。
次に、ec/d の値を考える。c/d は、X(奴隷) の平均数を表している。奴隷の平均
38
数が大きいほど Z が生き残るには有利である。e は、奴隷狩りによる Z の増加率
を表し、Z が効果的に奴隷狩りをすれば、Z は生き残ることができる。このパー
マネンスの条件は、生物学的に考えて妥当なことを示している。
次に、Z の生き残り方についてまとめる。前の章で示した数値シミュレーショ
ンから、Z の生き残り方には4つのパターンがあることが分かった。
+
ケース1は、a/f > k のときで、3 種が正の平衡点 E+++
で共存する場合である。
このケースでは、パラメーター a/f が大きく、Y や Z のための多くの奴隷が存在
する。奴隷狩りされる奴隷が多いので、 Y と Z は効果的に奴隷狩りを行う。その
ため、相互作用をする X, Y と Z は共存できる。
ケース 2 は、a/f < g あるいは a/f > k かつ a/f ≤ M のときで、X と Z だ
けが安定な E+0+ に生き残ることができる場合である。このケースでは、パラメー
ター a/f が比較的小さく、Y や Z のための奴隷が少なくなる。奴隷の X が少な
いので、奴隷狩りするアリ Y と Z は効果的に奴隷狩りをすることができない。パ
ラメーター M が大きいので、Z は、比較的高い生物密度 (z < M ) のもとでも奴隷
狩りできる。それゆえ、Y は絶滅して、X と Z だけ生き残ることができる場合で
ある。
k
ケース 3 は、a/f < k < M のときで、Z だけが安定な E00+
に生き残ることが
できる場合である。このケースでは、パラメーター a/f が小さく、Y や Z のため
の奴隷が減る。奴隷 X がほとんどいないで、奴隷狩りするアリ Y と Z は効果的に
奴隷狩りをすることができない。パラメーター M が大きいので、Z は、比較的高
い生物密度 (z < M ) のもとでも奴隷狩りできる。それゆえ、X と Y は絶滅して、
Z だけ生き残ることができる。
ケース 4 は、k > a/f > M のときで、Z が環境収容力 k まで達する場合である。
X と Y は、周期解で生き残る。このケースでは、パラメーター a/f が小さく、Y
や Z のための奴隷が減る。奴隷の X がほとんどいないで、奴隷狩りするアリ Y と
Z は効果的に奴隷狩りをすることができない。パラメーター M が小さいので、Z
は比較的低い生物密度でも奴隷狩りできない。しかし、Y は奴隷狩りすることが
できる。それゆえ、X と Y は生き残る。Z は、アリー効果のために環境収容力 K
まで達する。
39
最後に、このモデルは1被食者2捕食者のモデルになる。1被食者2捕食者の
モデルでは、生物学的には一般に 5 章で説明した「ガウゼの原理 (競争排除則)」が
はたらいて、2捕食者は共存できない。しかし、このモデルでは共存点が存在し
ている。このことは大変興味深いことである。なぜ共存できかということである
が、Z が個体群密度が大きいとき、奴隷狩りをしないということが大きな影響を
与えていると考えられる。Z は Y とは違い、常に奴隷狩りしないと生きられない
種ではないために、このような共存ができると考えられる。自然環境全体を考え
た場合、Z は X 以外のニッチを持つと考えられる。
本論文では、Z が常に奴隷狩りするとき (M = ∞)、Z がパーマネンスになる十
分条件が得られた。その条件の下で、M が有限な値でもパーマネンスになってい
ることが数値計算で確認された。M が有限な値でも Z のパーマネンス条件を数学
的に求めることが今後の課題である。また、いろいろな種類の生物の被食者・捕
食者関係に着目して、数学的なモデルを考え、その生物のパーマネンスの条件を
まとめていきたいと思う。
40
付録 局所安定性解析
これから、平衡点を E = (x∗ , y ∗ , z ∗ ) として表す。すると、z ∗ ≤ M のときのヤ
コビアンは、



J(E) = 

a − by ∗ − f z ∗
dy
−bx∗
∗

−f x∗
∗
−c + dx
0
0
{(k − z ∗ )(z ∗ − g) + ex∗ } + (−2z ∗ + k + g)z ∗
ez ∗
z ∗ > M のときは

a − by ∗
−bx∗
0


J(E) =  dy ∗
−c + dx∗
0

0
0
(k − z ∗ )(z ∗ − g) + (−2z ∗ + k + g)z ∗
とあらわせれる。





1) E000 のヤコビアンは、


a 0
0


J(E000 ) =  0 −c
0

0 0 −gk


 である。

固有値は、λ1 = a, λ2 = −c, λ3 = −gk で、a > 0 なので、E000 は不安定である。
k
2) k ≤ M のときの E00+
のヤコビアンは、



k
J(E00+ ) = 


a − fk
0
0
0
−c
0
ek
0
(g − k)k


 である。

k
は a/f < k
固有値は、λ1 = a − f k, λ2 = −c, λ3 = (g − k)k で、k > g なので、E00+
のとき安定である。
k
のヤコビアンは、
k > M のときの E00+
41


,


k
J(E00+
)

a 0
0


=  0 −c
0

0 0 −(k − g)k


 である。

k
固有値は、λ1 = a, λ2 = −c, λ3 = −(k − g)k で、a > 0 なので、E00+
は不安定で
ある。
g
3) g ≤ M のときの E00+
のヤコビアンは、

g
J(E00+
)


=


a − fg
0
0
0
−c
0
eg
0
(k − g)g


 である。

g
固有値は、λ1 = a − f g, λ2 = −c, λ3 = (k − g)g で、k > g なので、E00+
は不安定
である。
g
g > M のときの E00+
のヤコビアンは、

g
J(E00+
)
a 0
0


=  0 −c
0

0 0 (k − g)g



 である。

g
固有値は、λ1 = a, λ2 = −c,λ3 = (k − g)g で、a > 0 なので E00+
は不安定である。
4) E++0 のヤコビアンは、

0
−bc/d
−f c/d


J(E++0 ) =  ad/b
0
0

0
0
−gk + ce/d



 である。

√
√
固有値は、λ1 = −gk + ce/d, λ2 = +i ac, λ3 = −i ac で、もし、λ1 < 0 すなわ
ち gk > ce/d なら、E++0 は、中立安定である。もし、gk < ce/d なら、E++0 は不
安定である。
42
5) E+0+ は、a/f > M のとき存在しないので、a/f ≤ M の場合だけ考える。こ
の場合、E+0+ は a/f < g か a/f > k のとき存在して、E+0+ のヤコビアンは、

∗
∗
0
−bx
−f x


J(E+0+ ) =  0 −c + dx∗
0

ez ∗
0
(−2z ∗ + k + g)z ∗



 である。

特性方程式は、∆ = (−2z ∗ +k+g)z ∗ のとき、(−c+dx∗ −λ) {(−λ)(∆ − λ) + f x∗ ez ∗ } =
0 である。この方程式の根の実数部分が負になるための条件は、Routh-Hurwitz の
基準から 2a/f > k + g かつ d(g − a/f )(k − a/f ) − ce < 0 である。d(g − a/f )(k −
a/f ) − ce < 0 は、z − < a/f < z + かつ z − < (k + g)/2 < z + と等しいので、E+0+
は、(k + g)/2 < a/f < z + のとき、安定である。
+
6) E+++
のヤコビアンは、z + ≤ M のとき、

0
+
J(E+++
)


=  dy ∗

ez ∗

−bx∗
−f x∗
0
0
0
(−2z ∗ + k + g)z ∗


 である。

特性方程式は、λ3 −(−2z ∗ +k+g)z ∗ λ2 +(f ex∗ z ∗ +bdx∗ y ∗ )λ−bdx∗ y ∗ (−2z ∗ +k+g)z ∗
= 0 である。この方程式の根の実数部分が負になるための条件は、Routh-Hurwitz
の基準から、−(−2z ∗ + k + g)z ∗ > 0 and −bdx∗ y ∗ (−2z ∗ + k + g)z ∗ > 0 かつ
−(−2z ∗ + k + g)z ∗ (f ex∗ z ∗ + bdx∗ y ∗ ) + bdx∗ y ∗ (−2z ∗ + k + g)z ∗ > 0 である。それ
+
は、z + > (k + g)/2 のとき安定である。しかし, z + は、(k + g)/2 よ
ゆえ、E+++
+
+
は、z + > M のとき存在しな
は、安定である。E+++
りいつも大きいので、E+++
−
については、同様に z − < (k + g)/2 < z + なのでいつも不安定である。
い。E+++
k
のヤコビアンは、
7) E+++
43

k
J(E+++
)
0
−bc/d −f c/d


=  ad/b
0
0

0
0
(g − k)k



 である。

√
√
k
固有値は、λ1 = (g − k)k, λ2 = +i ac,λ3 = −i ac である。λ1 < 0 なので、E+++
は、中立安定である。
g
8) E+++
のヤコビアンは、

g
J(E+++
)
0
−bc/d −f c/d


=  ad/b
0
0

0
0
(k − g)g



 である。

√
√
g
固有値は、λ1 = (k − g)g, λ2 = +i ac,λ3 = −i ac である。λ1 > 0 なので、E+++
は不安定である。
44
微分方程式の定性解析
生物の個体集団のモデル、免疫モデル、ウイルスダイナミクスなどに現われる
常微分方程式系は、非線形のものが多く、解を時間 t の関数として具体的に書き表
すことは一般的に f 不可能である。その場合、解の挙動を調べる方法として、数値
計算による方法と並んで定性的に解析する方法がある。以下では、その定性的な
解析法の中で基本的なことについてまとめる。
自励系の場合、システムの平衡点とその安定性について調べることが基本であ
る。常微分方程式系、
dx1
= f1 (x1 , x2 , …, xn )
dt
…
dxn
= fn (x1 , x2 , …, xn )
dt
xi (0) = xi
(i = 1, …, n)
i
において、すべての導関数 dx
が0に、すなわち、f (x∗ ) = 0 となるような x∗ を平衡
dt
点という。x∗ が平衡点であるとき。x(0) = x∗ ならばすべての t に対して x(t) = x∗
となる。しかし、x(0) が x∗ に近いときの x(t) の挙動はさまざまである。平衡点の
近くを初期値とする解がどのように振る舞うかが常微分方程式の挙動を調べる際
に重要である。この性質を平衡点の局所安定性という。
(1) 平衡点 x∗ が安定であるとは、任意の ϵ > 0 に対して、δ > 0 がとれて、
∥x(0) − x∗ ∥ < δ ならば、任意の t ≥ 0 に対して ∥x(t) − x∗ ∥ < ϵ となることであ
る。
(2) 平衡点 x∗ が漸近安定であるとは、安定であり、さらに δ ′ > 0 がとれて
∥x(0) − x∗ ∥ < δ ′ ならば、x(t) → x∗ となることである。
(3) 平衡点 x∗ が不安定であるとは、安定でないことである。
平衡点の近くで元の常微分方程式を定係数線形微分方程式で近似することによ
り、安定性を判定するための比較的簡明な十分条件を与えることができる。以下、
平衡点 x∗ を固定して考えよう。x = x∗ 近傍における各関数 fi (x) のテイラー展開
を考えると
45
fi (x1 , x2 , …, xn ) = fi (x∗1 , x∗2 , …, x∗n )
n
∑
∂fi ∗ ∗
+
(x1 , x2 , …, x∗n )(xj − x∗j ) + (高次の項)
∂x
j
j=1
と表せる。x が X ∗ に近いときには、高次の項を無視することができる。そこで、
Xj = xj − x∗j とおけば、もとの常微分方程式は平衡点 x に近いところで次の定係
数線形微分方程式
dX1
∂f1 ∗
∂f1 ∗
∂f1 ∗
=
(x )X1 +
(x )X2 + … +
(x )Xn ,
dt
∂x1
∂x2
∂xn
dX2
∂f2 ∗
∂f2 ∗
∂f2 ∗
=
(x )X1 +
(x )X2 + … +
(x )Xn ,
dt
∂x1
∂x2
∂xn
..
.
. .. dXn
∂fn ∗
∂fn ∗
∂fn ∗
=
(x )X1 +
(x )X2 + … +
(x )Xn
dt
∂x1
∂x2
∂xn
で近似される。ここで上の定係数線形連立方程式をベクトル表記したときに右辺
に現れる行列




J =



∂f1
(x∗ )
∂x1
∂f1
(x∗ )
∂x2
∂f2
(x∗ )
∂x1
∂fn
(x∗ )
∂x1
..
.
…
∂f1
(x∗ )
∂xn
∂f2
∂x
(x∗ )
2
.
..
…
.
..
∂f2
(x∗ )
∂xn
∂fn
(x∗ )
∂x2
…
∂fn
(x∗ )
∂xn
..
.








を、平衡点 x∗ におけるヤコビ行列という。
定理 (1)x∗ におけるヤコビ行列 J の固有値の実部がすべて負であれば、この平
衡点は漸近安定である。(2) 平衡点 x∗ におけるヤコビ行列の固有値の実部に正の
ものがあれば、この平衡点は不安定である。
46
ただし、固有値の実部の最大値が0である場合には、判定できない。ヤコビ行
列の固有値をすべて求めることは一般に困難であるが、固有値の実部がすべて負
であるかどうかについては、以下に述べる Routh-Hurwitz の判定条件が知られて
いる。固有多項式の係数によって定まる多項式の符号で判定が行われ、特に未知
関数の数 n が少ない場合に使いやすい。
成分が実数である n 次正方行列 A に対して、Λ に対する固有方程式 |ΛI − A| = 0
は実数係数 n 次方程式である。そこで、a1 , a2 , …, an を実数として、Λ についての
n 次代数方程式
Λn + a1 Λn−1 + a2 Λn−2 + … + an−1 Λ + an = 0
を考える。この方程式のすべての解の実部が負になるための必要十分条件が、a1 , a2 , …
, an を成分にもつ次の n 個の行列式の符号を調べることによって、与えられる。
Di = a1
1
…
0
a3
a2
…
0
…
…
… …
a2i−1 a2i−2 … ai
(i = 1, 2, …, n)
ただし、i > n に対しては ai = 0 としている。
定理 1 (Routh-Hurwitz) a1 , a2 , …, an を実数とする n 次代数方程式
Λn + a1 Λn−1 + a2 Λn−2 + … + an−1 Λ + an = 0
の解の実部がすべて負になるための必要十分条件は、D1 > 0, D2 > 0, …Dn > 0
となることである。
特に、n が小さいときは、次のようになる。
(1)n = 2 a1 > 0, a2 > 0.
(2)n = 3 a1 > 0, a3 > 0, a1 a2 − a3 > 0.
(3)n = 4 a1 > 0, a3 > 0, a4 > 0, a1 a2 a3 − a23 − a21 a4 > 0.
47
n = 2, n = 3 のときは、比較的簡単に検証できる。一般に n の値が大きい場合
の応用は難しい。[27]
48
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