28 緊急寄稿 50 M a s a m i t s u 充 雅 坂 Y A S A K A 70 1979年東大経済学部経済学科卒、80年同経営学 科卒。86年東大大学院経済学研究科第2種博士 課程退学。88年東大経済学部助教授。90年東大大 学院経済学研究科第2種博士課程修了。96年東 大大学院経済学研究科助教授、2007年同准教授。 研究分野は、農業経済。主な研究課題は、日本の 酪農・乳業政策と食品の安全・信頼性確保政策。 牛 乳 の 小 売 販 売 は、 週 末 や 夏 季 に 増 え、 雨 の日や年末年始に減るといったように常に変 動 す る 一 方 で、生 乳 生 産 は な だ ら か に し か 変 化 し な い。日 々、季 節 ご と の 需 給 ギ ャ ッ プ の 調 整 が 必 要 に な る。し か も 生 乳 需 要 の 多 く を 占 め る 牛 乳、生 ク リ ー ム な ど の わ ず か な 増 加 【近年のバター不足も…】 か ら 7 4 1 万 ㌧ へ と 減 少 し て い る。今 日 で は 生乳の %あまりが貯蔵性のない牛乳や生ク リ ー ム な ど の 原 料 と な っ て お り、毎 日 の 牛 乳 や生クリームなどの需要に応じて生乳が供給 さ れ な け れ ば な ら な い。こ う し た 生 乳 の 需 給 調 整 が 滞 れ ば、小 売 店 で 牛 乳 な ど の 欠 品 が 生 じ た り、処 理 さ れ る 目 途 が 立 た な い 生 乳 の 廃 棄が避けられなくなったりする。 矢 日本 の酪農 を 守るため に 〜指定団体機能が発揮される制度改革を〜 60 厳しい生乳流通・価格の現状 35 生 乳 は 安 全 性 が チ ェ ッ ク さ れ、品 質 の 劣 化 が 進まないように温度管理などの細心の注意が 払 わ れ て、迅 速 に 乳 業 工 場 へ 輸 送 さ れ る。乳 業工場では殺菌・加工処理が施されて、生乳 は牛乳・乳製品といった食品になる。 【難しい生乳の需給調整】 近 年、 生 乳 の 市 場 環 境 は 厳 し さ の 度 を 加 え て い る。生 乳 生 産 量 が 減 少 傾 向 に あ る 中 で、 貯蔵があまり利かない牛乳や生クリームなど の 原 料 と な る 生 乳 の 比 率 が 高 く な り、需 給 調 整が難しくなっているからである。 酪 農 家 戸 数 は 約 1 万 7 0 0 0 戸( 平 成 年 2 月 )で、こ の 年 間 で 約 % も 減 少 し た。 戸あたりの乳牛飼育頭数規模は %ほど拡 大 し た が、そ れ で も 生 乳 生 産 量 は 8 6 6 万 ㌧ 20 【要求される細心の注意と迅速さ】 コ ッ プ 1 杯 で、 1 日 の カ ル シ ウ ム 摂 取 基 準 量 の 約 % も と れ る 牛 乳 。そ の 牛 乳 か ら 脂 肪 分を取り出し練り上げたバターや水分を除い て栄養を固めたチーズなどの乳製品。牛乳・ 乳 製 品 は カ ル シ ウ ム や タ ン パ ク 質、各 種 ビ タ ミ ン な ど、様 々 な 栄 養 素 が 豊 富 に 含 ま れ て お り、私 た ち の 食 生 活 に す っ か り 根 付 い て い る が、そ の 原 料 を 生 産 す る 酪 農 に つ い て は 知 ら れていないことが多い。 乳 牛 か ら 搾 ら れ た 生 乳 は、 人 の 母 乳 と 同 じ で 貯 蔵 性 が な い。殺 菌 さ れ る 前 の 生 乳 で は、 冷 蔵 保 管 で も ほ ぼ 1 週 間 の 貯 蔵 が 限 度 で あ る。 1 意見広告 日本の酪農を 守るために が 増 幅 さ れ て、バ タ ー な ど の 貯 蔵 性 の あ る 乳 製 品 に 仕 向 け ら れ る 生 乳 は 大 き く 減 少 す る。 生乳生産量の減少と牛乳や生クリームなどへ の 生 乳 需 要 の 増 加 が 続 け ば、バ タ ー 等 の 製 造 は か な り 制 約 さ れ る こ と に な る。近 年 の バ タ ー 不 足 に よ る 市 場 の 混 乱 は、こ う し た 事 態 の 端緒であった。 野菜などは台風や大雨等で品不足や欠品に な る こ と さ え あ る の に、牛 乳 は い つ で も 小 売 店 の 棚 に ぎ っ し り と 並 ん で い る。そ れ を 支 え ているのが「 指定団体 」という組織の活動で もある。 そこで 、 「指定団体」がどういう機能を果た しているのかをみていきたい。 △ 乳業 酪農家B 指定団体 酪農家A 酪農家C 酪農家C △ 乳業 ○乳業 酪農家B ○乳業 酪農家B 指定団体 酪農家A △ 乳業 酪農家A ▲ △ 乳業 指定団体 による集乳 工場近郊 の酪農家 △ 乳業 工場近郊 の酪農家 離島の 酪農家 離島の 酪農家 ③集送乳コストの削減 山間部の 酪農家 山間部の 酪農家 集送乳コスト の低減 微妙で厳しい需給調整が求められつつある 生 乳 市 場。当 然 な が ら、今 後、生 乳 流 通 の 舵 取 り は ま す ま す 難 し く な っ て い く。生 乳 生 産 や牛乳などの消費のわずかな変化がバターな ど の 不 足 や 過 剰 を も た ら し、輸 入 飼 料 や 国 際 乳製品の大幅な価格変動からも生乳市場は大 きな影響を受けるようになる。 ま た、 国 内 の 肉 牛 価 格 の 高 騰 を 背 景 に、 酪 農 家 が 和 子 牛 を 積 極 的 に 生 産 す る よ う に な り、 雌 の 乳 牛 の 出 生 数 が 減 少 し て お り、酪 農 は 肉 牛市場の動向とも密接につながるようになっ ている。 【ますます難しくなる生乳市場】 へ 〝協調〟から〝競争〟 政府が目指す酪農制度改革 酪 農 家 が 条 件 を 付 け ず に、 生 乳 を す べ て 指 定 団 体 に 販 売 委 託 す る と い う ル ー ル も、生 乳 の 需 給 調 整 に は 欠 か せ な い。飲 用 向 け に 用 途 を限定した生乳や独自販売した残りの生乳が 指 定 団 体 に 出 荷 さ れ る こ と に な れ ば、指 定 団 体 の 生 乳 の 流 通 調 整 の 自 由 度 は 小 さ く な り、 需 給 調 整 は 途 端 に 行 き 詰 っ て し ま う。指 定 団 体 の 全 量 無 条 件 委 託 は、迅 速 で 弾 力 的 な 生 乳 の需給調整を支える基盤になっている。 【なぜ全量無条件委託するのか】 備してきた。 ②販売調整力の強化 【 補給金で加工向け生乳の不利性をカバー】 一元集荷 多元販売 注文は多いけど、生乳が足りない! 指定団体がまとめて 集乳に回ることで、 効率的な集送乳ライン となり、 コストを削減。 条件の異なる酪農家が バラバラで乳業者へ 送乳するのでは 非効率かつ高コスト。 指定団体が果たす役割 酪農家B △ 乳業 酪農家A ①乳価交渉力の強化 【生乳の広域流通が拡大】 △乳業 △乳業 乳質改善や衛生管理の 徹底を共同で実施 ▼ 指定団体が 販売先を調整し、 廃棄を防ぐ。 停電で生乳が受け取れない! 余剰分の生乳は受け取れない! ▲ 熊本地震などの際に 有効に機能 一元集荷 多元販売 指定団体に生乳を まとめることで、 取引量を増やし、 価格交渉力を強化。 生乳の特性や 経営規模の差により、 価格交渉上、 不利な立場。 例 え ば、首 都 圏 の 生 乳 が 不 足 す る 時 期 に は 北 海道からフェリーなどを利用して関東への生 乳 輸 送 を 増 や し、逆 に 関 東 で 生 産 さ れ た 生 乳 で ほ ぼ 充 足 さ れ て い る 時 期 に は、北 海 道 か ら の 生 乳 輸 送 を 抑 制 し て い る。需 要 を 上 回 る 生 乳 は、い ま 一 度 北 海 道 に 輸 送 し て 貯 蔵 性 の あ る 乳 製 品 に 加 工 し な け れ ば な ら な い。輸 送 費 が 嵩 み、酪 農 家 の 負 担 が 増 え る の で、指 定 団 体は需要に応じた配乳調整を行っている。 【指定団体制度の機能】 生 乳 の 価 格 は、 年 に 1 回、 飲 用 牛 乳、 バ タ ー、チ ー ズ な ど の 用 途 別 に 決 め ら れ て い る。 現在のバターなどの加工向け乳価は1㌔あた り 約 円 、関 東 で は 飲 用 牛 乳 向 け の 乳 価 は 1 20円弱と価格に大きな違いがあり、 「加工向 け 」の生乳は「 飲用向け 」の生乳よりも乳価 が 安 い。加 工 向 け 生 乳 に は 補 給 金 が 交 付 さ れ る が、そ れ で も 飲 用 向 け 乳 価 と の 格 差 は 1 ㌔ あ た り 円 あ ま り で 、北 海 道 か ら 関 東 へ の 生 乳 輸 送 費 を 上 回 っ て い る。加 工 向 け に 販 売 さ れ る 生 乳 比 率 が 高 い 北 海 道 か ら、大 半 が 飲 用 向け生乳として販売される関東へ生乳をもっ ていく誘因が高くなっている。 大 消 費 地 の 牛 乳 需 要 を め ぐ っ て、 か つ て 指 定 団 体 は 生 乳 廉 売 競 争 に 陥 る 危 機 に 直 面 し た。 乳製品工場がない消費地で行き場を失った生 乳 の 価 格 は 暴 落 し、酪 農 家 は 深 刻 な 経 営 難 に 見 舞 わ れ る。指 定 団 体 は 相 互 に 連 携 し、生 乳 の合理的な広域流通や需給調整の仕組みを整 原料乳生産者補給金等暫定措置法」 (以下、不 足 払 い 法 )が 施 行 さ れ、今 日 の 酪 農 政 策 の 基 本的な枠組みとなっている。 不 足 払 い 法 の 特 徴 は、 ① 酪 農 家 の 生 乳 を 一 元集荷して多元販売する協同組合である「 指 定 団 体 」を 設 置 し て、酪 農 家 の 生 乳 取 引 交 渉 力 の 強 化 を は か る こ と、② 加 工 向 け 生 乳 に 補 給 金 を 交 付 し て、酪 農 家 の 経 営 を 安 定 さ せ る ことである。 指定団体を通じた場合 相対取引の場合 75 30 生乳廃棄 発生 【指定団体とは?】 10 農業が天候によって大きく左右されるよう に、酪 農 は 牛 の 生 理 に 規 定 さ れ る。生 ま れ た 牛 は 1 歳 過 ぎ に 人 工 授 精 で 妊 娠 し 、ほ ぼ カ 月 後 に 出 産 し て ミ ル ク を 出 す よ う に な る。牛 は 生 ま れ る ま で 1 年、生 ま れ て か ら 出 産 す る ま で に 2 年、増 産 す る た め に は あ わ せ て 3 年 が 必 要 と な り、経 営 難 に 直 面 し 一 時 的 に 酪 農 生 産 を 縮 小 し て し ま う と、生 産 回 復 に 多 く の 年 月 を 要 す る。そ の た め、ど の 国 も 酪 農 の 安 定的な発展のための政策を講じている。 日 本 で は、1 9 6 6( 昭 和 )年 に「 加 工 41 指定団体は全国 ブロックに設置されてお り、酪 農 家 が 搾 っ た 生 乳 を 集 め て 検 査 し、そ の 品 質 や 安 全 性 を 確 認 し た 上 で、乳 業 工 場 に 搬 送 す る。酪 農 と い う と 北 海 道 を 思 い 浮 か べ る 方 が 多 い か も し れ な い が、大 消 費 地 に 近 い 都 府 県 の 生 乳 の 大 半 が、鮮 度 が 求 め ら れ る 飲 用 牛 乳 の 原 料 に 向 け ら れ、北 海 道 の 生 乳 は、 大 消 費 地 か ら 遠 く 輸 送 コ ス ト が か か る の で、 多 く は バ タ ー な ど の 加 工 向 け の 原 料 に な る。 指定団体は酪農家を代表して乳業メーカーと 価 格 交 渉 を 行 い、他 の 指 定 団 体 と 競 っ て よ り 有利な条件で生乳を販売していく役割を担っ ている。 生 乳 輸 送 費 は 指 定 団 体 に よ っ て 負 担 さ れ、 乳業工場では全国からほぼ同価格で生乳を購 入 す る こ と が で き る の で、生 乳 の 広 域 流 通 が 拡 大 し て い っ た。ま た、指 定 団 体 は、輸 送 に か か る 時 間 や 費 用 を 勘 案 し、合 理 的 で 安 定 的 な 生 乳 供 給 を 乳 業 メ ー カ ー に 保 証 し て い る。 10 日本の酪農を 守るために あろうか。 指 定 団 体 制 度 が 見 直 さ れ て も、 こ れ ま で の 生乳の需給調整の取り組みは強化しなければ な ら な い。大 消 費 地 の 牛 乳 需 要 を め ぐ っ て 生 乳 廉 売 競 争 に 陥 る 混 乱 を 繰 り 返 し、酪 農 家 を 苦 境 に 陥 れ る わ け に は い か な い。乳 業 メ ー カ ー に と っ て も、必 要 と す る 生 乳 を 安 定 的 に 調 達 す る た め に は、需 給 調 整 を 担 っ て く れ る 指 定団体との取引が望ましい。 【指定団体以外に補給金を交付する政府の改革】 市場の安定性を考慮した協調的な行動をと る 組 織 は、常 に 短 期 的 な 利 益 に 執 着 す る 者 か ら の 批 判 に さ ら さ れ る。生 乳 市 場 が い っ そ う 不 安 定 に な る と、一 部 の 酪 農 家 は 指 定 団 体 の 共 同 販 売 か ら 離 脱 し、た と え 将 来 の 不 安 が あ っ て も、乳 業 メ ー カ ー と の 直 接 取 引 に よ っ て 経営の安定をはかる誘惑にかられるだろう。 今、 指 定 団 体 に 求 め ら れ て い る の は、 政 府 の 酪 農 制 度 改 革 に 翻 弄 さ れ ず、酪 農 生 産 者 組 織や生乳流通の基本的な問題の解決に向けた 取 り 組 み を 加 速 し て、酪 農 家 か ら の 信 頼 を 得 ることだ。 す で に、 指 定 団 体 を 酪 農 家 が 直 接 組 合 員 と し て 加 入 す る 広 域 生 乳 販 売 農 協 に 改 組 し、酪 農生産者組織を統合・再編する方向で検討が 始 ま っ て い る。酪 農 生 産 者 組 織 を 身 軽 に し て 【今、指定団体に求められているのは】 あるべき酪農政策の姿とは こ う し た な か、政 府 は、昨 年 月 末 に「 農 業競争力強化プログラム 」の中で牛乳・乳製 品の生産・流通等の改革を提案し、とりわけ 「指定団体」のあり方を取り上げている。①指 定 団 体 に 委 託 販 売 す る 酪 農 家 に 限 定 せ ず、す べ て の 酪 農 家 に 補 給 金 を 交 付 す る、② 酪 農 家 の 不 公 平 感 を 招 か ず、場 当 た り 的 な 利 用 に な ら な い よ う に し た う え で、指 定 団 体 へ の 生 乳 の 部 分 委 託 販 売 を 認 め る と い う も の で あ る。 補 給 金 交 付 制 度 を 残 し て 不 足 払 い 法 を 廃 止 し、 恒久法として措置する見通しである。 政 府 は 指 定 団 体 制 度 を 見 直 し て、 個 々 の 酪 農家の生乳販売の余地を広げ、 〝協調〟ではな く〝 競争 〟に生乳市場の将来を託そうとして い る。こ う し た ハ ー ド ラ ン デ ィ ン グ を 想 起 さ せる政策で意味のある成果があげられるので 11 役 割 分 担 を 明 確 化 す る こ と で、組 織 運 営 の 効 率 性 を 高 め る と と も に、酪 農 家 の ニ ー ズ に 対 応した支援機能の強化・拡充をはかる必要が ある。飼 料設 計・ 生産や 乳 牛飼養、糞 尿処 理、 経 営 管 理 な ど、酪 農 家 へ の 専 門 的 な 支 援 を 行 え る よ う、酪 農 生 産 者 組 織 間 で の 人 材 の 活 用 や事業の受委託・提携を進めていくべきでは な い か。組 織 の 論 理 に 埋 没 し て、改 革 を 先 延 ば し し て い け ば、酪 農 家 か ら の 信 頼 は 失 わ れ る。 【生乳市場のセーフティネット構築を】 今 後 の 酪 農 政 策 は、 小 売 業 者 を 含 め た ミ ル クサプライチェーンの連携と生乳市場のセー フ テ ィ ネ ッ ト 構 築 に 重 点 を 置 く べ き だ。 牛 乳・乳製品の安全性確保はいうまでもなく、 酪 農 生 産 者 組 織 で で き る 機 能 は 限 ら れ て い る。 乳価交渉も生産者側と乳業メーカーとの対立 で 片 づ け ら れ る ほ ど 単 純 で は な く、生 産 コ ス ト に 加 え、国 内 需 給 や 海 外 の 市 場 動 向 な ど に も 目 配 り し た 判 断 が 必 要 に な る。ミ ル ク サ プ ライチェーンを構成する関係者による市場情 報 の 共 有 を は じ め と し て、円 滑 な コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン を 確 保 し な け れ ば、予 測 し が た い 生 乳 市 場 の 変 動 に 対 応 す る こ と は で き な い。生 乳価格が下落する恐れを払拭するための価格 支 持、乳 製 品 の 需 給 変 動 の 影 響 を 緩 和 す る た め の 乳 製 品 在 庫 保 有 な ど、政 府 と ミ ル ク サ プ ライチェーンには生乳市場の「 岩盤 」構築が 求められる。 [提供]全国農業協同組合中央会 〒100-6837 東京都千代田区大手町1-3-1 ☎03( 6665)6010/広報部 http://www.zenchu-ja.or.jp/
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