Nara Women's University Digital Information Repository Title 【論文:査読付】韓国の産後ケアに関する研究:韓国の産後調理院 と助産院を中心に Author(s) 神谷, 摂子; 諸, 昭喜 Citation 神谷摂子, 諸昭喜:奈良女子大学社会学論集, 第24号(2017), pp. 37-53 Issue Date 2017-03-01 Description URL http://hdl.handle.net/10935/4437 Textversion publisher This document is downloaded at: 2017-04-24T20:23:29Z http://nwudir.lib.nara-w.ac.jp/dspace 奈良女子大学社会学論集第 24 号 〈査読付論文〉 韓国の産後ケアに関する研究 ――韓国の産後調理院と助産院を中心に―― 神谷 諸 摂子 昭喜 1 研究の背景と目的 韓国においては,1990 年代半ばより産後調理院と呼ばれる産後ケアを行う施設が増加し, 2015 年の調査によれば 59.8%の女性がこの施設を利用している(イ他 2015:192).韓国で産 後ケアが発達した社会的背景については,産後を重視する伝統的な観念の存在や社会構造 の変化などの理由が指摘され(松岡 2009),産後調理院の実態についてもすでにいくつか の調査研究がなされている(八代・吉留 2007)(吉田他 2009) (坂梨他 2010).妊娠・出産・ 産後という一連の母子ケアにおいて,通常は安全性の観点から妊娠と出産に関心が向けら れることが多く,産後の部分に焦点が当てられるのは先進国の中では珍しい.しかし韓国 では産後ケアの伝統文化が商業化と医療化とうまく組み合わされて実践されている. その一方で,近年わが国における母子を取り巻く現状は,高齢出産の増加,少子化,虐待 など様々な課題を抱えている.厚生労働省は 2015 年に「子ども虐待による死亡事例等の検 証結果について」第 11 次報告(厚生労働省 2015)を発表し,虐待による死亡事例では, 0歳児が 44.4%を占め,特に0か月児に多いこと,また,主たる加害者として実母による 虐待が最も多いことを指摘している.出産後 1 か月以内が母親の不安が最も高くなるとき と言われており,育児不安は虐待の要因のひとつであることからも,最も支援が手薄にな る出産施設退院後から1か月健診までの産後ケアの必要性が重要視されている.2013 年, 政府はこれまで手薄だった出産時の支援を強化するために,出産直後の宿泊や日帰りで受 け入れる「産後ケアセンター」を全国で整備する方針を掲げ,2013 年6月に「経済財政改 革の基本方針」の「少子化危機突破のための緊急対策」に盛り込み,2014 年度からモデル 事業に取り組んだ(内閣府 2013).産後ケアセンターとは,産院を退院した女性が再び入 院し,休養したり授乳指導を受けたりできる施設である.政府が方針を打ち出して以来, 産後ケアに注目が集まり,産後ケア施設の整備が全国的に広がっている.しかし,施設の 整備は各地方の行政に任されている現状にあり,費用が高額で補助金等の制度も十分では ないことなどから,地域によっては十分に活用されていない現状にある. 本研究では,産後ケア施設として実績のある韓国で産後ケアに関わる産後調理院および 助産院の助産師にインタビューを行い,日本の産後ケア施設の今後のあり方を考える一助 としたい.韓国では産後調理院という名称の施設だけでなく,助産院でも産後入院期間を 37 奈良女子大学社会学論集第 24 号 延長する,あるいは他所で出産した女性を受け入れることで産後ケアを実質的に行ってい る.したがって,今回調査した施設は産後調理院と助産所であるが,助産所が産後入院の 他に出産の介助も行う点で違いがあるものの,いずれも産後ケアを行う施設という点では 共通している.本研究では,これまでに韓国内で書かれた産後調理院の先行研究を整理し て,産後ケアに関する韓国の伝統的な考え方を示し,次に産後ケアを行う助産師の考えを インタビューによって明らかにし,最終的に日本における産後ケアの考え方との比較を行 う. 2 韓国における伝統的な産後ケアとケアの施設化 韓国では, 「産後は健康管理をしっかりしなければ疾病にかかりやすい状態になる」とい う考えのもと,妊娠,出産に引き続く産後の身体を整えることは,女性の健康増進のため に重要であると考えられている.韓国では,そのように妊娠,出産によって変化した身体 的,精神的,社会的機能が妊娠前の状態に回復するまで第三者によって世話をすることを 「産後調理」(1)と呼んでいる(チェ他 1999).ここでいう「世話をする」とは,生殖器の 復古に限らず,全体的な健康を促すためのケアを指している(パク・キム 2002:506). 韓国では産後管理の仕方によって産褥期以降の健康状態のよしあしが決まると考えられ (ユ 2001), また実際に多くの女性が出産後に罹患する慢性疾患の原因を産後調理の不十分 さにあると認識している.産後調理は行動の原理と具体的な方法及びその結果に対する信 念体系と実際に行われている実践体系からなる複合概念である(パク・ピトソン 1991)(ユ 1993).伝統的な産後調理は,①無理な力を加えないで身体を保護すること,②身体を暖か くして冷やさないようにすること,③丹念に世話をすること,④清潔を維持すること,⑤ 仕事をしないで休息を取ること,⑥よく食べることの6種の基本原理から成り立っている (ユ 1993)(ゾン 1999)(ゾン 2001).韓国で出産した褥婦の中で 90.5%が伝統的な産後調理 を実施し(ゾン 1999),対象者の 90.1%が伝統的な産後調理は必要であると回答した(キ ム・ゾン 1999).西欧化された若い褥婦にも,伝統的な産後調理はまだ重要な健康管理の 方法として認識されているといえる. このような産後調理は, 昔から家庭内で母親や姑によって行われてきたものであったが, それが外部のサービスとして委譲された経緯には家族構造の変化があげられる.先に述べ たような韓国の文化的背景から,産後調理は女性には必ず必要な健康管理体系として家族 の中で継承されてきた. しかし社会が高度に産業化され,女性の社会進出が著しくなると, 家族内で褥婦の世話をする人がいないことや実家で気兼ねなく休むことができない状況も 増加した.その結果,産後には誰かの助けを受けて回復をするという文化的慣習と身体的 生理的要求は,産後の健康管理を身内からサービス化,施設化に向かわせることになった. すなわち,家で実家の母親や姑によって行われていた産後調理は,家族以外の健康の専門 家と産後調理院に委譲されるようになったのである. 38 奈良女子大学社会学論集第 24 号 3 産後調理院の現状 韓国の産後調理院は 1996 年 10 月に初めて開院して以来,1999 年9月末までの3年間 に 244 ヶ所へと急激に増加し,2015 年の時点で全国に 610 余りの施設があるまでに増加 した(2). 700 610 600 500 400 304 300 244 200 295 320 360 402 418 442 488 540 544 100 0 1 1996 1999 2001 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2015 (出典:パク・キム 2002,ハンキョレ 21 図1 2014,保健福祉部 2015) 韓国の産後調理院の施設数 韓国では産後調理院の利用率は,2000 年に 10%であったが,その後増加し,2015 年に は 59.8%と半数以上の女性が利用していた(3) (ファン他 2002) (キム他 2012) (イ他 2015). ゾン,ヒョンの研究(1999)によると,産後調理院を利用した産婦の 61.7%が「新生児を任 せることができるから」と答えており,産後調理院を再利用の意思があることも示された. この研究によると,産後の役割を負担に感じる産婦は,そうではない産婦より3倍以上産 後調理院を選択するという結果であった.またキム,ジュヒョン他(2001)は,産婦が産後調 理を選択するのは情緒的な理由より物質的,実際的な家事と育児の支援を求めてであると 分析した(キム他 2001).またソン,ジュウン他(2008)の調査によれば,対象者 292 人の 中で産後調理院を利用したのは 102 人 (34%)であり,そのうち核家族の割合が 94.1%と高 く,初産の 80.4%が産後調理院を利用していた(ソン他 2008:37).キム他(2001)の研究に よると,夫以外には産後調理を手伝ってくれる人がいない場合,81.4%が産後調理院の利用 を選択した.このように,産後の世話をしてくれる家族や社会的ネットワークの有無,家 計の所得,学歴なども産後調理院利用の社会的要因として作用することが示されている. 39 奈良女子大学社会学論集第 24 号 55.1 専門的産後調理を望んで 47.8 楽に休みたくて 41.9 婚家、実家大人に迷惑をかけないよう 38.5 新生児管理に負担を感じて 37.5 産後調理を手伝ってくれる人がいなくて 4.8 その他 0 10 20 30 40 50 60 (出典:延世大学校医療福祉研究所 2009 P.52 より) 図2 産後調理院を利用する理由 (N=205)重複回答 また施設を選ぶ際には,施設のプログラムが主な基準となっていた.プログラムの一例 を表1に示すが,それによると新生児管理,日々の食事や保養食などさまざまな項目が含 まれていることがわかる.また,自宅近くの交通の便が良いところを選択理由としている 人が 49%おり,産後調理院に入院中,夫などの家族が訪問可能であることも重要な選択理 由であった. 表1 産後調理院で行われるプログラムの一例(重複回答(N=205) ) 利用した産後調理院のプログラム内容 割合 新生児管理教育(離乳食、沐浴の方法、育児教室など) 93.6 褥婦の体型管理(ヨガ、骨盤矯正、産褥体操など) 92.6 母乳育児教室 88.7 マッサージ(全身、乳房、腹部、足など) 85.3 子どもの名前づくり 80.4 写真撮影および動画制作 66.3 肌管理(顔など) 65.8 作品作り(モビール、臍帯箱など) 61.9 専門医の診察および相談(小児科医、産婦人科医、漢方医など) 55.6 出産後の家族計画および避妊法 28.7 映画鑑賞 22.9 財テク教育 8.7 その他 3.9 (出典:保健福祉家族部 2009 産後調理院の消費者価格実態調査,P.55 より) 40 奈良女子大学社会学論集第 24 号 次に実際に産後ケアに関わる助産師への聞き取り調査を行い,産後ケア施設の特徴と助 産師のケアに対する考えを明らかにする. 4 調査方法 調査期間は 2014 年 11 月 15 日~16 日であり,調査場所は大邱(テグ)市内の産後調理 院1か所と助産所1か所であった.訪問した施設の助産師に,施設の開設年,開設経緯,年 間利用者数,施設の特徴,緊急時の対応,助産師の勤務状況,利用者の生活状況,産後ケ アに関わるうえで大切にしていることなどについてインタビュー調査を実施した. 調査の実施にあたっては,事前に本学の韓国人院生をとおして,院生の知り合いである 施設長に訪問の意図を伝え,受け入れを依頼した.受け入れの承諾を得た後,施設を訪問 し,調査の目的,概要を院生の通訳をとおして口頭で説明し,参加の自由,プライバシー の保護,日本で調査結果を公表することなどを説明し同意を得た.また,インタビュー内 容の録音と施設の写真撮影の許可を依頼し,許可を得た上で録音と写真撮影を行った. データの分析方法は,インタビューにより得られたデータを逐語録に起こし,産後ケア に関わるうえで助産師が持っている考えに焦点を当て意味内容をまとめた. 5 結果 5.1 訪問した施設の概要と聞き取り内容を表2に示す. 施設名および氏名は仮名で表す. 表2 施設の概要と聞き取り内容 施設 キム・ヘイチュン産後調理院 ユリ助産所 施設長 助産師 助産師 開設年 1993 年 1985 年(2004 年現在の場所に移転) 室数 28 部屋(全室個室) 22 部屋(全室個室) ,1部屋(分娩室) 従業員 総勢 26 名 総人数不明 ・清掃担当・食事担当 ・受付担当・食事・清掃スタッフ ・新生児担当・母親担当 ・新生児担当・母親担当 母子の健 提携病院はない(必要時、周辺の産科・小児 提携病院はない 康管理 科クリニックを受診) (必要時、周辺の病院へ搬送) ケア 母乳育児教室,産後ヨガ,母親のマッサージ, 母乳育児指導,乳房マッサージ,育児教育, 41 奈良女子大学社会学論集第 24 号 サービス ベビーマッサージ,乳房マッサージ,育児教 漢方治療(同じビルの漢方医院と提携) 育,子どもの心理発達教育、漢方治療等 ヨガ教室(同じビルのヨガ教室と提携) アメニテ ・新生児室・食堂・マッサージ室 ・新生児室・食堂・指導室 ィ ・ヨガなどを行うホール・面会室 ・下半身浴室(座浴)・面会室 *居室(ダブルベッド,ソファ,TV,冷蔵庫, *居室(セミダブルベッド,ソファ,TV, 無線電話,浄水器,電動搾乳器,トイレ,洗 冷蔵庫,トイレ,洗面所,シャワー等) 面所,シャワー等) 平均入所 2週間程度(身体機能がほぼ回復する期間と 2週間(子宮復古がおおよそ回復する頃とし 日数 いう考えから決めている) て助産所で決めている) 入院中の ・母児同室かどうかは母親の希望 ・入院中は母親が希望しなければ基本的に母 生活 ・いつでも児を預けることができる 児別室(別室の希望が多い) ・授乳は自律授乳(児が欲しがるときに欲し がるだけ授乳する方法)母乳育児希望の場 合は無線電話で連絡 ・全て母親の希望に沿って行う ・授乳も希望に沿って行い,基本的に夜間授 乳はせず,事前に搾乳した母乳を新生児担 ・夜間授乳は 0 時までとし,夜間は新生児ス 当スタッフが授乳する タッフが搾乳およびミルクを授乳する 母親は 3~4 時間毎に電動搾乳機で搾乳 月平均の 56 人 年間分娩件数平均 14 件(2013:11 件) 利用者数 産後のみの受け入れ人数不明 費用 210 万~280 万 W(部屋により異なる) 150 万~250 万 W(部屋により異なる) 面会 ・夫と両祖父母は居室への入室可 ・夫のみいつでも可 ・夫のみ宿泊可 ・上の子,祖父母などその他の家族は居室へ ・上の子,親戚は面会室での面会 の入室は可能だが,児とはガラス越し面会 ・家族以外は施設での面会不可 のみ ・児はガラス越しで面会可 (感染予防十分配慮した結果) 居室のみ連れて行くことは可能 (感染予防に十分配慮した結果) その他 ・分娩予定日がわかったころの出産前に予 ・助産所として開業するために分娩室は必要 約.妊娠初期に予約を入れないと予約は難 だが,実際には各部屋で出産することが多 しい状況 い(フリースタイル分娩) ・出産後,産後調理院へ連絡し,出産施設を ・助産所で出産はしなくても産後調理を行う 退院した足で入院 施設として産後のみの受け入れ可能 ・再入院は難しいが産婦の状況次第で考慮 ・母乳率は 99%で特に母乳育児に力を入れて いる 42 奈良女子大学社会学論集第 24 号 キム・ヘイチュン産後調理院 訪問した産後調理院は,大邱市の8つの区の中で最も人口(615,140 人)が多いダルソ 区にあり,大きい道路に面した8階建のビルの5~8階のフロアにあった.韓国の放送番 組の中でここの院長が「新生児ケアの達人」として紹介され,かなり有名な施設であった. 院長によれば,開院当時韓国では産後調理院はサービス業に位置付けられていたので,他 の産後調理院は医療専門職者ではなく一般の人が経営者であった.だがここは専門的知識 を持つ助産師が経営していたので自信を持って開業しているとのことであった. 当初,産後調理院に関して法的整備が十分ではなく,衛生的な問題等様々な問題が生じ ていたが,2006 年に国が法整備をしたことで,現在では少しずつ専門的知識を持った人の 経営が増えてきた.法的に新生児を担当するスタッフは看護師または看護助手と定められ ているが,助産師の人数は特に定められていない. ユリ助産所 ユリ助産所は,大きい道路に面した 10 階建のビルの5階にあり,ワンフロア全てが助産 所であった.院長のキム・ブンヨ氏は,数年前まで2名の助産師を雇っていたが,現在は 助産師は院長のみであった.自然出産を希望し,それらの知識を持った女性が助産所での 出産を希望するとのことであった.助産所では会陰切開や会陰裂傷部の縫合は法律でして はいけない行為とされているため,会陰裂傷を起こさないような分娩介助を心掛けている とのことであった.20 年ほど前は,妊婦健診も助産所で行っていたが,現在は病院で妊婦 健診を実施し,問題がなければ助産所で分娩するが,問題があれば助産所での出産はでき ない.提携病院はなく,分娩経過中に異常が発生した場合は助産所周辺にある病院へ搬送 するとのことであった.また,韓国では指導医師制度があり,形式的には助産師は決まっ た医師から指導を受けることになっているが,当助産所の指導医師とは現在交流はなく周 辺の病院に搬送していた.病院への搬送に関して現在のところ具体的なガイドラインがあ るわけではなく,破水した場合のみ 24 時間以内に分娩とならなければ,病院へ搬送するこ とになっているとのことであった.分娩からだけではなく,産後ケアのみの受け入れも行 っていた.また,新生児は看護師が担当していた.一人あたりの分娩費用として医療保険 から 100 万W,政府から 50~70 万Wが助産師手当として助産師に支給されていた. 5.2 産後ケアに対する助産師の考え方 キム・ヘイチュン氏,キム・ブンヨ氏ともに産後ケアとして重要と考えていることは, 産後の母親の不安の軽減であり,施設に入院することで母親の身体をゆっくり休め,約2 週間の入院期間中に母親のリラクセーションを促しつつ育児などの方法を伝え,心理的に 安定させることであった.また,両氏とも産後調理は子どものためよりも母親のために行 うものだと語り,母親が入院中にゆっくり休むことを最優先にしていた.以下に助産師の 産後ケアに対する考えを具体的に示す. 43 奈良女子大学社会学論集第 24 号 自然な回復の促進 インタビューによれば,産後調理院は女性の健康回復のためのケアを優先しており,女 性の体の自然治癒力を最大化することを目的としている. 休みをとりながら2週間調理(ケア)をすると,自宅よりも1月以上,体の回復が よいのです.自然に休息を取りながら2週間で回復力を高めます.家に帰ってから子 育てをするために回復力を促すのです.ここは治療するところではない. (産婦は)患 者ではないからね. (中略)2週間(調理を)すると,体の浮腫みなどはすべてなくな り(家に)帰ることができる.なぜなら休息を多く取っているからです.授乳をしな い時には母親の身体を休めるよう促し,部屋にある浄水器の水を十分に摂取するよう 促します.自分の体の機能を回復させながら妊娠中に蓄積された老廃物が抜け出るよ うに褥婦には階段を使ってよく歩き,運動するよう促します.自然治癒を促している のです.もちろん家で調理しても1~2か月後には浮腫みは解決するでしょう.でも ここでは2週間で解決するから,とても短い時間に女性の健康を回復させていると考 えます.(キム・ヘイチュン) 面会について,以前は上の子も宿泊を許可していました.でも上の子が一緒に宿泊 すると母親の負担が増え,回復が遅くなり,母乳にも影響を及ぼすと考えられたため 禁止としました.すべてのシステムについて,今までの助産師としての経験から褥婦 の心理的安定を優先に,一番良いと考えられることを取り入れているのです. (キム・ ヘイチュン) 助産師は出産後6~8週間の産後の管理をすることが法的に定められています.助 産所は正常な経過の人が利用します.2週間経過するとおおよそ妊娠前の状態に回復 できるため,産後調理としての入院期間は2週間と決めています.(キム・ブンヨ) 夜中の授乳は母親には勧めません.その理由は,母親が睡眠を十分にとらないと体 調も良くならず,母乳の質も低下し,児にも良い影響を与えないからです.0時以降 は基本的に児を新生児室に預け,事前に搾乳した母乳,若しくはミルクを看護スタッ フが授乳しています.母乳の分泌を促し,良質な乳汁を維持するために,母親へは3 ~4時間ごとに各部屋に設置されている電動搾乳器で搾乳するよう促しています. (キ ム・ヘイチュン) 23 時以降の授乳は母親が希望しない限り母親は行いません.夜間は母親を休ませた いので,赤ん坊には搾乳した母乳をこちらで飲ませます.すべて母親の希望に沿って 44 奈良女子大学社会学論集第 24 号 行いますが. (キム・ブンヨ) 母乳を与えていたとしても,お母さんが憂鬱な状態で授乳をしていたら幸せではな い.そうすると,憂鬱な赤ちゃんを育てることになる.だから母乳育児をしているか, ミルクをやっているかにかかわらず,幸せな母親になって 赤ちゃんにその幸せや愛を 伝えるお母さんになってもらうのが原則です.その方法が母乳育児であって,実際は 母乳の影響が重要なわけではない.(キム・ヘイチュン) 以上のように,産後のケアとして必要なのは,女性の身体の回復の重視であり,そのた め授乳も夜には勧めないことや,上の子の宿泊を許可しないことなどが語られ,約2週間, 母親を身体的にも精神的にも休息をさせることを中心にケアしていた. 産後ケアでの「ケア」は生殖器官に限定せず,全体的な健康を意味している.女性は最 初の赤ん坊を出産後,母親という新たな役割を与えられて心理的にも不安定な状態になり やすい.韓国ではこの期間の心理的なケアも将来の精神的健康に大きな影響を与えると考 えられている. 24 時間にわたる専門的な新生児管理 新生児室と産褥室の距離や配置,児と褥婦とのスケジュールなどは産後ケア施設ごとに 皆違うが,新生児は基本的に新生児室で看護師や看護助手によって管理される.通常新生 児は,母乳をやる時以外は新生児室にいることが多く,母児同室の時間は褥婦が自分で決 めることができる.新生児室は感染予防のために衛生管理が徹底されている.新生児のお むつや衣類,補乳瓶,搾乳器などのすべての用品は,個別要請がない限り,新生児室で一 括に消毒管理して提供する. 大部分の産後調理院は専門の看護師によって 24 時間新生児の 健康チェックと授乳をしている事になる.新生児の管理については以下のように語った. 新生児室では担当の看護師が午前,午後,夜の3交代で(新生児の)変化を詳細に 見守りながら 24 時間世話をします.(中略)病院には2泊3日くらいいますが,そこ で赤ちゃんの異常に気付く事ができない場合もある.病院で発見できなくて来る場合 が多いです.私たちはとても丁寧に 24 時間見守っているから.調理院の役割として赤 ちゃんが持っている疾病を見つける所でもあります.(キム・ヘイチュン) 新生児室には担当の看護師が必ずいて,新生児のお世話をします.夜間は母親に授 乳を休ませて看護師が新生児の授乳を担当します.母親はいつでも新生児を預けるこ とができ,その間看護師が新生児の世話をします.(キム・ブンヨ) 母親の役割適応のサポート 45 奈良女子大学社会学論集第 24 号 産後3週の時期は,母性役割において試行錯誤と葛藤,難しさを経て安定的な母性役割 を獲得して行く時期である(ソン・パク 2010).産後ケア施設は産婦と赤ちゃんの健康管理 に加えて,多様な形態の教育プログラムを運営しており,産婦は自由にこのプログラムや 教育に参加することができる.母親になるための教育プログラムについては以下のように 語った. ここ(産後調理院)にいる間はここで母親逹に(子育ての)教育をします.このよ うな教育をしなければ,何が正しいことなのか分からない.そこで私たちの役割は(母 親への)教育ということです. (中略)休息を取りながらただ眠ってばかりいるのでは なく,母親としての役割を学んで行くことまで教えることが産後調理院の役目です. (キム・ヘイチュン) 最近は I.Q が高かい低いにかかわらず,常識的な人間になることがもっと重要です. (そんな人間を育てるには)愛を与える母親にならなければならない.幸せを伝達す るそんな母親になってもらうことが私たちの教育です.母親が幸せな育児の道を進ん で行くことをリードするのが私たちの役目です. (キム・ヘイチュン) 短い時間ではあるが,この時期の産後ケア施設の利用を通じて女性は育児技術や,母親 としての意識を高めるための助けを借りることになる.2週間の施設入院中様々なプログ ラムが企画され,どのプログラムに参加するかは母親の希望に任されていた.産後ケア施 設の助産師たちは,自分たちの専門的知識や経験に基づいて,その時代に合った産後調理 の方法と育児に対する情報を母親に提供している. (昔の産後調理法は)科学的な根拠がなかったが,これからは研究によって最新の情 報と方法で調理をすることができます.調理院を利用する人々は他の人よりもっと正 確な情報や科学的な根拠で調理するのです. (キム・ヘイチュン) また産婦はプログラムの時間や食事,休息時間に施設の共用スペースでお互いに対話を 交わすことができる.この交流を通じて女性は育児に対する各種情報はもちろん,同じ時 期に経験するストレスと不安をお互いに共有し,ストレスを解消する.同じ産後ケア施設 の女性たちは一種の同窓会のような集まりを作り,退院の後でもずっと連絡してお互いに 手伝えるような人的ネットワークを形成することもある. キム・ヘイチュン氏は,産後調理院の経営方針は施設によって異なるが,自分の経営哲 学に基づいて,産後調理院としての役割を遂行するべきだと語った.キム・ブンヨ氏は, 出産方法にしても,産後施設でどのように過ごすかについても,出産する女性の考えを第 一とし, 女性の意思を尊重し自由に過ごしてもらうように心がけているとのことであった. 46 奈良女子大学社会学論集第 24 号 6 考察 6.1 韓国の産後ケア施設が提供するもの 韓国の産後ケアに関わる助産師たちは,産後ケア施設は,出産後の身体を短期間で自然 回復させ,幸せな母親となるための健康管理を行い,児の健康管理もする場所と考えてい た.さらに,母親としての役割を身に付け,育児についての最新情報を得,母親同士のコ ミュニティづくりなどの母親になるための準備をし,新たな生活への第一歩を踏み出すた めの場所と見なしていた. まず産後ケア施設では,女性の身体を回復させることを優先し,女性に負担がかかる夜 の授乳を勧めず,授乳も女性が幸せと感じるやり方を選択することを原則としていた. 女性の健康が回復しなければ,新生児や他の子どもの育児,家事労働などができないと 考えられるため,女性は産後ケア施設にいる2週間の間はすべての家事と労働から逃れ, 休みを取ることを優先する.産後調理中,母親は自分の健康の回復と新生児との関係形成 に集中するようになる.自宅では,母親が留守になるこの期間に,他の家族たちも新しい 家族の誕生に伴う変化に従って自分の役割を準備する適応時期となる.また自然な回復を 促すだけでなく,母親自身が心理的に安定していることこそ今後の母親としての役割遂行 を可能にすると考えられるため,産後ケア施設はこれを補助する場所と考えられている. また,母親の健康管理だけでなく,24 時間体制の新生児の健康管理も役割のひとつであ った.母親としては,新生児の健康を見守ってくれて相談できるということは大きい長所 となる.また後に記述するように,新生児管理に関する専門的な教育やプログラムは,育 児の負担を軽減させる役割を果たしているといえる. 産後ケア施設にとって2つ目に重要なものは,産婦が母親に適応するための教育であっ た.それは「母親の役割適応のサポート」と「育児についての最新情報の提供」からなる. 家族構造が核家族に変化し,家族内で育児と産後調理を手伝ってくれる目上の女性が少 なくなり,産後の女性の健康回復のための知識が家族を通じて受け継がれることが難しく なり,母親は慣れない環境で孤独な育児をしなければならなくなった.赤ん坊の泣く理由 や扱い方などがわからず,インターネットや多様なメディアから情報を収集しようとする が,情報が氾濫しかえって混乱する場合もある. 今回訪問した2か所の施設では,母親になるための様々な教育プログラムが実施されて いた.キム・ヘイチュン氏は, 「韓国における伝統的な産後調理の方法は昔ながらの方法で あり,時代に即していないこともある.時代と共に産後調理の方法が変化するため,時代 に合った方法を提供できるようにしたい」と語っていた.だが現実には先述した6種の基 本原理に沿って様々なケアを実施していることが伺えた.例えば,授乳に関して夜中の授 乳は勧めず母親を休めることや,搾乳をするときに頭を下げずにすむよう電動搾乳器を使 47 奈良女子大学社会学論集第 24 号 用するなど,時代に合わせて考えていることがわかる.また,産後ケアに対する助産師の 考え方は,6種の基本原理のうちの③丹念に世話をすることに相当する. 以上のように,今回訪問した産後ケア施設は女性が単に休息を取る場所ではない.施設 では母親が生理的,精神的健康を回復するように手伝い,新生児を安全に世話をし,各種 プログラムを通じて母親としての役割を遂行するように教育する施設である.母親になる とすべての生活サイクルは新生児中心に変わり,自分自身の個人としての存在はうすまり, 新生児の母親としてのアイデンティティを再形成しなければならない状態になる.このよ うな大きな変化を見越して,産後ケア施設が母親への準備と健康回復を提供することは出 産後の女性にとって重要な意味があるだろう. 6.2 日本の産後ケアと韓国の産後ケアの比較 韓国の産後調理院と日本の産後ケアの考え方を比較して,最も大きく異なる点は,だれ を中心に考えるかという点である. 韓国では母親を中心に考える.母親を中心とするとは, 決して子どもの存在を後回しにしているわけではなく,子どもに目が行くためには,まず は母親の体調が回復しなければ子どもの世話はできないという考え方からであった. 一方,日本における一般的な産後ケアは,極力母子を離さず,母親の体調次第では,出 産直後から母子同室にすることを目指している.この背景には,母乳育児の推進,母子の 愛着形成,出産後の育児に慣れ退院後の育児にスムーズに移行できるようにするという考 え方がある.特に母乳育児の推進に関しては,多くの施設で WHO/UNICEF「母乳育児成功の ための 10 カ条」(以下 10 カ条とする)(NPO 法人日本ラクテーション・コンサルタント協 会編 2015)(4)にのっとってケアを進めている現状がある.WHO では母乳育児が成功する ために守るべきとして,10 項目を挙げているが,その中に「母親と赤ちゃんが一緒にいら れるように,終日,母児同室を実施しましょう」 「赤ちゃんが欲しがるときに欲しがるだけ の授乳を勧めましょう」という項目がある. また,日本では昔から,子どもは母親が世話をするものであるという考え方が強く,男 は外で仕事,女は家事や育児など家のことをするという文化があった.戦後,男女平等が 言われ続け,女性が社会進出しても今なお育児は母親の仕事とされてきた経緯がある.今 でこそ育児は夫婦で行うものと主張されてはいるものの,実際には母親が家事育児の大半 を担い,仕事を持っている母親であっても,育児をするのは母親という考え方が全くなく なったわけではない.そのため,母親自身もよい母親にならなければ,自分は母親なのだ から子どもの世話をするのが当たり前という意識が自然に身についているのではないかと 考える. ルービン,R(1997)によると,出産後の母親としての適応過程は徐々になされるものであ り, 分娩後 24~48 時間は受容期と呼ばれる受け身で依存的な時期で褥婦の関心は自分自身 の欲求に向けられている.さらに,この時期は母親の基本的欲求のニードが他者によって 満たされることにより,生まれた子どもに関心を向けることができると述べている.した 48 奈良女子大学社会学論集第 24 号 がって,韓国の産後ケアのように,まずは母親自身が自分自身の欲求を満たすことが結果 的に児に関心を向け,育児に対して前向きに向き合うことにつながるのではないかと考え る.しかし,母乳育児の観点から行くと,10 カ条にある母子同室や児の欲求に基づく頻回 授乳を行うことで母乳率の上昇が見込まれることが明らかにされている(武石他 2002)現 状もある.吉田和枝ら(2009)が「産後の養生」を行うことは,心身の復活と育児に対する エネルギーの蓄積につながると述べ,母乳育児と産後の養生の両方を兼ね備えた産後の過 ごし方を追求することが必要であると述べているように,母乳育児の推進だけでなく,母親 の休息という点にも目を向ける必要があると考える. 以上のことから,韓国の産後ケアの考え方には,昔から大切にされてきた伝統的な産後 調理の文化を重視した考え方が反映されているといえる.一方,日本においては母乳育児 の推進という考えと,子育ては母親の仕事であるという文化が根強く残っていることが産 後ケアに反映していることが伺えた. 7 結論と今後の課題 韓国の産後ケアに関わる助産師たちは,産後ケア施設は,出産後の女性の身体を短期間 で自然回復させるため,身体を休ませ幸福な母親となるための健康管理をし,さらに児の 健康管理をもする場所と考えていた.さらに,母親としての役割適応の促進や,育児の最 新情報の提供,母親同士のコミュニティづくりをする場所でもあり,新たな生活への第一 歩を踏み出すために必要な場所と考えていた.つまり,母子が中心ではなく母親を中心に 考え,ケアの提供をしている事が明らかとなった. 今後は,対象者を増やし調査を継続することと,日本で増加している産後ケア施設を調 査し,韓国をはじめとする海外の産後ケアとの比較検討をし,日本における産後ケアを発 展させる手掛かりとしたい. [謝辞] お忙しい中,今回の視察を快くお引き受けくださった,韓国産後調理院ならびに助産所 の方々に深く感謝いたします. [注] (1) 「産後調理」の「調理」という言葉は「体をケアする」意味である.患者さんによく するあいさつ‘몸조리잘하세요(モンチョウリザラセヨ,体の調理をちゃんとして)’は‘お 大事に’の意味である. 49 奈良女子大学社会学論集第 24 号 (2)韓国において産後調理院が発展した理由として大きく分けて,韓国における少子化 (2015 年基準出産率 1.24)に伴う女性の側の産後ケアに対する欲求の上昇,平均結婚年 齢の上昇による経済的安定,平均出産年齢の上昇の3点が考えられる. (3)産後調理院の利用料金は全国平均 225 万ウォンから 288 万ウォンまで.褥婦と児の2 人が2週間入院することを基準として算定されており(双胎除外),一般室と特別室に区 分される.利用料金はソウルが一番高く,部屋による価格の差も大きい. (4)WHO/UNICEF が 1989 年に発表した共同声明「母乳育児の保護,推進,支援:産科医 療施設の特別な役割」の要約であり,以下の 10 カ条から成る 第1条:母乳育児についての基本方針を文書にし,関係するすべての保健医療スタッフに 周知しましょう. 第2条:この方針を実践するのに必要な技能を,すべての関係する保健医療スタッフに訓 練しましょう. 第3条:妊娠した女性すべてに母乳育児の利点とその方法に関する情報を提供しましょう. 第4条:産後 30 分以内に母乳育児ができるよう,母親を援助しましょう. 第5条:母親に母乳のやり方を教え,母と子が離れることが避けられない場合でも乳汁分 泌を維持できるような方法を教えましょう. 第6条:医学的に必要でない限り,新生児には母乳以外の栄養や水分を与えないようにし ましょう. 第7条:お母さんが赤ちゃんと一緒にいられるように,終日,母子同室を実施しましょう. 第8条:赤ちゃんが欲しがるときに欲しがるだけの授乳をしましょう. 第9条:母乳で育てられている赤ちゃんに人工乳首やおしゃぶりを与えないようにしまし ょう. 第 10 条:母乳育児を支援するグループ作りを後援し,産科施設の退院時に母親に紹介し ましょう. 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(かみや (チェ せつこ ソヒ 奈良女子大学大学院人間文化研究科博士後期課程) 奈良女子大学大学院人間文化研究科博士後期課程) 52 奈良女子大学社会学論集第 24 号 A Study of Postpartum Care in Korea: with a focus on postpartum care centers in Korea KAMIYA Setsuko CHE Sohee Abstract The purpose of this study is to understand the traditional concept of postpartum care and the characteristics of postpartum care centers that are widely popular in Korea with a view to exploring their implications on postpartum care in Japan. Postpartum women in Korea are considered vulnerable and thus in need of special care. In the past postpartum care was usually provided by family members at home. However, changes occurring in family life, such as the increase in the number of nuclear families, the low birthrate,the rise in the educational level of women and later births, moved postpartum care from the home to specialized institutions. Interviews of two midwives who own postpartum care facilities were conducted in Daegu City, Korea on 15th and 16th of November, 2014. Findings from the interviews illustrate the following aims of postpartum care centers:promoting women's physical recovery, providing professional care to a newborn baby, encouraging women's adapting to a new role as mother by providing information on childcare and breastfeeding support. The main characteristics of postpartum care in Korea is that it aims to give ‘mother-centered’ care, an idea that represents a major contrast to postpartum care in Japan which centers around mother-child bonding with special emphasis on establishing breastfeeding. Research data on postnatal care in Korea provides an occasion to reflect on the Japanese concept of postnatal care which focuses on mother-child bonding and eventually could help in building a good postnatal support system in Japan. (Keywords: postpartum care (Sanhujori), Korea, postpartum care center (Sanhujoriwon), bonding) 53
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