スルガダルクだより |1 スルガダルク 代表 五十畑 修 「ミーティングに参加して」 マリアの丘クリニック 看護師 ゆう 木々もすっかり芽吹き、新緑の葉が茂る季節となりました。 皆様には、ますますご健勝のことと お慶び申し上げます。私は、昨年5月からマリアの丘クリニックの通所の看護師として勤務させ ていただいております。これまで、病棟・外来・訪問看護などの勤務をしてまいりました。最初の 頃は、皆さんにどう接すればよいのか、看護師として何ができるのか戸惑うこともたくさんありま した。しかし、日が経つにつれ皆さんとの会話も増え、距離も近くなり時には相談をしてくれるよ うにもなりました。毎朝、皆さんの笑顔を見ることが楽しみになり、やり甲斐のある毎日を送って おります。実は私も依存的なところを沢山持っています。ここで勤務させていただくことがなかっ たら、そのことに気づかずにいたかも知れません。( ハイヤーパワーのおかげでしょうか !?)毎日 皆さんと共にミーティングに参加し、皆さんの発言を聞きながら、私も過去を振り返り自分を見 つめ直しています。そして自分の欠点に気づき、それを認めることができました。ここで学んだ 12 ステップも日常の中に当てはめて利用しています。 大勢の仲間の前で話をするのは苦手な 方もいると思います。また、自分の過去をさらけ出すことは勇気がいると思います。でも正直な 気持ちを吐いたり聞いたりすることは、お互いの回復に繋がるということを学び、ミーティングの 大切さを知りました。目に見えて回復していると感じる仲間もいますが、中には努力しつつもス リップしてしまう仲間もいます。しかし「今日一日」を実行し、諦めずにやり直せば必ず回復出来 ると信じています。これからも、クリニックのスタッフと共に、回復につながるプログラム提供して いきたいと思います。皆さんの回復を、マリアの丘クリニックのスタッフ一同、心から応援してお ります。 「第二章」 ~ダルクを退寮して~ アキ アディクトのアキです。ダルクを今年の 3 月に退寮して間もなく 3 カ月が経とうとしています。 地元の岐阜に帰りこの 3 カ月いろいろなことがありました。新しい部屋での一人暮らし、入寮す | 2 る前に通っていた名古屋の専門学校へ復学し毎日電車で通っています。 岐阜の NA につながることができ新しい NA メンバーとも出会いました。実家にも時々行って 話をします。目まぐるしく変わった環境にとまどい自分でも「少しあせってるなー」と思うことが あります。そういう時は、とにかく気持ちを施設のプ ログラムに戻すようにしています。施設の仲間の中 で暮らしている気持ちになってみると落ち着きが取 り戻せます。僕のアディクションはずっと遡って 21 歳のころです。咳止めシロップを覚え、最初のころは 「自分はすごい発明をした!」と思っていました。合法 的で捕まらない麻薬を市販で手に入れ、しかも誰も やっていないこの方法を開発した自分はスゴイと。1 本、2本、3本、最後は30本と増えていきました。でも やっぱり麻薬は麻薬でした。歯車が徐々に狂ってい くように何もかも上手くいかなくなり、体も心も壊れ ていきました。そうなるまでに 14 年かかってしまい ました。最後は薬物性のてんかん発作をおこすよう になっていたので死が近づいていたのかもしれませ ん。2012 年 8 月、運ばれた病院で、まちうけるよう にある女性のケースワーカーと出会いました。「あな たはもうダルクに行くべきです」とかいきなり断定的にいわれたように思います。当時は死刑宣 告をうけたような気持ちでしたが今振り返ればそれしか生きる方法はなかったと思います。施 設の生活は楽ではありませんでした。仲間とのいさかいもしょっちゅう、金銭的にも楽ではなく、 制約された生活が続き、ミーティングは毎日。時々は楽しいことがあるかなーという程度・・・で も、そんななか不思議と自分はすぐ?3 カ月くらいで薬物欲求がなくなっていきました。薬物依 存という自分の病気が受け入れられるようになったのと同時に欲求は消えていました。それよ りも自分の問題は薬物が止まるだけでは解決しないと分かりました。対人関係だったり、異性 の問題だったり、感情の歪みだったり、自己理解だったり、家族関係の問題だったり、愛情の歪 みだったり、生活態度・リズム、、、、、etc いろいろな問題に気付きました。 自分で分からないことがあるときは NA に行けば仲間がミーティングを通して教えてくれるこ とも学びました。回復に夢中になり、なんとかしたいと思いました。回復していけば薬がなくても いい人生が送れるって信じ始めました。施設生活は自分の問題を日々発見して変えていく努力 をすることが身に付いたと思います。スルガダルクから岐阜は遠いので、離れてみて初めて仲 間に感謝ができるようになりました。入寮中は「アイツ、ホント、どーしよーもねーなぁ」とか、正 直、腹が立つこともありました。「感謝なんかできるかっ!」って思ったこともありました。いまは 自分に仲間がいることに自然と感謝ができます。仲間に守られて、愛されて感謝、仲間がいるこ とがありがたいと思っています。退寮して分かったことなんですけど、仲間と生活をする中で出 来るようになったことが本当にたくさんあって入寮中はなかなか気付かなかったけど、それも仲 間がいたからです。遠いけど自分には 仲間 50 人いるって思うと勇気がでま す。仲間のみんな「ありがとう」キ ャン プで会おう!クリニックでは医療の観点 か ら 薬物 依存 症が 学 べ て、 職員 の み | 3 なさん「ありが とう」ダル クスタッフ の みなさん愛してますよ(照)ありがとう。 ダルクを退寮し新しい生活がはじまり ました。回復の第二章のつもりです。 「先日、亡くなられた仲間のトミー さん、心よりご冥福お祈りします。」 「回復の道程」 ANDY こんにちは依存症の ANDY です。DARC につながり、仲間と回復の道を歩み始めてあっとゆう 間に 3 年半になりました。自分の回復になかなか自信が持てずに、時々不安になったり迷った りしていますが、仲間たちに支えられて、なんとかクリーンな日々を過ごしています。4 月 15 日 から、韓国にあるソウルダルクへ研修に行かせてもらいました。前日に三河 DARC に 1 泊して、 三河の仲間と何回か行っている仲間と一緒に出発。 電車を乗り継ぎ、中部国際空港から飛行機に乗り、韓国に到着。ソウルのややこしい地下鉄に 乗り、道のりを仲間に教えてもらいながら、必死に後にくっついて行き、ソウル DARC に無事到 着。ソウルの仲間にも久しぶりに会えて嬉しかったです。次の日は DARC プログラム、みんなで 朝ごはんを作り、みんなで食べ、掃除、打ち合わせ、ミーティング、と言葉はなかなか通じなくて もプログラムも一緒、アディクト同士共感もフェローシップも国境はないなーと思いました。午後 もアルコール施設に訪問に行ったり、昼飯にソウルの仲間達手作りのキムチチゲを頂いたり、 一緒にスポーツの時間に山の公園を散歩したり、と充実した時間を過ごしました。合間の時間 にソウルの NA メンバーが会いに来てくれて、コーヒーショップでフェローシップでホッと一息。 楽しかったです。夜は AA ミーティングにみんなで参加。初めて行く会場はいつもドキドキします。 なんとも言えない独特の雰囲気、ズラリと並んだハングル語のビックブックやパンフレット、ウロ ウロしたりどこに座ろうか迷ったり、ぎ こちなく握手やハグをしたり、とテンパ っていたと思います。そんな僕達を本 当にあたたかく迎えてくれ、手助けを してくれる韓国の AA の仲間の姿が心 に響きました。会場に足を運び、出会 えたことがとても嬉しく感じました。韓 国にいる間のミーティングでは、まだ 言葉が話せず、通訳してもらいながら で、特に通訳をしてくれる仲間は大変 だったと思いますが(ユウキさんありが とう!)正直さ、心を開く事、やる気、の 大切さに気付かされました。ソウルの仲間からも「言葉の壁はあるけど、スピリチュアルな部分 で繋がっているから大丈夫だ」と言葉をもらい、僕にとってとても大きな気づきと貴重な経験に なりました。3日目はとても残念な事が起きてしまいました。朝起きて朝食掃除、プログラムの合 間に明洞へ出て買い物、歩き疲れてソウル DARC に戻ってきて、メールを見てみると、日本の スルガの仲間から、「仲間が亡くなりました」あまりにも突然で信じられず訳がわかりませんで した。とにかく電話をして、そばにいる仲間に伝えて、メールの画面を何度も見ました。現実なん | 4 だと思うととても辛くなってしまい、泣いてしまったけど、仲間がハグをしてくれ、言葉をかけてく れ、本当に力をもらいました。何も出来ず、無力を感じてどうしていいのかわからなかったけど、 とにかくミーティングをしました。心から祈り、分かち合いました。仲間の死を受け入れるのは本 当に辛いですが、その仲間の笑顔や思い出を忘れないように少しずつ受け入れていこうと思い ます。 回復の道のりの中でとてもつらい事やどうにもならない事も起きてしまうし、もうダメだなと、途 方に暮れたりもします。でも 1 人では無理でも仲間やハイヤーパワーと一緒にあきらめないで いきたいと、今回のソウル研修と、仲間との別れを通じて教えてもらいました。仲間達への感謝 も深まりました。いつも支えてくれる仲間、そしていつも笑顔をくれたトミーさん、一緒に回復の 道を歩んでくれて本当にありがとう!又ソウル DARC の仲間にも会いに行きたいです。「トミー さんのご冥福を心よりお祈りします。天国から笑顔で見守っていて下さい。」 「突然の別れ」 ユウヤ 仲間との別れが突然やってきました。4月中旬に食事当番でご飯を炊いていた仲間が突然 倒れ帰らぬ人となってしまいました。50才の誕生日を迎えたばかりで死因は「急性心筋梗塞」 で数分前まで普通に会話し笑っていた仲間の死はスタッフや仲間達も突然の出来事に言葉も 出ないぐらい驚き悲しみに包まれ、昨年も今頃に亡くなった仲間の事を思いだしていました。仲 間は昨年の4月にダルクに繋がってちょうど1年が経ち入院や失踪もありましたが、コンベンシ ョンやキャンプにと楽しんで参加した事が今では思い出になっています。あまり口数が多いい仲 間ではありませんでしたがとても優しい目と笑顔が素敵だった事を思い出します。また、自分自 身も仲間に対する接し方などを再び考えさせられ「親身に話を聞いてあげたか?」など反省し ています。入寮者数も多く細かいケアができなかった気がしますがそれは言い訳に過ぎません。 少しでも多く仲間の言葉に耳を傾けて行きたいです。全員ではありませんでしたが最後のお別 れもできた事に感謝をしております。また、今まで音信不通でした親族の方が駆けつけて私達 にとって奇跡的なことでした。 御遺骨は親族の方に引き取られ私達スタッフも救われた思いです。 「心よりご冥福お祈りします。」 「仲間の笑顔」 アキラ 「私と同じ年齢でした、早すぎです」自分と同じ年と考えるとまったく仲間との別れはとても 残念です。きっと薬を止めたのだからまだまだ長生きし新しい生き方、楽しい事にチャレンジで きると信じてきました。仲間は、よく「アキラさん怖いよ、狙われてる」と私に話しかけ「大丈夫、 ダルクにいればみんなが守ってくれるから」と言っていた事を思い出します。「ほんの 1 分前ま で元気でした・・・何故と言う気持ちだけが未だ残ります」 ただ、亡くなった仲間の笑顔を思い出すと救われる気がします。 「トミーさんお疲れ様でした。心よりご冥福をお祈りします」 「仲間との別れ」 コウ 突然の死でした。私も自助グループ、クリニックを通して何人もの仲間の死を体験して来まし た。何回経験しても寂しいものです。経験したくないことです。数時間前に話した事が最後の会 話になってしまい、死と言う形での無言のメッセージを頂きました。残念なことでしたが最後ま | 5 で素面であったことは私も本人も良かったと思っているでしょう。本当に救われました。 「仲間になってくれた事に感謝です。ありがとう、ゆっくり休んで下さい」 10th Japan Regional Convention NA in 東京 今年も開催される日本のNA最大級のイベント、 NAジャパン・リージョナル・コンベンショ ン第10回となる今回は東京のビックサイトです!日本中のヤク中、依存症の仲間、きっと海外 からも大勢の仲間が歴史ある東京の街に集まり、回復への希望とパワーと経験を分かち合 えるものと楽しみにしています。スルガダルクの仲間も全員で行けるようハイヤーパワーの配 慮を信じて今日一日皆ベストを尽くしていきます。 コンベンション全員参加に皆さまのご支援をお願いします。 スルガダルクよりご支援・ご協力のお願い スルガダルクは、運営がギリギリの状態で運営されています。運営資金のご協力をお願いいたします。ま た、お米、レトルト食品、野菜、日用品、生活雑貨(石鹸、シャンプー、洗剤、タオル他)など、ご寄付いただ ける方、スルガダルクまでご連絡ください。よろしくお願いいたします。 編集人 元木 朗 事務所 〒422-8058 静岡市駿河区中原808-2 TEL/FAX 054-283-1925 郵便振替 口座番号 駿河ダルク 00850-8-149 414
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