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金融テーマ解説
Financial Market Update
2017/2/17
チーフ・アナリスト
大槻 奈那
トランプ大統領の規制緩和で恩恵を受ける金融機関は?
□ 米銀は、トランプ氏当選以降 SP500 株価指数をアウトパフォーム。特に地銀が大幅上昇
□ 足元の株価はやや落ち着いているが、米中堅金融機関については、今後の一段の規制緩和の
対象になる可能性大。資本が盤石な先にはまだ上昇余地がある
□ なお、邦銀では米 MUFG のストレステストの一部免除が発表されており、恩恵が相対的に大。
他行については、米国が現在議論中の国際規制強化案に介入してくるかが焦点
2 月 3 日、トランプ氏が金融規制緩和の大統領令に署名した(図表 1)
。その後、人事的にも金融規制
をリードしていたダニエル・タルーロ FRB 理事の辞任と、過去に地銀の再生も手掛けたスティーブン・
ムニューチン氏の財務長官就任で、金融機関の規制緩和期待が高まっている。6 月初頭までに改革案が
まとめられる。
図表 1:トランプ氏の金融規制緩和の大統領令要旨
a) 米国民が金融について自力で意思決定できるようにする
b) 金融救済のために税金を使わない
c) 規制の影響をより厳格に分析し、経済成長と活気のある金融市場を育成する
d) 米国企業の競争力を高める
e) 米国の国益を世界の規制交渉で主張する
f) 規制を効率的で、効果的で、適切に調整する
g) 規制当局に対する民間の信頼を回復し、金融規制を合理的なものにする
→財務長官が 120 日以内に改正案を取りまとめ
(出所)米ホワイトハウス Website。抄訳はマネックス証券
トランプ氏の当選後、特に大統領令発表後、米銀株は好調に推移してきたが(図表 2)、足元でやや落
ち着きを見せている。しかし、規制緩和に向けて、徐々に動きも活発化してきた。中堅中小金融機関
については、まだ規制が緩和される可能性が高いと考えられる。特に資本規制や手数料上限が緩和さ
れれば、貸出の活発化や配当の増額で、ROE の上昇が期待できることから、株価にも上値余地がある
だろう。
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図表2:米地銀vs大手行株価指数の推移
米地方銀行指数
株価指数(2017/11/8=100)
130
125
120
米大手銀行指数
115
米SP500指数
110
105
100
(出所)ブルームバーグデータよりマネックス証券作成
金融規制緩和に向けた動き:まずはストレステストの緩和
トランプ政権発足前の昨年 9 月、共和党で下院金融サービス委員会の委員長を務める Jeb Hensarling
氏が、金融規制改正案(金融選択法、Financial CHOICE Act)を策定していた。これには、ドッド・
フランク法に定められたストレステストや資本比率の計算方法の修正が提案されていた。
(ドッド・フ
ランク法については、文末の図表 8 を参照)
。2/3 の大統領令を受け、近々その改訂版が提示される模
様だ。
また、2/13 には米主要地銀 18 行の最高経営責任者(CEO)が米議会に対し、資本要件や、受取り手
数料の上限を緩和するよう求めた。現在報道されている修正金融選択法及び、地銀 CEO の要望事項の
主なポイントは以下の通りである。
図表 3:提案・要望されている金融規制改革のポイント(報道ベース)
 資本要件の全体的な緩和(地銀要望事項)
 資本が十分な銀行については、ストレステスト等のさまざまな検査プロセスを簡略化、免除(但
し、レバレッジ比率が 10%以上の銀行が対象。現在の比率は 7%程度)
 ストレステストの見直し
- 現在毎年行っているテストの頻度を下げ、2 年に 1 度とする
- 前提条件を安易に厳格化しない
 規制資本比率の分母を、計算が歪められやすい「リスク資産ベース」から、シンプルな「総額ベ
ース」に変更
 危機時の対応策(
「生前遺書」
)の策定・査定プロセスを簡略化
 消費者金融保護局(Consumer Financial Protection Bureau)を大幅に改組し、権限を見直す
 金融商品販売手数料の規制を緩和。デビットカードの手数料上限を緩和(地銀要望事項)
(出所)各種報道からマネックス証券作成。
「地銀要望事項」と記しているもの以外は Financial CHOICE
Act 案に関する報道より抜粋
-2Copyright (C) 2016 Monex, Inc. All rights reserved.
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最初に動きだしたのは、ストレステストの見直しである。ストレステストとは、毎年各行が FRB が定
める悲観シナリオ下での資本比率を試算し、当局に資本力のお墨付きをもらう、というプロセスであ
る(概要を後掲図表 7 に記載)
。
米国のストレステストは、欧州のストレステストとは異なり 2 段階で行われる。米 FRB はまず、各行
が計算した資本比率の合否を判断する。更に、資本の管理体制など定性的なチェックを行い、問題が
ある場合、配当計画を差し止めるなどの措置を発表する。しかし、以前から、定性的なチェックの判
定基準が不透明で厳しすぎるという声が上がっていた。
この定性検査については、大統領令の直前の 1/30 に、「総資産 USD250bn<約 28 兆円>未満の中堅
金融機関を免除する」と FRB が発表している。免除行には、BB&T、フィフスサードなどの大手地銀
や米国 MUFG や米国ドイツ銀行などの外国銀行が含まれている(後掲図表 7)
。
大手行に関する規制緩和のハードルは高い
一方、図表 1 の b)にあるように、今後も、税金を使った銀行救済は行わない方針である。巨額の税
金を使って救済されたという“前科”のある大規模金融機関を規制緩和の対象とするのは、やはり容
易ではないだろう。例えば、大手行側は、自己勘定取引の禁止が市場に与える悪影響を主張している
が、FRB の発表データでは、まだその論証は難しいようだ。
これに対し、中堅中小金融機関は、中小企業金融の担い手であるため、議会に対して規制緩和の大義
名分が立ちやすい。実際、米国の法人向け融資全体は年率で 8%程度増加しているが、100 万ドル以下
の少額融資は、ほぼ横ばいである(16/9 月時点)
。法人向け融資全体に占める少額融資の比率も 10 年
前の 30%から 20%に大きく減少している(FDIC データ)。
金利上昇と規制緩和から中堅中小金融機関の株価に上値余地
図表 4 の各点は、米国の主要中堅金融機関の株主資本利益率(ROE)と株価純資産倍率(PBR)を示してい
る。このうち、*を付している銀行は、1/30 付のストレステストの緩和の対象になった銀行である(名
称が記されている赤点の金融機関は、弊社注目銘柄)。今後、この*の先については、今後のその他の
金融規制緩和の対象にもなりやすく、資本の余裕を貸出や配当に回す余地が大きいと考えられる(図
表 5)
。
また、米国の銀行は、過去に比べて預貸率(貸出÷預金)が低下している(=貸出に対して預金が増
加)
。このため、FRB の政策金利引き上げによる収益メリットも受けやすくなっている。貸出レートは
市場に直ぐに連動するが、預金金利の引き上げのタイミングや引き上げ幅は、ある程度銀行が裁量で
決められるためだ。
これらの点から、規制緩和の対象となりやすい中堅金融機関で、現在の株価がやや割安、かつ、資本
に余裕がある BB&T,サントラスト、ディスカバー、シチズンズ、ハンチントン、アライ・ファイナ
ンシャルズ、ジオンズなどに注目したい(図表 6、地銀以外に総合金融機関を含む)
。但し、規制緩和
議論は、まだ始まったばかりであり、その決定には時間がかかり、その効果が表面化するのには更に
時間が必要となることから、長期的な視野で臨みたい。
なお、邦銀については、今回ストレステストの定性評価免除行の一つに入った MUFG のメリットが大
きい。MUFG は、他の邦銀に比べ米国の金利上昇の恩恵も受けやすい。それ以外の金融機関について
も、図表 1 の e)で謳われているように、現在佳境に入っている BIS の国際資本規制の議論に米国が「待
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った」をかけるなら、恩恵は極めて大きい。3 月中旬頃には、米国の国際資本規制議論へのスタンスが
見えてくる可能性がある。今後は、米国内の規制動向だけでなく、BIS における米国の発言が注目さ
れる。
図表4:米中堅金融機関のROE vs PBR
3.0
株
価
純
資
産
倍
率
(
2.5
ディスカバー*
PBR ,
2.0
倍
)
BB&T*
1.5
ジオンズ*
1.0
利益率の割に
株価が安い
サントラスト*
シチズンズ*
アライ・フィナンシャ
ル*
0.5
ROE 株主資本利益率(%)
0.0
0.0
5.0
10.0
15.0
20.0
25.0
(出所)ブルームバーグデータよりマネックス作成。米地銀インデックス銘柄プラス中堅総合金融機関。17/2/16時点。
* は、1月末にストレステストが一部免除 になった銀行
80.0
図表5:資本比率vs配当性向:
図
資本比率が高く、配当性向が低い金融機関ほど増配余地大 (%)
(%)
70.0
14.0
12.0
60.0
10.0
50.0
8.0
40.0
6.0
30.0
4.0
20.0
2.0
10.0
-
資本比率(右軸)
配当性向(左軸)
(出所)ブルームバーグデータよりマネックス作成。米地銀インデックス銘柄プラス中堅総合金融機関。* は、1月末にストレステストが一部免除 になった銀行
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700
ア
ナ
リ
ス
ト
に
よ
る
「
買
い
」
推
奨
の
割
合
600
500
400
300
200
100
-
時価総額(右軸)
アナリスト推奨の平均(左軸)
(出所)ブルームバーグデータよりマネックス作成。米地銀インデックス銘柄プラス中堅総合金融機関。17/2/16時点。
* は、1月末にストレステストが一部免除 になった銀行
図表 7:米国のストレステストの概要と 1/30 の変更点
今回の悲観シナリオ
(2/3発表)
-
失業率10% (現在の失業率4.8%)
金利がほぼゼロ
世界がリセッションに突入
ダウ平均が最大6割下落
不動産価格が2~3割下落
日欧新興国ともにマイナス成長
日程
4/5まで
資本計画とストレステストの独自試算結果を提出
6月末まで
結果の公表
ステップ1: 当局が、ストレス下の資本比率を検証
(数値の検査)
ステップ2:資本管理体制などを検証し、配当等につ
いて当局が承認(質的検査)
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億ドル
図表6:米大手地銀の時価総額とブルームバーグによるアナリスト推奨平均
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図表 7:米国のストレステストの概要と 1/30 の変更点(続き)
ストレステスト対象行
数値の検査のみ(今回質的検査から除外)
Ally Financial Inc.
American Express Company
BancWest Corporation
BB&T Corporation
BBVA Compass Bancshares, Inc.
(外国銀行)
BMO Financial Corp.
CIT Group Inc.
Citizens Financial Group, Inc.
Comerica Incorporated
(外国銀行)
Deutsche Bank Trust Corporation
Discover Financial Services
Fifth Third Bancorp
Huntington Bancshares Incorporated
KeyCorp
M&T Bank Corporation
(外国銀行)
MUFG Americas Holdings Corporation
Northern Trust Corporation
Regions Financial Corporation
(外国銀行)
Santander Holdings USA, Inc.
SunTrust Banks, Inc.
Zions Bancorporation
フルの検査継続
Bank of America Corporation
The Bank of New York Mellon Corporation
Capital One Financial Corporation
Citigroup Inc.
The Goldman Sachs Group, Inc.
(外国銀行)
HSBC North America Holdings Inc.
Morgan Stanley
The PNC Financial Services Group, Inc.
JPMorgan Chase & Co.
State Street Corporation
(外国銀行)
TD Group US Holdings LLC
U.S. Bancorp
Wells Fargo & Company
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図表8 : ( 参考) ドッド・ フランク法のポイント
資本規制
大規模銀行に対しては、BIS以上のバッファーを要請
( 資本÷リスク資産) 米国では、CoCo債の資本(AT1)算入不可
レバレッジ比率
( 資本÷総資産)
流動性規制
大規模銀行に対しては、BIS以上の5%を要請
銀行子会社は実質6%
大規模銀行(連結資産500億ドル以上)の銀行に対し、
換金性の高い資産の保有を義務付け
資産と負債の期間が違う場合について特に高い流動性
を維持するよう義務付け
与信額
大規模銀行(連結資産500億ドル以上)の銀行に対し
て、破綻時の処理計画を要求
与信額の上限を資本の25%までに。
但し、5000億円以上の大規模機関や外国銀行が相手
先の場合上限は10%
与信集中制限
金融会社の負債総額のシェア10%を超えるような統合や
資産、経営権取得の禁止
破綻処理計画
ストレステスト
包括的資本分析レビュー(CCAR)と
ストレステストを毎年実施
これらの両者をみて、例年6月に、ストレステストの結果
が発表されたのち、資本管理体制など定性的な評価も
踏まえて、その年の配当の可否が発表される
(出所)FRB資料、報道等よりマネックス証券抽出
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