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【全訳】
VR(バーチャルリアリティー)で新居や旅行を仮想体験
別世界に飛び込むことのできる仮想現実(VR:下記参照)を利用した,多くの新しい
取り組みが広まっている。利用者は,設計図段階のマイホームに入って広さや使い勝手
を確認したり,自宅にいながら旅行気分を楽しめたりする。
このような科学技術は生活を便利で豊かなものにしてくれそうだが,VR に関して注
意すべき点もある。
岡山県倉敷市の会社員(31)は 11 月下旬,同じ年の妻とともに市内の建設会社を訪れた。
夫妻が注文した新居はまだ建設が始まっていなかったが,とりわけ間取りを「実感する」
ために,彼らはゴーグルを着用した。
ゴーグルを着けると,夫妻の目の前に2階建てのマイホームが現れた。2人は両手に
持ったコントローラーを操作しながら中に入った。座った視点からリビングを見渡した
り,見上げれば天井の高さを確認したりすることができた。
台所に行き,収納棚の棚板に触れると,コントローラーが震え,その高さを体感でき
た。
疑似体験の結果,夫妻はリビングが狭く感じたため,余裕のあったダイニングを縮小
し,リビングを広くするように設計図を変更することにした。夫は,
「家が自分たちの想
像通りにできるのか心配でした。その不安はほとんど解消されました」と言って喜んで
いた。
男性は,設計図をもとに作ったコンピューターグラフィックスの住宅を VR で体感で
きるシステムを利用した。ソフトウェアは,福井県の建築用ソフトウェアの開発会社が
手がけた。建設会社や設計者向けのもので,8月に発売され,倉敷市のこの建設会社な
ど約 40 社が導入した。
消費者向けのゴーグル型端末が相次いで商品化され,10 月には家庭用テレビゲーム機
「プレイステーション VR」が発売されたことからもわかるように,VR は娯楽分野を中
心に広がりを見せている。認知度が高まるにつれ,それ以外の分野での活用も目立って
きた。
大阪市の大手住宅総合メーカーは,沖縄県にある分譲マンションの購入検討者に,沖
縄の暮らしを疑似体験してもらうのに VR を利用している。
ゴーグルを着用すると,マンションの室内だけでなく,那覇空港からの経路,近くの
砂浜やショッピングモールなどの映像が見られる。顔を左右に動かすと視界が変わり,
辺り一帯を見渡せる。
「直接自分で行かなくても立地の良さなどを感じとることができ,お客様はそこでの
生活を想像しやすくなります」と,同社の広報担当者は話す。
東京都内の高齢者介護デイサービス事業所でリハビリを担当する理学療法士の男性
は,現場で VR を活用する。
彼は,東京にあるスマートフォンの VR サービス企画会社が 1,000 円程度で販売する,
組み立て式の段ボール製ゴーグルを使用している。高齢者が段ボール製ゴーグルを着用
すると,映像を見ることができる。このゴーグルの中には,同社の無料アプリを入れた
スマホがはめ込まれている。
この男性は,高齢者の故郷やお気に入りの旅先などを訪れ,全方位のイメージを撮影
できるカメラで,高齢者が見る映像を撮影する。
「このアプリを使っている方の多くは,立ち上がったり歩いたりすることが困難です
が,思い出がよみがえる場所を訪れたいと思うことが,リハビリに対する意欲につなが
っています」と,理学療法士の男性は言う。他の介護事業者もこの技術の視察に訪れて
おり,活用の拡大に期待を寄せている。
しかし,VR の本格的な普及には課題もある。
「VR 酔い」が問題視されている。これは,目の前の映像と,頭の動きや手元の操作
との間にずれが生じると,乗り物酔いのように気分が悪くなる症状だ。幼い子どもが使
うと,目の発達に影響を及ぼす可能性があるという指摘もある。
東京大学先端科学技術研究センター教授(身体情報学)の稲見昌彦さんは,「これま
で想像の中でしか思い描けなかった世界が,VR によって自分の目で見られるようにな
りました」と話す。
一方で,「リアルな映像は,従来のメディアよりもいっそう人々の心を動かします。
悪質な勧誘などに使われてしまう恐れがあり,仮想空間とのバランスの良いつき合い方
が求められるでしょう」と指摘する。
----仮想現実
コンピューターで作った架空の空間や遠く離れた場所を,目の前にあるかのように体
験できる仕組み。利用者は専用のゴーグルなどの装置を着用し,上下を見たり左右を見
回したりすると,それに応じて 360 度の映像が見られる。