リサーチ TODAY 2017 年 2 月 17 日 中小企業の賃上げが大企業よりも高いのはなぜ 常務執行役員 チーフエコノミスト 高田 創 大企業の賃金上昇率が伸び悩む一方で、2016年入り後から人手不足が深刻な中小企業の賃金上昇が 目立っている。中小企業の賃金上昇には、労働需給のひっ迫が大きく寄与していることに加え、原油安に より中小企業の交易条件が改善し、賃上げのための経営体力がついてきたことが影響している。みずほ総 合研究所は、日本の中小企業の賃金交渉の背景に関するリポートを発表している1。中小企業の賃上げが 持続的になるには、価格転嫁力の向上を通じた経営体力の改善が必要となる。また、中長期的なマクロ環 境を展望すれば、物価上昇を前提とした賃上げ慣行(ノルム)が日本国内で復活するかがカギを握る。 下記の図表は毎月勤労統計による日本の規模別の所定内給与の推移である。2016年に入ってから5~ 29人規模事業所の所定内給与の伸びが高まっているのが特徴的である。一般的には、アベノミクスは輸出 主導で大企業だけに恩恵が回っているとの認識が強いなか、この結果は意外に見えるだろう。 ■図表:規模別所定内給与の推移 (%、前年比) 1.5 5~29人 30~99人 500人以上 1.0 0.5 0.0 -0.5 -1.0 -1.5 Ⅰ Ⅱ Ⅲ 2013 Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ 2014 Ⅱ Ⅲ 2015 Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ 2016 (年/四半期) (資料)厚生労働省「毎月勤労統計調査」よりみずほ総合研究所作成 足元で中小企業の賃金が上昇しているのは、労働需給改善の影響が大きい。日銀短観によると、次ペ ージの図表に示されるように、大企業の人手不足感は2006年並みの水準にとどまっている。一方、中小企 業は2006年の水準をはるかに超えてバブル期以来の人手不足の状況にあり、中小企業の人手不足は大 企業よりも深刻である。その結果、労働者を確保しようとする誘因から、最近中小企業の賃上げ率が上昇し たと考えられる。 1 リサーチTODAY 2017 年 2 月 17 日 ■図表:日銀短観における雇用人員判断DIの推移 (逆目盛、%) -60 不足 中小企業 -50 大企業 -40 -30 -20 -10 0 10 過剰 20 30 (年/四半期) 40 1985 1990 1995 2000 2005 2010 2015 (資料)日本銀行「全国企業短期経済観測調査」よりみずほ総合研究所作成 下記の図表は、厚生労働省のアンケート調査から、賃金の改定において中小企業が参考にした要素の 推移を示している。1990年代前半までは大半の中小企業が「世間相場」を参考にしていたが、その後は物 価下落が続く中、足元ではその比率が2割程度まで大幅に低下している。90年代前半までは他社との横並 びのなかでの賃上げが相場観として存在したが、90年代後半以降はデフレ状況にあり、これまでの慣習、 つまり賃上げは当然との人々の意識、「ノルム」が崩れてしまった状況だ。こうしたなかでの「ノルム」の復活 は、物価上昇と「卵が先か鶏が先か」の議論となっており、その再構築は容易でない。労働需給のひっ迫が 続く現在、少しずつ「ノルム」が再形成されるのを待つしかないだろう。 ■図表:賃上げの際に重視した要素別企業割合 (複数回答、%) 企業の業績 100 世間相場 労働力の確保・定着 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0 1970 1975 1980 1985 1990 1995 2000 2005 2010 2015 (年) (資料)厚生労働省「賃金引上げ等の実態に関する調査」より、みずほ総合研究所作成 1 上里 啓 「中小企業における賃金上昇の背景」 (みずほ総合研究所 『みずほインサイト』 2017 年 1 月 17 日) 当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに基づき 作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。 2
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