SCOR-JAMSTEC 栄養塩認証物質を認証するための SI トレーサブルな測定と不確かさの評価 ○ 青山道夫(海洋研究開発機構/福島大学環境放射能研究所/SCOR WG147 共同議長)、有井康博・石川 賀子・曽根知実・鎌田稔・佐藤憲一郎(マリン・ワーク・ジャパン)、村田昌彦(海洋研究開発機構) 1、はじめに 海洋の調査研究や繰り返し観測で対象となる観測量は、原則的にはすべて国際単位系 SI(BIPM, 2006) に準拠している必要がある。なぜならば、時間と空間を越えて世界の異なる場所と異なる時間で収集 された観測量は、比較可能性が確保されていないと、時空間変動の解析ができず、本来の調査研究や 観測の目的が達成できないからである。さらに、観測量には原則として不確かさが付与されているべ きである。なぜならば、10±0.01、10±0.1、10±1、10±10、10±100 は持っている意味が異なり、時 空間変動の解析には不確かさは必須である。 国際単位系(SI) は、次元的に独立であるとみなされる七つの量、長さ、質量、時間、電流、熱力学 温度、物質量及び光度について明確に定義された単位、メートル(m)、キログラム(kg)、秒(s)、ア ンペア(A)、ケルビン(K)、モル(mol)、カンデラ(cd)を基礎として構築されている。栄養塩の場 合は硝酸塩等の測定対象の物質量モル(mol)を質量キログラム(kg)当たりのモル数である mol kg-1 という次元をもつ単位で示される。 測定器は標準器によって校正され、その標準器もより正確な(不確かさがより小さい)標準器によ って校正される、というように測定器が校正の連鎖によって国際単位系 SI に辿り着けることが確かめ られている場合、この測定器により得られた結果は SI にトレーサブルであると言う。すべての観測に 用いる測定器は、原則として、明示的に SI にトレーサブルである必要がある。この意味は個々の測定 器について、SI にトレーサブルであることの体系図が書けることである。 2、JAMSTEC-SCOR 栄養塩認証標準物質 2016 年 11 月から栄養塩の標準溶液について、JAMSTEC-SCOR のロゴがついた栄養塩認証標準物質の 配布が始まった。この事業は世界中の栄養塩の測定結果を明示的に比較可能とするための栄養塩測定 の認証標準物質を使いやすくするためのものである。認証に当たっては、KANSO および JAMSTEC が独立 に測定した栄養塩濃度に基づき、その両者の平均値を認証値とするシステムを構築し 2015 年から運用 している。栄養塩の標準溶液の認証に当たっては、明示的にすべての測定が SI にトレーサブルである ことを示す必要がある。そのためには、たとえば質量測定に使用するすべての分銅や天秤、あるいは 室内の温度気圧湿度を測定するすべての機器には校正証明書が付与されている必要があり、トレーサ ビリテイ体系図が書けている。モル数についても、JASMTEC における測定のトレーサビリテイ体系図が 書けている。 3、不確かさの推定 「不確かさ」とは、1990 年代に入ってから利用されるようになった、計測データの信頼性を表すた めの新しい尺度である。従来から、 「誤差」や「精度」といった概念が計測の信頼性を表すために用い られてきた。しかし、技術分野や国によってこれらの使われ方がばらばらだったため、国際度量衡委 員会のイニシアティブにより、計測データの信頼性を評価・表現する方法の統一に向けた取り組みが 行われ、その成果として、1993 年に、計測に関わる主要な7国際機関からの共同出版の形で Guide to the Expression of Uncertainty in Measurement(計測における不確かさの表現ガイド)が世に出た (JCGM 100, 2008) 。このガイドは、英文タイトルの頭文字をとってしばしば GUM(ガム)と呼ばれる。 GUM では、不確かさを、計測によって得られる私たちの知識の曖昧さの程度をあらわすものとし、その 定量的評価のための手順を詳しく説明している。その基本的な考え方は、様々な不確かさ成分を、 A)標準偏差の計算という通常の統計解析によるAタイプ評価 B)データ以外の様々な情報から、標準偏差に相当する大きさを推定するBタイプ評価 のどちらかの方法で求め、これらを合成することにより、全体としての不確かさを求めようというも のである。JAMSTEC における質量測定の不確かさの評価を表 1 に示す。 表1 JAMSTEC における質量測定の不確かさの評価 機器 分銅 g 質量 質量 天秤の直線性偏差 質量 質量 室温 気圧 湿度 水温 天秤の繰り返し精度 浮力補正 検定時の水温 分銅 g 質量 質量 天秤の直線性偏差 質量 質量 室温 気圧 湿度 水温 天秤の繰り返し精度 浮力補正 検定時の水温 100 200 不確かさのタイプ等 タイプA タイプA 値 100 200 BP210D_210g タイプB(矩形) 200 200 タイプA(10回繰り返し) 200 タイプB(矩形) 20 タイプB(矩形) 1013.25 タイプB(矩形) 50 タイプB(矩形) 20 不確かさ 0.000045 g 0.0001 g 0.0002 5.67646E-05 0.5 0.081 3 0.04 g ℃ hPa % ℃ 除数 (確率分布) 2 2 2 2 √3 1 √3 √3 √3 2 感度係数 1 1 1.732050808 1 1 1 1.732050808 3.87E-06 ml・ml-1・K-1 1.732050808 1.0437E-06 ml・ml-1・hPa-1 1.732050808 9.26E-08 ml・ml-1・%-1 2 0.000117892 ml・ml-1・K-1 g g g g ℃ hPa % ℃ 標準不確かさ 相対値(%) 0.0000225 0.000025 0.0000577 0.0000284 0.000112 4.82E-09 0.000016 0.000236 4、認証の状況とまとめ KANSO と JAMSTEC 両者の測定値は推定された拡張不確かさの範囲内で一致しており、NMIJ の認証物 質の認証値とも一致している。また 2014/15 の栄養塩国際共同実験で各ラボから報告されているコン センサス値とも良く一致している。 従って、今後 JAMSTEC-SCOR 認証標準物質が広く世界中で使われることにより、海水中栄養塩測定 の比較可能性がさらに向上していくことが期待される。
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