竹島問題に関する調査・研究等に 功績のあった功労者に対する感謝状 贈呈者一覧 *敬称略・五十音順 区分 氏名(年齢) 功績 ・飯南町在住。昭和 29 年 8 月に開催された第 5 回島根県水産大会の様子を報 じる当時の新聞を、島根県に寄贈された。 ・同大会では、韓国による李承晩ライン設定、日韓漁業協定の決裂により、竹島 資料 いしい ようこ 石井 洋子(65) 周辺水域への出漁が不能になったことを受け、竹島周辺出漁の安全保障につ 提供 いて、関係各所に対し強力な働きかけを行うことが満場一致で可決された。 ・この新聞は、竹島問題の発生直後より、漁民が相当な危機感を抱いていたこ とがうかがえる、たいへん貴重な資料である。 ・竹島漁猟に従事していた故・作田芳吉氏の親族、隠岐の島町久見地区在住 ・故・芳吉氏が竹島での岩海苔漁に携わっていたこと、さらには故・芳吉氏から 伝えられていた話として、漁の様子や収穫物の処理方法について詳細に証言さ さくだ 証言 あいこ 作田 アイコ(84) れた。 ・この証言により、戦前における竹島産岩海苔製造の実態が初めて明らかにな り、竹島が明治・大正期から隠岐漁民の生活拠点の一つであったことが、改め て確認できた。 ・親族が所持していた明治 3 年に描かれた写生画を、島根県に寄贈いただくに 当たり尽力されるとともに、関連資料の調査に多大な協力をいただいた。この写 しまだ 資料 なかもと 提供 たかお 生画は、所有者の先祖が現在の韓国・鬱陵島に渡った際に描いたものである。 嶋田 孝夫(70) しん ・鬱陵島は当時「竹島」と呼ばれ、天保竹島一件により日本人の渡航は禁止され 中 本 臣 (57) ていたにも関わらず、実際には多くの日本人が渡航・活動していた事実がこの 写生画からも確認できる。現在の竹島を鬱陵島の属島として古くから実効支配 してきたとする韓国の主張を覆す資料の一つとして貴重な写生画である。 *年齢は2017年2月22日現在 【参考】 知事感謝状贈呈 経緯 特別表彰 資料提供 研究協力 証言 翻訳 計 H19.2.22 0 5 3 0 0 8 H20.2.22 0 4 0 4 0 8 H21.2.22 0 4 0 2 0 6 H22.2.22 0 1 0 1 0 2 H23.2.22 0 2 0 2 1 5 H24.2.22 0 3 0 0 0 3 H25.2.22 1 2 0 2 0 5 H26.2.22 0 3 0 2 0 5 H27.2.22 0 4 0 1 0 5 H28.2.22 0 1 2 0 0 3 (今回) 0 2 0 1 0 3
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