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体においしい / Altessimo
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体においしい
よく晴れた午後。 Altessimo/スムージー
久しぶりのオフに散歩がてら、本屋まで出向いたわたしは
一冊の本と運命的な出逢いを果たしてしまった。
『体に栄養! はじめてのスムージー』
スムージーといえば、たしか若い女性に人気のある飲み物
だと記憶している。同じ事務所の水嶋咲、彼女も美容や健康
と で も い う よ う に 穏 や か に 微 笑 ま れ 告 げ ら れ た こ と も あ る。
彼はそういうが、水自体に体の健康を維持できる栄養が全て
含まれているとなど、わたしにはとても思えない。おせっか
いだとわかっていても、心配で堪らないのだ。
けれど、そんな都築さんもお茶やジュースのようなものを
飲んでいることもあるのだ。それならばスムージーという液
体 状 の も の な ら、 一 口 く ら い は 飲 ん で く れ る の で は な い か。
そんな淡い期待を抱いて、わたしは本の表紙を開く。
よく売っているフレッシュジュースとスムージーと呼ばれ
るものはどこがちがうのだろうか。そんなわたしの根本的な
疑問をこの本はすぐに解決してくれた。
トのメンバーであり、尊敬している都築圭さん、その人のた
も自分の健康の為に飲みたいわけではなかった。同じユニッ
神からの思し召しのようなタイトルのその本は、気がつけ
ば会計を済ませわたしの腕の中にあった。とはいっても、何
「なるほど、なかなか難しいものなのだな……」
望ましい、とある。
なものを使い、液体は追加するのであれば水のみを使うのが
キサーで掛けたものになるらしい。基本的にはなるべく新鮮
本来のスムージーは、凍らせたフルーツなどをシャーベッ
ト状にした飲み物だったそうだが、今はフルーツや野菜をミ
めだ。彼は、音楽の妖精のような存在なのだろうかと思うほ
フルーツや野菜にはそれぞれ特化した成分があり、スムー
ジーを摂取する目的にあわせて組み合わせるのだそうだ。
にいいと誰かに話していたのを聞いたことがあった。
ど、普段から食事を取る様子を見せることはない。信用がな
声をかけられた。
を見せると、彼はその涼やかな瞳を少し見開いて驚いてみせ
た。
「飲み物……かな? ごめんね、僕はあまり食べ物に詳しく
ないから……」
と思ってもらえるようにするのが、わたしの重大な任務だろ
あとはどうにかして都築さんに、この飲み物を飲んでもいい
予想通りやはり都築さんもご存じなかった。知らなかった
のは自分だけではなかったと、失礼ながら少しだけ安堵する。
あなたにスムージを飲んでもらおうと思って……、そうい
いかけた口を慌てて片手で押さえつけて閉ざした。突然、一
う。
ていたところでした」
少し興味があるようだったので本を手渡すと、都築さんは
楽譜を読むようにすらすらと文字を追いながらページを捲っ
ちらを覗き込んでくる都築さんに申し訳ない気持ちになる。
勢い凄んで話しかけたものの、黙りこんでしまったせいで
心配をかけてしまったのだろう。清らかな瞳を揺らして、こ
やはり、そういう観点なのだ。
摂れそうだ」
「へえ、色々なものがあるんだね。液体だし、簡単に栄養が
ていく。
「……いえ、なんでもありません。実は、最近このスムージ
わかってはいたが、あまりにも食事に対して執着がなさす
ぎる。
そう判断したわたしが、ずっと手にしていた本を閉じ表紙
まずはその存在から知らせるべきだろう。
「……? どうしたんだい、そんな大きな声をだして」
「あ、あの!都築さん」
って書籍を買ってみたのです」
ーというものを事務所内で話しているのを耳にして、気にな
「……麗さん? どうしたんだい?」
飲んでもらえるいい方法はないだろうか。
のではないか。出来るだけ自然に、その存在を伝え少しでも
「いえ、わたしもつい最近知ったのです。この本には様々な
そもそも都築さんは、スムージーの存在をご存じだろうか。
レシピも載っていましたので、試しに作ってみようかと思っ
数日前までのわたしと同じように、その存在自体を知らない
いない。
方的にこんなことをいわれても都築さんも困ってしまうに違
「都築さん! 実は」
ちらへと歩いてきているところだった。
本から目を離し、その音がするほうへと視線をあげれば当
の本人である都築さんが、両手に楽譜を持ってゆらゆらとこ
「麗さん、何を読んでいるんだい?」
水分だけで満足してしまうんだ、となんということはない
ごくごくまれなことなのだと気づいた。
だが、そうではなく純粋に固形の食事を摂取すること自体が、 新しい知識にうんうんと頷きながら時折、独り言のように
ぶ つ ぶ つ と 呟 い て い る と、 ふ い に 背 後 か ら 良 く 知 っ た 音 に、
く、わたしたちの前で食事をとらないのかとも思っていたの
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