第 73 回短文コンクール 課題「木」 NHK学園賞作品 「白木蓮」 文章クラブ 高橋幸子さん 千葉県 80 代 わが家の白木蓮は、夫が皇太子御成婚記念にと植えたもので、細かった幹も 太くなり早春には見応えのある花を咲かせている。 平成四年三月十八日。伯父の初七日の日の白木蓮の花には特別な思いがある。 伯父には子供がいなかったので、九十五歳の天寿を全うするまで、私が看護し ていた。亡くなってみると、床擦れや誤嚥などと至らなかったことが浮かんで、 心が重いままこの日を迎えた。 「おい白木蓮が奇麗だぞ」と墓参りの支度をした夫が庭から声を掛けてきた。 空は浅みどりに澄み渡り、象牙色の蕾が一斉に天に向かって輝いていた。一つ 一つの花が大切なものを守るかのように、柔らかな膨らみを保ち、そっと開く 一瞬を待っている。私はこの時なぜか伯父の霊が解き放たれた天空に旅立つよ うに思えて思わず合掌した。夫に伯父に許された気がすると話すと「白木蓮と は良くぞ名付けたものだ」と感慨深気に見上げていた。 今年の夏は老いた身に厳しい。白木蓮は分厚い大きな葉が、強い日差しを無 駄なく吸収して、来年の花を創り出す営みを黙々と続けている。幹の内部は生 命の水が脈打っているのだろう。私は冷たい幹に手を当て「意中の木」と決め、 願いを託すと伝えた。
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