農業競争力強化プログラムの注目点

農業競争力強化プログラムの注目点
政府は、農業者の経営安定や収支改善を図るための施策を盛り込んだ「農業競争力強
化プログラム」を 2016 年 11 月に決定した。安倍政権がこれまで取り組んできた農
政改革をさらに前進させる同プログラムの評価や今後の注目点を以下にまとめた。
された主な施策をみると、①全国農業協同組合連合
会(全農)の購買部門を少数精鋭の組織に転換するこ
と、②同販売部門において委託取引から買い取り取
「農政新時代」というスローガンのもとで農政改
引への転換を推進すること、③指定生乳生産者団体
革に取り組む政府は、2016 年 11 月の農林水産業・地
(国の指定を受けて農業者からの原料乳集荷や乳業
域の活力創造本部の会合において、
「農業競争力強
メーカーとの価格交渉を担う農協系の 10 団体)経由
化プログラム」
(以下、強化プログラム)を決定した。
で原料乳を出荷しない農業者にも補給金を支給する
強化プログラムの施策には、環太平洋経済連携協定
こと、などがある。関連産業の業界再編を促進する法
(TPP)対策の一環として打ち出されたものと、規制
律の整備と同様に、①〜③の施策も生産資材や農産
改革推進会議の意見を踏まえて打ち出されたもの
物の流通合理化を狙ったものである。ただし、③につ
がある。TPP については、トランプ大統領の就任に
いては関連法の改正が行われる予定だが、①・②につ
伴って発効が見通しづらくなったが、政府は発効の
いては全農に改革を委ね、政府は全農が作成する年
有無を問わず、今般決定した施策を全て実行して日
次計画の進ちょくをフォローアップするにとどまる
本農業のてこ入れを図る方針である。
こととなった。
強化プログラムのポイントは図表 1 のとおりであ
る。まず、TPP 対策の一環として打ち出された施策
についてみると、特に政府が力を入れているのが、肥
料・飼料メーカーや米卸などの関連産業の業界再編
を促進する法律の整備である。国内需要の伸び悩み
を受けて農産物価格の引き上げが難しいなか、政府
は生産資材や農産物の流通合理化によるコスト引き
下げを通じて、農業者の収支改善を図ろうとしてい
る。このほかにも政府は、農地の大規模集約化を狙い
とする土地改良法の改正、農業者の経営安定を図る
ための収入保険制度(自然災害や農産物の価格低下
による農業者の収入減少を補てんする制度)の法制
化、兼業農業者の就業機会を拡大するための農村地
域工業等導入促進法(農工法)の改正、などのTPP関
連施策の実施を予定している。
次に、規制改革推進会議の意見を踏まえて打ち出
10
●図表1 農業競争力強化プログラムのポイント
<I.TPP対策関連>
具 体 的 な施 策
・関連産業(肥料・飼料メーカーや米卸など)の業界再編を
促進するための税制優遇等を定めた法律の整備
(注)
・土地改良法の改正:農地中間管理機構 が借り受けた農地
を農業者の費用負担なしで整備
・収入保険制度の法制化:主な加入対象は、5年間青色申告
を継続している農業者
・農工法の改正:農村に企業を誘致するための優遇措置の対
象業種を拡大
<II.規制改革推進会議関連>
具 体 的 な施 策
・全農の購買部門を少数精鋭の組織へ転換
・全農の販売部門で委託取引から買い取り取引への転換を推進
・指定生乳生産者団体経由で出荷しない農業者にも補給金を支
給(一定の条件あり)
(注)所有者から借り受けた農地をまとめて意欲的な農業者に貸し出す業務を担う公的
機関。2014年に各都道府県が設置。
(資料)農林水産業・地域の活力創造本部「農業競争力強化プログラムの概要」
などよ
り、
みずほ総合研究所作成
の追加策を検討・実施していくことが求められる。
なお、政府は2016年4月に農協法を改正した際、必
要があれば 5 年後をめどに農協制度のさらなる見直
強化プログラムは、これまで安倍政権が行ってき
しを行うと定めた。全農をはじめとする農協グルー
た農地の大規模集約化、農業者の経営安定への取り
プの自己改革が大きな成果を上げられない場合に
組みや農協の規制見直しをさらに前進させる点にお
は、政府が 2021 年以降、同グループに新たな規制を
いて、評価に値する。
課す可能性もあり、今後の行方が注目される。
さらに注目すべきは、強化プログラムが農業者の
経営環境に影響を及ぼす関連産業にまで農政改革の
領域を大幅に広げたことである。関連産業の業界再
編を促進する法律の整備、農工法の改正、全農の購
今般の強化プログラムには、飼料用米の生産に対
買・販売部門の見直しは、農業者を主たる対象として
する交付金の支給を恒久化する施策が盛り込まれる
実施される施策ではないが、農業者が収支改善を図
のではないかと言われていたが、最終的に見送られ
りやすい環境を実現する上で有効とみられる。
た。TPP 発効が見通しにくくなったことや、この交
ただし、問題はこれらの施策がいつ、どの程度の効
果を発揮できるかにある。こうした施策は、農業者へ
付金の財政負担を懸念する声が大きいことなどか
ら、見送りは賢明な判断といえる。
の直接的な施策と比べて農業収支改善の効果発現が
現在、政府は主食用米の過剰生産や価格暴落を防
遅れる可能性が高い。また、全農の購買・販売部門の
ぐために、飼料用米の生産に高水準の交付金を支給
見直しについては、政府が強制力を持たないため、活
して、農業者に主食用米から飼料用米へと生産をシ
発な取り組みが進みにくいのではないかと懸念する
フトするよう促している。しかし、このような交付金
声もある。
の支給は、経営改善に向けた農業者の意欲を鈍らせ、
だが、この見直しを受けて全農が積極的な自己改
農地利用の大規模集約化や生産コストの削減を妨げ
革に取り組み、関連産業の業界再編を促進する法律
るおそれもある。今後は交付金の支給を恒久化する
を活用するなどして生産資材や農産物の流通合理化
よりも、むしろ交付金の支給対象者や支給対象品目
をリードしていけば、多数の農業者の収支改善につ
を絞りこむ施策を検討していく必要があろう。
ながると考えられる(図表 2)。このようなベストシ
ナリオの実現に貢献すべく、政府には今後、全農の年
みずほ総合研究所 政策調査部
次計画をしっかりと検証することや、全農と企業の
主任研究員 堀 千珠
連携を支援する新たな制度的な枠組みを設けるなど
[email protected]
●図表2 全農の購買・販売部門の見直しにおけるベストシナリオ
強化プログラムの決定
政府
全農の購買・販売部門の
見直しを要請
関連産業の業界再編を促
進する法律を整備
全農の年次計画の検証
追加策の検討・実施
(例)
全農と企業の連携を支援する
新たな制度的枠組みの構築
積極的な自己改革の実施
全農
国内での生産資材・農産
物の流通合理化をリード
上記法律の活用
農業者に対する成果の還元
農業者の収支改善
(資料)
みずほ総合研究所
11