FEM解析によるスキッドステアローダのキャブ安全性能評価,三菱重工技

三菱重工技報 Vol.54 No.1 (2017) M-FET 特集
技 術 論 文
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FEM 解析によるスキッドステアローダのキャブ安全性能評価
Cab Safety Performance Evaluation of Skid Steer Loader by FEM Analysis
豐 田 和 隆 *1
奥 村 嘉 英 *1
Kazutaka Toyoda
Yoshihide Okumura
中 島 誠 *1
堀 部 悟 史 *1
Makoto Nakashima
Satoshi Horibe
建設車両のスキッドステアローダは,キャブ(運転席を覆う箱型構造物)に対して車両転倒時の
運転員保護性能が要求される。新型キャブの開発において,開発期間を短縮し市場への早期投
入を実現するため,シミュレーション手法のひとつである FEM 解析を用いて事前評価を行ない,
さらに試験結果をもとに解析方法を見直した。その結果,フレームも含めた部材をモデル化し,試
験データに基づく材料特性を与えることで,試験とほぼ一致する変形状態が予測できることを確
認した。
|1. はじめに
ユニキャリアでは畜産や都市土木での運搬作業に使用されるスキッドステアローダを開発して
いる。今回,“すべてのお客様に捧げる“強さとやさしさ”をコンセプトにフルモデルチェンジを行い
2016 年9月に発売を開始した。このモデルチェンジでは特定特殊自動車排出ガス 2014 年基準に
対応するだけでなく,お客様の声に呼応した操作性と作業性の改善,安全性や堅牢性,メンテナ
ンス性の向上を目指した。
スキッドステアローダは建設車両に分類され,キャブに対しては車両の転倒・転落に対する保
護構造物(Roll-Over Protective Structure,以下 ROPS)としての安全性能が ISO で要求されてい
る。この安全性能を評価するため,開発時には ISO に準じた試験を行っている。試験は変形や亀
裂を伴うため,再試験を繰り返すリスクが大きい。再試験をなくし開発期間の短縮による市場への
早期投入を実現するため,設計段階での解析評価精度向上に取り組んできた。
今回のモデルチェンジに当たり,過去に行われた方法に基づき FEM 解析による事前評価を実
施し,安全性を向上したキャブを開発した。また,試験結果をフィードバックして更なる解析精度
の向上を行った。
|2. ROPS 性能評価試験
キャブの ROPS 性能は ISO3471(JIS A8910)で台上試験による評価方法が規定されている。台
上試験はキャブを組付けたフレームを床上に固定した状態で,キャブ上部に側方負荷,垂直負
荷,後方負荷が順番に与えられる。キャブを変形させる負荷の目標値は車両重量から算出され,
この目標値に達した時点でのキャブ変形状態によって ROPS 性能が評価される。評価基準は運
転員を模したたわみ限界領域(Deflection-Limiting Volume,以下 DLV)にキャブが侵入しないこ
とである。側方負荷については負荷と変形量から算出される吸収エネルギーに対しても目標値が
決められており,荷重と吸収エネルギーの両方が目標値に達するまで負荷が与えられる。
*1 ユニキャリア(株) 開発本部
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|3. FEM 解析による事前評価
過去に試験を実施した旧型キャブで解析の精度を確認した上で,新型キャブの解析を行っ
た。ROPS の試験では供試品を大きく変形させるため,その過程で亀裂や破断などが発生するこ
ともある。そこで解析プログラムは塑性変形や大変形が考慮できる“ADINA”を使用した。解析条
件は側方負荷および垂直負荷の2条件である。
3.1 旧型キャブによる精度検証
旧型キャブの解析では,できるだけ節点数の少ない簡素な解析モデルを作成した。旧型キャ
ブと解析モデルの形状を図1に示す。側面の格子形状は変形への影響が軽微と考えて省略し,
フレームはキャブと比較して剛性が大きいと考え,フレームとの接続部に拘束条件を設定すること
でフレームのモデル化を省略した。
図1 旧型キャブの試験供試品と FEM モデル
側方負荷の解析結果を図2に示す。負荷点の変位と荷重の関係を表す荷重曲線は試験に近
い結果となったが,変形初期における差異が課題として残った。また,負荷点の変位と吸収エネ
ルギーを表すエネルギー曲線はほぼ一致しているものの,吸収エネルギーが目標値に到達した
時点の変位は解析の方が小さい結果となった。新型キャブの解析では,試験では解析より変位
が大きくなることを考慮して評価することにした。
荷重曲線
エネルギー曲線
図2 旧型キャブの試験結果と解析結果(側方負荷)
3.2 新型キャブの事前解析
旧型キャブと同様の方法で新型キャブの事前解析を行った。その結果を図3に示す。初期案
の構造では,塑性変形後は変位を増加しても荷重の上昇が少なくなる荷重曲線となり,荷重が目
標値に到達しなかった。また特定の部位にひずみ集中が見られ,亀裂や破断による急激な大変
形が予想された。そこで,部材を追加してキャブ全体の剛性を上げつつ,ひずみ集中が分散する
ように一部の断面を小さくするような対策を行った。この対策による最終案では旧型キャブとほぼ
同等の解析結果となり試験で評価基準を満たすと推定された。
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荷重曲線
エネルギー曲線
図3 新型キャブの事前解析結果(側方負荷)
|4. 新型キャブの試験結果
最終案の形状で試験を行った結果,1回の試験で基準を達成することができた。側方負荷での
変形状態を図4に,解析結果と試験結果を比較した荷重曲線およびエネルギー曲線を図5に示
す。また,垂直負荷での変形状態を図6に示す。変形状態は試験と FEM 解析で非常によく似た
結果となった。エネルギー曲線はほぼ一致し,目標値到達時の変位は事前解析で予測したとお
りの結果となった。しかし,荷重曲線は旧型キャブの解析と同様に変形初期において差異が見ら
れた。
試験
試験
解析
図4 側方負荷の変形状態
図6 垂直負荷の変形状態
荷重曲線
図5 新型キャブの試験結果と解析結果(側方負荷)
エネルギー曲線
解析
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|5. 解析モデルの見直しと精度検証
前章で述べた課題を解決し精度向上を図るため,解析モデルの見直しを行った。また,最終
的な評価基準となるキャブと DLV とのクリアランスについても,精度検証を行った。
5.1 FEM モデルの修正
試験時に定点撮影した画像を図7に示す。この図よりキャブの接続部がフレームに対して移動
していることが確認できる。事前解析ではフレームの変形は少ないと考えてモデル化を省略した
が,フレームの剛性が試験結果に影響している可能性がある。そこで,図8に示すようにフレーム
や試験に使用する部材を可能な限りモデル化した。また,材料の応力-ひずみ曲線も,図9に示
すように試験データにより近い多直線近似に変更した。
モデル化および材料を見直した修正モデルの解析結果を図 10 に示す。修正モデルでは変形
開始直後の荷重曲線が試験結果とほぼ一致し,事前評価モデルと比較して精度が改善された。
節点数は3倍,解析時間は4倍となったが,部材を可能な限りモデル化して解析することで非常
に精度良く試験結果を予測できると見込める。
全体
図7 キャブ接続部の変形
図9 材料の応力-ひずみ曲線
接続部拡大
図8 修正モデル
図 10 修正モデルの解析結果(側方負荷)
5.2 クリアランスの精度検証
ROPS 性能の評価基準は,荷重およびエネルギーが目標値に到達した時点でキャブが DLV へ
侵入しないことである。そこで試験時に DLV とキャブとのクリアランスについても詳細に測定し,解
析精度の検証を行った。図 11 にクリアランスの測定箇所,図 12 に試験と解析のそれぞれのクリア
ランスを示す。DLV はキャブを床面に載せた状態で試験を行っており,床面がキャブとともに変形
しているため DLV も傾いていると考えられる。そこでこの傾きを考慮して解析結果からクリアランス
を算出した。試験結果とほぼ同等の値が得られ,クリアランスについても精度良く試験結果を予測
できると見込める。
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図 11 クリアランスの測定箇所
図 12 クリアランスの比較
|6. まとめ
スキッドステアローダの安全性評価として,キャブの ROPS 性能評価を FEM 解析で行った。そ
の結果,1回の試験で基準を達成し,開発期間の短縮を実現できた。また,試験で得られた情報
から解析手法を見直し,評価精度を向上することができた。
今後は亀裂や破断を含む解析に取り組み,更なる解析精度改善を図っていく。また,落下物
に対する安全性についても設計段階での FEM 解析を行い,開発期間の短縮に寄与していく。