がんの診断・治療を変える PET 医薬の創成

がんの診断・治療を変える PET 医薬の創成
静岡県立大学 薬学部 医薬生命化学教室 奥 直人
浜松ホトニクス株式会社 中央研究所 塚田秀夫
〔研究内容〕
我が国は、これまでにない高齢化社会を迎えています。長く生きれば遺伝子に傷害を与える酸化ストレス
にさらされる期間も長くなり、また老化により損傷した遺伝子の修復機構も衰えます。細胞増殖などに関わる
遺伝子が酸化ストレスなどで変異すると、細胞増殖の制御が効かなくなり細胞が無秩序に増殖する病気、す
なわちがんになることがあります。もちろんがん化は年齢だけの問題ではなく、生活習慣、遺伝的因子や食
習慣によっても変わります。たとえば緑茶の飲習慣はがんを防ぐと言われています。また喫煙などは遺伝子
変異を誘発するためにがん化を促進します。多くの場合、がん化には複数の遺伝子変異が蓄積する必要が
あり、またがん化した細胞が数ミリの固まりになるまでにも数年を要します。がんは早期に発見し、取り除けば
完治する病気です。だからこそがんの早期発見技術や検診が大変重要になります。またがんの遺伝子変異
が多種多様であるようにがんの性質も多種多様で、あるがんにはある抗がん剤がとても有効でも、他のがん
にはその抗がん剤が効かないこともしばしばです。抗がん剤は一般に副作用が強いため、数週間治療して
から効きが悪いことが分かって抗がん剤の種類を変えていく、というのは患者様に大きな負担となります。抗
がん剤の効き方を早く調べられれば、抗がん剤治療がより効果的になり、患者様の負担も軽減できます。
ところで最近ポジトロン CT(PET)という技術が注目されています。特に FDG-PET はがんの早期発見や機
能診断に用いられています。18F-FDG はがん細胞の栄養源であるグルコースの誘導体でこれを[フッ素̶18]
というポジトロン核種で標識したものです。がん細胞は FDG を多量に取り込むために、PET カメラにより小さ
ながんでも見つけることができます。またがん細胞が活発かどうかが分かるために、治療薬の選択にも有効で
す。ただし FDG は心臓や脳、増殖の早い正常細胞にも取り込まれるため、18F-FDG に代わるより良いがんの
機能診断薬が待ち望まれています。
本研究ではタンパク質合成が盛んながん細胞に多量に取り込まれるアミノ酸に着目して、新しい PET 診断
薬の開発を目指しました。これまでに様々な 18F ポジトロン標識されたアミノ酸誘導体が 18F-FDG の欠点を補
う次世代の PET 用診断剤として用いるべく研究がなされてきました。我々は 18F-Fメチル-L-チロシン
([18F]L-FMT) の光学異性体 18F-Fメチル-D-チロシン ([18F]D-FMT)を用いて、D-アミノ酸の PET イメージ
ング剤としての有用性を検討しました。培養細胞を用いた解析から、[18F]D-FMT が Na 非依存的なアミノ酸
輸送体を介して細胞に取り込まれること、その取り込まれ方や細胞からの排出が、[18F]L-FMT とは異なること
が分かりました。また用いた全てのがん細胞にこのアミノ酸輸送体が存在することも分かりました。 さらに実
際のマウス担がんモデルにおいて、[18F]D-FMT は[18F]L-FMT と同様にがんに蓄積しますが、がん以外の
組織からは速やかに排泄されるために、がんがイメージングできるという特徴を明らかにしました。今後は早
期がんの発見やがんの活性を測る機能診断薬としての応用を検討すると共に、さらに優れた PET 診断薬を
開発したいと考えています。
PPIS イメージング(矢印はが
ん部位)