開発途上国の廃棄物処理 - 国際地域学部

日本学術会議第19回環境工学連合講演会(2004.1)
開発途上国の廃棄物処理
Solid Waste Management in Developing Countries
北脇秀敏
Hidetoshi KITAWAKI
ABSTRACT: Problems on solid waste management, as well as general health problems in developing countries are
described in this paper. Typical solid waste management problems, both technical and managerial, are discussed for
various development stages of the countries, and for different solid waste management stages such as discharge,
collection/transportation, intermediate processing and final disposal. Considerations are made on the concept of
appropriate technology for solid waste management. Lessons learned from field experiences, such as the necessity of
new research topics are also discussed and proposals are made to make aid projects successful ones.
KEYWORDS: Solid waste management, Developing countries, Health problems, Appropriate technology
1.はじめに
・排水やごみなどの廃棄物の衛生的な処理処分、病
開発途上国における廃棄物処理を考えるとき、先
毒伝搬害虫等の駆除、居住空間や学校の環境改善、
進国からは想像できないような途上国特有の制約要
食品衛生などに係わる分野がこれにあたるとされて
1)
因や問題点に突き当たる。本稿ではこれらを技術的、 きた 。これに水供給(Water
supply)を加えた Water
社会的側面から取り上げ、解決策を検討する上での
supply and sanitation は開発途上国の基本的人間ニー
留意点を検討した。またわが国が廃棄物分野で途上
ズ(Basic hunam needs)やプライマリ・ヘルスケアの
国援助を行うに当たって留意すべきことや人材育成
重要な要素としてとらえられている。さらに広義の
の必要性など、多方面から考察を加えた。
「環境衛生」としては室内空気汚染、化学物質安全
性、騒音・振動、電磁波、労働安全などを含む幅広
2.開発途上国の環境衛生の一般的問題
い概念である。しかし途上国で最も大きな問題とな
開発途上国の多くで「環境」や「健康」の観点か
ら深刻な問題となっていることは「人口増加」が「貧
困の拡大」を招き「環境破壊」を引き起こすといっ
たグローバルイシューから、生活環境の劣悪さとい
った身近な環境問題であるまで多岐にわたっている。
これら多くの「環境」を考える際には何を目的とす
るかを考えるが、その最上位目標は「人間の健康を
守る」すなわち人間自身を守ることだろう。つまり
環境に関係する諸問題はをあらゆる環境問題は最終
的に人間の健康に関係している。従って途上国の環
境問題を考える際には、まず生活環境を保全し人間
の健康を守る「環境衛生」を考える必要がある。
っているのはなんと言ってもし尿・排水処理やごみ
処理の不備によって起こる感染症である。1997
年時点における感染症・寄生虫症による死亡者の割
合は、先進国ではわずか1%にすぎないのに途上国
で43%にも上っている
2)
。こうした感染症が引き
起こされる大きな原因の一つは不適切な廃棄物処理
である。廃棄物の収集が不十分であるとごみが排水
路に投棄され、熱帯病等を媒介する蚊や住血吸中の
中間宿主である巻き貝が繁殖する。またごみは多く
の感染症を媒介する鼠族、家バエ、ゴキブリ等の温
床ともなる。廃棄物処理が適切に行われている先進
国からは想像もつかないが、廃棄物問題は途上国で
環境衛生(Sanitation)は、人間の環境と衛生に係わ
る実に広い分野を言い表す用語である。従来、し尿
は「環境問題」と言うより「健康問題」と位置づけ
られよう。
東 洋 大 学 国 際 地 域 学 部 、 Faculty of Regional Development Studies, Toyo University
廃 棄 物 学 会 、 Japan Society of Waste Management Experts
教 授 、 Professor
工 学 博 士 、 Doctor of Engineering
-1-
日本学術会議第19回環境工学連合講演会(2004.1)
3.途上国の発展段階と廃棄物処理
国家の環境部局により明確な指針が定められ、補
途上国の廃棄物処理が今後どのように改善されて
助金等により改善策が取られている国ではわが国の
行くかは不確定要素が多いが、多くの国の例を見て
ように段階を踏んで改善が行われつつある。例えば
いると、国の発展と共に概ね以下のような流れをた
ベトナムでは上記③の衛生埋立が地方主要都市に広
どることが予測される。
がりつつある段階である。しかし多くの途上国にお
いては都市により対応はまちまちで、前近代的な廃
①前近代的な廃棄物処理
公的機関による系統的な収集・処理処分が行われ
ず、自家処理やインフォーマルセクターによる処理
が中心の時期であるが、ごみ量が少なくごみ質も厨
芥が中心であったので空き地等を利用した処分が行
われる。
棄物管理が行われている一方で諸外国の援助やPF
Iにより建設された近代的な施設が共存する二重構
造になっている場合が多い。また経済のグローバル
化で先進国と同様に工業製品や有害廃棄物等が廃棄
物として排出される現在の途上国では、過去に先進
国が課題を段階的に解決していった過程が参考にな
②系統的な収集の開始と劣悪な最終処分場
らない場合がある。状況に応じてさまざまな対策を
経済発展と共にごみ量が増加すると、手押し車や
使い分けなければならないため問題は複雑である。
車両による組織的な収集が行われるようになる。し
その国の技術レベルや社会面を考慮して適切な改善
かしオープンダンピングによる最終処分(埋立)や
を行わないと廃棄物管理に関わる問題を大きくして
野焼き・自然発火などのため悪臭、煙、浸出水の発
しまうことにもなりかねない懸念がある。
生とハエ、鼠族、鳥類等の増加で環境衛生は劣悪で
ある。
③衛生埋立の導入
上記の問題を解決するために処分場で廃棄物を覆
土し、水質汚濁を防止するため浸出水の収集と処理
とを行う衛生埋立が導入される。
④中間処理と分別収集の導入
処分場の節約とごみを減量化・安定化し環境影響
を低減させるために焼却施設、破砕施設や堆肥化施
設などの中間処理施設が導入される。さらに処理の
写真1
シリアの最終処分場
効率化のために廃棄物の分別収集が導入される。
4.途上国の廃棄物処理における問題点
⑤ごみ問題の複雑化
工業化が進むと共に産業廃棄物の増大やプラスチ
ックやガラス、金属の増加などごみ質の変化が起き
適正処理困難物や有害廃棄物等の増加が問題になる。
社会の成熟とともに住民の発言力が強くなり、NI
MBY(Not in my backyard)の概念に象徴されるよう
に廃棄物処理施設の用地取得が難しくなる。
4-1
廃棄物処理の各段階における技術的問題点
途上国の廃棄物処理においては、先進国のように
高い目標を設定するのではなく、まず必要最低限の
こと、すなわち「ごみをきちんと集めて安全に埋め
る」ということを確実に実行することが求められる。
ところが写真1に示すように、そのことさえも行わ
れていないのが実情である。これを改善するために
は収集・処分機材の確保と最終処分場の適切な維持
⑥排出量抑制策を伴う循環型社会の模索
3R(Reduce, Reuse, Recycle)のスローガンのよう
管理体制の構築が必要であるが、現実にはさまざま
に廃棄物管理に対する考え方が「発生したものを適
な制約要因が存在しており、清掃作業の妨げとなっ
切に処理する」ということから「発生量を減らす」
ている。それらを表1に示し、それぞれの問題点を
という考えに変わってくる。
解説することにする。
-2-
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表1
途上国における制約要因と廃棄物処理の各段階への影響
影
3)
響
制 約 要 因
発生・排出
地形・地勢
急傾斜地
低湿地
沿岸部
用地不足
河川水自流量不足
収集・運搬
中 間 処 理
収集困難
洪水時収集困難
コンテナ等 設 置 困 難
中継基地等立地難
処理施設立地難
最 終 処 分
覆土材入手困難
廃棄物流出の恐れ
処分場立地難
浸出水による影響大
気候
乾燥・高温
多雨
低温
暖房残灰大量排出
家バエ・鼠族の存在
衛生上の問題
洗車用水不足
収集作業困難
財政面
資金不足
廃棄物の自然発火
浸 出水 量増 大 ・ア クセ ス 困難
埋立作業困難
収 集 車 両 故 障 ・路 面 凍 結
収集車両の老朽化
周辺への影響
周辺への影響
維持管理不良
覆 土 ・浸 出 水 処 理 不 良
作業員への危険
作業員への危険
資源回収時の危険
修理工場の不備
衛生教育の不備
分別の不徹底
法律・制度の不備
収集時の事故
感染性廃棄物不分別
産業廃棄物不分別
規制の欠如
一般人への危険
社会的問題
ス カ ベ ン ジ ャ ー の 存在
発火等の危険
不法投棄
清掃作業の遅れ
①発生源貯留
ォーマルセクターによる資源回収が自然発生的に行
廃棄物が発生してから排出されるまでの間が発生
われていることが多く、混合収集が彼らの衛生状態
源貯留である。発生源貯留を行うごみ容器等の状況
に悪影響を与えることが懸念されている。特に医療
が非衛生であると家バエ、ゴキブリ等の衛生昆虫や
機関等からの使用済み注射等の感染性廃棄物は、資
鼠族などの増殖の原因になる。また放置された空き
源回収中の針刺し事故の原因となり、AIDSや肝
缶等は蚊の発生場所となる。特に熱帯地方は気温が
炎等の血液性の感染症の原因が懸念される。
高いため昆虫類の増殖速度が大きく、熱帯地方特有
中央アジア等の寒い途上国では、暖房のための石
の伝染病や風土病等が存在している場合、健康被害
炭灰などが廃棄物となり、その他の一般廃棄物と混
の拡大が懸念される。
合することにより清掃作業に支障をきたす場合が多
い。特殊な組成のごみが大量に排出される場合には
②排出
廃棄物を分別して排出するのは、収集後の処理・
処分の便宜のためである。例えば焼却処理を行う場
合には可燃物・不燃物を分別する必要があるし、堆
肥化を行う場合には厨芥とその他の廃棄物とを分別
する必要がある。しかし途上国では中間処理を行わ
ずに直接埋立処分が行われることが多く、そのため
分別排出を行わないことがほとんどである。しかし
ウェイストピッカー(スカベンジャー)等のインフ
分別の導入を検討する余地がある。また「湿ったご
み」と「乾いたごみ」という分別方法を導入し、成
功した例もある。これは紙、プラスチック、金属、
ガラスといったリサイクルに向けのごみが「乾いた
ごみ」に分別されることにより、排出源付近での資
源回収が容易になるためである。しかし途上国に分
別排出を導入するにあたっては多大な経費がかかる
ことを認識しておく必要がある。すなわち住民に対
して協力を要請する環境教育のための費用、分別収
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集に必要なコンテナ、ゴミ箱の設置などの付加的な
場の進入道路であり、処分場が山間部にある場合、
費用の他、分別することにより収集車両のやりくり
未舗装の取り付け道路のスロープで車が立ち往生し
が難しくなり、より多くの収集車両を購入しなけれ
てしまい、結果処分場の入り口付近にごみを投棄し
ばならないという問題もある。
て車が引き返すため収拾がつかなくなってしまう。
③収集
⑥中間処理
途上国では収集車両が不足している結果、廃棄物
中間処理は廃棄物を埋め立て処分する前に減量・
の全量収集が行われない場合が多い。わが国ではご
安定化するための処理である。わが国で最も一般的
みの収集車両は定期的に更新するが、途上国では機
な方式は焼却処理であるが高コストであり、不燃物
材が絶対的に欠乏している。廃棄物収集に適してい
の分別が必要なこと、途上国の廃棄物は含水率の高
ない車両の使用により収集効率が悪い場合が多い。
い厨芥が多く燃焼に適さない場合が多いことなどか
またスラム・スクワッター地域では収集車両が入れ
ら採用されることは少ない。感染性のある医療廃棄
ない地域があり、手押し車等による人力収集や家畜
物等の特殊なごみのために小規模な焼却炉が設けら
に軽車両を引かせることよる収集などが行われる。
れることはあるが、その他の廃棄物は焼却されるこ
またスクワッター地区(不法居住地区)では公的機
とは少ない。一方厨芥類が主体の廃棄物の堆肥化(コ
関が収集サービスを行うと居住を認めたと見なされ
ンポスト化)は途上国における処理施設としては頻
るため系統的な収集作業が難しく、近隣への不法投
繁に見かけるものである。非堆肥化物は選別の後最
棄につながりやすい。このように収集が行われない
終処分されるが、厨芥類は農地等に還元されるため、
地区が存在すると、害虫や鼠族の発生源となり都市
処分場の節約になる。また堆肥は保水性・保肥性に
全体の衛生状態の悪化につながることが懸念される。 優れているため乾燥地域では灌漑用水の節約につな
その妥協策としてスクワッター地区では、公道に公
的機関が廃棄物用のコンテナ等を設置すると同時に
コミュニティの自助努力を喚起して廃棄物を住民に
コンテナまで運んでもらうよう要請するような対策
をとる必要がある。
がるため高く評価されている。
⑦最終処分
最終処分は廃棄物を主として陸上に埋め立てるこ
とによって行われる。わが国のように焼却灰を主体
とした埋め立てと異なり、有機物を多く含む生ごみ
④中継
を埋め立てている途上国の多くでは、臭気や害虫の
収集車両により住宅地や商業地区等から収集され
発生、自然発火による煙の発生、ごみの散乱、など
た廃棄物は、処理処分のための施設が遠い場合には
さまざまな問題が予想される。これらはごみに覆土
収集車両から大型の運搬専用車両に積み替えるため
を行えば解決できるはずである。しかし最終処分場
の中継基地に搬入される。これは先進国でも同様で
で有価物を回収することにより生計を立てているウ
あるが、途上国の場合は中継基地の覆外がなく、臭
気の発生やプラスチックの飛散、動物による餌漁り
などの問題点が発生する。衛生的な中継基地の整備
は途上国で共通の課題である。
⑤運搬
中継基地がある場合、大型車に積み替えられた廃
棄物は中間処理施設または最終処分場まで運搬され
る。途上国の場合に問題となるのはその運搬経路の
道路の状況である。モンスーン地域のように雨期の
降水量が多い場合は道路が脆弱で運搬車の通行が難
しい場合がある。また特に問題になるのは最終処分
-4-
写真2
カンボジアのウエイストピッカー
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ェイストピッカーが多数存在する場合、清掃作業の
5-2
現地の技術レベル
妨げとなり、覆土の実施や廃棄物の積み上げ作業を
清掃機材の維持管理や修理を行う工場「ワークシ
効率よく行うことができない。ウェイストピッカー
ョップ」が充実しているかどうかは現地の技術レベ
の存在は途上国の多くが抱える問題点であり、社会
ルを考える上で重要な要素である。途上国のワーク
配慮を十分に行った上で解決すべき点である。また
ショップを訪問すると、資金がない中で意外と努力
生ごみの埋め立てにより発生する高濃度の浸出水に
して機材を長期間使用しているのに驚かされる場合
よる地下水・表流水の汚染も深刻である。
がある。日本では、例え故障していない機材でも一
定期間が経過すると自動的に更新するのが一般であ
4-2
廃棄物処理における社会的問題点
るが、途上国ではそうした中古車を購入し、壊れる
また、大気汚染防止や水質汚濁対策等の環境管理
分野とは異なり、廃棄物処理は古来から何らかの形
でなされてきた経緯がある。そのため廃棄物処理は
その国の社会面との結びつきが深い。例えば途上国
のインフォーマルセクターで廃棄物処理に携わる人
々が宗教や民族の点でマイノリティであったり貧困
層であったりする場合が多い。また先に述べたウェ
イストピッカーも組織化されて社会的に無視できな
い勢力になってしまう場合もある。こうした状況を
先進国的発想で廃棄物処理を近代化しようとした場
合、機械化などで効率化・合理化は達成できるかも
しれないが、廃棄物処理に生活の糧を見いだしてい
る人々の職を奪うことになったり、暴動などにつな
がって治安の悪化を招きかねない。廃棄物管理が抱
える途上国の社会問題の多くが貧困の問題や人種・
まで使用することが多い。わが国では廃車にしてし
まうような車のシャシーを溶接して使ったり、新品
と交換するようなバッテリーを、電極を再生して使
用したりする。また輸入品などで部品の入手が難し
い場合には自分たちの手で部品を製作したりもする。
こうした努力とノウハウは、日本ではかえって廃れ
てしまった技術である。途上国ではこのように機械
的な修理は得意な一方でコンピューター制御や最先
端の機械の修理は不得意である。機材の部品が現地
で入手・製造できない部品には供与した車両などの
機材が、部品取り専用に使われてしまい稼働できな
くなってしまう、いわゆる「カーニバリズム」に陥
ってしまう場合もある。途上国援助の場合には現地
のワークショップの技術レベルを考えて適正なレベ
ルの技術を選択する必要があろう。
階層の問題などと結びついているため、十分な文化
面・社会面での考察が必要である。
5-3
現地のノウハウの学習の必要性
途上国の現場で仕事をしていると、現地で工夫さ
5.廃棄物処理における適正技術
5-1
れた生活の知恵に学ぶことが多い。それらは科学的
適正技術の定義
な根拠は示されないで用いられているが、理論的な
国連では、適正技術とは単に技術面や経済面だけ
に注目するのでなく、地元に文化面でも受け入れら
れ、環境に大きな負荷も与えないものが適正な技術
説明が可能な場合も多い。このような現場の情報に
科学の光を当てて理論的に解明し、実用に耐える技
術へと発展させたいものである。
であるというのである。すなわち途上国でも首都や
観光地のように財政力やユーザーの支払い意志額
(Willingness to pay)が高ければ高価な技術でも適正
になり、交換部品や修理技術が現地でサポートでき
れば高度な技術でも適正技術となりうる。また途上
国の現状と先進国の技術の中間に適正な技術が存在
するという考え方や雇用を創出する技術、地元で入
手可能な資源や現地の人材で維持管理可能なものな
ど多くの考え方がある。本稿ではさまざまな側面か
ら途上国の廃棄物処理における適正技術を検討する。
ベトナム北部の数カ所の処分場では埋め立てたご
みを堆肥(コンポスト)で覆土し、処分場内部で数
年間安定化させた後ふるい分け、得られたコンポス
トの一部を農地・植林に利用し、一部を覆土材とし
て用いるよう計画されている。従って最終処分場そ
のものを堆肥化施設として用いることができるうえ、
処分場に蓄積する廃棄物も篩分け残渣のみであるた
め処分場の寿命を飛躍的に向上させることができる。
このシステムは、もともと筆者らが1994年にタ
ンホア市の環境調査を行った際に処分場近くの農民
-5-
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が埋立されて数年間経過したごみを自主的に掘り出
5-5
適正技術を支える社会的要因
し、堆肥として使用しているのを見たことにヒント
技術(ハードウエア)を動かすものは計画論や考
を得て研究・技術指導を行ってきた技術である。現
え方(ソフトウエア)である。これらは従来からマ
場で自然発生したアイデアを発展させ、市町村規模
スタープランとして廃棄物処理計画に組み込まれて
のごみ処理に適したシステムにスケールアップさせ
きた要素に加えて近年環境教育、住民参加、ジェン
るため、ベトナム国内のタンホア市などで数年間パ
ダーイシュー等が重要視されるようになってきた。
イロットプロジェクトを行ってきた努力が実を結ん
これはハードウエアだけ全面に出しても失敗する場
だ形である。
合があり、途上国の多彩な社会的要因も合わせて考
わが国の援助プロジェクトでは、ほぼ例外なく土
砂を用いて覆土する衛生埋立が提案されている。し
慮しなければならないという経験に基づくものであ
る。以下にそれぞれを簡単に述べる。
かし覆土に用いる土砂の搬入費用がかかることや重
まず環境教育は、支払い意志額を向上させ料金徴
い土砂を敷きならしするための重機が不足している
収への協力を呼びかけること、廃棄物処理従事者に
ことなどから適切に実施すると市町村の経済的負担
対する偏見を軽減すること、清掃作業に対して住民
が大きい。ベトナムの低湿地では土砂は建物の建設
の理解を深めてもらい分別に協力してもらうことな
の際の盛土に用いるため売買されており、従来の衛
どあらゆる場面で効果的である。しかし環境教育に
生埋立が導入されたとしてもごみの処分コストが上
は資金と時間がかかるということも考慮しておく必
昇する。一方山間部では土砂の流出が大きな環境問
要がある。すなわち大人は価値観がかたまっている
題となっており、覆土に適した土砂を容易に得るこ
ため急な意識改革は難しく、一般市民への呼びかけ
とは難しい。今回着工した最終処分場は、この点を
には大規模なキャンペーンを行ったりする必要が生
解決するため覆土材としてコンポストを用いること
じる。一方児童に対しては環境教育は意識の改善に
にしたものである。
つながるが、廃棄物の大部分を排出している大人と
適正技術のヒントは途上国自身の中にある。現地
違って目に見える効果が少ないという弱点がある。
で発生した技術はその場所の制約要因を解決するた
めの工夫がされており、何かうなづけるものがある。
それを外部援助により改良・後押しすることにより
適正技術として普及させることができよう。
5-4
ダブルスタンダードの是非
いささか乱暴な話であるが、限られた人材や資金
で対策を行う場合には、先進国の発想を転換し、緊
急避難的な対策をとった方が効果をあげる場合があ
ろう。先進国の考え方は安全性や正確性に対する要
求度が高く、その考え方を途上国に持ち込むと対応
が慎重になりすぎて対応が遅れるという恐れもあろ
う。先進国と途上国とで異なった目標を設定する「ダ
写真3
中学校におけるごみ教育(パナマ)
ブルスタンダード」の考え方をよしとするかどうか
は、援助に携わる先進国の技術者としては頭を痛め
また住民参加やジェンダーイシューは、廃棄物を
るところであるが、現場での状況を見極めた上で妥
発生する立場の住民や、家事に携わることが多い助
当な対策をことは必要である。援助関係者や援助を
成などの意見を計画に反映させ改善プロジェクトに
評価するさまざまな団体や市民が、このような姿勢
対して当事者意識を持ってもらうという上で重要な
に理解を示すよう議論を深めて行く必要があろう。
要素である。特に村落開発や都市スラムのように公
的機関が清掃事業を行いづらい場所における改善に
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日本学術会議第19回環境工学連合講演会(2004.1)
は大きな効果を持つと考えられる。ただし世界の援
努力とを惜しまないように動機付けを行っておくこ
助機関の現在の動向を見ると、上記のソフトウエア
とが極めて重要であろう。
の偏重の嫌いがあるのは懸念材料である。技術を支
従来、参加型プロジェクトにおける社会配慮は文
える社会的要因は重要ではあるが、核となる技術が
化人類学や環境教育等の素養を持つ専門家により行
あってこそ廃棄物処理が円滑に行われる。ソフトと
われることが多かった。すなわち水供給、衛生設備
ハードの調和の取れた開発が必要であろう。
等の環境衛生分野の技術は日常生活と極めて密接な
ため、新しい技術の導入は住民の行動変容がなけれ
6.得られた教訓
6-1
ば定着しない。適正技術を用いた設備などで、維持
総合的な知識の必要性
管理に住民参加を前提としたプロジェクトを行う場
途上国で廃棄物分野の仕事を行う場合にはあらゆ
る種類の問題に直面するため、専門外のことについ
ても問題解決能力が要求される場合が多い。すなわ
ち途上国開発に携わる以上、技術者であっても人文
社会系の知識が必要であるし、人文・社会系の背景
を持つ専門家でも開発の手段である技術に対する理
解を抜きにしてはプロジェクトを成功に導くことは
難しいであろう。
合はなおさらである。少数民族やジェンダー、貧困
層など住民の中には実にさまざまなグループがある
が、それぞれにとってプロジェクトのインセンティ
ブは何か、行動の変容には何が必要かなどをあらか
じめ詳しく知っておく必要がある。そのため従来、
開発プロジェクトではチームの中に文化人類学や開
発人類学の素養のあるメンバーが加わっていたので
ある。
浅く広い知識を横棒に、細く深い専門分野の知識
を縦棒にたとえるならば、さしずめその組み合わせ
は、”T”の字の形に例えて「T字型の知識」と呼ぶ
ことができるだろう。このT字形の知識はどのよう
にすれば身につけることができるだろうか。従来は
途上国で必要とされるさまざまな知識を身につける
ために相当長期間の経験と努力とを必要として来た。
しかし「大規模プロジェクトから顔の見える援助へ」
と転換しつつある今日、幅広い知識を比較的短期間
で身につける教育・研究システムが必要とされてい
る。途上国の環境協力は経済学、社会学、文化人類
学、心理学といった人文・社会科学分野と、工学、
農学といった自然科学分野との専門家がお互いの考
え方を尊重しながら協力しあってこそ成し遂げられ
るものであろう。
6-2
しかしプロジェクトへの大規模な動員や速やかな
動機付けを行う際には、社会心理学や集団心理学と
いった分野の助けを借りる場合もあろう。筆者は全
くの門外漢であるが、心理学には異文化心理学、比
較文化心理学、応用心理学など多岐にわたる研究分
野があるという。開発プロジェクトには途上国の現
状に外部から介入し、比較的短期間で効果をあげな
ければならないという厳しい側面もある。プロジェ
クトの目的を達成するためには現状分析にとどまら
ず、ユーザーに積極的に働きかけを行わなければな
らない状況もあろう。押しつけになっては元も子も
ないが、プロジェクトの意図を無理なく伝達し、よ
り強固な協力を得るためには従来のアプローチに加
えて心理学的知見を開発に応用できる場面はないだ
ろうか。あえてこれを「開発心理学」と呼ばせても
らえれば、今後 Basic human needs 分野の開発を行う
開発心理学
途上国の村落部で技術協力を行っていると、援助
を行う側に心理学の素養が必要とされる場面に遭遇
際の強力な助っ人になるのではないだろうか。
6-3
することが多い。援助プロジェクトの持続可能性は、
援助側が引き揚げた後も被援助側の自助努力で援助
効果を持続させるられるかどうかで決まる。すなわ
ち「援助は撤退するために行う」ものであり撤退後
のレールを敷いておかなければならないものであろ
う。そのため援助の受益者が将来当事者意識と自助
開発の時間軸
途上国への技術協力には資金協力や専門家・青年
海外協力隊員派遣などの人的な協力などさまざまな
スキームがある。しかし援助効果が現れるまでの期
間はスキームごとに大きく異なっている。場合によ
っては協力の効果が現れる前にプロジェクトが終了
し、何とかうまくフォローアップできないものかと
-7-
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悔しい思いをすることもある。外部援助により導入
された新しい技術や考え方がその土地に普及するま
でには Demonstration, consolidation, expansion の 各段
階を経なければならないと言われている。環境衛生
分野で新技術を導入する場合には、技術をハードウ
エアの面から支える維持管理技術の移転や部品供給
体制が確立するまでの段階で少なくとも5年は要す
るようである。また運営組織の自立や人材育成など
のソフトウエアの充実までに10年、さらに技術の
ユーザーである市民の attitude
change などの社会・
文化面での変容が起き、技術が現地化するまでには
15年程度の時間がかかるのではないかと考えられ
る。これはかつて日本に浄化槽や上下水道のような
「新技術」が普及した時に長い時間を要したことを
考えてもうなづけよう。
ところでわが国の援助を考える際にはこの発展の
時間スパンと開発援助の持続期間とのずれが問題に
なる場合もあろう。開発調査のマスタープランでは
10~20年先を目標年次とすることが多いが、こ
れは技術の普及期間を考慮しての時間設定であろう。
しかしその全期間を外部援助でフォローすることは
難しい。マスタープランの実現は途上国の自助努力
に期待するところが大きいが、マスタープランで描
いた理想を実現するために現地に密着して長期間の
フォローを行うことが必要であろう。
外部援助に伴う活動の中で最も時間がかかるのは
衛生教育などの教育活動である。特に住民の行動変
容に必要な時間は、教育した子供が大人になり、自
分の子供を自主的に教えるに至って教育が完成する。
このような息の長い活動を続けて行くためには外部
援助だけでは難しく、現地NGOとの協力が必要で
あろう。わが国のODAが現地NGO等と連携を取
っている例は少ないが、開発の時間軸を考えると今
後ますます重要性を持つと考えられる。
写真4
NGOによるリサイクル活動(カンボジア)
移転する場合の問題点として、コストが高すぎるこ
とが指摘されているが、これは先に述べたダブルス
タンダードや適正技術の活用などによって解決する
手段を模索する必要があろう。一方、今後中央アジ
アの国々等の寒い国に対して援助を行う状況も増加
することが予想される。従来の援助はどちらかとい
えば南方の熱帯地方が対象となることが多かったが、
今後は寒冷地向けの新技術の開発などにも目を向け
ていく必要があろう。
また今後は既存の援助スキームの枠組みにとらわ
れない援助方策を積極的に取り入れていく必要があ
ろう。最近はODAとNGOとの連携を図ったスキ
ームも見かけられるようになったが、さらにODA
と民間ビジネスとの連携や、案件発掘から建設・維
持管理までを一括して行えるようなスキームの立ち
上げなどさまざまな試みをしてはどうだろうか。廃
棄物分野においてわが国の援助に期待されていると
ころは大きい。開発途上国における諸課題を踏まえ
実り多い援助プロジェクトを実施したいものである。
参考文献
1)北脇秀敏、開発途上国の環境衛生に関わる諸問題、
7.廃棄物分野における途上国援助の今後の課題
わが国が途上国で協力を行う際には、気候、風土、 公衆衛生研究、Vol. 49, No.3, 2000
文化的側面等が日本と異なる状況のもとでいかに現
地の事情にあった適正な援助を行うかを考えなけれ
ばならない。そのためには途上国に特有な制約要因
2)WHO, The World Health Report 1998 -Life in the 21st
century A vision for all, 1998
と、それに対応できる適正技術を今後さらに研究す
3)北脇秀敏、開発途上国の廃棄物処理と適正援助、
ることが必要であろう。また日本の技術を途上国に
JEFMA、No.43、2000
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