ニボルマブによる治療について

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ニボルマブによる治療について
今話題のがん治療薬「オプジーボ ®」の作用について分かりやすく解説してください。
(S生)
オプジーボ ® とは
オプジーボ ®(一般名ニボルマブ)
がん細胞
ニボルマブ
はT細胞に発現する Programmed cell
death 1(PD-1)に対するヒト型モノ
クローナル抗体薬です。免疫の作用を利用してが
んの進行を抑制する治療薬;免疫チェックポイン
PD-L1
ト治療薬として、2014年以降、悪性黒色腫、非小
PD-1
細胞肺がん、腎細胞がん、悪性リンパ腫の治療に
導入されており、
2週毎の点滴治療を基本とします。
免疫とニボルマブの作用機序
免疫は、体内で自己と非自己を区別し、必要に
T細胞
応じて非自己の成分を排除しようとする仕組みで
図1 ニボルマブの作用機序
す。私たちが健康に生きていくためには、免疫応
として、がん細胞自体がいろいろな手段を使って
答が必要に応じて十分に起こる一方で、過剰にな
本来の免疫応答を抑制し、その作用を逃れている
らないように調節されることが必要です。免疫応
ことが解明されてきました。
答において中心的な役割を果たしているT細胞に
がん細胞は、免疫応答のブレーキの一つである
は、免疫応答を促進するための活性化受容体(ア
PD-1のリガンド Programmed cell death 1 ligand 1
クセル)と、逆におさめるための抑制性受容体(ブ
(PD-L1)を発現し、T細胞の PD-1と反応して
レーキ)が複数存在します。これらのアクセルや
ブレーキを強め、自らが免疫の作用で排除される
ブレーキの仕組みのことを免疫チェックポイント
ことを防いでいます。ニボルマブは PD-1に対す
とよびます。ニボルマブの標的分子である PD-1
るヒト型モノクローナル抗体薬で、がん細胞の
は、T細胞の細胞死誘導時に発現する分子として
PD-L1とT細胞の PD-1の反応を阻害し、がん細
1992年に京都大学の本庶祐先生のグループによっ
胞によって強められていた免疫応答のブレーキを
て発見され、その後の研究で免疫のブレーキとし
解除します。その結果、T細胞の活性化が進み、
。
がん細胞に対する免疫反応が回復して、がんの退
ての機能をもつことが明らかになりました
1)、2)
がん細胞は本来自らの細胞から発生した細胞で
縮に至ります(図1)
。
すが、秩序なく増殖したり転移したりします。が
ん細胞は正常の細胞とは異なる特徴(がん抗原)
ニボルマブの適応
を有しており、本来であれば非自己として早々に
ニボルマブの現在の適応は、根治切除不能な悪
排除されるべきものです。実際に、
がん細胞の“芽”
性黒色腫、切除不能な進行・再発の非小細胞肺が
は、私たちの体内で、今この瞬間も免疫の力で排
ん、根治切除不能又は転移性の腎細胞がん、再発
除されています。しかし、実際のがん患者さんで
又は難治性の古典的ホジキンリンパ腫の4疾患で
は、がん細胞は免疫の作用を巧妙にかいくぐって
す。悪性黒色腫、非小細胞肺がん、腎細胞がんに
増殖し、発病にいたっています。その機序の一つ
ついては、既存の標準的治療法との比較第3相試験
新潟県医師会報 H29.1 № 802
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において生存期間の有意な延長が示されました3)-6)。
秘めていると思われますが、現状では万能な夢の
ホジキンリンパ腫については、第2相試験におい
薬ではありません。日常臨床においては、薬剤添
て、60% を超える極めて高い奏効率が示された
付文書情報や使用ガイドに準拠して慎重に治療を
ことから適応が追加されました 。非小細胞肺が
進めていくことが重要です。現在、これらの免疫
ん、腎細胞がんでは、化学療法未施行例における
チェックポイント治療薬の、適正でより有効な使
効果はまだ証明されておらず、二次化学療法以降
用法について数多くの臨床研究が進められてお
での使用が原則とされています。
り、その結果が注目されます。
7)
現状と課題
既治療の進行・再発非小細胞肺がんに対してニ
(
)
新潟県立がんセンター新潟病院 内科
(呼吸器)
田中 洋史
ボルマブを使用した場合、
約20%の確率で奏効し、
文献
効果が明らかな症例では、治療効果が比較的長く
1)Ishida Y, Agata Y, Shibahara K, et al :
持続することが示されています。しかし、治療が
Induced expression of PD-1, a novel
効かずに病状が進行してしまう患者さんの割合も
member of the immunoglobulin gene
30−40%とやや多いことが報告されています
。
4)
、
5)
さらに、免疫反応を全身的に賦活化するために、
superfamily, upon programmed cell death.
EMBO J 1992 ; 11 : 3887-3895.
自己免疫疾患類似の機序により様々な免疫関連有
2)Nishimura H, Minato N, Nakano T, et al :
害事象が認められる場合があります。その頻度は
Immunological studies on PD-1 deficient
数%程度で必ずしも高くありませんが、劇症1型
mice : implication of PD-1 as a negative
糖尿病、下垂体炎、甲状腺機能異常、肝障害、筋
regulator for B cell responses. Int Immunol
炎、大腸炎、間質性肺炎など実に多彩です。大腸
1998 ; 10 : 1563-1572.
炎や間質性肺炎などでは、重症化、死亡例も報告
されており、慎重な対応が必要です。
3)Robert C, Long GV, Brady B, et al :
Nivolumab in Previously Untreated
また、高額な薬剤であることから医療費高騰の
Melanoma without BRAF Mutation. N Engl
象徴として取り上げられています。より効率的な
J Med 2015 ; 372 : 320-330.
使用法の確立にむけて、高い治療効果が期待でき
4)Brahmer J, Reckamp KL, Baas P, et al :
る患者さんを予め選択してニボルマブを使用でき
Nivolumab versus Docetaxel in Advanced
るように、バイオマーカーについての検討が進め
Squamous-Cell Non–Small-Cell Lung Cancer.
られています。がん組織中の PD-L1の発現が高
N Engl J Med 2015 ; 373 : 123-135.
いと、ニボルマブの治療効果も高いことが示され
5)Borghaei H, Paz-Ares L, Horn L, et al :
ていますが、PD-L1の発現が低い場合にも効果が
Nivolumab versus Docetaxel in Advanced
認められる場合があり、他のバイオマーカーの可
Nonsquamous Non–Small-Cell Lung Cancer.
能性も含めて検討が進められています。
N Engl J Med 2015 ; 373 :1627-1639.
このようにニボルマブは、T細胞の活性化、免
6)Motzer RJ, Escudier B, McDermott DF, et
疫の賦活化によってがん細胞の退縮を目指す抗が
al : Nivolumab versus Everolimus in
ん剤であり、従来の抗がん剤のように、がん細胞
Advanced Renal-Cell Carcinoma. N Engl J
を直接の標的としたものではありません。また、
Med 2015 ; 373 : 1803-1813.
効果が明らかな場合にその効果が長期間持続する
7)Younes A, Santoro A, Shipp M, et al :
傾向があることや、多彩な有害事象の可能性など
Nivolumab for classical Hodgkin's
に関しても従来の抗がん剤とは大きく異なってい
lymphoma after failure of both autologous
ます。患者さんはもとより一般の方の関心も高く、
stem-cell transplantation and brentuximab
今後、対象疾患の拡大に加えて、同種類似薬の開
vedotin : a multicentre, multicohort, single-
発、導入が急速に進んでいくものと思われます。
arm phase 2 trial. Lancet Oncol 2016 ; 17 :
ニボルマブをはじめとする免疫チェックポイン
1283-1294.
ト治療薬は、がんの治療を大きく変える可能性を
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