57 ニボルマブによる治療について 今話題のがん治療薬「オプジーボ ®」の作用について分かりやすく解説してください。 (S生) オプジーボ ® とは オプジーボ ®(一般名ニボルマブ) がん細胞 ニボルマブ はT細胞に発現する Programmed cell death 1(PD-1)に対するヒト型モノ クローナル抗体薬です。免疫の作用を利用してが んの進行を抑制する治療薬;免疫チェックポイン PD-L1 ト治療薬として、2014年以降、悪性黒色腫、非小 PD-1 細胞肺がん、腎細胞がん、悪性リンパ腫の治療に 導入されており、 2週毎の点滴治療を基本とします。 免疫とニボルマブの作用機序 免疫は、体内で自己と非自己を区別し、必要に T細胞 応じて非自己の成分を排除しようとする仕組みで 図1 ニボルマブの作用機序 す。私たちが健康に生きていくためには、免疫応 として、がん細胞自体がいろいろな手段を使って 答が必要に応じて十分に起こる一方で、過剰にな 本来の免疫応答を抑制し、その作用を逃れている らないように調節されることが必要です。免疫応 ことが解明されてきました。 答において中心的な役割を果たしているT細胞に がん細胞は、免疫応答のブレーキの一つである は、免疫応答を促進するための活性化受容体(ア PD-1のリガンド Programmed cell death 1 ligand 1 クセル)と、逆におさめるための抑制性受容体(ブ (PD-L1)を発現し、T細胞の PD-1と反応して レーキ)が複数存在します。これらのアクセルや ブレーキを強め、自らが免疫の作用で排除される ブレーキの仕組みのことを免疫チェックポイント ことを防いでいます。ニボルマブは PD-1に対す とよびます。ニボルマブの標的分子である PD-1 るヒト型モノクローナル抗体薬で、がん細胞の は、T細胞の細胞死誘導時に発現する分子として PD-L1とT細胞の PD-1の反応を阻害し、がん細 1992年に京都大学の本庶祐先生のグループによっ 胞によって強められていた免疫応答のブレーキを て発見され、その後の研究で免疫のブレーキとし 解除します。その結果、T細胞の活性化が進み、 。 がん細胞に対する免疫反応が回復して、がんの退 ての機能をもつことが明らかになりました 1)、2) がん細胞は本来自らの細胞から発生した細胞で 縮に至ります(図1) 。 すが、秩序なく増殖したり転移したりします。が ん細胞は正常の細胞とは異なる特徴(がん抗原) ニボルマブの適応 を有しており、本来であれば非自己として早々に ニボルマブの現在の適応は、根治切除不能な悪 排除されるべきものです。実際に、 がん細胞の“芽” 性黒色腫、切除不能な進行・再発の非小細胞肺が は、私たちの体内で、今この瞬間も免疫の力で排 ん、根治切除不能又は転移性の腎細胞がん、再発 除されています。しかし、実際のがん患者さんで 又は難治性の古典的ホジキンリンパ腫の4疾患で は、がん細胞は免疫の作用を巧妙にかいくぐって す。悪性黒色腫、非小細胞肺がん、腎細胞がんに 増殖し、発病にいたっています。その機序の一つ ついては、既存の標準的治療法との比較第3相試験 新潟県医師会報 H29.1 № 802 58 において生存期間の有意な延長が示されました3)-6)。 秘めていると思われますが、現状では万能な夢の ホジキンリンパ腫については、第2相試験におい 薬ではありません。日常臨床においては、薬剤添 て、60% を超える極めて高い奏効率が示された 付文書情報や使用ガイドに準拠して慎重に治療を ことから適応が追加されました 。非小細胞肺が 進めていくことが重要です。現在、これらの免疫 ん、腎細胞がんでは、化学療法未施行例における チェックポイント治療薬の、適正でより有効な使 効果はまだ証明されておらず、二次化学療法以降 用法について数多くの臨床研究が進められてお での使用が原則とされています。 り、その結果が注目されます。 7) 現状と課題 既治療の進行・再発非小細胞肺がんに対してニ ( ) 新潟県立がんセンター新潟病院 内科 (呼吸器) 田中 洋史 ボルマブを使用した場合、 約20%の確率で奏効し、 文献 効果が明らかな症例では、治療効果が比較的長く 1)Ishida Y, Agata Y, Shibahara K, et al : 持続することが示されています。しかし、治療が Induced expression of PD-1, a novel 効かずに病状が進行してしまう患者さんの割合も member of the immunoglobulin gene 30−40%とやや多いことが報告されています 。 4) 、 5) さらに、免疫反応を全身的に賦活化するために、 superfamily, upon programmed cell death. EMBO J 1992 ; 11 : 3887-3895. 自己免疫疾患類似の機序により様々な免疫関連有 2)Nishimura H, Minato N, Nakano T, et al : 害事象が認められる場合があります。その頻度は Immunological studies on PD-1 deficient 数%程度で必ずしも高くありませんが、劇症1型 mice : implication of PD-1 as a negative 糖尿病、下垂体炎、甲状腺機能異常、肝障害、筋 regulator for B cell responses. Int Immunol 炎、大腸炎、間質性肺炎など実に多彩です。大腸 1998 ; 10 : 1563-1572. 炎や間質性肺炎などでは、重症化、死亡例も報告 されており、慎重な対応が必要です。 3)Robert C, Long GV, Brady B, et al : Nivolumab in Previously Untreated また、高額な薬剤であることから医療費高騰の Melanoma without BRAF Mutation. N Engl 象徴として取り上げられています。より効率的な J Med 2015 ; 372 : 320-330. 使用法の確立にむけて、高い治療効果が期待でき 4)Brahmer J, Reckamp KL, Baas P, et al : る患者さんを予め選択してニボルマブを使用でき Nivolumab versus Docetaxel in Advanced るように、バイオマーカーについての検討が進め Squamous-Cell Non–Small-Cell Lung Cancer. られています。がん組織中の PD-L1の発現が高 N Engl J Med 2015 ; 373 : 123-135. いと、ニボルマブの治療効果も高いことが示され 5)Borghaei H, Paz-Ares L, Horn L, et al : ていますが、PD-L1の発現が低い場合にも効果が Nivolumab versus Docetaxel in Advanced 認められる場合があり、他のバイオマーカーの可 Nonsquamous Non–Small-Cell Lung Cancer. 能性も含めて検討が進められています。 N Engl J Med 2015 ; 373 :1627-1639. このようにニボルマブは、T細胞の活性化、免 6)Motzer RJ, Escudier B, McDermott DF, et 疫の賦活化によってがん細胞の退縮を目指す抗が al : Nivolumab versus Everolimus in ん剤であり、従来の抗がん剤のように、がん細胞 Advanced Renal-Cell Carcinoma. N Engl J を直接の標的としたものではありません。また、 Med 2015 ; 373 : 1803-1813. 効果が明らかな場合にその効果が長期間持続する 7)Younes A, Santoro A, Shipp M, et al : 傾向があることや、多彩な有害事象の可能性など Nivolumab for classical Hodgkin's に関しても従来の抗がん剤とは大きく異なってい lymphoma after failure of both autologous ます。患者さんはもとより一般の方の関心も高く、 stem-cell transplantation and brentuximab 今後、対象疾患の拡大に加えて、同種類似薬の開 vedotin : a multicentre, multicohort, single- 発、導入が急速に進んでいくものと思われます。 arm phase 2 trial. Lancet Oncol 2016 ; 17 : ニボルマブをはじめとする免疫チェックポイン 1283-1294. ト治療薬は、がんの治療を大きく変える可能性を 新潟県医師会報 H29.1 № 802
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