夢と未来に繋げる港湾整備について

後輩技術者に向けたメッセージ
夢と未来に繋げる港湾整備について
〜親水性港湾施設の設計〜
たに
しま
よし
たか
谷 島 義 孝*
1.はじめに
備に一考していただけたら幸いである。
なぜ港が地域の人々、市民の憩いの場になってい
ないのだろう。港湾の整備等、港湾行政に携わって
40年になるが、特に現役を引退するまでの10年間
くらいはいつも自問自答してきた。
2.社会資本整備と港湾
まず、最初に港湾とは何か、どのような役割を担っ
ているのかを少しお話ししたい。
港湾は、
『物流』、あるいは『特別な企業、港運事
港湾は、海洋国家である日本においては非常に重
業者のテリトリー』であるとの印象が強く、一種独
要な役割を担っている。私たちが生活するうえで必
特の港湾の世界・イメージを作り上げてきているよ
要な食料品から衣料、家電や金属機械工業品や鉱産
うに思う。もちろん、我が国は四方を海で囲まれた
品、エネルギーなどのありとあらゆるものの輸送の
海洋国であることから、港湾はさまざまな重要な役
拠点であり、我が国の輸出入貨物の約99.7%が海
割を持つ。物流、人流、保安・防災、国土保全、ク
上輸送に依存している。そのほとんど全てが港から
ルーズ観光等。
入ってきて、私たちの生活を支えているということ
昨年、ある港湾防災関係の業務を担当していて、
である。
防災専門の先生にご意見を伺う機会があり、先生か
港を守る外郭施設である防波堤の整備や、大型船
ら「港は津波・高潮など防災対策と密接に関係して
が接岸するための岸壁整備、その船舶を航行させる
いるのに市民・地域住民にあまり理解されていない。
航路の整備など、日頃、市民生活とは離れたところ
港の役割や港の大切さなどをもっと市民に認識して
で社会資本整備が進められている。また、最近では
もらうべき。いざ災害が起こった時に対応できなく
国際競争力のさらなる強化を目指して、「選択と集
なる」というお話を聞いた。改めて市民・地域住民
中」により、京浜港と阪神港の国際コンテナ戦略港
にとって港の認識が薄いということを考えさせられた。
湾の整備を推進させるなど、『物流』の重要性はま
今回、この貴重な機会をいただいたこともあり、
すます高まってきている。その一方で、港のもう一
若手技術者のみなさんに何を伝えたらよいかを思考
つの顔である地域住民の憩いの場としての『水辺空
し、冒頭に述べた、港が市民に親しまれる憩いの場
間づくり』もまた長年にわたり取り組んでいる重要
になっていない観点から、およそ25、6年前の昭
な社会資本整備がある。
和63年〜平成元年に私が担当した港湾設計におい
て、市民の憩いの場となる港の整備、設計事例を紹
3.事例紹介
介したいと思う。
そのことで、若手技術者のみなさん
⑴ 親水性港湾施設の設計に携わって
がこれからさまざまな業務に携わる中で、発想の転
高松港は香川県の東部に位置し、対本州及び離島
換や工夫と知恵を出し、よりよい社会インフラの整
を含めた海上交通の要衝であり、四国の玄関口とし
*前国土交通省 近畿地方整備局 港湾空港部 事業計画官(港湾事業企画課長、和歌山港湾事務所長等を歴任)
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て古くから地域の物流及び人流の拠点として重要な
波堤としての機能の検討に入った。これまで防波堤
役割を果たしてきた。一方、本四架橋の供用に伴い
は人を入れない構造として設計することが一般的で
人流、物流、地域構造等は大きく変化してきた。
あったが(釣り人は勝手に入ってくるが…)、ここ
そのような港湾を取り巻く環境が大きく変化して
では従来の発想を180度変えて、人を入れる防波堤
いくなか、当時、港湾局の政策として民間の活力を
としての機能を検討した。まず一番に考えたのが安
活用した総合的な港湾空間の創造と整備促進に、
全性であった。万一、人が海に転落するなどした場
「ポートルネッサンス21計画」の政策をいち早く
合の管理責任の問題などを議論し、親水性防波堤の
取り入れ、高松港玉藻地区再開発計画が進んで行っ
安全管理マニュアルづくりも実施。安全浮環の設置、
た。観光レクリェーション需要の増大などの動きと、
手摺りの高さ・構造、管理用通路の確保、人が憩え
いわゆる豊かな社会の構築を目指していこうという
るベンチ、休憩所の設置やボードウォークの敷設な
時代背景から、昭和63年2月に高松港の港湾計画
ど、人を入れて安全で、かつ利用者が憩える空間づ
が改訂され、玉藻地区の岸壁、護岸、防波堤やフェ
くりを模索した。
リーターミナルの集約・再編など全体計画が見直さ
れた。
港湾空間は、港湾区域(海域)と埋立地及び港湾
活動と密接に関係する周辺地域(陸域)からなる空
間であり、私たち神戸調査設計事務所の設計グルー
プはその海域である港湾施設を一気に設計すること
になった。加えて防波堤とその基部に配置される護
岸は高質化を図ることが決定され、創造力を活かし、
従来にはない親水性構造とする設計に取り組むこと
写真−1 護岸側から見た親水性防波堤
となった。
⑶ 親水性護岸の設計
⑵ 親水性防波堤の設計
防波堤の基部に造る護岸にも機能性、効率性の他、
一般的に防波堤は港の港内の静穏度を保つための
親水性機能を付加した設計に取り組んだ。護岸は従
機能が求められるが、高松港では、この機能に加え
来の直線型の護岸に対して、水辺空間ということか
て港内の水質環境の改善・水質浄化も求められ、防
ら「波」をイメージさせた曲線を取り入れ、また、
波堤を透過式構造(ケーソン内部を空洞の箱にし、
護岸の断面形状を階段式にし、護岸高さを低くおさ
港外側、
港内側ともに縦スリットを入れた透過構造)
えることで、できるだけ利用者が水辺に近づける構
にして海水交換を可能にする設計にチャレンジした。
造を検討した。さらに、この階段式護岸に消波機能
初めての構造であったため、直営で水理模型実験を
を有する有孔型ブロックを考案し、反射、越波など
実施し、波力実験による堤体の安定性や、透過率、
の水理特性や安定性の確認のための水理模型実験を
揚圧力の実験を繰り返し行った。実験では実験グ
行い、最適な消波式階段護岸を設計した。
ループと濃密な議論を交わしたことを記憶している。
防波堤の基本設計を完了させると、次に親水性防
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とを経験した。設計室の上司、同僚、部下との深夜
まで続いた侃々諤々の議論、設計会議やデザイン会
議では、優秀で器用な部下の手作り模型を会議席上
のテーブルに置いて会議メンバーの理解を深める工
夫など、一つの大きな目標に向かってみんなが一つ
になっていたように思う。
高松港玉藻地区の港湾整備は、設計のみならず、
写真−2 親水性護岸の曲線形状
計画から、現地施工まで多くの職員がさまざまな形
で苦労を重ね、かつ一致団結して完成させた親水性
⑷ 景観設計
親水性機能を持つ港湾施設の景観設計の検討には、
コンピューターグラフィックス(CG)を活用した
設計にも取り組み、親水性防波堤や親水性護岸の形
状と周辺景観、背後市街地との調和をCGでさまざ
港湾整備の代表例である。
この経験から若手技術者のみなさんにメッセージ
を送るとすれば、基本的なことではあるが、
①常に自分自身の置かれている立場からの視点で
何ができるのかを考える。
まな視点で確認しながら、利用者の視覚や心理的開
②
創造力、発想力をいつも持ち続けることが大事。
放感の視点など地区全体の景観形成の検討を行った。
③思いついたことはできるだけノートにとり(書
また、これら防波堤と護岸の親水性の検討には、
当時、管内(旧第三港湾建設局)からデザイン募集
を行い、職員から40近いアイデア(平面形状、断
面形状など)を集め、デザイン会議によりデザイン
くこと)、イメージを膨らませる。
4.おわりに
今年の春、仕事の関係で高松を訪れる機会があり、
を絞り込みながら、上記の景観設計を踏まえ、最終
十数年前に完成、供用されている高松港玉藻地区
的に地元の港湾管理者である香川県さんにも照会し
(サンポート高松として親しまれている)に足を運ん
ながら基本デザインを決定した。
だ。自分だけでなく高松港の整備に尽力されたみな
さんの努力の賜である親水性港湾施設は、見事に市
民の憩いの場となっていた。散策を楽しむ親子連れ
や老夫婦、ジョギングする若い女性等、美しい瀬戸
内海の島々を背景に、すばらしい景観のもと、市民
の憩いの場となっていた。港を見渡すと、適切な維
持管理がなされていることが容易に想像でき、港湾
管理者の方の日々の維持管理や、また利用者の意識
の高さに感銘を受けた。
写真−3 親水性防波堤上の休憩施設等
⑸ 若手技術者へのメッセージ
当時、この貴重な設計の機会を得てさまざまなこ
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親水性防波堤の先端には港のシンボルとなってい
る赤いガラス灯台が船舶の安全を見守り続けている。
ぜひ高松に行かれる機会があれば足を運んでいた
だければ幸いである。