劇場型勧誘で使われた電話転送サービス提供事業者

暮らしの
判例
消費者問題にかかわる判例を
分かりやすく解説します
国民生活センター 相談情報部
劇場型勧誘で使われた
電話転送サービス提供事業者の責任
本件は、当時 72 歳の高齢者に
「確実に利益があがる」
「元本は保証する」などと勧誘し、
宝石の売買会社への投資と称して約 900 万円を支払わせたことに関して、高齢者が特殊
詐欺の勧誘業者(以下、勧誘業者)の代表取締役
(会社は既に破産)
に対しては共同不法行
為責任による損害賠償請求、固定電話回線のレンタルサービス
(電話転送サービス)
を勧
誘業者に提供した者(以下、電話転送サービス事業者)
に対しては本人確認などの注意義
務違反による損害賠償請求をした事例である。
裁判所は、犯罪収益移転防止法により契約相手に関する本人確認義務が法律で義務化
される前ではあったが、事業者が本人確認を怠った過失により勧誘業者に加担したとし
て、電話転送サービス事業者に、
勧誘業者と連帯して不法行為によ
る損害賠償を命じた(過失相殺な
し)
(さいたま地裁平成 27 年 5 月
12 日判決、『消費者法ニュース』
104 号 370 ページ)。
原
被
告: X(消費者)
告:Y1
( C 社の代表取締役)
Y2(電話転送サービス業を営んでいた者)
関係者: A 社(Y2 の屋号)
B(電話転送サービス契約の名義人)
C 社(X に架空の投資を勧誘した業者)
D(経営コンサルタントと称する者)
E・F(自称 C 社の従業員)
G 社(「品川商事」、買取会社と説明された会社名)
H(自称弁護士)
トは届いたか」という内容の電話がかかってき
事案の概要
た。X が
「パンフレットは捨ててしまった」と答
2012 年6月初めごろから、C 社から X のも
えたところ、C 社から再びパンフレットが送ら
とに宝石の販売会社の会員にならないかと勧誘
れてきた。すると間もなく、D や C 社の従業員
するパンフレットなどの資料が同封された封筒
と称する E や F らから相次いで電話がかかって
が郵送されてきていた。その後経営コンサルタ
くるようになった。
「C 社という会社は宝石の販
ントの D と称する人物から
「C 社のパンフレッ
売をしている。会員にならないか」
「宝石に興味
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がなくても、名前だけでもよい」と電話で言わ
賠償責任があるとし、Y2 には契約名義人の本人
れ、最初は断っていたが再三頼まれたことから、
確認などの注意義務を怠っていたことから過失
名前だけならばいいかと思い会員になることに
による不法行為責任があるとして Y1
(C 社の代
した。すると D は、何回も電話で「会員が宝石
表取締役)と Y2(電話転送サービス事業者の経
を買うとポイントが付く。G 社のところでポイ
営者)
に対して損害賠償を求めて提訴した。
ントを換金すると宝石を買った時に支払った以
上のお金が戻ってくる。お金を出してもらえま
理
せんか」と言ってきた。X は最初断っていたが
再三電話で勧誘されたうえ D が「私は G 社に信
由
1. Y1 の損害賠償責任について
用されているので私が掛け合えば X が支払った
C 社の違法行為は、その営業方針に由来する
お金を 1.2 倍から 1.5 倍にしてすぐお返しする」
ものであり、C 社の経営に代表取締役として関
などと述べたことや、E や F らが D を
「先生」と
与した Y1 は C 社とともに共同不法行為責任を
呼んでいることからすっかり D を信用してし
負う。また、Y1 は C 社の代表取締役であるから
まった。さらにその後 H から電話があり「私は
C 社が違法な業務をしないように監視する義務
弁護士をしている。D は信用できる人物であり
が存在するところ、故意または重大な過失によ
G 社から大変信頼されているので 1.2 倍どころ
りこれらの監督責任を果たさなかったから、会
か 1.9 倍分以上の金額が戻ってくる」
と言われた
社法 429 条1項
(役員等の第三者に対する損害賠
ためいっそう信用してしまった。そして、「今
償責任)
に基づき、X が被った損害を賠償する義
の金額では G 社が換金に応じないのでもっとお
務を負う。
金を出してほしい。より儲けることができる」
2. Y2 の共同不法行為責任について
もう
「お金は絶対に戻ってくる」
などといった勧誘を
Y2 は他の関係者のことは知らないと主張し共
受けるたびに X は数百万円を支払った。X は
「宝
同不法行為責任は無いと争った。しかし Y2 は
石に価値はあるのか、払ったお金は本当に戻っ
A 社の屋号で電話転送サービスを営んでおり B
てくるのか」
と時折疑問を持ちつつも、結局合計
名義で契約した電話が C 社の詐欺行為に使用さ
4回にわたり宝石代金として合計約 900 万円を
れたことが認められる。そして、Y2 が B 名義の
F らに手渡した。しかしその後 F から電話があ
契約の際、電話転送サービス事業者に課せられ
り
「D が入院したので代わりに自分が G 社に行っ
た本人確認義務を怠ったことが認められるから
て換金して来て支払う」との連絡があったのを
Y2 には過失がある。本人確認を怠った電話回
最後に連絡が取れなくなりお金は一切戻ってこ
線が本件のような詐欺に利用されることは容易
なかった。
に予見できることである。そうすると、Y2 は C
勧誘に使用された電話番号を調べたところ Y2
社の X に対する不法行為について過失により加
が A 社の屋号で営んでいる固定電話回線のレン
担したものとして共同不法行為責任を負うと認
タルサービス(以下、電話転送サービス)
を利用
めるのが相当である。
したものであり、契約名義人は本件とは無関係
の B となっていた。B は名義を勝手に使用され
解
たに過ぎなかった。X は、Y1 は C 社が違法な業
説
務をしないよう監視する義務を怠っていたこと
本件はいわゆる
「買え買え詐欺
(劇場型勧誘)」
から、取締役としての監視義務違反による損害
に関する事例である。被害者である消費者が、
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電話転送サービスに対してレンタル契約を締結
となった。判決は 2011 年の犯罪収益移転防止
する際に契約相手の本人確認を怠ったことは過
法改正が、既に電話転送サービスが犯罪に利用
失による不法行為に当たるとして、特殊詐欺業
されている実態が社会問題となっていたことに
者と連帯して劇場型勧誘による被害全部の賠償
よるものであり、改正法施行前であっても予見
を求めた事例である。
可能性があったとの視点に立って不法行為責任
劇場型勧誘などの犯罪収益を防止するための
を認めた。類似のケースの参考になる。
法律として「犯罪による収益の移転防止に関す
なお、犯罪収益移転防止法は特定事業者が特
る法律」
(以下、犯罪収益移転防止法)がある。
定取引等を行う際には本人特定事項・取引を行
同法では
「顧客に対し受付代行業者の電話番号
う目的・職業と事業内容・実質的支配者を確認
を顧客が連絡先の電話番号として用いることを
することを義務づけ、その確認記録と取引記録
許諾し顧客宛ての又は顧客からの当該電話番号
の作成と7年間の保存を義務づけている。さら
に係る電話を受けてその内容を顧客に連絡する
に、取引時に確認した事項について最新の情報
サービスを提供する者」は「電話受付代行業者」
を保つように努めるとともに、特定事業におい
として契約締結時に本人確認義務を課している。
て収受した財産が犯罪による収益である疑いが
しかし
「顧客に対し自己の電話番号を顧客の
ある場合には、速やかに警察に届け出ることを
かか
義務づけている。
電話番号として用いることを許諾し顧客宛ての
又は顧客からの当該電話番号に係る電話を当該
顧客が指定する電話番号に自動的に転送する役
務を提供する者」
については
「電話転送サービス
参考判例
事業者」として 2011 年の犯罪収益移転防止法改
正により特定事業者として新たに規制対象とさ
①東京地裁平成26年12月10日判決(私書箱サー
ビス事業者につき過失による不法行為責任を
認めた事例、過失相殺 4 割『消費者法ニュース』
103 号 283 ページ)
れ、同改正法は 2013 年4月1日から施行された。
本件は同改正法施行前の2012年の事件であり、
本件の勧誘に使われた電話サービスは従来から
②東京地裁平成27年3月4日判決(「競馬必勝法」
提供事業者に銀行口座を提供した者に対して
ほう じょ
過失によって詐欺行為を幇助したと認定して
不法行為責任を認めた事例、過失相殺 9 割)
規制されていた電話受付代行事業ではなく電話
転送サービスに該当するものであったことか
ら、改正法施行前の事業者にも本人確認を怠っ
た過失による不法行為責任があるか否かが争点
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