賃金上昇率が再加速、7 年半ぶりの高い伸び

米国経済
2017 年 1 月 10 日
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賃金上昇率が再加速、7 年半ぶりの高い伸び
2016 年 12 月米雇用統計:非農業部門雇用者数は前月差+15.6 万人
ニューヨークリサーチセンター
エコノミスト 橋本 政彦
[要約]

2016 年 12 月の非農業部門雇用者数は前月差+15.6 万人となり、市場予想(Bloomberg
調査:同+17.5 万人)を下回った。しかし、過去分に関して 10 月分、11 月分の 2 ヵ月
合計では+1.9 万人上方修正されたことを考慮すれば、おおよそ市場予想に沿った結果
と言える。雇用者数は緩やかな増加基調が続いている。

12 月の失業率は 4.7%と前月から+0.1%pt 上昇し、市場予想通りの結果となった。就
業者数の増加が失業率の押し下げに寄与する一方で、人口増加、および労働参加率の上
昇が失業率を押し上げた。労働参加率の上昇を併せて考えれば、ヘッドラインほどに悪
い内容ではないと言えよう。また、失業率は自然失業率と考えられる水準近傍で推移し
ており、労働需給が引き続きタイトな状況にあることに変わりはない。

12 月の民間部門の平均時給は前月から 10 セント上昇、前月比+0.4%と市場予想(同
+0.3%)を上回る改善となった。前年比変化率は+2.9%と前月(同+2.5%)から加
速、2009 年 6 月以来の高い伸びを記録しており、賃金上昇率が着実に高まっているこ
とを確認させる結果であった。

このところ頭打ちながらも、企業による求人件数は高水準を維持しており、企業の労働
需要は旺盛な状況が続いている。加えて、次期政権の政策に対する期待の高まりなどか
ら企業マインドは明るさを増しつつあることも、労働市場の先行きを考える上での好材
料と言える。ただし、完全雇用が近づく中で、労働供給が制約となって雇用者数の伸び
は今後鈍化していく公算が大きい。

今回の雇用統計で加速が見られた賃金については、タイトな労働需給を背景に更なる加
速が見込まれる。しかし、労働参加率が上昇し、生産性の低い労働力が労働市場に参入
することになれば、平均賃金を抑制する要因となる。賃金上昇率はあくまで緩やかに加
速していくと見込まれよう。
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非農業部門雇用者数は市場予想を下回ったが、過去分が上方修正
2016 年 12 月の非農業部門雇用者数は前月差+15.6 万人となり、市場予想(Bloomberg 調査:
同+17.5 万人)を下回った。しかし、過去分に関して 10 月分(同+14.2 万人→同+13.5 万人)
が下方修正される一方で、11 月分(同+17.8 万人→同+20.4 万人)が上方修正され、2 ヵ月合
計では+1.9 万人上方修正されたことを考慮すれば、おおよそ市場予想に沿った結果と言える。
非農業部門雇用者数増減の 3 ヵ月移動平均は同+16.5 万人と、前月(同+18.2 万人)から減速
したが、雇用者数は緩やかな増加基調が続いている。
生産部門、サービス部門の双方で雇用者数の増加幅が縮小
雇用者数の増減を部門別に見ると、民間部門雇用者数は前月差+14.4 万人となった。生産部
門(同+1.2 万人)、サービス部門(同+13.2 万人)の双方で増加幅が前月から縮小したため、
民間部門の雇用者数の伸びが前月から減速した。政府部門については、州政府の雇用者が減少
に転じたものの、連邦政府、地方政府の増加により、全体では同+1.2 万人と前月から増加幅が
拡大した。
図表 1:非農業部門雇用者数と失業率、部門別雇用者数変化
80
非農業部門雇用者数と失業率
(%)
(前月差、万人)
非農業部門雇用者数
60
12
11
40
10
20
9
0
8
-20
7
-40
6
-60
5
失業率
(右軸)
-80
-100
08
09
10
11
12
13
14
15
4
16
60
部門別雇用者数変化
(前月差、万人)
民間
サービス部門
政府部門
40
20
0
-20
民間
生産部門
-40
3 -60
(年)
08
09
10
11
12
13
14
15
16
(年)
(出所)BLS、Haver Analytics より大和総研作成
生産部門の雇用者数は 4 ヵ月連続の増加となったが、主な押し上げ要因となったのは、製造
業の雇用者数が 5 ヵ月ぶりの増加に転じたことである。ISM 景況感指数などに見る製造業のマイ
ンドは持ち直し基調を強めており、景況感の改善が雇用者数の増加に繋がったと考えられる。
製造業の雇用者数の内訳を見ると、金属製品(前月差+0.58 万人)、自動車・同部品(同+0.29
万人)などを中心に、幅広い業種で雇用者が増加した耐久財関連(同+1.5 万人)が製造業全体
を押し上げた。また、非耐久財関連についても、プラスチック・ゴム製品(同+0.22 万人)、
石油・石炭製品(同+0.11 万人)などの増加により、同+0.2 万人と小幅ながら 6 ヵ月ぶりの
3/6
増加に転じている。一方、生産部門のうち鉱業・林業、建設業については、それぞれ 2 ヵ月ぶ
り、4 ヵ月ぶりに雇用者数が減少した。
サービス部門は雇用者数の増加が続きつつも増加幅が前月から縮小したが、その主な要因は
専門・企業向けサービス業(前月差+1.5 万人)の増加ペースが鈍化したことである。専門・企
業向けサービス業のうち、労働派遣業の雇用者が同▲1.55 万人と減少に転じたことが足を引っ
張った。この他、小売業(同+0.63 万人)、娯楽サービス業(同+2.4 万人)は、いずれも増
加幅が前月から縮小し、個人消費関連業種で減速が見られた。小売業においては、百貨店など
の一般小売の減少が下押し要因となり、娯楽サービス業では芸術・エンターテイメント関連が
不調だった。他方、サービス部門全体が減速する中、教育・医療(同+7.0 万人)、金融業(同
+1.3 万人)、運輸・倉庫業(同+1.47 万人)については、増加幅が前月から拡大している。
労働参加率の上昇が失業率を押し上げ
12 月の失業率は 4.7%と前月から+0.1%pt 上昇し、市場予想通りの結果となった。失業率上
昇の要因を確認すると、就業者数が前月差+6.3 万人増加し失業率の押し下げに寄与する一方で、
人口増加、および労働参加率の上昇が失業率の押し上げに寄与した。失業者数の増加、失業率
の上昇は良い結果とは言えないが、労働参加率の上昇を併せて考えれば、ヘッドラインほどに
悪い内容ではないと言えよう。また、前月から上昇したとは言え、失業率は自然失業率と考え
られる水準近傍で推移しており、労働需給が引き続きタイトな状況にあることに変わりはない。
図表 2:失業率の要因分解、労働参加率と就業率
0.5
0.4
0.3
0.2
0.1
0.0
-0.1
-0.2
-0.3
-0.4
-0.5
-0.6
失業率の要因分解
(前月差、%pt)
16歳以上人口要因
労働参加率要因
労働参加率と就業率
64
(%)
(%)
63
67
62
66
61
失業率
14
15
65
就業率
60
64
59
63
62
58
就業者数要因
16
68
労働参加率(右軸)
57
(年) 08
09
10
11
12
13
14
15
16
(注)失業率の要因分解の 2015 年 1 月、2016 年 1 月分は統計改訂の影響を除去。失業率(前月差)は小数点第
2 位以下を求めた失業率の前月差であり、小数点第 1 位までの公表値とは異なる。
(出所)BLS、Haver Analytics より大和総研作成
61
(年)
4/6
非自発的パートは 4 ヵ月連続の減少
失業者数の内訳を失業理由別に見ると、会社都合による「非自発的失業」が前月差+9.7 万人
と 3 ヵ月ぶりの増加に転じた点は悪材料である。しかし、前月、前々月の大幅な減少に比べて
増加幅は小幅に留まっており、「非自発的失業」の緩やかな減少トレンドの転換を懸念するほ
どの悪化ではない。また、「新たに求職」が同+5.5 万人増加したことが失業者数を押し上げた
が、これは労働参加率の上昇と整合的であり、ネガティブに捉える必要はないだろう。「自発
的失業」は同▲2.9 万人、「労働市場への再参入」は同▲4.7 万人と、それぞれ 2 ヵ月連続の減
少となった。
就業者のうち、経済的理由によるパートタイム就業者(非自発的パートタイム就業者)は前
月差▲6.1 万人と 4 ヵ月連続で減少し、559.8 万人となった。「業容縮小の影響」によるパート
タイム就業者と「パートタイム職しか見つからなかった」就業者がいずれも前月から減少して
おり、内容も良好である。非自発的パートタイム就業者の減少に加えて、就業意欲喪失者も前
月から減少したため、通常の失業率(U-3)が前月から上昇する半面、広義の失業率(U-6)は
前月から▲0.1%pt 低下の 9.2%となった。
図表 3:失業理由別失業者数、理由別パートタイム就業者数
失業理由別失業者数
(万人)
1,000
2,200
理由別パートタイム就業者数
(万人)
(万人)
1,200
経済的以外の理由
900
800
700
非自発的失業
600
500
2,000
1,000
1,800
800
業容縮小の影響
(右軸)
1,600
労働市場への再参入
400
1,400
300
新たに求職
200
100
08
09
10
11
12
13
400
1,200
自発的失業
0
パートタイム職しか
見つからなかった(右軸)
1,000
14
15
16
(年)
600
08
09
10
11
12
13
14
15
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(出所)BLS、Haver Analytics より大和総研作成
賃金上昇率は 7 年半ぶりの高い伸び
12 月の民間部門の平均時給は前月から 10 セント上昇、
前月比+0.4%と市場予想(同+0.3%)
を上回る改善となった。前年比変化率は+2.9%と前月(同+2.5%)から加速、2009 年 6 月以
来の高い伸びを記録しており、賃金上昇率が着実に高まっていることを確認させる結果であっ
た。
賃金動向を業種別に見ると、生産部門、サービス部門ともに前月比+0.4%となり、いずれも
200
0
(年)
5/6
2 ヵ月ぶりの上昇に転じた。生産部門の内訳を見ると、鉱業・林業、建設業、製造業の全てで前
月から賃金が上昇、とりわけ前月の低下幅が大きかった鉱業・林業が同+0.8%と大幅に上昇し
た。既述したように鉱業・林業、建設業では前月から雇用者数が減少しており、相対的に賃金
が低い雇用者の減少が平均賃金を押し上げたと考えられる。また、建設業については、労働力
の確保が困難であることが賃金上昇の要因になっている可能性があろう。サービス部門では、
金融業以外の業種で幅広く賃金が上昇した。前月に賃金が低下していた公益(同+0.8%)、教
育・医療(同+0.4%)、情報サービス業(同+0.4%)が高めの伸びになったことに加えて、
雇用の伸びが減速した小売業(同+0.6%)、娯楽サービス業(同+0.4%)でも賃金上昇が見
られた。
12 月の週平均労働時間は、生産部門では前月から 0.1 時間短縮されたものの、サービス部門
は前月から変わらず、民間部門全体では前月から横ばいの 34.3 時間となった。雇用者数の増加
と時給の上昇により民間部門の総賃金(雇用者数×週平均労働時間×時給)は前月比+0.5%と、
2 ヵ月ぶりの増加に転じた。
図表 4:民間部門の時給、民間部門の総賃金
民間部門の時給
6
(前年比、%)
1.2
5
4
民間部門
1.0
生産部門
0.8
サービス部門
0.6
民間部門の総賃金
(前月比、%、%pt)
総賃金
0.4
0.2
3
0.0
2
-0.2
-0.4
1
0
08
09
10
11
12
13
14
15
16
-0.8
(年)
雇用者数
時給
-0.6
労働時間
14
15
16
(注)右図の総賃金は雇用者数×週平均労働時間×時給。
(出所)BLS、Haver Analytics より大和総研作成
雇用者数の増加ペースは鈍化の公算、賃金上昇率はあくまで緩やかに加速
労働市場の先行きについては、引き続き緩やかな改善基調が続くと見込む。このところ頭打
ちながらも、企業による求人件数は高水準を維持しており、企業の労働需要は旺盛な状況が続
いている。加えて、次期政権の政策に対する期待の高まりなどから企業マインドは明るさを増
していることも、労働市場の先行きを考える上での好材料と言える。ただし、完全雇用が近づ
く中で、労働供給が制約となって雇用者数の伸びは今後鈍化していく公算が大きい。
このところ下げ止まりつつある労働参加率は、労働需給がタイトさを増す中で持ち直してい
(年)
6/6
くことが期待され、労働供給を増やす要因になると考えられる。だが、非労働力人口の中には
労働市場から長期間退出しているために、スキルが陳腐化している人が多いとみられる。仮に
労働参加率が上昇に転じたとしても、企業が求める人材と求職者の間でのスキルのミスマッチ
が顕在化する中で、雇用者数の増加ペースの加速は見込み難い。
今回の雇用統計で加速が見られた賃金については、タイトな労働需給を背景に更なる加速が
見込まれる。しかし、労働参加率が上昇し、生産性の低い労働力が労働市場に参入することに
なれば、平均賃金を抑制する要因となる。賃金上昇率はあくまで緩やかに加速していくと見込
まれよう。
政治動向の見極めの必要性などから、次回の利上げは 6 月という大和総研の見方に変更はな
いが、利上げのタイミングが前倒しされるとすれば、基調的な物価上昇率、および賃金上昇率
の急加速が見込まれた場合と考えられる。完全雇用の達成が近づく中、金融政策の先行きを占
う上では、賃金動向を一層注視していく必要がある。